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出雲FC騒動記

初出 1999年03月06日/最終更新 1999年03月27日
written by 双剣士 (WebSite)
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1.プロローグ

 縁結びの社、宮内神社の跡取り息子である宮内出雲は、自他共に認める二枚目であった。
 整った顔立ち、きりりとしまった眉、高い鼻、そして彼のトレードマークである前髪。それらは町内の女性の大半に溜め息をつかせるに十分なものであり、二十歳の今では大人の風格すら漂わせ始めて、彼を見る女性の溜め息はすっかり熱い想いを帯びるまでになっていた。
 そして彼はそのことを自覚していた。子供のころから出雲の周りにはいつも取り巻きの女の子たちが居た。自分には女の子を引き付ける才能がある。黙っていても、たくさんの女の子が彼に尽くしてくれる。有頂天になり性格が歪んでもおかしくない少年時代であった。
 しかし、彼には宮内神社の跡取り息子としての自覚が備わっており、それが彼の凋落を食い止める重しの役割を果たしていた。周りに居るのは自分のファンであると同時に、宮内神社の氏子さんたちであり、これから同じ町内で共に支え合っていく人たちだ。その自覚が彼に仮面をかぶらせた。
 彼は宮内神社の看板として、誰にでも優しく振る舞った。美形でありながらそれを鼻に掛けず、慕う女性にはどこまでも優しく、そして年配の女性たちにも心遣いを忘れない。そんな彼の姿を見た女性たちの想いは沸騰し、お正月の参拝時に、バレンタインに、春の町内行楽会に、夏の花火大会に‥何かにつけて出雲は誘いの声を掛けられ、その全てに出雲は快く応じてきた。それを見た彼女らの熱狂が連帯感に変わり、宮内出雲ファンクラブなる団体が結成されるのに時間は掛からなかった。
 そして、そんな彼女らを暖かいまなざしで見守りつつ、出雲の心は次第に醒めていった。彼女らは自分を見上げて投げ込まれる釣り糸を待っている釣り堀の魚たちに過ぎない。餌どころか針すら付けなくても自分から飛びついてくる魚たちを相手に、どうして釣りを楽しむことが出来ようか。こういう輩を相手にせざるを得ないのなら、せめて釣り上げた魚の数と大きさで自分を慰めるしかないではないか。
 そんな思いが彼を希代のプレイボーイに仕立て上げた。自慢の前髪をかきあげてちょっと秋波を送るだけで、女性たちは次々と神主の罠に落ちていった。むろん出雲は事が終わった後も彼女らを放り出したりはしない。だがそれゆえに、出雲に声を掛けられた女性たちは互いに対抗心を燃やし、自分こそは宮内出雲の恋人だと密かにしのぎを削り合った。宮内神社の神主は漁色家との噂は、彼の評判を下げるどころか、却って彼をめぐる女性たちを煽る効果しかもたらさなかった。
 女性とは、所詮この程度のものか。
 出雲が一人の女の子に出会ったのは、二十歳にしてそんな諦念を抱きかけた頃であった。彼女は出雲の誘いを笑顔を浮かべたままでするりと躱していった。彼女に興味を抱いた出雲は、彼女が一人の中学2年生に仕える守護月天シャオリンと言う精霊であり、その中学生の家に同居していることを知った。そしてシャオリンを追っているうちに、出雲は彼女の通う中学校の生徒たちと親交を結び、自分より6つも年少の子供たちに右へ左へと振り回される日々を送ることになった。
 自分が主役になれない、大騒ぎの日々。彼を慕って集まったわけでない、ゆえに彼が仮面をかぶる必要のない元気な面々。
 出雲の心に、不思議な安らぎが巡って来た。彼は以前の彼を知る人から見ると意外に思えるほど豊かな表情を浮かべるようになった。しかしそれは、彼を慕うファンクラブの面々には決して見せてはならない表情であった‥。

