DISTANCE AWAY, I THINK OF YOU. |
- 日時: 2013/01/08 00:00
- 名前: 迅風
- 参照: 水蓮寺ルカ誕生日記念小説
- DISTANCE AWAY, I THINK OF YOU.
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やぁ、諸君。おはよう、それともこんにちはと言うべきかこんばんわと告ぐべきか。
まずは自己紹介の一つでも一応、しておこうかと考えるので聞くがいい。
私の名はリィン=レジオスター。肩書きは神父だ。
そんな私は悩むよ。現在進行形で悩んでいる。
まったくもって面倒くさい。読者諸君が――というか私が語り手として語っていく過程で現在の時刻は朝の五時半とか、世間一般で言う比較的早い時間帯だからだよ。読者諸君が何時頃に私の血涙を流しながら語った事を読むのか当然ながら知るわけもない。
第一、語り手みたいな事やった事ないぞ私は?
第二に何故、私は語り手を任されているんだと言う話だが。そこは神に仕える者として寛大な心と雄大な男らしさに免じて嫌々ながらも仕方なくも引き受けてやるとしよう。
なにせ、そうでないといないからな。語り手が。
そこを考えると涙の一つも出てくるなぁ、本当。あの少年は正月を越えて尚、男友達が求婚者しかいないと言うのは可哀そうな話だよ、本当。――とでも言うと思ったか? はっはっは、私が言うわけないじゃないか。だってアレ、種族としてはリア充だぞ? 不幸体質とか周囲に良く言われているが私や世の一般男子から言わせてもらえば美少女を囲っているリア充に相違ない。過去には幼馴染と色々あったと前に訊いているし正直呪い殺してやりたい、あるいは、この手でパーンと銃殺の一つでもやれたらスカッとしそうだ。
する気はないがな。
しかし少し考えただけで本当にアレだな。女性関係に恵まれてはいるが男子友達がああも少ないと不安にもなってくる。先輩として野々原楓やら冴木氷室といった執事がいたと訊くが昨今は全く見かけないし、同学年の東宮康太郎に関しては中々絡み所がない。他に男の知り合いと言えば年下の大河内大河だが全く関わりない。唯一友好的だった橘ワタルに関しては学校にすらいない始末だ。
南野宗谷? 誰かなそれは?
奴は男友達を作る気があるのだろうか。それともこのまま女子だけ囲ってハーレムでも建設するのだろうか――と言いたいところだが、その気は無いだろう事くらい見ていてわかる。わかるからこそ、爆ぜろリア充と皆と一緒に叫びたい。
いや、いっそ折角だし叫ぶか?
世の中の彼女持ちや、初々しい恋愛模様を繰り広げる輩や、女性に困らない諸人達に対して折角なので、刺客のごとく殺したい気持ちを胸に抱いて胸に突き刺さる様な思いの丈を猛々しく吠えてみるのも一興だろうか、一考してみようかと考える。
決めた。しよう。叫ぼう、諸君。
なに? 本当に考えたのかって? 一行ですでに結論が出てきたぞって?
はっはっはっ、そんなもの考えるまでもなく感じたままに我がまま通してみようかなと考えた時点でやる事は決定していたに決まっている。叫ばずして終れない。叫ばざるでは始まりもしないのだよ。
なお叫ばなかった男は後で呪殺するから覚悟しておくように。
何故かって? 叫ばないって事はモテ組って事なんだろう? 自分に被害が来る事を恐れているからこそ叫ばない選択肢を選んだって事だろう? だったら叫ばなかった者に負の報いを味合わせてやることのどこが悪い。
後、当然女子は除外だから安心してくれ。
私が憎むのはあくまでモテ組の男子だけだからね。女子に危害を加える様な腐った男ではないのだよ。昔、額に矢がグサった程度の秋葉のロード=ブリティッシュは女性には優しい事で定評がある。特に二次元の方々に関しては寛大だ。
まあ前に私の居場所奪おうとしてた女を一人呪おうとしたけれどな。
だが気にしない。言っててふと思い出した程度の浅い記憶だから。
さてこんな話はもういいな。それじゃあそろそろ始めようか。そう皆お待ちかねの本題へ入るわけだ。それじゃあ息を大きく吸って準備しているといい。三、二、一、〇で合わせていくからな。
は? それ本気でやる気だったの? だって。
当然だ。神に仕える者は嘘はつかない。有言実行七転八倒至上主義だ。なに、七転八倒入れるなよ? 入れたかったんだから仕方がないだろう、意味も無くそう言いたくなる時は人生で何度だってあるさ。ニュアンスが、感情が感覚的に伝わりさえすればそれでいい。
さて、いよいよ始めるぞ。
声、高らかに恋えた奴らへ制裁ならぬ声裁をブチギレ気味に君へ届けようじゃないか。人生を満喫している奴らへ人生を満喫し損なってる奴らが今叫ぶからな。
特に私は人生を満喫死そこなってる程だから呪いの域だが容赦しない。
じゃあ数えるぞ。
さーんっ!! にーっ!! いーっち!!
爆ぜろリア充ッ!!!!
……ふぅっ!! 叫んだら喉が渇いたよ。えーっと、水、水……くう、沁みるな。前に感染してそのままの虫歯に浸みる。いや嘘だけど。虫歯はもうないけど、折角だから忘れた頃の話ってのを思い出して呟いてみた。
一四〇字呟きとかも興味あるぞ。アカウント取ったからな。
何時でもフォローしてくれて構わない。
まぁ、その話はどうでもいいか。とりあえずやるだけの事はやった。今の私はさながら仕事帰りのサラリーマンのごとく充実感と疲労感に溢れているよ。呪力を大分消費した。なに、霊力じゃないのかって? 無理無理、悪霊だから。
しかし困った事に此処で終わると私、絶対怒られるよな。
何の為にやったのこの語り、とかって具合に絶対、読者諸君が南無阿弥陀仏とかイジメみたいに唱えられてしまう未来しかないじゃないか。それはゴメンだ。新アニメで面白そうなものだってたくさんあるのに天へ昇りたくはない。出来るならアニ○イトへ行きたい。
ああ、また話が脱線したな、すまない。
これだから語りとか厄介なんだ。とはいえ私しかいないからなあ……。
あいつも私以外に身近な話せる奴がいればいいんだが。悪霊ながらもあいつに憑りついているのは、結構対人関係に心配しているからなんだぞ、こう見えて。
決してアニメとか漫画は関係ないからな。
消えたら娯楽に没頭できないとかそんな理由はないからな。本当だぞ?
……ま、自分がいなくなったらアイツはどうするのかな、とか時々考えたりもするんだ。
ホ○ワーツ魔法魔術学院のゴーストでもあるまいし、幽霊な私は悪霊だ。何時まで、何処まで、彼の成り行きを見守っていられるかとかアニメのCMの最中に考えたりするんだよ。
ただまあ最近は、そんな心配もなくなってきそうな気配で少し安堵した。
別の心配は湯水の様に湧き出てくるけれど、そこはあいつの行動次第だろう。私がとやかく言う問題でもない。
そしてそろそろ本当に、本題へ入ろうか。
なに、語りは苦手だが堅っ苦しくない程度に頑張るさ。素人の他愛ない日常話としてすらすら書物を読み進める様な手軽さで耳に入れてさえくれれば十分だ。
訊かない奴は呪うけどな。
え? そりゃあ呪うさ。人が話してる最中に耳を貸さない連中には罰を課さないと。神の教えだ。神父の仕事だ。久々に遣り甲斐のある仕事だなぁ。なに、寂しいだけで呪うなって? 誰が寂しいだ誰が。私は訊かれなくて寂しいとか思っていない!!
さながら自信満々に執筆し掲載したはいいが読まれない小説に嘆く小説家のように。
ふふ、この例えは恐ろしいな。実に恐ろしい。何が恐ろしいかは数多の人間が感じうるところだよ。
さて、と。
脅迫はここまでにしておこう。まあ、語りは不真面目にやるけど内容は真面目だ。心してまで訊く必要はないから安心して熱心に心読するといい。
ではっ。
これから私が語り部するのは一人の執事と一人のアイドルの話というやつだ。
日にちは一月八日の物語。
ちょうどアイドル君の誕生日だ。とどのつまり、これから私が語ってゆくのは、なに。アイドルなんてそんな大層なものじゃあない。一人の女の子の誕生日を祝う為に一人の男の子が御馳走振る舞うごとく駆け走る。
そんなつたない、他愛ない、彼女だけに向けた愛情のヒストリーというやつだ。
文章に残されている事を後で知って羞恥に身悶える事を切に期待するよ。
でなければ語る意味がない。
そうそう、それともう一つ。言い忘れていたが私が語るのはあくまで不幸で不運で間の悪い執事に対しての話だけだ。いや、アイドルの方は語れないだろう。私、あいつの悪霊だし。そこまで行けないしな。
じゃあいい加減、物語っていくとしようか。
たった一日。
だけれど世界中の誰もが誰だって主人公をヒロインを張れる――、神様が決めた良き日の話を。
それじゃあ良い子の諸君。一つ、常套文句じみた一文を送ろう。
この小説を読む時は、気分を明るくして、文面に食い入る様に読んでください。
1
私はポ○モンのポ○ゴンを許してもいいと思うんだ。あの子は悪くない。
なに、場面転換したんじゃないのかよ唐突になにさってかい? なに、自分で言っておきながらふと思い出したんだよ、何であんな注意文章が誕生してしまったのかってね。その原因となってしまった存在に対して思い出してしまったのだからしょうがない。
本日、一月八日よろしく『いーや』と気楽に許してしまえばいいのにと思うよ。
とはいえ起きたのは確か一二月一六日だったし関係も無いか。
あれから何年経つんだろうな。映像技術による影響なのだから許してやるのが得策だと私は思うのだが、大人の事情とは中々に奇特なものだ。
っと、そんな事を言っている間に彼は起きた様だ。
普段、数時間しか睡眠時間を取らないが今日は縁起願に、疲労回復に時間を掛けて思いも懸けた少年が心地よい朝を迎えた様子で欠伸交じりに起床する。
起きた後に傍にある置時計の時間を一瞥し時間的な余裕は大丈夫そうだと認識するとベットからむくりと上体を起こして毛布をはぐと、さっと床へ足を下し洋服棚から執事服を取り出した。
執事服。
そう彼にとっての勝負服の様なものだ。決して誰か女子と勝負するわけではない。人生的な意味での勝負服だ。手馴れた手つきで服を着替えだし、気分を切り替える。
という流れを見るのは同じ男同士なんの興味も無いので私は同じく起きて着替えだしている頃合いだろうメイドの元へ壁をすり抜け、法の壁もすり抜け読者へ提供しようと思った。
何故、過去形なのかって?
いや襟首掴まれて窒息しそうなんだよ今。「神父さん、朝から何をしようとしてんですか?!」って言いながら彼が首を絞めてくるんだよ。本当、苦しい。霊体なのに。
「いや、読者サービスをちょっと……」
「何の話ですか!?」
そう言いながら「まったく相変わらずわけのわからん事を……」と言いながら手を放す。やれやれ話の分からん奴だよ。全世界の男子ご所望だと言うのに。
さて、そんな朝っぱらから首を絞めてきた執事について一応、適当に自己紹介を行っておきたいものと考える。
まぁ、良く知っているだろうから話すまでもないとは思うけどな。
我らが主人公、綾崎君ってやつさ。綾崎ハヤテ。彼を端的に説明するとするなら『一億五千万の借金を背負って執事になっている天然ジゴロなリア充』という奴さ。借金なんかほぼ帳消し状態になってる気がしなくもない程に恵まれている奴だ。
容姿は女顔、水色の髪に水色の瞳。華奢だがしっかりと男の子だよ。女の子に恵まれた、な。
EDになってしまえ。
今、何を酷い罵倒言っているんだよとか突っ込まれた気がするが私は気にしない。
EDって何ですかと首を傾げる純朴な心の少年少女らはエンディングの事だとでも思っていてくれたらいい。いや、そっちもそっちで意味的に終わっているか。やれやれEDの略にはいい意味合いがないな。
あるとしたらアニメのEDくらいだよ。アニメの偉大さがわかっただろう?
そして、そんな内心の罵倒を受けた彼はどこか不愉快そうな表情を一瞬浮かべはしたが、気にしてもしょうがないと思ったのだろう。
「まぁなんにせよ、おはようございます」
「ああ、おはよう。今朝も大袈裟に早起きで何よりだ」
「普通ですよ。執事ですから」
それだけじゃないだろうけどな。
朝の挨拶を交わす私たち。
それで? っと彼は疑問を浮かべながら。
「何で僕の部屋にいるんですか? 普段なら別室でアニメかゲームでも漁ってそうなのに」
「明後日にはやるって昨日言っただろう?」
「昨日って言っても遅かったですけどね。十時とかそんな時間でしたし。でも何で明後日なんですか?」
「おいおい……」
仕方ない奴だ。そこくらい読み取ってほしい。私が君の想いを汲み取った様にな。
「今日は大切な日だろ。そんな日に私が夜遅くまで騒いでいて眠れなかったでは申し訳なかったからだよ」
散々言われるのもゴメンだからな、と口にする。
そう言われると意外そうにきょとんとした表情を浮かべて、
「それは……、ありがとうございます」
フッハッハー!! いい感謝だ。もっと精一杯土下座のごとく感謝してくれても構わないからな!!
「何か急に感謝の念が消えました……」
おかしいな。顔には出ていなかったはずなのだが。
相変わらず妙に人はそう言う時に機敏だ。地獄耳とはよく言ったもの。
「それで? 今日はどうするんだ? 一応、手取りスケジュールくらい一つか二つ決めているんだろう? 爆ぜろリア充」
「ええ、それはまぁ当然決めてますよ。それはともかくさらりと罵倒は止めてください」
「ふん。女の子の為に誕生日を祝う為、孤軍奮闘する奴を死ねと考えて何が悪い。ハゲろリア充」
「そこはむしろ応援の意思が表れる場面じゃないでしょうか!? そして不吉な呪いを掛けないで!?」
「洗われた綺麗な心ならな。穢れきった私の心では無理だ。悪霊だけに。鯊ろリア充」
「そこで悪霊を強調するな!! 大して昔と変わってませんし!! そしてその魚の名前何人がわかるんでしょうね!?」
「変わらずに君の傍に憑き従う存在としてもっと丁寧に扱ってほしいところだよ。馳せ参じろリア充」
「少し変わって欲しい部分たくさんありますけどね!! 他はもう諦めましたが!! 現れたら何をする気ですか!?」
変わって欲しいところねぇ。
まあ、日ごろの態度見る限り大概予想はつくけれど。やらないっ!! だってそれは私の死後の娯楽そのものだから。ここで生きる希望とか生者っぽく言わない辺りが死人による死人の為の死人としての発言だよ。
「まあ、私が好きなら絡むのも構わないが、色々今日は忙しいんじゃないのか?」
相手の誕生日が今日と言う事は予想以上に忙しいと考えるよ、私は。
そんな私の発言に対して「それもそうですね」と呆れ混じりに呟くとおもむろにスマートフォンを取り出した。手馴れた手つきで画面を操作してゆくと、電話帳の中の一人の人物の名前を選択する。
水蓮寺ルカ。
それが彼の選択した相手。そして本日が誕生日という少女の名前だ。
「結婚式には誓いの進行役してやらないとな」
「ぶふぉおおっ」
急に吹き出すなよ。
「何を言ってるんですか!?」
真っ赤になって喰いかかる様に私に叫ぶ。
「いや、だって結婚式に神父はつきもので。憑き物だろう? 神父かつ幽霊な私の出番としか言いようがないじゃないか」
「いや、貴方に頼むくらいなら別の神父さんに頼みますし!!」
「ちぇー。あの赤い髪したパペット手につけてるモテモテ神父に頼むつもりか。つれない奴だなぁ、悲しくなるぞ」
ちなみに出番は別作品参照だ。なに、夜空の満月でも見ていれば思い浮かぶさ。
「それ以前に」
ピシッと指を私の顔に向けて注意を促す様に。
「僕はルカさんの事なんてなんとも思ってないんですからねっ!!」
だから何故、君はツンデレになった。
甘えろよ。てっきりデレデレに甘えあうと思っていた私の期待感と殺意を何処へ持ってゆけばいいと言うのだ。甘えてくれないと呪えないじゃないか辛いよ。
「それにルカさんの結婚なんてですねー……」
しゅぼぼっと顔を赤くする少年。
愛い奴め。決して愛い奴とか私は思ってないけどな。むしろ爆ぜてほしいけどな。ただしただただ彼がちゃんと男の子で安心したよ。好きな子に妄想を抱くのに本気で安心した。
「と、っともかくですね。邪魔しないでくださいよ?」
私がこの場を立ち去る気配がない事を察したのだろう。追い払う気配も見せずに少年は電話帳から水蓮寺ルカを選択。そしてメールを作成してゆく。
何でメールなのかと言えば理由はわかりやすい。
一つはこの時間に寝ていたら迷惑だろうと言う配慮。加えてアイドルである、彼女はスケジュールが過密だからな。電話かけて迷惑な時間帯というものが存在しているのだよ。
だからメールと言う考慮の行き届いた考えを実行するんだ。
「好きあった者同士テレパシーでも受信し合えばいいと思うのにな」
「ごっふぉおおお!!?」
世界的な画家の名前を口にした少年はわたわたした様子で反論してきた。
「だから僕はルカさんの事なんて、好きじゃないんですからね!?」
「相手の彼女は、もうこれ以上なくラブラブオーラ出してるじゃないか」
「たっ、確かにそれはその……、だいぶ前に告白もされてるし、キスで唇奪われた事もあるっちゃありますし、海でもお正月でも何かひどくくっついてきてくれたりしたりしちゃっていましたが、、アレは頼りになる人がいない状況による吊り橋効果が継続した結果みたいな気の迷いの類ででしてね……!?」
「気の迷いとか彼女に言ったら泣かれるから気を付けろよ?」
「……え? 本当ですか……?」
そりゃあ好きな相手に自分を好いているのは気の迷いだよなんて思われてたら泣くだろう普通。
相変わらず女心がわからない彼らしいと言えばらしいが。
「そっか……、言わないようにしないと……!!」
と、ぽそりと呟いている時点で好いているとしか見えないじゃあないか。
少しどんよりと自分の理解のなさに落ち込みつつもじっと彼女の名前を見ている間に口元に微笑みを浮かべると意気揚々とメールの文章を打ち込んでゆく。
気を取り直した様で何よりだ。
だがそれ以上に気をもむのは……。
「なあ婿入りと嫁にもらうのどっちを考えてるんだ君は?」
「ぴっかぁああああああああああああああああああああああああ!!!!??」
果たして画家繋がりでピカソと叫びたかったのか、世界的大人気キャラクター、黄色いネズミの事を言ったのか少し興味が湧いた。
ところでどうでもいい話だが、世界的人気キャラクター、ネズミ凄いな。
とか考えている間にまたも喰ってかかる少年。随分と切迫した表情を浮かべている。
「今度は何を言ってるんですかぁっ!!?」
「いや、ほらさ。綾崎と水蓮寺のどっちの苗字を取るのか、ふと気になってな」
「がっ、ぐっ、ぬぁああっ……!!」
恐らく内心に『どっちも取りませんよ!!』と叫ぶのは嫌で選択肢として何かを選び取らないと逃げようがない実態に呻いているのだろう。
だが逃げ道として残された道を彼は走った。
「だから僕とルカさんが結婚なんて可能性は全くなくってですね……!!」
「綾崎ルカ、か。はたまた水蓮寺ハヤテ、か。……中々どちらも響きがいいな」
「訊いて!?」
ふん。訊く必要のない事を訊く耳など私は持っていないからな今は。
うー、と涙目で唸る彼だったが最早私の存在を無視する事に決めたのだろう。淡々とメールを打ち出した。やれやれ、つまらない。からかえて愉快だったのに。
さて、ここで皆に一つ提案がある。
私、メールの文章覗き見しようと思うんだ。
え? 倫理的にマズイ? いやいや、死人に口なしだよ、生者には語らないから安心してほしい。読者諸君にのみさ。視認し口出しして難癖つけたりもしないでおこう。幽霊だけに自身はもうないから自信はないけどな。
そう考えながらふよふよと画面を覗きこむ私。主に後方の高い場所から。
少年は打ち込んだ内容を送信する。
短い内容だが如何せん邪魔が入った為に随分遅れた文面をトン、と送る。
――おはようございます、ルカさん。起きてるかどうかはわからないですけど
朝の挨拶の文章が送られる。実際、疲れて眠っているかもしれない可能性があるのだが、どうやら心配は無かった様だ。短い時間で返信が来た。
――おはよう、ハヤテ君。今日も早いね
ニコニコ顔の絵文字と一緒に返された可愛らしい文面に微笑みを浮かべて、メールのやり取りを繰り返していく。
――執事ですから。ルカさんも早いですね
――これから朝のお仕事ってやつだしね。ぷっちゃけ少し眠いけど、それはいつもの事だし、それにハヤテ君のメールが朝から来たし気分は春空の様に清々しいよ
――どんより曇った曇り空じゃないのに安心しました。ルカさんも今日、元気そうでなによりです
――ところでさハヤテ君
――何ですか?
