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Won't Go Home Without You
日時: 2012/12/29 14:48
名前: ゆーじ

新アニメが終わったら劇場版再放送の新アニメ新シリーズ…。まったく最高だぜ!!

というわけで、以前あげたけどルール違反してしまったがために消したものを微々修正してからの再投稿です!

例によって展開と本筋がかなり行方不明になります。意味不明になります。
おまけにキャラが掴めてません。意味不明です。

そしてcan't(ryシリーズの後日談の設定なので、ネタバレになる恐れがあるのでご注意下さい。

なお、この小説は2話構成になっております。一話と二話、ふたつでひとつの物語になる感じになっています。
……同時に更新すれば二話でも一話完結扱いになるそうなので。


前書きはだいたいこんな感じとなります。
上記のことを踏まえた上で読んでくださる方がいるならば、本編レッツゴー!


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【Side:NAGI】



「ま………。……さま!………てください。……お嬢さま!」

「んぅ…?」


揺すられながらの声に私の意識は徐々に覚醒していく。
まだぼんやりとしている視界のまま顔を向けるとハヤテが『あっ』と、どこか安堵したように笑った。


「おはようございます、お嬢さま」

「うん…おはよう、ハヤテ…」


ハヤテが一歩下がると、私は目を擦りながら体を起こす。
そしてそれを黙って見ているハヤテに顔を向けた。


「ん…なんだ?」

「…………いえ。皆さんお待ちですよ」

「(皆さん…?)」


ハヤテの『皆さん』という言葉に違和感を感じた。
だってこの屋敷で私を待つような人間は、ここにハヤテが居るのならマリアくらいしか居ないはず。
まぁタマとかシラヌイがいるけど、流石にハヤテも動物相手に丁寧な言葉は使わないだろう。

私が覚えてないだけで咲夜か伊澄でも来てるのだろう、そう思った。


「分かった。着替えるから部屋から出てもらえるか?」

「はい、お嬢さま」


ハヤテは私に一礼してから部屋を出ていく。
それを見届けると、溜息をついて窓から見える空を見上げた。


「…………」


どこか変な感じがする。
気のせいだとは思うが…ハヤテの態度がいつも以上に穏やかだ。いや、…慎重…というべきだろうか。
とにかくそんな気がする。
いや。先日のラスベガスでのこともあってか、私がハヤテに対して慎重すぎるだけだろう。

タンスから着替えを取り出し、寝間着を脱いでそれを着る。
髪をとかして二つに結び、鏡の前に立って最後のチェック。……うん、大丈夫。
私は自室を後にして部屋を出る。


「あ、終わりました?」


部屋から出るなり、律儀に待っていたらしくハヤテが早くも視界に入ってきた。
…こいつはいつも私の着替えを待っていたかな?……まぁいい。


「お待たせ。じゃあ行こう」

「はい」


特に会話もせず私達は台所に足を向ける。
台所の出入り口が見えて来たところで、誰かが話す声が聞こえる。やはり誰か客人を泊めていたらしい。
しかし朝から賑やかすぎる。入ったら少し説教でもしてやろう。
台所の出入り口を曲がった所で私は目を瞑りながら溜息をつく。


「ナギ。おはようございます」


目を瞑っていても分かる。この声はマリアだ。
ハヤテは付きっきりだし賑やかな客人に先に朝食を振舞っていたのはマリアだったのだろう。


「おはよう、マリア」

「おはよう、ナギ。今日は起きるのが早いのね」


女性の声。
私はその声に目を開けた。
誰だったのか分からなかったわけではない。分かっていた。マリアと同様に声だけで分かってた。
でもあり得ないから。だから私は目を開けた。

台所の中央に置かれた椅子に腰掛けて、手には紅茶のカップを持って腰にはストールを巻いて、優しく微笑むその女性。
彼女は間違いなく――母だった。



母は微笑みながら首を傾げている。
その母の隣に立っているジャケット姿の男性。ハヤテかと思ったが違う。
ハヤテは私の隣にいるし、何より体格や身長が全然違う。
じゃあ…一体…誰なんだ?


「もー、シンちゃんが睨みつけるからナギが固まっちゃったじゃない」

「どうしてそうなるんだよ…」


母は頬を膨らませながら男性を睨む。
そんな母に男性は呆れたように突っ込みを入れていた。

母が呼んだ名前、『シンちゃん』。
母がそう呼ぶ男性は一人しかいない。
昔、母に聞いた話で知っている。
ラスベガスで初めて会話交わすことができた人。
シン・ハイエック。私の父。


「お嬢さま、大丈夫ですか?」

「っ!」


腰を屈めて、私の顔を覗き込むハヤテに我に返る。
何をしていたんだ私は。こんなのは毎日の光景じゃないか。
母がいて、父がいて、マリアがいて、ハヤテがいる。私の毎日。私が望んでいる光景。


「いや、なんでもないよ。おはよう、母。父」

「うん、おはよう」

「おはよう」


母も父も笑って挨拶を返してくれた。
そして次に母はハヤテにも笑いかけた。
しかも手まで振る。


「ハヤテ君もおはよう。…まぁさっきも会ったけどね♪」

「あはは…おはようございます、お母さま…」


流石のハヤテも困ったように笑っていた。
母はハヤテみたいな奴は好きそうだ。しかも見た目が父と似ているから余計に。


「お前は本当にハヤテのこと好きだな…」

「だってこーんなにシンちゃんそっくりなのよー?それに目つきの悪いシンちゃんと違って可愛いしねー♪」

「余計なお世話だ!」

「大丈夫よ。おっちょこちょいなシンちゃんでも、私は好きだから♪」

「褒められてる気がしないぞ、それ…」


母と父はいつもこんな感じだ。
だけどそんな会話も暖かい。みんなが笑って賑やかになる。
私は…こんな毎日が大好きだった。


「…………ねぇ、ハヤテ君。今日って学校はお休みだったわよね?」

「はい、そうですよ」

「そっか。じゃあ皆でお出かけしましょう!ハヤテ君もマリアちゃんもシンちゃんも皆で!…ね、ナギ!」

「えっ…?う、うん。そう…だな…」


頷く私に母は子供のように笑うと、立ち上がりビシッと窓の外を指さす。


「よーし、じゃあ今すぐ行くわよー!みんな!」

「………母。私、まだ朝ご飯食べてないし、私が食べてないからハヤテもマリアも父も食べてないぞ」

「…え?そうなの?」


母の問いかけに、母以外の全員が頷く。


「もー!早く食べなさいよ、あなた達ー!」

「無茶言うなよ…」

「まったくだ…」


駄々をこね始める母に、私も父も呆れたように溜息をつくのだった。




○ ○



その後、30分ほど部屋で休んだ所で待ちくたびれたと騒ぎ出す母に見かねて結局出かける羽目になってしまった。
商店街に着くなり母は時にはマリアを、時にはハヤテを、時には父を、時には私を連れて店に駆け込んだ。


