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“好き”の意味

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「翔子さん、あの、“好き”ってなんですか?」

翔子がシャオから質問されたのは数日前、宮内神社での一件が収まった翌日のことだった。

その日以来、翔子はずっと悩んでいた。

シャオの質問が、あまりにも難しかったからである。

「“好き”の意味・・・・・・・・・・・・・・・・か」

翔子はベッドに寝転がりながらポツリと呟いた。

思えば翔子はそんなこと考えたこともなかった。

人を好きになることは、幼少の頃に何回かあった覚えがある。

でも、そのときは“何で好きになったんだろう”と考えたことはあっても、

“好き”という言葉の意味を考えたことはなかった。

あくまで自然に使う言葉。

意味など誰に訊かなくても分かる言葉。

“好き”

シャオにはその常識が通用しなかった。

翔子はシャオが南極寿星に、そういう風に育てられたことを不憫に思った。

同時に告白した太助も可哀想に思えた。

シャオがそれについて悩んでいないとはいえ、太助の想いが完全に伝わらなかったのは明白だからだ。

守護月天という種族の違いを乗り越えた先のに、意外な壁が出現したことは翔子にも意外であった。

そしてそれは今までとは別の意味で難しい壁だった。

やはり運命というのは、こういう幾つもの壁を用意するのかもしれない。

それの意義は、どこか“好き”の意味を問うことにも似ていた。

「・・・・・・・でも、なんて答えれば良いんだろう?」

翔子は部屋にあった辞書を取り出し、“好き”の言葉を調べた。

“好き”  <名・ニ形動> 好くこと。好み。

それ以外の記述はこれといってない。

当たり前なことは、やはりこれ以上の言葉を必要としないのだ。

翔子は辞書を閉じ、溜め息をついて再びベッドに寝転がった。

「何だよ・・・・“好き”の意味って・・・・・・・」

翔子はしばらく虚空を見つめていた。

だが、それも自分らしくないと思い、とりあえずあてもなく外へ出ることにした。

その行動の裏には、何か答えが見つかるかもしれないという期待があった。
 
 

外に出たのはいいものの、やはりそれで答えが見つかるほど甘くはない。

答えがその辺に転がっていれば苦労はないのだ。

当たり前だということは分かっていたが、翔子にはやっぱりそれが不満だった。

いつの間にか翔子の足は公園へと向かっていた。

公園には誰もいなかった。足下一面は、色付き、枯れた落ち葉で埋もれている。

まるでその芸術を踏むことを、人々が遠慮しているかのようにも見えた。

しかし翔子はその領域に踏み入れた。途端、いつの間にか人々もそこへ入っていった。

翔子は落ち着かない気持ちでベンチに座った。

しかし、運命というのは何かと世話焼きである。

それは迷える子羊に手を差し伸べた。

翔子の目の前に人影が現れる。それに気付いて翔子は顔を上げた。

見るとそこにはキリュウがいた。

「キリュウ?」

「おや、やはり翔子殿か。」

意外な人物との出会いに翔子は一瞬驚いた。

「キリュウはどうしてここに?」

「いやその、単なる散歩だ。そういう翔子殿は?」

「ちょっとの、悩み事があってさ・」

「悩み?」

「実はさあ・・・」

翔子はことのいきさつを彼女に教えた。

「“好き”の意味?」

「そう。なんて答えればいいかなあ?」

「・・・馬鹿げているな。」

キリュウは素っ気無く言った。翔子はその意外な答えに驚いた。

「へ?」

「“好き”という抽象概念は言葉の領域をはるかに越えたものであって、

その本質は生物が長期に渡る進化の過程に築きあげた産物だ。

とても言葉の範疇に収まるような代物ではない。」

「だったら、どう言えばいいのさ。」

「言葉で表せる物を用いて、後はシャオ殿の感じ方に任せればよい。

“好き”という言葉は意味が特別に限定できないし、かといって全てだというわけでもない。

しかしシャオ殿はそれが全く一つの真理だと思っている。理性的にはそうだ。

だが、シャオ殿も本能的に分かっているはずだ。“好き”という意味を。」

キリュウがよどみなく答えたことに翔子は呆気に取られていた。

まさかキリュウがそういうことを言うとは思ってもいなかったのである。

「・・・はあ・・・どうも難しいな、そういう話は。どうもあたしにはそういう哲学的なことは分からないよ。」

溜め息交じりに翔子は言った。

「しかし、訊かれたのが翔子殿である以上、翔子殿が言ったほうがいいのでは?」

「そりゃまあそうだが・・・」

一応一通りは理解したものの、自分の言葉で言う時は何かと苦労するのが世の常だ。

翔子はふと、今まで心に引っかかっていた疑問をキリュウに尋ねた。

「なあキリュウ。」

「何だ翔子殿?」

「精霊もさ、“好き”とか“恋”とか“愛”とかの意味が分かるよな。

ルーアン先生も知っているし、キリュウもそこまで言えるんだから、きっとシャオも分かるよな。」

「時間はかかるけど、きっと分かる日が来るだろう。

その日が明日か、それとも百年後か、それを決めるのは主殿の頑張り次第だろう。」

キリュウはくすっと笑った。そして続ける。

「それが主殿の役目であって、本当の試練だということに気付くのは、いつの日のことやらな・・・」

キリュウは自嘲気味に言った。

「キリュウ?」

キリュウはくすくすと笑っていた。

「なあキリュウ、何でそれを七梨に言わないんだ?

