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乙女はお姉さまに師事してる

初出 2007年01月03日
written by 双剣士 (WebSite)

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 2007年のお正月。家族と一緒に初詣をしに神社にやってきた西沢歩は、ぱんぱんと手を合わせながら心の中で固く誓いを立てた。
《よぉし、今年は頑張ってハヤテ君と仲良くなるぞっ!》
 ちなみに原作の時間推移では彼女が綾崎ハヤテの転校を知るのは3学期の始めなので、初詣の時点では『潮見高校のクラスメイトの綾崎君』という認識でしかないはずなのだが、このSSでは少々目をつぶっていただきたい。でないと先に差し支えるので。
 ……閑話休題。お参りを終えた歩は家族と共に神社の鳥居を抜けようとして、ふと境内を振り返った。お正月の境内には華々しい振袖に身を包んだ参拝客たちが所狭しと押し寄せてきていて、普段着の西沢家族を飲み込まんとしている。これじゃ神様も全員のお願いを聞くの大変だろうな……と凡人まる出しの心配を胸に抱いた歩は、その直後に大事なことに気づいて足を止めた。
《そうだよ、振り向いてもらうためには目立たなきゃ!》
 自他共に認める、何の取り柄もない自分。一方の綾崎ハヤテの周りには、美人やお金持ちの女の子がうじゃうじゃとしている。彼女らと正面衝突して勝ち目があるとは思わないけど、現状維持のままで何らかの進展を期待できるほど、西沢歩は運のいい星の下に生まれてはいない。まして彼女の想い人は、頼りがいのある綺麗で優しい年上タイプが好みだと分かっているのだ。
《変わらなきゃ、戦わなきゃ、現実と!!!》


「というわけで、ご教授お願いします、ヒナさん!」
「えっ、えっ、なに? なんで私に?」
 思い立ったら一目散。参拝客の中でひときわ目立つ振袖美人を見つけた西沢歩は家族に別れを告げると、義母と一緒に参拝に来ていた友人のもとへと一直線に駆け寄った。事情を聞いた桂ヒナギクは美しい眉をひそめながら首をかしげた。
「いや、そのぉ……ハヤテ君の好みの女の子になりたいって気持ちは分かったけど、なんで私に?」
「ハヤテ君はヒナさんみたいな、格好よくて凛々しい年上タイプが好みなんですよ! 私、ヒナさんみたいにはなれないかもしれないけど、ちょっとでもハヤテ君のストライクゾーンに近づきたくて!」
「そ、そりゃ歩のこと応援するって言ったけど……私たち同級生よ? それに私は3月生まれだから、たぶん歩より年下よ?」
「がぁあぁぁ〜ん……」
 がっくりと脱力して境内の砂利に膝をつく歩。参拝客でごった返す境内において、それは悪い意味で目立ちすぎる行為だった。ヒナギクは慌てて歩の腕を引っ張りあげた。
「あ、歩、ほら立って?」
「年下って……それじゃ私の今日までの人生って、薄くて軽くて無駄だらけ……?」
「そんなことないったら! わかったわよ、白皇のOGに凄く優秀で優しい年上の女の人が居るから、歩のこと紹介してあげる! ほら泣かないで!」


