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白雪姫の勇気(前半)

初出 2002年02月18日 / プロット公開 2002年07月15日
written by 双剣士 (WebSite)
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前半

 おてんきのいいあるひ。おかあさんにてをひかれたわたしは、こうえんにあそびにきた。すると、いつもあそんでいるすなばで、しらないこがさきにあそんでいた。
「あさみちゃん、なかまにいれてもらいなさい」
 ……いれてもらうって?
「そうよ、いっしょにあそびましょうって、あのこにおねがいしてごらんなさい。さあ」
 おかあさんはそういって、わたしをすなばのほうにおしだした。


「…………」
 すなばのそばでたちつくすわたしをみて、さきにあそんでたおんなのこがかけよってきた。めのくりくりした、げんきそうなおんなのこ。
「わたし、なおこ! いっしょにあそぼう?」
「…………えっ、と」
 いおうとしてたことを、さきにいわれちゃった。なんていったらいいんだろう。おかあさん、なにかいってくれないかな。
「ね、いいでしょ?」
「……あの……」
 どうしよう。わたしはいつもみたいに、すなのおしろをつくりにきただけなのに。こんなつもりじゃなかったのに。
「どうしたの、ねぇ?」
(ビクッ)
 おもわず、おんなのこからにげるように、うしろにさがってしまったわたし。おんなのこは、とってもかなしそうなかおをした。
「わたしとあそぶの、きらい?」
「………………」
 ちがうの。なんていっていいかわからないだけ。あなたとなにしてあそんだらいいか、どんなかおをしたらいいかがわからないだけ。
 わたしがなんにもいわずにいると、おんなのこはさびしそうにせをむけた。そしてすなばのほうへともどろうとした。
「……あ、あの……こん……」
「えっ?!」
 げんきよく、ふりむくおんなのこ。こんにちは、といおうとしたわたしのことばは、そのいきおいにおされて、またひっこんでしまった。おんなのこのきたいのしせんにおされて、またうしろにさがってしまうわたし。
「………………」
「ふ〜ん」
 おんなのこはまたせをむけて、すなばあそびにもどってしまった。わたしはかなしさでいっぱいだった。こんなわたしじゃ、あのこのそばになんていけないとおもった。だきしめたぬいぐるみのくまだけが、なにもいわずにわたしのことをみつめてくれていた。


 つぎのひも、あのこはすなばであそんでいた。わたしをみつけてこえをかけてくれたけど、わたしはまた、おへんじができなかった。ことばにつまればつまるほど、なにをしゃべったらいいのかわからなくなって、ますますこえがでなくなった。
 つぎのひも、そのつぎのひも、おんなじことがつづいた。あのこがかなしそうにせなかをむけるたびに、わたしはこころのなかで、そのこにあやまった。わたしのせいで、あのこにかなしいおもいをさせている。しっかりしなきゃ、おへんじをしてあげなきゃ……おうちにかえってから、わたしはおふとんのなかで、あのこにいうおへんじのれんしゅうをした。なんどもなんども、れんしゅうした。
 そして、なんにちかして。きょうもあかるくさそってくれるおんなのこに、わたしはおもいきって、れんしゅうしたおへんじをした。
「……ご、ごめんね」
「えっ?」
「ごめんね、ごめん……」
 きょうまでおへんじできなくてごめんね、かなしいおもいをさせてごめんね、おあそびのじゃましてごめんね……いろんなことをまとめて、わたしはあのこにあやまった。あのこなら、わらってゆるしてくれるとおもってた……でも、ちがった。きょうまででいちばんかなしそうなかおをしながら、そのこはちいさくつぶやいた。
「そう……そうなの。うん、こっちこそごめんね。それじゃ……」
 おんなのこはしたをむいたままでせなかをむけると、すなばにはもどらずに、そのままはしってこうえんをでていった。
「………………」
 ゆるしてもらえなかった。いえにかえったわたしは、そのままよるまでなきつづけた。

