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武装執事(武装錬金クロス)
日時: 2012/10/20 16:01
名前: 蒼紫

 空が青々と雲が飄々流れる快適な朝だ。それが土曜日であるというのだから尚更いい。

 こんな日には買い物に行く足も軽々となりそうで、今日という日を充足したものへとすることができそうです。

 おっと、自己紹介がまだでしたね。僕の名前は綾崎ハヤテ、16歳。三千院ナギお嬢さまの執事をやっております。少々、人より運に優れないのが特徴です。

 僕はお嬢さまの執事としてこの三千院家のお屋敷に住まわせてもらっているのですが、このお屋敷が無尽蔵な大きさで最初の頃は困っていたものです。

「ハヤテ――!!」

 僕の50メートルほど後ろの方から、つまり玄関に当たりますね。声が聞こえてきます。

 この声は先ほど紹介しました三千院ナギお嬢さまです。僕は職業柄、ナギお嬢さまにこのように呼ばれることが多々あり慣れたものです。

 お嬢さまがどのような無理難題を押し付けて来るのかと手に汗を握りながら、持ち前の脚力で駆けつけますと――。

 なんと、黒塗りの車がエンジンの運動によって排出された煙を機嫌よく撒き散らしながら、規定速度をはるかに超えて走っていくではありませんか。

 状況を解析しましょう。平常心が大切です。
  
 状況1。お嬢さまの50メートル先にいる僕に届く声。

 状況2。先ほど走っていった、いかにも金持ちが乗ってそうな黒塗りの車。

 状況3。肝心のお嬢さまがいません。

 ここから判断すると、これは誘拐ということになります。執事たるもの、こういった状況判断は重要だったりします。

 そう判断した僕は、玄関の前に駐在している世界一高価なママチャリに股がり、風を斬りました。

 ――5分後。

 颯爽と黒い車を自転車で追いかけ、前方に目標を確認しました。

 どうして僕がそんなに早く自転車を漕げるかだって? 何を隠そう、僕は自転車宅配の達人と呼ばれていたんですよ!

 これが僕が長年の自転車宅配で培ってきた技の1つ! 自転車の前輪を強引に起こし、達人らしくテクニックで車体全体を宙に浮かばせる!

 自転車を飛翔させ、フロントガラスから車内の様子を判断。男が二人、一人が運転手でもう一人が後部座席に座っています。恐らくといいますか、間違いなく犯人でしょう。

 そして、お嬢さまが後部座席に座ってることを確認しました。フロントドアからお嬢さまに被害がないように犯人への介入を試みることにします。

「お嬢さまを……返せえええ!」

 空中で自転車を乗り捨て、ボンネットに着地。僕の後ろで金属物がミキサーにかけられたような悲惨な音がしましたが、お嬢さまのためならどんな犠牲も厭わない、それが執事です。例えこの後、マリアさんの説教が待っていようとも。

 運転手の驚き顔を横目にフロンドドアのガラスを割って威嚇、早急に救助といきましょう。

 ここからいつものパターンですと、犯人が急ブレーキを掛けて車を止めた後に「お嬢さまを返してくれますか」とどすの利いた声で言えば終わりでしょう。

 ゴムが擦れる音を響かせながら、車が減速する。次第に車は減速を重ね停止した。

 僕は犯人に先ほどまで考えていたセリフを言うことにした。最もそれで犯人が大人しく投降するとは思えませんが、その後は執事らしくお嬢さまを助けるだけです。

「え?」

 セリフを言おうとした、次の瞬間。犯人の手がフロントガラスを突き破って僕の胸倉を掴んだ。

 しまった! まさかフロントガラスを破るとは予想外だった。

 僕は虚を衝かれてしまい、一瞬判断が鈍る。自分のミスを痛感し、相手の次の行動に備えた、が。

「そうか……。お前が」 

 運転手は僕の顔と掴んでいる胸元をにらみ捉えた後、運転手は何か一言呟き、そのまま胸倉から手を離した。そして、僕が呆気にとられている間に二人組はお嬢さまを車に残したまま逃げてしまった。

