まもって守護月天! SideStory  RSS2.0

理性決壊?

初出 1999年01月26日
written by 双剣士 (WebSite)
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太助視点Part1

 俺は果報者だなぁって、しみじみ思うことが有る。
 ここは、積み木で作った砦の中。といっても別に俺が小さくなったわけじゃない。同じクラスの山野辺に呼び出されて公園に行ってみると、山野辺の隣には家で別れたはずの万難地天キリュウと、俺が子供のころに遊んだ積み木が‥多分キリュウの仕業だろう、2メートル近い大きさに巨大化していたが‥公園の広場に転がっていた。そして唖然とする俺に、キリュウはこう言い放ったんだ。
「‥主殿。積み木と言ったらすることはひとつであろう? 組み立てられよ」
「なぁにいいいいいっ!?」
 ‥俺に否やがあるはずはない。キリュウを短天扇から呼び出して試練を課すよう頼んだのは俺の方なんだ。だけど、さっき家を出るときは今日の試練はこれで終わりだって言ってたのに‥食えないやつだ、キリュウは。
 積み木と言っても一辺2メートルともなれば、ただ向きを変えるだけでも全力が要る。俺は汗だくになりながら(冬だったのが不幸中の幸いだった)積み木を並べ、持ち上げ、積み上げて砦の形に組み上げた。一辺2メートルの中空の立方体、それがこの砦の全景だ。
「ふううううっ‥できたぁああっ」
 組みあがった途端、俺はそう嘆息すると積み木砦の中でへばり込んだ。もう動けない、動きたくない‥冷たい積み木の肌が、こんなに心地いいものだったなんて。
 砦の外で見ていたはずの山野辺やキリュウの声は、もう聞こえない。なんでこんな砦を作らせたんだろう? まぁ、いいか。これは試練なんだもんな。作ること自体に目的なんかありゃしない。
 このまま眠ってしまいたい。そう思って身体の力を抜いた時だった。誰かが近づいて来たような気配がしたのは。
(主殿、ご苦労だった。それでは、これを元に戻されよ)
(おいおい、もう少し寝かせてくれよぉ‥)
 そんな声が聞こえた気がして、俺は苦笑しながら眼を開いた。空を見上げた視界に映ったのは笑いを押し殺したようなキリュウの表情‥ではなかった。顔が白く、髪が長く、そして優しい笑顔をもった一人の少女が、ふわりと空から降りてきたのだ。
 俺の良く知ってる、俺だけの精霊が。
「‥ん‥シャオじゃないか! どうしてここに?」
「太助様、お待たせしました」
 シャオは俺の名を呼んで、いつものように軒轅に乗って空から降りてきた。そしてすっと床に飛び降りると、腕に下げたコンビニの袋から何かを取り出して俺に差し出した。
「とっても寒かったですよね? ごめんなさい‥太助様‥あの、これどうぞ」
 おおっ、地獄に仏! 寒空に缶入りホットコーヒー!
 俺はなんて幸せ者なんだぁっ!

翔子視点Part1

「ふふっ、さ〜て後はあたしの言ったとおりにやるんだよ、シャオ」
 軒轅に乗って積み木砦に向かうシャオリンを公園の入り口で見送りながら、山野辺翔子は楽しそうにつぶやいた。
 守護月天であるシャオリンは恋を知らない。自分の主人である七梨太助のことで何度か胸を痛めているくせに、それがなんであるかに気づかない。親友の翔子としては何とかしてやりたいのだが、問題が問題だけに口で説明して済むものではない。
 七梨、お前がしっかりしなくてどうすんだよ!
 翔子が心の中で叫んだことは一再ではなかった。しかし肝心の七梨太助は何かにこだわっているようで一線を踏み越えようとはなかなかしない。そればかりか、太助とシャオリンの仲を喜ばない邪魔者たちが、家の中にも外にも事欠かないと来ている。そこで仕掛けたのが今回の作戦だった。
 まず第1ステージとして、太助とシャオの二人を狭い部屋でふたりっきりにする。太助がいくら朴念仁でも取るべき行動を迷わないくらいに、徹底的にお膳立てをしてやる。シャオは太助を誘惑する術など知らないが、素直な子だから太助のためだと言えば自分が教えたとおりにやるだろう。
 そして、これからが第2ステージ。ゴキブリにも似た生命力で湧き出してくるお邪魔虫どもを、この公園の手前で排除する。そのための種は既に蒔いておいた。
「おや、翔子さんにキリュウさん」
「‥来たな」
 計画どおり。シャオリンを陥とすことを神に誓っている不届き神主、宮内出雲がこちらに歩いてきた。もちろん“偶然”ではなく、このくらいのタイミングで来るように離珠を使って置き手紙を残しておいたのである。だがもし置き手紙が無かったとしても、出雲は光に引かれる蛾のように公園に近づいてきただろう。どうせ邪魔しに来るのなら、翔子の思惑通りに来てくれた方が迎撃には好都合と言うもの。
 あたしの仕事は、これからだ!
「よ、おにーさん。“偶然”だな」

