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おじいさまのお年玉

初出 2008年01月07日
written by 双剣士 (WebSite)

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 ここは練馬区の65%を占めるとも言われている広大なお屋敷、三千院家。そこには世界を股にかけた石油王の遺産を受け継ぐ唯一人の孫娘が住んでいる。当然ながら警備に費やされる人員と設備は莫大であり、人見知りな孫娘が招き入れない限りはそれが婚約者であっても銃口を向ける、テロリストの秘密基地にも並び称される鉄壁の警備体制が敷かれていた。
 そんな広大なお屋敷に1人の男が足を踏み入れた。大胆不敵にも正面から侵入してくるその男に対し、三千院家の誇るSP部隊や警備ロボ軍団は訓練どおりに周囲を取り囲み……しかし排除どころか指一本触れることもできないまま、遠巻きにその男の侵入を見送ることしかできなかった。淡々と歩を進めるその男の胸には、鈍く光るペンダントが揺れていた。
「どんな仕掛けがあるか知らんが、ワシに三千院家の武器は効かん」
 こうして指一本動かすことなく三千院家に侵入したその男は、ついに最終防衛ラインとも言うべきお屋敷の守護女神と対峙した。男は臆することなく相手の懐に飛び込むと、目の前にある双丘、手を伸ばしただけで幾多の男たちが形意拳の餌食にされたという伝説の頂に向かって一片の遠慮もなくむしゃぶりついた。ところが守護女神は無粋な侵入者に天罰を食らわすどころか、逆に赤子をあやすように腕を広げて男の顔をかき抱いた。
「おぉ、マリアや、マリアや、会いたかったぞ」
「……はいはい、ようこそいらしてくださいました、おじいさま」