「ねー、シンちゃん。次はどこ行こうかー?」

「く…くっ付くな、恥ずかしい…」


腕を組む母に、父は顔を赤くして離そうとするも母はさらに力を入れる。
そして父は諦めたように溜息をついた。

そんな光景を後から見るハヤテとマリアはくすくすと笑い合っている。


「本当。仲がよろしいですね、お二方は」

「そうですね。見てるこっちが恥ずかしいです」

「ふふ、確かに」


ハヤテもマリアも楽しそうに笑っている。私も楽しい。
外に出るのは嫌いだけど、こんな日も悪くない。そう思ってる。
でも、楽しいのに…楽しくない。


「…………………」


一番後ろを歩く私を、ハヤテは時折気にする様子で見ていた。



○ ○



気付けば、空は茜色になっていた。
しかし私は、さっきからずっと自分の影しか見ていない。


「…………」


そんな時、私の視界にある影がひとつ増えた。
顔を上げてみると、ハヤテが笑いかけていた。
前を見ればマリアは母の隣で談笑しながら歩いている。


「どうしたんですか?さっきから浮かない顔してますけど…もしかして具合でも悪いんですか?」

「いや…大丈夫…」

「…………そう、ですか…」


ハヤテは心配そうな顔で私を見ると、そのまま曇った表情で俯く。
………もしかしたら、ハヤテなら分かってくれるかもしれない。このモヤモヤを理解して解決してくれるかもしれない。


「なぁ、ハヤテ」

「はい?」


首を傾げるハヤテに、私は言う。


「何か…違う気がするんだ。この世界…この光景は…」

「……………」

「なぁ。お前は、どう思う?」


はっきり何がとは言えない。
でも何かが違う。それだけは分かるんだ。


「…………………」


ハヤテはしばらく黙って私を見つめると、すぐに、いつものように笑った。


「別に、いつもとなんら変わりませんよ?」


私は、ハヤテに『そうですね』って言って欲しかったのかもしれない。
だから、こんなにもハヤテの言葉が突き刺さるんだ。こんなにも辛いんだ。


「違うんだよ…何もかもが違う…!!」

「何も違わないです。これが…あなたの世界なんですよ」

「違うっ!!」


私の声に、前を歩いていた母達も驚いた顔をして振り向く。
しかし、ハヤテだけはただ私を見つめていた。
どこか冷たく、悲しげな表情で。


「お嬢さま…」

「なんだよその顔は…!そんなに私がおかしいか!!朝からそうだ…腫れ物を触るみたいに…!それで果てはこれだ!!
お前を信じた…信じきってた私が馬鹿だったよ!!」


私はハヤテを横切って走り出す。
後ろで私を呼び止める声がしても、ひたすらに走った。
体力が尽きて、走るのを止めた頃にはもう私を呼ぶ声なんて全くなくなっていた。


「……………」


その場に座り込み、手をつく。
俯くと、頬を伝う涙が手の甲に雫となって落ちた。


「…いつもこうだ…」


いつも。感情に任せて酷い事を言ってしまう。
それで母とも喧嘩した。ハヤテとも喧嘩した。
どうして私はこうも…懲りないんだろう。

何が違うかもわからない。曖昧なのに、一方的に私が正しいような言い方して。


「…………ナギ」

「……………」


いや。大体はわかるんだ。何故、それだけが分からないからはっきり言えないんだ。

私を呼びかける懐かしい声に、立ち上がり振り向く。


「……母」

「ナギ…どうしたの?ハヤテ君、とても心配してたわよ?」

「………うん。ハヤテには…あとで謝るつもりだよ」

「……そう、良かった」


母はフッと笑ったあと、ニッコリと笑う。


「じゃあ戻りましょう?皆、心配してるわ」

「………うん。でも母、その前に話がある」


私は服の袖で涙を拭い、まっすぐ母を見る。
母もまた不思議そうな顔で振り向く。
そう、違和感は初めからだったんだ。


「母。……この世界は、私が生まれ育った場所じゃない」

「………………」

「あなたも、父も…もう亡くなってるはずなんだ。ハヤテが居て、あなたが居るのは…あり得ないことなんだ」


母はさっきまでの表情を止めて、まっすぐに私を見つめると向かい合う。


「でも、あなたはこんな毎日を望んでいたのよ?」

「そう、私は母がいて父がいて、マリアがいてハヤテがいる毎日を望んでいた。こうあれば良かったって、思うこともあった」

「ならいいじゃない。何がいけないの?」


私は首を振る。


「駄目なんだ。この世界だけは、私がいちゃいけない場所なんだ」

「どうして?あなたは私やシンちゃんが嫌いなの?」

「嫌いなわけあるか。母は大好きだ。父は…確かに面識はないけど、ラスベガスの一件でどんな人か分かった。どちらも好きだ。二人が私の親で良かったって思ってる」

「なら…」

「私は…!母と父が居たから私がいる。…母が亡くなって…マリアが居たから私はいる…ハヤテが居たから…今の私がいるっ!」

「……………」

「母や父が今もいたら…私が私でなくなってしまう!今まで母が居なかったからこそ築いてきたものが…築けてきたものが、すべてなくなってしまう!だから、駄目なんだっ!!」


何が悲しくて、自分の親を突き放さなければならないのだろうか。
でも、こうでもしないと私は自分が望んだこの世界に甘えてしまう。飲み込まれてしまう。
だから、辛くても悲しくてもこうしないといけない。

母は静かに微笑むと、歩み寄り、私の前で膝をついてハンカチを取り出した。


「泣かないで、ナギ」

「母…」

「確かにここは現実ではないわ。私達が連れ込んだあなたの夢の中。…あなたが望んだ夢の中。私やシンちゃんも意思があるだけで所詮はこの世界の一部に過ぎない。でもいいの、それでも嬉しかった。……あなたの今を見れて、あなたを大切にしてくれる人に会えて。私もシンちゃんも安心して見ていられる」


