ハヤテのごとく! SideStory
我が家のいんたぁねっと
初出 2009年01月01日
written by
双剣士
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「ごめんなさいね、わざわざいらしていただいて」
「いえいえ、私なんかでお役に立てるんでしたら」
慎ましげに頭を下げる和風美人に、白衣を着た眼鏡の女性は笑顔で軽く手を振った。
「学年主任なんかになると生徒さんのご家族ともお話ししにくいですしね。それで、私に聞きたいこととは?」
「あの、実は、インターネットというものを始めたいと思って」
「へ?」
私は出張サポートじゃないんですけど……と顔に出しかけた牧村志織は、すぐさま表情を引き締めた。まぁ固いことは言いっこ無しよね、一応得意な分野でもあるし。
「娘にバカにされてばかりも悔しいから、イケてる若者らしいところを見せてあげようと思って」
「ま、まぁ……お気持ちは分かりますが」
「それで知人に聞いてLANケーブルをつないだんだけど、なにをしたら良いのか分からなくて」
そういって和服美人……鷺ノ宮初穂は縁側の障子を開けると、庭の木の間に張ったケーブルとそこにぶら下がる大学ノートを指差した。それを見た志織の大きな瞳が点になった。(
Back Stage 205参照
)
一方、同日の同時刻。
「初穂お母様に負けるわけにはいかないの」
「はぁ……気持ちは分からんでもないけどな」
鷺ノ宮伊澄は屋敷に遊びに来た愛沢咲夜を捕まえて、母親への対抗心を熱っぽく語った。だが伊澄とその母親の性格を熟知している咲夜の方は、聞けば聞くほどアホらしさに欠伸が出てくるのだった。どうせ誰にも想像できないような低レベルの争いに決まってるのだから。
「聞いてる? 咲夜」
「ん? ああ、もちろん聞いとるよ」
「それでね、この間からブログを始めたんだけど」
「え? 伊澄さんがブログ?」
想像もしない単語の登場に、咲夜の眠気は吹き飛んだ。
「冗談やろ、なんかの勘違いちゃうの? 伊澄さんがブログやるやて、フィギュアの某選手が4回転サルコー飛ぶ飛ぶって毎年口だけ言うみたいなもんやで?」
「……なんだか良く分からないけど、私を見くびってもらっては困るわ。ブログって、インターネットで公開する日記のことでしょう?」
「えっ、えぇえっ??!! 伊澄さんがまともなこと言っとる! 天変地異でも起こる前触れちゃうんか?!」
文字通り驚きでひっくり返った咲夜に、胸を張った伊澄は一転して表情を曇らせた。
「でも……せっせと公開してるのに、誰にも見てもらえないみたいで。それで咲夜に見てもらえたらって」
「あ、いや、ほんまにブログやってるんやったら、ウチかて是非見せて欲しいけどな」
「本当? 嬉しいわ、ではどうぞ」
伊澄は静かに障子を開けた。咲夜が視線を向けた先では、提灯のようにケーブルにぶら下げられた分厚い紙日記の束が庭先でゆらゆらと揺れていた。(
Back Stage 214参照
)
「インターネットというのはですね、電話みたいなものなんですよ」
体勢を立て直した牧村志織は、まずインターネットの定義について初穂に説明を始めた。
「電話を使うと、遠くの人の声を聞いたり、声を届けたりできるでしょう?」
「ええ」
「そのとき声だけじゃなくて、絵とか手紙とか写真を届けられたら素敵だと思いません?」
「まぁ、それじゃインターネットって郵便屋さんみたいなものなのね」
「似たようなものですね。ただし人間に運んでもらうんじゃなくて、電線1本あれば運べるんです。電話の声みたいに」
「まぁ、こんな細い線の中を?」
膝に抱いた黒電話のケーブルをいじりながら首をかしげる初穂。彼女の脳裏に浮かんでるであろう“電話線の中を走る小人さん”を志織は否定しなかった。さすがに天才、押さえておくポイントを最小限にする術はお手の物。
「ただね、声以外のものを電話線に通すためには、電話機とはまた別の機械が必要なんです。まずそれを買わないといけません」
「ナギちゃんはノートがあればって言ってたけど……」
「ノートはノートでも、これとは別のノートなんですよ。たとえば私が持ち歩いてる、これなんか」
「まぁ、このノートってページをめくれないのね。これじゃどこに書き込んだらいいか分からないわ」
志織の差し出したノートパソコンを、初穂はしげしげと撫で回した。
「伊澄さんにええこと教えたろ。ブログをやるには、ノートもケーブルもいらんのや」
「えぇっ?!」
爆笑の渦からようやく抜け出した咲夜は、ぴしりと親友に人差し指を突きつけた。
「そ。ケータイ持ってたらそれだけで作れるねん。伊澄さん以前もってたやろ?」