太助視点Part2

「‥二つとも?」
「はい」
 俺とシャオは、積み木で出来た部屋の中に座り込んで風を避けていた。山野辺の企みが分かったような気がする。何かと俺とシャオの仲に世話を焼きたがる山野辺は、こうして個室の中で俺たちを二人っきりにしたかったんだ。家だとルーアンたちが居てこんな風には出来ないもんな。
 全くおせっかいなやつだ。でも‥感謝すべきかな。俺は実際、咽喉が乾いて死にそうだったんだし。
「‥ありがとう、シャオ。でも、せっかく2本もあるんだからさ、これは二人で飲まないとな」
 シャオはちょっとためらった様子を見せたが、素直に片方の缶コーヒーを受け取ると、缶のプルを引いた。
「いただきます」
 俺たちは並んで座って、缶コーヒーに口を当てた。2メートル四方の積み木の中。二人で座り込むにはちょっときつい空間。それに、積み木の隙間から入り込む冷たい冬の風。
 シャオが身体を寄せてくる。俺の心臓がバクバクと鳴り出した。シャオは守護月天。恋を知らない精霊。だからシャオの方にそんな気はないんだろう。しかし‥この狭い部屋で可愛い女の子と身を寄せ合うと言うのは、はっきり言って心臓に悪い。
 ‥山野辺のやつめ。あいつには黒い翼と尖ったしっぼが生えてるんじゃないだろうか。
 俺は気もそぞろで、一息ずつ、一息ずつ缶コーヒーを口に含んだ。シャオがこっちに顔を向けているのが分かる。このコーヒーを飲み終えたら、また間の持たないひとときが始まるだろう。
「‥ねぇ太助様」
「ん?」
「‥あの‥あのね、私‥」
 珍しくシャオが言いよどむ。このままそっぽを向いているのも可哀相だと思い、俺はシャオの方に顔を向けた。シャオの眼の中に俺が映っているのが見える。
「わたし‥ご家族と離れて暮らしている太助様の、お心をまもって差し上げたいと思って‥この世界に来たんです。太助様は来なくていいっておっしゃったのに、わたし、自分からお守りしたいと思ったんです。初めて」
「ああ、感謝してるよシャオ」
「ですから‥あの‥ご主人様である太助様に対して、変な言い方なんですけど‥」
「どうしたんだよ。なにも遠慮することないんだぜ、シャオ」
「‥翔子さんに聞いたんです。成人式の日には、ご両親と子供さんとの間で、必ずやるおまじないが有るんだって」
 ‥今度はどんな嘘を吹き込んだんだ山野辺。
「‥あの、ですから‥わたし、太助様のお母様の代わりに、それをして差し上げられたらって‥翔子さんも、そうした方がいいっておっしゃるんです」
 ‥シャオの気持ちは嬉しい。シャオの真心から来た言葉であることは良く分かる。山野辺にみすみす乗せられるのはしゃくだけど、断るわけにはいかないよなぁ。
「‥で、どんなおまじないなんだ」
「こうするんです」
 シャオは俺の缶コーヒーを掴み取ると、シャオが飲んでいた缶コーヒーを代わりに握らせた。
「食べ物や飲み物を半分こして、二人で一緒に食べるんですって。こうやって、お子さんの不幸の半分をご両親が引き受け、ご両親の幸運の半分をお子さんにあげるんですって」
「‥素敵な、おまじないだな」
「わたしは守護月天ですから、太助様の不幸を全部お引き受けしたい。そしてこんな平和な時代に暮らせるわたしの幸運を、ぜんぶ太助様に差し上げたい‥」
 ‥くうぅ〜っ、なんて可愛いことをいうんだシャオ! でも寂しいような気もするよな、守護月天の使命の一環として考えられたんじゃ。
「‥シャオ。俺はシャオが来たくれたおかげで、ずいぶん救われたと思ってるよ。一方的に不幸を背負うなんて、そんな風に言わないでくれないか」
「太助様‥」
「半分こにしよう。お互いの不幸も、幸福も。な?」
 シャオは少しためらってからこっくりと首を縦に振ると、俺が飲んでいた缶コーヒーを口に当てて一口飲み、にっこりと微笑んだ。俺もその真似をしようとして‥はっと気が付いた。
 これって、間接キスってやつじゃないか?
 俺の手が凍り付く。しかし今になって、シャオのコーヒーが飲めないとは言えない。そんなことをしたら、シャオはきっと傷つくだろう。
 ためらう俺の手を見たシャオの表情が、みるみる曇り始めた。え〜い男だろ七梨太助!
「‥(ごくっ)‥」
 俺は思いきって缶コーヒーを口に当てると、一気に飲み干した。味わっている余裕など無かった‥我ながら情けないとは思うが。

