野村たかしの夏

夏やすみの恐怖

written by 真・ＷＩＮＧ

ＳＳの広場へ

１章：野村たかしの最後の夏

８月３１日。夏休みも残りあとわずか１日。いまだ宿題に手をつけていない少年少女には一番嫌な日だろう。この鶴ヶ丘市内の小中学生もそれにもれず、たいていも人は死にもの狂いで宿題を終わらせようとしている。なかには親に手伝っている人もいるようだが…

しかし、暑さというのはやる気を非常にそぐものである。セミの鳴き声はその暑さを過剰に錯覚させるものである。

そんな中、二人の少年がのんきそうに歩いていた。片方は黒い髪の毛がツンツンしてて、ちょっと暑苦しい。もう片方はおとなしめの黄色い髪と童顔が実年齢より若く…というよりかは幼くみえる少年。

野村たかしと遠藤乎一郎である。二人はこれから協力して図書館で宿題をやることになっている。

といってもほとんど乎一郎のボランティアだが。別に乎一郎は毎年宿題をやってるわけではない。が、担任が憧れの人ル－アンとなればはなしは別。なんと１日目で全ての宿題を終わらせていた。恋する男のパワ－とは恐ろしいものである。

その乎一郎からすればまだ宿題の終わってないたかしは問題外なのだが…そのたかしにはヤル気がない。

たかし「ったくあち～よな～。なんでもっとも夏が似合うこの俺様がこんな暑い中勉強なんてしなきゃならないんだよ！本当なら今ごろは海に行って、シャオちゃんを俺の魅力で振り向かせ、シャオちゃんと手に手をとって二人で浜辺を歩く計画だったのに！」

シャオの気持ちも考えずにたかしがボヤく。ついこの前海にいってシャオとなかよくなるどころか逆に太助を助けることになってしまったことなど忘却の彼方である。

「この夏こそは！この俺様の魅力でシャオちゃんをゲット！そのためにも今日中に宿題を終わらなせなければ！そして、シャオちゃんはもう宿題を終わらせた俺に一目ボレ…そして…」

乎一郎「でも太助君がもっと早く終わってたらどうするの？」

乎一郎の冷静なツッコミに、たかしは凍り付いた。考えてみれば太助もそんな頭がいい方ではないが自分はもっと悪い。それを考えれば充分ありえることである。

「うぐぐぐぐ…いや、この夏がもっとも似合う男にかなう奴などいないのだ！そうだそうだ！そうにきまってる！今ごろ太助はキリュウちゃんの試練でヒィヒィいってバテているに違いない！」

あの…僕もう終わってるんだけど。と乎一郎はツッコミたかったが、これ以上たかしの暴走＆妄想を食い止めることは不可能だと悟ったのか黙っておいた。

「でも、この暑い中さぁ。キリュウちゃんの試練を受けるってのもカッコイイよね。太助君尊敬しちゃうなぁ。」

「こいちろ～う！おまえという奴はさっきから、太助の肩ばっか持ちやがって！おれたちの友情はどうなった～！」

図星をさされてたかしは逆上した。どう考えてもただしいのは乎一郎なのだが…ところが突然何を思ったか乎一郎に背を向け叫んだ。

「フフフ…そうかそうか。そうだったのかぁ～」

乎一郎の襟首をつかんだ手を放していきなり謎の発言をするたかしに乎一郎はとまどいを隠せない。しかしたかしは自分の世界に浸りきっている。

「ど、どうしたのたかし君。いきなり…」

たかしの頭の中にはこんなことが考えられている。

(そうだよなぁ～。いつも俺は太助とシャオちゃんを引き離すようなことばっかしていた。そうだそうだ、俺は自分の魅力でシャオちゃんを振り向かせてるわけではないんだ！そう俺はいままで無駄な事をしていた。俺の魅力をシャオちゃんにぶつける…それで充分だったんだ！)

自分にそれだけの魅力があるのかということは考えなかった。まぁ普段から「おれって…カッコイイ」な～んて考えているたかしが考えたとこで結果は目に見えてるが。

「この全身からほとばしるオ－ラと熱き魂をシャオちゃんのハ－トにぶつけてくるんだ！よっしゃ～！」

そう発言するが否や、太助の家に走っていった。あとに残された乎一郎が非常にむなしい気分でつぶやいた。

「たかしくん…宿題どうするんだろう…」

一方、鶴ヶ丘市の夏の暑さに負けない熱い想いに焦がれている少女が一人いた。鶴ヶ丘中学１年生の愛原花織である。一つ年上の七梨太助にあこがれる少女は今アイスクリ－ムを作っている。