 僕の首元には犯人に掴まれた嫌な感触だけが残り、気味の悪さを覚える。

 どうして、あの後何もやってこなかったんだ……? それに逃げるとき、お嬢さまを置いていった……。お嬢さまが目的ではなく、本当は別の目的でもあったのだろうか。

 推理にもならない憶測だけが僕の頭を流れる。

 何はともあれ、お嬢さまは無事である。犯人を捕まえることはできなかったが、最低限の仕事はできただろう。

 お嬢さまを車の後部座席から降ろして、必殺☆執事スマイルで主に向かって微笑みます。

「お嬢さま、大丈夫でしたか?」

「ああ。さすがだなハヤテ」

「いえいえ。僕はお嬢さまのためでしたら、ト○ミーに一人だけ残されてトラ○ザムとつぶやく覚悟もできてますよ」

「……よく分からん例えだが、まあいい」

 お嬢さまは呆れ気味な表情を見せ、言葉を切った。

「ハヤテは私が昔、よく誘拐されていたというのは知っているな」

 過去にお嬢さまを誘拐しようとした身としては実に心苦しい質問である。

「はい。お嬢さまがギリシャに住んでいた頃は、マフィアによく目をつけられていたと聞いていますが」

「そうだな。大概、そういったヤツらは『金だ、金だ!』とくだらない言葉を口にするのだが……」

「だが?」

 言葉を濁らすので、思わずオウムのように聞き返してしまった。しかし、お嬢さまは僕の返答に顔をしかめることなく、そこから少々悩む素振りを見せるとお嬢様は「まあいい、気にするな」と告げ黙ってしまいました。
 
 僕がお嬢様を助け出したあとはいつもなら明るい笑顔を振り撒いてくれるのですが、いつもとは違う暗い雰囲気を醸し出したお嬢さま。

 お嬢さまが何か考え事をしているのは、さすがの僕でさえ察することが出来る。

 ここで言葉を追ってしまうのは、僕が鈍感であるとか無神経だとかそういった言葉が頭を過ってしまい臆病になる。

 僕は無言でお嬢さまの手を取り、お屋敷までの帰路を辿った。

 お屋敷に帰った後、僕なりに考えた結果。一応マリアさんには伝えておこうと思い、マリアさんにその旨を伝えると「わかりました。そうですね、ナギの方には私から聞いておきますので、ハヤテくんには買い物をお願いしてもいいでしょうか。ちょっと、急用ができてしまって」と買い出しを頼まれ、僕は「はい! まかせてください」と二つ返事で答えた。

 よく晴れた昼下がり、主を失った哀れな執事は買い物と出発することにしましょう。

 



 * * *





 今日はいつも行っている商店街にある、老舗店の和菓子を買ってくるように頼まれました。

 和菓子店に着いたのだが、店の入口にある立て札を見るに運悪く休憩時間に当たってしまったらしい。立て札には午前11時〜午前11時30分、どうしてこの時間に休憩時間を割り当てているのだとため息を吐く。そして僕の携帯の液晶に刻まれている数字は11:00。

 不幸だ。僕は休憩時間が終わるまでの30分間待たなければいけなくなった。

 ――30分が経った。店の玄関口に初老のおばあさんが現れ、準備中と書いてあった立札を営業中と変えた。

 若干のやるせなさを感じつつ、店の中に入る。そこにはおばあさんの夫と思われるおじいさんが店番をやっており、いらっしゃいませと僕に声をかける。

 二人で店番をやっている老夫婦を見ていると、さっきまで吐いていたため息はくだらないものに感じられる。

 マリアさんに頼まれていた注文の品をおじいさんに告げると、慣れた手つきで包装する。

 代金を払おうと財布を開くとおじいさんに「三千院家の執事さんですかな?」と声をかけられた。

「はい。三千院ナギお嬢さまの執事をやっています、綾崎ハヤテと申します」

 慣れた営業スマイルと定型句。そして、半分は自然な笑顔。

 僕の使っている財布には三千院家である印がついている。そこで気がついたのであろう。

「いやいや。いつもはマリアさんが買いに来ていたのだがね。今日はどうしてまた」

「マリアさんは今日用事ができてしまいまったようで、代わりに僕がお使いとして頼まれました。」

 おじいさんの口ぶりからしていつもはマリアさんがこの和菓子屋に来ているのだろう。最も、いつも来ているならこの休憩時間について一言あってくれてもよかったのではないかと、少々愚痴を吐いておきましょう。

「そうか……。それは残念じゃな〜」

「何が残念ですって?」

 おばあさんが眉間に皺を寄せる。

「い、いや。別に今週もマリアさんに会えなくて残念じゃな〜とか思ってないからの!」

「それ、完全に自白じゃないですか! 今日の晩酌はナシにしますからね」

「そ、そんな殺生な〜」

 僕は苦笑いを浮かべ、その場をごまかす。

 しかし、そんな老夫婦のやりとりを見ていると自分とお嬢さまのやり取りを見ているような気分になり、なんとも恥ずかしい気持ちになる。

 見ていて微笑ましい風景ではあったが、如何せん僕が気まずくなってしまう。

 ごほん。と一つ咳払いをすると、おじいさんとおばあさんは気恥ずかしそうな表情を浮かべる。

 僕は微笑を浮かばせながら、代金を支払い店を出た。
  
 開店時間の待ち時間もあり、時計は既に1時を回ろうとしていた。

 ふと思い出した。――お嬢様の昼食がない、ということに。

 マリアさんは急用があると言っていたし、もちろん僕は外だ。マリアさんが帰ってくれてればいいが、もし帰っていなかったらお嬢様のことだ。『ハヤテもマリアもいないなら、私が自分でご飯を作る!! おい。タマ、シラヌイついてこい!!』とか言ってタマはお嬢さまの試作品(通称NPシリーズ)でノックアウト、さらにキッチンは『このキッチンは……地獄だ』とかいう状態になってしまう。それだけは避けなくては。

