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乙女心と子供理論

初出 2008年01月02日
written by 双剣士 (WebSite)

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 2008年のお正月。初詣の参拝客でごった返す神社の境内には、去年に引き続いて西沢歩の姿があった。普通の女の子という平凡な立場にして、実はそれゆえにややこしい制約のほとんどから免れている彼女の年頭の誓いは、去年と同じく直球ど真ん中である。
《よおーし、今年はもっともっとハヤテ君と仲良くなるぞっ》
 無骨なジャンパーに身を包みながら小さくガッツポーズをする彼女。そしてその隣には、あでやかな振袖に身を包んだ美しい少女の姿があった。歩から見て親友にして憧れの存在、桂ヒナギクその人である。
「…………」
「ねぇヒナさん、ヒナさんはいったい何をお願いしたのかな?」
「な、なにって……家内安全と学業成就よ」
「甘ぁーい! 花の女子高生がそんなことでどうしますか!」
 歩はぴしっと人差し指を突きつけた。ヒナギクが自分と同じ男の子を好いていることを彼女は知っている。傍から見れば自分たちは紛れもない恋敵なのだろうが……でも歩自身にそんな認識は皆無だった。なんというか、初めから次元が違いすぎて憎むとか恨むという感情が湧いてこない。それどころか恋愛に対して異様に憶病なヒナギクを見てると、ちょっかいをかけたい気分にすらなってくるのだった。
「じっと待つ女なんてヒナさんには似合いませんよっ! せっかく神様が目の前にいるんだから、ほらほら、ハヤテ君が振り向いてくれますようにってちゃんとお願いしないと」
「ちょ、なによそれ! なんで歩がそんな世話を焼くのよ」
「いやぁ、一応ライバルとしては、同じスタートラインに立ってほしいというか」
「余計なお世話よ! 言ったでしょ、私は自分から告白する気なんかないって!」
 言葉を返さずにジトッとした半目で見つめる歩。すると案の定、ヒナギクは顔を真っ赤にしながら言わなくてもいい自己弁護を始めた。
「だいたい、ハヤテ君が告白してくるならさっさとそうすればいいのよ! 告白してこなかったら……こ、告白しなきゃいいじゃない。でもね、ハヤテ君がどうするかは彼の判断だけど、それを受け入れるかどうかは私の判断ですからね!」
《どこの小泉チルドレンですか……》
 心の中でひそかに突っ込みを入れながら、歩はため息をついた。こんなんじゃ全然前に進まないよ、ハヤテ君はヒナさんに嫌われてると思ってるんだから……人目もはばからずにわめき散らすヒナギクのことをどこか可愛いと思いながら、歩はいつしかライバルではなく恋愛コーディネーターの視点で目の前の少女を眺めていたのだった。


 一方のヒナギクのほうは。年始早々から衆人環視の前で恥ずかしい台詞を言わされて、穴があったら入りたい気分だった。裏切りの告白をして少しは気が楽になるかと思ってたのに、それ以後この子と話すときには当然のようにハヤテのことが話題にのぼる。どうして色恋の話題をあんなに屈託もなく、それも恋敵の自分に向かって楽しそうに語りかけることができるのか。ヒナギクにはまったく理解できなかった。
《でも話題に出すなとは言えないのよね。バレンタインにしても子猫を拾った夜にしても、歩と出会った時はいつだってハヤテ君が関係してた訳だし……応援するって言った約束を破った負い目もあるし》
 律儀な性格の者はいつだって損をする。喫茶店どんぐりでのエピソードやプリクラの思い出などを歩の口から聞いていると、胸の奥に暗い感情が沸き起こってくるのが自分でも分かった。そしてヒナギクはそれを負けず嫌いゆえの悔しさだと強引に結論付けていた。出口のないまま蓄積し続ける嫉妬心と、自分から行動を起こせないというプライドという名の外皮。完璧超人として振舞ってきたこれまでの生き方が、この件に限ってはことごとくマイナス方向に作用していた。誰かを好きになったというだけで世界はこれほどに変わるものか。
《こんな思いをするんだったら、誰かを好きになんてならなければよかったのに》
 そんな逃避をしたって現実は変わらない。そもそも恋をしたくてこうなったわけじゃない、気がついたら今の境遇になっていただけなのだから。歩と境内を歩きながらそんなことをグチャグチャと考えていると、唐突に想い人の名前が耳に飛び込んできた。
「あっ、ハヤテ君だ。ハヤテく〜ん♪」
「あ、歩、ちょっと……」
 ぶんぶんと手を振る西沢歩の裾をヒナギクはツンツンと引っ張った。今はどんな顔してハヤテ君に会ったらいいか分からない。お願いだから勘弁して……そんな彼女の想いは言語化されることもなく空気中に溶けて消える。ところがヒナギクの祈りもむなしく人混みをかき分けて駆け寄ってきた少年執事は、開口一番とんでもないことを言い出した。
「西沢さん、お嬢さまを見ませんでしたか?」
「え、ナギちゃんがどうかしたの?」
「迷子になっちゃったんです、この神社のどこかで!」
「えぇっ!!!」
 その一言で頭の中のもやが一瞬にして吹き飛ぶ。事態が恋愛ごとではなく危機管理の問題と分かったとたん、ヒナギクの脳細胞は普段の利発さをあっという間に取り戻した。
「手分けして探しましょ。みんな携帯は持ってるわね? 誰かがナギを見つけたらすぐに連絡、見つからないときは30分ごとに探し終えた区域を情報交換すること。じゃ私はこっちを探してくるわ」
「ちょ、ヒナギクさん!」
 制止の声を振り切って、ヒナギクは人混みの中へと飛び込んで行った。