花織「この暑い夏に、キリュウさんの試練とか、田畑先生の数学なんてやってたら七梨先輩は大変よね。そんな疲れきってる先輩に冷たいアイスをわたせば…七梨先輩はゼッタイおいしいっていってくれるにちがいないわ！そしてわたしのアイスに感激した七梨先輩は…いや～ん花織テレちゃう！」

また花織も自分の世界に浸ろうとしている。たかしを「お兄ちゃんみたい」と思うのも癖が同じだからかもしれない…

「いけない！はやく冷凍庫いれないと固まらない！」

花織は家の冷凍庫のドアを開けアイスを入れた。

２章：夏休み最後の試練

七梨家の庭に声が鳴り響いた。それは戦闘の合図でもある。

キリュウ「万象大乱！」

その声が響いたかと思うと庭の木にいたセミが巨大化した。

太助「う、うわぁ～。き、気持ちわるい…」

巨大化したセミの鳴き声はハンパじゃなくうるさい。今にも鼓膜が破れそうだ。たまらず太助が倒れこむと

「これぐらいで悲鳴を上げるようでは…まだまだだな主殿。」

「いや、これで悲鳴をあげない人はいないと思う…」

だがさすがにこんな言葉で試練を甘くするキリュウではない。間髪入れずにおきまりの呪文を叫ぶ。

「万象大乱！」

すると太助の倒れていた石が急に巨大化した。同時にそれは太助のハラに強力なボディ－ブロ－を浴びせる結果になってしまう。

「試練だ。避けられよ。」

「ゲ、ゲホッ…これを避けろなんて…ハハハ相変わらずキリュウは厳しいな。」

太助は笑ってる余裕などなかった。石はボディ－ブロ－を浴びせると共に、太助をセミの近くまで運ぶ結果となったからだ。同時にセミは視覚にはいった太助の存在を確認後襲いかかってきた。

「ぎゃ、ぎゃ～～～～！！！」

セミに連れ去られた太助ははるか彼方に連れられていったいつもキリュウはあとから短天扇にのってこれをおいかける。万が一セミに主がくわれてはシャレにならないからだ。そんな思いやりもたいていの場合主には気づかれなかった。試練のとき、そんな余裕はないからだ。だが太助は違った。現代が平和で余裕があるのも理由かもしれないが、思いやりの気持ちそのものが他人より傑出している。そんな主のために…キリュウは役に立ちたかった

(主殿は変わっているな…)

本気で思った。だが正直な話嬉しかった。感情をめったに表現しないキリュウだからそれは誰にも悟られていないが…

(わたしがここまで必要とされているなんてな……)

驚きと喜びを身に染みつつキリュウは太助を追った

---------１時間後--------

「ゼエ…ゼエ…ああ～今日もヒドイ目にあった…」

「ご苦労だった主殿。今日はこのくらいにしよう。やりすぎも体に良くない。」

よく太助はこの言葉に対し、まだまだやれる、と強がるがさすがに今日は体に応えたのか

「ああ…今日はこのぐらいにしよう。サンキュ－な、キリュウ。」

と終了の合図をした…と同時に、

「ま－てまてまてえ～ぃ！」

いきなりたかしが乱入してきた。え？なんで太助の家にくるのに１時間もかかってるかって？実は道に迷ったのである。あのとき、走り出したはいいが、普段図書館になどいかないたかしは道を知らなかった。そのためあそこはたかしには未知の領域であった。同じ町内であるにもかかわらず………マヌケである。

「どうした、なにかようか？たかし。」

「フ…甘いぜ太助！たかがそのぐらいの試練でヘコたれるようじゃ、まだまだだな！そう！この最も夏が似合う男！野村たかしにかかれば…もうそれで、シャオちゃんは、クゥ～！青春だぜ！！！」

