ハヤテのごとく! SideStory
キャット・ファイト
初出 2009年01月05日
written by
双剣士
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私のバイト先、喫茶店「どんぐり」は不思議なお店だ。
可愛い女子高生が3人もバイトに入ってるって言うのに、普段の「どんぐり」は経営大丈夫かなと思うくらいお客さんが来ない。みんな暇を持て余してるから、たまにきたお客さんとバイトのウェイトレスが話し込むなんてしょっちゅう。来てくれるお客さんが限られてるからこそバイトの子達とも自然と仲良くなっちゃう面もあるし、最初からヒナさんやナギちゃん目当てで訪れるお客さんが少なくないせいかもしれない。マスターはほとんどお店にいないけど、そのマスターを慕ってきてくれる年配のお客さんも個性的な人ばかりで、お話ししててすごく楽しい。
忙しすぎないのに退屈しなくて、いろんな人と会えてお金がもらえる。本当にいいバイト先を見つけたものだと思う。
だけど……個性的にしても限度があるんじゃないかなって思うようなお客さんも、たまに来てくれたりするの。
「文は激しく不満なのです。白皇学院のブランドに騙されてしまったのです」
「だ、騙すって何のことよ!」
今日きてくれたのは日比野文ちゃん、神社でのクイズ大会や海外旅行に向かう飛行機内で友達になった女の子。どうやらヒナさんと同じ高校の生徒さんらしくって、好奇心旺盛で素直ないい子なんだけど……ヒナさんを目の前にすると舌鋒に歯止めがかからなくなるのが問題なの。
「あの学校に入学するとき、文は期待に胸を膨らませて『頑張るぞ、えいえいおー』とやってたのです。なのに最初に出会った人はパンツ丸出しのまま、文に飛び蹴りを仕掛けてきたのです」
「ちょ! 丸出しじゃないわよ人聞きの悪い! それに飛び蹴りじゃなくて、樹から飛び降りようとしたら真下にあなたが居ただけじゃない!」
「凛々しくて格好いい先輩やお嬢様が沢山いると聞いていた文のイメージは、あれで木っ端微塵になってしまったのです。しかも後で聞いたら生徒会長さんだったと言うじゃありませんか。他の先輩方はあの人以下なのかと落胆した文の悲しみがあなたに分かりますか?」
「あの人以下って……勝手に記憶を捏造した挙句に当人に向かって文句言うなんて、いい度胸してるじゃないの!」
「ま、まぁまぁ、ヒナさん抑えて抑えて……」
激高するヒナさんを私は背後から羽交い絞めにする。私と出会ったころのヒナさんは同い年とは思えないほど颯爽とした美人さんのイメージだったけど、付き合っていくうちに怒りんぼな所や怖がりな所がだんだん見えてきたりしたんだっけ。私はそういうところもヒナさんの可愛いとこかなと思ってたんだけど……文ちゃんは私とは逆に、ヒナさんの格好悪いとこばっかり先に見ちゃったみたいだね。偶然って怖いなぁ。
「年下の子の言うことじゃないですか、マジに受け止めて怒らなくても、ね、ヒナさん」
「離しなさい歩! この子とは一度決着をつけなきゃって思ってたのよ!」
「飛行機でガクブルしてた人に怒鳴られても怖くなんかないのです。それに瀬川先輩や朝風先輩から、この人の格好悪いところは嫌というほど見せてもらったのです」
「キィーッ、あの子たちったら!」
ああ、あの人たちならやりそう。ボルテージ上がりまくりのヒナさんを抑えながら、私は悪戯好きそうな理沙さんたちの笑顔を頭に浮かべた。他人はおろか自分自身すらネタにして楽しめる理沙さんたちにとって、普段は真面目なのにちょっとからかうだけで頭に血がのぼるヒナさんみたいなタイプはいじりやすい相手だったんだろう。でも文ちゃんは手加減も駆け引きもなく、冗談を真に受けて突っ込んでくるタイプだもんなぁ。ヒナさんにとっては天敵なのかも。
「日比野さん、今日という今日は、でたらめばっかり言うその口を封じさせてもらうわよ!」
「ほら、すぐそうやって暴力に訴えるのです。白皇学院の名誉も気品もあったもんじゃないのです」
「ぐっ……」
「それに文はでたらめなんか言ってないのです。そうやってムキになって怒るのが何よりの証拠なのです」
「確かにねぇ、根も葉もないんだったらスルーしとけばいいのに」
「歩、あなたどっちの味方なのよぉっ?!」
金切り声をあげるヒナさん。ちょっといじめ過ぎちゃったかな? 私はバランスをとろうと口を開いた。
「でもね文ちゃん、人の悪口ってあんまり言わないほうがいいんじゃないかな? 文ちゃん自身も嫌な子に見られちゃうよ」
「わかっているのです。本人に隠れて陰口なんか言わないのです。それに文は、会長さんには感謝してるのです」