 侵入者の名は三千院帝さんぜんいん みかど、三千院家の現当主にして経済界の帝王と称される人物である。指一本で総理大臣の首をも吹き飛ばせると恐れられる存在ではあったが、マリアにとっては孤児だった自分を拾って可愛がってくれた優しいお爺さんに過ぎない。日頃から政敵や追従者に囲まれて暮らしている帝にとっても、彼の孫娘に仕える美しい少女の存在は心を許せる数少ないオアシスであった。
「ごめんなさい、おじいさま。ナギはハヤテ君と初詣に行っていて、今はお屋敷には……」
「おぉ、いいんじゃいいんじゃ。今日はマリアに会いに来たんじゃからのぅ」
 三千院家の当主が孫娘と反目の関係にある一方で、出自も知れないメイド少女を溺愛していることは周囲の誰もが知っている。付き人の1人も連れずこのお屋敷に辿りつくまでに、どれほどの反感や嫉妬を乗り越えてきたことだろう。マリアはそれに気づかないほど子供ではなかったが、それを口に出していい立場でないことも同時に悟っていた。自分はあくまで孫娘つきのハウスメイドなのだ、少なくとも今は。
「ありがとうございます。でもせっかくのお正月なのですから、ナギに……お嬢さまにお会いになって行ってくださいな。いまハヤテ君に電話して、お嬢さまを連れて帰ってきてもらいますから」
「そんなに気を使わんでえぇ、あいつもワシの顔など見たくなかろう」
「そんなことは……」
「えぇんじゃって。あいつは母親に似て、腹芸などできん奴よ。信じた者には全てをゆだねる代わり、そうでない者とは同じ空気を吸うことすら嫌がる」
 マリアの入れてくれた紅茶を美味しそうに味わいながら、財界の帝王はどこか寂しそうに溜め息をついた。
「下手にこれ以上いじり回して、どっかの馬の骨と駆け落ちでもされたらかなわんわい」
「おじいさま……」
「ま、孫娘のことはえぇ。今日はマリアにこれを渡しに来たんじゃ、せっかくのお正月じゃからの」
 三千院帝はソファに座ったまま、目の前に立つマリアに向かって光る何かを放った。そのままカーペットに落ちてころころと転がる透明の球体をマリアが目で追った直後、帝の口からは世にも情けない嘆き声が飛び出してきた。
「受け止めてくれよぉ……」
「……あの、おじいさま……まさかこれ、落とした玉だからお年玉、なんてオチじゃありませんよね?」
 さっきまでのシリアスな会話はどこへやら、半目のマリアにじどっと見下ろされて帝は狼狽した。
「そ、そんなことは、な、なな、ないぞ? ワシがそんな古典的なオヤジギャグをすると思うか?」
「…………」
「さ、早く拾ってくれ。お年玉贈呈式のやり直しじゃ。まさかお前まで、ワシからの贈り物をいらんと言い出しはせんじゃろうな?」
「……はい」
 球体を拾って差し出すマリア。帝はそれを受け取って1度懐にしまうと、改めて取り出してマリアに向かって差し出した。そして伸ばしたマリアの手がそれに届く寸前に手を離し、再び球体が床に落とす。悪戯っ子のようにそれを眺める帝は本当に楽しそうだった。
「ふっ、ふっ、ふっ」
「……もう、おじいさまったら……」
 こういう無駄な茶目っ気さえなければ、ナギとの仲も少しはマシになったでしょうに。マリアは心の中で溜め息をつきながら、落ちた球体をまた拾い上げた。それはミラーボールのようにきらきらと光る透明な宝石だった。無数の平面で精緻にカットされた宝石からは夢のような味わいのある色とりどりの輝きが放たれている。そして球体から飛び出した部分には紐を通すための穴が1つだけ開いている。
「まさかこれ……ダイヤですか?」
「そうじゃ。そしてこれが、それを首にかけるためのプラチナ製のチェーン」
「いただけません、こんな高価なもの!」
 いくら世間知らずのマリアでも、これが借金執事の負債を数倍するくらいでは到底追いつかない高額のものであることくらいは察しがつく。だが反射的にそう口走ってしまった途端、楽しそうな養父の笑顔が見るも無残に崩れ落ちてしまうのをマリアは目にしてしまった。石油王にとっては金額の多寡など問題ではない。自分が贈ったものを受け取ってもらえるか否か、そこだけが重要なのだ。
「マリア……嫌いか? 嫌いなのか、ワシのお年玉が?」
「い、いえ、そんなこと……」
「お前までワシを捨てるのか? ワシにもらったものなど身につけるのも汚らわしいと、そう言うか、そうなのか?」
「そういうわけじゃ……」
 金額の大きさ、ナギへの遠慮、見せる相手がいないことの悲しさ。それら全てを置き去りにして、マリアは養父を喜ばせることを最優先する覚悟を決めた。ダイヤのペンダントにプラチナのチェーンを通して首にかける。そしてメイド服を着たままその場を一回転して、ダイヤのペンダントが宙を舞うところを養父に見せ付ける。踊る少女を眺める石油王は嬉しそうに目を細めていた。
「ありがとうございます、おじいさま。素敵なお年玉、大切にします」
「肌身離さず大切にしておくれ。お前にはこの程度のことしか、してやれんかも知れぬからのぅ」
「そんな寂しいことおっしゃらないでください。私から恩返しするまでは元気でいてくれないと困ります」
 弱気になった当主を慰める少女。それからしばらくして、胸に大きなリボンを結んだメイド服の上にダイヤのペンダントを飾るのが似合わないことに気づいたマリアは、そっとペンダントを服の内側に落とした。それを横目で見ていた帝の瞳がキラリと光った。