「…？？？…」

いきなりそんなこと口走られてもわけがわからない。最初のまだまだだなまではともかくあとは完全に自分の世界に浸っている。

「というわけでキリュウちゃん！俺にも試練を与えてくれ！」

「は？いきなりなに言い出すんだよおまえ？」

「わたしの試練を受けたいのか？野村殿？」

キリュウの問いにたかしはためらわず答える。

「そう、この俺の熱く煮えたぎるパワ－で」

「ダメだ」

「へ？」

間髪いれずの断りにたかしはずっこけた。しかしなにが「というわけで」なんだろうか…

「な、なんでだ～！なぜ太助ばっかりもてるんだ？！」

(これはモテるとは関係ないだろ)

太助は心の中でつぶやいた。が、乎一郎がそう思ったように今日のたかしはなにかが違う。なんか恐くてツッコミ難い雰囲気なのだ。

「私は万難地天。主に試練を与えるのが使命だ。しかし野村殿は私の主ではない。よって私が野村殿に試練を与える事は許されないのだ。」

が、こんなことでひきさがるたかしではない。

「たのむ！この俺は魅力をシャオちゃんに伝えたいんだ！」

だが、翔子と同じくシャオと太助の仲をあんなこと(６０～６３話参照)までして発展させるキリュウがこの言葉を聞いて協力するわけがない。だいたいいいところをみせるなんて不純な動機で試練を使うのも気が進まないのである。

「いいじゃないか、キリュウ。」

太助がキリュウにとっては予想外の返答を示す。

「主殿？」

「あんまり深く考える必要ないよ。個人的にキリュウが試練を受けさせたくないなら別だけど、主とか、違うとかでそこまでこだわんなくてもいいんじゃないのかな？」

たかしが、魅力をシャオちゃんに伝えたいといってるから、仮にこの試練を受けると太助には当然不利になる。(まぁ、たかしはシャオの恋愛対象外だからあまり関係ないが。)そこらへん太助はわかっているハズだが、許してしまうあたりお人好しである。以前メルティ公国の大使館で出雲がル－アンに黒天筒でふっとばされたときもおなじようなことがあった。

(主殿は優しいが、あそこまでいくとお人好しだな…)

キリュウはそれが結果的にシャオを苦しめている事もわかっていた。試練で直そうかともしたがそれは厄介な事に太助の大事な魅力でもある。

「わかった…主殿がそういうのなら…。では行くぞ野村殿。」

「よっしゃ～！キリュウちゃんかかってこい！」

「よし！俺ももうひとふんばりするか！」

たかしを見て太助も立ち上がった。

「万象大乱！！！」

キリュウの万象大乱の声に、普段キリュウの部屋においてあるこけしが…太助の家を破壊して、太助たちに転がってくる！

「試練だ。避けられよ。」

「おおっ！いよいよ試練開始ってかぁ！燃えてきたぜ～！」

おきまりのセリフをキリュウがいうと、たかしはついに夢がかなったかのように大声を上げる。

「おい、たかし、逃げるぞ！！！」

さすがにヤバイと思ったかたかしも逃げ出す。太助は普段から鍛えているので足が速いのは当然だが、たかしも一応サッカ－部に所属しているので、足にはそこそこの自信がある。だから逃げ切れる要素は充分にある。

ところがこけしがあと１５Ｍぐらいにせまってきたとき、突然たかしがたちどまった。

「チッチッチ。だ～めだだめだ！逃げてるようじゃ～！運命から逃げてるばかりじゃ大事なものは手に入んないんだぜ太助。運命には打ち勝たないとな！」

が、太助はたかしより先を走っていたのでたかしが立ち止まったのに気づいていない。とっくの先にいるのだから当然言葉など聞こえてないのである。

「野村殿はなぜ立ち止まっているのだろう……？」

上空からキリュウは不思議に思った。さすがにバテる時間ではない。

「いくぞ運命よ！俺はおまえにか～つ！」

ＲＰＧでもめったに出ないようなダサイセリフを発すると、なんとたかしはこけしに自らぶつかっていった！そして、たかしがこけしにぶつかった瞬間、さすがにキリュウは目をそむける。

グシャ！

大きなイヤな音に太助も気づき後ろを振り返る。キリュウもゆっくり目を開く…

そこにはものにひっかかり勢いを失った巨大こけしと厚さ１ｍｍほどにつぶされた少年が写った…

「ぢ、ぢぐしょぉ～～～！！」

当然のことながら……もはやたかしは戦闘不能。そんなたかしを見てキリュウは思った

(野村殿はかわっているな…)

