ハヤテのごとく! SideStory

鷺ノ宮家の姫初め

初出 2006年01月05日
written by 双剣士 (WebSite)
正門に戻る

「ハヤテさま、ちょっと」
 年の瀬も押し迫った大晦日。屋敷の掃除に奔走する三千院家執事・綾崎ハヤテを小さな声で呼び止めたのは、通学中も和服なんじゃないかと噂されている清楚な黒髪の美少女だった。館の主人の無二の親友にして大豪邸の跡取り娘、鷺ノ宮伊澄その人である。
「はい、なんでしょう、伊澄さん」
「あのぉ……元旦に私の家で、姫初めをやるんです。それで、ハヤテさまにも来ていただけないかと思いまして」
「ひ、姫初めぇ?」
 聞き覚えのある儀式の名前に借金執事は激しく狼狽した。正確な意味は知らないが、俗世間で言うところの意味なら思春期の少年として一応は耳にしたことがある。それが少年誌や健全なSSサイトでは決して描けない内容だということも。(知らなきゃググれ@タマ)
「あ、あの伊澄さん、意味わかって言ってます?」
「はぁ、そのつもりですが」
 驚かれるのが不思議と言いたげに首をかしげる伊澄。ハヤテはあわてて額の汗を拭った。なにしろお金持ちの伊澄さんが言うんだもの、世間とは違う意味があるんだろう。きっとそうだ……どうにか自分の心を落ち着かせる。
「えっと、伊澄さんのおうちで伝統的に伝わる儀式か何かですか?」
「それでしたらハヤテさまに来ていただいたりは致しませんわ」
「そ、それじゃ……句会とか、書き初めか何か?」
「そういうものもありますけれど、姫初めはそれとは別です」
「そうか分かった、ワタル君たちと舞HIMEのアニメを見る日でしょう、そうでしょう?」
「ワタル君は関係ありません。私は、ハヤテさまに来て頂きたいんです」
「こ、光栄ですけど……でも寒そうですよね、初日の出を見に行くとか、滝の水を浴びるとかって」
「ご心配には及びません。お部屋の中ですることですし、暖かいお布団もシーツもありますから」
 なんとか健全な方向に解釈しようにも、ことごとく首を横に振る和装少女。直接聞けば良さそうなものだが、万一自分の想像が当たっていたらと考えると目の前の少女に問いただすことなどハヤテには出来なかった。


 これは自分の手に余る、そんな予感がした借金執事は、とりあえず伊澄を良く知る別の人物の名前を挙げてみる。
「は、はぁ……よくわかりませんが、とりあえずお嬢さまに相談してみないと」
「いえ、あの……ナギにはどうか、内密に」
 そう言って頬をかすかに染める伊澄。親友のナギのことを彼女が仲間外れにするなんて珍しい。ハヤテは突っ込まずには居られなかった。
「ど、どうしてです?」
「できれば……今年の姫初めのことは、あの子には知られたくなくて。ハヤテさまと2人きりで、したいんです」
 意味深な台詞をつぶやいて黒髪の少女は上目使いに少年を見上げた。彼女の視線に射すくめられた少年の心臓は大きく波打った。怪しい禁忌の匂いが限りなく漂う。凍りついたように両足が動かなくなり、背中から冷や汗がだくだくと流れ落ちる。胸の奥で激しく警戒信号が鳴るのを余所に、抗しがたい磁力が追い風となって少年の背中を押して、和装少女のほうへとよろめかせる。半歩前に進めば少女は胸の中だというのに。
「そ、それは……」
「お嫌ですか?」
「嫌っていうか……やっぱりお嬢さまに内緒で、元旦に抜け出すのはちょっと」
 喉から心臓が飛び出しそうな衝動に耐えながら、借金執事はどうにか拒絶の言葉を口にした。まったく興味がないと言えば嘘になる。だが過去に積み重ねた不幸体験の数々が、衝動に身を委ねたくなる思いにかろうじてブレーキをかけたのだ。
「そうですか……」
 悲しげにうつむいた伊澄は和服の袖で目元を覆った。そのまま踵を返そうともせず、じっとハヤテの前で立ち尽くす伊澄。いくら多忙な借金執事といえども、こんな少女を残して立ち去るのは気がとがめてしまう。
「あ、あの、伊澄さん?」
「ハヤテさまの為に準備していたのに……つたないながらも勉強したのに……」
 べべべ勉強って何ですか?! ハヤテの胸が再び早鐘を打ち始める。
「……すみません。断られたのに泣いてしまうなんて反則ですよね」
 バッリバリの反則ですよっ! 涙を拭いながら見上げてくる伊澄の表情を見て、ハヤテは心の中で突っ込みをいれた。そんな彼の揺れる心を知ってか知らずか、あどけなき美少女はさらなる追い打ちをかける。
「どうしても……ダメ?」
「…………」
 ここで断ったら男じゃない。いや男だからこそ責任の取れない行為は、いやいや逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ…………。
 ハヤテの中の天使と悪魔は頭の片隅で激しいバトルを繰り広げた。姫初めが何を指すのかなどもはや問題ではない、元旦にナギを取るか伊澄を取るか。普段なら迷う余地などないはずなのだが、少年と三千院ナギとの関係を重々承知の美少女が元旦にわざわざ準備までして、こうして涙目で訴えかけて来ている。それにお嬢さまの怒る顔なんて見慣れてるし……天秤はなかなか一方に傾こうとはしなかった。