2.思春期の乙女たち

 そんな、ある日。宮内出雲ファンクラブの面々は、交流会と称したおしゃべりの会合を開き、それに出雲を招待した。むろん出雲はそれに快く応じ、指定されたファーストフード店の2階に上がっていった。
 ファンクラブのメンバーは町内全域に広がっていたので、当然ながら年齢層も多岐にわたる。そんな彼女らを一個所に集められる場所は存在しないし、第一それでは気配り屋の出雲があまりに気の毒である。そんな暗黙の了解が、交流会の幹事を3人選んで、別々の会合を3回開くと言う妥協案を生み出した。今日の幹事は女子高生であったので、このファーストフード店に集まった年齢層は現役の女子高生ばかりであった。
「やあ、これはこれは‥華やかなパーティにお誘いいただいて、嬉しいですよ(ふぁさっ)」
 宮内出雲の第一声に、店のあちこちから嬌声が上がった。堪えきれずにフラッシュをたく女の子も居る。彼女らにとっての『憧れのお兄さん』が、いま眼の前に居るのである。
「み‥宮内、さん。よ、ようこそ、いらっしゃいました。こ、こ、こちらへ‥どうぞ」
 立ち上がった一人の女の子が、赤い顔をしながら手を差し伸べてきた。以前に宮内神社に挨拶に来た、幹事の女の子である。出雲から見れば十人並みの容姿でしかないが、握手した後の手を大事そうに胸に抱え込んだ仕草が、出雲の印象に残っていた。
「どうもご苦労さま、安藤さん。よくこれだけの方々を集めてくれましたね。さ、案内してください」
 出雲は女の子の手を取ると、さわやかに微笑んでみせた。新たな嬌声が上がり、『いいな〜』との声も響いた。安藤と呼ばれた女の子は顔をますます赤くして、俯きながら立ち尽くしてしまった。
「ほらほら、どうしたんです‥安藤、由美子さん」
 しっかり名前を調べておくところが、宮内出雲の抜け目の無さである。案の定、3度目の嬌声は爆発的なヴォリュームに達した。アイドルコンサートもかくやと思える熱狂の中を出雲は優雅な足取りで進み、由美子が導いてくれた正面の席に腰を下ろした。
「え、えぇっと‥それじゃ、本日の主賓である、宮内‥出雲、さんから、一言お願いします‥」
 絞るような細い声でそれだけ言うと、由美子は自分の席に座り込んで顔をハンカチで覆った。出雲はそんな彼女に優しい眼差しを送ってから、ゆっくりと席から立ち上がった。女の子たちの視線が彼に集中する。ごくりと息を呑む声が聞こえてきた。
「ただいま紹介にあずかりました、宮内出雲です。こんなにたくさんの、素敵なレディたちにお会いできて光栄です。いまさら自己紹介でもないとは思いますが、縁結びの宮内神社の神主をしております。一昨年までは高校に通っていましたので、このなかには学校でお会いした方もおいでかもしれません。みなさんの恋の悩みに多少なりともお役に立てると幸いです‥」
 恋の悩みを誘発する張本人でありながら、ぬけぬけと言い放つ出雲。場内の雰囲気はみるみるうちに膨らみ、4度目の爆発に向けて秒読み段階に入った。ところが‥。
「よ、色男。もてるってのも大変だな」
 ふいに投げかけられた女の子の言葉。それによって熱狂は急冷却し、女子高生たちはきょろきょろと声の主を探して辺りを見渡した。出雲自身の変化はより劇的だった。笑顔を凍り付かせた宮内出雲は、機械人形のように首だけを後ろに回し、その声の主を見つけた。
「し‥翔子さん‥」
「やっぱりおにーさんだ。こういうとこで会えるなんて思わなかったぜ」
