ハヤテのごとく! SideStory
ドーナツ軍曹の最期
初出 2009年05月06日/最終更新 2009年07月05日
written by
双剣士
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この物語は、原作213話(単行本20巻収録)の冒頭シーンをもとにしています。
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西沢歩に引っぱり出され生徒会3人衆に背中を押される形で初めての海外旅行に出た桂ヒナギク。ぶつくさ文句を並べていたのも最初のうちだけ、見るもの全てに新鮮な驚きを隠せず童女のようにはしゃぎまくった無敵の生徒会長様は、現在はミコノス島へと向かう夜の船の一室ですぅすぅと可愛い寝息をたてていた。
「ははは。ヒナのやつ、もう寝ちゃったのか」
「ヒナさんってあまり旅行とか観光とかしたことない人みたいですものね。こないだ2人で水族館に行ったときも子供みたいにきょろきょろしてましたし」
ヒナギクの寝顔を覗き込みながら勝手なことを言う理沙と歩。そんな彼女らの後方で、ベッドの上に座り込んだ美希と泉はちょいちょいと2人を手招きした。
「まぁ、ヒナはクールで知的なイメージあるけど、中身は男の子みたいなもんだしな。寝入った子供のことは放っといて、私たちは大人の歓談としゃれ込もうか」
「そうそう。女の子同士の旅と言ったらパジャマで恋愛話はデフォルトだよ♪ ほらほら歩ちゃんも早く☆」
笑顔で美希たちの方に向かう歩たち。置いてきぼりにされたヒナギクは、夢の中で最後の決戦に挑もうとしていた。
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「ヒナギク少尉、ただいま着任しました!」
「うむ」
そこは母国の最終防衛線、空母「スイーツ」の艦長室。本日付けで艦隊勤務を命じられたヒナギクは、艦隊司令長官のアンパンマン中将に向かって凛々しく敬礼をしていた。
「祖国防衛の命を賜り、高名なるアンパンマン閣下の元で戦えることを誇りに思います!」
「そう肩肘を張らんでいい。貴官の相手はわしではなく帝国軍だ。その元気は敵が来るまでとっておくがいい」
「はっ」
「貴官には燃料庫と糧食庫の管理、そして傷病兵の厚生を担当してもらう。地味だが大切な任務だ。心して励むように」
「はっ、光栄であります! では失礼いたします」
あらためて敬礼を残し司令官室を後にするヒナギク少尉。部屋に残ったアンパンマン中将に、副官のシュークリーム少佐が声をかけた。
「もったいない話ですな、閣下。士官学校始まって以来の俊英と呼ばれたヒナギク少尉が、倉庫管理の担当とは」
「内勤を侮ってはならんぞ、少佐。いかに戦意や技能が高かろうとも空腹では戦えんし、燃料なしでは戦闘機は飛ばんのだ」
「失礼しました……しかしですね、彼女、雪路大佐の妹御でしょう?」
桂雪路大佐。大戦後期の撃墜王として数々の勇名を残し、着任わずか3年にして准尉から大佐まで駆け上がったハチャメチャな経歴を持つ戦闘機乗りである。その妹であるヒナギク士官候補生は士官学校時代から多くの期待を寄せられる存在であり、戦闘シミュレーションに限ってなら姉の記録を上回る伝説のスコアすら残している。しかし……
「仕方あるまい。ヒナギク少尉は空を飛べんというのだから」
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「さぁて、まずは泉から吐いてもらおうか。ファーストキスの相手のことをさ」
「ふ、ふぇ? や、やだな理沙ちん、その話はもう……」
夜の恋愛話の最初の犠牲者に選ばれたのは、前日の列車の中で「ハヤ太君とはキスしてない」という曖昧な言葉を残して逃げにかかった瀬川泉であった。女の子同士の連泊旅行、あんな台詞を吐いて無事に済むと思う方が甘いと言えよう。
