To Heart SideStory
思い出の公園Dual
このSSはWindows版 To Heart のネタばれを含みます。
本編の感動のシナリオをあらかじめ堪能してからお読みください。
初出 1999年04月25日
(PlayStation版発売1ヶ月記念)
written by
双剣士 (
WebSite)
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昼下がりの公園に、ぽつりとたたずむ少女の姿があった。たった一人で俯いている彼女の姿は昼間の公園には奇異なものであったが、声を掛ける者は一人も居なかった。彼女の思い詰めた表情が、その裏にある心情を雄弁に物語っていたから。
浩之ちゃん。
私、どうしたらいいの?
浩之ちゃんに冷たくされて、私とっても寂しかったんだよ。
浩之ちゃんの気持ちが知りたくて、ずっとそればっかり考えて、気がついたらこの公園に来てたんだよ。
小さい頃からの、浩之ちゃんとの思い出がいっぱい詰まった、この公園に‥。
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ヒロユキ。
アタシ、どうしたらいいのカナ?
ヒロユキともう会えなくなるって聞いて、アタシ眼の前が真っ暗になったヨ。
ヒロユキがアタシのことどう思ってるかが知りたくて、そればっかりが気になって、いつのまにかこの公園に来ていたヨ。
子供の頃の、ヒロユキとの大切な思い出が埋まっている、この公園に‥。
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一緒に背比べをした木の傷。手を繋いで漕いだブランコ。泥んこになるまで遊んだ砂場。10余年の時が過ぎても何一つ変わらない光景に包まれて、傷心の女子高生は過去の回想へと思いを馳せた。
まだ、ほんの子供の頃。
私たち、この公園で隠れんぼして遊んだんだよね。
私が鬼になって、隠れたみんなを見つけられなくって‥そのうちに陽が暮れて。寂しさと心細さで泣き出しちゃった私のところへ、浩之ちゃん、迎えに来てくれたんだよね。
嬉しかった。
浩之ちゃんはバツの悪そうな顔をしていたけど、浩之ちゃんの優しい気持ちが胸の奥まで伝わってきて、とっても暖かな気持ちになれたのを今でも覚えてる。
その時まで、いじめっ子の怖い男の子だと思っていた浩之ちゃんのことが気になり始めたのは、そのときからかな。
浩之ちゃんはもう覚えてないかもしれないけど、私にとっては大切な、とっても大切な思い出なんだよ。
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まだ、ほんの子供の頃。
迷子になったヒロユキがDadと一緒にアタシの家に来て、お母さんが見つかるまでってことで、アタシと一緒にお庭の砂場で新婚さんPLAYをしたんだよネ。
アタシたちはすぐに仲良しになって、そしてあれからヒロユキは毎日うちに来てくれて、一緒に遊んだんだよネ。よく覚えてるヨ。そしてある日、近所の公園に一緒に行って。お願いをかなえてくれるって言うこの木の根元に、二人のお願いを書いた紙を小瓶に詰めて、埋めたんだよネ。
でも、じきにDadの仕事の都合でその家を出なきゃいけなくなって。ヒロユキとお別れしなくちゃいけなくなって。寂しくて寂しくて、アタシずっと泣いてたんだよ。
もう一度あの男の子に会いたいって思ってた。あの木の下に埋めたお願いがかなって欲しいって、長いこと長いこと願ってた。
一期一会のチカイっていう言葉を覚えたのは、それから随分経ってから。
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太陽が西に傾き、遊びに来た近所の小学生たちの声が公園に響き始めた。その声を機にして心の中の思い出が徐々に色を帯び、季節は移り変わり・・・仲の良い友達としての関係がいつまでも続くと思っていた、つい最近までの自分たちへと彼女の心象風景は切り替わった。
雅史ちゃんや志保と知り合い、一緒の高校に通うようになった私たちだけど、私はずっとお下げ髪を通してきた。
志保なんかは子供っぽいって笑ってたけど、私は浩之ちゃんの好きな私で居たかったから。
覚えてる? 浩之ちゃん。
私のお下げ髪を似合ってるって言ってくれたの、浩之ちゃんなんだよ。
だから、浩之ちゃんが来栖川先輩のことを髪が綺麗だって誉めてたのを聞いた時には、なんだか悲しい気持ちになっちゃった。私だけが子供のままで、浩之ちゃんが私を置いて先に行ってしまうみたいな気がして。
だから、思い切って髪型を変えて見たの。浩之ちゃんに嫌われないか、それだけが気になってたんだけど、気に入ってもらえて本当に嬉しかった。
あぁ、こうして思い出してみると、ずっと浩之ちゃんのことばっかり考えてたんだね、私って。
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数年たって、日本にComeBackしたアタシは、日本のHighSchoolに通うようになった。
子供の頃の思い出は決して忘れてはいなかったけど、相手の男の子の顔や名前は薄れてしまっていたから、大切な思い出として胸の奥に仕舞っておいたノヨ。
だから、通ってたHighSchoolでヒロユキに出会い、ヒロユキのことが気になり始めたのは不思議な偶然。きっかけになったのは、ヒロユキが迷子の男の子の世話をしているのを商店街で見掛けてから。
アタシも、迷子の子を見ると放っておけないタチ。きっとあの思い出のせいネ。だからヒロユキの気持ちが良く分かったノ。本当は優しい人なんだって思ったノヨ。
もっとヒロユキのことを知りたいと思った。だから思い切って話し掛けて見た。ヒロユキは最初は戸惑ってたけど、『子供、好き?』って聞いたらYesって言ってくれた。思った通りの優しい笑顔で。
それから、アタシとヒロユキはいろんな話をするようになった。他愛もない話だったけど、ヒロユキと話をしてる時はとっても楽しかったヨ。本当ダヨ。