 動いてくれよ、僕の足。僕は全力でお屋敷に走った。
 
 走りながえた結果、ここは最大限時間を短縮すべく、ショートカットを駆使すべきだ。

 そのために、明らかに人通りが少なくて木が生い茂り、日光が昼間でも射すことがまるでない公園の通路を使う!!

 この通路を使うとですね、普通に道路を歩いて行くよりも20分も時間を短縮できるので重宝しています。

 ガサ、ガサ、ガサ。

 後ろから何者かの気配を感じます。

 いつものごとくシスコン変態ストーカーか、ただの野良猫か。はたまた三千院家の遺産を狙う刺客かもしれません。

 見えないものに対する不安の中で、振り向かなくてもある程度は予想できた。そこにはある種の殺気が存在していたのだ。

 僕は一瞬の身震いを感じるとともに、体を180度捻り、後ろを向いた。

 ――後ろにいたのはストーカーでも野良猫でもなく『化け物』だった。

「ッ!?」

 人間かもしくはロボットの類に見えることすらない、白くのっぺりとしたフォルムが印象的である、人の形ををした何かが僕の後ろに這いよっている。

 僕は縮み上がる気持ちを抑え、すぐさまに化け物から距離を取った。

 なんだコレは!? 伊澄さんとの件で見る悪霊の類には感じられない。

 白い人型の化け物が2つ目を赤く光らせる。手に禍々しい爪を口には牙を出し、言葉にならない音声を吐き出している。

 恐怖心を払うために持ち前の速さと力を生かし、化け物に右ストレートを仕掛ける。

 右ストレートは化け物の左腕を吹き飛ばす。

 と、同時に吹き飛ばした左腕が復活した。

「!?」

 起こった現象をうまく飲み込めなかったが、今度は右腕に蹴りを入れる。

 確かな手応えと右腕が吹き飛んだ感覚を得たが、それも復活した。

 腹部、頭部、脚部と試したが結果は同じだった。

 よくわからないけど、僕の手に負える相手じゃない。ここは逃げるべきだ。

 幸いなことに白い化け物は僕が殴打を浴びせようとも、特に反応を示す様子はなかった。

 人に害がないのであれば、ここは逃げることが最善手であろう。

 僕が逃げようと後ろを振り向いた瞬間、突然、化け物の手が鋭利に尖った爪とともに襲ってきた。

「うわああああああああああああ!!」

 鋭い斬撃が僕の横を通過した。僕は必死に足を蹴り、かろうじて避けることができた。

 回避の方向が悪く、通路の隣に密集していた木々に突っ込んでしまい体制を崩した。
 
 化物からの攻撃を全く予想はしていなかった訳ではない。

 ただ、未知との恐怖に怯えたために判断力が鈍っているのであろう。

 茂みから腰を上げ、逃げようと僕は前を見ると、驚くことに僕の目の前にあった木は全て切り倒されていた。

 太陽の光が届いていた。届くはずもない太陽が地面を照らし、化け物の白いソレをはっきり浮かばせた。

 当たってたら死んでたぞこれは。冗談じゃない!

 死の恐怖をここまで感じたのはいつ以来であろうか。
 
「ガガガガガガガガガガガガ」

 化け物が叫ぶ。僕は化け物を見る。化け物が視界に入った。いままでよりも鮮明に。こっちに来る。腕を振りかぶった。切り裂こうとした。

 足が動かない!? 腰が抜けてしまっている、こんな時に。もう、ダメか!? お嬢さま……!

 そして、白い閃光が走った。ここから先は覚えていない。

「八葉六式・撃破滅却」
 
 少女の声だった。
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武装執事 ( No.1 )
日時: 2012/10/21 19:17
名前: 蒼紫

 敷布団の上で目が覚める。覚醒しきってない頭を強引に動かし、今自分が置かれている状況を把握しようと努力する。

 起き上がり周りを見渡すと、障子と畳の風景が目に飛び込んだ。ここは自分の部屋ではないことを確認する一方、この和室の伝統的な造りで富豪の類が住んでいることは判断できた。