太助のときもキリュウが思ったことば。ただしそれぞれの「変わっているな」の意味が違う事は言うまでもない…

３章：悲劇の帰宅

「ただいま～…」

あのあとさらに５個もの試練を受け疲れ切った太助とたかしが太助の家に入る。

シャオ「あ、お帰りなさい太助様！」

シャオの甘いかわいい声を聞いて太助とたかしの疲れは一気に吹っ飛んだ。

「やあ！シャオちゃん！元気かい！今日は俺もキリュウちゃんの試練を受けたんだぜ」

さっきまでの疲れはどこへやらといったカンジでたかしが熱弁をはじめる。

それに対しシャオはいつもどおりポケポケとかわいらしい表情で

「まぁそうなんですか。たかしさんすごいですね。」

と応対している。いつも通り(注：シャオはヨ－ヨ－の技でもすごいという。)のシャオなのだが…すごいですねの言葉にたかしは過剰に反応した。

(よっしゃ～！やっぱ俺の考えは間違ってなかった！そうだそうだ、太助とシャオちゃんを引き離すんじゃなく、この俺の魅力でシャオちゃんのハ－トをＧＥＴすればいいだけの話だったんだ！)

ひとりたかしは悦に入った。今、彼は至福のときをむかえようとしていた。

が、

「太助様。今日のお夕飯はフカヒレス－プです。太助さまががんばっているのでわたしもちょっと張り切っちゃいました♪」

「ありがとう。すごく嬉しいよ。でもそんな料理大変じゃなかった？」

「いえ、わたしは太助様が喜んでくださるのがとても嬉しいんです。だから…」

「そ、そう。あ、ありがとうシャオ。じゃあ俺もちょっと手伝うよ！」

「そんな…太助様は疲れていらっしゃるのに…休んでてください。お夕飯の支度はわたしがしますわ。」

「いいっていいって！まだまだ元気なんだし！シャオもがんばってくれたんだから。」

「すみません…じゃあ、お願いします…」

手伝ってくれるからとして頼んだわけではなくやっぱ太助と一緒にいたいのだろう。シャオの顔がちょっと赤くなっている。二人は仲良く寄り添ってキッチンのほうへ消えていく。もうたかしの存在など完全無視のような状態だ。

「な…なんでこんなことに…」

無残にも少年は肉の塊となり崩れ去った……

４章：七梨家の食卓

試練終了から１時間後。やっとフカヒレス－プもできあがり、豪勢な夕食ができあがった。

ル－アン「おいしいわぁ～ん。やっぱシャオリンって料理の天才ねぇ。」

「うむ。ダシもきいてて塩加減もちょうどいい。」

いつものシャオなら「ありがとうございます」とこんなときはいうのだがなぜか返事がない。

「太助様…お味はいかがですか？」

「うん。おいしいよ。っていうかさ、シャオの作る物ならなんでもおいしいよ。」

二人の世界はいまだに壊れていない。

「ちょっとおおおお！シャオリ～ン！なんであんたがたー様の隣なのよ～！」

が、フカヒレス－プにすっかり目が眩み、太助の隣に座る事を忘れていたのは自分だった。しかも太助＆シャオとは一番離れた位置にいてどうも声は聞こえてないらしい。

「…………………………」

もともと太助のことは半分あきらめているル－アン。もう無駄を悟ったかル－アンは無言でヤケ食いを始めた。

ル－アンが大食いなのでさいわいいつも七梨家の夕食は４人前どころか約１０人前が作られている。(たとえ５人前だろうと６人前だろうとル－アンには関係ない。あるものをひたすら食べ切ればそれで満足なのであろう。)今日に限っては１５人前も作られている。そのためたかしの分も夕食の数にいれられた。いまだに放心状態のたかしもシャオの料理ということで一応食卓に入り、食べている。

が、隣の太助とその隣のシャオが完全に二人きりの世界に入りこんでいたので落ち込みは加速している。

「フッ…俺の夏は終わった………」

と、その時

「ピンポ－ン」

玄関のチャイムが鳴った。

「む。来客のようだな」

珍しくキリュウが一番最初に反応した。というか唯一反応した。シャオと太助は二人の世界にはいりこみ、ル－アンはトランス状態(？)、たかしなんかはもはや絶望の塊でしかなかった。