「そうだな。この際ビシバシ突っ込ませてもらおうか。ハヤ太君以外の誰とキスしたんだ?」
「んもー、美希ちゃんがいじめるよぉ、歩ちゃあ〜ん」
「……ハヤテ君が相手だったら無問題だったのにって空気を感じるのは気のせいかな?」
「にゃあぁ〜、歩ちゃんが黒いよぉ〜」
まさしく孤立無援状態に陥った瀬川泉は、せかされるままに幼いころの記憶をたどることになった。
「う〜ん、でも10年も前のことだしよく覚えてないんだよね。たしか怖い思いをしてるところを助けてくれたのが最初で、次に会ったときは別の女の子のために一生懸命に何かしてて、でもお金がないからって困ってる感じで……」
「……え?」
「それって……」
「……まさか、な」
戦闘力があって女の子に優しくて金欠な男の子。聞いていた3人の脳裏に示し合わせたかのように1人の少年の笑顔が浮かんだ。しかし3人とも暗黙のうちにその可能性を排除した……そんなマンガみたいなことが起こるわけない、と。
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敵艦に襲いかかる戦闘機とそれを迎え撃つ迎撃機、そして無数の銃弾と爆撃の炎が織りなす海上の地獄絵図。
桂ヒナギク少尉はそんな戦場の様子を、空母の窓から眺めていた。彼女の背後では気忙しくオープンが開閉され、こねたパンが次々と焼きあがっていく。命からがら帰還した傷病兵に新しく焼いたパンの顔を与え、飛行機の胸部格納庫にミルクを満タンにして送り出す。それが厚生担当であり補給担当であるヒナギクの職務であった。
《なんで私、こんなところまで来てパンを焼いてるのかしら?》
敬愛する姉・雪路の助けになりたいからと自ら志願した軍隊勤務。胸部格納庫にミルクを積めないという屈辱の理由で爆撃機乗りとしての道は閉ざされたが、それでも戦闘なら姉にだって負けない、そう意気込んで祖国防衛の最前線へと乗り込んできたはずだった。断じてこんな、パン屋の真似ごとをするためではなかったはず。
《……あ、お姉ちゃん!》
じりじりしながら戦況を見つめる彼女の目に、敵機5機に追い立てられる桂雪路大佐の愛機「ドンペリ」の姿が映った。既に機銃を使い果たした祖国の英雄は、海面すれすれでハチャメチャな高機動飛行を繰り返しながら追いすがる敵機を振り払おうとしている。しかし戦況が厳しくなるにつれ、敵兵からの恨みを一身に受ける撃墜女王を取り囲む敵戦闘機の数は増えるばかり。
「ごめん、ここお願い」
「あ、どちらへ行かれますか、少尉?」
部下たちの制止を振り切って補給庫を飛び出した桂ヒナギクは、そのまま空母の甲板へと駆け上がると離陸を待つ戦闘機のシートに乗り込んだ。か弱い女の子らしく補給庫に閉じこもっているなど彼女の性には合わない。美味しいパンを焼きたいか、ただ1人の姉を助けたいか、それとも相手をぶちのめしたいか。どの道を選ぶかなどヒナギクには自明のことだった。
《だ、大丈夫……練習通りにやるだけよ。シミュレータではあんなにうまく出来たじゃない……こ、怖くなんてないんですからねっ!》
**
「それじゃ、次は歩君だな」
「ああ。ハヤ太君とは白皇に編入する前からの付き合いなんだろ? 洗いざらい聞かせてもらおうか」
名門子女たちの意地悪な追及にたじろぐ唯一の普通少女。以前からの付き合いとは言っても特筆するようなことは何もない。坂道を転がり落ちる自転車から助けてもらった最初の出会いと、バイトに行こうとする彼を無理やりプリクラに引っ張りこんだ思い出くらい。話を聞かされた美希たちの瞳には失望感がありありだった。
「なんだ、その普通すぎるエピソードは! もっとあるだろ刺激的なのが、キスとかハグとかエッチとか!」
「な、ないない、ないですって!」