 時間と場所を判断するために部屋の障子を開けた。そこには大きな日本庭園が構えられていた。素人の目で見ても素晴らしいものだと分かる。
 
 風が吹き、水は流れ、石は唄い、草木は踊る。

 その現実離れした風景に平成ではない他の時代にタイムスリップした気分になる。

「ハヤテさま、お体の方は大丈夫ですか」

 和服の少女が静かに告げる。僕の目の前に現れたのは鷺ノ宮伊澄さん、お嬢さまの数少ない友人であり、よくお嬢様とは遊んでいる間柄だ。

 伊澄さんを見て、ここは鷺ノ宮家の屋敷だということにようやく気がついた。

 僕はあまり伊澄さんの家にはお邪魔したことがなかったけど、昼と夜ではこんなにも雰囲気が違うものなんですかね。

「お体の方って」

 唐突な問いかけに少し戸惑いながらも、思い出した。先ほどのことを。あの白い化け物のことを。

「伊澄さん! どうして僕はここに!? それにあの化け物は!!」

 僕は思わず声を荒くする。さっきまでいた公園での出来事がフラッシュバックする、鮮明に。

 確かに僕は襲われていたはずだ、間違いなく。あの白い化け物によって。

 しかし、どうしてだ。今はこの鷺ノ宮の邸宅にいる。それにあの化け物がまだ生き残っているとするならば――。

「落ち着いてくださいハヤテさま。今から一つずつ説明します」

 動揺し、声を荒くする僕とは対照的にやさしい声でゆっくりと話した。

「これを聞いても慌てないでくださいね。ハヤテさまあなたは狙われてます」

「狙われてる!! どうして!?」

「だから、落ち着いてくださいって言ってるじゃないですかー」

 伊澄さんが和服を袖を握り締めながら、ポコポコと困り顔で叩いてくる。

 僕は思わず吹き出してしまい、すこし安心した気持ちを取り戻せた。

「ごめんなさい。伊澄さんお願いします」

 少し恥ずかしくなる気持ちを抑え、伊澄さんの話を聞くことにした。

「王玉――。簡単に言ってしまえば、ハヤテさまはそれが原因で今日襲われました」

「王玉――? もしかして、この石のことですか」

 僕は胸倉から石を取り出す。楕円状に磨かれた青い石は僕の姿をはっきりと映し出していた。

「はい。ですが、私の方からは詳しいことは言えません。ただ、それをハヤテさまが持つ限り今日のような化け物が襲ってこないとは言い切ることはできません。今日みたいに助けることができるとも限れません」

「助ける……? もしかして、伊澄さんがあの化け物を?」

 助けると言った。たぶんそういうことでしょう。伊澄さんならあの化け物を倒したといっても何ら不思議はない。

「はい。ご明察です。私の力ならばハヤテさまを襲った化け物を倒すことが可能です。そして今日、同じくワタル君と愛歌さんを鷺ノ宮家で『保護』いたしました。ハヤテさま、あなたと同じように」

「保護……? どういうことですか」

「その言葉通りの意味です。もう一度言います、あなたは狙われています。とても危険な状況なのです」

 先程までの優しい声色は消えた。そのことに僕は思わず鳥肌が立ってしまった、伊澄さんなのに。

 いつものお嬢さまと遊んでいる伊澄さんとは違う――まるで別の世界の住人のようだ。僕は迷い込んではいけない世界にしまったのかと思ってしまった。

「ただ、おとなしくしていただければ、それで構わないのです。先ほど、マリアさんにお電話をいれましたのでナギの方は心配しなくても大丈夫ですよ。マリアさんもすぐに解ってくれましたから」

 ただ怯え、心を揺さぶられた僕は言葉を聞くことしかできなかった。

 



 * * *





 どれだけの時間が過ぎただろうか。先程まで敷布団で寝ていた部屋で携帯の画面を覗くと、液晶は12:00という数字を刻んでいる。

 全く、今日はとんでもない一日だったなーと素直に思う。朝っぱらからお嬢様は誘拐されるし、買い物に行ったら1時間も待ち惚け、しかもその後に化け物に襲われるなんて我ながら不幸バリバリって感じですねー。

 しかし、あの化け物は一体なんなんだ……? 僕がいくら殴ろうとも蹴ろうともしても一切攻撃が通らないどころか、再生した……。まるで不老不死みたいだ。

 だけど、伊澄さんの言っていることを信じるとすれば伊澄さんによって、あの化け物は倒されたのだろう。伊澄さんは霊的なことに関してはエキスパートだ。それは僕も重々承知している。

 しかし、今までの経験。いや、本能的に感じた――あれは霊的な類ではない。完全な化け物であると。

 でも伊澄さんはその化け物について何も話そうとしない。説明もあまりに曖昧で強引だ。頑固っぽい伊澄さんらしいといえばそうだけど。

 それでも今回は異常――な気がする。あまりに異質で何かを隠そうとしている――気がする。あの伊澄さんの異様な雰囲気には、身がすくむ思いだ。

 それにしても。僕はこうして鷺ノ宮家の元で保護されているという形になっているけれど、この石が原因で保護されているとなるとワタルくんと愛歌さんも同じ理由だろうか。

 正直、やっかいな物を渡してくれたことにため息を吐かざるを得ない。と、僕が憂鬱ぎみに少し落ち込んでいると、僕のいる和室には似合わない定期的な電子音が流れた。

 マリアさんから電話だ。僕は液晶から電話主を判断すると通話ボタンを押した。

「もしもし、ハヤテです。マリアさんどうかしましたか」

 今回の自分が陥っている状況を考えると、マリアさんに申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。そう考えながら僕は電話の定型句を言った。