やっぱり、“好き”だからか?」

数秒の間を置いてキリュウが答えた。

沈みかけた太陽の光が彼女の後ろ頭を照らしていて、表情はよく分からなくなった。

「多分、私が意味無くここにいるのも、恐らく “好き”の産物なのだろう。

でも、意識したような憶えは無いがな。それに、そのことに気付くのも、主殿の一つの試練だ。」

声のトーンは明るい。でも顔が陰になっているから暗い雰囲気にも取れた。

「・・・あたしにそう教えてくれたのはありがたいけど、本当は複雑な気分なんじゃないのか?」

言葉よりその雰囲気で判断した翔子は確認するように尋ねた。

「さて・・・・な。」

キリュウの頭の輪郭から光が消えた。そしてとてつもない寒さを感じた

「寒いな。もう冬だな。」

そう言ってキリュウは風のように去っていった。

キリュウを見送った後、翔子も公園を後にした。
 
 

翔子は歩いている途中、偶然シャオに出会った。

「お~い、シャオ~」

「あ、翔子さん。」

シャオは翔子の存在に気付く。シャオは買い物袋を手に持っていた。

「あれどうした、七梨は一緒じゃないのか?」

「今日はたかしさんと映画鑑賞だそうです。」

「シャオは行きたくなかったのか?」

「本当は行きたかったのですけど、でもお夕飯の支度とかもしなきゃいけなかったし・・・」

その言葉を聞いて翔子はお姉さん風に言った。

「シャオ、この前あたしに訊いた“好き”の意味。

その行きたがっている“気持ち”がそうだよ。」

翔子は断言する。

「え?」

「シャオはさ、七梨のことどう思って一緒にいるんだ?

単に主だけだと思うのか?」

翔子はシャオに確認した。

シャオはいつか太助に似たような事を訊かれた事を思い出した。

「シャオは、俺がシャオの主だから、俺のためにいろいろ頑張ってくれるのか?」

あの時はシャオには答えが出せなかった。

でも今のシャオにはその答えが見えかけた。

「・・・・・・」

「そうなのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・いえ、でも・・・」

「?」

「分からないんです。それだけじゃないのに、それがなんだか分からないんです。

むしろ、それが大きな理由だと思うのに・・・大切なことだと思うのに・・・」

「シャオ、それが“好き”なんだよ。」

シャオはそれを聞いてはっとした。

あの時―――答えを出せなかった時に太助が言ってくれたことを思い出したのだ。

「俺はシャオのためなら頑張れる。

どんなこともできると思う。

誰かが誰かのためにがんばれるのは、

主とか、そんなんじゃなくて・・・

ただその人のことが、すごく大切だからだよ」

「シャオ、太助と一緒にいることで落ち着くっていつか言ったことあったよな。

それは、“好き”な太助と一緒にいられることが大切で、貴重で、かけがえの無い時間だからそう思えるんだ。

だから“好き”っていう気持ちが芽生えると、逆に独りの時とかが非常に不安定になっちゃったりするものでもあるのさ。」

シャオはその時、全てが分かった気がした。

「シャオ。シャオは今までいろんな主に仕えてきたと思うけど、

“仕える”っていう一つの忠義心と“好き”っていう自分の想いを、混同しちゃダメだよ。

シャオはそれを、『主だから』っていう理由で片付けちゃダメなんだ。

大切だと思う気持ちは、『主だから』の一言で片付けられるほど、簡単なものじゃないよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・はい。」

シャオは振り向いてにっこり笑いながら答えた。

つられて翔子も微笑む。

「でも・・・」

「ん?」

「“好き”って、難しいですね。」

シャオのその言葉を聞いて翔子は苦笑いした。

「シャオ、“好き”って言う気持ちは言葉で表されるほど簡単なものじゃないんだ。

だから、難しいとか考えることは無いんだよ。

大丈夫だよ。そのうち分かるさ。」

翔子はシャオの背中をぽんとたたいて励ました。
 
 

帰り道、道の先に太助がいるのに気がついた。

だがそれよりも早く、声を出したのは太助の方だった。

「シャオ!あ、それに山野辺!」

「太助様。」

「お、七梨。」

「どうしたんだ二人して。」

太助には二人がいっしょに行動していることが妙に珍しく見えた。

「買い物の途中で会って・・・」

シャオが笑いながら太助に話す。その様を見て翔子は安心し、退散することにした。

「さて、邪魔者は失礼するよ。」

「え?邪魔者って・・・翔子さんは邪魔者ではないですよ。」

またもや翔子は苦笑いして、シャオに説明する。

「シャオ、気持ちはありがたいけど、シャオには大切な時間が必要だろ?

一秒でも長くその気持ちに触れていればきっと分かるよ。」

「何の話だ?」

太助は話の意味がよく分からなかった。

「いやいやこっちのこと。妙な詮索はするなよ七梨。」

「はいはい。」

呆れながら太助は答える。そうこうしているうちに別れ道と差し掛かった。

「じゃーな。」

そして翔子は去っていった。

少し走ったところで、翔子は暗くなった夜空に満月になろうとしている月を見た。

その月に向かって翔子は言った。

「頑張れよ、シャオ。」

月を通して太助達にその言葉が届いたのか、二人の中で何かが動き出した。

そして太助はシャオに一言訊いた。

「なあシャオ、今度さあ、俺とデートしないか?」
 
 

END


どうもです、ユイです。

何か独自の哲学で書いちゃいました。

反論とかもあるかもしれませんが、ご了承ください。

後、このお話は第63話と、第64話の間の話と思っていただければ幸いです。

それでは。(短いあとがきだな)


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