母の手が頬に触れる。
暖かく、優しいぬくもり。


「ねぇ。ナギはどうだった?楽しかった?シンちゃんも、あなたが生まれる前からあんな人だったのよ?」

「…うん。分かってた…。母のこと話したら、顔真っ赤にしてたよ…」

「ふふっ、シンちゃんらしいわね。……事故にさえ遭わなければ…きっとあなたのそばに居てくれたはずだったのに。わたしのそばにも、きっと…」


そう呟く母の顔は今にも泣きそうだった。
13年前に父が亡くなって辛かったはずなのに、私には笑いかけてくれていた母。
ふざけ半分で話してくれた、あの時の面影はどこにもなかった。


「母。私…楽しかったよ。二人に会えて嬉しかったよ。…だからもう平気なんだ。私には二人がいなくてもマリアもハヤテもいる。友達も、いっぱいいる。だから、安心してくれ」

「………今のあなたなら大丈夫そうね。私や、シンちゃんがいなくても」

「うん」


母の言葉に私は頷く。
母はニッコリと笑うと、私を抱きしめた。


「さようなら、ナギ。元気に育ってね」

「うん。……ばいばい、母」


母は嬉しそうに笑うと、そのまま光となって消えた。
私はシャボン玉のように空に消えていく光を見上げる。


「………結局、謝れなかったな」

「お嬢さま」


聞き慣れた声に振り向く。
そうだ。母に謝る前に謝るべき奴がいた。


「ハヤテ」


私がその名を呼ぶと、ハヤテは静かに歩み寄る。


「…………さっきは悪かった」

「え?」

「勢いに任せて、お前に酷いことを言ってしまった。…私は…なんにも変わっちゃいない」

「………………」


ハヤテは黙って私の前で膝をつくと、ポケットからハンカチを取り出し私の涙を拭く。
そして笑って首を振った。


「大丈夫。あなたは、変わりましたよ。……お母さまもお父さまも、ちゃんと分かっています」

「ハヤテ…」


ハヤテは優しく微笑んで手を差し出す。
いつものように。私も守ると言ってくれた、あの日のように。


「帰りましょう、お嬢さま。僕達のお屋敷に」

「…………うん」


一緒に帰ろう。
私達の――『本当の世界』に。



【Side:NAGI】 −Fin−




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Re: Won't Go Home Without You ( No.1 )
日時: 2012/12/29 14:53
名前: ゆーじ

色んな事があったシルバーウィーク。

これは、あれからしばらく経った後の話――











窓から差し込む朝日と、ひたすら鳴り続ける目覚し時計に目を覚ます。
体を起こし、両手を伸ばして僕は窓に目を向けた。
青く澄み渡った快晴の青空。うん、いい仕事日和だ。


「よしっ。今日も頑張ろう!」


立ち上がり、寝間着を脱ぐ。
そしてズボンを履いてワイシャツを着て、ネクタイを締めてジャケットを羽織れば、いつもの執事服の完成だ。
最後に部屋を見渡して異常がないのを確認して、自室を後にする。

まずは台所に行って朝食の準備だ。
今日は気分的に和食にしようかな。
メニューは味噌汁と煮物、焼き魚にしようか。お嬢さまの嫌いなものが少ないメニューになってしまうが、その分は違う日に回そう。

朝食の下準備が大方終わるという頃に、マリアさんが台所に入って来る。


「あ、マリアさん。おはようございます」

「おはようございます、ハヤテ君。……ハヤテ君が早起きすぎるから私の仕事がありませんわ。…何が残ってます?」

「えっと、まだ掃除のほうが手付かずなんですが…」

「分かりました。掃除はしておくので、ハヤテ君はそれが終わったらナギの方を頼んでもらっていいですか?」

「分かりましたっ!ありがとうごさいます!」


笑って礼を言う僕にマリアさんは


「それはこちらのセリフですよ」


と、笑いながら言った。




○ ○



朝食の下準備も終わり、いよいよ朝の仕事の最大難問、ナギお嬢さまを起こす仕事に入る。
普通なら人間一人起こすくらいで仕事とは言わないが、彼女は例外だ。
さて、今日はどうやって起こしたものか。


「ハヤテさま」


後ろから聞こえる凛とした声に振り向く。
そしていつものように和服を身に纏い、袖の部分で口元を隠している伊澄さんがそこにいた。


「伊澄さん…?こんな早くにどうかされましたか?」


自分でそう聞いておいて薄々ながらまた迷子かなと思っていた。
しかし迷子になってここに居るというわりには、彼女の視線は鋭かった。


「ハヤテさま。今日、マリアさんにはお会いしましたか?」

「え…?えぇ。さきほど台所で掃除を引き受けてくれましたけど…」

「…………そうですか。じゃあやはりナギに…」

「……伊澄さん?」


伊澄さんのここまで険しい表情を見るのはアパートに暮らしていた時以来だ。
伊澄さんは静かに口元を隠していた袖を下ろす。


「…ハヤテさま。実は今朝からこの屋敷から強い気配がします。あなたにもマリアさんにも異常がないということは、ナギに被害が及んでいる可能性があります」

「…! 見てきます!!」


僕は自分が出せる全力の早さでお嬢さまの部屋へと向かう。
お嬢さまが襲われている可能性がある。そんな気配も何もなかったのに。
いや、それは言い訳に過ぎない。
とにかく今は一秒でも早くお嬢さまのもとに――


「お嬢さま!!」


部屋の前に辿り着き、その扉を思いきり開け放つ。
室内は特に荒らされた様子もなく、お嬢さまはいつものようにベッドの上で安らかに眠っている。
緊張の糸はようやく緩んだ。