 山野辺翔子は人の悪い笑顔を向けると、出雲の方へずかずかと歩いてきた。もとより出雲の制止も周囲の殺気も気にするような性格ではない。波が引くように開かれた出雲までの道を、翔子は臆面もなく進んで出雲の傍に立った。
「翔子さん‥あ、あなたも‥この会合に?」
「は? 知らないよ。あたしはこの店に、クレープを食べに来ただけさ。そしたらおにーさんに似た髪型を見かけたんで、確かめに来ただけ。会えて嬉しいぜ、おにーさん」
「‥こんなところで会いたくなかった‥」
「つれないこと言うなよ。おにーさんとあたしの仲だろ」
 翔子はにんまりと笑い、出雲の背筋をぞくっとさせた。山野辺翔子はシャオリンと同級生の中学2年生だが、妙に大人びたところがあって出雲をたじたじとさせること一再でない。まして天性と言えるほどの悪戯好きであり、頭もけっして悪くないと来ている。普段でも持て余している存在の彼女に、こんなところで絡まれるとは‥。
「ふふん‥」
 困惑する出雲を見て、翔子は彼のもっとも恐怖する行動を選んだ。至福の笑顔を作りながら、出雲の左腕にしがみついたのだ。
「な、な‥何をするんです? 翔子さん!」
 裏返った声で絶叫する出雲に、輝くような天使の笑顔を見せる翔子。
「なに照れてんだよ。いつもやってることだろ」
「ば、馬鹿な‥やめてください。誤解されてしまいますよ」
「あたしは別にかまわないよ、愛しいおにーさん」
 凍り付く宮内出雲と、頭を出雲にもたせ掛ける翔子。そんな二人の眼の前で、摂氏4千度のマグマの海がぐらぐらと煮えたぎり、暴発の危機が刻々と近づいていた。
「み、宮内さん‥どなた、ですか‥その子‥」
 顔を伏せたままの由美子の隣に居た、気の強そうな少女が口火を切った。彼女から見れば翔子は年下の小娘である。その場に居た女の子の大半にとってもそうだろう。幸か不幸か山野辺翔子は学校をサボる不良として名を馳せていたため、こんな風に品を作る翔子を見てあの不良中学生だと気づく少女は誰も居なかった。
「そうよ、あんた宮内さんのなんなの?」
 別の少女が第2波を放つ。しかしひるむ翔子ではない。
「見て分からない?」
「見てって‥あんた‥」
「ねぇ、なんとか言ってやってよ、おにーさんてば」
「‥(硬直)‥」
 マグマの液位が一気に上昇。今にも赤い奔流が幸せな二人(?)を押し流さんとしていた。だがその寸前。
「‥なーんてね。冗談だよ冗談、悪い悪い」
 さすがに限界と悟ったか、翔子は前言を翻した。出雲がほっと息を付く。
「おにーさんとは恋人でも何でもない、ただの喧嘩相手さ。あたしがこんな奴を相手にするわけないだろ」
「し、翔子さん‥それはあんまりじゃあ‥」
 たじたじになりながら、言葉を繋ぐ宮内出雲。だがファンクラブの面々にとっては、この弁明は却って火に油を注ぐ結果となってしまった。出雲に会うだけでさえ胸をどきどきさせ、互いに牽制し合いつつこの会合に集まった少女たちにとって、出雲と軽口を叩きあえる少女の存在を目の当たりにするのは‥しかもその子が自分たちより年下とあっては!
「宮内さぁん、きっちり説明してもらいましょうか‥」
「う‥信じてください、本当にこの子とは何でもないんですよ‥すみません翔子さん、この場はちょっと‥」
「ああ、からかって悪かったな。もう行くよ。シャオと待ち合わせしてるんでね」
「え、シャオさん! シャオさんが、ここに居るんですか?」
 思わず声を輝かせた出雲。だがそれはこの場での禁句であった。乙女の直感で事態を察したファンクラブの面々は、怒りのマグマを宮内出雲本人に向けた‥。