 ここで舞台は、数日前のMHE(ミカド・ハイパー・エナジー)実験室の光景にさかのぼる。
「おじいちゃ〜ん、お待たせ、できたよぉ〜」
「おおっ」
 案内された三千院帝が入ったのは、前後左右上下の6面全てに液晶ディスプレイを張り巡らせた特殊な実験室であった。今は正面のディスプレイだけに電源が入っていて、入室したばかりの帝の顔が大きく映し出されている。そしてその部屋の中央では、眼鏡をかけた灰色の髪の女性が小さな球体をぶら下げながら無邪気に手を振っていた。
「はいこれ、おじいちゃん注文の特殊レンズ」
「ほぉ、ここまで小型化できたか。これで電源やケーブルなしでも、周囲360度の光景がカメラで撮影できるというわけじゃの」
「まぁね。要は胃カメラに魚眼レンズをくっつけて、映像を無線で送れるようにしただけなんだけど」
 MHEオーナーである老人にタメ口を聞くのは若干22歳の女性主任。彼女が白皇学院でマリアと同級生だったころから現在に至るまで、この呼び方は続いている。帝の取り巻きやMHE上層部はハラハラしながら彼女の言動を注視していたが、帝のほうは気にする風でもなかった。真の天才とは常識や伝統の外側でしか暮らせない、そのことを彼は早くから見抜いていたから。
「さっそく試してみていいかの」
「いいよ、じゃこれ、エイトの口の中に入れて」
 女性主任は傍に立つ介護ロボットの口の中に小さな球体を無造作に放り込むと、操作パネルをさらさらと操作した。すると室内6方向に張り巡らされたディスプレイに電源が入り、ネジや電線で囲まれた機械じみた空間が映し出される。それはあたかも、見る者が介護ロボットの体内に侵入して周囲を見渡したときの光景だった。さすがの帝も感嘆の声をあげる。
「ほぉ……見事なものだの。しかしこれ、周囲をライトで照らしたりはせんのだろうの?」
「しませんよ〜、暗視カメラで得た電磁波の映像を画像処理して色付けしてるだけだもん。でもほら、リード線の赤とか青とか黄色とか茶色とか、ちゃんと見えるようになってるでしょ?」
「うむ……確かに」
「重心移動装置もつけてあるから、転がっていける範囲なら自力移動できちゃったりもするんだ。もちろんパネルから操作できるし」
「よくやってくれたの。じゃ約束どおり、特大のケーキ食べ放題じゃ」
「やったーっ♪」
 女性主任は喜び勇んで万歳をすると、さっそくエイトの腹部を開けて透明な球体レンズを取り出した。そしてそれを帝に渡しながら女性主任は無邪気な笑顔で問いかけた。
「でもおじいちゃん、こんなの作ってどうするの?」
「なぁに、たまにはミクロキッズになってみたいときがあるんじゃよ、男には」


