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ハルさんは人気者

初出 2008年01月08日
written by 双剣士 (WebSite)

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「むぅ……」
 2008年お正月を数日後に控えた師走のある日。自宅に届いた4通の招待状を前にして、私こと春風千桜はるかぜ ちはるは頭を抱えていた。
 小さい頃から眼鏡のガリ勉少女として周囲から見られてきた私にとって、誕生会とか新年のパーティに呼ばれた経験は皆無に近い。白皇学院に入学して以降も、お金持ちやテンションの高いクラスメートとは一線を画してきたのが自分の学生生活だった。それがどうだろう、高等部1年生として生徒会に入った年に1通、2年生になったら今度は4通だ。自分は何も変わってないはずなのに……いや、そうでもないか。

   【白皇高等部生徒会・新年の集いへのご招待】
   【三千院家主催・新年祝賀会(愛沢家関係者様向け)】
   【ガンダムを語るもののふの会・優待券】

 1通目は分かる、これは去年も届いた招待状だから。こちらは普段どおりのクールな春風千桜でいればよい。
 2通目は驚いたが、咲夜さんのところでバイトしてるからには届いても不思議ではない。咲夜さんは三千院ナギさんと親戚だから新年祝賀会を合同でやったっておかしくない。ただこちらのほうは、キャピキャピでハイテンションなメイド・ハルの顔で行かなくてはならない。ナギさんたちには絶対ばれないようにしないと。
 3通目は理解不能だ。2年になった直後の高尾山ハイキングでポロッと失言をしただけなのに、それから同じクラスのナギさんやワタル君、それに薫先生まで一緒になって私のことを執拗に誘ってくる。あの時を除いてはガードを崩していないつもりだけど相手もしつこい。うかうか招待を受けたりしたら同類とみなされるに決まってる。
 問題は4通目だ。

   【新春アニマル同好会・ポコ吉と遊ぼう】
《・・・見たいっ!!!》

 やばい、やばすぎる。なんでこんな招待状が来るんだ。我慢できるわけないじゃないか。他のものを全部放り出してでも行きたいぞ、ポコ吉ともこもこしたいぞ、ウサギたんとふわふわ遊びたいぞ。
 ……いや、ちょっと待て。そうやって行きたい会だけ選んで行ければ苦労はしない。問題はこの4つが同じ三千院家で、同日同時刻に開催されるってことなんだ。どれかに出席したら他の会のメンバーに見つからないわけがない。3番目はともかく、他の3つの会では全部別々の顔をしなきゃいけないし……どうしたらいい?


「よっしゃ、カウントダウン行くでぇ〜、さん、にぃ、いち、おめでとさん!」
「かんぱーい!!」
「かんぱーい!!」
「かんぱーい!!」
 そして当日。咲夜さんの掛け声で、豪勢な新年祝賀会が始まった。三千院家主催なのにどうしてと不思議に思ったけど、聞くとナギさんは派手な場が苦手だし伊澄さんは注視される中で大声を出せるタイプじゃないから、こういう時に先頭切るのはいつも咲夜さんの役目なんだそうだ。なるほど言われてみれば面倒見のいい咲夜さんにぴったりの役な気がする。いや、子供の頃からこういう役ばかりやってたから今の咲夜さんがあるのかも。
「あぁ、ハルさん今回はゲストなんやから、給仕とかせんでもええねんで」
「は、はぁ……」
 とりあえず私はメイドのハルの格好をして、咲夜さんの付き添いとして新年祝賀会に参加していた。この格好でいれば生徒会やガンダムの会に誘われる心配はないし、誰かに捕まっても咲夜さんの世話を理由に逃げればいい。愛沢家主催の誕生パーティとは事情が違うのだから、私はおとなしく隅っこに隠れてアニマル同好会が始まるのを待っていればいいはずだった。
「……でも」
 フロアでは給仕役として綾崎君と2人のメイドさんが動き回っていた。器用な綾崎君はてきぱきと巨大シチュー鍋や七面鳥の丸焼きを運んでいる。一方の年上っぽいメイドさんの方も軽快に笑顔を振りまきながら紅茶やジュースやフルーツを配って歩いてる。でももう一方の眼鏡をかけたメイドさんはというと、大きなケーキやお刺身の皿をふらふらと持ち上げてはスカートの裾を踏みつけて豪快に転んでいる。その度に笑い声と泣き声が沸き起こり、なぜかゲストのワタル君がフォローに駆け回っている。
「なってない……」
「えっ?」
「まったく、なってないなっ! 咲夜さんすみません、私もお手伝いしてきます」
「あっ、ハルさん、気ぃ使わんでええのに」
 メイドの格好をしていながら、こういう光景を見過ごしていたら逆に落ち着かない。私は咲夜さんの制止を振り切って飛び出した。綾崎君を呼び止めて指示をもらい、眼鏡のメイドさんが運ぶはずだった食べ物をガンガンと運ぶ。もちろん作り笑いはデフォルトだ。
「すみませ〜ん、こっちにサラダいただけます?」
「渋めの番茶を……」
「はぁ〜い、たっだいまぁ〜♪」
 飛び交う注文に笑顔で答えつつ、ホールと厨房の間を行き来する。なんか当初の計画とは違っちゃったけど、でも隅っこでじっと突っ立ってるよりは、こうして動き回ってるほうが落ち着くな。やっぱり私は誰かのサポートをするのが好きみたい。