3.退屈な奥方たち

 ファンクラブ2回目の会合は、市民会館のフロアを借り切って行われることになった。宮内出雲はもちろん快諾して市民会館に足を運んだ。
 宮内出雲に本命の彼女が居る、との噂は、燎原の火のごとく町内を駆け巡った。電話の向こうで泣きじゃくる見知らぬ女性の声を聞かされたりもした。だがしばらくすると、これまでそういう話が無かった方がおかしい、という意見が出始め、宮内出雲を取り巻く状況は一変した。
 今回の幹事である40歳過ぎの奥さんは、初めから出雲に同情的だった。
「宮内さん、今だから言うけど、あたしは遊び歩いているあんたが心配でならなかったのよ‥心に決めた人が居るんなら、ちゃあんと言ってくれれば応援したのに。大丈夫、今回の会合に来る人たちはみんなあんたの味方ですからね」
 同情する言葉の裏に、ゴシップを求めて舌なめずりする叔母さん連中の執念を感じ取って出雲は身震いした。だがファンクラブの会合をないがしろにするわけには行かない。出雲は完璧な仮面をかぶって奥さんの心遣いに謝意を告げ、会合への出席を約束した。
 パーティの会場は、フロアのあちこちに料理を並べた立食パーティ方式だった。叔母さん連中は出雲の登場を待たずに料理に手を付けながらおしゃべりをしていたが、宮内出雲が登場するとさぁっと口を閉ざし、拍手で今回の主賓を迎えた。
「いやいや、みなさん方どうも‥恐縮です」
 拍手に迎えられながら、出雲はフロアを横切ってステージの方へと向かった。彼の歩く脇で、『あたしはあんたを信じてるわよ』とか『今日は彼女を連れてきてないの』とかいう野次が飛んだが、出雲に直接接触しようとする者は居なかった。
 満場の拍手に迎えられて、マイクスタンドの前に立つ出雲。その瞬間、会場に居る奥さんたちの視線が彼に集中した。司会が呼びかけるまでもなく、シーンと静まり返る会場。出雲の一挙手一投足を見逃すまいと、心のアンテナを張る熟女たちの群れ。
「皆様方、本日は盛大なパーティにお招きいただきまして、誠にありがとうございました‥この宮内出雲、皆様と共に歩む神社の跡取りとして、こんなに多くの方々に支援していただき、万感の念に絶えません‥」
 ふうっ、と息を継いだ出雲であったが、そのときになって雰囲気がおかしいことに気が付いた。普段なら話を切ったところでぱらぱらと拍手が鳴るはずなのに、今日は誰も手を叩かない。料理を食べながら聴く者も一人も居ない。恐ろしいくらいに、出雲の言葉に眼と耳を傾けている。
「え、えぇっと‥そうそう、乾杯ですね。乾杯をしましょう皆さん。グラスの用意はよろしいですか‥」
 だれもグラスを持とうとしない。
「ど‥どうしたんですか? ねぇ幹事の井関さん、このあとの次第はどう‥」
 救いを求めて首を振ったが、幹事をやってくれた奥さんは既に会場の最前列で、出雲の顔をじぃぃ〜っと見つめていた。
「よ、弱りましたね‥」
「宮内さん、あんたの話をしてよ」
 会場のどこかからそう声が飛んだ。
「そーよ、これはあんたのためのパーティなんだからね。遠慮しないで話していいのよ」
 そーよそーよ、との賛同のざわめきが会場に広がった。彼女らが何を期待しているかは明らかである。大なり小なりあの噂が話題に登ることは出雲も予想していたが、まさか冒頭の挨拶から詰問されるとは思わなかった。
 しかし、いずれ問いただされる覚悟で来た出雲である。数秒間で体勢を立て直した彼は、前髪をふぁさっと揺らしてからマイクを握り直した。
「分かりました。私の近況に付いてお話しましょう‥」
 場内の喧燥が一瞬にして収まり、全身ダンボ耳と化した奥方たちの視線が突き刺さる。