「まったく、いい加減に……え?」
闘牛のように怒気を受け流されたヒナさんがきょとんと動きを止める。あれ、これは仲直りの兆し?って気を緩めた私たちだったけど、ここで神妙になる文ちゃんじゃなかった。
「だって会長さんのおかげで、高校生になっても緊張しなくていいって分かったのです。こんな人に生徒会長が務まるのなら、文にだってできるのです。バッチグーなのですよ」
「…………」
「ヒ、ヒナさんダメだったら! どーどーどーどー」
不動明王のような形相をするヒナさんとそれを抑え込む私たちを尻目に、文ちゃんは悠々とコーヒーをすすったのだった。いやもう、なんていうか……大器だわ、この子。
また別のある日。私とナギちゃんとで店番をしているところに現れたのは、ちょっとクールなイメージをまとった怜悧な眼鏡の女の子だった。さっそく注文を取りに行こうとした私をナギちゃんが止めた。
「待て、あいつは私が相手をする」
「あれ、知り合いなの?」
「偽善者退治は私の役目だ」
なんか不穏な言葉を残して、お客さんのほうに歩み寄るナギちゃん。偽善者ってどういうことかなと柱の影から見守っていると、ナギちゃんとお客さんは小声でぼそぼそと話を始めて……やがてお客さんのほうが、テーブルをドンと叩いた。
「む、無茶苦茶言うな! お前のような飛び級生と違って私は忙しいんだ!」
「忙しさなんか理由になるか。ヲタなら今期アニメの原作を全巻そろえておくのはデフォだろ」
「お、お前みたいな大富豪と一緒にするな! それに私はヲタじゃない!」
「馬鹿いえ、ラノベ読んでゲームやってアニメ見てるヤツは全員ヲタクだぁっ!」
「そ、それは偏見だっ!」
……なんか熱い会話みたいだけど、どことなく近づいちゃいけない気がする。もう少し様子を見てみよう。
「だいたいゲーム原作ならともかく、ラノベ原作のアニメは分岐がないくせに原作に忠実に作ってないのが多すぎる! アニメだけ見て満足するなんて邪道だ!」
「いや、アニメにはアニメの良さがある。原作準拠かどうかではなく単体作品として評価すべきだ!」
「単体としてもカスだから言っているのだ! だいたい原作が完結してないのにアニメ化する時点で、原作ファンを裏切るエンディングになるのは目に見えてるじゃないか!」
「アニメスタッフが原作者を越えられないと決め付けるほうが偏見だろう! アニメは毎回30分でキャラを印象付けなきゃならないんだ、原作どおりに作れるもんか」
「原作だって連載誌の各回毎とか単行本の章ごとに区切りがあるのに、それを守らないアニメスタッフに同情の余地なし!」
「それは現場を知らない素人の戯言だ!」
……なんだろう、傍目には口喧嘩なのに、2人とも顔色が生き生きして楽しそう。他にお客さんがいたら迷惑なんだけど、今は私たち3人しか居ないし……止めに行っていいものか迷っちゃうな。
「だいたいだ、コミックとアニメ同時進行とか言うメディア戦略が一時流行ったと思ったら、今度はホワルバのアニメ化だぞ? 10年前のエロゲなんて入手困難なものをなんで今頃復刻するんだ?」
「だから言ってるだろ、原作チェックしてからアニメを見るなんて手法自体が時代遅れなんだ! アニメはアニメで楽しむ、それでいいじゃないか」
「そ、それは全国のサブヒロインファン全員を敵に回す発言だぞ?! あれは恋人の由綺を置いてきぼりにして別のヒロインとくっついてナンボのゲームだろ、いわばサブヒロインこそが主役なのに、アニメではそのうち1人しか救われない!」
「サブヒロイン全員と主人公がくっつくほうが非難轟々だろ! メイン1人の優遇がダメだってんなら主人公は鈍感の天然ジゴロにして、全員中途半端のままで終わらせるしかないんだ、そんなのが名作の名に値するか!」
「まったくだ。1年間4クールも放映しておいて告白もしないまま曖昧エンド止まりなんてアニメを作るヤツの顔が見たい! 第2期やOVA版で決着つければいいなんて思ってるとしたら言語道断だ、ヲタを舐めるな!」
「そうだそうだ、だいたい生徒会のシーンでしか出番がないはずなのに勝手にクイズ大会に引っ張り出したり、最終回だけ意味不明なメイド服で登場させたり、アニメスタッフの暴走振りは目に余る!」
あっ、なんだか意見が一致してきたみたい。そろそろ割り込んでナギちゃんに仕事に戻ってもらおうかな。お客さんだってこんな口喧嘩しに来てくれたわけじゃないだろうし。
「あのぉ、そろそろご注文を……」
「……ああ、そうだったな。じゃあ私はアールグレイを」
「それもうひとつな、ハムスター」
……ナ、ナギちゃん、なんで堂々とお客さんの向かいに座って注文なんかしてるのかな?
