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冬空の誓い

初出 2007年01月09日
written by 双剣士 (WebSite)

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「あーもう、5時間半ぶっ続けや言うから期待しとったのに、これ今年やった試合の録画ばっかりやないか! やる前から全部結果知っとるわ、アホらし」
「……そうなん、兄ちゃん?」
「ねぇにーに、このプロレスえらい地味やけど、ドロップキックとかやれへんのん? ふらんけんしゅたいなーとかは?」
 その日は2006年の大晦日。運動神経抜群の愛沢家長男・朝斗は早めの夕食を終えると、さっさと自室のテレビの前に陣取って年末恒例の格闘技番組にあれこれとツッコミを入れていた。胡坐をかいた彼の左足には妹の夕華、右足の上には末の妹の葉織が当たり前のような顔をして座り込んでいる。8歳と4歳の妹たちから見れば、某国営放送の歌番組など面白くもなんともない。技やルールは分からないながらも、大好きな兄ちゃんの膝の上で一緒にテレビを見ている方が楽しいのだ。
「なんやコイツも、日本のエースとか世界2位とか持ち上げられとったくせに、今年全敗したあげくに素人相手に『勝ちを意識する、負けない戦い方を』やて? 1ラウンドで秒殺したるくらい大口叩けんでどないすんねん」
「そないかなぁ。負けるより勝つほうがええんとちゃうのん、兄ちゃん?」
「仮にもアイツはプロやろ、金もろうて客に試合見せとんやろ! 自覚が足らんわ自覚が!」
「まぁまぁ、そない熱ぅならんとき、あーちゃん」
 不甲斐ない日本のエースに液晶テレビ越しに文句をぶつけていた朝斗のことを、人数分のジュースをトレイに載せてきた双子の姉・愛沢家次女の日向は柔らかい口調でたしなめた。歓声をあげながらジュースを受け取りに来る妹たちを横目で見ながら、朝斗はこの場にいないもう1人のことを話題に載せた。
「ところでサク姉はどないしたんや?」
「さぁ、夜風に当たりたいとか言うて、さっき出て行きはったけどな」


 その頃。大晦日ということで早めに閉店を迎える商店に囲まれた公園の片隅で、1人の青年がしょぼくれて座っていた。いまさらホテルを探そうにも所持金が足りず、年越しを野宿で迎えることはもはや必定。そのうえ彼の脇には、一向に売りさばける気配のない段ボール箱がどっさりと積み上げられ、彼の疲労を一段と濃くしている。
「読みが甘かったデースネェ。買い占めたときは倍の値段で転売してウーハウーハと思ってマーシタのに……いまじゃ湯タンポの代わりにしかならないデース」
 まだ若いのに、青年の額には深い皺が刻まれている。周囲の子供連れが楽しそうな表情をして家路へと向かうというのに、青年には帰るあてすらなかった。というより横の箱を売りさばいて現金を手に入れない限り、借金取りの待つアパートに帰ることすらままならない。格差社会の北風はあたかも爆弾低気圧のように彼の頭上に巣を作って居座っていたのだった。
「……WAAA、OHHH〜」
 そのとき咄嗟に熱い感触を頬に感じて飛びしざる青年。振り返った先には熱い缶コーヒーと、それを差し出す人物の姿があった。分厚いコートを着たショートヘアの少女の頬は、寒さでリンゴのように赤く染まっていた。
「マ、マイシスター……」
「お疲れさん、兄者」
 愛沢家長女・愛沢咲夜と、その腹違いの兄・ギルバート。2006年最後の2人の邂逅が、こうして始まった。


 再び愛沢家。兄妹4人で観戦するテレビの画面に、第6●代横綱の姿が映った。
「あ、来た来た。この人の負けっぷりを見やへんと年を越した気がせんのやわぁ。今年はどんな負け方するんやろか」
「そやけど、ひー姉ちゃん。この人、死んでもぅたお母さんのために頑張るって言うてるで。ウチ応援してあげたいわぁ」
 ゴングが鳴り、巨漢同士がぶつかり合う。そのよたよたした足取りを見て、せんべいを頬張りながら朝斗はつぶやいた。
「まぁ、意地や根性だけではどうもならんことも世の中にはあるんやけどな」
 それから1分も経たないうちに、アームロックをかけられた第6●代横綱は早々とマットに沈み、日向の期待通りに大晦日4連敗を飾ったのだった。