「えーっ、私、鶴ヶ丘中学校と言うところで食堂のバイトを始めましてね。そこで‥」
「あたしにパンおごってくれたのよねぇ〜」
 そのとき。会場の後ろの方に居た女性が、主賓の言葉をひったくった。まだ若い、20代の艶のある声。奥さん連中は一斉に後ろを振り向き、その言葉の主に眼を向けた。宮内出雲も視線をそこに向け‥神様を呪いたい気分になった。
「‥る、ルーアンさん‥」
「やっほー、いずピー」
 派手な服を着た慶幸日天ルーアンは、口の周りをソースだらけにしながら、嬉しそうに出雲に手を振ってみせた。反対の手には、山のような料理を乗せた皿が4枚も乗せられている。
「‥ど、どうしてあなたが、ここに‥」
「なんでって、シャオリンに聞いたのよ。美味しい物をお腹いっぱい食べられるところがあるってね」
 そう言いながら、誰も手を付けない料理の山を次々と口に運ぶルーアン。
 出雲は自分の行動を後悔した。そう、確かに出雲は七梨家に行って、今回の会合のことを話した。シャオリンに一緒に来てもらって、あわよくば既成事実を作ってしまおう、という腹からである。シャオリンの主である太助の反対で実現には至らなかったが、駄目で元々と思って持ち掛けた話、出雲はあまり気にしていなかった。
 だが、それがまさか食いしんぼで知られる同居人のルーアンの耳に届くとは!
「あんたってすごいのねぇ、こんなに沢山の人におごってもらえるなんて。これだったらシャオリンの手料理なんていらないじゃない」
 手料理。ルーアンが何気なく口にしたその言葉に、会場の奥さんたちは敏感に反応した。
「ねぇねぇ、あなた、お名前は? 宮内さんとどういうご関係?」
「えっ? あ、あたしはルーアン。いずピーがバイトしてる中学校で教師をやってるの」
「いずピー? まぁ、あなた宮内さんとずいぶん親しいみたいね。で、それで? 手料理が何とかっていう女性との関係は?」
「シャオリンのこと? 知りたい?」
 思わせぶりなルーアンの言葉に乗せられた奥さんたちは、今日のパーティの主賓を放り出して、ルーアンの周りに輪を作った。
「さぁさ、もっとどんどん食べてちょうだい‥それで、シャホ‥何とかっていう人は、どんな人?」
「どんなって‥シャオリンは、あたしとたー様が暮らしてる家の飯炊き女中よ」
「たー様って?」
「知らない? 七梨太助っていう、凛々しい殿方。あたしはその婚約者なの。そんでいずピーは、あたしん家で働いてるシャオリンに横恋慕してるのよ」
「ふんふん、さぁさ食べて食べて‥それで?」
「ありがと、あー幸せ‥そんでね、シャオリンはさすが本職だけあって料理がうまくてね、たー様やあたしだけでなく、他の人の分までお弁当を作ることがあるのよ。そんなときは、男子生徒たちに混じっていずぴーもそのお弁当争奪戦に加わるわけ」
「あのぉ、ルーアンさん‥」
「うんうんうん、それでそれで?」
「いずピーは何かに付けてシャオリンに近づこうとするんだけどさ、毎回シャオリンに振られっぱなし。格好悪いったらありゃしないわ」
「へぇ〜っ、あの宮内さんがねぇ〜っ。どうしてなのかしら?」
「そりゃ、シャオリンにその気が無いからでしょ。なんたってあの子は、あたしのたー様のことをずうっと見つづけてるんだから」
「えっ、じゃそれって、不倫?」
「じゃそのお妾さんが、宮内さんの想いの女性なの?」
「まーそういうことになるかしらねぇ‥あたしとしては、さっさといずピーがシャオリンをさらっていってくれるとありがたいんだけどねぇ‥」
「あ、はは、はははは‥」
 マイクを握ったまま、美形の神主は引きつった表情で崩れ落ちた。