「ハヤテ君。体調の方は大丈夫ですか?」

 マリアさんの気立てのよい言葉を聞くと、心休まる気持ちになる。もしかして、マリアさん心配して電話をしてくれたのかな……?

「はい。伊澄さんのおかげで怪我もありませんでした」

「本当によかったです……無事で。伊澄さんからハヤテ君が頬に傷がある剣客に襲われたって聞いたときは心臓が止まるかと思いましたよ〜」

 ……。よく分からないことをマリアさんが言ったけど、きっと伊澄さんがマリアさんに配慮して事実を捏造したんだ。きっと! ここは話を合わせておくべきだ。

「え、ええ。そうですね、それは凄腕の剣客で絶対絶命って感じでしたよ〜」

「ボソッ」

 あれっ? 今、「ハヤテ君がよくわからないUMA的な物に襲われて、またアレな感じに……」って聞こえた気がするんですけど!! ボケだったのかよ、あれは!!

 マリアさん、勘違いしないでくださいよ! 僕が襲われたのは飛天なんとか流を使う剣客でも、UMAでもありませんからね!?

 まあ、ツッコミたいことはありますけど、話の論点がずれる前に謝ることにしましょう。

「それでですね。しばらくは伊澄さんの家の方にお世話になることになりましたので、マリアさんにはご迷惑をおかけすることになってスミマセン」

「そうですね〜。別に私一人でも問題はありませんが、ハヤテ君が帰って来た時には「ぬわああああ!! 何をするのだお前ーー!! ハヤテーー!!」

 マリアさんの言葉に甲高い声が上書きされる。もしかして……と嫌な予感がひしひしと迫り来る。

 耳に不愉快な音が響き渡る。マリアさんが受話器を放り投げて、お嬢さまの様子を見に行ったのであろう。

 この叫び声、朝の件からして大体予想がついてしまうのですが――。

「どうしましょう、ハヤテ君。ナギが誘拐されました」

 マリアさんのあたふたとした声が聞こえる。“誘拐”そういうことでしょう。ここまで分かりやすいと驚きも少ないです。

「分かりましたよ。僕が行きます」

「え!? でも、ハヤテくんは鷺ノ宮家で――」

「大丈夫ですよ。伝説の剣客とUMAが僕の命を狙っていたとしても、お嬢さまが危機に陥って助けを求めている。ここで動かなくちゃ執事失格ですよ。では、行ってきます!」

 通話終了ボタンを押し、軽く執事服の身なりを整えた。

 待っていてくださいよ、お嬢さま! ――と意気込むのはいいのですが、まずは伊澄さんの監視の目を逃れなくては。

 部屋の障子をゆっくりと開け、左右に伊澄さんがいないことを確認して忍び足で廊下を歩いていく。

 さすがに正門から出るのはまずいと考え、一気に助走をつけて日本庭園を飛び、塀から脱出した。

 胸の王玉を握る。この石が僕に危険をもたらすとしても、それ以上に守りたい人がいる。そういうものでしょう。

「…………」

 伊澄は静かな目でハヤテの後ろ姿を見つめていた。

 黒く澄んだ目には青髪の執事は消え、ただ風が流れた――。
 









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Re: 武装執事 ( No.2 )
日時: 2012/10/22 21:30
名前: RIDE

はじめまして。
RIDEです。


小説読ませていただきました。


始めから怒涛の展開でしたね。
ハヤテがピンチになるなんて…


伊澄のおかげでなんとかなりましたけど、まだ波乱は続きそうですね。
彼女でもかなわない敵が現れたりするのか。


そして、王玉はどうなるのか。


次回も楽しみです。


更新頑張ってください。
それでは。


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武装執事 ( No.3 )
日時: 2012/12/03 01:27
名前: 蒼紫