キリュウが玄関を開けると

「こんにちはぁ～。しちーり先輩！」

ピタッ。この声がした瞬間、止まっていたときが動いた。時にル－アンすらしのぐ行動力をもつ恋する乙女、愛原花織の登場である。

「や、やあ愛原…」

「まぁ、花織さん。いらっしゃい。花織さんもス－プお召上がりになります？」

「ちょっと！なんでこんな時間に押しかけてくるのよ！ちょっとは迷惑ってもんをかんがえたらどう？」

ル－アンのがいっても非常に説得力のない文句を無視して、花織はキッチンのほうへむかっていった。

「シャオ先輩！ちょっと冷凍庫借りますよ。」

(ここ…おれんち…)

心の中で太助はつぶやいた。まぁ確かに実権(？)はシャオが握ってるとはいえ一応ことわるべき対象は太助なのだが…

(あ、でも夫婦だったらいいんだよな。ってなに考えてんだ俺はー！)

太助は自らの煩悩を振り払うかのように頭を振った。その時

ガッシャ－ン！！！

太助のフカヒレス－プがテ－ブルからおっこって割れた。ス－プが夏でも長い太助のズボンに染み込んでいく。

「あっち～！！！」

「きゃああ！！太助様！大丈夫ですか！」

続いてル－アン、愛原花織が立ち上がる。

「た－様大丈夫！」

「七梨先輩！」

………………二人の間に見えない閃光がほとばしる。がシャオと太助が

「…いや、なんとか大丈夫だよ。もう結構冷めてたからかな。」

「よかった…」

こんな会話してるからそれどころではないと悟った。つい、ムカついたル－アンがきつい一言を発する。

「よかったじゃないわよ！シャオリン！あんた守護月天でしょ！キッチリたー様を守りなさいよ！」

あきらめつつあるといってもちょっと意地悪したくなるル－アン。「シャオリンにヘマをさせて追い出してやる」とかが理由ではないのだが。

「すみませんル－アンさん…」

「あたしにあやまってどうすんのよ！」

「すみません太助さま…」

「いや、だから守護月天としてここにいてもらってるわけではないんだし…気にする事ないって。」

ル－アンに一言太助は言おうとした。

がル－アンの目は何かを太助に気づかせようとしている事に気づいた。

「ル－アン。あんまりキツイこというなよな。でさぁシャオ。ス－プをもうちょっともらっていいかな？結構作ってあったけど。」

「え、今わたしが飲んでるので最後でしたけど？」

「え………」

太助が鍋を覗き込むとたしかにない。１５人前作って、太助、シャオ、キリュウ、たかし、花織が１人前ずつすでに食べている…ということはル－アンはすでに１０人前食べている計算になる。…おそるべし。

「残念だなぁ…」

「ゴッメーン。わたし食べ過ぎちゃった。許してたー様。」

といいつつお約束のようにル－アンは太助にくっつく。

「だ～か～ら～くっつくなル－アン！」

「ああん☆もうたー様ったらテレちゃって♪まぁいいわ。私もう寝るわ。おやすみなさい。」

ル－アンは太助にウィンクをするとリビングを出ていった。ただのウィンクにも見えるが合図にも見える。

部屋を出てル－アンは思った。

(しまった…たー様もシャオリンもそういうのニブかったわね…私のサインに気づかなかったかしら…ってなんで私があの二人の手助けをしなきゃならないのよ！ホンットあたしってお人好しねぇ。)

ル－アンは自嘲しながらも自室のある二階へあがっていった。

その頃リビングでは……………

「太助様、わたしのを食べて下さい。」

シャオはそういって自分のス－プを差し出した。ぬるめのス－プからはほんのり甘いシャオのニオイがした。

「いや、いいよ。これはシャオのものだろ？」

さすがに太助は断わる。まぁここはル－アン以外なら誰でも断わるだろうが…だがシャオはそれでも太助にス－プを飲ませようとする。これは太助が主というのもあるだろうが…

「いえ、太助様に味わってほしいんです…」

こんなカワイイこと言っている。もしここで翔子がいたらまちがいなく太助の横で「飲んじゃえ」とか言うところだろう。

もちろん女の子にここまで言われては男としては断われない。そして「じゃあもらっちゃおっかな…」と言おうとしたとき

(え！これって間接キスになるんじゃ…？！)