――大好きです。付き合ってください
相変わらず前触れもなく告白文章が赤裸々に告白されて、少年は赤裸々にむき出しの感情に赤面したかと思えば咳をゴホゴホと咳込んで堰を切った様な怒涛の姿勢で攻め言った。
――唐突に告白しないでください!?
時間にして打ち込んだ時間は僅か二秒。頑張ったな、少年。素晴らしいスピードだ。
GJを送ろう。はたまた『顔本』の様にいいねと送ろうかな?
――ハヤテ君、慌て過ぎー♪
語尾に複数の『w』を付けて返信されるメール。流石。こちらの事情を全て読み取っている辺りに感心するよ。
――誰の所為ですか、誰のっ!?
――責任取ってハヤテ君をお婿さんに貰ってあげてもいいよー♪ って言うか本当に欲しいんだけど、いい方法ないかな?
――それを僕に尋ねないでください!!
――尋ねはしてないよ。誘惑してるだけで
――むにゅあ!?
――ハヤテ君、本当慌て過ぎ
先程より『w』が格段に増えたメールがやってきた。と言うか内情のままに文面打つ程余裕を壊された様だ少年は。
――第一、僕はルカさんの事なんてこれっぽっちも好きじゃないですもんねっ!!
――私は大好きだよハヤテ君♪
――ダメだ、この子、話を訊いてやしないです……!?
――話はちゃんと訊いてるよ。そしてそんな素直じゃないハヤテ君も可愛くて好き
――すいません、何方か彼女を止めてください
――ふっふっふっ。無駄だよハヤテ君。この控室には私しかいないのだからね
――集マネージャー!! 早く、彼女を止めて!?
――酷いじゃないハヤテ君。私以外の女の名前を呼ぶなんて
――そう言う意味で呼んだわけじゃないですけどね!!
これ以上彼女の言葉を訊くのは精神的に良くない、と考えた様子で彼は返信が来るより先にポンポンと続けざまにメールを送った。
――ともかく
に続いて、
――ともかくですね、ルカさん。朝のうちに本題を話しておきたいんです
――……私の誕生日のこと、で合ってるかな?
と言う逆に問い掛ける様な文面が少しの間を置いた後に受信される。
――うわわ、もし間違ってたら私かなりイタイ子だよ……!!
打っている最中に続けざまに受信するメール。その照れる様な顔文字と共に添付されたメールに対して彼はどこか微笑ましいものを見る様な表情で笑みを浮かべた。
――安心してください。ルカさんの誕生日の話ですからね
――そっかぁ……。ここで別件だったら私泣くね。恥ずかしさと悲しさからさ(笑)
今頃、テレビの控室にいるであろう少女がどんな表情をしているかは私にはわからない。だが彼は、表情が見て取れるかの様に優しい笑みを浮かべながら返事を書く。
――悲しませない様に気を付けますよ
――ハヤテ君は優しいね。大好きだよ、そう言うとこ
――さて、今回の誕生日会ですけど……
――あー。無視したスルーしたー。つーんっ。ハヤテ君の意気地なしーっ
――誰が意気地なしですか!!
ピキリとこめかみに怒りマークをつけて楽しそうに続くやり取り。
――あはは♪ ごめんごめん♪ それでわらわをどう楽しませてくれるのか楽しみじゃのう?
――期待に応えられる様に頑張りますよお姫様。とはいえ、ルカさんの事を考えるとドッキリパーティーは仕掛けづらいので前に話した通りに事前に準備したパーティーですけどね。サプライズなくてすいません
――いいよ、サプライズは。テレビ側が何か色々仕掛けてきそうだし
――流石、テレビ局ですね
人気絶頂の大人気アイドルともなると、誕生日の日取りには壮大な出来事が待っていそうな気配に地味に驚く。今では日本を超えてラスベガスやら何やら……世界的に活躍している水蓮寺ルカの人気っぷりは相当のようだな。
「ちゃんと掴んでおかないと遠い人になってしまうから気を付けておけよ?」
「ええ、そのつもりです――って、ここで唐突に何を言ってるんですかぁっ!!」
背後にふわふわ浮かんでいる私へ向けて真っ赤な顔で怒鳴るとすぐさまぷぃっと顔を背けて「まったくもう……」とか「今日は妙に絡んでくるな……」と頬を赤くしたまま呟く。
そう言われても身近でウキウキしているリア充見てると腹が立つし。
からかってもいいじゃないか。
とか私が思っている間にも少年は文章をどんどん書きこんでゆく。
――じゃあ誕生日は前に言った通り『喫茶どんぐり』で行いますからね
――『喫茶どんぐり』かー。歩さんを散々落ち込ませ苦しめたという
――は、はっはっは……!! ……前にサプライズの為に結果的に逆ピンチが発生した時は本当にヤバかったですよ……
一応、語りとして説明をしておこうかと思う。まぁ、読者諸君には基礎知識みたいなものだと思うから必要ないとも思うんだが、一応と言う奴だよ。新規読者もいるかもしれないから神父なりの優しさってやつさ。
別に尺を稼ぐとかそんな考えはないぞ。
西沢歩。通称ハムスター。誕生日。ドッキリ計画。からくも成功。ちゃんちゃん。
さてメールを再び覗き見と行こう……なに? 簡略し過ぎてまったくわからない? いや、でも今回の語り、その子別に脇役以前に出番も無いし。語るだけ無駄かなって思って簡略化したんだけどな……。まぁ、少し説明するとアレだよ。サプライズパーティーを仕掛けようとしたが本人誕生日覚えててバレそうな気配がしている為に皆がどうにか話題を逸らそうと必死に頑張っていたら、その子は皆覚えてないんだと落ち込んで最後はそのまま帰って行きそうな流れになってしまったっていうね。
だが最後は百合エンドだったし、いい誕生日だったんじゃないかな?
ん? 変な想像しちゃったじゃないか? 別に構わないさ。妄想の一つでも一日一回しているといい健全な少年諸君。女子は顔を赤らめておくといいだろう。
さ、そんな事を言っていないでメールの内容を再び盗み見るとするよ。
――サプライズは難しいって教訓だね。落ち込みたくないからサプライズを回避する私
――初めは仕掛けようと考えてたんですけどねー
初めは考えていたそうなんだよ。けれどアイドルという仕事の都合上、見合う時間がわからない。仮に来て祝ったとしても彼女が仕事の合間を縫ってやって来た可能性を考えるとやはり難しいという事でサプライズ無しの普通な誕生会にしようという結論になったそうだ。
確かに仕事の合間を縫って来たらサプライズパーティー。
なのにすぐ仕事に戻らなければ、となったら空気は落ち込む事必死だろうから私が事前に止めて置いてよかったよ。
ああ、進言したの私だからな、ソレは。
まぁ、そんな事は他愛ない出来事として構わないが。
――後は、それにルカさんが誕生日をしっかり覚えちゃってる部分があってサプライズになりませんでしたし
――そりゃあ銀河を股にかけるアイドルちゃんだからね。サプライズの誕生会とかスタジオでも何度かあったのよね。だからそう言う空気に敏感なんだよね
と送られた後に続いてもう一文。
――だから知らぬ存ぜぬ忘れてるで通しても良かったんだけど。皆に対して仮面使いたくもなかったから、ね
そんな彼女の気遣いに対して少し目を見開いた後に少年はくすっと笑って文を打つ。
――そう言う所、ルカさんらしいです。素直で素敵で
――照れるって
――照れたルカさんの顔も可愛いですよねー
――
――……あの、ルカさん? 何で空メール送られてきたんでしょうか? 送信ミスか何かでしょうか? その割に何か随分時間かかったんですけど……
いや少年。それは無言の意味だと私は思う。
あるいは唖然か愕然か茫然か。はたまた顔を赤らめて怡然(いぜん)としているのか。まあ、私は呆れている部分が大前提だとも考えているけれどな。
いい加減、君は女心に犀利すべきだと思うよ。
そしてしばしの空白を空メールが続けざまに三件送られてくる。
頭に疑問符浮かべている君には一生わかるまい。
そうしてようやく文字のある文章が届く。
――相変わらずだよね、ハヤテ君はさ……
――何がですか?
――いや、うん、いいよ、もう。とっくに諦めてるからね……
そこで急にピロリンと音を立てて新たなメールに文字が四文字。
――だけどね!!
付け加えて、
――少しはそう言う部分も弱くなってもらえたら個人的に嬉しい!!
何の話だろうか、と首を傾げる彼には無理な話だと個人的に憂いを強いられるな私は。こんな天然ジゴロが今ものさばっているのだと言うから世も末だ。
生憎と個人的に憎々しく思いながらも彼女の想いは奇しくも叶いそうにはない。
――何の事か良くわかりませんけど、頑張りますね!!
頑張れそうにはないな、うん。
――うん、予想通りの返事で参っちゃうな私
――何に参っちゃうんですか?
少し今までの時間的感覚より間を置いた後。
――ハヤテ君の魅力に参ってメロメロってことだよ♪
――そんな話題でしたっけ!? 今さっきのやり取りそんな話題でしたっけ!?
――自分では上手く返せたって感心してるとこだよー
――恥じらいを持ってくださいよ!!
そこからまた数分の時間を隔てて、
――……いや、正直、こうやって文章打ってる間も自分の正直っぷりに顔がほてって真っ赤になってるんだけど……にーっ……
――なら止めましょうよ!?
何をやってるのこの子はみないな怒鳴り方で叫ぶ。だが顔が嬉しそうに真っ赤で君もまた同類だと私は思うよ。
――だが断る
――何でですか!?
――ハヤテ君を落とす為に私は恥じらいを切り捨てた
――誰かを倒すために私は大切なものを切り捨てたみたいに言わないで!? 切り捨ててるの大半は大事なものですからね!?
――いやいや、ハヤテ君程、大切な人はいないって
――恥じらいっ、恥じらい帰ってきてくださいっ!!
終始押されっぱなしだな。年始まもなくにして幸先が悪い辺り不幸で不運な君らしい幕開けだと思うぞ。そんなに真っ赤になって彼女への御執心っぷりを発揮しながらだと羞恥でドサリと御就寝しそうで幽霊な私は心配でならないさ。
リア充爆ぜろ。主に後頭部を床へ打ち付けて。
とか思うが折角の大事な日なので叶わない事を願ってやる辺り、感謝してほしい。
――まあ、落ち着きたまえよ少年。それで? 次のお仕事まで時間も迫って来てるし、本題をちゃんと話しておくけど場所は喫茶どんぐりでいいんだよね?
――オッケーです。喫茶どんぐりに一一時に集合です
――……なんか遅い時間でゴメンね
――言いっこなしですよ。ルカさんを祝うつもりで皆、集まってるんです。ですからルカさんの為に祝うならどんな時間だって待ってますって
――明日、学校もあるのに……何か申し訳ないけどね
――花菱さん達は『これで明日は休みの言い訳が立つぞーっ!!』って喜んでましたけどね
――ちょ。人を休みの言い訳にしたらイカンぞ
――はい、ですからヒナギクさんが『ちゃんと来・な・さ・い・ね?』とドスの効いた声で釘を刺しておいてくれました
――流石は生徒会長
――お三方にも困ったものですけどね。後は西沢さん、お嬢様、マリアさん、カユラさん、千桜さんとか……結構大勢集まりますよ
――にぎやかでいいねっ!!
本当にな。夜中に大はしゃぎし過ぎて周辺住民から苦情が入るんじゃないだろうかと思いたくなる程にメンツは多いはずだよ。
だが一つ言っておこうか。
何故、読み上げた面々、全員女子だ。
おかしいだろう。誰か一人でも間に男の名前が入ってもいいだろ。いや、店主は確か男性だったがな。それでも店主は店主、加賀北斗は計算には入れにくい存在だよ。
愚痴っていいだろうか、本当。
君、女の子囲い過ぎじゃないだろうか。不幸体質とか嘘だろう。全世界の男子の夢を体現してるんだが、どういう事かモテない男子に二言、三言説明を願えないだろうか。そしてその運を分けてもらえる様に願っていいだろうか。
……呪ってやろうか……。
――それで最後に一言訊きたいんですけど
私が背後でうらめしやとばかりにポーズをしているが気に留めた様子はなくワシのごとき手の形で動きを止め抑えつつ少年は文章を送る。
――なにを?
という彼女のメールに対して。
――誕生日プレゼント。何か欲しいものありますか?
――えー、そこはサプライズを期待したよー
むぅ、と膨れながら書いたであろう事は私にも何となく思えた。彼も同様な様ですまなそうに苦笑しながらも、静かな動作でメールを完成させる。送信。
――サプライズ怖かったから。ルカさんに喜ばれるものをって考えてやってたらまるで考え付かなくなっちゃったんですよ
多分、真実だろうと私にはわかった。
いや、だって毎日毎日、色々な店に通っていたからね。そしてその都度困った様に店を出て行く。中々決まらなかったのだろう。普段は手作りクッキーやらぬいぐるみやらイケメンの様にあげていたのに。
彼女に対して本当に悩んで。
本格的に決める事が出来ず。
うだうだ迷いながら今日まで来た事を知っているよ。
だからこそ君はそんなに緊張した面持ちで待っているんだろうな。
メールを。
たった一通の文章を。そんなに怯える様な身構える様な臆病な勇者が魔王に挑む前の様な怖がって、そしてどこか希望を胸に秘めた様な顔つきで待っているんだろう。
正座を崩せ。
何時の間に正座で待機しているんだ君は。
そんな彼の正座を崩す文面がぐずぐずと迷った気配もなく着信した。
一途に。
一通が。
一直線に電子世界の波を掻き分けて空の果てから届く様に。軽やかなファンファーレと一緒に君の元へ届いた様子だ。
一目でわかるよ。
君の吹き出した驚きようと。君の慌てっぷりの忙しなさと。怒った様な照れ隠しとで。少年はその文章への返信を即座に済ませてこれ以上見ていられないとばかりに机の上にスマートフォンを置き去りにして「朝食の準備さっさと済ませてきます!!」と叫びながら部屋を出て行ってしまった。
余程焦っていた事がわかるよ。
なんせ電源切り忘れてるし。
しめしめ。
こうして私に恥ずかしい、メールのやり取りの結末を見られる事を後で床を転がってでも解消しておくことをお勧めしておくさ。行っちゃって訊いてないけどな。そして、肝心のメール合計三通にはこんな風に綴られていた事だけお教えしておこうか。
私からの感想は特にない。大人が口を挿む事でもないからね。
どんな感想を抱くかは語った内容を悟ってくれればそれでいいさ。
――誕生日プレゼント? どうしても決められない様子だったらハヤテ君自身がいいな。ハヤテ君ちょうだい♪ 誕生日、とっても楽しみだなー♪
――必ず決めて見せますからね。素晴らしすぎて魅せられるくらいのものをっ!!