                 **

 小がっこうに入って、クラスのなかで班わけをすることになった。
「すきな子どうしであつまっていいわよ」
 そう先生がいったとたん、クラスのみんなは席をたって友だちどうしで手をつなぎはじめた。みんなうれしそうにしながら、なかのいい友だちとおしゃべりをはじめた。こっちにおいでよ、いやボクたちといっしょじゃなきゃイヤだって声が、きょうしつのあちこちからきこえてきた。
 わたしはきょうしつの真ん中で、いすに座ったままクラスのみんなをながめていた。
 いっしょになりたい友だちなんていなかった。さそってくれる子もいなかった。このクラスに入ったとき、はなしかけてくれた子は何人かいたけれど、今はもうそれもいなくなった。はなしかけてくれた子はみんな、わたしがへんじをしようとする前に、つまらなさそうなかおをして行ってしまうのだった。そのときのみんなは、あの砂ばの子がさいごにみせたのと同じかおをしてて……そのかおをみてしまうと、わたしはもう、なんにもいえなくなるのだった。
「あさ美ちゃん、どうしたの?」
 ふと気がつくと、先生がわたしの前にたっていた。
「きぶんがわるいの? ほけん室にいきましょうか?」
 ふるふる。先生をみあげたまま、首だけをよこにふるわたし。
「そうなの。だったら、なかよしの友だちのところに行ったら? ほかのみんなは、もう班に入れてもらってるみたいよ」
 ぼんやりと首をまわすと、きょうしつのかべぎわにいくつかの班ができていた。みんな、たのしそうに同じ班のみんなとおしゃべりをしていた。まだ班に入ってないのは、先生とわたしだけだった。
「ねぇ、あさ美ちゃん、のり子ちゃんの班に入れてもらったら?」
「…………でも」
 せっかくたのしそうにおしゃべりしてる、のり子ちゃん。わたしのせいでかなしい思いをさせるのはイヤだった。クラスのほかのみんなにも、おにもつになるのはイヤだった。
「のり子ちゃん、あさ美ちゃんも入れてあげてちょうだい」
「えぇ〜〜っ!!」
 のり子ちゃんの班のおとこの子が、のり子ちゃんよりさきに声をあげた。
「すきな子どうしでいいって言ったじゃない? あさ美ちゃんは、すきじゃないもん」
「あさ美ちゃんって、のろまだもんな〜」
 のろま? のろまってなんだろう。わたしのことかな……わたしみたいなのを、のろまって言うのかな、しらなかった。
「そんなこと言っちゃダメでしょう? たかし君、あなたのところはどう?」
「いりませ〜ん」
 となりの班からきこえるげんきな声。きがつくと、クラスの班みんなが先生とわたしのほうをみつめていた。どの子のめも、うちにはこないでって言っていた。うちにだけはこないでって。
「しょうがないわね……」
 先生は困ったかおをした。そのとき気がついた。だれもかなしまないようにってわたしが1人でいようとしても、かわりに先生が困るんだって。わたしが“のろま”だから、いつもだれかを困らせてるんだって。


 ひるやすみ。あれから先生に入れてもらった班のみんなと、机をくっつけて給食をたべた。班のみんなはさっさと食べおわって、校庭にあそびにいった。わたしはまだ半分も食べていなかったのに。
「…………」
 くっつけられたままの机。それをながめながらわたしは給食を食べつづけた。班のみんなはもう外に行ってしまった。きょうしつの中でおしゃべりをしてる子もいたけれど、その子たちはべつの机のほうにあつまって、おはなしをしていた。わたしの机とくっついた机やいすには、だれもすわっていなかった。
「…………」
 ひとことも話しかけてこないみんな。話しかけようともしないわたし。班のみんなはなかよしの子のほうばかりを向いて、わたしには背中を向けていた。みんなのせいじゃない、わたしが“のろま”だからいけないんだけど……それでもおなじ班になってるせいで、プリントや宿題はまわってくる。そんなときに、ちょっとだけわたしのほうを向く班のみんな。そんなふうにしてもらうことが、なんだか悪いみたいで。せっかくたのしそうにおしゃべりしてるみんなのじゃまをしてるみたいに思えて、わたしはますますみんなの中に入れなくなっていた。
「…………」
 みんなの机といすが、わたしの目の前にのこっている。給食を食べるのがおそいわたしを、もんくも言わずに待ってくれてる。おしゃべりがすきな班のみんなと、いつもいっしょにいる机さん、いすさんたち……こんなふうにおきざりにされて、さびしがっているのかな。しゃべる口も、かけだす足もないからここにいるけど、わたしなんかといっしょにいること、ほんとうはおもしろくないのかな。
「…………」
 ごめんね……ごめんね、みんな。