「でも、私のケータイいつも壊れてばかりで」
「……てか、まだケータイの開け方覚えてへんのかいな!」
黒服が差し出してきた折り畳み携帯を不満そうに見つめる伊澄を尻目に、咲夜はさっさと携帯を奪い取って……そこであることに気づいて、携帯と伊澄の顔とを交互に見渡した。
「そっか、ケータイ使われへん伊澄さんが、携帯ブログの文字なんか打てるわけないわな……」
「咲夜?」
イノセントな黒い瞳で見つめる伊澄から目をそらしたまま、咲夜は脳細胞をフル回転させた。携帯が打てない伊澄にパソコンのキーボードが打てるわけない。黒服に頼んで代わりに打ってもらう手もあるけど、そうすると伊澄さんはパソコンの画面を見ないことになるからブログが何かを理解しないまま終わってしまう。
「……手ブロ(手書きブログの略)にしよ」
「えっ?」
「ごめん、前言撤回や、ケータイは無理っぽい。とりあえずタッチパネル使えるノーパソとタブレット、それと無線接続のパーツが要るな、買うてきてくれるか? 今すぐに」
「え、あ、ノーパ○って……(頬染め)」
「あんたに言うてへん! 巻田、国枝、さっさと手配しや!」
「お母様には、こういうのが向いてると思うんですよ」
「まぁ、新しいまな板? でもちょっと小さいんじゃないかしら、これじゃお刺身を作るのに困るでしょう」
さすがに生徒の個人情報の入ったノートパソコンを初穂に貸し出すわけには行かず、黒服に頼んでタッチパネル付きノートパソコンを届けさせた志織。注文後わずか数分で届けさせるとはさすが大富豪……と言いたいところであるが、その数分の間に肝心の初穂は志織に教わったことをすっかり忘れてしまっていた。
「いえ、まな板じゃなくて……インターネットをするための機械です」
「いんたぁねっと?……ああ、そういえば新しい電話機が要るんだって言ってたわね」
「そうです。準備しますからちょっと待っててください」
ダブルクリックや右クリックなど初穂には期待できない。とにかく目の前にあるボタンをぽんぽん押すだけで操作できるようにするには徹底的なカスタマイズが必要だった。目にも留まらぬ速さでキーボードを連打していく志織の様子を背後から見ながら、初穂はのんびりとつぶやいた。
「この電話、どこに受話器があるのかしら……?」
そのころ、似たような経緯を辿って初心者カスタマイズされた新品ノートパソコンの前に座る伊澄と咲夜。
「これを使えば、私もブログデビューが出来るのね?」
「そや、でもその前にやな、他の人のブログの見方を覚えるとこから……」
「そんなことをしてたら初穂お母様に先を越されてしまうわ。早くブログの作り方を教えて」
「…………」
咲夜はあえて抵抗しなかった。幼馴染の頑固さは嫌というほど身に染みている。カスタマイズのついでに取得しておいた
手書きブログ
のアカウントに接続し、タブレットを有効にする。それから伊澄のほうを振り返って……。
「……何しとん?」
「え?」
硯
(
すずり
)
の前で正座して墨を溶いていた伊澄は、きょとんとして顔を上げた。
「だって書くんでしょう、これから」
「誰が毛筆で書初めせぇ言うた! いくら安いから言うて使う前に壊す気ぃかいな!」
……その後、双方とも多大な苦労を払いながら手書き文字画像のメール添付の仕方を覚え、それぞれのアドバイス役とのメール交換に成功した。陽は既にとっぷりと暮れていた。
「やりましたね、お母様!」
「はい!」
「やったな、伊澄さん」
「ええ!」
輝く笑顔で返事をする和服の母娘。すっかり疲れ果てた先生役の2人の顔色も、どこか紅潮して見える。
「では、さっそく伊澄ちゃんに自慢しなきゃ」
「それじゃ、さっそく初穂お母様にメールしてみましょう」
負けず嫌いの2人は全く同じタイミングでつぶやくと、自分の成長の証をメール文面に書き込み始める……ちょうどそのときであった。初穂の母にして伊澄の祖母、鷺ノ宮九重が障子を開けて姿を見せたのは。
「初穂や、伊澄や、晩ご飯の時間じゃよ……おんやぁ、なに訳のわからんことやっとるかね。言いたいことがあるんなら直接言えばええじゃろうに」
「えっ?」
「えっ?」
初穂と伊澄は振り返り、広い和室の反対側の隅に座っている互いの姿を瞳に映した。そしてタブレットのペンを手から落とすと、袖を口元に当てながらわなわなと声を震わせた。
「
「
は、
発
想
の、
転
換……
」
」
「どこがやねん!」
すかさず突っ込んだ咲夜とは対照的に、大役を終えた牧村志織はうつらうつらと正座したまま舟をこいでいた。
Fin.
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