――ケチ
2
家事全般が大得意と言う少年はマリアさん、ことメイドさんと楽しい楽しい朝食の準備を慣れた風で仕上げた。爆ぜろリア充。さっきから何回憎んでいるのとか聞こえた気もするがメイドさんとキッチンでイチャイチャしている光景とかマジ、ムカつく。
朝食を終えて仕度を整えると少年は学校へ足を運んだ。
前と比べると些か寂しいスクールデイズだ。けれどハーレム作って最後には惨殺され首を切り落とされるスクールデイズよりかは格段に上だけれどな。どうでもいいが、何故巨乳を捨てた伊藤君。とかアニメの感想を頭に浮かべながら。
「相変わらずぼっちだな、君」
「ぼっち言うな!!」
「前まではお嬢様とやらと一緒に、数カ月前まではクラスメイト達と一緒に学院まで行っていたと言うのに今は私とその時計のタヌキ以外誰もいやしない」
「いいんですよ、僕は。お嬢様にもお友達が出来て、カユラさんや千桜さんと一緒に和気藹々と通えてるんですから」
「前々から思ってたけど、本当に友達作るべきは君だと考えていた」
「うるさい!!」
「いや、女子と離れると困った事に身内に男友達がいないぞ。瀬川君とやら以外」
「変態が何か?」
いや、なんでも……、と小さく声を零す。
怖い怖い。本当に、根に持っているというか恨みがましいというか。まあ、現在も気を抜けば襲ってくる男友達に抱く感情はそんなものか。
それにしたって男友達が少なすぎるが。
「本当に君は……」
女友達ばかりだな周囲が、と私が呟けばこめかみにピキリと怒りマークを浮かべて「悪かったですね、男友達いない寂しい奴で」と返してくる。女友達がいない奴ならいない奴で似たような反応示すんだろうがな。
「しかしアレだな」
「アレって?」
いやまぁ、何となく思った程度の事なんだがな。
「一月八日が誕生日というのは中々、周りも忙しい日だな、と思ってさ」
「ああ……」
わからなくはないですね、と呟いて、
「今日、僕らなんかは始業式ですから」
「だろ?」
そう今日、一月八日という日取りは水蓮寺ルカの誕生日であると同時に学生にとって大抵、始業式と重なる日程に当たる。
別にだからなんだって話にもなるだろうが。それに始業式なんだから早く終わる日程なんだろうが、という声もあるだろう。だけれど私から言わせてもらえば休み明けの始業式に誕生日と言うのは周囲が忙しそうだとか少し思う程度あるんだよ。
特に課題終えてなかったら地獄だろうな。
まあ、そこらへんは抜かりなく手筈通りに事を進めるよろしく彼は冬休み課題を全て終わらせて事に当たっているから不安はないだろうが。
ただまぁ、アレだろう。
休み明けと言うのは少し気持ちのたるみ的なものもあるだろうから、その日祝うのはいいとしても学校が本格的に始まる明日を考えると忙しそうだとか考えてしまったよ。
何故考えたかって言えばまあ、早い話が彼が放課後すぐに忙しなく動く事になるだろう事は十分に予想付く事柄だからって事なんだが。
「大丈夫なのか?」
誕生日会にのみ目掛けてひた走れるかどうかを私は問い掛ける。
それに対する答えは力強い肯定だった。
「大丈夫だよ。必ず成功させてみせるし」
それに、と呟いて。
「そんな日取りだって、皆集まるんですから。別に難しい日取りって事はない――、けど少し合い辛い日程だろうと逢いづらい大切な相手を祝うなら僕は頑張りますよ」
だから、と。グッと拳を握りしめてこう放つ。
「なにより。初めて祝うルカさんの誕生日なんですよ。皆、そんな些細な事でだるくなる程に彼女への想いは弱くなんてないですから♪」
皆、大好きなのだろうな。
裏表のない素直な彼女の事を。そしてそんな素直な子故に君もまた祝福するべく頑張れるのだろうな。いやぁ、一人の女の子が誕生日の度に中々どうして駆け回るよな、彼らは。実に爽やかで清々しい。そして少しムカつくな、そんな絆が。
ふむ。
こういう日々をどう表現したものだったかな。
ああ、いや。思い出したよ。青空を仰いでみたら眠気が冴えるくらいの優しさでいともたやすく言葉が頭に浮かんだよ。まったく。まったく持って羨ましい。
何ていうかアレだな。
「青春してるな。君達は」
そんな私の呟きに少しきょとんとしていた彼がふっと可笑しそうに口元に笑みを浮かべて、
「青臭い日々送るのが僕ら高校生ですからね」
3
初めましての方は初めまして。こんにちわの人はこんにちわ、でいいかしらね。
矢先の様に先んじて自己紹介の一つでもしておきましょうか。
私は集と言います。
まぁ、知っている人は知っている、知らない人は知らない。そんな普通で平常な水蓮寺ルカのマネージャーを務めている者よ。お見知りおき程度に捉えていれば構いません。
さて。
どうして私が語りをやっているかに関して予めの説明を一つさせて頂いてから、私は仕事を再開したいと考えます。よろしいよろしくないは訊く気はないので悪しからず。悪びれる事でもないので行わせてもらうわよ。
まぁ、単純にね。
語りを出来る人間が一人もいないってだけの仕方なしって奴なのよ。ため息交じりに呟くけれどごめんなさいね。
いやいや参ったわよ。マネージャーの仕事ってなに語りまで含まれてるとか初耳過ぎるでしょう。いえ、マネージャーでいる以上は周囲への配慮、気配り、口論とか請け負いますからコミュニケーションのスキルは冷たいながらも存在するんだけれどね。
だけど流石に語りは不慣れってかやった事がないから。
不快にしたならゴメンなさい。
まあ、私は絶賛不愉快だけれどね。
何でって言われたら確実に今現在、メールのやり取りをしている私の専属アイドルこと水蓮寺ルカのウキウキっぷりの相手が確実に彼だと言う事に繋がるからになるわ。
アイドルに恋愛とかマイナス要素にしかならないでしょう……。
いえ、アイドルとして立ってくれているだけ遥かにマシな現状なのでしょうけど、致命的に近いだろうが恋愛関係なのだから。まぁ、一人の女として恋心はわからないわけじゃないし理解を示せるのだけれど。
一つだけ全く空気を読まない発言を予めさせてもらおうかしら。
寝なさい。
すっかりぐっすり寝ていなさい。
寝静まりなさい。
アイドルなんだから。明日も仕事で忙しく今日もテレビ側やら上からドッキリサプライズ企画(ルカの身体能力にのみ賭ける危ない橋)を裏で着実に着々と進めているのだから。絶対疲れるから。夜中には新曲の収録だってあるのだから。
誕生日ウキウキは一四歳までにして寝ていなさい。
……と、言いたいわね。物凄く。
それが出来ないから不愉快よ。
私はあくまでマネージャーであって。悪魔の様なマネージャーでも、鬼でもないのだからね。ルカの事を大切に考える心に偽りは抱かない。隠し事をしていないなんて高尚な事を言う気はさらさら無いけど。そこはまぁ人同士の妥協点でしょう。
そんな立場だからこそ私は彼女に仕事が終わったらさっさと寝付いて欲しい。
次の日だって貴方には滝のごとく激しい仕事が詰まっているのだから。
誕生日会の時間はほぼ深夜。そんな時間に起こして置いて疲労が蓄積したら大変だって事くらい予想は簡単に付くでしょう? でもそれが言えないから感嘆せざるを得ないのよ。
鬼じゃないんだから。
誕生日会くらい認めてあげる事で決定済みなのよ。
それに加えて、仕事詰めのいい息抜き程度になってくれれば願ったり叶ったりね。ただ気をもむのは他ならない綾崎君の存在以外にならないけれど……そこはもう口を挿むのも疲れたし野暮と言うものとして妥協しましょう。
けれど埋め合わせ分は妥協しませんから。悪しからず。
それじゃあ、そろそろルカにかけて話かけるとしましょう。その後はしばらく放しかける訳にはいかないくらい忙しくなるけどね。空は無いわよ、人気絶頂アイドルにはね。
「ルカ。そろそろ朝一番の収録に入るわよ」
「あ、はい。集マネージャー。ちょっと待ってください、後二文字だけ……!!」
そう呟きながらルカは素早い仕草で文字を二つ入力する。
ちらりと文字が見えたけど何故それを最後に打ったのか会話の流れが読み取れないのでわからないし、何よりプライバシーの問題なので尋ねる気も無く私は今日のスケジュールを控室から出ながらルカへ告げた。
「今日は、朝からこのコンサートイベントの盛り上げと宣伝よ。ドジのない様にね」
そう言いながら私はルカの近日開催するライブコンサートのチラシを手渡す。
歌手としての才能も十分兼ね備えている天性のアイドルによる天声は人気を博しており、まさにノリに乗っている。そんな彼女の新曲も二曲流れる。
盛り上がらないわけはないでしょう。
「わかりました。……はぁ、『情報ナナdaysニュースキャスター』ですかぁ……」
「基本、不快なものを見るでしょうけど気にしちゃダメよ」
「いえ、まぁ良く知っているので平気です。通路で挨拶交わした事もよくありますし。皆さん格好とは裏腹にいい人たちですし」
「まぁね。特にニュース番組としては信頼性も高いから私も認めているもの」
この番組の特性は一つに司会進行役も含めて出演者がキャスターを穿き違えた様に魔法少女の衣装で登場する事にあります。
これにより数多くの視聴者がお茶の間で吹き出し、また目を洗面台で洗いまくると言う珍事が発生した程に朝から見るには刺戟的な挑戦的な番組と言えるでしょうね。だけれど、それでも評価を受けているのは番組側の姿勢の高さにある。偏向報道をせず、報道をする際のマイクを向けられた人々への考慮された姿勢。それが多くの視聴者に対して好感をもたれているというニュース番組。
まぁ、それだけの事を行えるのはまず間違いなく番組を放映している新規気鋭のテレビ局である『冬源テレビ』の何者の圧力にも屈しない影響性にあるのでしょうけれど。
「初めて出る番組ですし、ぬからない様にしないとですねー」
「面白くも無いコメントしない様に気をつけなさいね?」
「はい、わかってます!!」
ピシッとした態度で頷くルカ。相変わらずこういう時に素早く定まる覚悟と言うのは見ていて爽快に感じる。と、同時にやはりこの子はテレビ向けな性質を兼ね備えていると感じたりするものね。
「まぁ、共演者は服装だけ変人の様なだけで良識人だから安心して収録頑張りなさい」
「わかってますよー。前に自販機で知り合った宝馬ちゃんもいい子でしたから」
宝馬。確かアナウンサーを務める子だったかしら。相当若いけれどすでに才覚を発揮して人気を博しているアナウンサーの卵。
「世間話するのもいいけど、程々にしておきなさい」
「それ以前に宝馬ちゃん。スタジオにいるかどうかもわからないですけどね」
「それもそうね」
現場へすでに向かっている可能性も十分あるのだし。
「何にせよ気を抜かず抜かりない様にやるのよ?」
「わかってます。任せてくださいよ、集マネージャー!! 今日の私は普段より随分、存分にやる気に満ち溢れているアイドルちゃんですからねっ!!」
ビシッ、とサムズアップのサインを私へ向けるとタタッと背中を向けて駆けだしてゆく小柄な体躯。けれど背負っているものの重さは大きい、それを背負いながら笑顔を絶やす事はない一人のアイドル。
そんな少女を見送りながら私はスマートフォンを取り出して彼女のいない間に厄介事をさっさと済ませるべく業務を執り行う。
「もしもし、集ですが――」
仕方ないじゃない、本当に。
あんなキラキラした表情であんな発言をされてしまっては。まったく昨年、誕生日の話題を振った時は貴方、まったくって程に興味関心も示さなかったでしょうに。あの頃の貴女はどこのどちら様だったのかしらね。
はぁ。
あれほど誕生日会を楽しみにしているであろう女の子を見て。協力しないわけにはいかないというものじゃないの。自分でも年明け早々にこんな疲れる仕事を、割に合わない仕事を何件かこなすとか。
感慨深いわね。
だけれどまぁ――。
「悪い気はしないし。悪びれる事でもないから」
掛けてあげましょうルカ。電話を掛けて、駆けていった貴女が疲れすぎない様に。
本来より欠けたスケジュールになる様に。
一〇分でも一五分でも、休憩の合間をね。
そう考えながら私は馴染みの関係者に次々に話をつけていく。
4
始業式は三時間を費やして終了を迎えた。
一時間目の理事長のありがたい話を座禅しながら背後では警策を持った教師達が困惑した表情でうろつきながら、教員桂雪路がハリセンのごとく使って生徒からクレームを喰らい、保護者からバッシングを受けて教師達から追放をされて体育館が再び神静で鎮静な空気に苛まされた辺りで仕方なしに少年の幼馴染、天王州アテネが壇上に立った辺りで唐突に男子生徒全員が直立不動でありがたいお言葉を耳にしながらデレっとした表情を浮かべながら一限目が滞りなく終了した。
二限目の学活では姿が見えなくなった桂雪路の代行として薫京之介が現れる。
実妹であり白皇学院生徒会長である桂ヒナギクが手を挙げながら「……お姉ちゃんは?」と言う質問を発したところ「安心しろ。生きてはいるから」と返された。
何だいつも通りでホッとしたなーと言う生徒たちの声にどんな学校だよと内心ツッコミを入れつつも三限目の自由に使え的な時間を皆、お正月どうした? とかクリスマスイブはどうだったよ? と言う世間話で進めて行った。
当然の様に私が憑りついている少年も会話に加わっており、共通の話題を駄弁った。
私はと言えば今日日の様に四六時中、彼の傍にいるわけもなく、本来は屋敷で寛ぎながらテレビ、ゲーム、アニメ、漫画、覗き、を楽しんでいる為にそんな日常生活を全て知っているわけはない。
なに? 覗きがどうした?
…………。
……さて、そんな彼の日常生活を知るわけもないし興味も無いから適当にクラス内の華やかな少女グループを観賞して暇を紛らわせていた私だが、うるさい覗きにそんなに食いつくないいじゃないか死んでるんだから大目に見ておいてくれよ、……ゴホン、まぁ一つか二つくらいなら知っているよ。
一つは別の女の誕生日も祝っていたなーってことだ。
大体にして大概の予想は付くと踏んでいるから、ぷっちゃけちゃうがメイドだよ。マリアさんの誕生日を皆が盛大に祝っていたな。そして皆が盛り上がっている最中、偶然に生まれた三人だけの時間でプレゼントを渡していたよ。
三人ってナギ? とか聞こえたけど違うに決まっているだろう。
私が知っている時点で私に決まっている。メイドと少年と私だ。メイドと執事と神父だ。並べてみると中々凄い職業の羅列に今更ながらびっくりだ。
ただまあ、詳しい事は話さない事にしておこう。
私は傍観者の立場だったし、話したがりの私でも秘密にしておく方が素敵な事ならキチンと弁えている、神父だけにね。まぁ気が向いたらいづれ話すかもしれないよ。
それともう一つはまぁお正月の話だな。
だがコレは予め言っておこう。
お正月も色々あったな、は希望的観測というより憶測に過ぎない。大概予想はつくんだけれどな。ただ、生憎私は詳しくはないっていうより知らないんだよ。
ほら、あそこ神社だろう?
それで私悪霊じゃないか?
成仏しそうになるんだよ、マジで。何か三途の川見えたんだよ、怖かったよ、初詣もう二度と行けないって、日本人なのに。いや、日本人じゃないけどさ。
まぁそんな形で私の口から語れる事はない。
死人に口なしとはよく言ったものだね。
だからまぁ生者に口なし、とか耳なし芳一でも無いのだから、そこらへんの事情は彼女らの内容を盗み聞きさせてもらうとしようか。
「そうそう。初詣は大変だったわよね、ホント」
苦笑交じりに桃色の頭髪をふわっと軽く揺らしながら生徒会長君が呟いた。
「だって、周囲が騒然となって……挙句あの逃亡劇だったものね」
「まったくなのだ。ただでさえ大人数の場所など面倒くさいと言うのに……あの時は本当に参った話だったのだぞ?」
同調する形で腰に手を添えてぷんすかとした表情で少年の主、三千院ナギが言った。
「ははは……、本当に大変、だったですよねぇ〜……」
「ナギ。綾崎君が死んだ魚の目をしているぞー」
「そのまま、死なせておけばいいのだ。ただ発見されただけならまだしも、事前にハヤテとイチャついていたシーンを観衆が見ていたからこそ、あの神社で怨霊が多発すると言う涙流すわ!! な展開になったのだからな!!」
「アレはヤバかったな……」
濃い緑色の髪に動物の耳の様な跳ね方の地毛が印象的な剣野カユラが青ざめた表情で何度となく頷いた。そして肝心の少年は「本当すいませんでした……!!」と謝罪した後に「でも別にイチャついてなんかいませんよ!?」と反論するが信じる者は誰もいない。
「けどまぁ怨霊騒ぎ以外も大変だったわよね……」
「年始早々にとんでもなかったからな……」
何だろうか。気になるじゃないか。いったい、何件ヤバイ出来事が彼女らの周辺に降りかかったと言うのだろうか。入れなかった私にはさっぱりわからない。ぐぬぬぬ……!!
と唸りつつ私も悪霊だったや、そう言えばと思いながらも会話は進む。
そうして辿り着く話題。それは当然と言うべきか然りと言うべきか、外せない話題と言う奴だった。
「ま。それは今日はいいんだがな。それよりも、だ」
お嬢様の言葉を生徒会長君が受け継いだ。
「今日よね。ルカの誕生日」
「ああ」
嬉しそうに春風千桜が頷く。彼女は水蓮寺ルカとは初期より関わり深い、親交が深い為に一層彼女の誕生日を祝賀してやりたいという気持ちがあるのだろう。
「みんな、プレゼント用意したのかな?」
私はしたけど、と呟いた後に生徒会長、お嬢様、加えて親交のある面々が口を揃えて準備万端だとばかりに声を発した。
その中で少年だけがしらーっと逸らす。
その様子を見て少年のお嬢様はしばし「…………」と汗を垂らした後に、
「ハヤテ……? お前、まさかと思うのだが……」
「まだ準備してないの……か?」
服を変わるとキャラが変わるよ、なメイドさんがお嬢様の口ごもった内容を吐き出す。
流石に誤魔化せないだろうとわかっている様で小さな声で、
「……はい」
「はいって……」生徒会長君が困った表情で「今日なのに間に合うの?」
「間に合わせます。必ず」
心配そうな彼女の顔色を払拭するかの様な勢いのある表情で少年は告げる。
「ルカさんにも朝、言いましたからね。魅せられるくらい素敵なものを渡してみせますよって!!」
「ルカにはもう言ってあるんだな」
千桜はなら少しは安心か、と呟きながら頷いて、
「そうなると早めに行った方がいいんじゃないか?」
「そうなりますよね……」
少年は考え込む様子で呟いた後にキッと視線を教室の扉へ向けた。
その様子にまさかな、と思った様子で生徒会長君が、
「あの、ハヤテ君。今はまだ――」
「すいません、僕、そう考えたら居ても立ってもいられなくなりました!! 僕、今日はこれで失礼します!!」
そう大声で叫んでダンッと床を蹴って扉をバンと開いて教室の外へ駆けて行く。
「ちょっ、ハヤテ君ってば!? まだ三時間目なんだけど!?」
下校はもうちょっと後よ、と叫ぶ生徒会長君の声にも耳を傾けず少年は駆けて行ってしまった。そんな少年の後を複数の教師と思しき声が待てどうした綾崎と声を発して足音を立てて追い掛けてゆくのがわかる。
そしてそんな様子を見守りながら生徒会長君は小さく呟いた。
「いいなぁ……」
「え?」
少年の主がきょとんとした表情で声を零す。そんな少女へ困った様な笑みで、
「羨ましいから。私の時の誕生日も、ハヤテ君、素敵なものをくれたけど。……ああいう風にまで一生懸命過ぎはしなかったかな、って」
何かヤんなっちゃな、そんな事を考える自分が、と生徒会長君は目尻に小さな滴を浮かべて呟いた。その声に主たる少女は同じ様な寂しそうな困った様な表情を浮かべて、
私だって、と小さな声で呟いて。
「私だって似たようなものなのだ。ハヤテとの関係に歪みがあって、それで泣いて怒って、それが解消された今でもやっぱりアイツの事好きだからな」
何時かは好きだった、にしないといけないんだろうな、と呟き、
「でもまだ……アイツがああいう風にルカの為に頑張る姿に凄い嫉妬してしまうのだ」
んーっと窓辺から空を仰ぎ見る。
そんな様子を見守りながら言ってなかったな、と思いながら私が少し告げておくよ。解決している。決着している、そして今の日常に着地しているんだよな。クリスマスイブに合ったって言う彼と、彼の主との奇妙に歪んだ主従関係は決着を迎えているよ。
そして現在は純然たる主従関係さ。
二人ともきっちり決着はついたと聞く。けれど、やはり想いに決着はまだつけられてはいないのだろうな……。そんな簡単な想いではないのだろう。
「だからと言ってアイツらの仲を応援してないわけでもないけどな」
――だって友達だからな
三千院ナギは小さく笑みを浮かべて眉をひそめて少し困った様な表情だけれど。確かに微笑んだ。ふっと笑った。そんな彼女の表情を見て桂ヒナギクが優しい笑みで答える。
「ナギは偉いわね」
「何がなのだ?」
「別に。わからないならいいけどね」
私はまだ未練たらたらよ、と自嘲する様な呟きが唇が小さく動かし声にならない声として発声された。どちらの少女も、どちらの想いも今だ灯を残しているのだろうね。
けれど生徒会長君はよし、と小さく拳を握りながら頷いて。
「だからってしんみりしててもしょうがないわね。ハヤテ君が誕生日プレゼント買ってくる間に私達は私達でしっかりパーティーの準備しておきましょうかっ!!」
「何を当たり前な事を言っておるのだ? 当然に決まっているではないか」
さもありなんとばかりに踏ん反り変える様な尊大さでお嬢さまが頷く。
「ルカの誕生日パーティーだ。私の友人のだぞ? ハヤテだけに美味しいところを持っていかせるわけにはいかぬのだからなっ!!」
だが。
だけれど少女らは強い。強いと言うよりも想く強い。例え望む未来とは違った形であっても一人の友人の事を思い遣る少女らの心は実に実に強かったよ。
「だから今日は……ルカの為に、あいつがうんと喜ぶ程の誕生日!! 頑張ってもりあがるのだぞ!! あいつの為のパーティーをなっ!!」
ぐっと握った拳を天目掛けて強く勇ましく突き上げた。
そんな三千院ナギの机の上で威厳を見せるため足もプルプルで誰よりも高い位置に必死になって尊厳オーラを発している彼女に対して周囲はプット吹き出しながら、笑顔をあはは、と零しながら全員が図った様にオー!! と元気のいい声を上げた。
同時刻、後方で声が響いた。
「え? え? なになにパーティーやるの!? マジで!? ひょっとして私の復活記念パーティー!? ちょー、マジかー!! 行く行く、行くに決まってるわよ!! で、どこでやんの? 酒は当然あるんでしょうね!?」
教職員複数にお説教されその後色々あったながらも不死鳥と言うよりゾンビのごとく復活を遂げた桂雪路が目を爛々と輝かせて叫んでいた。
そんな光景を手を突き上げたまま生徒らはこう思った様子だよ。
(うわぁ……。めんどくさいのが来たなぁ……)
桂雪路の介入で混沌とした教室、事情の説明し合い、三限目だと忘れて下校の勢いだった少年を呆れ混じりに教師が気付かせる等、始業式から実に慌ただしい開幕も一息入り、私は少年に憑き従う形で下校していた。
ホームルームの時間も終了し堂々と下校中だよ。
いや、小さな旅行中かもしれないけどな。
さて、それじゃあ現在、私たちは何処にいるのかって言う話をしておこうか? 結論から言ってしまえば少し遠出しているんだよ。先に言ったけれど、彼女のプレゼントとしてしっくりくるものが無いってのは予め告げておいただろう?
