2000年問題

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12月31日 新年を迎えるまで後少し。

「何だかんだ言って、今年も色々あったな。」

太助は思い出すように呟いた。

ここはシャオの部屋。

太助の傍らにはシャオがいる。

二人は今年を思い出しながら、外を見ていた。

外では、太助の町には珍しい雪が降り注いでいる。

しんしんと降り注ぐ雪の数ほど、今年は二人には思い出がたくさんあったかもしれない。

降り積もる雪の深さ以上に、彼らの想いは深いかもしれない。

触れれば雪が解けるほど暖かい空気が、彼らの部屋にあった。

決定的なのは、太助が初めてシャオに告白したことだろう。

言葉以上に伝わる想いが二人を繋いでいることは確かだった。

「太助様、もう少しですね、今年も終わるのが・・・」

13回しか経験していない太助と比べてみれば、シャオは何度も年明けを経験している。

しかし後少しで、四桁の規模で年号の変わる瞬間が訪れる。

それは二人にとって始めてであったからだろうか、それとも二人に違った空気があるからだろうか・・・

その瞬間がシャオにはとても待ち遠しかった。

後数分でその瞬間が訪れる。

その時彼方から低い音が響き渡った。

除夜の鐘である。

(シャオしゃま、何か低い音が聞こえるでし。なんでしか?)

その音は離珠の耳にも入った。

離珠は除夜の鐘を知らない。

「離珠、あれは除夜の鐘って言って、鐘の音の回数108つの煩悩を取り払うことができるのよ。」

(そうでしか。)

「いっそのこと離珠は、食い意地の張っているところを直すように専念したらどうだ?」

虎賁がからかい口調で離珠に言う。

(虎賁しゃん・・・一言多いでし。)

「まあまあ離珠、そんなに怒るなよ。」

虎賁に襲いかかろうとした離珠を太助が抑える。

その時シャオはふと思い出した。

「あ、太助様、そういえば年越しそばって食べてませんでしたよね。」

「あ、そういえば・・・」

太助もすっかり忘れていた。

それもそのはず、二人は随分長いこと外の風景に見入っていて、食事を摂ることすら忘れていたのである。

「そういえばルーアン達、何も言って来ないな。どうしたんだろ・・・」

「きっとおなか空かしていると思います。今から作って食べましょう。すぐできますから。」

「そうだな。俺も手伝うよ。」

そう言って二人と離珠と虎賁は部屋を後にした。

おなかが空いているのだろうか、離珠と虎賁は大急ぎで居間へと降りていった。

シャオと太助も少し遅れて階段を下りる。

その時、すべての時計の針が12を指した。

西暦2000年になった刻だった。

その瞬間、太助の家の電気がすべて消えた。

外の白い大地とは対照的に漆黒のカーテンが包まれたように、太助の家は暗黒が支配する。

「太助様?これは一体?」

シャオは太助に訊いた。

「停電か・・・2000年問題って奴だなきっと。」

「それって、すべてのこんぴゅーたーが誤作動をするってテレビで言っていた・・・」

「大丈夫だよ。こんな時もあろうかとちゃんと備えてあるし。

復旧するまでなら何とかなるよ。」

暗闇で表情は見えないが、それでもシャオには太助が微笑んで勇気づけていることが分かった。

それだけで彼女の心は満たされる。

「シャオ、ちょっと待ってな。懐中電灯をこの近くに置いておいたから取ってくる。」

そう言って慎重に太助は階段を上り、懐中電灯を取ってきた。

一条の光が階段の上の廊下を照らす。

太助が懐中電灯で照らしながら、階段を下りてきた。

だがその時太助は、足元に注意するのを怠ったからか、階段を一歩踏み外してしまった。

「あっ!」

「あっ!」

太助はシャオにもたれかかるように階段から転げ落ちてしまった。

だが階段の下のほうで落ちたから、大したことには至らなかった・・・・・・・・はずだった。

ちょうど、108回目の除夜の鐘が鳴り響いた。

太助は自分の口元に柔らかい感触があることに気がついた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」

太助は転げ落ち様にシャオとキスしてしまったのだ。

偶然にしては出来過ぎているほどシャオとの口と触れ合っている。

そして太助より少し遅れてシャオが目をゆっくりと見開いた。

一瞬太助と視線がゼロ距離単位で合う。

太助は驚いて、弾けるように半身を起こす。

完全には見えないが、それでも見つめ合う二人。

(い・・・・今俺は・・・シャ・・・シャオにキスしちゃったんだよな・・・)

羞恥の心と、シャオとキスしてしまったという罪悪感が太助の胸を締める。

(なんだろう・・・いま少しだけ、とても温かかったような・・・)