「けちけちするな、私もしゃべりすぎて喉が渇いた……ところでだ、これでアニメがクズだということに千桜も同意してくれたわけだな?」
「同意なんかしていない、アニメにはアニメなりの事情があるから原作どおりにはならないと言ってるだけだ。それを善と見るか悪と見るか、その点で迎合した覚えはない」
「しつこい女だな、お前も!」
あちゃー、再点火。それにしてもナギちゃん相手にここまで堂々と言い返せるって、いったいこの人は何者?
そんなこんなで……閉店間際の掃除の時間に顔を出してくれるマスターは、話を聞くと私の肩にそっと手を置いてくれた。
「こうなったら、あなただけが頼りよ、歩ちゃん」
「え、あ、あのぉ……」
「ヒナちゃんもナギちゃんも、可愛いくせに負けず嫌いで喧嘩っ早い子だからね。頭も技能も優秀だけど接客業としては危なっかしくて見ていられないわ。歩ちゃんみたいな清涼剤が必要なの」
「は、はぁ……」
そんなこと言われても、私にはあの2人の喧嘩を止めるなんて出来ないし。そう愚痴をこぼすとマスターは頭を優しく撫でてくれた。
「優しい子ね、歩ちゃんは。出来ないことは無理しなくたっていいのよ。あなたがあなた自身であり続けることが、このお店には必要なことなんだから」
それから数日後。遅番で夕方からお店に向かった私は、ヒナさんとナギちゃんが黒い子猫を抱いて楽しげに話してるところに出くわした。
「わわっ、可愛い子猫……って、飲食店なのに動物を入れるのはまずいんじゃないかな?」
「馬鹿にするなハムスター。このシラヌイは三千院家で飼ってる猫だぞ、食事も風呂もエステもネイルチェックも完璧だ、そこらのバイキンだらけの野良猫と一緒にするな」
「そ、そうなんだ……(汗)」
「ほら歩、覚えてる? 私たちが一緒に拾った、あのときの子猫よ」
「え、あのときの? うわぁー、こんなに大きくなったんだ〜」
「……ちょっと待て」
はしゃぐヒナさんと私の背中に、ナギちゃんの冷たい声が突き刺さった。
「そのシラヌイはハヤテが拾ってきた猫だぞ? なんでヒナギクとハムスターが拾ったことになってるんだ?」
「え、あ……あのね、先に私たちが拾ったんだけど家で飼えないからって、ハヤテ君が引き取ってくれたのよ」
「そ、そうそう。うち団地だし、ヒナさんのとこもいろいろあってね」
「そうか、ならいいが」
とりあえず納得してくれたナギちゃんの様子に私たちは胸をなでおろす。ハヤテ君と3人で一夜を過ごしたなんて話したらどんな誤解されるか分からない、そこはヒナさんも察してくれたみたい。ナギちゃんが深く突っ込んでこないうちに私は子猫のほうへと話題を戻そうとして手を伸ばした。
「ほらほら、私のこと覚えてる? 久しぶりだよね〜」
「ウニャッ(かぷ)」
「痛っ!」
いきなり指に噛み付かれて私はびっくりして飛びのいた。するとナギちゃんは何かに気づいたかのように、すごく人の悪そうな笑顔を浮かべて言った。
「はは〜ん、さすがは三千院家の番ネコだな。どろぼうハムスターには容赦ないとみえる」
「だ、誰がどろぼうハムスターかな?!」
「そういえばハムスターってネズミの仲間だったよな。ネコのシラヌイがハムスターに噛み付くのは自然の摂理。ほらほら、もっと噛み付いていいぞ」
「きゃっ、ひどいよナギちゃん!」
いきなりナギちゃんから子猫を放り投げられて、あわてて受け止める私。私の腕から逃げながら身体中を走り回り噛み付きまわる子猫ちゃんと、それを捕まえようとする私との追っかけっこが始まった。仕掛け人のナギちゃんは助けてくれようともせず、おたおたする私たちをニタニタと見守っていた。
「さすがはハムスター、ネコの扱いは苦手なようだな」
「ねぇナギ、なんで歩のことハムスターって呼ぶの?」
「あぁそれはな、あいつが以前お屋敷に忍び込んできたときに……」
「昔話なんかしてないで助けてよ、2人とも!」
四苦八苦した末に子猫を両手に捕まえた私は、楽しげに歓談する2人を横目に見ながら両手を伸ばして子猫に言い聞かせた。
「いい、私はネズミさんなんかじゃないんだよ、あなたを拾ってあげたお母さんなんだからね! 大人しくしなさ……きゃっ、暴れないでったら!」
「ははは、子猫相手に話しかけて失敗するとは、所詮ハムスターだな。さすが動物同士だ」
「歩もけっこう大胆なことしてたのねぇ……」
「見てないで助けてったら! あぁもう、言うこと聞いてよ、もう!」
ナギちゃんやヒナさんになつく子猫が、私にだけなつかない。これはお客さんと喧嘩してる2人を止められなかった報いなの? 私の天敵が、よりによってこんなペットだったなんて!
Fin.
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