まもって守護月天! SideStory (支天輪の彼方で・開設1周年記念)  RSS2.0

もがいて万難地天

初出 1999年10月25日 / プロット公開 2002年07月15日
written by 双剣士 (WebSite)
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「太助様、どうなさったんですか?」
 身支度を整えたシャオリンは、応接間にたたずむ七梨太助に声を掛けた。ソファに腰掛けたままシャオリンに背を向けていた太助は、その声を聞いて振り向いた。
「シャオ‥シャオからも言ってやってくれよ。今ごろになってさ‥」
「‥嫌だといったら、嫌だ」
 太助の向こうから、苦々しい声が聞こえる。シャオリンが近づいてみると、そこには真っ赤な髪をした少女が、いじけたように背を向けていた‥こんな色の髪をしているのは一人しか居ない。
「あら、キリュウさん?」
 守護月天の問いかけにも背を向けたまま、万難地天キリュウはソファの上で膝を抱いていた。それを見つめる太助の表情は‥口で言うほど困り果ててはいなかった。困惑と苦笑が半々といったところか。
「なぁキリュウ、もうすぐたかしたちが迎えにくるんだぜ。早く用意して‥」
「‥主殿たちが行きたければ、行けばよかろう。私は行きたくないから行かない。それだけのことだ」
 肩を竦める太助を見て、シャオリンはくすっと笑った。
「キリュウさん、せっかくみんなで遊びに行くんですから‥」
「余計なお世話だ。私は一緒に行くなんて一言もいってない」
 つっけんどんに跳ね返すキリュウ。シャオリンはそんな彼女の様子を変だとは思ったが、しかし自分の主人が懸命に誘っている以上、その手助けをするのが自分の務めだと考えた。
「太助様、キリュウさんも一緒の方がいいですよね?」
「もちろんさ。大事な家族の一員なんだからな」
「‥迷惑だ。私は家族じゃない、精霊なのだから」
 いつになく口数の多いキリュウ。
「そんなこと言わないでさ、一緒に行こうぜ。家に居たって暑いだけだろ」
「そうですよキリュウさん。プールってとっても涼しいし、楽しいんですから」
 その一言を聞いた瞬間。
 キリュウはソファから飛び上がると、部屋の壁の隅へと背中を押し当てた。そして小刻みに震える身体を両手で抱いたままうずくまると、血走った眼でふたりを睨み付けた。
「あなたたちの気が知れない! 私が暑さに弱いのは知ってるくせに、何が悲しくて日差しにあぶられに出なければならないんだ!」
「大袈裟な‥それにプールだぜ、冷たい水に入りにいくんだぜ?」
「頭寒足熱と言うではないか! 身体を水に浸けたまま、炎天下の日差しを浴びるなど愚の骨頂! 行かないぞ、私は絶対に行かないぞ!」
 シャオリンの眼から見ても、今日のキリュウは異様だった。あのクールだったキリュウが‥見苦しくもうろたえて、大きな声で太助に反駁している。一体どうしたんでしょう‥と太助を見やったシャオリンは、彼の表情が生き生きとしていることに気が付いた。この上なく楽しそうに。
「‥往生際が悪いぞ、キリュウ」
「嫌だ! いくら主殿の命でも、これだけは絶対に嫌だ!」
 口元を震わせるキリュウに人の悪い笑みを見せながら、七梨太助は一歩を踏み出した。キリュウはいっそう壁に身を押し付ける‥そのとき。
「たー様ぁん♪」
 慶幸日天ルーアンの背後からのタックルを受けて、太助は顔を絨毯にめり込ませた。その瞬間キリュウの呪縛が解ける‥逃げ出すチャンス! キリュウは短天扇を広げると、それを空中に放り投げた。
「万象‥」
「陽天心召来!」
 だが巨大化した短天扇が宙に浮かぶよりも、ルーアンの陽天心が発動する方が早かった。鉢植えの木の枝に払い落とされたキリュウはぺたんと尻餅をつき‥その隙に、元の大きさに戻った短天扇はルーアンの手中へと!
「な‥か、返してくれ、ルーアン殿!」
「ふふん♪」
 勝ち誇ったように胸を反らすルーアン。いい気分だった。日頃何かと邪魔ばかりされているキリュウに、恨みを晴らす絶好のチャンス!
「たー様、大丈夫? ねぇ見て、これであの子はたー様に逆らえないわよ♪」
「キリュウさんが可哀相です。ルーアンさん、返してあげてください」
「シャオリンは黙ってなさい。たー様の幸せのために尽くすのが、あたしの務めなんだから」
「太助様‥」
 心配げなシャオリンの声。しかし起き上がった太助はルーアンではなく、キリュウの方に眼を向けて一層ひとの悪い笑みを浮かべた。
「さぁ、一緒に行こうか、キリュウ」
「そーよ、あたしたちと一緒に遊びにいきましょ♪」
「‥ぐっ‥」
 太助とルーアンの笑顔に圧倒されたキリュウは、ちらちらとシャオリンに救いを求める視線を送った。
「太助様、どうしてそうまでしてキリュウさんを誘うんですか?」
「これはキリュウに対する試練なんだよ」
「‥ひっ!‥」
 視線をキリュウに縫い付けたまま返事をする太助の姿に、キリュウは腹の底から縮み上がった。
「試練‥?」
「まぁ分からないでもないけどね‥あたしやシャオリンはご主人様のためなら火の中水の中だけれど、この子は自分の好きなように試練を決めれば良かったから‥カナヅチのまんまでも困らなかったのよ」
「カナヅチ?‥キリュウさん、羽林軍の親戚だったんですか?」
 がくっと肩を落とす太助とルーアンを、シャオリンはポケポケとした表情で見つめていた。