だからこそ少年は少し遠くならいいものがあるかもしれないって事で県境を跨いで今は神奈川へ行っているところだ。神のご加護でもありそうないい地名じゃないか。由来は金川だから関係性無いけどな神様とは。
――次は○○、次は○○駅へ停まります
独特のイントネーションで告げられた車内アナウンス。それを訊くとここら辺にしておこうと小さく呟いて少年が簡単な手荷物を掴むと立ち上がり、停車ブレーキに僅かに体を揺らした後に空気が抜ける様な音と共に開いたドアを跨いでホームへ降り立つ。
ホーム中ほどまで歩いてゆき見慣れた改札口へ切符を通しホームの外へ。
普段感じている空気と何処か違う感覚を味わうのを小さい小さい旅の一つだなと感じながら私は彼へ問い掛けた。
「ここでいいのか?」
「まぁ、何となくですけどね。何となくここがいいかなって思ったんですよ」
「適当だな」
「仕方ないでしょう。何があるかなんて僕にはわからないんですし」
「違いない」
何せ何をプレゼントすればいいか文字通り手探りで来ているのだからな。どこへ行けばいいものが手に入るかなんて君が思いつくわけもないだろう。気の向くまま趣のままにどこかを出歩いた方がもういっそいいのかもしれないね。
「駅名に『鶴』が入ってて良さそうかなってくらいの理由で降りちゃったけど……」
「いや、そんな理由で降りるなよ」
「何か手に入るかな……」
ううん、と唸る少年。まぁ、日にち的余裕は十分あったけれど気に行ったものには巡り会えなかった君としては一縷の望みを賭けた一路であるのは違いない。
「ま。適当に歩いてみるといいんじゃないか? 何かに……巡り合えるかもしれないしね」
「それしかないよね。って言うか、それ以外ないよね……」
呟きながら修復された懐中時計『黒椿』で時間を見ながら、
「最低限、この時間には帰らないと間に合わないよね……」
「走ればいいだろ」
「喫茶どんぐりまでどんだけあると思ってんですか。いくら僕でも無理ですよ!!」
新幹線から落下した後にトラックに撥ねられるくらいは平気な身体らしいから可能性はゼロじゃないと個人的に思うけれどな。
まぁ疲れさせるのも良くはないだろう。
私は発言して、さっさと散策に行く旨を伝える。
「ともかく適当にそこらを歩いてみよう。じゃないと……」
「じゃないと?」
「ホーム近辺で誰もいない場所に話しかける君が精神病院へ搬送される結末が待っているだろうかな〜なんてさ」
「早く言って!?」
周囲のあの子大丈夫かしら、という声や子供が指さしてあのお兄ちゃんなにしてるのかな、という問いかけに対して母親が関わっちゃいけませんと大声で叫びながら去ってゆき、一人の老婆が南無阿弥陀仏と連呼しながらゼェゼェ荒い息を吐きながら走ってくる姿を見ながら私は羞恥で駆けだした少年とは違う意味で駆けだした。
前途多難な旅路だよ、まったく。
時間にして困ったくらい意味のない時間が過ぎ去った。すでに夜だ。
第一声で理解してもらえた事だろうとは思うよ。何と言ってもお約束の、そして予想通りの結果ってやつさ。何も見つかりゃしねぇという在り来たりの常套文句だ。まぁ、良くある事なんだけれどね。
ただ、やはりさ。
辛くなってくるものだと思うよ。好きな相手にあげるプレゼントがここまで見つからない何ていうのは。私から言わせてもらえばもっと気楽に考えていればいいじゃないかとか思うんだけれどな。
不器用だよ、本当。この少年は。
どんだけ喜ばせたい一心なんだろうな。そこまで人を好きになった記憶も無い秋葉のロード・ブリティッシュには想像もつかないさ。一度味わってみたい感情だけどね。
「見つからないか?」
商店街の道端の隅でレンガ造りの花壇に腰かける少年にそう問い掛ける。
少年は困り果てた表情と語気で、
「……見つからないです」
と、弱気な発言を零してしまう。
「どんなのがいいんだよ、結局」
答え何てわかっているけど呆れ混じりにそう問い掛けた。
「……わかりません」
だよな。知っているよ。わかっているよ。
どんなプレゼントを贈るべきなのか想像もついていない事くらい。喜ばせたい一心のこの思いを一身に引き受けてくれる品となるとわからないんだろうな。
「何か少しくらい無かったのか?」
「……そうですね……」
しばらく悩んだ末にぽそりと彼は呟いた。
――イルカ……
「イルカ?」
と、私は彼へ訊き返した。
「ええ。ルカさんのイメージがイルカって言うか、初めての時も同人誌の存在があったわけですし……ルカさんにはイルカの印象強いんですよね」
「なるほど。それは納得だな」
確かに初めての出会いからずっとそうだったからな。
と言うか思い至るのは当然の結果としか言い切れない程のイメージだよ。
「だけど、それなら」
私は不思議に思いながら呟いた。
「イルカの品々、何ていくらでもあるだろう? その中に一つくらい気に入った品があってもおかしくはないんじゃないのか? 何か一つくらいあるだろう?」
「確かに何度も見かけましたけど……」
何かイメージが違うっていうか……、と声を零す。
細部の装飾、か。はたまた別の何かか。ともかくビシッときたものがないんだろうな。良くある事だ。ここが少し気に食わないなんてのは。
それに御土産品と違って誕生日プレゼントなのだから。
こだわってしまうんだろうな、君は。
「しかし、そうなると何処を探したものだろうな。水族館じゃ土産風なのばかりだろうし」
「……ですよね」
ぐったりした様子で項垂れる少年に私はポンと肩を叩いて、
「アイドルの全裸でも想像していろよ」
と励ましてみた。
案の定怒られた。何故だ。高校生男子に活力を取り戻させる奇跡の励まし方が君はそんなに嫌いなのか。絶対、妄想して喜んでいるはずだろうに。照れなくていいんだぜ? 男同士なんだからさ。
何にせよ少し活力を取り戻した少年は、
「バカな事言ってないでさっさと行きますよ!!」
「ところで誰を思い浮かべた?」
「答えませんよ!!」
そう叫んで彼はさくさくとした足取りで進み始める。
「はいはい」
元気になっただけ何よりだよ。
あんな気力の失せた様な目で素敵なものを見つけられるかどうか不安だったからね。いつもみたいに、確かな輝きのある瞳で探し続けるといいだろう。君の目は決して誰かの想いを見逃さないのだからな。
そんな風にして進んでいく彼の足が唐突にピタリと停止した。
何故だろうと思い、どうした? と声を掛けようとしたところで私は彼が足を止めた理由を何となく理解した。
それは声。
そして歌だった。
「歌……、か?」
「……はい」
何となく気を惹かれた様子の彼に対して呆れを抱いて腰に手を当て私は言った。
「一々、路上ミュージシャンの歌に興味を惹かれている暇があるのか?」
確かに上手いとは思う。だが大抵、見向きされないものだ。
酷い事を言っているのは自覚しているが。そもそも時間減ってきているのだから時間を惜しんで捜索に当たるべきではないのだろうかと私は考えるんだけどな。
時間はすでに九時近いんだぞ?
これだけ探しても気に入ったものが見つからない。君が凝り過ぎなのか、君が不幸なのか。まぁどちらにせよ君の責任だけれどな。
だからこそ頑張れよ。
路上ミュージシャンの声に気まぐれに耳を傾けておらず。ロックの歌が格好いいからと立ち止まっていずに、歩き続けるべきだろう。
だが私のそんな内心とは裏腹に彼はどこか引き寄せられるかの様に歌声の方へと歩き出してしまった。おい、と声をかける私の声も無視して速足で、そして駆け足で、駆けだしていってしまった。しょうのない奴だと思いながら私も後を飛んでゆく。
歌声が聞こえる程に近い距離だった。
近くの丘、高台の場所でギターを弾きながら想いをぶつける様な言葉が歌となって暗く沈んだ夜の空間に拳を振うかのごとく反響し、世の中に響き渡る。素直に上手いと思える声、立ち止まる者も数名いた。けれど大抵の人は気を留めた風もなく去っていってしまう。
歌を歌うのは一人の男性だった。
前髪をかき上げた特徴的な水色の頭髪をしている贔屓目に見ても格好いいと言う印象の男性だった。厚手の服装をし首にマフラーを巻きながらギターを弾きならし、嬉しそうに、なのにどこか悲しそうに彼は弦を弾き声を世界へ向けて弾き出している。
歌の内容はよくよく聞いていればロックの曲調ではあるが、懺悔する様な慟哭の叫びの様な切ない歌詞だ。一人の少年は山にある立派な大木が好きだった。彼は足繁く通っては、その大木の面倒を見続けた。だけれどいつしか山は元気を失って枯れてゆく。大木も同様に切り倒されていなくなる。そんな中、その大木は新しい新芽を出した。少年はその新芽を大事に手に掬い自ら初めから育て始める。けれど、自分の拙い手では育っていく事はなく。その新芽は芽を出しているのに、芽を出さない様に育ってはくれない。あの日の様な大木へ成長していってはくれない。そんな中、近所の住人が家に通った際に樹の面倒をみてくれた。新芽は日の当たりどころが悪かった。そんな事にも気づかず育てていた自分に悲しみを抱く。同時に自分には何も出来ないという無力感に彼は包まれた。ああ、夢は自分達の手では叶わない。そのフレーズが物悲しい。そして彼は、その相手に新芽を与えて別れを告げる。垣根一つ向こうの世界がどこまでも遠く感じる。たったこれだけの煉瓦の壁が遠すぎてならない。こんなダメな自分が、あの新芽の世話を今一度しては枯らしてしまうだけだろう。ならばそのままそこで育っていってほしい。大きくなってほしい。自分の事は忘れておくれ。そしてもう自分は君へ合わせる顔がないのだから。日の当たりどころさえ見誤った自分達は、もう日の目を見る資格はないけれど。かつての大木の様に君は日の光に身を浴びながら何処までも輝いてください。もう会う日はこないでしょう。君の様な燦然と輝く太陽へ向けて進みゆく存在に私たちは溶かされてしまうだろう儚い存在だから。
だから、さようなら。
もうこれ以上、君を枯らさない様に。私たちはこの手を放そう。愛しい君を手放そう。
そしてシャン……、と揺らされた弦が最後に震える音が鳴る。
歌いきった男性は高く掲げた指先をそのまま停止させて、目尻に涙を浮かべていた。
果たして私にはこの歌に何人が共感を抱いたのかはわからない。だけれど切ない歌で、寂しい歌で、救いのない歌だった様に思うよ。少年も新芽も、どちらにも。だがグダグダ文句を垂れていた私は思わず小さく拍手を送っていたのだから自分でも驚いた。
立ち止まる人もまばらで、拍手する人は人の良さそうな老夫婦とかそう言う人々だ。
若い者はあまり見向きもしなかった。
だからこそだろうな。一番若い年齢であった彼の拍手が一番大きく響き渡り、そして男性の注目を一番強く引き寄せたのは。パチパチパチ、と一人大きく拍手する音が反響する。その音を辿って男性は少年へ目を向けてしばしきょとんと、唖然としていた後に微笑んで深々とお辞儀をした。
この出会いを後の私が簡潔に述べるとしたならば結論はこうだろう。
この出会いは運命だ、ってね。
高台で少年は男性と言葉を交わす。
昼間ならば綺麗だろう新緑の丘の上で男性はんーっと背伸びしながら少年へ向けて呟く。
「ここの星空は綺麗だろう?」
空に輝く満天の星空を眺めながら彼は告げた。
「とはいえ都市開発で昔より見えなくなってしまったけれどね」
「そうなんですかー……。でも、今も綺麗ですよねー」
「それは当然さ。星は綺麗なまま。見上げるこの場所が徐々に小奇麗になってくからわかりにくくなっているだけでね」
夜中でもキラキラとした夜景を丘の上から見据えながら男性は呟いた。
「今日は拍手、ありがとう。久々だったよ。あんなに想いの伝わってくる拍手は」
「良く歌うんですか?」
「昔はね。今はダメだ。と言うか私なんかダメダメだからね」
何処か達観した様子で丘の柵に背を預けながら諦めた様な笑みを浮かべる。
「ダメダメなんかじゃないと思いますけどね僕は。あんな歌が歌える人が」
「そうかな?」
そう言ってもらえると……何だかホッとするよ、と男性は安堵した表情で頷く。
「私は本当にダメ人間だからね」
自嘲の笑みを浮かべて小さく呟く。苦笑じみた笑い、それには果たしてどれだけの感情が詰まっているのか私にはとんとわからなかったよ。大きな事に呑まれて諦めてしまった、そんな挑戦者が敗北者へと至った者のみが放つ雰囲気を私もそうだが少年も感じただろう。
頑張って足掻いて歯を食い縛って生き続けて。
それでも夢を成し得なかった敗北者の姿がね。
だけれど彼は敗北者なだけで。ダメな人間などでは決してないと思うよ。本当にダメな神父足る私が言うのだから間違いない。……なぁ、読者諸君。ここはツッコミ入れるべきところじゃあないかな? 神父さんだってダメ人間なんかじゃないよとかさ? ここでフォローが入る事を期待して待ってるんだけど音沙汰がないのはどういう事かな?
……くそう、いいさいいさ。私は後でフィギュアのスカートの中でも覗いて慰めてもらうからさ。精々、君らは一年に一回くらいしか食わないだろう七草粥の味でも思い出していろよ。
そう考えている間に男性は近くの自販機で買ったホットの『keyコーヒー』を二つ購入すると片方を少年へ手渡した。
「寒いからね。あったまるよ」
「ありがとうございます」
穏やかな表情で少年は受け取るとプルタブを引っ張り缶を開ける。中に揺れる黒い水面が夜の闇と調和してどことなく美しく見えた。彼はそれをそっと口へ運び「温まりますね〜」とほっこりした表情で呟いた。
「美味しいよな、コレ。私、好きでね」
「僕も良く買いますよ」
「そっか」
嬉しそうな笑みを浮かべた後、コーヒーを口へ運ぶと「……ああ、美味い」と満足げな笑みを浮かべた後に膝の上に乗せる様な形で持った。
「さっきは本当にありがとう。感激して泣きそうだったよ拍手」
照れ臭そうに呟く男性に向けて少年が微笑みを浮かべて、
「二度目ですよ、それ言うの」
「はは、そうだね。でもねぇ……本当、嬉しかったよ。この寂しいだけみたいな歌を年明け間もない日に歌う奴なんかに、あんな盛大な拍手をくれた事。感激した、うん」
「悲しいですけど……素敵な歌でしたから」
「そうかい? 歌詞の内容は物寂しいものだったよ?」
「それはそうですけど……」
なにせ夢を、願いを、希望を失った少年の物語だ。誰も幸せに成れず苦痛だけがずっと残り続ける。そんな歌を私は寂しくて一人だったら訊いていられないけどな。多分、というかきっと君には違った風に聞こえたんだろうな。
近しいものを背負った君自身に。
そしてこの歌に共感出来てしまうだろう君の好きな子に対して。
涙が止まらずに大地へ零れ落ち続けるんだろうね。憶測に過ぎないけれどな。
少年はしばし黙考の末に穏やかな表情を浮かべて男性へ告げた。
「だけど、この歌には大切に愛したって言う想いが含まれてます。大切で大事で愛おしくて自分達が頑張って愛してやりたいっていう願いが。同時に愛しているからこそ、自分達はもう干渉しない道を選ぶっていう悲しい想いが」
そして多分ですけど、と呟いて。
「傷付けてしまうかもしれないけれど、また共にありたいって言う希望が」
少年がその言葉を告げた瞬間に男性はハッと目を見開く。大きく見開く。
どれだけ胸を貫いたんだろうな、その言葉は。私の目からみて多分、おそらくの領域内だけれど、この男性は今一度だけでもいいから失った手放したものと逢いたいんだろうな。
歌詞は想い。歌は願いだ、ととあるタヌキが言っていたよ。
ぶっさいくな奴がね。
あれだけの想い溢れるあの歌が、彼の想いを受け継いだ歌なのに違いはないだろう。彼もまた、何かを背負って疲れて休んでいる者なんだろう。
男性は柵を両手で掴み、星空を仰ぎながら呟いた。
「まったくなぁ……、こんな日に歌ったせいだろ、ホントさ……」
――こんなに理解してくれる聴き手に逢うんだから
困った様な苦笑を浮かべて頭を軽くわしゃわしゃと撫でる様にかくと、男性は少年の方を見て、安らいだ表情で告げる。
「今日はありがとう。こんな私の唄を聴いてくれて」
「こちらこそありがとうございます。あんな素敵な歌を聴かせてくれて」
ははっと互いに笑いあう二人。
そして男性が腕時計を一瞥して、
「ところで君は地元の子ではないよね? こんな遅くまでいいのかい? そろそろ帰った方がいんじゃないか……いや、旅行者かな?」
「ああ、時間はそうですね……一〇時半までに帰れば平気ですから」
「そうか。まぁ駅も近いしね。しかし旅行ではない様子だけれど……何か用でも?」
その問い掛けに少年は少し話すべきかどうかを迷った後に、
「実はある子の誕生日プレゼントを探す為に来たんですよ、練馬から」
「そりゃまた遠路遥々とまで離れてるわけじゃないが遠い場所からやってきたね? けど、そうか……誕生日プレゼントか……」
考え込んでいる。その反応が普通だろう。
誕生日プレゼント探す為に県境を跨いでいる辺りに不思議な想いを抱いているのだろう。けれど男性はハッとした様子で、
「……そうか。さては好きな子へのだろう?」
少しにやっとした笑みを浮かべて何処か楽しげに問い掛ける。
「好きな子とかではないです!! ただの友達、そうガールフレンドですから!!」
「何か彼女みたいな言い方になってて否定要素薄いけど、それならそう言う事にしておこうかな」
くつくつと笑みを浮かべながら男性は言った。
「しかし、そうかー……。今日が誕生日の子か……、何だろうな色々数奇なものを感じてしまうよ」
「……どうかしたんですか?」
わからないと言った様子で少年は疑問符を浮かべる。
私にもこの男が何を連想しているかはわからない。
「いいや、何でもないよ」
「……そうですか?」
「ああ、何でもない……」
そうは言いながら男性はここではない何処かへ思いを馳せる様な表情だった。
そしてやがて小さく、
「……これも何かの縁なのかな。私にとって大切な日に、君と逢ったのは」
そう、呟いた。
そして男性は少年の方を少しの間見つめた後に「良かったら、私の家に来てくれないかな? 誕生日プレゼントとして君の御眼鏡に叶うものがあるかもしれない」
向けられた発言に少年は「え?」と不思議そうな声を零したが、僅かに考えた後におそらくはもう探している時間も少ない為に賭ける様な気持ちで男性の提案を飲んだのだろう。少年はじゃあ……、と肯定を示す。男性は「なら急ごう。近所だから時間はかからない」と告げると先導する形で足を進めて行った。
「いいのか?」
空気読まない発言だが私は問い掛けた。
時間的に考えてもこれが最後くらいだと考えるよ。もしかしたら一件くらい探す時間は残っているかもしれないけれどな。それでも不確定要素しかない可能性に賭けて駆ける選択をした事をいいのかと問い掛けておく必要がある。
それに対して君は何処か根拠もない癖にこう言ったから驚きだ。
「大丈夫ですよ。きっと」
辿り着いた先は一件の事務所の様な家だった。
一般の家にしては珍しい形式を取っている。だが中へ入ってみると少しばかり得心がいった。どうやら歌のレッスンと彫金を教えている場所の様だ。道理で一家庭にしてはいらないだろうものが多いわけだ。少年も中へ入った瞬間に少し驚き意外そうな顔をする。
そして男性は少し寂しげに、
「歌を教えていると言っても寂れているけれどね。客も数人程度だよ」
儲かってはいないのだろう。
だろうな。外から見ても寂れて、時代に取り残された様な気配が感じ取れるのだから。習いに来る人もマチマチで、おそらくはカツカツの人生を送っているんじゃないだろうか。
男性は中へ入った後に「多分、この部屋に……」と言いながら一つの扉を開く。
「ただいま。今、帰ったぞ」
と声を発する。その声にすぐさま気が付いた様子で綺麗な女性の声が返された。透き通った鈴の音がなる様ないい声だ。
「おかえり、あなた」
そう言いながら顔を見せたのは綺麗な女性だった。順当に考えて妻だろうな。
「綺麗な人ですね……」
「そうだな。この男を呪殺したいくらいだ」
「止めてください」
そんな他愛のない適度な嫉妬を適当に諌めた後に少年は「こんばんわ」とお辞儀する。
女性は少し驚いた表情を浮かべた後に男性に目を向けて「あなた。こちらの子は……?」と問い掛けた。
「街で歌っていたら、歌を聴いてくれてね。拍手までくれた優しい子だよ。仲良くなったから家へ招いてみたのと……、好きな子への誕生日プレゼントを捜しているそうだから連れてきたんだ」
前半の内容にほんのりと良かったですね、と言っている様な優しい表情を浮かべた後に後半の言葉に何か感じ取るものでもあったのか、何処か寂しげに、けれど嬉しそうな複雑な表情を浮かべていた。女性は「そう……」と穏やかな声で呟いて、
「こんばんわ。私は――って言います。君のお名前は?」
「ああ、僕はハヤテです。綾崎ハヤテと言います」
「そう。ハヤテ君ね。この人の歌を聴いてくれてありがとう。……そして、あなた? 何で少し汗をたらたら掻いてるのかしら? しかもさっき耳元に『名前聞きそびれてた……』っていう実に礼儀のなってない言葉が聞こえたけど気のせいかしら?」
「……名前なんて言い合ってなくたって……。通じ合う想いはあるよな」
「……はぅっ」
いや、そこで赤面するなよ。そこは『バカな事言ってないで自己紹介しなさい』とかじゃないのか普通。何で赤面するんだって。星を見る様にキラーンと格好つけた言い訳に対して惚れたみたいに赤面するのは何だこの斬新な反応は。
少年も苦笑をははは、と浮かべて間を流すだけじゃあないか。
ツッコミ命の君の出番だろうに。
「何と言うか言わなくてもいい空気が出来てたからなぁ……。ともかくよろしくハヤテ君。私は――と言うんだ」
互いに挨拶を交える。
「あ、はい改めまして……!! それでその……誕生日プレゼントにいいかもしれないものって言うのはどれでしょうか……?」
「そうだ。時間無いんだったもんな」
「これとかでしょうか……?」