「あさ美、きょうのがっこうはどうだった?」
「……ふつう」
「べんきょうのほうは、ちゃんと分かるか?」
「…………(こくっ)」
 ゆうしょくのたびに、わたしにがっこうのことを聞いてくるお父さん。まだ食べ終わってないわたしは、いつものようにおへんじをしていた。うそは言ってない。いつもとかわらない、ふつうの1日だったから。
「そうか。なかのいい友だちはできたか?」
「…………」
「どうした、いじわるな友だちがいるのか?」
「……(ふるふる)……」
 うそじゃない。なかのいい子もいなければ、わるい子もいない。いじめられてるわけでもない。ただ、きょうもいっぱいいっぱい、みんなに迷惑をかけちゃった……それだけ。
「そうか。こまったことがあったら、なんでも父さんに言いなさい」
「…………(こくっ)」

                 **

 わたしの世界がかわったのは、それから数年後のことだった。図書室でふと手にとったその本が、あたらしい世界のとびらを開けてくれたのだ。
【白雪姫】
 もちろん白雪姫のお話はしってる。小さいころから友だちのいなかったわたしは、ひまなときは本ばかり読んでいたから。継母にきらわれて毒リンゴを食べさせられたお姫さまが王子さまのキスでめざめて幸せにくらす……そういうお話だった。やさしい王子さまにあこがれながらも、自分には王子さまなんて来てくれないんだろうな、なんて思っていた夢物語。それがわたしの持っていた白雪姫のイメージだった。
 ところが、このとき手に取った挿し絵いっぱいの白雪姫の本は、それとはまるで違ったお話のように見えた。
「……楽しそう」
 その本の中では、お城から追い出された白雪姫が森の妖精さんたちとなかよく踊っていた。人間がだれも入ってこない森の中だというのに、妖精さんたちはいっしょうけんめいにお姫さまをなぐさめてくれていた。お姫さまも妖精さんたちと打ちとけて、毎日を楽しくすごしていた……そんな様子が、この本にはたくさん載っていた。とても楽しそうにえがかれていた。
 子供にしかみえない妖精さん。寂しいときでもいっしょに遊んでくれる、親切で陽気な妖精さん。いじわるな人たちにはみえない、わたしだけのお友だち。
 わたしは図書室で妖精さんの本を読みまくった。そして妖精さんの友だちになれるのが、わたしと同じように寂しがりで、1人で森の中に入って泣き出すような子供なんだってことを知った。流行とかお金とかにとらわれない、気持ちのきれいな子供たちなんだってことを知った。わたしはうきうきしながら放課後を待った。