一瞬にしてまた顔が赤くなった。集中力もなにもかもふっとんだ太助。冷静さ０の状態で何も考えられないのだろう。

「シャオ、じゃあ半ぶんこしないか？」

言った後顔が真っ赤になった。………あたりをみまわすともはや愛原は我慢の限界といったかんじでキリュウも顔を赤らめながら(なかなかやるではないか主殿)と思ってる事が容易に伺える。

たかしは………あいかわらず絶望の塊である。

「太助様………」

シャオがその汚れのない瞳で太助を見つめる。その愛らしい輝いた瞳はもしたとえるならば満月だろうか。太助の心臓がバクバクいっている。

「あ、いやならいいんだよいやなら、アハハハハ」

必死に照れを隠そうとすると余計におかしくなる。その時シャオの小さな手が太助の両手を包んだ。

「シャ、シャオ？」

「太助様…私はあなたを孤独や寂しさから守るために支天輪からでてきました…できるならあなたの不幸はすべて背負ってあげたい…でもここは平和な世の中、私なんて本来必要ないのかもしれません………でも、わたしはそれでもあなたのそばにいたいんです…」

「シャオ……」

「だから…だから…私はあなたのために出来ることならなんでもしたいです…」

太助の心の中はまさに花園。自分の恋愛感情がほとんどわかっていないようなかわいい女の子にいわれたのだから当然なのかもしれないが。

「なぁシャオ。俺は別に守護月天としてシャオに守ってもらいたいとかそういうふうに考えた事は一度もないっていってるだろ。不幸だってシャオが一人で背負う必要なんてないんだ…半ぶんこしてわかちあおうよ…嬉しい事も…悲しい事も…」

「太助様…」

こんな言葉が出る自分が信じられなかった。でも本心である。そしてまた二人の世界に…

浸れなかった。

「もう、いいかげんにしてくださ～い！！！」

この一言で二人は我に返った。花織の眼は半分涙眼になっていた。

たかしなんかもう燃え尽きて灰と化してしまっている。

「もう！せっかくわたしがアイス作ってきたのに…」

「なに…アイスだって…俺にもくれよ花織ちゃん。」

今まで死人当然だったたかしが元気なくも言う。

「ちょ、ちょっと～。なんで野村先輩がでてくるんですか～。私は七梨先輩のために作ってきたんですよ！」

「たのむ、花織ちゃん。もうこの燃え尽きてブル－な俺には冷たいアイスが似合うのさ…」

相変わらずわけのわからないことをいうたかし。まぁ救いと言えばここにいる全員がたかしのそういう性格を熟知してたことだろうか。

「まぁたくさん作ってきたからいいですけど…」

「そうか…たくさんあるのか…」

キリュウが恐る恐る聞いた。なんか顔色が悪い。体調が悪いというよりかは何かを恐れているといったカンジだが。

ドンッ！

たくさん…という量ではない。テ－ブルの上には山積みのようになった巨大なアイスが置かれている。だいたいヘルメットぐらいの大きさだろうか。

「さ、七梨先輩♪たべてくださ～い。」

花織はそういいながらみんなの皿にアイスを盛った。敵対してるとはいえシャオにもよそったりしてるところがまだかわいい。もっとも太助の皿にだけ異常な量が盛られているが。

花織がキリュウの皿を取ったときキリュウがつぶやいた。

「…わたしは少なめでいい。」

「え？」

「そうだな。キリュウはこの暑さで体調がいまいちだからな。あまりこういうものは食べない方がいいかもな。」

いや…そういう意味ではないのだが…と言おうとしたが遅かった。すでに愛原とキリュウ以外のみんなはアイスを口に運ぶ。観念したようにキリュウも勢いよくアイスを口に運んだ。