 空は深い暗闇を含み、商店街は昼間の活気を失くしている。そのため、随分と印象が違っているように感じる。

 商店街のレンガ通りをただ響かせる。独り、僕は商店街から浮き上がり、がむしゃらにただ走っていた。

 だが、こうして得られる結果は走ったことによる体力の消費と僕の焦りと不安を抑えることだけだ。

 誘拐犯からお嬢さまの救出を試みて、鷺ノ宮家を飛び出したのはいい。

 しかし、何の情報もない。どこに犯人が逃げたのか。犯人がどんな体型、もしくは顔立ちをしているのか。

 ただ、お嬢さまが誘拐された。その事実を確認しただけで無鉄砲に飛び出してきてしまった。

 そう考えると、今自分がしていることは無意味のような気がする。いや、実際そうなのであろう。

 だけど、今は走るのを止めたくない。止まってしまうと、冷静になってしまうから。

 日頃から体を鍛えているといっても、こうも走っているとだんだんと息は荒くなり、足の動きは鈍くなる。心臓が早鐘を打ち続ける。

 この心臓の鼓動は走り続けたためであろうか、もしくは不安と焦りのためか。運動のためか頭に酸素が回らなくなり、考えることすら億劫だ。

 僕はついに走るのを止めた。運動による適度な疲労感が体に広がる。

 周囲を見渡すと、負け犬公園と書かれたプレートがあった。僕は気がつくと公園の前まで走ってきていたらしい。お嬢さまと初めて出会った、あの公園の前に。

 さすがに少し疲れた。ベンチに座ろう。

 設置されている電灯と自動販売機の光が、暗闇の中ではっきりと映し出されている。

 その光に吸い込まれるように歩き出し、自動販売機の隣にあったベンチに座った。

 ベンチに座り、一息つく。

 お嬢さま……今、あなたはどこにいるのですか?

 心のなかで呟く。しかし、言葉が返ってくることはない。その言葉は頭の中を流れていき、時間とともに流れていった――。





 * * *






「王族の庭城……ですか」

 言葉が発せられたのは日本近海。しかし、一般大衆の人々がその言葉を聞くことはまずない。

 なぜなら、その場所は海の中に深く沈んでおり、海の重みに負けぬよう鉄の塊でおおわれているからである。

 鉄の監獄の中には近未来的な建物が一つ建てられており、この監獄はその建物を保護するための鎧だ。

 建物の名は「錬金戦団亜細亜支部」である。世界各地にある支部の一つだ。

 本来は休日である土曜日に、俺こと防人衛は錬金戦団に呼ばれると、全身を黒尽くめの衣装で固めサングラスを掛けた男に話しかけられた。

 つまり、俺はその黒尽くめに1つの依頼を頼まれにきたわけだ。

「はい。王族の庭城、ルビで言うならロイヤルガーデンといったところでしょうか」

 手元の依頼書を眺めていると黒尽くめは俺の言葉に対して、にっこりと微笑みながら言葉を返した。

 この黒尽くめの男の名は坂口照星。亜細亜支部大戦士長だ。つまり、俺の上司に当たる人だ。

「ロイヤルガーデン。大層な名前ですね、中世ヨーロッパの貴族が住んでいた城か何かですか」

 依頼書から目を離し、少し冗談交じりに返してみせる。

「とんでもない、きちんと日本に現在も存在している城ですよ。ただし、その城は簡単には見ることができませんがね」

「簡単には見ることができない、というのは?」

 言葉を返す。その王族の庭城とやらの知識が全くない。

 大戦士長は掛けている眼鏡のフレームをクイッと持ち上げ説明モードに入る。

「そこの箱庭に行くには鍵が必要なんですよ、少し特殊な鍵をね。それがなくては庭城を見ることすら叶わないのです。そして、我々はその鍵を持っていない。しかし、王族の庭城は我々の起源が眠っており、是が非でもそれを回収しなければいけません。そこで防人くんにはその鍵の回収をお願いしたいのです」

 言い回しが少々婉曲な気がするが、何となくは掴めた。一介の戦士長程度では耳に入ることがない、上部だけの秘め事なんだろう。

「起源がどうであるとかは俺にはよく分かりませんが、その言い回しですと鍵といっても単なる金属物ではなさそうですね」

「うーん。そうですね。正確に言うなら分かりません」

「わからない、そんな状態で俺に任務を!?」

 その言葉に思わず平静を取り乱し、口調を荒げた。すると、大戦士長は俺のそんな様子を見てか、ぷっと口を吹き出し声高らかに笑った。

 流石に真面目な顔でそういうことを言われると慌てずにはいられないのだが。

「そう慌てないでください。ただ、正確には分からないだけですから」

 この人はいつもは錬金戦団の大戦士長として凛然と振舞っているが、俺を含めて昔のメンバーが絡むと少しばかり茶目っ気が出る。

 ヴィクターの一件以降、何だかからかわれることが多くなった気がする。 

「はっきり分かっていることは、その鍵は世界で9個存在していること。その鍵がなくては王族の庭城に辿り着くことができないこと。そしてこれが大切なんですが、今現在で鍵を持っている2人の身元が分かっていることです」