 ……そして、わたしと妖精さんとの出会いは意外なところから始まった。
「……はぁ、ふぅ」
 妖精さんに会いたくて、森を見つけようと近所を歩きまわって……でも森なんて見つからなくて、途方に暮れていたその日の夕方。わたしは近くの公園のベンチにすわっていた。小さい頃からよく遊びに来た公園。楽しい思い出も悲しい思い出も、たくさん詰まった小さな公園。
「…………あ」
 公園の砂場では、小さな子供が1人で遊んでいた。ぬいぐるみを向こう側において、砂のお城を作りながらぬいぐるみに向かって話しかけていた。返事をしないぬいぐるみを相手にしながら、その子は楽しそうに笑っていた。
「…………同じ」
 小さいころのわたしを見てるみたいだった。わたしだってぬいぐるみは持ってる。ぬいぐるみに向かって話しかけたことも何度もある。それだけで満たされていたあのころ……ぬいぐるみの返事が聞こえるような気がしていた、あのころ。あのころは寂しいなんて思わなかった。大好きなぬいぐるみは自分のことも大好きでいてくれると、ずっと信じてた。自分がだれかに嫌われるなんて、考えたこともなかった。
「…………あ」
 どうしてだろう。自分の大好きなぬいぐるみのことは信じていられるのに、どうしてクラスのみんなからは嫌われてるって思ったんだろう。そのクラスのみんなが使ってる机や椅子を目の前にして、寂しい思いに駆られるのはどうしてなんだろう。
「…………そっか」
 わたしは家に向かって駆けだした。妖精さんのいるところが、ようやく分かったような気がした。妖精さんはきっと、わたしのすぐそばにいてくれてる。わたしが好きなものの中にいてくれてる……わたしが大好きになれば、きっと妖精さんは出てきてくれる。妖精さんなんかいないと思っているから見えないだけなんだって。


 次の日。給食を終えてみんなが遊びに行ったあと、1人で残ったわたしは教室の机さんたちに向かって話しかけてみた。
「……あの、机さん……」
 昨日の夜、ぬいぐるみの妖精さんは思ったとおりに出てきてくれた。わたしが気づくのをずっと待ってたって言ってくれた。そして夢の中でたくさんのお話をした……そして教えてもらったんだ。妖精さんはいろんなところにいるんだって。わたしが気づいて話しかけてくるのを、ずっと待ってるんだって。
「……机さん……」
 妖精は恥ずかしがり屋だから小さな声で呼ぶように。ぬいぐるみさんに教わった通りに、わたしは目の前の机に向かって呼びかけた。ほかの人の机だからって関係ない。麻美のことを嫌ってる人の机だから、机さんも麻美のことを……そう思うから妖精さんの声が聞こえないんだって、ぬいぐるみさんが教えてくれた。大丈夫、麻美ちゃんが好きになってあげれば、妖精さんも好きになってくれるよって。
 ……でも、机さんは何も答えてくれない。窓さんや黒板さんにも呼びかけてみたけど返事はなかった。そうやってるうちに昼休みが終わり、クラスのみんなが教室に戻ってきた。教室はまた騒々しい雰囲気に戻った。
《あきらめちゃダメだよ、麻美ちゃん、ふぁいと、おー!》
 くじけそうになる度に、ぬいぐるみさんはわたしを励ましてくれた。初めて仲良くなれた妖精さんの言葉を信じて、わたしは次の日も次の日も、あちこちで妖精さんを捜した。そして2週間後、教室の妖精さんの声が初めて聞こえた。

                 **

 私が妖精さんとお友だちになれて、しばらくした頃。
 もうその頃には、私は妖精さんとお話をするのが日課になっていた。昼休みは教室の妖精さん、放課後は公園の妖精さん、夜は自分の部屋の妖精さん。お父さんたちや他の人に話しちゃダメだよって妖精さんが言うので、私は誰にもこのことを話さなかった。
 初めてできた私だけのお友だちが嬉しくて嬉しくて、私は日が暮れるのも忘れてしゃべり続けた。大きな声を出す必要も、上手にしゃべる必要もない。私が言いたいことを言い終えるまで妖精さんは待ってくれるし、どんな話にも真剣に答えてくれる。ときには妖精さんのほうから、季節の変わり目や綺麗な花のありかなどを教えてくれることもあった。クラスのみんなとの仲は相変わらずだったけど、私は以前ほどそのことを気にしないようになった。
 そして私の新しいお友だち。それを教えてくれたのは、公園のベンチさんだった。
《麻美ちゃん、ボクの下を覗いてごらん》
「うにゃあぁ〜」
 ベンチさんの下には、仔猫さんの入った段ボール箱がおかれていた。仔猫さんは私と視線が合うと、甘えるように鳴き声をあげた。差し出した手のひらをなめる小さな舌が、ちょっとだけくすぐったかった。
「……お腹、すいてるの……?」
 そう私がたずねると、仔猫さんは瞳をきらきらさせながら首をかしげた。妖精さんのように言葉で答えてはくれない。それでも今の私には、鳴き声や仕草だけで仔猫さんの言いたいことが分かる気がした。仔猫さんは私のことを待っててくれたんだって、素直にそう思えた。
「…………おいで」
 ふわふわして柔らかい、それでいて骨の感触があって重みもある。生き物独特の抱き具合が、腕の中から伝わってきた。私は公園のベンチさんや滑り台さんにお別れの挨拶をすると、仔猫さんを大事に抱えて家に帰った。