「…良かった…。お嬢さまにもなんともなかったみたいですよ、伊澄さん」


僕は隣に立つ伊澄さんに笑いかける。
しかし伊澄さんの険しい表情が緩むことはなく、むしろ視線はさらに鋭くなっていた。


「……………」


黙ってお嬢さまのベッドに近付く伊澄さんに付いていく。
そして伊澄さんは、寝息を立てて眠るお嬢さまを見るなり僅かに悔しそうに歯を食いしばった。


「伊澄さん…?」

「…ハヤテさま。どうやら間に合わなかったようです」

「え…」

「何かがナギに憑いて、意識を閉じ込めています。このままではナギが目を開けることはないでしょう」

「な…!そんな…どうして!!」


僕の問いかけに伊澄さんは申し訳なさそうに表情を曇らせて首を振る。


「それはわかりません。ただ…私が注意を怠っていただけ…。ナギにだけは…ナギだけは守りたかったのに…」

「伊澄さん…どうしたらお嬢さまは起きてくれるかわかりますか?」

「……はい。ナギの意識はおそらく、この子の夢の中にあるでしょう」

「夢…?」

「はい。ナギの記憶や想いによって作られた世界に、あの子はいるはずです。それがどんなものなのかは分かりません。ただそんな世界でもナギが『戻りたい』と。『帰りたい』と望んだならば、その世界から抜け出せるはずです」


『そうなれば、ナギはいつものように目を覚ますでしょう』と、伊澄さんは付け足すように言った。


「………………。その世界に、僕は行けますか?」

「…不可能ではありません。でもそれはハヤテさまも眠りにつき、世界に行くということ。条件はナギと同じです。ナギが出られてもハヤテさまが出られなくなる可能性もあり得ない話では…」

「いいんです。僕が閉じ込められたとしても、お嬢さまが無事なら…」

「ハヤテさま…」


伊澄さんの心配そうな視線が突き刺さる。
でもこのまま放っておく訳にはいかない。守るって約束したんだから。


「……やはり、ハヤテさまはナギのヒーローですね」


伊澄さんはニコッと笑いながらそう呟くと、表情を引き締めて懐から御札を取り出した。


「分かりました。私の力でハヤテさまの意識をナギの夢の中に送ります。……よろしいですね?」

「はい。お願いします」


伊澄さんの問いかけに頷くと、僕はお嬢さまのベッドの隣で膝をつく。
そして眠るお嬢さまの小さな手を両手で包み込む。


「待っていて下さい、お嬢さま。今から…行きますから」

「…………では、行きますよ。ハヤテさま」


伊澄さんの声掛けに僕は黙って頷く。
そして伊澄さんは御札を掲げながら何がを唱え始めると、空かさず御札を僕の額に押し付けた。
再び伊澄さんが何かを唱えると、御札は光だす。
すると途端に自分の意識が吸い込まれるように薄くなっていき、ろくな思考が出来ない。
視界の片隅で伊澄さんが光を帯びた御札を今度はお嬢さまの額に押し付けると、突然の眠気に襲われ視界が傾く。



「ハヤテさま。…どうか、ナギを――」


伊澄さんのそんな言葉を境に、意識は閉じていった。





【Side:HAYATE of NAGI】





「っ!」


目覚めた。
体を起こし、辺りを見渡してみる。
しかしどう見ても三千院家の僕の自室だ。
ベッドにもちゃんと寝ているし、壁にはジャケットが掛けられている。
これだけ見ると、いつもと何ら変わりない。
手のひらを見下ろし、手を動かす。…ちゃんと動く。


「(いや…ここで考えてても仕方ない…)」


まずは状況とお嬢さまの安否の確認が必要だ。
世界が偽物だとしても、ここにいるお嬢さまだけは本物。それが殺されることと閉じ込められることはきっと同義なはず。

ひとまず執事服に着替えて部屋を出る。
数時間前にした時ほど丁寧ではないが、致し方ない。
部屋の扉を閉めて廊下を駆ける。
とりあえず何をするかはお嬢さまを探してから考えて――


「わっ!」


しかし廊下の曲がり角を曲がった所で、同じタイミングで曲がってきた誰かとぶつかり尻餅をつく。
恐らくはマリアさんとぶつかってしまったんだろう。


「や、やだっ。大丈夫?ハヤテ君!」

「は…はい、大丈夫です…マリアさ――」


そう呼びかけて顔を上げたところで僕は言葉に詰まった。
床に座る僕を心配そうに見下ろす二人の大人。ストールを巻いて口元に手を当てている女性と、目を丸くして立ち尽くす僕より立派な作りの執事服を着る外人の男性。


「…え…?」


この二人には見覚えがあった。
三千院紫子とシン・ハイエック。お嬢さまとお母さまとお父さまだ。
しかしどちらも他界しているはず。
今この場に居るのは…絶対的にあり得ない。


『ナギの想いと記憶によって作られた世界に――』


なら、これが…。
両親が存命しているこの世界を彼女の想いは作り出した、ということなのだろうか。


「おい、大丈夫か?しっかりしろ。立てるか?」

「あ…」


お父さまの声に我に返る。
そして手を差し出す彼の大きな手に掴まり、ようやく立ち上がる。


「すいません…ありがとうございます…」

「いや、こっちこそ悪かったな」

「怪我はない?ハヤテ君」

」あ…はい、大丈夫です…」


頷く僕に、お母さまは安心したように笑う。


「良かった♪ ナギの執事が怪我なんてしちゃったら大変だもの。怪我がなくて本当に良かった」

「ご心配おかけしました…」

「ううん、大丈夫よ。今からナギを起こしに行くところ?」

「え…?あ、はい。そうです…」

「そう。じゃあ私達は先に台所で待ってるから頑張ってね♪ 行きましょ、シンちゃん」


お母さまとお父さまは僕を横切って台所に向かって行く。
楽しそうに笑いながら歩いて行く二人を僕は立ち尽くしながら見送る。


「…………」


お嬢さまの願いは、やはり両親と共に生きることなのだろうか。
だからこそ、こうしてありえない事が起こっている。
きっとこの世界の三千院家にもマリアさんも居るはずだ。
つまり、お嬢さまの想いは――

お嬢さまの自室に入り、お嬢さまが眠るベッドの前まで行く。
安らかな顔で眠っている小さな少女を僕は見下ろした。

僕には親の大切さとか、よく分からないけれど…自分を愛してくれる人が居ないことの辛さと悲しさはよく分かる。
お嬢さまにはお母さまが亡くなった後はマリアさんがいた。彼女自身もマリアさんには感謝しているし大切にもしていると言っていた。
しかし、それでも心の底では親というものを望んでいた。その結果が、今なんだ。