と、おそらくは奥さんが彫金したであろうアクセサリーの類に目を見張る。壁や棚に立てかけられた煌びやかな品の数々には値札が貼られている。どれもそこそこの金額だがこの日の為にアルバイトにも精を出した少年に買えない額ではない。
そんな風に見渡す少年に対して男性は「ああ、違う違う」と手を振ってから、妻の肩に手を置くと「……アレを持ってきてくれるかな?」と少し寂しそうな表情で呟く。
頼むよ、と。
その言葉に女性はしばらく考えた後に「……そうね」と呟いて「ちょっと待っていてね」と二人に告げてから彫金部屋へ入ってゆく。しばらくしてから女性は戻ってきた。その手には何かネックレスの様なものが握られている。
そして手に乗せたまま少年の元へ宝物でも乗せている様に丁寧な仕草で見せた。
「……これは……」
少年の口から思わず感嘆の息が零れる。
私も同様だった。動揺するさ、そりゃあ。
何と言ってもその細工だ。繊細で綿密でどこまでも手の込んだ空色を基調とした銀のネックレス。単純に綺麗だと思える一品だった。だが何よりも驚かされたのはネックレスに飾られたイルカの装飾だった。飛び跳ねたイルカ。その傍を羽の装飾が彩る。
「私はですね。昔はまぁ、別の仕事やってたけど今は辞めて……現在は昔から手先が器用だった事を生かして彫金の仕事してるんです」
それでね、と語りかけて、
「これは今から一年前……。ある子に渡そうと思ってた誕生日プレゼントなんです。だけれど私達にこれを渡す資格ないから……作るだけ作ってそのまま放置し続けてきた……そんな渡す時期を失った品です」
そして少年の顔色を窺って苦笑を零して、
「やっぱりこんなのじゃダメよね。いわくつきだもの」
と哂って品を仕舞おうとする。しかし少年は焦った様子でそれを制止した。
「あ、違うんです!! ちょっと茫然としてたのは、その……細工が本当に綺麗だなーって思ったのと……」
そのネックレスの向こうに君は観ただのろうな。
魅てしまったのだろう。
彼女の本当に嬉しそうな笑顔というものを。だからこそ思っただろう、欲しいと。そして想っただろう、彼女の笑顔を。
「……あの、これ売って頂けませんか?」
とう、問い掛ける。
その言葉に夫婦は互いに頷き返して、男性はこう言った。
「私は初めからこれを君に見せたかった。何となく思ったっていう特に理由も無い自分でも可笑しな理由なんだけれどね。これがぴったりな気がしてならなかった。だからこれを君に渡したくなったんだ」
男性の後に続く形で女性が柔らかな笑みで言った。
「私的にはそうねー……。行き場を失ったコレが。誰かに想いの役に立ってくれるなら手放してもいいかもしれないって思いました。……これでお別れね」
私には最後の言葉がアクセサリーに向けられたものには思えなかった。
アクセサリーを通して完全に別れを告げるかの様な物悲しさが伝わってくる。私はしばし熟考の末に少年へ向けて問い掛ける。
「多分、形見の品か何かだぞ。雰囲気的に」
だから、と前置いて。
「大切に受け取ってやらないと神は怒るだろうね」
死んだ子供への切ない想いが込められているのだろうからな。
(ですよね……。渡す資格がないとかは多分、僕へ気を使って生きている様に……)
まったくだ。優しい夫婦だよ。涙が出そうになる。
子供の形見をこんな見ず知らずの少年に譲ってくれるなんて本当にいい夫婦だよ。少年は少し目尻に涙を浮かべた後に、
「買わせて頂きます――いえ、買わせてください。おいくらでしょうか?」
「お金は……そうだね、いらないよ。渡したかった、託したかったと言うのが私の内心なのだからね」
夫の言葉にええ、と頷く女性。
「ただ、少し待っていてくださいね。最後の仕上げをまだ、あの日から終えていないから……。少し待って頂ければ済む磨き作業だからちょっとだけ待っていてくださいね」
そう言い残して女性は彫金室の中へ。
愛しい子供を愛でる様な触れ方でイルカのネックレスを指でなぞった後に最後の仕上げを黙々とこなし始める。どんな胸中で仕事をこなしているのだろうな。亡くなった子供との繋がりを他人に託す気持ちというのは。
一つのケジメを迎える為なのだろうか。彼女は穏やかな母親の顔をしていた。
だけれど何にしても、
「良かったじゃないか。ようやく気に入ったものが見つかって」
そう私は投げかけた。
「はい。ここまで足を運んだ甲斐がありました。思わぬ収穫、と言う奴なんでしょうか」
おそらくは彼女の事を脳裏に浮かべているのだろうな。いつもの君の顔だ。
……いつも好きな子に惚気ていると言う事になりやしないだろうか? しかも両想いの。なんだろうな、それを考えるとムカつきが再燃してくるが……。
だが、ま。
こんな日くらい嫉妬の一つや二つ抑えておこうか。神父だけにね。
「これで目的達成だな」
「はい」
少年は本当に嬉しそうに笑顔を浮かべて言葉を零した。
「これでルカさんに、素敵な誕生日プレゼントが送れます♪」
その言葉が部屋に現れた瞬間だった。
唐突に女性は磨く手をピタッと止める。男性は妻を見守っていた優しい表情が一変し驚きに満ちた様な表情で、愕然とした様子で少年の方を見た。そして何事だろう、と少年が目を合わせようとした途端にふぃっと視線を逸らして口元を手で覆い隠す。
まさか、そんな、と言う言葉が耳に入った。
何事なんだ。
そんな風に頬に汗が垂れる感触に妙な緊迫感を覚えながら、私は自分の推察が異なっており、もしや……、という観念に捕らわれた。それは普段どこまでも鈍い君も同じの様だな。信じられない様な表情が全てを物語っているよ。互いにね。
そんな全員が固まった中で一番早くに動いたのは男性だった。
男性は固まった女性の元へ歩いてゆき、
「――仕上げ、私も手伝っていいかい?」
と語りかける。その言葉に女性は顔に影を差したままで頷いた。その際にポツン、と小さな滴がテーブルに滴った。
そして男性は自分が手を出すまでの妻が仕上げを仕立てる間に少年の傍へ歩み寄ると、
「すまないな。ハヤテ君」
「……なん、ですか?」
申し訳無さそうに苦笑を零しながら、
「お金、要求する気は無かったんだけれど。やっぱり払ってもらって構わないかい?」
「それは……と言うか払う気満々でしたから、構いませんけど……」
「そうか」
と、神妙な面持ちで頷くと、遠くを見つめる表情で呟いた。
「もしここでタダで君にコレを渡したら意味がなくなる。これは……このアクセサリーは私達のプレゼントになっているだけで……君の想いを託しきれなくなる」
だから、と強い語調で呟いて。
「君が思った金額で構わない。君の払える金額で構わない。その額を払って欲しいんだ」
真剣な表情でそう告げる。
思った通りの金額で構わない。一円でも一〇円でも一〇〇円でも一〇〇〇円でも。少年が払いたいと感じた金額で構わないという事。
私は正直、予想がついた。だから予めため息を一つ吐かせてもらおうか。
はぁ……。
そんな私の予想を全く覆す事無く君は予想通りの君らしさを見せるのだろうからな。
君が男性の手へ渡した財布丸ごとの迷いなさに呆れてものも言えないよ。
格好つけるなしょーねん、よ。
手にイルカのイラストが描かれたビニール袋を提げながら少年はすっかり遅くなっている夜の街を歩いていく。隣には私、それと男性の姿があった。
子供一人は危ないよ、という事で見送ってくれている次第だよ。
実際にはかなり複雑な模様で二人供歩いているのだろうけどな。なぁ空気読めないな私になっていいかい? 無言で駅まで歩かれるのに見えてないから気を使ってももらえない立場の私としては現状、すごくしんどいんだけど。逃げていいよな?
「一年前のクリスマスの日だったよ……」
語り出すなよ、唐突に!! ふぉおおおおお!! 絶対しんみりする結果しか見えない!! その空気と無関係な私はどう語りをやれと言うんだぁっ!?
「クリスマス、ですか……」
乗っかるなよ!!
いや、無理だろうってわかってるけどさ!! 知ってるけどさ!! この空気の中でぼっちな私はどんな振る舞いしたらいいんだよ!? さっきまでだって比較的大人しく大人らしくやってたのにどこまで大人らしく大人しくしていなさいっての!?
ぬぁああああああ……!!
「ハヤテ君はクリスマス、楽しかったかい?」
「あはは……、正直なところ最悪でしたよ。語ると長いので割愛しますけど」
「そっか。私も最悪だったよ。私の子供はもっと最悪だっただろうけどね」
瞼を下して昔を思い出す様に男性は語った。
「私はね。いや、私たちはね。自分達の夢を叶えたかった。成し遂げられない願いを成就させたかった。だけれど私たちに芽は無いんだよ、もう。だから新芽に託した。咲き終わった私達じゃなく、育ちきった私達じゃない、伸びしろのある新芽をね」
新芽。あの歌詞の指すものが何であるのか今ようやく少年は理解しただろう。私もだ。
「仇の様に思っていた。芽のないもの達を容赦なく摘んでしまう、あの世界を。だから私達は新しい芽吹きに全てを託し続けてきた。きっとこの新芽を育て続ければ勝つ事が出来る。この競争を続ける世界に対して」
だからこそ一身にその一心を背負った少女がこの世界に一人いる。
その事を少年は知っているのだからな。
「だけれど芽は日の目を見る日なんてきやしなかった。そして私たちは勝手に項垂れた。酷い話だろう。我々の都合を勝手に背負わせて、身勝手に期待して、勝ってはくれないんだなと挫折して。そんな育て方を十何年……」
縛り付け続けてきたんだよ、と男性は言った。
広大な世界の中に一つの芽を植えた。何時しか日の光を受けてどこまでも大きくなって頂点を目指す大木を願った。けれども何時まで経ってもその日は来ずに。
彼らは諦めていない新芽に身勝手に挫折をした。
「……そんな新芽がある日、急に日の芽を見たんだ。どうして、何故、という考えは簡単に解明されてしまった。いけなかったのは私達そのものだった、それだけだ。どこまでも私達はダメダメ以外のなにものでもなかった。ただ、それだけだよ。育てる才能なんて無い。他の誰かが手入れする。たった、それだけ。知識豊富な彼らが手を加える」
――たった、それだけで芽吹き、太陽の下で燦々と輝いたんだ
それは果たしてどんな気持ちだったんだろうな。親の理想を勝手に子供に押し付けたという点では確かにいけないのかもしれない。だが、芽を輝く場所へ行かせてやりたかったという執念めいた想いだけは本物だろう。
だけれど、それは。
知らない間に別の誰かに育てられてしまった。
今まで育ててきた成果をあと一歩のところで取られて、開花の瞬間を見られなかったのだとしたのなら。……それはすごく悲しくて寂しい事だな。
「その瞬間に何か支えだったものがポッキリと折れたよ。何もする気力がわかなくなった。二度目の夢に破れた時、私達は立ち上がれなくなった。だからこそ一人で立ち上がる芽に背中を背けた。こんな弱い自分を見ないでくれってね。その時の芽は……、きっと嬉しさの感情でいっぱいだっただろうって思う。でも私達はいっぱいいっぱいだったよ、もう」
手から離れた新芽に何とも言い難い程の距離を感じてしまったから。
この手の平で大切に、大事に、愛おしく、ずっとずっと夢を抱く様に育て続けてきた芽。その待ち望んだ開花の瞬間を見逃した。更にそれを開花させたのはずっと手渡したくない相手の下であった。
自分達は芽吹かせる事も出来ない愚か者だー……、その時彼らはそう思ったのだろう。
「私は芽に対して別れを告げる事に決めた。と言うか一緒にいる資格がない気がしたよ。そして別れと同時に私は芽にひどい置き土産を残して去った。あの子がこれを見て、私達の事を憎んでくれて構わないと思いながらね」
一緒にいられる程に自分達は強くない。
しかし、夫婦は考えてしまった。一人きりにするのか、大切なあの子を、と。眩しくて見れない、だけど大切な芽である事はずっと変わりなかった。だから残した。あの事の唯一の様な歪んだ絆であろうとも未練たらしく残した。
そしてその証を見て人生を縛り続けてきた愚かな自分達を憎めるように。両親への良心など捨てて恨んでくれて構わないと思いながら彼らは書いたそうだ。
「必死だったなぁ……。ただ手紙を書き上げるだけで、涙で紙面を濡らさない様にペンを走らせたのを良く覚えているよ……。字、崩れない様に必死だった」
鼻の奥がきつくなった。
どんな想いでその子との別れを、最後を行おうと文をしたためたのか、星空を眺めながら真っ赤な目元で呟く男性を見ながら私達二人は堪えるのに苦労したんだぞ、本当。だから語らせたくなかったんだよ。
「それとね。もう一つ。悔しかったさ、全部終わったからね。だけどね、同時に少しは嬉しい気持ちってのがあったんだよ、心の片隅にずっとずっと残ってた。なのに気付かないふりして必死でさ。認めてやりたい気持ちと認めたくない気持ちがせめぎ合ってた。その嬉しい気持ちが少し前からさ……」
――溢れ出して止まらないんだよ
右手で顔半分を覆う形で顔に影を差しながら男性はくぐもった声で呟いた。
苦しさと切なさと愛しさと後悔が滲み出る様ないくつもの感情を交わらせた声。
「一緒に……いられないんですか、もう一度」
横を歩きながら少年は小さいが確かな声でそう呟いた。
男性は首を軽く左右へふるふると振った。
「近づいたら私達じゃ枯れさせてしまうよ。せっかく、せっかく日の光に照らされてあんなに素敵に輝いている若木を……私達じゃあ枯れさせてしまう。一緒にいたいさ、いたいよ。家族なんだ。娘なんだ。一緒にいたくないわけがないさ……!!」
でも無理だ、と言葉を断じる。
首を大きく振って綺麗な水滴を街灯の光で煌めかせながら自らを断じた。
「あの子の傍に私らの様な枯木は似合わない、不釣合いだ。私達はあの子の足枷にもうなりたくないんだよ。あの子もきっと僕らを恨んでいる。夢を見た結果の残骸なんて夢のないものを背負わされて恨んでいる。それはいい、望んだ結末だからね。きっとあの子の中では私達なんてとっくに終わっている」
そして、と呟いて。
「ここから先はあの子の人生だ。もう口出しする気もない。ただ口出しはしないけど願い続けているよ。あの子の人生が……私達と過ごした日々よりもずっと幸せな日々を送れるその日を」
ぐいっと目尻の涙を拭って男性は赤く泣き腫らした顔を上げてにっこりとほほ笑んだ。
到着だ。
夜でも旅人を迷わせない様に明るく光を発する駅に到着していた。男性はポンと軽く少年の肩を叩いた後に我々を背に元来た道を歩き出してゆく。そして去り際に少年へ向けて彼は告げた。
「友人か、恋人かは私は知らない。だけど一言だけ言い残してゆくよ」
――娘をよろしく頼みます
その言葉を訊いた瞬間にぎりっと歯を食い縛って少年は後ろを振り向かないまま声を発した。
「僕がプレゼントを求めた相手である娘との出会いは彼女が怪我した時でした」
ビクリ、と大袈裟に肩が揺れる。
明らかに娘が怪我したのくだりで動揺の色がまったくもって隠せていない父親の反応だったよ。男性は顔こそ見えないが内心では『怪我!? 怪我!?』と言う想いだったのではないかなと私は推測する。
「僕は病院へ連れていこうとしました。だけれど彼女は拒みましたよ、病院はダメと」
今となってはわかる。不都合と言うかデメリットの多さが。
仕事に支障を来す他に、治療費等払えない可能性もあったから。
「その癖、絶対に間に合わせてほしい場所があった。僕は巻き添えに彼女を怪我させてしまった事も含めて罪悪感凄かったです。だから願いを成し遂げる一心でどうにかその場へ間に合わせました。その時です、彼女がアイドルと知ったのは」
借金返済の為にも休む間もなく頑張り続けていた事を後で知る。
自分とのあまりにも似通った境遇に他人とは思えない程に共感したことを少年は思い出している事だろう。
「その後、僕は彼女が漫画家を目指している事を知りました」
「……漫画家……、そうか」
さして驚く気配がない。
親だから。きっと彼女がレッスンの合間に漫画に目を輝かせていた日々の事も知っているのだろう。そうかぁ……、と得心いった様に男性は呟いた。
「そんな彼女の第一作の題名が――『フライ・ドルフィン』と言う同人誌です」
「!?」
思わず俯きがちだった顔を上げる。背中を向いている少年には見えないし私にも表情は読み取れない。
「信じられない不幸の数々に遭遇してゆくストーリーでした。だけれど……」
ぎゅっと拳を握りしめて少年は力強い語調で告げた。
この言葉が男の胸に突き刺さるくらい鮮烈に深々と届く事を祈りながら。
「ご両親が決めたって訊く『フライ・ドルフィン』の名前。それを漫画の一作目に使ったんですよ? 恨みを抱いているなら、どうして自分の足掛かりともなるべき一作品目に、その名前を使ったかわかりますか?」
僕の勝手な想像で憶測でしかないけど、と呟いて。
少年は少女と過ごした日々の数々を思い出しながら。
「彼女は両親がいなくなった事を悲しんでこそいれ、恨んでなんていない。それどころか両親の夢をどんな形であれずっと引き継いで生きている。お二人の大切な夢の始まり『フライ・ドルフィン』の名前と意味に、彼女は何時だって夢を抱いて生きている!!」
辺りを行き交う人々が何だ何だと二人を不思議そうな表情で一瞥しながら歩いては去ってゆく。だけど、そんな視線は気にも留めない。気にしている暇は彼らにはないだろうさ。
だからもう私は見物客の気分で視させてもらってるよ。
空気に入れないからね。
だから客観的に、主に男性の顔が見える位置で見守る私が語ってゆこう。再開するさ。
男性は今、とても誰かに見せられる顔じゃあないって事をね。
涙でぐちゃぐちゃだからさ。こんな事になっていても、自分達との繋がりをまだ持ってくれている一人の少女に対して今にも泣きそうだ、泣き叫びそうだ。噎び泣きそうだよ。
仕方ないから霊体ながらも肩をぽんぽんと叩きながら語りを続けていくしかないな。
「それともう一つ。お二人は……、アイドルとして開花するに当たる、その日にルカさんがどんな想いでオーディションを受けたと考えているんですか?」
それは……、と涙声で呟く。
知っていて去ったにせよ、知らないままに去ったにせよ。今一度話さなくてはならない。対話のないまま別れてしまった親子の溝を、少年自身が。
「……私達では芽が出ない。だから、業を煮やして……大手のオーディションを受けた、とかじゃないのか? 当時は本当に苦労させてばかりで……」
「違います」
そんな泣きっ面に蜂の様な事はしない。
あの素直で人を大切に思う少女に限って。
「芽吹く気配のない自分へ嘆く両親に対して彼女はこう思いました」
――光り輝く大きな空を
――この両親に見せてやりたかった
「誰にも相談せずに、一人で考え一人で決めて、彼女は行動しました。全ては両親の為に『私達の人生は失敗だったと嘆く両親に』」
――そんな事はない、と慰めてやりたい一心だったんです
その言葉を訊いた瞬間に私は見たよ。茫然と佇む男性の目から涙が垂れる様を。
一滴一滴、次第に増えて。堰を切った様に留まる気配もなく流れては大地へ染み込む感情の滴。
男性は空を仰いだ。暗くて星と月に照らされた空を。
「情けない……、情けないなぁ……。娘はずっと私達を信じているのに……私達ときたら見切りをつけて勝手に蒸発、か……」
ははは、と乾いた笑いを零す。
「人目を気にせず嗚咽塗れに噎び泣きしたいよ」
「泣きたいときは泣けばいいんじゃないですか?」
背中を向けたまま二人が言葉を酌み交わす。
「まだ泣けないよ。泣くときは妻と一緒だ。この話を……情けない夫婦の情けない物語を娘の美談と一緒に語り合って泣きたいね」
「情けなくなんかないですよ、お二人は」
「君は本当、優しいな」
ふっと口元に笑みを零して男性は泣き笑いの表情を浮かべた。
嬉しい気持ちと情けない感情が入り混じっているのだろう表情を。
「そうそう。折角のいい話、僕も別れ際に一つお返しに話させてもらいたいな」
「何をですか?」
男性はズボンのポケットに手を突っ込んだまま背中越しにちらりと一瞥し呟く様に言う。
「君が購入したネックレス。それの名前はね。『フライ・ドルフィン』って言うネックレスなんだよ。私の妻の最高傑作だ」
「手先が器用で驚きました奥様。それでどういう意味なんですか? 『フライ・ドルフィン』って?」
「特別に教えてあげようか。私と妻、それにあと一人しか始まりを知らない魔法の言葉だ。意味は『光り輝く空を飛ぶイルカ』……そう言う意味を込めて作られた言葉だ」
「それは……とても素敵な言葉です。教えてくださってありがとうございます」
「いい話をしてもらったお礼だよ」
さて、それじゃあ、と呟いて。
「ハヤテ君」
「? 何ですか――」
少年が何だろうかと振り向く刹那、ひゅっと視界に揺れる影が映った。その陰にびっくりして反射的に少年は左手で投げられたものを掴みとる。
それは財布だった。
だけれど、少年の財布とは違く大人びたデザインの財布だった。
「これは……?」
「私の財布だ」
「え、何で、僕に?」
おいおい、と苦笑を浮かべて男性は言った。
「君、無一文でどうやって練馬へ帰還する気なんだよ」
「…………あっ」
な。だから私は予め呆れたんだ。君、帰りの切符とか買ってないのに関わらず全財産込めた財布を手渡したのだから。帰りどうするんだとか思っても空気の所為で言い出しづらくて仕方なかったぞ、まったく。
少年は若干恥ずかしそうに、
「しまらない……」
と、呟いた。
愉しげな笑みを口元に浮かべながら男性はまぁまぁと言わんばかりに手を振って、こう告げた。夢ある未来を採譜の様に書き記すごとくそう告げた。
「私の財布、持っていてくれハヤテ君」
「え?」
「私は君の財布を持っているからね。だから――」
――次ぎ逢う時に交換しよう
しっかりとした声でそう告げた。次に逢う時に交換しよう、と。また逢う時があるから、と。その時が明日か明後日か……そんな事は私には全くわからないが。
多分会える時はこの夫婦が自分達を許せた時――とは正直思わない。
なぁに。堅苦しく考える事もないさ。
家族なんだ。
逢いたい時に、逢いに来ればいい。そういうもんだろう?