「ちーちゃん、とうとう来てくれなかったねぇ」
「泉、招待状は出したんだろ? 欠席の返事は来てたのか」
「ううん、なんにも。去年は来てくれてたからあんまり気にしてなかったんだけど」
 おおっと、さりげなく生徒会メンバーが集まってひとつの島を作ってる。どうやら三千院家の新年会に便乗する形で生徒会メンバー同士の挨拶も始まってるらしい。今回は顔を出すつもりはないけど……そばを通るふりをして聞き耳を立ててみるか。
「おめでとう……って、あれ? ハル子は来てないの?」
「おぅ、おめでとうヒナ。そうらしいんだ。まぁ普段から付き合いの悪い子だったけどな」
「でも、だからこそ去年の新年会に来てくれたときは嬉しかったんだよね……って、あ、グレープフルーツジュースくださぁい!」
 うっ、このタイミングで呼び出しがかかるのか! でもまぁ、瀬川さんたち相手だったら何とか……。
「はい、お待たせしました♪」
「ありがとー、喉からっからだよぉ……あれ? 可愛いメイドさんですね、ナギちゃんとこの新しいメイドさんですか?」
「い、いえ、私はただのお手伝いに来てるだけで……」
「そっかなぁ、なんか前にも会ったような気がするんだけど」
 迂闊うかつだった。三千院家は愛沢家と違って使用人が少ないから、客人の瀬川さんがみんなの顔を覚えてても不思議じゃない。こうなったら長居は無用、何とかやり過ごして……と背を向けたとき、真正面に立っていたのは。
「あけましておめでとう、会長、瀬川さん」
「おめでとう、愛歌さん♪」
「あなたもおめでとう。今年もよろしくね、メイドさん」
 書記とメイドの両方の私を知る存在・霞愛歌さんは、いかにも楽しそうな顔をして私たちを見つめていた。彼女の登場は当然予想してしかるべきだったけど、こんな最悪の場面で捕まるとは思わなかった。絶対タイミングを計ってたに違いない。
「あれぇ、このメイドさん、愛歌さんのお知り合いだったんですか?」
「えぇ、ちょっとね」
「あ、あの、忙しいので私はこれで」
「あら、いいじゃない少しくらい」
 愛歌さんの瞳はとっくにSモードに入っている。ネズミをいたぶる猫のように、ちろりと赤い舌が口元から垣間見えた。この人を三日月とか和風人形に例える人がいるけど勘違いもはなはだしい。蛇だ、この人は白い毒蛇だ。
「なぁんだ、愛歌さんの知り合いだったら、私ともどこかで会ってるかもですね♪」
「そうね、案外身近なところで顔を合わせてるかもしれないわね」
「い、いやぁ、そんなことは……」
 虚しい抵抗と分かってても首を縦に振るわけにはいかない。生徒会ではクールビューティーなキャラで通ってるんだ。こんな格好をして元気いっぱいのメイドさんをやってると知られるのは死ぬほど恥ずかしい。それに愛歌さんはともかく、瀬川さんに知られたら白皇全体に言いふらされてしまうじゃないか!
「う〜ん、どこで会ったんだっけなぁ……そうだ、美希ちゃんたちにも聞いてみよ♪ 美希ちゃ〜ん」
「……さ、今のうちにお逃げなさい」
「……えっ?」
 ところが。瀬川さんがぱたぱたと駆け出して行ったわずかな隙に、愛歌さんの口から意外な言葉が飛び出してきた。ほとんどギロチン台に立ってる気分だった私は素っ頓狂な声を出してしまう。すると愛歌さんは人の悪そうな口調で背中を押してくれた。
「早く行きなさい。咲夜さんが待ってるんでしょ」
「え、いやあの、でも」
「とどめを刺して楽にしてあげるほど、私はお人好しじゃないわ」
 いかにも愛歌さんらしいというか何というか。ともあれ私はギリギリのところで地雷原から逃げ出すことができたのだった。