パクッッッッッッ……………………………

…………………………………………………………………………………………………………

「か、花織ちゃん…これって」

「……めずらしいお味がしますね。」

「あ、あのさあ愛原…」

太助とたかしはいまにも死にそうな表情で苦しんでいる。しかしシャオに関してはあいかわらずポケポケとしたことをいっているが。だが、

「＠？！＄％∮＃＆～☆♪〆…」

一番の反応をしたのはキリュウだった…。

口を押さえ台所へ駆け込み数回うがいをしてから言う。顔はすでに涙目である……

「あ…甘すぎて辛すぎてマズイ…」

キリュウの顔色が悪かったのはこれを恐れていたからだ。以前もキリュウは愛原の作った料理でヒドイ目にあっている。

「か………花織ちゃん…これどうやって味付けしたの…？」

「え－っとですねぇ…」

花織ちゃんの回想シ－ン

「この暑い夏に、キリュウさんの試練とか、田畑先生の数学なんてやってたら七梨先輩は大変よね。そんな疲れきってる先輩に冷たいアイスをわたせば…七梨先輩はゼッタイおいしいっていってくれるにちがいないわ！そしてわたしのアイスに感激した七梨先輩は…いや～ん花織テレちゃう！」

そのあと花織はアイスを冷凍庫に入れた。しかし暑いこの夏、なかなかアイスなど固まらないものである。冷凍庫に入れてから１時間後、花織はアイスをみた。まだ固まりきっていないが、作る前に冷やしておいたのでそこそこできてはきている。

「でも…これだけじゃちょっと物足りないよね…」

花織がつぶやく。「七梨先輩のハ－トを射止める花織スペシャルアイス」というにはあまりに平凡だった。

「そうだ！チョコチップもいれよう！きっとおいしいよね！」

なかなか順調のようである。このままいけば花織ちゃん初の「普通の食べ物」ができる。

「チョコに似てるカレ－も入れるとおいしいかも」

………これが「花織スペシャルアイス」である。この花織ちゃん、せっかくうまく行く料理を、謎の味付けでみごとにダメにしてしまう悪癖がある。しかも調合(？)理由は「似てるから」。

「メリハリのためにも七味唐辛子を入れるといいかも！」

「カップメンにカレ－チ－ズがあるから、チ－ズもいれよう。」

カップメンと一緒にするのはどうかと思う。メリハリにしてもアイスに唐辛子は…

「チ－ズに似てるものといえば～お豆腐だよね！」

「となるとプリンも入れなきゃ！」

先ほど述べた調合理由が再び…豆腐とプリンが、外見だけで味は全然似てない事ぐらいは花織ちゃんでも分かりそうだが？(以前もマ－ボ－豆腐にプリンを入れた事がある。)

「それとネギ、ネギっと」

なんでネギが…

「夏バテ対策としてウナギもいれなきゃ！」

もはや実況不可能。

見てるこっちまで気持ち悪くなってきた。なんでウナギをアイスにいれるかなぁ～？

そんなこんなでできあがったアイス。他人が食べる場合、味見というよりか実験台、というよりも生け贄という表現のほうがふさわしいものができている。すでに花織が台所にたった時点で家族はみんな避難…じゃなかった、外出している。ここで味見をしようものなら過ちに気づき作り直すのだろうが、チョコチップの時、「きっと」といってることから推理できるように、花織ちゃんは自分で作った料理の味見をしない。

「あ～ん時間がかかりすぎちゃった～。早く固まってくれないと七梨先輩の家に今日中にもってけな～い。」

こんなことをいっている。カレ－のあたりからはアイスにはまずいらないとも気づかずに、少女は冷凍庫にアイス(のようなもの)を入れた。

そしてそれから４時間後…つまり今に至る。

「俺…もう、ダメ…」

たかしはひっくりかえってそのまま気絶してしまった。キリュウはすでに自室で寝込んでいる。太助も

「もう、おれ、寝る…」

ちょっとかわいそうな花織。半分ヤケになっておきまりの言葉を発する。

「もう！こうなったら今日は夜通しでゲ－ム大会よ！敗者は勝者の言う事をなんでも聞くってのはどう！」

が、自分以外に誰もゲ－ムをできるものはいない。(シャオは料理の後片付けをしている)

なんの反応もない事態にすっかり花織は勢いをそがれてしまった。

「花織さん、今日はもう遅いですし、とまっていってください。」

「え…でも明日は学校があるし、制服が…」

「制服は私の星神・女御がいますから。」

「じゃあ、すみません。とまらせていただきます…」

愛原はペコリとおじぎをして、アイスをしまった。失敗作とはいえ捨てるのは一応もったいない。

こうして嵐の一日が終わった…だがなにか大事な事をを忘れている事は誰も気づくものがいなかった…

エピロ－グ

９月１日。市立鶴ヶ丘中学の始業式である。太助、シャオ、たかし、愛原、それとル－アンが一緒に登校する。ちなみにキリュウは「今日は暑すぎるからいかない」だそうだ。(昨日のアイスの影響もあるのだろう)