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二人の女子高生は、同じタイミングでふっと吐息を漏らした。瞳の中に優しい光が宿り、思い詰めていた表情が少し和らいだ。そしてしばらく後、ベンチに腰掛けた赤毛の少女の顔に赤い色が射し始めた。あたかも木の根元にたたずむ金髪の少女の顔色と連動するかのように。
浩之ちゃんはいつか気づいてくれる。
私にとって浩之ちゃんは、いつしか幼なじみ以上の存在になっていた。ゲームセンターに行ったりカラオケに行ったりしても、いつのまにか私の視線は浩之ちゃんだけを追いかけるようになっていた。
学校の渡り廊下で、浩之ちゃんが『お前、いま、好きなヤツはいるか?』って聞いてきた時には、どきどきして心臓が飛び出しそうだった。小さな声で『‥居るよ』って答えるのが精一杯だった。浩之ちゃんはぎこちない笑みを浮かべて行っちゃったけど、きっと本当の気持ちは通じてるんだと思ってた。
そして、風邪で学校を休んだ日。浩之ちゃんが一人でお見舞いに来てくれた。あの不愛想な浩之ちゃんが私のわがままを聞いてくれる‥嬉しくて、嬉しくて、つい『‥ずっと、そうしてて』って甘えちゃった。そしたら浩之ちゃんは、ずうっとおでこを撫でててくれて‥あの日の浩之ちゃん、とっても優しくって‥そして、私たちは‥。
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『ヒロユキ、アタシのこと、どう思ってる?』
『俺は、すご〜く魅力的だと思うぜ』
『ヒロユキ、好きな人いるの?』
『今のところ、いないぜ』
『ホント?』
『レミィってさ、沈魚落雁閉月羞花だな』
『ヒロユキ、お上手ネ』
ヒロユキとの会話はいつだってExcitingで、毎日がワクワクの連続だった。Family Restaurantで会ったり、商店街でデートしたり‥楽しくて楽しくて、明日が来るのが待ち遠しくて仕方がなかったヨ。
でも、メグミのお母さんを探して一緒に商店街を歩いて‥そのときの話で、子供の時の男の子がヒロユキだって聞いた時には、ホントにびっくりしたワ。もう会えないと思ってたあの子が、こんなに近くに居たなんて。
あの日、帰ってからすぐ神様にお祈りしたワ。これが運命でなくて、なんだとイウノ? あんなに好きだった男の子と、大好きなヒロユキが同一人物だったなんて。そして、そうと知る前にこんなにもスキになってたなんて。
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そのころ藤田浩之は、夕暮れの町を駆けていた。彼女は俺が来るのを待っている‥俺を信じて待っている。そう思いながら駆けつづける彼の胸に、ふいに彼女への愛おしさが沸き上がってきた。これまでの言動に含まれていた彼女の思いが、はっきりした形となって浩之の脳裏に次々と浮かび上がり、走馬灯のように明滅を繰り返した。
それなのに。
あの晩から‥急に冷たくなった浩之ちゃん。朝起こしに行っても先に学校に行っちゃってるし、話し掛けても答えてくれないし‥公園でやっと捕まえたと思ったら、『もう会いたくない』なんて‥。
私、何か悪いこと、した?
恋人になりたいなんて、こんなことなら願うんじゃなかった。浩之ちゃんのそばに居られるなら、私はそれだけで良かったのに‥浩之ちゃんに嫌われるくらいなら、今まで通り幼なじみで居る方がずっと良かったのに‥。
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それナノニ。
今でも頭から離れない。あの日、学校から帰ってきたアタシを迎えてくれたDadの笑顔が。世界を真っ白に塗り替えてしまったあの一言が。
「喜べHelen、USAに帰れることになったぞ‥あと4日で、懐かしい故郷の土が踏めるんだ!」
アタシが喜ぶに違いないと思ってるDadと、少し複雑な表情をしたSyndy‥アタシは泣き出したい気持ちになった。
またなの? ヒロユキがあの男の子だって分かって、まだ3日ダヨ? たった1週間で、またヒロユキとお別れしなきゃならないの?
そんなの、絶対にイヤ!
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二人の少女は、同じタイミングで愛しい少年の名をつぶやいた。そして、その名を呼ぶもう一人の少女の存在にこのとき初めて気が付いた。
二人は怪訝な表情を浮かべながらも、軽い会釈を交わして背を向け合った。二人が待っているのは藤田浩之だけ。第三者のことを気遣う余裕など、今の彼女たちには無かったから。
そしてその藤田浩之は、近所の公園への道を息を切らしながら駆けつづけていた。
浩之ちゃんは、きっと来てくれる。何も言わなくたって、私との思い出に気が付いて、きっと会いに来てくれる。この思い出の公園へと。
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ヒロユキは、きっと来てくれる。何も言わなくたって、アタシとの思い出に気が付いて、きっと会いに来てくれる。この思い出の公園へと。
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神岸あかりと宮内レミィは、信じて待ち続けた。陽が沈み、辺りの喧燥が消え去っても、ひたすら信じて待ちつづけた。
そしてついに。すっかり辺りが暗くなった頃、彼女のいちばん会いたかった少年が、公園の入り口に駆け込んできた。
ところが、少年は二人には眼もくれず、入り口の電話ボックスの脇に立つ白いドレスへと向かって行った。
「‥せんぱーい、せんぱーい! 芹香せんぱーい!‥ええっ!? パーティを抜けてきたってぇ!? い、いいのかよ、今日の主賓だろ?」
「‥‥‥‥」
「‥え? どんなパーティよりも、オレと二人きりでいれたほうがいいって?」
こくん。
藤田浩之は、最愛の女性を力いっぱい抱きしめた。世界は二人のものだった‥そう、二人だけの、ものだった。
Fin.
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