 ところが。地雷原を抜け出した先に待っていたのはストーカーの少女だった。
「おいお前、以前に私のお屋敷に来てたよな?」
「え、えぇまぁ」
「ガンダムは好きか?」
 両手を腰に当てた姿勢のまま、鋭い目で見あげてくるナギさん。そういえばこの格好でメイド道の指導に来たことがあったっけ。でもその時はナギさんとはほとんど顔を合わせなかったし、ガンダムの話をした覚えもないんだけど。
「いえ、何のことだか……どうしてですか?」
「ヲタクの匂いがする。同類だけに感じ取れる鉄と血と炎の匂いがな。千桜が来なかったからお前、代わりにこい」
 そういってナギさんは私のスカートを掴んだ。そんなとこを引っ張られたら無下に振り払うわけにも行かない。いやいや足を運びながら私は周囲を見渡して助けを求めた。
「ちょっと、やめてください。人を呼びますよ」
「私はここの主人だ。数少ない希少種を保護観察する義務がある」
 そういってスタスタと歩いていくナギさん。メイド服でいれば捕まることもないと思ってたのに全然効果がないってどういうことだろう。これはあれか、姿を変えても拭いきれないオーラみたいなものが知らずに出てしまってるってことか? いやいや、きっとナギさんは気が弱そうな相手に適当に声をかけてるんだ、そうに違いない……誰かそうだと言ってくれ。
「なんだよナギ、それ咲夜のとこのメイドさんじゃん」
「うむ、千桜に逃げられたみたいだから、今日はこの人を洗脳……じゃない、教化して人生の意味というものを悟らせてやろうではないか」
「千桜さん来ないのか。残念だな、今日はあの歩く生き字引に夜通し語りつくしてもらうはずだったのに」
 私はクラスでそんな風に見られてたんですか?……と叫びそうになるのを危うくこらえる私。ナギさんとワタル君にぐいぐいと両手を引っ張られて、私はホールに面した一室に引きずり込まれようとしていた。あのマホガニーの扉をくぐってしまったら、もう元には戻れない……そんな気がした私は引きつった笑顔を浮かべたまま周囲を見渡したけれど、助けに来てくれる人は誰一人としていない。それどころかまるで生贄の羊を見るような哀れみの視線を投げかけられて私は背筋が凍った。
「あ、あのぉ……」
「よいではないか、よいではないか」
「怖いのは最初だけだから、ちょっと我慢すれば天国が待ってるから」
 子供の無邪気な笑顔がこんなに怖いなんて。みると頼りの咲夜さんも面白そうに見守っている。ぐんぐんと迫ってくる大きな扉を目の前にして私が覚悟を決めかけた、そのときだった。
「お正月早々、きれいなメイドさんを別室に連れ込もうとするなんて……ワタル君ってメイドさんが大好きで、マニアックなのね」
「……う、うわあぁぁおあぁぁ〜〜!!」
 もう1人の飛び級少女から氷のようにツッコまれて、両手で頭を抱えながら逃げ出してしまうワタル君。その隙に私はナギさんの手を振り切って、間一髪でホールの雑踏へと駆け戻った。そしてジグザグと逃げ回った挙句に、舞台の袖にあった大きなカーテンの陰に隠れて身を縮こまらせたのだった。


 そんなこんなで、いろいろあって。ようやくアニマル同好会の会場にたどり着いたとき、私は精根尽き果てかけていた。でもここで倒れるわけには行かない。本日唯一にして最大の癒し要素なのだ。耐えて耐えて、ようやくこの至福の瞬間がやってきたのだ。
「えぇっと、ポコ吉は……」
 タヌキはナギさんが抱っこしている。
「じゃあウサギさんは……」
 そちらは花菱さんが手放そうとしない。
「それじゃ小さな黒猫は……」
 あらら、こっちは会長がベタベタにじゃれついている。しまった、出遅れたか?……いやいや、他にも動物さんはいる。
「ほら、こんなところに可愛いチワワが……」
「あーん、汚ねー手で触んじゃねーよバーロー」
「ひっ?!」
 抱きかかえそうになった不細工な顔のチワワにヤクザみたいな口調で脅されて、私は慌てて手を離した。いや、焦るな千桜、他にも可愛い動物は……。
「ほら、小猫じゃないけど白くて大きな猫がここに。ふかふかの毛並みでモフモフっと……」
「気安く触るんじゃねーよ。オレっちを猫扱いしていいのは世界で2人だけなんだっつーの」
「ひ、ひぃっ!! 喋るホワイトタイガー猫?!」
 なんだなんだ、出遅れた私の前に出てくる動物は可愛げの欠片もないハズレばっかりじゃないか。こんなはずじゃない、私がいったい何をしたって言うんだ。
「もう、こんなとこまで着いてきて……」
「ガオーッ!!」
「……(きゅーっ、ぱたん)」
 伊澄さんの嘆き声をどこか遠い世界のように聞きながら。人間の数倍はあろうかという白い大熊にいきなり退路をふさがれて、私は反射的に意識を手放したのだった。天にまします神々全てに向けて、我が身の不幸を呪いながら。


Fin.

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