(ここまでで執筆停止)

その後の展開(あらすじのみ)

 ルーアンたちに引きずられる形でプールに連れてこられるキリュウ。プールサイドで待つ太助たちの前に、順々に現れる水着姿の女性陣。キリュウは借り物のスクール水着で、恥ずかしそうにもじもじ。
「ここまできたら観念しなさい!」
 ルーアンに放り投げられて大波プールに墜落するキリュウ。泳げない彼女は水を飲んでもがきまくり、シャオリンに助けられる。あっさり音をあげるキリュウ。
「み……水が何だ、泳げないからどうだというんだ! もうまっぴらだ、私は帰る!」
 しかし短天扇を取り上げられている現状では、面白がるルーアンやたかしたちにかなうはずもなく。その後も彼らに引きずり回されて水を飲みまくる。

 しばらくして。キリュウをからかうのに飽きた面々が勝手に遊んでいる中、キリュウはプールサイドで甲羅干し。そこへシャオリンと翔子がジュースを持って現れる。
「災難だったなキリュウ、大丈夫か?」
「来るんじゃなかった、主殿たちに騙された……きっと日頃の試練の仕返しのつもりに違いない」
「そんなこと……太助様たちにも悪気はないんですよ。それよりせっかく来たんですから、一緒に楽しみませんか?」
「そうそう、足の届くとこでやるからさ」
 ところが僻んで意固地になっていたキリュウ、言ってはならない言葉を口走る。
「要らぬお世話だ。それよりルーアン殿から短天扇を取り戻さなくては」
「キリュウ、そんなことは後にしてさ……」
「そんなこととは何だ? 私たちは精霊だ、泳げなくたって何も困りはしない……使命を果たすためにここにいるのだ。のうのうと遊んでなどいられるものか」
 それを聞いたシャオリンの顔色が一変。
「そう……でした。キリュウさんの言うとおりです……私、太助様をお守りしなくては……はしゃいでちゃ、いけませんね」
「シャオ殿……」
「し、シャオ! そんなの気にしなくていいんだってば……おい、どこ行くんだよ!」
 表情を引き締めて太助たちのプールに向かうシャオリンと、慌ててその後を追う翔子。キリュウは彼女らに掛ける言葉が見つからず、居心地悪げに見送った。

 数分後、子供用の浅いプールの脇で、立ったまま水面を見下ろすキリュウの姿があった。
《シャオ殿と主殿が立ち向かう宿命に比べれば、こんな水など……》
 楽しげにしているから遊んでいるとは限らない。厳しいから試練だとも限らない……さっきまで毛嫌いしていたプールの水が、ずいぶんちっぽけなものに思えて来た。すくむ足を励ましながら、ゆっくりとプールに足から飛び降りようとした、その瞬間。
「きゃはは〜」
 駆けて来た子供の肩にぶつかり、キリュウはバランスを崩した。頭から水に飛び込んだ彼女は豪快に水を飲み、空気を求めてモガモガと手足を振りまくった。

 そして、プールからの帰り道。花織やたかしたちと楽しそうに談笑していた太助は、ふいにキリュウの方に向き直った。
「どうだったキリュウ、少しは泳げるようになったか?」
「なるものか。今日はひどい目に遭った……主殿のせいだ」
 ふくれっ顔で答えるキリュウに苦笑する一同。だがその直後、消え入るような小さな声でキリュウは言葉を継いだ。
「……次こそは」
「えっ?」
「次こそは、笑われないようになって見せるからな……いつまでも同じ手が通じると思うなよ」

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