「ハヤテ! お前、伊澄と何をしている?!」
 激しく迷いながら庭先に立ち尽くす借金執事と、その返答を辛抱強く待ち続ける和装少女。そんな重苦しい膠着状態に風穴を開けたのは、嫉妬の炎を全身から立ち昇らせたツインテール少女の乱入であった。
「あ、いや、お嬢さま、これは、その……」
「さっきから庭先でじっと見詰め合って! お前はその、伊澄を、あああ愛しているのか?」
 狼狽する少年に激しい追い討ちをかける三千院ナギ。伊澄が隠したがってる以上、本当のことを答えるわけにはいかない……ハヤテは顔を赤くしながら口ごもり、そのことが一層ナギの想像力に拍車をかけた。
「そうだよな! お前と伊澄は好きあってるラブラブ同士だもんな! 私にいえないような秘密の相談だってあるよな!」
「いや、そのぉ……」
「お前なんか、お前なんか……」
「……ナギ、それ以上いってはだめ」
 涙目で暴走する少女を優しくいさめる伊澄。だがその後に彼女が口にした言葉は、ハヤテの想像を超えていた。
「そういうことじゃないの。来年の姫初め、ハヤテさまにも来ていただこうと思って」
「い、伊澄さん?!」
「姫初め? なんだ、そんなことか。もちろん行くぞ、ハヤテも連れて行くからな」
「えぇ」
 急に元気を取り戻すナギと、にっこり微笑む伊澄。どうやら2人にとっては当たり前の行事らしい。予想の外れたハヤテはおろおろと伊澄の袖を引っ張った。
「い、いいんですか伊澄さん?」
「はい、ちょっと予定とは違いますけど……何とかなりますよ」


 そして、元日の鷺ノ宮家。布団を一杯に敷いた広間では、サングラスとシーツで変装した2人のメイドさんと中央に陣取るツインテール少女が、某少女向けアニメでお馴染みの決めポーズを取っていた。
「希望の力よ!光の意思よ!」
「未来へ向かって突き進め!」
「ぶ、ぶっちゃけありえない……」
 そして変身ヒロインごっこに興じる3人の前では、悪役に扮したハヤテと一般人に扮した伊澄とがひそひそ話をしていた。
「姫初めって、こういうことだったんですか……」
「言いませんでしたっけ? 私、まんがやアニメのことはよく分かりませんけど、変身ヒーローだけは好きなんですよ?」
 変身ヒロイン役の3人は必殺技を繰り出すための予備動作に入っている。悪役のハヤテが伊澄のそばにいられる時間はもうあまりない。
「これだったら、最初からお嬢さまを呼んでも良かったんじゃ……」
「ここまでは毎年やってることなんです。今年はハヤテさまと2人でしたいことがあって。後で奥の間に来てくださいましね」
「え、伊澄さんが変身ヒロイン役をやるんですか?」
「いいえ、ハヤテさまには秋塚さんの役を。私は彼に助けられる女の子の役で」
 伊澄はにっこりと笑いかけた。そんな彼女が残した一言が、マックスハート隊の飛び蹴りを受けて意識を失う直前のハヤテの最後の記憶となった。
「だってお正月くらいは……ハヤテさまに、私だけのヒーローになって欲しかったから」


# 原作とは違って、SS版の伊澄は諦めが悪いのです。


Fin.

正門に戻る


 お時間がありましたら、感想などをお聞かせください。
 全ての項目を埋める必要はなく、お好きな枠のみ記入してくだされば結構です。
(お名前やメールアドレスを省略された場合は、返信不要と理解させていただきます)
お名前

メールアドレス

対象作品名
鷺ノ宮家の姫初め
作者および当Webサイトに対するご意見・応援・要望・ご批判などをお書きください。

この物語の好きなところ・印象に残ったところは何ですか?

この物語の気になったところ・残念に思ったところは何ですか?