途中で愛原、ル－アンとわかれ、３人が２年１組の教室に入った。その時ポニ－テ－ルの少女が声をかけた。

翔子「オッス、シャオ！それと七梨と野村。」

「あ、翔子さん、おはようございます！」

「あのなぁ山野辺！俺達をオマケみたいにいうんじゃなあ～い！」

「ヒャッハハハ。ゴメンゴメン七梨と野村。気にすんなって。」

「ハァ……なんも変わってないな山野辺」

いかにも疲れた様子で太助がぼやいた。昨日のアイスのこともあり顔色がかなり悪い。

「変わってないって……七梨にはいわれたくないな。なにかかわったのかよ」

「ん？変わったのかってなんだよ。」

「つ～ま～り！シャオとなんか進展があったのかって聞いてんだよ！キスぐらいしたのかよ！ま、天然記念物級の奥手のおまえができたとはおもえね－けどな！」

「う、うぐ………そんなこといったって……」

だがこういう態度は山野辺翔子にとっては怒りを増大させるだけだ。休まる事のない強烈な批判を容赦なく太助に浴びせる

「だからなぁ！そういうハッキリしないところがおまえの悪いところなんだよ！もっと積極的になれってんだ！わかったな？！」

「あ、あの…？翔子さん？なにを怒っていらっしゃるんですか？」

「いや気にしなくていいよ。別に七梨と喧嘩してるわけじゃないから。じゃ～な！シャオまたあとで！」

そういうと翔子は始業式が行われる校庭の方へでていった。それとすれちがいざまに乎一郎が教室に入ってくる。

「あ、たかしくん。おはよう。」

「オッス乎一郎。」

「そういえばさぁ、たかし君昨日、太助君のうちにとまったんでしょう。いいなぁ…ル－アン先生とほぼ一日中いれて…ちょっとひどいよ。」

乎一郎がボヤく。

「あのなぁ。昨日あった事を知ったらとてもそんなこといえね－ぞ。」

…………事実だろう。しかし乎一郎には話が伝わらない。そんなにも知らない乎一郎が聞く。

「ところでたかし君宿題はちゃんとやったの？」

「しゅくだいぃぃぃぃぃぃぃ？！」

「あ…ヤバイ…」

「まぁ、どうしましょう…」

たかしはもちろん、太助はキリュウの試練ですっかり忘れていたし、シャオですらもあまりに太助ががんばるから「太助様のためにも美味しい料理を作らなきゃ」の一心で忘れていた。もちろん愛原も、昨日太助のうちに泊まったわけだから今日宿題なんてもってきていない。今ごろ困ってるだろう。

ついに我慢の限界に達したたかしが叫んだ。

「あああああ…この夏はいったいなんだったんだぁ～！！！」

そして再び灰になった。いつのまにか４人だけになった教室をさびしい風が通っていった…

ＥＮＤ

あとがき

真・ＷＩＮＧです。今回初めて月天の小説を書いてみました。といってもかなり短いですが。実はこれ、改修後。

でもやっぱ、太助とシャオのシ－ンは書いてて難しい＆恥ずかしいですね。もうちょっと練習しよっと。しかもなんかありきたりっぽくなってしまったかも。…ネタがない。というわけで今回はここのところで。では最後にこれをどうぞ。

―――おまけ―――

出雲「なんでこのわたしの出番がないんですかぁ～！」

離珠(離珠達も出番がなかったでし……寂しいでし…)

虎賁「あ～おいらって最後に出番あったのいつだっけ？」

南極寿星「このわしもじゃ…う～むこのままでは小僧をひきはなそうにもシャオリンさまに合わせる顔がないわい。お互い苦労するのう。」

「このわたしが…こんな５話しかでてないじいさんといっしょ？冗談じゃない！なんでわたしがあなたと同格じゃなきゃいけないんですか！」

「なんじゃと！許さん！キサマとシャオリンさまは絶対にくっつかさせんぞ！５００年前にでも行ってしまえ！！」

「そ、そんなぁ―――！あ、あ～～～なんで私がこんな目に～～～！！！」

終わり(笑)

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