今、お嬢さまを起こしてから事情を全て話して帰るのも一つの策だ。
でも彼女がこの世界を現実だと思い込んでいたら。…そうなると説得は難しい。
ただでさえ『僕』がここにいることによって、曲がりなりにも回っている歯車は僅かでも狂っているはず。
無理に余計に狂わせるのは、逆効果になる。
なら、しばらくは様子見も兼ねてこの世界の流れに沿おう。

僕はいつものようにお嬢さまを揺すり、声をかけた。


「お嬢さま。お嬢さま!起きて下さい、お嬢さま!」

「んぅ…?」


しばらく揺すっていたところで、お嬢さまはゆっくりと目を開けた。
良かった。こちらでは普通に目覚めるようだ。

ゆっくりと視線をこちらに向けるお嬢さまに、いつものように笑いかける。


「おはようございます、お嬢さま」

「……うん…おはよう、ハヤテ…」


お嬢さまが目を擦りながら起き上がるのを僕は一歩下がって見守る。

どうやらこの世界にも『三千院ナギの執事である綾崎ハヤテ』というものは存在しているらしい。
まぁ部屋もあり、服もあり、お母さまにも言われていた事なのだから当たり前なのだろうが…。
薄々それとは逆の状況を予想していた身としてはありがたい。


「ん…なんだ?」


なんてことをお嬢さまを見ながら考えていたからか、眠気眼のお嬢さまがこちらを見ていた。
そんな彼女に僕は笑いかける。


「いえ。皆さんお待ちですよ」


僕の言葉に何か違和感を覚えたのか、お嬢さまは少し怪訝な顔で黙り込んだ。
しかしそれはすぐに終わり、お嬢さまは目を瞑って小さく息を吐いた。


「分かった。着替えるから部屋から出てもらえるか?」

「はい、お嬢さま」


ひとまずお嬢さまに一礼してから部屋を出ていく。
そして扉から離れ、壁に寄りかかる。

今のところは、いつも通りのお嬢さまだ。
まぁ違うといえば素直に起きたということくらいか。
今日が休みだからなのか、機嫌が斜めじゃないのか、もしくは両親が居るか居ないかの差なのかは分からない。
後者が正解だったとしたらもはや苦笑いしか出来ない。

短く溜息をついたところで、部屋の扉が開いた。
そして中から出てきた着替え終えたお嬢さまに笑いかける。


「あ、終わりました?」

「………お待たせ。じゃあ行こう」

「はい」


台所に足を向けるお嬢さまの隣に並んで歩く。
特に会話もなく歩いているからか、台所が見えてきた頃には賑やかな声が聞こえてきた。
おそらくはお母さまだろう。
お嬢さまをふと見ると、若干不機嫌そうな顔で歩いていた。


「ナギ。おはようございます」


台所に入ると、まずマリアさんが笑いながら挨拶をした。
マリアさんの立ち位置も現実とは変わりないようだ。
僕がさっき目を覚ましたから、朝食は全てマリアさんによって準備されていた。


「おはよう、マリア」

「おはよう、ナギ。今日は起きるのが早いのね」


次にお嬢さまに挨拶をしたのはお母さま。
既に机に座って紅茶を飲んでいた。

そして、お嬢さまがお母さまの声を聞いた瞬間に途端に目を丸くして前を向いたのを僕は見逃さなかった。


「は…は…?」

「ん?どうしたの?ナギ」


驚いたように硬直するお嬢さまにお母さまは首を傾げる。
それがしばらく続いたところで、お母さまは頬を膨らませるとお父さまを睨んだ。


「もー、シンちゃんが睨みつけるからナギが固まっちゃったじゃない」

「どうしてそうなるんだよ…」


お母さまの睨みにお父さまは呆れたように突っ込む。
相変わらず目を丸くしているお嬢さまの顔を覗き込んで見る。
どう見ても、目の前の光景を信じられないと思っている顔だ。
もしかしたらお嬢さまも本来の光景をしっかりと覚えているのだろうか?


「お嬢さま、大丈夫ですか?」

「っ!」


声をかけてみると、お嬢さまは小さく声を上げて我に返った。
そしてまた冷静に目を瞑って、首を振る。


「いや、なんでもないよ。おはよう、母。父」

「うん、おはよう」

「おはよう」


お嬢さまの挨拶返しに、二人は笑って返した。
次にお母さまはこちらに目を向けると笑いながらそう手を振ってきた。


「ハヤテ君もおはよう。…まぁさっきも会ったけどね♪」

「…………。あはは…おはようございます、お母さま…」


予想外の挨拶に、僕は苦笑いで返す。
そんな光景にお父さまは呆れたように溜息をついた。


「お前は本当にハヤテのこと好きだな…」

「だってこーんなにシンちゃんそっくりなのよー?それに目つきの悪いシンちゃんと違って可愛いしねー♪」

「余計なお世話だ!」

「大丈夫よ。おっちょこちょいなシンちゃんでも、私は好きだから♪」

「褒められてる気がしないぞ、それ…」



二人の会話にその場の皆が笑う。
この光景を始めて見たのに、なんだか前から見ているかのような感覚になる。

お母さまはくすくすと笑うと、僕に顔を向けた。


「ねぇ、ハヤテ君。今日って学校はお休みだったわよね?」

「はい、そうですよ」

「そっか。じゃあ皆でお出かけしましょう!ハヤテ君もマリアちゃんもシンちゃんも皆で!…ね、ナギ!」

「えっ…?う、うん。そう…だな…」


お母さまの問いかけにお嬢さまは頷く。
そして立ち上がると、ビシッと窓の外を指さした。


「よーし、じゃあ今すぐ行くわよー!みんな!」


張りきった様子で台所にいる一同を見渡すお母さま。
そんな彼女にお嬢さまとお父さまは呆れたように目をつむる。


「………母。私、まだ朝ご飯食べてないし、私が食べてないからハヤテもマリアも父も食べてないぞ」

「…え?そうなの?」


お母さまの問いかけに、彼女以外の全員が頷く。
そしてお母さまはとたんに頬を膨らます。


「もー!早く食べなさいよ、あなた達ー!」

「無茶言うなよ…」

「まったくだ…」


駄々をこね始めるお母さまに、お嬢さまとお父さまは溜息をついて僕とマリアさんは苦笑いを浮かべるのだった。




○ ○




その後、食事を済ませたお嬢さまは休むと行って部屋に戻りマリアさんとお父さまは屋敷の掃除に向かい、台所には皿洗いを任された僕と紅茶を飲むお母さまが残っていた。


「皆で外出するのは久しぶりねぇ。どこ行こうかしら?ハヤテ君はいい案ある?」

「そうですねー。お嬢さまの体力を考えると商店街辺りが丁度良いかと。店の種類も少なくはないですし」

「んー、確かにそうねぇ。よし!じゃあそうしましょうか♪」

「はい」


ある意味ではお母さまとはこの世界が初対面のはずなのに、よくもここまで普通に接せるものだと我ながら思う。
でもそれも自分の中ではイレギュラーな存在である彼女がそう振る舞ってくる影響なのかもしれない。