「サンキューベリマッチ、マイシスター。生き返ったみたいな気分デースヨ」
「なぁ兄者、なにもこんな日まで寒空のなか営業せんでも……ホテル代がないんやったら、ウチが」
「ノーノー、施しは受けまセーン。ここで辛い日々を耐え抜くことが、明日へのバネを生むのデース」
 大財閥・愛沢家の血筋として生まれながら、愛人の子であったがために何ひとつ良いことのなかったギルバートの半生。彼にとって唯一の光明は超大富豪の三千院家を相続すること、そのために綾崎ハヤテを打倒し三千院ナギを泣かせて謝らせることだった。彼の隣に座った咲夜は複雑な表情で不遇な兄に話しかけた。
「なぁ、兄者……あのな、その、今でもナギのこと、狙うてるんか?」
「当然デース。ナギのお嬢をなんとしても謝らせるのがミーの夢なのデース」
「いや、そのな、努力は買うんやけど……なんちゅーてもナギはウチの親友やし、あの借金執事も半端やないで?」
 険しい表情で兄を説得する咲夜。
「そんなことは分かってマース。難しいほどミーのハートは燃えるのデース」
「無理せんでもええやん。なんなら一攫千金なんかやめて、ウチと一緒に帰れへんか? 姉弟が5人になるんも6人になるんも一緒やし」
「チッ、チッ、チッ」
 だが誇り高いギルバートは指を左右に振りながら妹の申し出を拒絶した。
「そうは行きません、マイシスター。いまさら兄貴面してダディの家に行っても居場所なんかありまセーン」
「そんなこと……」
「マミーはいつも言ってました、チャンスは自分でつかめと。人の手にしがみつくだけの生き方なんかするなと。マイシスター、気持ちは嬉しいけど、ユーと一緒に行ったらマミーを裏切ることになりマース」
 白い息を吐きながら、ギルバートはこわばる顔を動かして笑顔を作った。
「心配いりまセーン。今に大金持ちになって、胸を張って妹たちに会いに行きマース。大船に乗った気で待っててくだサーイ」
「……大船とか言われても、ついこないだタイタニックが沈んだとこやし」
「ムー、マイシスターは意地悪デースネー」
 咲夜のツッコミに頬を膨らませたギルバートは、やがて大声で笑い出した。つられて咲夜も笑い出し、夜の公園に楽しげな2重奏が響き渡った。


 そしてやがて、楽しいひと時に終焉が訪れる。
「咲夜お嬢さま〜」
「どちらにおられますか、咲夜お嬢さま〜」
「……あかん、巻田と国枝が来よった」
「帰ってあげなさい、マイシスター。ユーを待ってる人たちのもとへ」
 少しあわてた様子の妹に、ギルバートは優しく語りかけた。そして傍らにあった段ボール箱のひとつを取り上げると、咲夜に向かって差し出した。
「これ、缶コーヒーのお礼デース」
「プレイステーション3?! あ、兄者、これ6万近くするやつやん、あかんあかん、こんなんもらわれへん!」
「気にしないでくだサーイ。ユーのコーヒーは凍てついたミーのハートを温めてくれマーシタ。今のミーはこんなものしかお返しできないのデース」
 ギルバートはPS3の箱を咲夜に押し付けると、去り際に小さくウインクをした。
「まだ会えない妹たちのために、少しぐらい見栄を張らせてくだサーイ」
「兄者……」
 そういってギルバートは、妹を探しにきた執事たちと入れ替わるように夜の闇へと消えていった。咲夜は公園に立ち尽くしたまま、兄からの贈り物を両手でぎゅっと抱きしめたのだった。


 ……しかし、お屋敷に戻った咲夜を待っていたのは意外な光景だった。
「やっほー、サク姉ちゃん、すごいやろこれ! ナギ姉ちゃんがお年玉に送ってくれてん」
「もう遊び飽きたからいらんのやて。しかし相変わらずやなぁ、ナギねぇのゲーム好きは」
「なぁにーに、これどないして遊ぶん?」
「これはな、コントローラをこうやって、振り回して使うんや。ほら見てみ」
「うわぁ〜、すご〜い♪」
 任○堂W△iに興じる妹たちを目の当たりにして咲夜は苦笑いを浮かべた。そして小声で、背後に隠してきたPS3の箱を物置に仕舞っておくよう巻田たちに指示を出したのだった。


 三千院ナギとギルバート。2007年も続くであろう両者の戦いは、こうして当人たちの知らないところで第1ラウンドが始まり、三千院ナギの圧勝で幕を降ろしたのだった。


Fin.

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