「本当に驚かせないでください、大戦士長。それでは、俺はその2人に鍵を錬金戦団に引き渡してもらうように交渉すればいいんですか」

「できれば、そうしたのですが……」

 大戦士長は外国映画のようにオーバーアクションで肩を竦めてやれやれと手を振る。

「何か問題が?」

「その石の所持者というのがどれも財政界に顔の効く人であったり、それに準ずる人であったりして。どうもなかなか、こちらとしても手を出しにくいのです。ちなみにこれが鍵の所有者のリストです」

 大戦士長は俺の前にタブレットの画面を差し出す。画面を一瞥すると、そこには所有者の顔写真と名前、さらにその人物に対する詳しい説明が書かれてあった。

 なるほど。これは骨の折れそうな任務だ。大戦士長が手を煩わせるのも分かる。

「世界的大富豪の三千院家のトップの三千院帝とその孫の執事ですか……はは。これはまた」

 世界情勢に詳しくない俺でも流石に知っている名前が書かれていた。三千院家、世界でトップを誇る経済力を持っている財閥である。三千院家の名は日本でも轟いており、錬金戦団も三千院家から資金面に於けるバックアップを受けていると聞いている。

「防人くんには辛い任務になるかもしれませんが、是非お願いしますよ。あと鍵の回収は執事の方だけで十分です、三千院帝には手を出せませんからね」

「はい。了解です」

 口に出しては言わないが、流石にスポンサー様にちょっかいを出す訳にはいかないのだろう。

「それと。この任務は三千院帝には絶対に気付かれないでください。もし、三千院帝にバレてしまってりしたら、私は防人くんにおしおきをする程度じゃすまなくなりますので」

 その『おしおき』という言葉に不思議と背筋が寒くなる。昔からの付き合いではあるが、おしおきをしている大戦士長には出会いたくない。

「……ちなみに他のメンバーは?」

「防人くん一人ですよ、一人の方が隠密行動はしやすいですからね。他の方々は蝶々の楽園で任務中ですので」

 今日ほどアイツのことを恨ましく思うことはもうなかろう。俺の同僚や部下は、俺に病人の世話を押し付けて蝶々の楽園へ行ってしまったのだから。


「それでは、期待してますよ。防人くん」

「……はい」

 その言葉を聞くとずーんと肩が重くなる。しかし、俺は俺の仕事をしなくてはいけないな。





 * * *





 携帯電話から電子音が流れる。僕の意識は電子音と共に覚醒した。

 光が目に刺さる。僕はそれが朝の訪れであることを知った。

 夜の間、風に曝され続けた肌が痛くなる。疲労感と無気力で電子の定期的なリズムが頭にいっそう響いて鬱陶しい。

 煩わしさを解消するために、携帯を取り出し演奏を止めようとするが――僕の脳は携帯に描かれていた文字を見て目を覚ました。

 そこには『三千院ナギ』と表示されていた。




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Re: 武装執事 ( No.5 )
日時: 2013/01/04 02:26
名前: 蒼紫

>>RIDEさん
感想ありがとうございます。そして、返信が遅れてしまったことを本当にすまないと思っている(ジャックバウワー風に

広げた始めた風呂敷。しかし、その先にあるのは完結という一筋の光か、「エターナる」という不吉な動詞か。
この設定が設定を呼ぶ戦いの中で君は生き延びることができるか。

これからも更新頑張ります!



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武装執事 ( No.6 )
日時: 2013/02/19 01:57
名前: 蒼紫