そして少年は背中を向けて時折目元を袖でこすって去りゆく男性に対して声を大にして放った。
「僕の財布の金額が底を尽きない内に来てくれると嬉しいですーっ!!」
「そうか。節約は得意だから時間かかるよ、きっとー!!」
「でーしーたーらーっ!!」
大きく息を吸い込んで。笑顔で手を振る男性へ向けて少年は叫ぶ様に告げる。
「ルカさんが喜ぶ顔を見たくなった時に何時でもまた逢いましょうっ!!」
きっとあの夫婦が来るだけで。
遠ざかる背中を見据えながら何となしに私は思ったよ。
少年。
君の想い人は素敵な笑顔を浮かべて泣き笑いする可憐な笑みを浮かべるんだろうな。
5
正直、君には不幸の神でもついているんじゃないかと常々思っていたよ。
だからさ。まぁ、落ち込まずに宿命だと受け入れようじゃないか。
……うん、反論も返ってこない辺りが虚しいよ。限りなく虚しくて切なくて堪らないさ。まったくどうして君という少年は。
帰りの電車で車両トラブルの緊急停車と言う宿業を背負うのだろうかな。
今の言葉の通りだよ。可もなく不可もなく不可能な事態なだけの話。よくある車両トラブルって言うものさ。ただし残念であり無念であり痛恨な事に、トラブルの度合いは思っているよりも大きくて数時間の停止は余儀なくされているって事だけだけどな。
あれだけ爽やかに事を済ませたって言うのにな。
奇跡的に出会えた様な出来事で、全てとは言わずとも彼女の想いの片鱗は確実に伝えられて後は胸に抱いたその気持ちそのままに彼女との待ち場所へ向かうだけなのにね。
むしろ間に合わない可能性すら浮上させるとは。
君の不幸体質と言うものの恐ろしさは伊達や酔狂ではないよ。
君自身は絶対、伊達や酔狂であってくださいと懇願して望む事だろうけどな。
何にせよ。
これで誕生会には出席出来ない、で結末だな。なに、仕方ないさ。そう言う不幸な事も時として襲ってくるものだろうし。私の様に気楽に事を受け止めて諦めてしまったら楽な気持ちになれたりするかもしれないなー。
だから一応、進言させて頂く事とするが構わないかな。
「さて、これで諦めるのか君は?」
返ってくる言葉は一つ以外認めないけれどね。
「……諦めません。諦めるわけないです」
「ただの誕生日会にそんな躍起になるとは熱い話だ」
「ただの誕生日会なんかじゃないですよ神父さん」
――今日は出会って初めてのルカさんの誕生日なんですから
「間に合わせなくてどうするんですか。この一月八日に」
そうだろうな。そうだろうとも。でなくては私も流石にブチッと来るさ。
だってこの日を楽しみにしていた少年の傍で彼が色々頑張っている様を見せつけられてきたんだぞ? イチャイチャとかイチャイチャとかイチャイチャとか。この日の為に準備行う傍らで私は貴重な深夜帯とか何度か仕方なしに逃したんだからな。
その貴重な無駄になった私の時間をどうする。どうしてくれる。
此処で一番、私を苦しめた少年が時刻に間に合わないとか。
それは正直凄くムカつくのだが。私が耐えてきた時間をどうしてくれる?
「だが、ならばどうするつもりなんだ?」
感情論では解決はないぞ。物理的にな。
足が無いんだ。間に合う理屈は無い。
「君の身体がいくら凄くても流石に距離が在りすぎるだろうからな」
「……っ」
だけどそれでも、と少年は呟いた。
そして立ち上がると、スタスタと足を電車のドアへと歩いてゆく。そのドアの扉の羽間にがしぃっと指を挟んだ。周囲が何をしているんだとばかりにどよめく中で、少年は信じられない程の怪力で雄叫びと共に自動ドアを左右へ割り開く。
そうして方向を確認し即座にホームへ飛び出すと少年は全速力で走りだして行った。周囲の人が切羽詰った形相で走る少年に対してさっと道を開けてくれる。
緊急停車と言っても車両トラブルが起きたのは前の列車でね。その列車が先で停止している為に後続の少年が乗車している電車が現在最寄駅にて停車中という形であるので、扉を開ければ駅のホームが待っている形になる。
それでも腕力で扉を開ける少年がいればさぞ驚いた事だろう。
私は半自動扉のボタンを押してガー、という音と共に閉めてから後を追う事とした。
……うん、半自動ドアにはツッコミを入れないでやろうかな。
大人の優しさだよ。
ちなみに私が幽霊なのに開くボタンを押せた事に関してはポルターガイストだ。凄いだろう。そんな事を考えながら霊体故に空を自在に飛ぶ私は即座に少年の元へ追い付いた。線路上から飛び出して一般道路へ降り立つ君へ向けて問い掛ける。
「本気で走って間に合わせるつもりか?」
「仕方ないでしょう、手が無いんですから」
「タクシーとか呼んだらどうだ?」
「先程ちらっと覗きましたけど僕以外に急いでいる人達でごった返していて、とても乗れる気配じゃありませんでしたよ」
それもそうか。電車の影響は多大なのだから。
彼が足に困る様に他数多の数の人間もまたタクシーを使用する事だろうから彼に使える可能性は極めて低いだろう。だが、それならば……。
「携帯は? お嬢様とやらに電話して迎えと言う手もないか?」
「……丁度電池切れなんです」
「ほお。それはまた」
確か四〇分くらい前には電池は満タンだったろうに。
君の不幸体質は物理現象まで理を変えるレベルなのかもしれないな。
「……何か失礼な事、考えてませんか?」
「君の不幸体質は相当酷いな、と考えていたよ」
「……言葉もありません」
こういう時に間に合わないんだから。本当の不幸と言うのは本当に間に合わせたい時にこうして間に合わず、全てを投げ出しそうになる時の事だろう。
頑張っても報われない。
そんな時が本当に不幸な事だろう。全ての頑張りが無駄になる瞬間が。そこへ行き着くまで必死に頑張るぶん、跳ね返るダメージが。
だからこそ頑張る事を人は恐れるんだろうなと私は思うよ。
君みたいに頑張っても最後の最後に全て失う絶望感。頑張ったぶんだけ押し寄せる失敗した時の恐怖。そう言う感情があるからこそ人は頑張る事が怖くて怖くて、拒否された時が辛くて苦しくて仕方がないんだろう。
しかし、私がそう内心で考えている時だった。
少年の走る道筋の曲がり角から照らすライトの輝きが視界を覆ったのは。少年は芽を見開いて焦った様子で地面を蹴って壁に叩き付けられる形で身を回避した。対するバイクの主は驚きながらも冷静な様子で急ブレーキをかけ即座に停止する。
はっ、はっ、と息を荒く吐き出す少年に対してバイクに乗っていたライダーはヘルメットを外すと即座に近寄って大きな声で叫んだ。
「おい!! 大丈夫だったか? ぶつからなかったか? 何処か怪我はないのか?」
さらさらと風に揺れる茶髪と切れ長の目に夜中でも爛々と輝く赤い瞳。
随分と顔立ちの整った青年程の年齢に見える。青年は少年の容体を確認した後に「怪我はないみたいだが一応、救急車を――」と携帯電話を取り出す、その手をガシッと掴む。うおっと驚いた表情の青年に対して、切羽詰った声で告げた。
「救急車は……いいです」
「いや、確かに怪我はないみたいだし、俺も衝突したわけではないが……お前、避ける際に壁に衝突してるし一応検査して置いた方がいいと思うが……」
「構わないです。急いでいるので僕はこれで……!! ご迷惑掛けてすいません。それと、心配してくださってありがとうございました」
それだけ告げて少年は茶髪の少年に別れを告げて手荷物が壊れていない事にホッと安堵の笑みを浮かべて駆けだそうとした。
けれどその背を少年が言葉で止める。
「着席」
「ッ!!」
即座に少年がその場に屈み込んだ!!
少しの沈黙が流れる。私はそんな時間をジト目でぽけーっと見守っていたが、
「急に何ですか!?」
「いや、止める為に義務教育の期間に俺達の身体に刻み込まれたコードを発動させてみた」
成る程。着席と言われて思わず学校の習慣から少年は座ってしまった様だ。
体育座りだったけどな。
しかし止めて彼に何の利益があるんだろうか、と私が見守っていると。
「事情は良くは知らないが……」
急いでいるんだろう? と手振りで告げてから青年はぴっぴっと指先で自らのバイクを指さす。何だろうかと不思議に考えていた少年だったが青年の意図がすぐさま読めたらしくまさか……、と口を開く。
「いえ、それは迷惑じゃ……」
「なに、気にするなよ。俺もバイトが済んで暇になったところだ、ちょうどな」
だから、と呟きながらズボンのポケットから一人分のヘルメットを取り出した。
いや、待て。それ何処にしまってたんだ……!!
四次元ポケットなのか、そうなのかアレは……!? という事はアレか、石ころ帽子もその中に収納されていたりしないのか、それさえあれば私は女湯覗き放題に……!!
挫折した。幽霊だから必要ない事実に挫折したよ。
死んだりするものじゃないな……。子供の頃の夢が一つ砕け散ったよ……。
「何か大切な事があって、それに間に合わせたいって顔してるぜ? だったら肩肘張ってるな。乗れ。そして自分の願いを全うする事だ」
弓形に空を舞ったヘルメットを両手で少年は受け止める。
その顔にはしばし戸惑いが浮かんでいたが、やがて力強く頷いてお願いしますと呟いた。そして青年が跨ったバイクの後部座席に身を預ける。
「じゃあ、行くぞ。何か急いでる少年」
「はい……!! あの、ところで……」
「ん?」
少し黙考した後に少年は問い掛けた。
「……貴方の名前は……」
ああ、とからからと楽しそうな笑いを零しながら。
「俺か? 俺の名前は――だよ」
ヘルメット越しに聞こえる格好いい声音が少年の耳へ届く。
ああ、そうだ。
先程途中で区切った言葉を今一度言っておこうか。
確かに頑張った挙句、何も成し得ずに終わる事は絶望だろう。
けれどさ。
頑張って前を進む者にはちゃんと――世界は微笑んで手を差し伸べてくれる事もまた真実だと私は個人的に思うよ。
6
参ったわね。
ええ、まったくどうして参った話よ。別にルカも私もプロとしてミスなんてしていないわけなんだから、スケジュール通りにこなせば時間的余裕も完璧で、ルカを呆れ混じりにしょうがないわねと送り出せたはずなのに。
何でルカはまだ壇上で収録をする羽目になっているのかしらね。
大目玉って事で後半へ持ってこられていたのは仕方がないとして。
「こんな時に収録ミスって……!!」
スタッフの一人。新人が在り来たりなミスをした。けれどそれが致命的で。取りきる事が出来ずに今へ至り――、そして取り直しが決まってしまった事態に私は歯噛みする。
正直、この番組から降りるのはデメリットが大きい。
何せ有名ゴールデンの鑑と言うべき音楽番組『ミュージックミュージアム』は今まで多種多様に有名な音楽家、歌手たちを紹介してきた音楽関係の大御所番組。かつて伝説の『奇跡の歌声』、『黄金の歌姫』とまで称された歌手『ENIA』も登場し、流星の様に現れたバンドである『rainy, fine later』と言う大人気バンド。世界的歌手『奏声姫』こと『CLANE』と言った世界的鳴声を紹介し続けた番組。
だからここは安心して収録できる、と考えていたところ新人のミス……。
やってられないわ。別に誕生会がどうなろうが私はそこまで関係がない。けれど楽しみにして今日を頑張っていたであろうルカは遅れれば遅れる程に気落ちするだろう事は明白だった。そうすれば今後に響く事は間違いないと思う。
打算的で悪いわね。
でも正直、メンタル的に響く方が私は心配なの。
そして周囲のスタッフから何をやっているんだと怒鳴られる中で、ルカがステージ上から降り立って新人の男性のところへ近づいてゆく。
罵倒されるだろうと思っただろう男性は顔に影を差して俯いた。
そんな男性に声を掛ける。
「そんなに気落ちしないでください。失敗は誰にだってあります」
毅然とした態度でそう告げる。
「それよりもその失敗を二度としない様に今後に活かす事が何より大切ですよ?」
「それはわかってる……」
けど、と呟くには理由があるでしょうね。
同じ歌にはならないから。収録ミスの最中に撮っていたルカのこの後を想って本当に嬉しそうに歌うあの歌声は再度現れはしない。毅然としていても彼女の内情は漫然となってしまう一因が出来てしまっているのでしょうから。
焦っている。
余裕に見えてもあの子は絶対に焦って困って滅入っている。滅入りかけている。
待ち合わせ時間はどんどん近づいている着替えの時間もある挨拶の時間もある。そんな切羽詰った状況で彼女はいい歌を歌えるのか。
「水蓮寺さん……」
「ルカ君……」
あの子へ不安そうに心配を投げかける声が懸けられる。けれど、そんな子を振り切る様にしっかりとした眼差しを浮かべ顔をしっかり見せ、あの子は口を動かした。
「私なら大丈夫です。取り直し、お願いしますっ!!」
逆境でもプロとして諦めない。あの子はそういう子だった。
結論から言えば収録は成功した。
だけど収録ミスの時間帯の長さからルカと同じく撮れていない子も数名いて結果、ルカへ回ってきた時間はそれから一時間後程たった後だった。収録ミスにより時間の空白も含めたら一時間半程は経っている始末で。
私が現在、速足で追い掛けているあの子の焦り方は見ていて辛くなる。
不安そうに。怯えた表情を浮かべてどこか心配そうに走る。
時間が無かった為に控室へ戻ったら早替えし服を着てコートを羽織りそのまま疾走。
早業と言うしかない程の速さでルカは廊下を突っ切った。
「ルカ」
そんな彼女の背中に語りかけた。
「間に合うの?」
なるべく優しく声を掛ける。
「間に合ってません。一時間半くらい……待たせちゃってます」
泣きそうな声だった。
待たせています。一時間半も。
「待ち合わせした樹の下で……」
それも外部か。おそらく待ち合わせしてその彼と一緒に向かう様な流れだったんでしょうね。この寒空の下で。一時間半も。泣きたくもなるでしょうね。怒られる、嫌われるんじゃないかと。
安易に言葉を気休めに言っても価値がない。
「なら急ぎなさい」
「わかってます……!!」
ダッ、と足を速めて駆けだしてゆく。人の波を掻き分けながら。許された速度を思わず超えてしまいそうな心地になりながらも許された限りの速度で辺りに迷惑かけないように。
もどかしい速度で。本気で走りさえすれば、という気持ちを抑えながら。
そして数分後、私とルカは玄関口へとたどり着いた。
喉の奥から疲労感が込み上げて体から汗が流れる。疲れが体を襲った私とは別にルカは疲れは感じていない。けれど別の理由で青ざめた様に汗を垂らしていた。
「いた?」
私は問い掛ける。
その顔の理由を理解しているにも関わらず。
「いない……」
普段、私へ向ける敬語では無かった。彼へと投げかけるこの子の声。
その声が今、絶望に染まっていた。待合場所だと考えられる視線の先にある大きな樹の下には誰かがいる様子はない。怒って帰っちゃったのだとしたらどうしょうかと思っているのでしょうね。
「あるいはどこかのカフェに入ってるんじゃないかしら……?」
なるべく希望的観測を口に出す。
本当にそうであってほしい。ここまで頑張った子の期待を裏切ってあげないでちょうだい綾崎君。お願いだから。
その私の願いが通じたわけではない。
通じたとしたなら、それはこの子の想いで合って欲しいというのが私の理想です。
「あっ」
小さく洩れた声。
驚きに満ちた見開かれた眼差し。その視線の先には彼がいた。あの少年が。女の子みたいな顔をした水色の髪の毛の少年。世にも珍しい執事なんて職業をした。
少年を見つけた瞬間に、私は告げる。
「ルカ。後でいつもの駐車場へ」
「え?」
「彼と一緒に急いで来なさい。送ってあげるから」
私が後出来る事と言えば、あの彼とルカを目的地へ送り届けるだけ。落ち着いた空間でルカの求める場所へと足を貸してあげる事だけでしょう。
「ありがとうございます、集マネージャー……!!」
「お礼なら後で何度でも訊いてあげるから。急ぎなさい」
――彼、これ以上待たせてもアレでしょ?