「僕、やっぱりヒナギクさんに嫌われてるんですかね……顔も合わせないうちに逃げ出して行かれちゃうなんて」
「う、う〜ん、そんなことないんじゃないかな……?」
 脱兎のごとく駆け出して行ったヒナギクを唖然として見送ってから、落ち込むハヤテに歩はあわててフォローを入れた。きびきびと指示を出して自ら動くあたり、ヒナさんさすがだなとは思うけど……お正月なんだから挨拶くらいしてからでもいいのに。あれじゃ逃げ出したって思われても無理ないよ。
「それじゃ西沢さん、僕、お嬢さまを探しますんで」
「あ、私も探すよハヤテ君!」
「いえ、この人混みじゃ2重遭難の危険がありますし……それにあのお嬢さまのことです、西沢さんに助けられてたまるかって逆に逃げ出しちゃうかもしれません」
「……た、確かに」
 そういう可能性はありうるし、ハヤテとヒナギクが本気で探せば自分の出番なんてないかもしれない。相談の結果、歩は神社の迷子案内所に連絡して放送を流してもらう役を務めることになった。ハヤテと別れて案内所に向かう道すがら、歩はちょっと不謹慎なことに気がついて小さな口元を押さえた。
《ハヤテ君、他人の気持ちはよく分かるのに……どうして他人が自分に向けてる気持ちになると、あんなに鈍くなれちゃうのかな?》


「ナギ〜、どこにいるの〜、返事してよ〜」
 ヒナギクがナギ捜索を始めてから1時間あまりが経過していた。あのHIKIKOMORIお嬢さまのことだもの、こんな人混みにもみくちゃにされるのは初めての経験にちがいない。一人ぼっちで心細くて、不安な顔をしながらあちこちをさまよい歩いてるのかもしれない。境内を一回りしても見つからないということは、そうだと考えるしかなさそうだった。
《まったくもう、新年早々世話が焼けるんだから、あの子は!》
 ぶつくさと文句を言いながらも他人のために全力を尽くす。恋愛沙汰で悩むより、ずっとヒナギクらしい行動といえなくもなかった。そしてあちこち歩きまわるうちに、思いがけなく彼女はもう1人の捜索人と合流する。
「あれ、ハヤテ君?」
「ヒナギクさん……お嬢さまは?」
 真っ先にナギの心配が出てくるあたりがハヤテ君らしいわね、と思いながらヒナギクは首を横に振った。
「まだよ。あの子も移動してるんじゃないかしら」
「そうですよね。困ったな……誘拐とかされてなきゃいいけど」
「まさ……か……」
 なにげないつぶやきを2人は笑い飛ばすことができなかった。可能性はありすぎるくらいにある。だがそのとき、ヒナギクの携帯が鋭い発信音を鳴らした。
「あ、もしもし……歩?」
「ヒナさん? さっき案内所に目撃情報が入ってきたよ、金髪ツインテールの女の子が神社の穴場へ向かったって」
「どこですか!」
「きゃっ」
 携帯をひったくって声を荒らげたハヤテに、携帯の声は一時沈黙した。
「……あ、は、ハヤテ君もそこにいるの?」
「どこですか西沢さん! お嬢さまはどこに!」
「うん……いわゆる普通の参詣ルートとは外れたところにね、縁結びの小さなほこらがあるんだって。迷子用の放送も届かない場所らしいから、今でもそこにいるかもしれないよ。行き方はね……」
 ヒナギクとハヤテは急いでその場所へと向かった。