ルーアン視点Part1

「ちょっと嘘でしょぉおおっ!?」
 あの不良嬢ちゃん、ぜ〜ったいに許さないんだから!
 たー様が公園に向かったと聞いたあたしは、キリュウに閉じ込められた巨大ペットボトルの檻をようやく突き破って、恥も外聞もかなぐり捨ててここまで来た。そしたらどう、あの嬢ちゃんったらキリュウと一緒になって、でっかいお団子を坂の上から落としてきたのよ? このあたしに向かって! こともあろうに、担任のあたしに向かって!
「陽天心‥」
 不覚、ペットボトルから手足だけを出した姿じゃ黒天筒が振れないっ!
 あたしはぶつかってきたお団子に巻き込まれて、情けなくもごろごろと転がった。そっからしばらくは記憶に無い‥たぶん眼を回してたんだと思う。
 気づいた時には眼の前は真っ暗で、身体中が何かに押さえつけられて動けなくなっていた。柔らかい感触といい匂いがする。あたしを押し潰しているのは、あの時の巨大お団子に間違いない。
「こーしちゃいられないわ‥」
 さいわい、声を出すことはできる。黒天筒は振れないけど、これだけ密着していれば陽天心を飛ばす必要はなさそう。あたしは黒天筒を握り締めると、お団子に押し当ててくぐもった声で唱えた。
「‥陽天心、召来‥」
 陽天心で命を吹き込まれたお団子は、あたしの命令を聞くとすぐに脇にどいてくれた。青空の下に帰ってきたあたしは起き上がって身体を振った。お団子につぶされてひびの入っていたペットボトルが、ぱりぱりと音を立てて剥がれ落ちる。坂の上を見ると‥不良嬢ちゃんとキリュウの姿はない。あの程度であたしに止めが刺せたと思ってんのかしら。甘いわね。
 ‥待ってよ、あの二人が居ないと言うことは、たー様も居なくなったんじゃないでしょうね? あたしが眼を回してる間に、ひょっとしたら、公園から別の所に移ったのぉ?
「たー様ぁ!」
 あたしは慌てて坂を駆けあがった。