それだけ告げて私はルカの背中を見送った。
心配そうな表情をしたままタンッと駆け走る。だけれど少年がこちらを向いた瞬間にふっと安堵した表情を浮かべた。同時に申し訳なさそうにも。
そして目に涙を潤ませて口を動かした。
何て言ったかなんてわかりはしないけれど。
きっと呼んだんでしょうね、彼の名前を。
そんな背中を見送りながら私は羨ましいなと思いながら呟いた。
「あんなに嬉しそうな顔しちゃって」
本当。嬉しそうな顔ね、と内心呟く。
そして私はその顔を続けさせてあげたい一心でパシッと掴んだ車の鍵を手に裏の駐車場へと駆け走っていく。
7
一人の少女が駆けてくる。
先程まで心配そうに困惑する様にどうしようと迷子の子供の様な顔をしていた少女。けれど私達――いいや、私は関係ないな。より正確には一人の少年を、だ。リア充爆ぜろ。ここでもかって? いいじゃないか皮肉るくらいは。許してくれるさ神様も。神父だけに。
少女は少年の姿を目に映すとホッと安堵した顔。
同時に申し訳なさそうな表情。
けれども目尻に涙を浮かべて小さく口を動かした。ハヤテ君、と少年の名前を口にする。
少年もまた巻いたマフラーに隠れている口元を動かして「ルカさん……、良かった」と安堵した様子で優しい微笑みを浮かべたよ。
この寒空の下、寒いだろうに。コートを羽織ったくらいでは。
余程、アイドル君は急いでいたのだろうな。君が何処かへ行ってしまったのではないかと不安で。こんな寒空の下に待たせておきながら遅れてしまった事に怒ってやしないかとか焦りに焦って。
私から言わせれば有り得ないだろうけどね、と僻むだけだが。
テレビ局の夜を夜と思わせない様な美しいイルミネーションが照らす道を少女は懸命な足取りで走ってくる。そして少年の前まで迫ると白い息を怯えと寒さで世界を染めながら、
「ゴメンね、ゴメンね……。待ったでしょ……?」
胸元に手を添えて親に叱られる子供の様な表情で、少年の顔を見るのも怖がっている様な様子で少女は謝る。何度もゴメンね、と口にして。
「収録が少し長引いちゃって……」
言い訳みたいでゴメンね。と。
そんな不安そうな少女に少年は優しくそっと語りかける。
「大丈夫ですルカさん。怒りやしませんから」
寒さで少し赤くなってる顔でにっこりとほほ笑む。少女はその表情を見ながら「……ほんとーっ……?」と信じ切れていない表情を浮かべた。
「本当ですよ。って言うか正直、僕の方が怒られちゃうかもって心配でした」
「……え? 何で……?」
遅れたのは自分の方なのに、と言う表情で少女は小首を傾げた。
少年、今抱き締めそうになっただろう。手がぴくんって動いたぞ。小首を傾げたのが可愛かったからって抱き締めそうになるなよ。周囲の人間に撲殺されるからな。
「それがその……」
恥ずかしながら……、と汗をたらーっと流しながら、
「電車に乗ってて、電車が緊急停止して足止め喰らっちゃってましたから……」
そう告げると少女はポカン、とした表情を浮かべた後にぷっと吹き出して、
「あはは、ハヤテ君ってば、こういう日も不幸の平常運航なんだねー♪」
「酷いですよ、ルカさん。ルカさんだって遅刻したのに……」
むぅ、とふくれる少年に対して「ゴメン、ゴメン」とお腹を抱えながら。
先程のゴメン、とは全く違う感情を乗せながら少女は謝った。
「でも、そっかー……。ハヤテ君も遅刻しそうだったんだー……」
「来た時、ルカさんの姿が無かった時は死ぬか、僕死ぬのかとか不安でしたよ?」
「ヤだな。ハヤテ君を殺しちゃったりなんかしないよー私は? ああ、でも悩殺はしてみたいかも……♪」
「そのニヤリ顔に僕は一抹の不安を感じます……!!」
「けど、何かアレだねー」
少女は納得する様な表情を浮かべて冷え冷えとした世界で空を見上げた。
「私、大切な時にいつもピンチだし。ハヤテ君も大事な時にピンチだし。なんて言うか……不幸だよねっ♪」
――だけど幸せ
少女はそう言ったよ。とても嬉しそうに顔を赤らめて。そう言ったよ。
「そうですね。僕もルカさんも不幸ですもんね」
全く困っちゃいますよ、と苦笑を浮かべて。
「だけど君といる時は本当に幸せです」
「……うん」
気恥ずかしそうに赤い顔で頷く。目元が少しばかり潤んでいるぞ、アイドル君。
どうでもいいが私見ていて恥ずかしいんだけど。こんな青春恋愛じみた事してる二人を傍で見ているのすっごい恥ずかしいんだけど。妬むとか恨むとかそう言うの以前に関われない分、すっごい恥ずかしいんだけどな。
「ところで、さ」
くるっと少年の方へ顔を向けて問い掛けた。
「電車に乗る用事辺りも気になるんだけど……。それと待たせた事、怒ってないのは本当嬉しいんだけど、こんな寒い中待たせちゃって……どっかであったまってたりした?」
「ああ、それですか……」
そう呟くと少年はそっと鞄の中に仕舞い込んでいた品を取り出した。
袋の中から『Sky Dolphin』と描かれたオシャレな包装紙の包みをそっと開く。
少女はハッと驚いた様に目を見開いた。
その鮮やかな装飾に。
「誕生日、おめでとうございます。ルカさん」
心の底から嬉しそうな声を発して少年は少女へ空色を基調としたイルカのネックレスを手渡した。そのネックレスを手に持った瞬間に少女は、
「凄い……、素敵……」
感動した表情で呟いた。そして目尻から一粒の涙を落とす。
「え?」
意識していなかったのだろう。泣くとも思っていなかったんだろうね。少女はぽたり、ぽたりと手元へ落ちる滴に驚きを顔に浮かべた。
「え、え? アレ、何で私泣いて……? ヤだ、プレゼント貰って泣くとか感極まり過ぎてる感じがして恥ずかしいよ……!? にーっ!?」
あたふたと顔を真っ赤にしながら手を使って涙を拭う少女に少年は苦笑を零し、
「慌て過ぎですよ、ルカさん?」
「わ、わかってるよ、もう!! でも、何か涙が止まらなくて……!?」
それに……。と、呟いて。
「嬉しい気持ちと一緒に……何か、何かが帰ってきてくれた様な気持ちがして……何か凄くあったかくて、切なくて、嬉しくて……」
――ああ、もう、わけがわからないなぁっ
にーっ、と恥ずかしげに顔半分を右手で隠して少女は叫んだ。
帰ってきた。
驚いたよ。こちらの事情何て彼女は知るすべもないだろうに。この作品が彼女の両親が作り上げたものだなんて全く耳にいれてるわけがないだろうに、な。
それでも心で感じたんだろうな。想いを。
臭いセリフ吐く私の恥かしい気持ちも誰か感じてくれないかな。
「ルカさん」
少年は優しい笑みを浮かべながら、
「気に入ってくれた?」
と、問い掛ける。
少女の返事は決まっていた。
「……うん。すっごく気に入った。なんていうのかな……私のストライクゾーンにこれ以上なくヒットしちゃう様なプレゼントだったから……」
ふわっと可愛らしい笑顔を浮かべて少女は言葉を少年へ送る。
「ありがとう、ハヤテ君。大好き」
「僕は好きでもなんでもないんですからね? 勘違いしないでくださいよ」
だから何故、君はツンデレになった。
ここで何故照れ隠しする形でつーんと視線を逸らす。無理だろう。絶対、好意抱いているだろう。わかりやすすぎるだろう君。
「むー、ハヤテ君、何時からそんなに素直じゃなくなったかなー」
くすくすと零れ笑いを発しながら可笑しそうに笑う。
そんな少女にむぅ、と膨れながら少年はごそごそと鞄の中へ手を入れるともう一つ。あるものを取り出そうとする。
「それとこれも僕からですけど……」
先程のプレゼントには自分と、そして彼女の両親の想いが籠っているから。
だから君は彼らの勧めでそれを購入したんだろうな。
ふわっといい香りが辺りへ広がった。ピンク色の美しい花が。
「これは……?」
少し驚いた表情で少女は問い掛けた。
これに関して少し語ろうか。なに、訊き疲れた、読み疲れた? はっは、遅いな。すでに君達は私に憑かれた様なものなんだから拒否権は無いと言う事でご清聴してくれよ。
風呂に浸かる様なリラックスした気持ちでさ。
アレは我々が到着して間もない事だ。
少年は待合場所へ傍迷惑な事に必殺技『Bダッシュアタック』を連発しながら急いでいた頃だよ。バイクから飛び降りての荒業だ。とんでもないな。
そしてその間の少年の慌てっぷりなんて見てて笑う。
「いない、いないよ、いませんよ!?」
待合場所の大きな木の下でぱたぱたと手を振って『わきゃーっ』とばかりに目をぐるぐるさせて混乱する少年の威厳のなさ。見ていて実に面白かったよ。
「笑ってないで神父さんもルカさん、捜すの手伝ってくださいよーっ!?」
「いや、そうは言われてもいない以上は仕方ないじゃないか?」
「そうなんですけど……!!」
辺りには彼女の影などどこにもいやしないからな。
「やっぱり遅れた事に怒ってどっかへ……!?」
「誕生日に捨てられたか……不憫だな君は」
「嫌だぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
誰かルカさんを知りませんかーって叫ぶ少年の背中を見ながら私は内心(いや、捨てられる可能性ゼロだけどな。面白いから)と思いながら傍観を決め込んでいた。
このまま暴走状態であたふたしている奴がどうなるか内心わくわくさ。
周囲の人々は『ルカ? 水蓮寺ルカなら知ってるに決まってるだろう』とばかりに誰一人足を止めない。彼女を知っているかと彼女が何処にいるか知っているかを穿き違えているんだろうな。
「うああああ……。ルカさんに捨てられたやぁ……!!」
そして遂には認め始めた。
確かまだ恋仲でも何でもないと言うのに。
「こうなればもう死んで詫びるしか……!!」
「いや、死なれると君に憑りついている私がどうなるかわからないから止めてくれ!?」
時計のフォームを変化させて漆黒の剣へ変化させたものを腹へ突き刺そうとする少年を必死で止めたよ。アニメ、ゲームはどうなる!!
と言うかその剣、刺しても死ねないんじゃないのか?
とか私が考えている間にスタスタとした足取りで一人の青年が近づいてきた。少年をバイクで送り届けた青年だ。
「おーい、お前ーっ」
その呼び声に一瞬、疑問符を頭に浮かべた後に「……貴方は……」と呟く。
「やっ」
と手を振って挨拶する。
そんな青年に対して少年は申し訳なさそうに、
「すいません……。貴方に送ってもらったのに……、僕は間に合いませんでした……!!」
「いや、どっちも間に合ってないっぽいけどな」
「もう後は死んで詫びるしか道は……!!」
「いや、だからな。どっちも間に合ってないって言ってるだろう」
ははは、と愉快そうな笑みを浮かべながら青年は告げた。え? と言う顔の少年に。
「水蓮寺ルカで合ってるんだろう? その子なら、さっきテレビ局の方に確認したけど収録が長引いてまだ終わってないってさ。だからどっちも間に合ってない。そう言う事だ」
やれやれ、とばかりに手を動かして告げる青年に少年はしばし唖然とした後に。
「よかったぁー……!!」
と安心した様子でへたへたとその場に崩れ落ちた。
「しかし、どっちも間に合ってないとは。揃って不幸だなぁ」
苦笑を浮かべる青年に対して少年はあはは……、と相槌を打つほかにない。そんな少年に対して青年はこう告げたんだよ。
「聴いた分じゃ三〇分は余裕がある。どうだ? 幸福の願いを込めて、誕生日ついでに、その子にもう一つプレゼントでも送ってやったら」
「……もう一つ……プレゼント?」
「ああ。女子に手渡す王道アイテムってやつを、さ」
徒歩数分。テレビ局から結構な近さの場所にドン、と立つ一件の店にお邪魔した。
赤と白を基調に緑のラインによる三色を用いたカラーリングの店。店に入る前からすでに鼻孔を華やかな香りが駆け巡る。花屋らしく、な。そう花屋。
店名は『花良治アンサス』と言う花屋だった。
「……花屋、ですか……!!」
「ああ。女性に渡すものとして何だかんだ王道だよ」
「盲点でした……!!」
花を渡すと言う考えは無かった様子だ。多分、やる側恥ずかしいだろうからな。
「ちなみに俺は最近、楽器店で見かけた可愛い子に送ったら『はにゃ〜……♪』と喜色満面で喜ばれた事から効果はそこそこ期待できるぞ」
「それは貴方がイケメンだからですよ多分……」
「まぁ、その後に保護者と色々戦ったけどな」
「何をしてたんですか……?」
「まぁ、俺の事はどうでもいいさ。それよりも女を待たせちゃいけない。さっさと中へ入って気に入ったものを買ってくるといい。奢るよ」
「そこまでお世話になるわけにはいかないですから自腹で払いますよ」
と告げた後に財布をしばし見た後に、
「……すいません、やっぱり立て替えてもらっては……」
「金、無いのか?」
「いえ、少し変わった事情が……」
そう呟きながら少年は青年と共に中へ入ると、青年がまず「よっ。客連れてきたぜ、つばめ」と手で挨拶をしながら入店する。
すると店内のレジで二人の少女と会話している黒髪のロングヘアーに頭に花冠を乗せると言う変わった事をしている子がまず「およ?」と声を零しながら端正な顔をこちらへ向けた。その流れに従って薄めの配色の黒髪に赤い目をした少女が連動され、更にもう一人もこちらを振り向いた。
「……京橋さん?」
「あれ、綾崎さんじゃないですか?」
京橋ヨミ。実に見覚えのある少女だ。三千院家に出入りする花屋を手伝う娘で園芸店『ミスター・園芸道』の娘だったと私は思い出した。何で私が知っているかに関しては何か面白い話の流れだったなぁ、と言う少年がハーレム要員を一人逃した事によるメシウマだったからと言うだけの理由だ。
ただ、他二人は全くの初見だけれどな。
「あっれ、どうしたの、こんな時間に?」
きょとんとした様子でつばめと呼ばれた少女が首を傾げる。
「ちょっと所用が出来たんでさ。寄らせてもらった」
「ふーん」
まぁいいや、と少女は呟いて。
「まぁ、いいけどさ。三名様ごあんなーいっ♪」
実に楽しげなノリでつばめと言う少女は告げた。……ん?
「つばめちゃん、二名だけど……」
京橋ヨミ君が不思議そうに呟く。私も不思議だ。三名様ってどこにもう一人いる? 此処には私達しかいないがな。
「いや、一応三名だよ京橋」
気にしなくていいけどね、ともう一人の実にやる気のない雰囲気の少女が呟く。……まさかコイツら、私の事が見えてるんじゃなかろうか……? いや、そんなわけないか……。
「で。どんな花をお求めかな、君?」
つばめという少女がレジに肘をついてニコニコした笑みを浮かべながら問い掛けた。
少年は少し困った後に。
「うーん。これと言って何かといわれても……」
「そうなの?」
「今日が誕生日の子がいるから花を送ったらどうだって事で、こちらの方に連れてきてもらっただけでして……」
「なーるっ。来たのはそう言うわけかい」
ほっほーう、と言う表情を浮かべて少年を、そして青年へと視線を移した。
青年は「ま、な」と小さく呟くと、
「誕生日だそうだから、いいもの見繕ってやってくれ」
「責任重大だねん」
「そうだろ。花屋の娘の腕の見せ所だぜ、つばめ」
「はいはい。全く持ってその通りだよ」
憎まれ口をたたき合う様な二人。そしてつばめという少女は青年に対して問い掛けた。
「ちなみにどんな関係かわかるかな?」
「好きな子にプレゼントを贈りたい男の子の気持ち的なやつで」
「違いますよ!?」
「りょーかいっ!! いいね、そう言う空気。私の好みだよ」
頬に指を当てながらにこっと笑い、つばめという少女はレジから出て店内を迷う気配もなくスタスタと歩き進む。そして店の一角にある白とピンクのツツジと思しき花を六輪ほど手に収めると戻ってきた。
それを見て京橋ヨミが感心した様子で、
「ああ、その花なら……」
と頷いた。
「ヨミちゃんも、多分、好きな女の子くくりで更に誕生日ってんならこれ薦めるでしょ?」
「うん♪」
花咲く様な笑みで答える。
……そんなにいい花なのか?
「あの、その花は……?」
「西洋ツツジ。またはオランダツツジとも言うね。開花は春先なんだけど、今の時期にもあったりしてね。神奈川県、川崎市の市花でもあるよん」
「名称はアザレアって言うんですよ、綾崎さん」
京橋ヨミが告げた。何故か少し顔を赤くしながら。
「アザレアか……素敵な名前の花だな」
「でしょう。選んだ理由は、これが一月八日の誕生花って理由からだけどね」
「誕生花。なるほどって言いたいが……安直過ぎないか?」
「大丈夫、大丈夫。なんせコレ……」
そう言いながらつばめはこしょこしょと青年の耳元でひそひそ話を始める。何だろうな。恋愛達成の効力でもあるんだろうか。魅了の魔法でもかけられてるんだろうか。
……さて、どこかに失恋効果のある花はないかな、と。
いや、冗談だよ。何を恐ろしい花探そうとしてんだよ、とかそんなに怒らなくてもいいじゃないか。さっきアイドル君がいなくて慌てふためく陰で私、何度もカップル見ちゃってるんだよ。滅ぼしたかっただけなんだって。
「……見苦しい考えだねー……」
!?
……今、声が聴こえたはず……!! こっちが振り向いた瞬間、目を逸らした様な気がするぞ、このダウナー系の娘……!! と言うかさっきからこう嫌な感覚が……!!
「ほい。これが私のおすすめする一品。アザレアだけど、君的にはどうかな?」
「あ、はい。凄い綺麗な花なんですねー……!! いいと思います。気に入りました!!」
私がバチバチと視線をダウナー系の少女に送っている間に事は進んでいた様で何時の間にか会計が進んでいる。
「それでお値段はいくらでしょうか……?」
「ざっと十八万円だよん♪」
「ええっ!?」
「ああ、嘘嘘。嘘だからそんなガタガタしなくて平気だよ?」
なでなで〜っと少年より少し年上の雰囲気が漂う少女は少年の頭を撫でた後ににっこりと可憐な笑みを浮かべて、
「こいつの連れてきた子って事と、誕生日にプレゼントに感動と、初めましてお客様サービスって事で初回特典、無料でいーよ♪」
「え、でも……?」
「構わない、構わない。頑張ってる子の背中を押してあげるのが年上さんの務めだかんね」
「そんなに年齢変わらないと思うんですけど……!!」
「ま。一年くらいだろうね。違い」
からからと笑いながら、
「でも、ま。今回はホント、お金はいいよ。そう言う気分。だから気にしないで。それになにより君、もうあんま時間ないんじゃない? 彼の話の限りだとさ」
「……え?」
と呟きながら壁にかかった時計の針を見つめる。
「……ああ!?」
おお。本当だ。確かに残り時間、戻るのを含めると時間あまりないな。
「あ、あのそれじゃあ僕、これで……!?」
「おう。急げー少年よ。大志を抱きながらな」
「別に大志は抱く必要ないかと?」
「およ。告白するんじゃないのかな?」
「しませんよ!?」
「…………」
「京橋さんは真っ赤な顔でドキドキして今後が楽しみそうな顔してないで!?」
「急いだら?」
「そして一人だけすっごい冷静っ!!」
流石のツッコミ力だなと私は感心した。
少年は最後に「それじゃあ、これで!! お花ありがとうございました!!」と叫ぶ様に告げて最後に青年を見ながら「本当にありがとうございましたっ!!」そう叫んで。
少年は夜の闇を必死に突っ走ったよ。
疾風のごとく、ね。
お風呂上りのコーヒー牛乳を飲む気分にはなった頃かな?
なってないとキツイと思うよ、私は。いや、だってこれから絶対、展開が甘々になる未来しか想像出来てないし、私。なんにせよ、彼が花を持っている理由はそう言う事さ。しかしこれから花の蜜の様に甘ったるい話を語る事になりそうで私正直怖いんだけど。
美しい花には棘があるだろうけど、可愛い花にはあるんだっけかな?
詳しくないからわからないけどね。
っていうか語り逃げ出していいかい? 何かもう二人だけの世界に行きそうだしパッと去りたいんだけど……、ダメか。じゃあ、いいさもうエロ同人誌読みながら語るから。
無いよ、そんなもん。漫画忘れたよ。
あーもういいや、後で彼が羞恥で身悶える未来だけ希望に語って残して読み耽ればいいや。
「これは……?」
ピンクと白の花が三輪ずつ綺麗なラッピングで整えられた花束を見ながら少女は呟いた。
少年は少女へ花束を手渡した。
両手に宝物の様に持っていたネックレスを右手で持ち、残った左手で包み込む様に花束を少年の手ずから受け取った。少年は少し迷った様子で言葉を考えていただろうこの間。
「誕生日ついでに……僕からの気持ちです」
――友達としてですよ!! 友達として女友達に花を贈っただけですからねっ!!