「……というわけで、歩のことお願いします、マリアさん」
「は、はぁ……」
 ヒナギクに連れられて歩が向かった先は、綾崎ハヤテが勤めている豪邸の中。何度か面識のある美人メイドさんを前にした西沢歩は、あぁやっぱり、と言いたげな羨望の瞳でメイドさんを見つめた。もちろん彼女は、目の前の女性が金髪の恋敵を応援する立場であることなど知らない。
「こんな身近に、ハヤテ君の理想像みたいな女性がいたなんて! 美人で賢そうで優しそうだし!」
「見た目だけじゃないわよ。マリアさんは私の4代前の生徒会長でね、いまでも白皇では伝説の才女って言われているの。13ヶ国語だってペラペラだそうだし」
「すごいっ! すっごく年上のお姉さまなんですね! 貫禄あるし大物感たっぷりだし!」
「すっごく年上? 貫禄あるって?」
 マリアのこめかみがピクピクと動くのに歩は気づかない。ヒナギクの説明を聞いて、とうに成人を迎えた大人の女性だと歩が早合点するのは無理もないことだった。空気を察したヒナギクがそそくさと三千院家を後にするなか、興奮した歩はキラキラした瞳でマリアのエプロンにしがみついた。
「教えてください、お姉さま! どうやったらそんな、大人の魅力と落ち着きを兼ね備えた素敵な女性になれるんですか? どうしたらあんな名門校の頂点に上り詰めることが出来るんですか?」
「どうしたらって……毎日きちんと予習復習をして弱点を克服していけば、毎日たった10時間くらいの勉強でなんとかなるものですよ?」
「……あ、いえその、そんなまぶしすぎる経歴はちょっとおいといて……ほら、まだ幼い小学生の頃に心がけたこととか……」
「う〜ん、学校と家事と睡眠時間のほかは、ずっと家庭教師の先生がついてたような」
「ぐあぁわぁあぁぁん……これが格差社会……これが世の中の現実……」
 彼我の常識のあまりのギャップに頭を抱える歩を前にして、マリアの方も困り果てていた。歩の望みが勉強面でのレベルアップでないことはマリアにだって分かる。でもナギのライバルに手を貸すわけには行かないし、こと恋愛面に関して言えばマリアの方だってお世辞にも経験豊富とは言えないわけで……そこである人物のことに思い至ったマリアは、ぽんと手を叩いた。
「西沢さん……でしたよね。私なんかより、もっと別の人に教えてもらってはどうでしょう?」
「別の人、ですか……?」
「えぇ、私より年上で、男の子の扱いがとても上手な人が知り合いにいるんです。勉強ばっかりしてきた私なんかより、その人のほうが西沢さんの参考になると思うんですけど」


「……というわけなんですが」
「えぇ〜っ、この人が、ですかぁ〜?」
「……しくしくしく、わ、私なんかには無理ですよぉ」
「あ、あ、サキさん泣かないで」
 次に歩が向かった先は旧知のレンタルビデオ屋、客としてドジぶりを見知っている20歳の女性のもとであった。気安いだけに遠慮のない歩の口ぶりに、打たれ弱い貴嶋サキはさめざめと涙をこぼした。涙を拭きにやってきた橘ワタルとの微妙な雰囲気を見ても歩のハートは動かない。なにしろ目の前の少年は自分の弟と同年代なのだから。
《でも、あのメイドさんが勧めるのなら試してみるのもいいかも……いきなりヒナさんとかあのメイドさんレベルのことをするの、私には無理だもんね》
 そう発想を転換した西沢歩は、しくしくと泣き続けるドジメイドさんの前にしゃがみこんだ。
「ごめんなさい、言い過ぎました。あの、これからいろいろと教えて欲しいんですけど」
「いろいろって……どんなことですか?」
 歩の説明を聞いた貴嶋サキは、目を白黒させながら首を振った。
「そ、そんな、無理です無理です、私なんかじゃ!」
「でも……あの人たちみたいなお金持ち完璧超人のアドバイスよりは、サキさんのほうが身近で役に立ちそうなんですけど」
「そんな、無理ですってば!……あ、それじゃ紹介してあげます。最近常連になってくれた私と同年代の女の方で、人生経験がめちゃくちゃ豊富そうな人がいますから!」