太助視点Part3

「はいっ、太助様」
「‥ああ、ありがとうシャオ」
 いま思えば、俺はたかしや出雲から蹴り殺されても文句の言えない立場にいたのかもしれない。缶コーヒーを飲み終えたシャオは、コンビニの袋から唐揚げやソーセージ、シュウマイなど一口で食べられる食材を次々と取り出した。そしてそれを半分だけかじると、残りの半分を俺の口に入れてくれるんだ。
 これを断れる男なんて、この世界にいると思うか?
「‥おいしいよ、シャオ」
「はいっ」
 そしたら、今度は俺の番。シャオが差し出してくれた食べ物‥今食べたばかりのと同じ物‥を箸でつまんで、半分だけ残して食べる。シャオはそれを見ると、可愛い口を小鳥のように開けて俺の方を見るんだ。
「あーん、です。太助様」
「‥あーん」
 残った分をシャオの口に入れてやると、シャオは眼を細めてそれを飲み込む。世にも嬉しそうな表情をして、俺の顔を見つめたまま。
 缶コーヒーで俺たちがやったことなど、ほんの前座だと言うことが身に染みて分かった。互いが口にした食べ物、箸の先を互いの口に入れる‥大人のキスってのは唇を触れるだけじゃないと聞いたことがあるが、それに近いことをやってるんだ、今の俺たちは。
 ふたりっきりの小部屋の中。互いの吐息が掛かるほどの距離。そんなところでこんな事をやってたら‥でも、シャオが悲しむ顔は見たくない。ここまでくりゃ同じ事だ。山野辺に騙された振りをして、シャオの気が済むまで食べてやるさ!
「‥‥‥」
「あれ、どうしたのシャオ」
「これ‥翔子さんが、大事なおまじないだから絶対に入れとけって‥でも‥」
 珍しくうつむくシャオ。俺はシャオの視線の先を辿って、シャオの膝の上に広がる小さな染みを見つけた。
 チョコレートか?‥いや、これは‥う、ウイスキーボンボン!?
「中に何か入ってたみたいです‥半分食べたら、こぼれちゃって‥」
「し、仕方ないさ。シャオのせいじゃないよ。これは半分こは無理だから、別々のを一緒に食べよう、な?」
「で、でも、翔子さんが言うには、これを歳の数だけ食べるんだって‥」
 シャオの膝元には、20個入りの箱が載っていた。二人で1個ずつ食べるとしたら10個しか俺の口には入らないことになる。14歳の俺を前にして、シャオが困っているのはそのせいだ。
 山野辺のやつ、何を考えてんだ‥と俺が密かに憤慨していると、シャオは何かを思いついたかのように顔を上げた。
「太助様、ちょっと上を向いててくださいますか」
「えっ?」
 訳も分からず上を向いた俺。すると、唇に冷たいものが差し込まれた。2個目のウイスキーボンボンだ。俺は当然のようにそれを飲み込もうとして‥。
「待ってください、太助様。飲み込まないで」
「???」
 シャオは俺の顔を覗き込むように顔を乗り出してくると、髪の毛を耳の脇に掻き上げた。そして顔を近づけてきて、俺の唇から突き立っているウイスキーボンボンを何の躊躇いもなく咥えた。
「‥!!!」
「‥(ちゅる、ちゅる)‥」
 咥えたウイスキーボンボンが吸い出されるような感触が、俺の唇に伝わってくる。眼を開けたままのシャオの顔が、徐々に俺の眼の前に迫ってくる。
 ち、ちょっと待て、おい! このまま半分ずつを咥えたら、俺とシャオの唇は‥!
 俺の心臓は早鐘のように鳴り響いた。シャオの顔が近づいてくる。おそらくシャオは、このまま行けばどういう事態になるのかを全く理解していないだろう。
 ごりっ。
 耐え切れなくなった俺は、シャオの唇が触れる前にウイスキーボンボンを噛み切った。急に手応え‥いや、口応えが無くなったことに気づいたシャオは、口に咥えた残り半分のウイスキーボンボンを飲み込むと、あっさりと顔を離した。
「これなら中身がこぼれませんよね、太助様」
 返事どころじゃない。俺は鼻で荒い呼吸をしながら、一息でウイスキーボンボンを飲み込んだ。ずっと咥えていたせいか生暖かくなっていたチョコレートが妙な感じで口の中に広がった。
「さ、太助様、今度は‥」
 俺の動揺を知ってか知らずか、シャオは新しいウイスキーボンボンを取り出すと口に咥え、今度は自分が上を向いた。
 ばくばくばくばく。
 身体中が心臓になったみたいだ。小刻みに震える俺を、シャオは不思議そうな表情で見上げた。どうしてお返ししてくれないんですか、とその瞳が言っている。
「‥???」
 小首をかしげて俺を見上げるシャオ。俺の頭の隅で、こんなチャンスを逃すなと言う声と、こんな形でファーストキスをして良いのかと言う声がせめぎあっていた。普段の俺なら、もういいよシャオ、と言っていたかもしれない。だが肌から伝わるシャオの体温と、飲み込んだウイスキーの酔いが俺の理性を曇らせて‥いたんだと思う。あんな言葉を口にするとは。
「‥シャオ、眼を閉じててくれないか」
 素直に眼を閉じるシャオ。俺は怯える自分を叱咤しながら、ゆっくりとシャオの唇に顔を近づけた‥。

ルーアン視点Part2

「陽天心、召来!」
 公園に上がってきて巨大化した積み木を見つけたあたしは、躊躇い無く陽天心をその積み木に掛けた。意志を与えられた積み木は、一斉に拘束を解かれて飛び回り始めた‥そして、その隙間から愛しい主様の姿が一瞬だけ見えた。
「たー様っ!」
 なんてことっ! 天井に積みあがっていた積み木が落っこちて、たー様の背中に乗っかってるじゃない! たー様っ、痛そう!
 あたしは急いでその積み木に命じて、そこからどかせた。そしてたー様の怪我を確かめるべく一歩を踏み出そうとすると‥聞き覚えのある声が、たー様の下から聞こえてきた。シャオリンの声だ。
「太助様、太助様っ! お怪我は?」
「‥ああ。平気、だよ、シャオ‥」
「ごめんなさい、わたし、守護月天なのに‥太助様をお守りしなきゃいけないのに‥」
「‥なに言ってんだよ。男が女の子をかばうのは当たり前だろ‥シャオの方こそ、怪我はないか」
「太助様‥」
 シャオリンに覆い被さったままのたー様。そのたー様にしがみついて嬉しそうに眼を閉じるシャオリン‥あーっ、なんなのよこの光景は!
「ちょっとぉ、離れなさーい、シャオリン!」

Fin.

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