と、見苦しい言い訳を即座に発してな。
やはり花を手渡すの恥ずかしいんだろうなぁ、と私は何となしに考えた。だがアイドル君の方はしばしポーッと手渡された花束の花を見つめた後に、妙に赤い顔で上目使いに、
「……これ……アザレア?」
「あ、知ってたんですねルカさん」
「そりゃあ私の誕生花だからね。昔、ネットで検索して知ってたよ。ハヤテ君も知っててくれたんだね……」
マズイ。少年の内心に汗が滝の様に流れているのが手に取る様にわかる。
絶対に知らないだろうな。
だが少年は表情を崩さないまま、この空気の中で知りませんけど、と答える様なKYっぷりを珍しくみせず見栄を張った。
「当然、知ってます。知ってて送ったに決まってるじゃないですかぁっ!!」
サムズアップのサインをしながら妙に格好つけて叫ぶ様に告げた。
それに対して少女は俯き気味に真っ赤な顔のまま「そっかぁ……、嬉しいなぁ……」と小さな声で呟いた。そして小さな声でお願いごとを一つ。
「あのさ、ハヤテ君」
「何ですか?」
「つけてくれないかな? 君の手で、このネックレスを、私の首に」
そう問われると少しの間きょとんとした表情を浮かべた後に少年は「いいですよ」と。
そして相変わらず照れた様に俯く少女の右手からネックレスを拝借すると手探り組に彼女の首に手を回してネックレスを付け始める。
「あの……。ルカさん? 顔をあげてくれないとやりづらいんですが……」
「だーめっ。このままやってくれないと」
「何でですか!? でも、これだと本当、手探り気味にやるしか……」
「私、ハヤテ君にならどこ触られても平気だよー……♪」
「ごふっ」と大きく息を吹き出して「……わ、若い子がそんな事いっちゃいけません……!!」
「同年代だよ、私達」
俯きながらくすくす笑いを零す少女の発言に少年は色々と心揺さぶられながら悶々としつつも自己問答の末に打ち勝ち、カチッという聞こえるか聞こえないか程度の音と共にネックレスを彼女の首へかけた。
そして私が周囲を見渡す間と同時に少女はゆっくりと胸元に輝くイルカに触れる。
「似合うかな?」
周囲の光を、そして月光の海をそのイルカは飛び跳ねる様に輝いた。
「似合いますよ、とっても」
いえ、と呟いて。
――似合わないわけはありません。この世界でたった一つだけ。たった一人だけの為に作られたそのネックレスが。ルカさんに似合わないわけはありませんから
小さな声で呟いた。その声が少女へ届いたかどうかは定かではない。
いや、届ける気は少年には無かったのだろうな。
「とても、良くお似合いですよ……ルカさん」
ふわっとした笑顔で少年はそう告げた。
そんな少年の傍へ静かな歩み寄りで近づいて少女は少年の胸元を手で摘まみ、そしてパッと顔を上げた。そこにはイルカが跳ねた様に水飛沫が飛び散って、花が咲いた様に笑顔が咲き誇っていて、羽が生えた様に嬉しそうな笑顔が満ちていた。
「ありがとう、ハヤテ君」
――大好きっ
と、言う言葉と共に少年の唇が少女の唇でつ、と塞がれた。
突然の行動に少年はピシッと固まる様に身動きする様子も見せずにその場で停止する。そんな光景を見て私は「はぁぁ……」と呆れ混じりにため息の一つも吐き出すよ。まったくもってこのカップルは……、お幸せにー。
とか頬杖ついて呆れた眼差しで見守っていると、
「ちょっ、んなっ……!? ルカさ……むぐっ!?」
ぷはっと離れた瞬間に責める様な声を発したかと思えば再度塞がれる唇。
ちゅっ、という独特の音を奏でながら今度は少女の方からパッと身を離した。そしてちろりと妖艶な仕草で自分の唇を舌で舐めると、
「嬉しさ二回分。お返しだよっ♪」
花束をぱさっと軽く振って、キラリ、とネックレスを輝かせて少女は告げた。
少年は「ん〜〜〜〜〜〜っ!!」と何とも熟した林檎の様な表情を浮かべて口元を抑えて後ずさりしてゆく。真っ赤な顔のまましばらく悶える様に身動きしたが、やがてぷはっと息を吐き出して、
「ですから人前でこういうのいけませんって……!!」
「ふふっ♪ 私をこーんなに大胆にさせちゃうくらい好きにさせたハヤテ君が悪いんでしょー?」
ピッと指先で少年を指し示してウインクを鳴らす。
最早、口答えできる様子でなくなった少年は赤い顔のままぷぃっと振り返ると「と、ともかくですね!!」
「早く向かいましょう、誕生会へ」
少年がそう手の平を伸ばして告げた瞬間だったよ。
彼が後方に雄叫びめいたものを訊いたのは。腹の底から、地獄の底から轟く様な雄叫びに少年と少女は「「なに!?」」とそちらを振り向かせた。その方向から聞こえる声は、ルカちゃんが誰かとキスしてたってという驚愕の声と有り得ないと信じ難い声に殺してやらぁという憎しみと殺意の声の猛襲的な妄執だった。
「おわぁ……」
少女が呆気にとられた様な声を発する横では少年が汗をダバダバとそのままでは干れるんじゃなかろうかという量を噴出していた。そしてどんどん見えてくる群衆。その中の誰かが叫んだ。あいつだ、と。
途端に少年はバッと少女を抱いて逃げた。
横抱き。まぁわかりやすく言ってしまうならお姫様抱っこ、という奴だろう。
「すいません、ルカさん。全速力で逃げます!!」
「懸命な判断だと私も思うよ」
捕まったら殺されちゃいそうだもんね、と楽しげな声で呟いた。
「笑いごとじゃないんですけど……」
「ふふふっ」とそれでもどこか楽しそうに微笑みながら「お姫様をしっかり守って走ってください、騎士様♪」
確実にからかっているだろう声で少女が発すと少年は、
「全く敵の多いお姫様で大変ですよ」
と苦笑交じりに呟いた。
「大丈夫だよ、そこは」
少女はそう呟いて。
「恋敵になりそうな人は誰もいないから♪」
そう呟きながら少女は甘える様に少年の胸元に顔をすり寄らせた。
ふわりと香るアザレアの花束が小さく揺れる。
ああ、そうそう。これは後日、私が暇つぶし程度に調べた事だけれどね。一月八日の誕生花であるアザレアの花言葉。それは実にリア充爆ぜろよと言いたくなる程に素敵な意味を持っていたよ。
――あなたに愛される幸せ。そして愛の楽しみ、恋の喜びだ、そうだ
8
この二人って色々不幸だと私は思うよ、やっぱり。
最後の最後に何だよって声が聴こえた気がするけれど、そのままその通りに彼らは不幸と言うか何処かで躓いていると言うべきか。
いや、本当に不幸なカップルだなぁ、と私はそれとなしに思ったよ。だって見ていて滝の様に汗を流して固まるんだからさ。
「「…………」」
場所は『喫茶どんぐり』の窓から見える明るい光を前に静かに佇む二人は汗を流した状態で戦々恐々とした様子で立ち尽くしていた。
そんな二人の心情はこうだよ。
(遅れる事、何にも連絡してなかったぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!)
ってな感じだよ。
少年は少女を迎えに行く事で頭がいっぱいだった為にそれ以外――即ち、友人関係全般に対して連絡不行き届き、であり少女に関しては仕事で忙しく更に遅れる事で待たせてしまうであろう少年に対する憂慮ですっぽり頭から抜け落ちており同類。
不幸と言うかミスなんだけどな。
最後の最後にこの緊迫感に苛まされる事はやはり不幸だよ。
「僕、何も連絡してないですよ……!!」
「私も……!!」
「貴方たちね……」
ただ一人特に関係者としては薄い集と言うマネージャーのみが呆れた様子で息をつく。
「このままだと開けたら確実に『くぉら、何をやってたのだハヤテぇええええ!! 遅いではないかバカものぉおおおおおっ!!』と言う怒鳴りが来るのは確実……」
「私もそんな気がする……!!」
「怒られて謝ればいいでしょう? それしか手がないのでしょうし」
「……ですよね」
「……はい」
正論過ぎて何も言えない二人はぐったりとしながら互いに頷きあって姿勢を正した。
「私も一応、事情説明で謝ってあげるから。ね?」
少女はマネージャーに対して涙ながらに感謝したよ。うん、本当に。
「ただし綾崎ハヤテ君。君に関しては弁明不可能なのだけれど」
天国から地獄へ突き落された表情を浮かべたよ少年。うん、本当に。
「誰か……!!」
「諦めておけよ。毎度の事だからな」
「神父さん、あなたねぇ……!?」
そうは言われても私、弁明出来る立場じゃないからね。幽霊だけに。
そして二人は意を決した表情で『喫茶どんぐり』へと歩み寄る。そして少年が先に扉へ手を掛けて扉を少しずつ開け放つ。その扉の向こうには少年にとって実に見慣れたものがひゅっと影を差した。
「遅いアホぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
スッパーン!! と凄まじい音を上げて三本のハリセンが炸裂した。
「ったぁっ!?」
両肩、頭に打撃を喰らった少年が痛みに呻く。
しかし、そんな事を気にした風もなく三者三様に彼らは若干キレ気味に叫んだ。
「いつまでまたせんねん!! ウチら何時間待ったと思ってるんやぁっ!?」
「くぉら、ハヤテっ!! 遅いではないかバカ者!!」
「綾崎君、あなたねぇっ!! さっさと来てくれないと始められないじゃない宴がっ!!」
「咲夜さんすいません!! お嬢様遅れてすいません!! そして桂先生、何であなたがここにいるんでしょうねぇっ!?」
「酒を飲みにきたに決まってるでしょーが」
「酒なんてありませんよ、ここには!!」
「食べ放題しかないっての!?」
「それ以前に招いた覚えもないですけどね!!」
と叫びあう二人の陰でピンク色のロングストレート、猫の様な目をした白皇学院の生徒会長である桂ヒナギクが「ゴメンなさい、ハヤテ君。お姉ちゃん無理矢理やってきて……」とげんなりした表情で呟いた。
少年は生徒会長に対して「ああ、いいんですよヒナギクさんは謝らなくて」と笑顔で呟いた後にガシッと教師の肩を掴んでドスの効いた声で告げた。
「参加は認めますよ帰すのめんどくさいですし。ある程度は騒いでくださってかまいません。ですけどね……」
――誕生会をメチャクチャにしやがったら容赦しませんから……♪
ガチでブチギレたと思しき脅迫にさしもの教師もガクガク震えながら「お、おおう……!!」と涙交じりに頷いた後に「ひ、ヒナ〜……!!」と彼女の傍へ去った。
「まったくあの教師は……」
少年は呆れた表情で呟いたが、
「ハ〜〜〜〜ヤ〜〜〜〜テ〜〜〜〜……♪」
「ひっ」
ポン、と肩に手を置いて彼の主が呟いた。
「遅れたお前の罪も大概なのだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ちょーっ!? げふっ、ごはっ、お嬢さ、ぽげっ、これには、ふかっ、事情がァ……!?」
ベシンバシンとハリセンで叩かれてお仕置きされる少年の姿。大阪弁の少女が「おーい、ナギー? 一撃見舞うたウチが言うのもアレやけど、やりすぎはよーないんやでー?」と汗を垂らしながら押し止める。
「雪路がウザかったのと、本当に来ないのでナギのやつ、ストレス溜まってたんだろうなぁ……」
「直に収まると思って待つしかない」
そんな光景を春風千桜、剣野カユラの両名が見守った。
「ナギちゃん、それくらいにした方がいいんじゃないかな!?」
あわあわとした様子で普通な少女が叫ぶ。
「私の初回が雑すぎるんじゃないかな!?」
「では私はお料理を運んでくるついでにヒスイさんを起こしてきますね〜♪」
そしていつも通りの日常を冷や汗交じりにスルーしてメイド服の似合う超絶美女、とてもお風呂を覗いてみたい――見たい美女である茶髪で赤い目の風呂場に浸かる姿がとても目の保養になるであろうマリアさんが厨房の奥へと去ってゆく。
『私も面倒くさいからマリアさんの手伝いに回らせてもらうわね』
とケータイの画面に記した文章を見せながら紫の髪とピンクの瞳をした少女も去ってゆく。
「ああ、ちょっと綾歌さん……!?」
『関わるの面倒くさいのよ』
「嗜めるだけでも……!?」
「しゃーないなぁ。若干関わったウチが面倒みるさかい」
そう呟きながら大阪弁の少女がペシン、とハリセンでお嬢様の頭を叩いて、
「あんなぁナギ。あんまりやると動かなくなるでハヤテ。それにやっといてなんやけど事情ありそうやし、そこらへんにしとーきっ」
「む、むぅ……。それは私もそうは思うが……やってたら何かストレス発散出来たのだ」
「人をストレス発散の道具にしないでくださいよお嬢様……」
「うるさい。遅れたお前が悪いのだ」
そう告げながらお嬢様は身なりを軽く整えてくるりと少女へ向き直る。
「ほら、ハヤテも。何時までねっ転がっておるのだ、お前は」
「何だろう、この理不尽……」
若干恨み言を発しながらも立ち上がり同様に少女へと向き直る。『喫茶どんぐり』にいる他の面々も同様だ。大皿を手に戻ってきたメイドさんにヘッドフォンを付けた綾歌と呼ばれた少女を含めて、剣野カユラに春風千桜、初柴ヒスイ……。
層々たる面々が一様に少女へと向き直った。
「それじゃあ、皆。いっせーので、いくのだ」
「了解ですお嬢様」
何時の間にか手渡されたソレを持ちながら笑顔を浮かべて少年は頷いた。
周囲の面々も、桂姉妹も含めて先程から静かな鷺ノ宮伊澄やら「おー、やっと落ち着いたみたいだな」と呟きながら橘ワタル、貴嶋サキにマスター加賀北斗と言った面々も続々と集まってきては、その手に何かを持っている。
三角錐、それを、ね。
「え? 何? なに……?」
と玄関で困惑する少女へ向けてメガネの少女春風千桜が語りかけた。
「ルカ、音量に気を付けて構えておけよ?」
「千桜。それってもしかして――」
少女がびくっと身構えた。これから起きる、その音に驚き過ぎない様に。
お嬢様が若干「驚かせるのが醍醐味だと言うのになー」と文句を垂れた後にすっとソレを持った手を上空へと向けて、白く垂れた一筋の糸を引き抜いてこう言った。
その言葉が最高の贈り物であるかの様にね。
『ルカっ!! お誕生日おめでと―――――っ!!!』
パァン!! っと炸裂するクラッカーの実に愉快で、痛快で、爽快な音が打ち鳴らされた。まるで祝福する鐘の様な音じゃないかと思う様に壮快に。
響き渡る音。
そしてその音以上に向けられる人々の笑顔、微笑み、破顔、満面の表情を端から端へと見守った後に、少女――水蓮寺ルカは満開に咲き誇る様な笑顔を浮かべて告げた。
「うん、ありがとっ、みんなっ!! 本当に――ありがとうっ!!!」
爽やかな笑みを浮かべて本当に嬉しそうに。
一月八日の日々は終わりを迎えるべく時計の針を進めてゆく。けれども、彼らの祝福は日を跨いだくらいじゃ終わりそうにはないよ、時計君。
なんせ彼らときたら、こんな夜でもこんなにも。
夜空の星々みたく一人一人輝いているのだから。
9
……さて、如何だったかな。堅苦しくない様に語ってくつもりだったけれど、結構難しいものだね。シリアスな場面とか私、相当苦労人だったよ?
一年で一回きり。
どんな人でも主役を晴れる尊い一日。今日は彼女が水蓮寺ルカが主役の日。
だけれど君達にも必ず訪れる事だろうね。
生きている限りさ。
だからまぁ……、アレだよ。頑張って生きて頑張って笑って泣いて祝福の日を心待ちにしているといいと私は思うよ。二度とその日は来ない、来る意味のない死んでいる私からしてみれば本当に輝いている日なのだから。
だからさ。
人生がキツくたって頑張れよ。彼女がそうだったようにさ。って言っても難しいか。月並みな事しか言えないな私。
さて、それじゃあこの話はこれでおしまい。
続きは私の口からは語れないな。語るには私じゃあ役不足だからな。ここから先、彼らがどうなっていくのか。そして少年と少女の恋路とか、親との間とかそう言うのはどうなっていったのか。
私は知らないよ。
そんな大層な事よりアニメの続きの方が気になるからな。
後は神のみぞ知るってやつなのさ。
神父だけにね。
それじゃあ私の役目はここでおしまい。あんな騒がしくて輝いている中に幽霊の私は若干不釣合いな気がしなくもないしな。なにより深夜アニメが気になるじゃないか。
だから――。
……っと、そう言うわけにもいかないらしい。
呼ばれたよ。呼ばれてしまった。私が憑りついてる執事君からな。好きな子の誕生会に幽霊なんて招いていいのかね? 招くのは君らが大人になった時、教会くらいにしておいてほしいんだけどさ。
それに深夜アニメ見逃してしまうじゃないか。
けど、ま。
たまにはいいか。リアルタイムで視れなくても。録画している辺り、私に抜かりはない。
それじゃあ読者諸君。
出来たら君達にも心の中でいいから一言、彼女へ言ってあげておいてくれ。
「Happy Birthday Ruka♪」
って具合にさ。
それでは皆。『DISTANCE AWAY,I THINK OF YOU.』の御視聴ありがとう。
また何時か。
誰かの良き日にでも今日の気持ちになってみてほしいよ。私は早く来る様に執事君に急かされているんでね。では、軽く手を振って私は寒くもないけどにぎやかな灯りに誘われる様に彼らの元へと向かわせてもらうとするよ。
それじゃあ読者の諸君。
また、何時かな。
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DISTANCE AWAY,I THINK OF YOU.
読者の皆々様、閲読ありがとうございました。
水蓮寺ルカ誕生日小説「DISTANCE AWAY, I THINK OF YOU.」楽しんで頂けましたでしょうか? 離れた距離のぶんだけ、君を想う。これを感じの意味で今回のタイトルにさせて頂きました。
ハヤテのごとく! のキャラであるルカは私のお気に入りなので今回書けた事を嬉しく思っております。
キャラは果たしてちゃんと捉えて書けたか等、不安は付き物ですがね。
特にリィンのキャラが若干違うんじゃないか等不安な種は尽きませんが、憑き物として諦めましょう。
さて、今回の私の小説。一応、短編扱いとなります。文字数は見事に5万5000字を超えたものとなっており非常に長い時間を費やして執筆させて頂きました。
ボリュームは如何だったでしょうか?
私自身驚きです。随分と長くなったものだな、と驚愕を隠せませんよ。
それ以上に驚きなのは私が語り手に選んだキャラクターなのですけどね。幽霊神父リィン=レジオスター。何故彼を選んだのか今では何となくしっくりきております。何事も書いてみるものですね。
ハヤテを執筆する上で第三者視点で書く事を少しはするにしても、神父を使ったのは正直、何となくでした。何となく彼に語りを任せてみようと、ハヤテでもなく彼に。自分的に意外なキャラに任せたものです。そして彼とは別にマネージャー集さん。名前を出せないのは原作で現在不明だから、という事でご了承ください。彼女に関しては語るに当たって語らせられるのが彼女しかいなかったから、という理由ですのでアレかもしれませんが、書いてみると面白い。
そしてリィン。
彼に誕生日を語らせるのは少し意味が重くなるものですね。死んでいる彼が誕生日を語るというのは少し他の誰よりも深いものを出せるやもしれません。書いている最中に時々はっちゃけてはいましたが。もっとはっちゃけやしないかと不安でしたよ。
次に補足的に。
途中でてきた夫婦、おわかりでしょうがルカの両親ですね。原作登場が少ない為に捉えきれなかったやもしれませんが……、それでも書かせて頂きました。ハヤテと彼との語り合いに関してはとりあえず出し切れたかなぁ、とするところです。彼らが今後、娘の前に現れたかどうか、そこは御想像ください。
さて、問題はハヤテを助けたバイクの少年。
これはまぁ……わかる方にはわかる。そしてオリキャラを許さない方には許されない事なのでアレなのですが……、私の小説の一種の特徴なのやもしれませんね。花屋絡みもそうです。京橋ヨミを除いて約二名。加えて最後の綾歌という少女も加えて四、五名程の少年少女がさらっと出たわけです。恐ろしいですね。
なお、友情出演として数名、満月さんのオリキャラも登場しております。
満月さんありがとうございましたー!!
って、言っても出番流石にそんな作れるわけはなかったんですけどね……!!
なにはともあれ、自分として満足行く出来であったルカの誕生日記念小説「DISTANCE AWAY, I THINK OF YOU.」読者の皆様楽しんで頂けましたでしょうか? 楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは最後に一言。
ハッピーバースデー、ルカっ♪
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