4.お年頃の美女たち

 続くファンクラブ3回目の会合は、18歳から20代後半までのお年頃な女性たちの世代。言わば宮内出雲にとって「射程範囲」に当たる相手が対象であった。彼女たちに指定された繁華街のカクテルバーに、出雲は颯爽と足を運んだ。
 前回の会合によって『道ならぬ恋の罠に落ちてしまった美男子』の称号を手にした出雲であったが、それは彼に恋慕を募らせる女性たちの刺激材料になりこそすれ、愛想を尽かされる原因にはならなかった。特に今回の幹事役であったかつての同級生の女性からは、短文ながら含蓄の深いメッセージが届けられていた。
「次の日曜日の夜8時‥あなたをお待ちしております。本当の愛の意味を捜し求めて、あなたに行き着いた女性一同より」
 またしてもある種の執念を感じた宮内出雲であったが、カクテルバーとなれば中学生が来られるはずはなし、今度こそはうまく乗り切れるだろうと胸をなで下ろしたのであった。
 ひそひそとおしゃべりをしていた美女たちは、階段を降りてくる出雲の姿を見ると次々と立ち上がり、彼の傍に駆け寄った。
「今晩は、ようこそ、出雲さん」
「今夜はゆっくりお話しましょうね」
「さぁさ、コートをお貸しくださいな」
 出雲をねぎらう声を次々と掛ける女性たち。こっそり出雲の手に紙片を押し込む女性も居た。今まで何度と無く繰り返された光景ではあったが、ここ数日の喧燥に疲れ果てていた出雲にとっては、やっとあるべき場所に帰ってきた、と安堵感を憶えさせる至福の時間であった。
 こういう場所で、特定の誰かの名を呼ぶのは命取り。
 宮内出雲はアルカイックスマイルを浮かべながら、世話を焼きたがる女性たちにされるがままにコートを脱ぎ、バーのカウンターに腰を下ろした。そして彼を取り巻く女性たちのポジションが決まった頃を見計らって口を開いた。
「それでは‥素敵な夜と、艶やかな姫君たちに、乾杯」
 色とりどりのグラスが掲げられる。この瞬間、出雲は色男としての自信を完全に取り戻していた。悪くない。これでこそ宮内出雲、これでこそ町内一の伊達男!
 頬を赤らめた美女たちは、出雲の気を引こうと口々に話し掛けながら、彼の方にしなだれかかってきた。出雲は笑顔の仮面をかぶりながら状況を観察していた。皆、最初に声を掛けられるのは自分だと思っている。選択を誤れば、他の女性全員から吊るし上げを食うことになるだろう。こういう状況では、大半の女性が暗黙のうちに見下している不美人を冒頭に持ってきて、他の女性たちの嫉妬心を煽るのが常道というもの。
「ねぇ出雲さぁん、あたしねあたしね、とっても不安だったのよぉ」
「最近変な噂が多いじゃない、だからみんな心配してたの‥年増の叔母さんたちがピーチクパーチク言ってるけど、あんなのぜんぶ嘘よね?」
「出雲が本当に大事に思ってるのは、あたしよねぇ〜」
「あら、あたしよぉ」
「あぁやだやだ、思い込みの激しい人たちって」
「何よぉ」
 まずい雰囲気に向かいかけている。出雲は沈黙を破る潮時が訪れたと思った。出雲は表情を変えずに眼だけを動かして辺りを見渡し‥向かい側のカウンターに座る、ある女性の姿を眼に止めた。その女性は、自分の方をじぃぃ〜っと見つめていた。
「‥(絶句)‥」
 眼をそらしたいのに、彼女の瞳に縫いとめられたように視線が動かせない。眼の前にいたのは、出雲にとって天敵ともいえる女性であった。まさか、こんなところで会おうとは‥。
「‥ふ〜ん‥やっぱり宮内かぁ‥」
 ああ、これはもはや運命なのか?
「いい御身分だねぇ、美女に囲まれてデレデレ‥まぁあんたらしくていいけどさ」
「‥な、なな、なな‥那奈‥」
「あ〜ら、呼び捨て? ぽっ‥なんちゃって」
 出雲の周りの美女たちも、ようやく気が付いた。出雲の眼の前に座る色黒美人‥七梨那奈の存在に。
「なな、なな、なんで‥なんで那奈さんが、ここに居るんです?」
 シャオリンの主人である七梨太助の姉、七梨那奈は世界中を旅する風来坊。めったにこの町には帰ってこないし、今夜帰ってきているという話も聞いていなかったのだ。
「心配すんなよ、別にあんたに会いに帰ってきたんじゃないから‥愛しい弟の顔を見に、ちょっとね」
「た‥太助くんの‥顔を‥」
「何だよ、随分うろたえてるな‥ははーん、あたしがシャオに告げ口すると思ってるだろ?」
「「「シャオ?」」」
 ファンクラブの美女たちの声が重なった。事態は次第に、最悪の方向へと驀進しているのだが、町内の噂を知らない那奈にとってはブレーキを踏む理由は何ひとつ無い。
「安心しなよ‥と言ってやりたいけどさ。あたしとしちゃ、弟の彼女を取ろうとしてるあんたを助ける義理なんて、これっぽっちも無いんだよな」
「「「弟の、彼女?」」」
「あ‥あ‥あ‥」
「まぁ、あんたがどうしてもって言うなら止めないけど‥女遊びも程々にしときなよ、このロリコン」
「「「ロリコン?!」」」
「‥もう、どーにでもしてください‥」
 真っ白に燃え尽きた宮内出雲は、首をかくんと前に垂らした。自慢の前髪がカクテルに漬かっているのも知らずに。

Fin.


03月27日加筆:
 「鶴ヶ岡中学校」を「鶴ヶ丘中学校」に訂正。アニメの毒がこんなところに‥。

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