「それじゃその、偶然のハプニングってのはないのか? 同じクラスにいたんだろ、林間学校で着替えを見られたとか、トイレに飛び込んだら女子トイレにハヤ太君が座ってたとか!」
「ありませんってば! 勝手にハヤテ君を変態にしないでください!」
ちなみに翌日、上陸したミコノス島でハヤテたちと再会した西沢歩は地下迷宮で思いっきり彼に全裸をさらすことになるのだが、このときはそんなことなど知る由もない。
**
「ばっかもーん!」
「……す、すぴばぜん……」
1時間後。空母からの離陸に失敗して戦闘機ごと海へと転落したヒナギク少尉は、タオルに全身を包んだ格好で先任指導員であるドーナツ軍曹の叱責を受けていた。華麗に大空へと舞い上がるつもりだったのに、戦闘機の車輪が空母の甲板から離れた途端にヒナギクの全身は硬直し頭の中が真っ白になってしまったのである。助けに行くはずだった雪路大佐の「ドンペリ」に海から助け出されるというおまけまでついて、彼女の面目は丸つぶれ。
「ヒナギク少尉、貴様は何をしたか分かってるのか?」
「すみません、戦闘中に足を引っ張って、あげくに貴重な戦闘機を1機無駄に……」
「ふざけるな! 問題なのは役立たずだったことでも戦闘機を潰したことでもない、貴様が勝手に持ち場を離れたことだ!」
「……持ち場?」
寒さに唇を震わせながらヒナギクは顔を上げた。真ん丸なドーナツ軍曹の顔からは表情を読み取ることはできなかったが、その声色には熱い思いが込められていた。
「いいか少尉、我が軍は敵を殺すためにあるんじゃない、祖国の民と誇りを守るために存在するのだ! 傷ついた者を癒し回復させるという貴様の任務、それを放り出して死地に身を投げ出すことの重大さ、貴様は本当に分かっているのか?!」
「ドーナツ軍曹……」
「自分の役目を軽く見るな、若い命を粗末にするな! キスも恋も幸せも知らん貴様ら若者の未来を守るために、俺や雪路大佐は命を張っておるんだ! 勝手に死ぬことは許さんぞ、いいか?」
あたかも血を吐くような軍曹の言葉に、ヒナギクは深々と頭を下げたのだった。
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「てゆーか、美希さんはどうなんですか、そこんところ!」
「えっ、私?……いやぁモテないからな私は。歩君が期待してるような色っぽいエピソードとか全然ない」
いきなり矛先を振られた花菱美希は即座にスルーしかけたものの、それでは泉や歩にツッコミを入れにくいと感じたのだろう、当たり障りのない昔話を始めた。
「ただまぁ……色恋沙汰ではないけど、格好いい思い出ならあるぞ。小さいころ男の子にいじめられてた私のことを、颯爽と現れて助けてくれたやつが居たんだ」
「わぁっ素敵、白馬の王子様みたいじゃないですか!」
「ああ、あいつの格好良さといったら最高だったんだぞ。何人もいる悪童たちを蹴って殴って踏みつけて、私のために追い払ってくれたんだから」
「それでそれで? 美希さんはその人にどんなお礼をしたの? やっぱりファーストキスを捧げたとか?」
「いや、子供の頃だったからそれはなかったけど……絶対に恩返ししよう、あいつの助けになろうって子供ながらに誓ってさ。あの日から今日まで、私はずっとあいつを追いかけてきたようなものなんだ」
「きゃー、すっごーい! 映画の中のヒロインみたい!」
はしゃぎまくる歩とは対照的に、泉と理沙はあえて沈黙を守った。すぐそばにいる『王子様』が会話を聞きつけて目を覚まさないよう、心の中で祈りながら。
**
数日後の戦闘。物量に勝る帝国軍からの攻撃は激しさを増し、運び込まれる傷病兵の数も前回をはるかに上回っていた。しかし前回とは打って変わって精力的にパンを焼くヒナギク少尉の奮闘もあって、空母「スイーツ」の支える南部の防衛線は薄氷一枚の危うさながらも辛うじて相手の猛攻を跳ね返しつづけていた。