「ヒナギクさん……あの、下で待っててくれればいいですから」
「イヤよ、ここまで来て……大丈夫、下さえ見なけりゃ、こんな石段くらい……」
 歩に教えられた場所は竹藪を横切る細い抜け道の脇、はるか高いところまで続く石段を登った先にあるとの話だった。高所恐怖症のヒナギクにとっては目眩がするほどの高さである。ハヤテは自分が登るから無理せず下にいろと言ってくれたのだが、そんなことはヒナギクの矜持が許さなかった。あの持久力欠乏症のナギですら登りきった石段を、自分が登れないとなったら生徒会長の沽券にかかわる。
「登りでそんなんじゃ、石段を降りるときはどうするんですか?」
「平気よ、下なんか見ないもの。心の目で見てるから……きゃっ」
「ほら、言わんこっちゃない」
 足元を見ずに石段を登るうちにバランスを崩したヒナギク。しかし次の瞬間、彼女の背中は借金執事のたくましい腕にしっかりと抱きとめられていた。思わず顔がぱあっと紅潮する。とっさに身をひるがえして彼の腕から離れようとして足元を滑らせたヒナギクは、今度は両腕でハヤテの胸に抱きしめられる格好になった。
「大丈夫ですか?」
「え、えぇ……ありがとハヤテ君」
 度重なる醜態、我ながら情けない。でも好きな人の腕に抱かれていると、不思議と安心できてしまうのもまた事実であった。胸がドキドキと鳴って頬が火のように熱くなる。足ががくがくと震えるのは恐怖心のせいばかりではないだろう。だがそんな甘美なひと時を、鈍感な借金執事はあっさりと手放した。
「立てますか?」
「え、えぇ……」
 立てないなんて言えるわけないじゃない、とヒナギクは心の中で毒づいた。
「危ないですから、僕の手につかまっていてください。さあ」
「えっ? い、いや、そこまでしてもらわなくても……」
「さあ」
 差し出された手と少年の顔とを、ヒナギクは穴があくほど何度も何度も見返した。少年執事の表情は真剣そのものだった。女の子と手をつなぐことの羞恥心とか、彼女のことを気遣う恋人らしい優しさみたいなものは微塵も感じられなかった。そんな彼を見つめているうち、ヒナギクは今更のように気づいた。
《そっか、今のハヤテ君はナギのことで頭がいっぱいなんだ》
 今の彼は自分の主人のもとへ急ぐことだけに夢中で、私のことはナギを一緒に探す同士としてしか見てくれてなかったんだ。私の着物とか髪形とか、ましてやその内側にある気持ちになんて気づくはずもなかったんだ。そんなことは最初からわかってたはずなのに、浮かれてた自分が恥ずかしい。
「……わかった、行きましょ」
 少年の手にそっと右手を重ねる。すぐにしっかりと握り返された手に引かれて、ヒナギクの身体はぐいぐいと石段上方へと引っ張り上げられていった。ヒナギクの眼前には少年のたくましい背中がある。自分が好きになった男性の背中が、自分以外の女の子を救うために疾走している。しかしヒナギクの胸に、もう熱い思いや暗いしこりは浮かび上がってこなかった。
《そうよね、こういう頼もしい彼のことを私は好きになったんだものね》
 意外にサバサバとした気分だった。こういう気持ちになれるってことは、まだ自分たちには告白なんて早すぎるんだろう。『あれで中身は男の子みたいなもの』と親友の美希にからかわれる理由が、今のヒナギクには何となく分かるような気がしていた。


 こうして無事にほこらにたどり着いた2人は、石畳の脇で退屈そうに座っていた三千院ナギを発見する。しかし少女の口から飛び出してきたのは感謝の言葉でも泣き事でもなく、怒髪天を衝くような怒りの大声であった。
「こらハヤテ、なんでヒナギクなんかと手をつないでるんだ! 私がどんな思いでここに来たか分かってるのか、ハヤテのバーカバーカ!!」


Fin.

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