心に満たしきれないほどの大きな温かみと、

それが何だったのかが分からないという一種の切なさが彼女に襲い掛かる。

かつてないほどの気まずい雰囲気が場を支配する。

太助は半身を起こしたまま、シャオは転げ落ちた格好でそのまま、共にどちらも動かなかった。

動けなかった。

108つの煩悩を取り去った瞬間に生まれた大きな出来事は、二人を金縛りの状態にしてしまったのだ。

絶対の静寂。

永遠の暗黒。

取り残されたような環境で二人は息すら忘れているみたいだった。

無情にも時を刻む時計の秒針の動く音が響いて聴こえる。

でもその一秒が長かった。

耳底にその音が大きく響く。

そして、ある瞬間を境に、すべての音が聞こえなくなった。

今二人は現実の世界を越え、時の世界を越えた世界を共有していた。

絶対の、侵されることのない空間。

二人はこの瞬間にその境地へと達したのだ。

しかしそれも束の間、二人は現実に戻り始めた。

その時、騒ぎに気付いてキリュウが廊下に出てきた。

「主殿?どうかしたのか?」

その言葉が引き金となり、電気はすべて復旧した。

同時に二人の意志も完全に現実へ戻った。

全身の金縛りが解ける。

夢から醒めたような気分だった。

廊下にまばゆい光が点されている。

その光の下には、金縛りにあったままの状態でいる二人がいた。

キリュウは目の前にある二人の様子を目にして驚く。

「あ・・・あの・・・主殿、一体何をやっているのだ?」

キリュウは意外にも動揺を露にして恐る恐る太助に訊いた。

事故とはいえ今の太助達の状態を端から見れば、一方的に太助がシャオを押し倒しているとしか見えないのだ。

キリュウが動揺するのも無理はない。

「え?あ、いや、これは・・・その・・・」

太助は口篭もりながら立ち上がる。

その時、囁くように太助の真後ろから声がした。

「たー様もやるわね。停電したのをいいことにシャオリンを押し倒すだなんて。」

ルーアンが妖艶な微笑を浮かべながら太助をからかう。

「違うって、これはなぁ・・・」

「主殿、それは本当か?」

「だから違うって!」

シャオはゆっくり体を起こし、太助に呟いた。

シャオにはよく分からないが、顔は太助を向いても、眼をあわせることができなかった。

「あ、あの太助様・・・」

気まずい空気が二人の間に流れる。

それでもシャオは、その先に続く言葉を紡いだ。

「な・・・何か食べましょうか。」

「あ・・・ああ。」

太助はかろうじて出てきた声で答えた。

太助も、さっきのことを意識しすぎるせいで、シャオをまともに見ることもできなかった。

そんな様子を見て、ルーアンはからかうように、キリュウは顔を紅くして見ていた。
 
 

シャオは台所で食事の仕度に取り掛かった。

その最中、あの時の不思議な一時が何なのか分からなかったシャオは、もう一度その時のことを思い返した。

(なんだろう・・・さっきのは・・・)

(とても温かくて・・・・・・ドキドキして・・・・・・胸が苦しくなって・・・・・・)

(何も聴こえなくて・・・何も見えなくて・・・何も感じなくて・・・)

(でも・・・寂しくなかった・・・)

(とっても・・・本当に大事なものがあったような・・・それだけがあったような・・・)

(それだけ?でも・・・とても落ち着いてた・・・?)

(嬉しいに似ていた・・・限りなく・・・)

(でもいつもと違う・・・なんだろう・・・)

流しのお湯が飛沫を上げながら、シャオは自然に手を止めていた。

シャオはさっきのことを思い返しているが、それでもはっきりとしたものは浮かんでこない。

無意識に、シャオの長い指は唇に触れていた。

すると、冷たい台所の外気が気持ち良いと思えるくらい、身体が熱くなっていった。

端で様子を見ていた那奈は、そんなシャオの思考を手にとって見るように理解できた。

そしてクスッと笑って呟く。

「2000年問題の影響はこの二人にも及んだんだな・・・」

西暦2000年、年号が大規模に変わると同時に、二人の間も大きく変わった。

それは、これからの二人の行く末を暗示しているようにも思えた。
 
 
 
 
 

END
 
 
 
 

エピローグ 1

中国山間部。霧の立ち込める一つの村。

中国の幾多の伝説にある超能力者、仙人がいかにも住んでいそうな雰囲気の山から、

2000年の夜明けを告げる太陽が顔を出した。

それを眺める一人の人影。

大きなリュックを背負い、いかにも卑怯の探検家と思わせる雰囲気の男性がいた。

七梨太郎助。太助の父親である。

太郎助が朝日を眺めて数分経った後、彼のもとに一通の手紙が届いた。

開いてみると、それは那奈からの年賀状だった。

『謹賀新年!