 お父さんとお母さんに見つからないように、私は仔猫さんを自分の部屋まで連れてきた。わざと残した夕食のミルクをあげると、仔猫さんは小さな舌をぺろぺろ出して美味しそうにミルクをなめた。
 可愛い。
 私は部屋のみんなに、新しいお友だちを紹介した。ぬいぐるみさんもベッドさんも、やさしく仔猫さんを歓迎してくれた。ミルクを飲み終えた仔猫さんは、すぐにうとうとし始めた。仔猫さんの喉を指で撫でてあげると、仔猫さんはくすぐったそうに身をよじって私の指にまとわりつき、またすぐに丸くなってしまった。可愛くて面白くて、私は何度も仔猫さんをからかって遊んだ。
《麻美ちゃん、寝かせてあげなよ。寒い公園でさっきまで我慢してて、きっと疲れてるんだよ》
 タンスさんにそう言われて私は指を引いた。仔猫さんは安心したように、ベッドの下で小さく丸まった。もっと仔猫さんと遊びたかったけど……いいよね、明日も明後日も、ずっと仔猫さんは私のそばにいてくれるんだから。
「…………そうだ」
 私は椅子に座って、いつものように日記を書き始めた。お父さんに言われて書き始めた日記。お友だちと毎日楽しそうに遊んでる日記……お父さんは学校のお友だちだと思うだろうけど、この日記に出てくるのは、本当は妖精さんのお友だち。妖精さんとの秘密がいっぱい詰まった日記。
 その日記に、今日から新しいお友だちが加わる。自分の足と声を持っていて、私が行くところにどこまでも着いてくる、頼もしいお友だちが加わる。きっとこんなふうに……。
“だんだ、だんだ、だんだーん”

 きょうも元気にしゅっぱつだ!
 つよい、つよい、お姫さま。
がんばれ、がんばれ、みーちゃん。
(さぁ、いくよ、みーちゃん)
(にゃー、あさみ姫にゃー!)
 わたしたちは、むてきの2人
さぁ、しゅっぱつだ、しゅっぱつだ!

“だんだ、だんだ、だんだーん”
 こうして、仔猫さんの名前は“みーちゃん”になった。


 でも、みーちゃんとの楽しい日々はたった1日しか続かなかった。みーちゃんが部屋にいるのを見つけたお父さんが、私にないしょで捨てに行ってしまったから。
「みーちゃーん、みーちゃーあぁーん!」
 うちで猫は飼えないって言うお父さんとお母さんに、泣きながら一生懸命お願いして。私はお父さんといっしょに、みーちゃんを探しに雨の中を歩きまわっていた。真っ暗な夜の中で、街灯と懐中電灯だけを頼りに。お父さんがみーちゃんを捨てたという公園の中を、隅から隅まで。
「みーちゃーあぁーん! どこにいるの?」
 みーちゃんの声が聞こえない。雨の音にかき消されて、公園の妖精さんたちの声も聞こえなかった。でもみーちゃんはきっといる。雨の中で、震えながら泣いてる。
「みーちゃーん!」
「麻美、明日にしよう。今日はもう無理だよ」
 お父さんが止めに入ったけど私は聞かなかった。雨に濡れるのも泥だらけになるのもかまわずに、木々の間や排水溝の下、公園の外まで探し回った。すぐそこでみーちゃんが泣いているかと思うと、胸がつぶれそうに苦しかった。せっかく出来たお友だちがいなくなるのは、絶対にイヤだった。
「くしゅん、くしゅん」
「麻美! もういい!」
 思わず漏らしてしまったくしゃみ。それを合図に、お父さんが私を抱きかかえた。私はせいいっぱい暴れたけど、くしゃみと鼻水が止まらない。雨の音が遠くなり、目の前も霧がかかってるような気がする。
「風邪を引くぞ、もういいから家に帰ろう。雨がやんだら、お父さんとお母さんでまた探しに来てやるから。あきらめなさい」
「いやーっ!」
 私はせいいっぱいの声で叫んだ。お父さんにというより、公園のどこかにいるはずのみーちゃんに聞こえるようにと叫んだ。そしてそれを最後に、私の意識はとぎれた。