しかし戦闘が長引くにつれ、戦況は悪化の一途をたどり……。
「総員退艦、総員退艦!」
「えっ……?」
にわかには信じられない艦内放送。しかし聞き間違えようもない艦隊総参謀長の声だった。旗艦空母の戦線放棄は「敗北」を意味する。にわかに信じられず立ち尽くすヒナギク少尉の肩にドーナツ軍曹が手を置いた。
「聞いての通りだ。退艦するぞ」
「ま、待ってください。せめて傷病兵を先に行かせてあげないと」
「うむ、では指揮を頼む」
そして30分後。最後のボートを送り出した空母「スイーツ」には、いまや艦長とヒナギク少尉、そしてドーナツ軍曹しか残ってはいなかった。既に継戦能力を失っていた空母の周りには敵兵が続々と詰めかけてきている。逃げ遅れた3人のみならず、脱出したポートすら敵の手に落ちかねない状況といえた。
「……もはや、これまでですね。軍人らしく最後の意地を見せるとしましょうか」
「馬鹿を言うな、ヒナギク少尉。君は生きろ、でないと俺は貴様の姉に合わす顔がない」
「え……?」
絶望的な状況にあって、初めて聞かされた先任軍曹と姉との友諠。唖然とするヒナギク少尉に水上バイクの鍵を放り投げたドーナツ軍曹は、額の包帯から血を滲ませながら年長者としての最後の務めを果たそうとした。
「ヒナギク少尉、帝国の兵はすぐそこまで来ている。敵は私が引き付けるから、だから君だけでも逃げてくれ」
「そんな……無茶です軍曹!! 軍曹の戦闘機はもう……5分しか動きませんよ?!」
「なぁに、5分あれば……君や子供たちの未来を、守ることができるさ」
**
「ま……とはいえ、キスくらい私はした事あるんだけどな」
「…………」
「…………」
「…………」
あまりにもあっさりと、世間話のように飛び出した朝風理沙の爆弾発言。一同はしばし固まった後、脳天から一斉に湯気を吹きあげた。
「なにぃぃ――!! ちょ――!! 理沙お前――!!」
「え――!? ホントなの? 理沙ちん!!」
**
勝利を確信した帝国兵の前に現れた1機の戦闘機は、一時的ながら相手方を混乱の渦に巻き込んだ。その隙をついてヒナギク少尉と「スイーツ」乗員たちは帝国軍の包囲網を抜け出すことに成功したのだった。
「ドーナツ軍曹……」
沈んでいく空母に向けて敬礼したヒナギク少尉は、あふれる涙をぬぐうと凛々しく振り返った。泣いている暇なんてない。ドーナツ軍曹や姉の雪路から預かった残兵たちを無事に祖国に送り届けること、それが今の彼女のなすべきことであった。生き残った者には生き残った者なりの責任があるのだ。
「ティラミス伍長、持ち出せた糧食の量は?」
「十分とはとても……この人数でしたら、3日がせいぜいかと」
「では今すぐ、1日分をみんなに配りなさい。負けたとはいえ生き残ったんだもの、無理にでも食べて元気を出してもらわないと」
「はい、少尉」
数日の付き合いしかない上司とはいえ、最後まで艦に残り傷病者の脱出に力を尽くしたヒナギクの言葉である。部下たちは素直に従った。そしてボートの上でうずくまる兵士たちに向けて、精一杯の御馳走を振舞い始めたのだった。
「少尉、少尉の分はこちらに」
「あ、いいのよ、私は」
「少尉が食べてくれないと皆も安心できませんよ。それに今日は奮発したんです、運のいいことにハンバーグが1日分残っていましたのでね」
**
寝入っていたソファから身を起こした桂ヒナギクは、理沙の爆弾発言に騒然とする友人たち一同に向けて寝ぼけ眼で片手を上げた。
「あ、ハンバーグなら私も食べる……」
しかしこのときばかりは、無敵の完璧超人の発言と言えども場違いな単なるノイズに過ぎなかった。
「ヒナさんはちょっと黙ってて!!」
「ハンバーグは後にしなさい!!」
Fin.
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