あけましておめでとう、親父。

そっちは2000年問題とかいう奴の影響がないみたいだな。

こっちはあったぞ!

しかも家だけじゃなくて太助にも影響が及んだからな!』

「太助にも?」

思わず声を上げる太郎助。

『太助がさあ・・・

おっと!これ以上はやっぱり言えないなあ。

でもちょこっとだけ言っちゃおうかな・・・

こともあろうに太助は2000年を迎えた途端に女の子をお・・・

あ〜!やっぱりこんなこと那奈には手紙でも書けない!

・・・ということだ。分からないだろうけど、あまり気にしないでくれ親父。

最後に、21世紀は我が家で迎えろ!』

「・・・女の子をお・・・って何だよ。とても気になるって・・・・・・・・・」
 
 
 
 

エピローグ 2

ここは宮内神社。

縁結びに関して悩める人はここをよく訪れる。

雪が降っている今日でも、お参りに来る参拝客は絶えない。

その中には恋に情熱を燃やす一途な乙女の姿もあった。

愛原花織である。

彼女はお賽銭を入れ、必死にお願いをしていた。

「七梨先輩と仲がよくなりますように!」

彼女想いは真剣そのものだ。

一歩退いてみて見れば、オーラのようなものが見えてくる。

お願いを終えた後、彼女は絵馬を買った。

愛原はそれに、さっきお願いした通りのことをそのまま書き付ける。

書き終えてそれをかける。

すると、結んでいた紐が音を立てて切れた。

絵馬は雪の中に落ちた。

「え・・・・・・・・・・・・?」

何の前触れもなく落ちた絵馬を見て、彼女は呆然とするしか他になかった。
 
 
 
 

エピローグ 3

そばを食べ終えた太助たちは、皆寝入っていた。

いや、シャオと太助だけは寝入っていなかった。

眠れなかった。

時計は3時を指している。

二人はほぼ同時に、まるで打ち合わせたように布団から起き出して、廊下で会った。

『あ』

いつの間にか雪雲は切り裂かれ、そこから差し込む柔らかい月光が二人の間を照らす。

各々の心臓の鼓動が聴こえる。

相手に聴こえそうなほど高鳴っている。

先に声を発したのはシャオだった。

「た・・・太助様。」

「な・・・何?」

太助はこのとき、恐怖感があった。

キスをしてしまったという罪悪感ゆえである。

嫌われてしまったかもしれない・・・そんな思いが、太助の頭を占め始めていたのだ。

でも・・・

「あ、あけまして、おめでとうございます。」

「あ、う、うん。おめでとう。」

「こ、これからも・・・・・・」

シャオは言葉の一字を発音するなり、身体が熱くなる。

太助を異常に意識していることは一目瞭然だが、当のシャオにはそれが分からない。

それでも、思い切って後ろの言葉を言った。

「よろしくおねがいします。」

シャオはそう言って深深と頭を下げた。

自分の表情を見られたくなかった。

顔は紅くなっている。

今にも泣きそうなくらいなほどだ。

熱い

身体から蒸気が発せられそうだ。

そう思うなり、シャオはますます熱くなった。

どうすることもできないほどに。

太助はそれを理解しながら、深く深呼吸した。

そして優しく、顔を上げさせた。

太助もまた顔が少し赤みを帯びていた。

「お、俺のほうこそ、よろしく・・・」

太助はシャオの手を優しく包んだ。

その太助の手は、シャオを癒すように、温かく、冷たかった。
 


どうもユイです。

ミレニアムですね遂に。

と言うことで、今回は随分前から問題視されていた2000年問題をテーマに小説を書いてみました。

しかし、今回の小説は紙一重ですね。

危険度がギリギリのラインだよ・・・

※ キスネタは本当に危険です。

これからそのネタで書こうとする方は、充分御気をつけください。

(しかし・・・キスネタを守護月天で使ったのって、もしかして私が初めてじゃないか?)

あと、ネタがネタなだけに書いている時がちょっと恥ずかしかったですね。

やっぱりこのネタは17歳には重過ぎますね。

それでも今回のシャオの心境は深くできたんじゃないかと思いますです。

もうかれこれ一年恋愛物を書いてますが、ここまで荘厳にできたのはこれが初めてだと思います。

最後に、エピローグ2に花織ちゃんの最後はかわいそすぎでした。反省します。

これが酷過ぎると思ったら、本当にすみません。


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