                 **

 そして、それから数年。年が明けて、高校生活最後の3学期が始まった。
 18歳になった今でも、私と私の周囲は変わっていなかった。みーちゃんを失った私は、2度と猫を飼おうとは思わなかった。両親や妖精さんたちは一生懸命に慰めてくれたけど、みーちゃんの抜けた穴を埋めることは出来なかった。みーちゃんはみーちゃんのままで……空想のなかの近衛騎士みーちゃんのままで、今は私の日記の中にだけ登場する存在になっていた。
 妖精さんは今でも私に話しかけてくる。学校でも家でも道端でも。クラス替えや進学のたびに妖精さんとお別れするのは悲しかったけど、新しい学校やクラスにも妖精さんはいてくれた。人間のお友だちが出来ないのは相変わらずだったけど、妖精さんたちのおかげで私は寂しい思いをせずにすんだ。中学でも高校でも、背が伸びても髪が伸びても、その意味では私は何ひとつ変わりはしなかった。
 そして、高3の1月。推薦入試に受かり、春から行く大学が決まった。他人と競争したり折り合ったりすることに自分が向いてないことは自覚していたので、推薦入学が決まったときは心底ほっとした。これでまだ子供の心のままで居られる。妖精さんと話のできる自分で居られると、そう思った。
 だけど、そこに通うには住み慣れたこの街を離れなければならなかった。学校や友達に未練はなかったけど、子供の頃からお付合いしてきた妖精さんたちと離ればなれになるのは寂しかった。でもそんなことを両親や先生に言えるはずもなかった。