しばらくの沈黙のあと、お母さまがカップをソーサーに戻す音がやけに耳に入った。


「………ねぇ、ハヤテ君」

「はい?」

「あなたは、……ナギを連れ戻しに来たの?」


突然の問いかけに一瞬息が詰まった。
横目で後ろを見ると、お母さまはかなり真剣な表情でジッと見つめていた。
水道の蛇口を止めて、持っていた食器を置いて振り返る。


「……どういう意味ですか?」

「あなたは私達とは違う…。この世界が作った存在じゃないもの」

「…………」

「あの子を、助けに来たのよね?」


どこか悲しげに微笑む彼女に、僕は黙って頷いた。


「………そっか。そうよね。あなたはナギを守る執事だものね」

「すいません…」

「どうして謝るの?執事として当然のことをしているのよ?…逆に、どうして私達のように振舞っているのか聞きたいくらいだもの」

「………あなたやお父さまがいるのは、お嬢さまが望んだからです。だから…邪魔しちゃ駄目かと思ったんです」


お母さまは僕の答えに目を丸くすると、吹き出して笑い始めた。


「あははっ。……本当に優しいのね。でも私達はあの子やあなたを帰さない立場の存在なのよ?敵に同情なんかしちゃ駄目よ」

「……………」

「………。ねぇハヤテ君。お願いがあるの」


お母さまの言葉に逸らしていた視線をお母さまに戻す。
お母さまはニッと笑って言った。


「あなたがナギは連れ戻すのは構わないわ。むしろ連れ戻して欲しい。…でもそれは、もう少し待って欲しいの。私もシンちゃんもあの子には何もしてあげられなかったから。だからこんな世界ででもいいから、あの子のそばに少しでも長く居たいの…」

「……………」


お母さまの笑みから逃げるように、僕は俯きながら言う。


「僕がここにいる理由は、お嬢さまを連れ戻すことです。彼女にここから出たいと、帰りたいと思わせなければいけません」

「…ええ」

「なのに、それを待てと言われて待っていたら…何をしに来たのか分からなくなってしまいます」

「……………そう、よね。…その通り、ね…」

「………でも」

「え…?」


目を丸くして見る彼女に、僕は笑いかける。


「お嬢さまには、笑って戻ってきて頂きたいのが本心です。…心残りもなく、悲しい気持ちもないままに」

「……」

「お嬢さまはあなたに謝りたがっていました。だから…それが出来るのはきっと今だけなんですよ」

「……そうね。ありがとう、ハヤテ君」


ニッコリと笑うお母さまに、僕もまた笑う。
そしてお母さまは椅子から立ち上がると、僕の隣に並び肩を組み、窓の方へと指を指す。


「よーし!じゃあ話も済んだ所で、早速商店街に行くわよ、ハヤテ君!」

「えっ、あ…はい…」

「返事が小さいわよ!男の子はもっと大きな声で!」

「は…はい!」

「よし!じゃあ皆を呼んできて、早速出発よ!!」

「はいっ!!」


こうしてお母さまに流されるがまま、僕らは本当に皆揃って外出し、お母さまは主にお嬢さまやお父さまを連れて店に入ることが多かった。
そしてその時間が過ぎれば過ぎるほどにお嬢さまの顔は浮かないものになっていくのを僕はずっと見ていた。
空も茜色になり、ずっと俯いていたお嬢さまの顔も遂には見辛くなっていく。
見ればマリアさんはお母さまやお父さまと前で談笑している。
この世界に来て、ようやくお嬢さまにまともに接触する機会ができたのだ。

僕は一息ついてから、一人とぼとぼと歩くお嬢さまの隣に行った。
お嬢さまは影で気付いたようで、すぐさまこちらを見上げた。


「どうしたんですか?さっきから浮かない顔してますけど…もしかして具合でも悪いんですか? 」

「いや…大丈夫…」

案の定、今の心境を話してくれるわけもなく。
まぁ無理やり聞き出しても怪しまれるだけなので、やたらと話しかけることはしない。
する動を違う方向で受け取ってくれたのか不意にお嬢さまは口を開いた。


「なぁ、ハヤテ」

「はい?」

「何か…違う気がするんだ。この世界…この光景は…」

「……………」

「なぁ。お前は、どう思う?」


お嬢さまのどこか何かを期待した目が僕を見つめる。
さっきの反応といい、間違いない。
彼女は、この子は気付いている。自分が今いるこの世界が現実ではないことを。それをきちんと自覚している。