 再び舞台はお正月の三千院家へ。帝が自家用ヘリで退出した後、それと入れ替わるようにお屋敷の主人とその執事が戻ってきた。
「ただいま」
「ただいま、マリアさん」
「お帰りなさい、ナギ、ハヤテ君」
 お決まりの挨拶を交わした後、三千院ナギは不機嫌そうな表情で信頼するハウスメイドに問いかけた。
「なぁマリア、さっきヘリコプターが飛んでくのが見えたけど……ひょっとしてくそじじいが来てたりしなかったか?」
「…………」
 マリアとしては肯定したくはなかった。認めれば帝が孫娘に会わずに帰ってしまったのがバレてしまうし、では何の用事でここにきたのかと聞かれるのは必至だから。しかしここで空気を読めない1人の男が登場する。
「さようです。帝さまは御自ら、年始のご挨拶においでになられたのですよ、ナギお嬢さま」
「クラウスさん?!」
「わがままなお嬢さまにお仕えするのはさぞや苦労の耐えぬことだろうと、帝さまはわざわざ私どもの手を取って励ましてくださったのです。あぁなんという慈悲深いお方、思えば紫子お嬢様にお仕えしてからというもの、帝さまは折に触れて私どものことを……」
「ジャンクになさい!」
 三千院家当主の栄光と寛大さを謳いあげる老執事長は、マリアの指先ひとつで馳せ参じてきたSP部隊によって丁重にお持ち帰りされてしまうこととなった。残されたナギは立ちすくんだまま黙って顔を伏せていた。マリアは慌ててフォローに回る。
「な、ナギ……ま、まぁ、こんなこともありますって。だからその、げ……元気を出して、ね?」
「……私は落ち込んでなどいない、心配するなマリア」
 小さな主人は気丈に顔をあげた。しかしその目尻に光るものがあることをマリアは見逃さなかった。
「だ、だいたいあんなくそじじいと顔を合わせたら新年から縁起が悪くなるというものだ。私が戻る前に出てってくれて清々するくらいだ」
「ナギ……」
「疲れたからちょっと寝る。夕食ができたら起こしてくれ。誰もついてくるんじゃないぞ」
「あ、あのっ!」
 肩を怒らせて自室へと立ち去ろうとするナギ。妹のように思っていた意地っ張り少女の行動をとても正視できなかったマリアは、思わず声をかけてしまった。
「ん? どうした、マリア」
「おじいさま、お年玉を持ってきてくれたんですよ。ナギの分も預かってます」
「嘘つけ。あいつがそんな殊勝なじじいかよ」
「嘘じゃありませんよ。お夕食のときに持ってきてあげますから」
 そういってナギと別れたマリアは、夕食を作るふりをして自分の部屋に駆け込むと鏡の前に座り込んだ。そして躊躇を気合で振り払うと、首にかけたペンダントをそっと外し、机の中にあった化粧箱に収めて丁寧に梱包をし始めた。
《いいんですよね、これで……おじいさまが私のためにお年玉をくれた、そのお気持ちだけで私は十分ですもの》


《むふふ、ふふふ〜》
 練馬の別宅を飛び立ってから三千院帝は含み笑いが止まらなかった。ヘリはそのまま三千院家本宅ではなく、MHE実験ラボのヘリポートへと降り立った。ヘリから飛び降りた帝は厳重に人払いをすると、あの6面ディスプレイ実験室へとスキップしながら足を踏み入れた。
「ふふふ〜、マリアと風呂に入らなくなってから何年も経つからの。やはり養父としては、娘の成長具合を知っておく義務があるというもんだて」
 開発費数百億円をかけた秘密プロジェクト。その最初の実戦テストが今、MHEオーナー自らの手で行われようとしている。帝は震える手で操作パネルの電源を入れた。マシンが立ち上がりペンダントとの通信リンクが確立されるまで数十秒間。みずみずしい肌色の双丘が目の前に繰り広げられるのを帝は胸を高鳴らせながら今か今かと待った。
「とりあえず今回はテストじゃ。夜になってマリアが寝静まったら、自力移動装置のテストも始めることにしよう。あのチェーンは遠隔で外せるようにしてあることだしのぉ」
 準備は万端、細工は流々。新しいテクノロジーの扉を開くのが下世話なスケベ心であることは古今東西変わりがない。やがて液晶ディスプレイのノイズが弱まり、透明な球体を取り囲む光景が数十キロ離れた実験室に映し出された。しかしそれは、帝の想像を大きく裏切るものだった。
「なんじゃ、こりゃああぁ〜〜!!!」
 帝の目の前に広がったのは、見渡すかぎり平坦な肌色の台地だったのである。


 翌朝。三千院帝は周囲の制止を振り切り、再び練馬の別宅へと足を運んだ。
「マリア! 昨日渡したペンダントはどうした!!」
「えぇっと、そのぉ……」
 マリアが返答に窮しているところに、お屋敷の主人が顔を出す。
「なんだくそじじい、なんの用だ」
「……きさまっ、何でお前がそれを! お前のような洗濯板に用はないんじゃ!!」
 三千院帝は血走った目をしながら孫娘の胸元に手を伸ばした。


 三千院帝、世界有数の石油王。新年を迎えた彼はこうしてまた一歩、黄泉の国へと近づいたのだった。


Fin.

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