 そして、よく晴れた1月の放課後。
 私は近所の公園で、妖精さんとお話をしていた。小さい頃から通った公園、子供好きの妖精さんがたくさん住んでいる公園。もうじきお別れの日が来るなら、少しでもたくさんのことをお話ししておきたい。
 子供向けの公園の中央で、じっと立ちつくす女子高生。端から見たら変な光景に見えるのかも知れない。子供連れのお母さんたちや近くを通る同級生たちが立ちつくす私を見つめた後、あわてて避けるように視線を外す様子が肌で感じられた。それでも別に構わなかった。妖精さんが見えない人には分かってもらえなくていい。こうしていることが私の至福なのだから。他の人になんと言われようとも。
 ……その日、うちの学校の制服を着た男の人が視界に入ってきたときも、私は彼のことを最初は気に留めていなかった。無視してたわけじゃないけど、いつものようにそのうち居なくなる……単なる動く景色だと認識していたから。この言葉を聞くまでは。
「ども、こんちは」
(ビクッ)
「あ、そんなに驚かなくても……」
「……」
 えっ、いまの言葉、私に?
 妖精さんとの会話の間に、乱暴に割って入ったその言葉。びっくりした私は、おそるおそる言葉の主に目の焦点を合わせた。うちの学校の制服を着た、男の人。初めて会う人。
「雨が上がって良かったスね」
(ビクッビクッ)
「そんでもちょっと寒いですけどね」
「……」
 初めて会うはずの私に、お天気の話を振ってくる男の人。両親や妖精さん以外の人と話すのは久しぶりなので、どうお話ししていいかが分からない。また以前のように、私に愛想を尽かして居なくなってしまうのかしら。もう慣れてるけど。
「…………」
 そう思ったのに。目の前の彼は、根気強く私の返事を待ってくれていた。私から視線を外さず、でも睨みつけてるわけじゃない、温かい眼差しで……このままじゃ、いけない。ちゃんとご挨拶しなきゃ。
「……」
「……あ、あのご丁寧に……」
「ん?」
「……こ、こんにちは」
「あ、ああ、こ、こんにちは……」
 ぎこちなく返事をしてくれる男の人。でもそれだけで、また私のほうをじっと見つめ返してくる。ひょっとして、私、なにか失礼なことでも言ったのかしら。
「……あの、なにか?」
「いや、晴れてよかったなぁと」
「……」
 晴れ。私はぼんやりと空を見上げた。冬らしい雲のない青空。そういえば公園の妖精さんに夢中で、空を見上げたことなんて、しばらく無かった。
「…………」
「…………」
「…じゃ、そゆことで」
 あっ……あの人が踵を返そうとしている。もう慣れきったはずのパターン。いつもなら、これで私とあの人の関係は終わり……それなのに、この瞬間、私の胸が高鳴った。何を話そうかと考えるより先に、思いがけない言葉が口から飛び出した。
「…あのっ、洗濯物が」
「洗濯物?」
 お天気がいいからって、反射的に出てしまった言葉。初対面の男の人に話す話題じゃない。でも今更、言葉を飲み込むことは出来なかった。
「…よく乾きます」
「そうっスね」
 相づちを打ってくれる彼。私はほっとすると同時に、ずぅ〜んと自己嫌悪に嵌った。何を言ってるの、神津麻美……言うに事欠いて、洗濯物の話題なんか出して。
「ところで先輩……って、先輩で合ってますよね?」
 ところが、私が悩んでいるうちに、男の人は別の話題を出してきてくれた。
「……?」
「あ、ほら……」
 制服を指さす彼。
「あ、俺は2年生なんだけど、その制服って確か3年生だよね?」
「………………」
 どうしよう、どうしよう。
「え、えぇっと……」
 なにか、言わなきゃ。
「……はい」
「はい?」
「……3年生です」
「あ、ああ……やっぱりな」
 彼は大きく頷いてくれた。今度は背中を向ける様子はなさそう。私、この人を悲しませないように、ちゃんとお話しできているのかしら?


 こうして、私と健二さんは出会った。妖精さんにお別れを言いに来たはずの公園で、人間のお友だちが初めて出来た瞬間だった。


その後の展開(あらすじのみ)

 自分の部屋で、健治との出会いを思い起こす麻美。これまで学校が変わっても変化は何もなかった、妖精さんさえいればいいと思ってた、だからこの街にも思い入れはなかった。……だけど、あの人はここにしかいない。今まで気づかなかっただけ……高校生活の残り、後3か月に思い出を作ろう。

 何を思い出にして良いか思いつかないうち、弁当を忘れる。そしてお餅の話をするクラスメイトのおしゃべりを聞いて決意……しかし、あまりの込み具合に呆然……そこへ健治登場

 力うどんを取ってきてもらうが「これじゃだめなの」。そこでコーチ役を買って出てくれる健治に「どうして……そうやって、私なんかの世話を焼いてくれるの?」そう思ったが言えずに「……お名前を……」


 しばらくして、教室で妖精たちにお別れを言っているところに健治が到着。なぜかつらそうな健治。その直後、高校でただ一つの思い出である写真を見られる。


 健治と一緒にゲームセンターへ。健治の友人たちに紹介……今まで気づかなかったこの街の魅力を健治を通して見ているようで、「あなたは、いったい何者なんですか……どうして、今になって」

 麻美の日記の中で。いろんなものを見せてくれる健治は、親切な魔法使いの役。妖精たちの一部、という意識がまだある。

 商店街で、健治と歩いているところを子供に冷やかされて、我に返る。健治さんは妖精なんかじゃない、現実の人なんだって……ちょっぴり勇気を出してキスをする2人。

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