きっとそれを僕に聞いて可能性を確信に変えたいんだろう。
ここで『そうですね』と答えて真相を教える。そして一緒に帰るのは簡単だ。
でも…


『でもそれは、もう少し待って欲しいの』

『こんな世界ででもいいから、あの子のそばに少しでも長く居たいの… 』


僕は、お嬢さまにいつものように笑いかけて…そして言った。


「別に、いつもとなんら変わりませんよ?」


信じられない。あり得ない。そんな絶望が含まれた視線が突き刺さる。

本当は違う。あなたの言う通りなんですよ。
でも、ここであなたに本当のことを言うわけには…いかないんです。


「違うんだよ…何もかもが違う…!!」


お嬢さまは俯きながら強い声で言いながら首を振る。
強く握られた小さな手が何より苛立たせていることを物語っている。


「何も違わないです。これが…あなたの世界なんですよ」

「違うっ!!」


お嬢さまは遂には顔を上げて鋭い視線で睨みつけた。


「お嬢さま… 」

「なんだよその顔は…!そんなに私がおかしいか!!朝からそうだ…腫れ物を触るみたいに…!それで果てはこれだ!!
お前を信じた…信じきってた私が馬鹿だったよ!!」


お嬢さまはそう言い放って、背を向けて走り出した。


「お嬢さま!!」


そんな呼びかけも虚しく、その背中はどんどんと小さくなって消えていった。


「ハヤテ君っ!」


後ろからお母さまやお父さま、マリアさんが駆け寄る。


「どうしたの?ナギは…」

「すいません…。僕のせいです…」

「そう…。ううん、ハヤテ君が悪いわけじゃないわ。そんな顔しないで」


事情を察してくれたお母さまは笑ってそう言う。
そしてお嬢さまが走って行った方向を見つめた。


「とりあえず…ナギは私に任せてもらってもいい?」

「え…でも…」

「いい。行け、紫子」


お父さまが代わりに答え、お母さまは頷いてお嬢さまを追いかける。
見上げると、彼は真剣な表情で僕を見下ろした。


「お前は俺と来い、話がある」

「…………。はい…」


歩き出すお父さまについて行くと、やがて見覚えのある公園に辿り着いた。
ここは負け犬公園。…僕とお嬢さまが出会った場所だ。
お父さまは手近にあったベンチに腰を下ろすと笑いながらこちらに向いた。


「ほら、お前も座れよ」

「は…はぁ…」


自分の隣の開いたスペースを手で叩くお父さまの隣に恐る恐る座る。
そしてお父さまは背もたれに寄りかかり、顔を空に向けた。


「それにしても世の中捨てたもんじゃないよなぁ。親子でもなんでもないのに、こんな自分に瓜二つな奴がいるなんてな」

「…そう、ですね…」

「あの黒椿で入れ替わった時にあまりにそっくりで一瞬若返ったのかと思ったくらいだ。ま、おかげで好き勝手できたけどな」

「………………」


僕は黙ってお父さまを見る。
そしてお父さまは『ん?』と言いつつ首を傾げた。


「あの…あなたは…本当のお父さまなんですか?それとも姿形がお父さまなだけの…方なんですか?」


僕の問いかけに、彼はフッと笑う。


「…………お前はどう思う?」

「それは…」


そう言われてしまうとなんとも言えなくなる。
そんな心境を察したのかお父さまは、ハハッと笑いながら言った。


「まぁお前が思うように見ればいい。別にお前達を取って食ったりはしないさ」

「……………」

「俺がお前に聞きたいのは他の何でもない、ナギのことだけだ」

「…!」


笑顔から一転し、真剣な表情でお父さまは前を見る。


「俺はあいつが物心つく前にはもう体は事故で死んで、ずっと黒椿の中にいたからあいつが生きてきた13年間を知らない。きっと紫子やお前を含めた執事達が頑張って守ってくれた結果が今のナギなんだろうよ」

「………………」

「お前は、あいつの執事になってどれくらいなんだ?」

「…9ヶ月とちょっとくらい、です…」

「9ヶ月…それであれだけ信頼されるなら大したもんだよ。自信持っていいんだぜ?」


お父さまは笑いながら肩を叩く。
他の誰よりも、この人に言われるとどこか安心してしまうのは、やはり父親なのだからなのだろうか。


「ちなみに、どういう経緯で執事になったんだ?」

「えっ!?…そ、それは…」


当たり前と言えば当たり前の質問に、逃げるように顔を逸らす。
今思えば僕とお嬢さまはとんでもない出会いをしている。それを実の父親の前で言ってしまっていいわけがない。