「……それで、私のところに来たわけですか?」
「はい、ぜひ教えてもらいたくて」
「ふっ、これも神の思し召しなのでしょうね」
 地獄のシスターことソニア・シャフルナーズ(19歳)は、細い指で眼鏡の位置を直しながら迷える子羊を見下ろした。対する西沢歩は不思議な既視感に戸惑っていた。あれ、この人たしか夢に出てきた人じゃなかったっけ……と。
「それで、浄財は?」
「……え、お金がいるんですか?」
「当然でしょう? 地獄の沙汰も金次第、婚約指輪は給料の3倍、と神様もおっしゃってます」
「あ、あのぉ、いま持ち合わせがなくて……次回きたときに持ってきますけど、どれくらい掛かるものなんですか?」
 嫌な予感を胸に問いかける歩に対し、チャンスとあれば骨まで食い尽くすマフィアの娘は鷹揚に胸を張った。
「そうですね、心づくし、と言いたいところですが……実際は金額によってお話しできる範囲も変わってきます。サバイバルコース1万円、雀荘旅ガラスコース5万円、振込み詐欺……じゃない、夢を売るコース15万円、とか」
 歩の膝ががくがくと震えだす。自分はとんでもないことに来たのかもしれない。金額もさることながら、乙女らしいロマンチックさとは正反対といっていい裏街道コースへの入り口がぽっかりと目の前に広がるのを歩は感じていた。このままここにいちゃいけない、と全身の細胞が告げている。
「どこに行かれるんです?」
「あ、いやその……やっぱお金足りないし、出直してこようかな、なんて……あはは」
「そうですか。それは残念です」
 意外なくらいにあっさりと、極道シスターは西沢歩を解放してくれた。そればかりか去り際にアドバイスまでしてくれた。ワタルの店のお客さんという立場でなかったら自分がどうなっていたか、歩は知る由もない。
「そうそう、私の知人に少し年上の女性がいるんですが、訪ねてみる気はありますか?」
「え、その女性ってどういう方なんですか?」
「その気になれば、世界征服だって出来る人です」


「ほぇ、素敵なレディになりたい? だったら好きなことを持つべきよ!」
 白い髪の眼鏡美人、牧村志織22歳。最寄りの喫茶店に白衣のままで現れた彼女は右手にエイト・左手に13号君を従えて、ニコニコと笑いながらコーヒーとミルクをかき混ぜていた。
「好きなこと、ですか?」
「そうよぉ。お金と火力と甘いものさえあれば、彼氏もスポンサーも選び放題! そうよね、エイト」
「ま、牧村さん、こんな公衆の前でそんな、はしたないです」
「そっかな?」
「あの、私が好きなのは、同年代の男の子で……そんなお金とかで釣りあげる気なんてないんですけど」
 こりゃダメだ、と感じつつもおずおずと申し出た歩に対し、志織は無造作に左手を上げた。
「こんなの?」
「はい、なんなりとお申し付けを、お嬢さま」
「そ、そうじゃなくて! そりゃ憧れたりなんかするけど、そういうのじゃなくて!」
 自分の想い人と瓜二つの人造人間など、恋する乙女にとっては嫌悪の対象でしかない。だがそんな乙女心など想像の範疇にない牧村志織は可愛らしく小首をかしげながら様子を伺って……やがて何かを思いついたように手を打った。
「そうだ、あの先生だったら」
「えっ、誰かいい人がいるんですか?」
「私の職場の先輩なんだけど、生徒たちからすごく慕われてる女の先生がいるのよ。私生活では彼氏ともバリバリだって話だったし、相談相手にはちょうどいいんじゃないかな?」
「ぜ、ぜひ紹介してください」
 志織からその女性の在住場所を聞き取った西沢歩は、今度こそと期待に胸を膨らませながら、夜の学校の宿直室へと向かった。


 そして、その翌日。

「お姉ちゃん、私の友達になんてこと教えるのよ!」
「いや、だってこの子、大人の女性になりたいって言うから……ちょっとだけ大人の世界を味わってみるのも良いかなって」
「それでもお姉ちゃん、学校の教師なの? 歩、大丈夫? 苦しくない?」
 すぐ傍で喧嘩する桂姉妹の怒鳴り声を聞きながら、西沢歩は夢の中で甘い甘いラブストーリーを繰り広げていた。目を覚ませば甘い夢の代償として二日酔いの苦しみが待っていることを、このときの彼女は知る由もなかった。


Fin.

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