「おいおいなんだよその反応。そんな後ろめたいことしてんのか?お前ら」

「い…いや、そうじゃなくて、その…」

「正直に言えばまぁ少しくらいなら我慢してやるから言ってみろって」


何を我慢するのだろうか。
気になったが聞きたくはないので、意を決して正直に告げた。
絶対本気で怒られるかと思った。しかし彼の反応は予想外にも大爆笑だった。


「はははっ!誘拐か!まぁそりゃ誘拐したくもなるよな!借金もあってドレスも着てりゃな!」

「…………、あの…怒らないんですか…? 」

「怒るどころか安心したよ。俺みたいに出会い頭で銃向けられながら脅され半分で雇われたとか言い出したらどうしようかと思ったぜ!」

「え…じゅ、銃…?」

「ああ。ったく、紫子の奴はその辺メッチャクチャだからなぁ。お前も少なからず被害受けてそうだ。同情するぜ」

「は…はぁ…」


お父さまは、ハハッと笑うとどこか嬉しそうな顔でまた空を見上げた。


「でも例え誘拐しようとしたとしても、その後に本当に誘拐されたのを助けて…それで今に至るんだろ?ナギもお前を信じて、好いてる。…なんの文句もねえよ」

「………………」

「………、紫子から話は聞いたんだろ。…たぶん、もうあいつも満足してる頃だ。もうナギのとこ行ってやれ」

「お父さま…」


お父さまは顔を向けると手を出して、その大きな手のひらを僕の頭の上に乗っけた。
目を丸くする僕に、お父さまは笑う。


「俺も紫子もお前を信じてる。……ナギの事、よろしく頼むぜ。…綾崎ハヤテ」


そう言って、お父さまは光となって散り、空に上がっていく。
僕はそれを見上げて見届ける。

頭を撫でられたのは、いつ以来だろう。
思わず笑いがこぼれた。


「………………」


行こう。
今頃待っているはずだ。迎えに行くんだ。
僕はそのために来たのだから。

僕は公園を走り出す。
しばらく走った所で空を見上げて立ち尽くすお嬢さまの後ろ姿を見つけた 。


「お嬢さま」


呼びかけると、お嬢さまはゆっくりと振り向いた。
その眼には涙が溜まっている。


「ハヤテ」


僕はお嬢さまに歩み寄る。
それと同時にお嬢さまは俯いた。


「…………さっきは悪かった」

「え?」

「勢いに任せて、お前に酷いことを言ってしまった。…私は…なんにも変わっちゃいない」

「………………」


お嬢さまの目尻に溜めた涙が地面に落ちる。
僕は膝を付き、その涙をハンカチで拭いた。
そして僕を見るお嬢さまに笑いかけながら首を振る。


「大丈夫。あなたは、変わりましたよ。……お母さまもお父さまも、ちゃんと分かっています」

「ハヤテ…」


ハンカチをポケットに仕舞い、立ち上がる。
そして手を差し伸べる。



「帰りましょう、お嬢さま。僕達のお屋敷に」

「…………うん」


お嬢さまは笑って、手をとってくれた。
小さな手を大切に握る。


「ありがとう、ハヤテ」


お嬢さまはニッコリと笑って、そう言った。




○ ○




『ハヤテさま。ナギは…』

『ええ…一応もう大丈夫なはずなんですけど…』


ぼんやりとした意識の中、聞き慣れた声達の会話にようやく目が覚めた。


「ハヤテ…?」


座り込んでまで私のベッドに寄り添っているハヤテを呼ぶ。
後ろにいる伊澄と何かを話していたハヤテは目を丸くしながら振り向いた。


「お嬢さま!…もう大丈夫ですか!?」

「……何が?」

「えっ、や…えっと、体調とか…?」

「大丈夫も何も…別に病気になった記憶はないぞ」


何故かやたらと心配そうに聞いてくるハヤテに溜息をつきながら体を起こす。
そしてふと左手を見ると、ハヤテがごく自然に私の手を握っていた。

ハヤテは私の視線を追って自分の手を見てそれに気づく。


「あっ!す、すいません!」


慌てて手を離すハヤテ。
その手はずいぶんと長時間私の手を握っていたのか、左手がやたらと温かい。


「まったく…朝から私に何をしていたのだ、お前は…」

「す、すいません…」

「まぁいい。…なんかまだ寝ぼけてる気がする…ジュースでも持ってきてくれないか?」

「はいっ!すぐ持ってきます!」


ハヤテはすぐさま部屋を飛び出していく。
その顔はなぜかとても嬉しそうに見えた。
私は溜息をつくと、ベッドから立ち上がる。
すると伊澄が歩み寄る。


「ナギ。本当に大丈夫?」

「ああ、大丈夫だって。そもそもお前はなんで朝からここにいるのだ?」


私の問いかけに、伊澄は袖口で口を隠す。


「朝のお散歩に出たら…気付いたらここに居たの」

「そうか。朝からご苦労だったな」


もはや突っ込みはしない。
とりあえず髪だけでも縛ろうとサイドテーブルに置かれた髪留めを探す。


「ナギ」


すると不意に伊澄が話しかけてきた。


「ん?なんだ?」

「…今日はどんな夢を見たの?」

「……………」


伊澄は静かに笑いながら尋ねる。
どうして私が今日夢を見たのかを知っているのだろうか。
それはよく分からないけど…でもだからと言って嘘をつく理由にはならない。

だから、私は伊澄の問いかけに笑って答えた。


「すごく…幸せな夢だったよ」



ーー Fin ーー






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Re: Won't Go Home Without You ( No.2 )
日時: 2012/12/29 15:07
名前: ゆーじ


はい、というわけであとがきです。

うん、自分でも読んでてわけわかんなくなりました。私がわからないのに読者が分かるわけもないので総合的によく分からない作品が生まれてしまったわけです。

言い訳がてら解説すると、

まずこの小説の舞台となった三千院夫妻とハヤテ、マリア、ナギが共存していた世界をナギを巻き込んで作った?のは夫妻です。
アニメで成仏したんじゃないの?とかどうやって作ったの?とかそういう細かいツッコミは胸の中に閉まってください。あと途中からマリアさんどこ行ったの?とか
。そしてハヤテサイドのハヤテが若干中二病みたいな台詞回しになってるのも気にしないで下さい。

最後については、ハヤテが先に目を覚まし本編内にある会話をしている最中にナギが起きたという設定です。

三千院家夫妻が書きたいがために生まれた問題作ですが、楽しんでいただけた…ことはないでしょうが暇つぶしのひとつくらいにはなったと思いたいです。

ではこれが本当に今年最後の更新になると思うので、また来年お会いしましょう!
シーユーアゲイン!
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Re: Won't Go Home Without You ( No.3 )
日時: 2012/12/29 17:17
名前: masa

どうもmasaです。

なるほど、名作だ。


ナギサイドの方は以前同様名作でしたね。ゆっきゅんが皆を振り回したり、あのおとぼけぶりを発揮したり。

ナギとしては結果や理由はどうあれ幸せな夢だったんでしょうね。ずっと望んでいた母・紫子、そして父のシン・ハイエックが当然の世界に。
ナギが夢を見たのはゆっきゅん達の仕業だったんですね。


そしてハヤテサイドの話。
二度と帰ってこられない可能性があると聞かされても、迷うことなく助けに行くのは流石というべきですね。

ゆっきゅんもやはり母なんですね。連れ戻しに来たハヤテにしばらく待ってほしいとナギの為にお願いしたんですからね。
シンも父親らしい事を言ってましたね。ナギの事をハヤテに託すとは。

そう言えば、確かにゆっきゅんとシンの出会いはかなり不思議な物ですよね。まあ、それを言ったら、ナギとハヤテの出会いも不思議と言えば不思議ですけど。

ナギとしてはハヤテに手を握られていた事は嫌というか、むしろ嬉しい事なんでしょうね。



まあ、結論は、名作だった。これにつきます。


では。

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Re: Won't Go Home Without You ( No.4 )
日時: 2012/12/30 00:54
名前: F子

こんばんは、F子です。
もう本当に素敵なお話でした!!泣きました…!!

三千院家夫妻が生きてて幸せなはずの世界なのにナギが違和感を持ってたり苦しんでたりしてすごく切なかったです。

ナギを助けたくてもこの幸せな世界を壊せないハヤテくんほんとに優しい。出番こそ少なかったですが伊澄さんも。

個人的にハヤテとシンが会話してることやシンのフランクな喋り方に1人悶えていたんですがやっぱり父親でナギ大切に思っててもう…!シン…!もう…!
紫子もシンもこんなに仲良くてナギを大切に思っているのにもういないのがほんとにやるせないです。
でも最後ナギが幸せな夢って言えててほんとに良かった…!

他にも色々ぐわーーーっときたことを全部言葉にしたかったのですが語彙力が…(´p`)
とにかくもうぐわーーーっときました!!!

あと紫子の「それに目つきの悪いシンちゃんと違って 可愛いしねー♪」ってセリフにオホホゥ(*^o^*)ってなりました。

一つだけ、ナギサイドのシン初会話シーンの3行程下「シンちゃん君」ってなっているの、誤字ではないでしょうか?どうにも勿体なくて…!

ゆーじさんには今年もたくさん楽しませていただきました!良いお年を!!
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