 耳につく音がしつこく鳴り響く。

 三千院ナギ。その無機質な五文字に僕の心は揺れ動かされ、歓喜する。

 この画面が示していること。それは、お嬢さまが僕に電話を掛けてきているという事実をはっきりと述べている。

 僕は指を動かし、画面に刻み込まれたドットに優しく触れる。

 すると、真夏の蝉が秋を迎えたかのように静かに泣き止み、一時の静寂が僕を包む。

 僕はそれを耳に当てる。

 次に聞こえる音が待ち遠しく、意識を耳に傾ける。


「綾崎ハヤテ。聞こえているな」

 次に聞こえてきたのはお嬢さまの声ではなく、男の声だった。

 分かってはいた。そう、お嬢さまは誘拐された。少し考えれば分かることだ。

 誘拐犯が三千院家の令嬢を誘拐した後はどうする。そりゃ、金銭を要求をしたりするのが当然だろ。かつて、僕がやったように。

「お嬢さまを誘拐して、何が目的です」

 誘拐犯に御託を並べられるのも面倒だ。さっさと聞いてしまおう。

「そう、焦るな。別に俺はお前のお嬢さまを傷つけたい訳でもない。ましてや、金が欲しい訳でもない」

 僕を優しく諭すような口ぶりが耳につく。

 この男は口調や声色から察するにそう歳を重ねているわけではないだろう。せいぜい多く見積もって20代後半。十代後半から二十代前半ぐらいが関の山だろう。

 自分の気持ちを全て苛立たしさに変えてしまおう。だから、その苛つきを彼にぶつける。

「……何が目的です」

「王玉」

 短く男が答える。やはり。でも、それなら。

「そうであるなら、お嬢さまを誘拐する必要はないはずです。僕を狙えばいい」

「勘弁してくれ。あのボディーガードがいたんじゃ、お手上げだよ」

 ボディーガード。この単語が何を指しているのかは明瞭だ。

 つまり、この人は伊澄さんが僕を保護しようとしているのを知っている。しかし、それは昨日の夜のことだ。

「綾崎ハヤテ。取引をしよう」

「取引?」

「簡単な取引。お前の持つ王玉と三千院ナギの交換。わかりやすいだろ」

「あなたがそれを忠実に行うという信頼が僕にはない」

「何を言っているんだ。信頼なんてあろうがなかろうが構わない。ただ、交換をすればいい」

 どうやらこの交換。受け入れない限り、埒が明かないらしい。

 考えてもみろ。誘拐犯にはお嬢さまというカードを握っている、こっちに交渉の余地なんて無い。

「分かった。交換をしよう」

「場所と時間をこの電話の後メールで送る。言っておくけど、ボディーガードを連れてこようなんて思うなよ。その時は交渉決裂だ」


 そう、男が言うとプツッという音と共に電話を切られた。単調な音が耳を流れる。

 やっぱり、場所や時間に対して交渉させる猶予なんてない訳だ。
 
 音が鳴る。メールを知らせる合図だ。僕は内容を確認した。

 どうして、あの男は伊澄さんのことを知っていたのか――。気になることはたくさんあるけど、今はやるべきことをしなくては。

 僕は走りだした。





 * * *





 俺は大戦士長のミッションを引き受けた後、水中基地から地上へと戻るために潜水艦へと乗り込んだ。潜水艦は地上への航路を着々と進んでいる。

 座席に座りながら、脳内で上司に対する愚痴を呟きながら時間を潰すとしよう。

 今日という日は紛れもなく土曜日である。学生たちは自宅での学習や部活動に勤しむなど、今まさに青春を感じているだろう。

 ところがどうだ、今の俺は。そんな学生諸君を寄宿舎で暖かく見守りながら、問題があれば駆けつけるというナイスな予定があったはずだ。

 しかし、日の出の前に携帯電話は悲鳴を奏で始めると、義務感と使命感に駆られながら電話に出たわけである。とどのつまり、そんな予定は一本の電話でおじゃんである。

 「まったく……」と一つ溜息。すると、隣から小さく微笑みが溢れた。

「何がおかしいんだ、千歳」

 振り向くと、俺の隣には同僚の千歳がいた。千歳は手に六角形を握りしめ、膝の上に置いている。

「随分と憂鬱そうね、そんなに任務が嫌?」

「そっちの任務と比べて嫉妬してるだけさ」

「あら。言ってくれるじゃない」

「だいたい、今回の任務は潜入調査の部類に入るはずだ、それの役回りが俺なのはおかしい話じゃないか。潜入調査がお家芸なのは千歳だと思っていたが。代わって欲しいくらいさ」

「そんなこと照星さんが許すと思う?」

「思わないね。あの人は昔から変わらないから分かるよ」

「そうかしら、変わってるわよ。あの頃から。私だってあなただって」

「そうかもしれない。だが、千歳は戻ったみたいだ。目が優しくなった」

「衛くんもね、戻ってるわよ昔に。気づいてないのは火渡くんぐらいだわ、きっと」

「違いない」

 俺のその言葉に千歳は表情を少し緩め、それを見て俺も微笑した。千歳と会話をして鬱憤も晴れた気がする。

 その後、暫くすると潜水艦は目的地へとたどり着き、千歳は就いていた任務に戻ると言い戻っていった。

 どうやら、任務で必要な物を調達するようにとメンバーに頼まれていたらしい。しかし、彼女であればわざわざ潜水艦など使わずに物資の調達ができるはずだが……。不思議である。

 さて、たどり着いた地上。青い空はさんさんと輝く太陽を映し出しブラボーな天気だ。もし、今日が休みならば買い物にでも行きたくなるほどだ。

 しかし、今日の俺には任務がある。それは綾崎ハヤテの持つ『鍵』を回収すること。

 そのために今日から俺は綾崎ハヤテを尾行・観察するのが任務となる。

 予め、錬金戦団の諜報員に綾崎ハヤテの行動を調べさせている。その情報を頼りに尾行・観察を行い、鍵の正体を知るのだ。

 さて、そろそろ諜報員から綾崎ハヤテについてのデータが送られてくるはずだが……。

 おっと。噂をすれば何とやらか。早速、データが送られてきた。

 では、任務開始だ!!
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武装執事 ( No.7 )
日時: 2013/03/30 22:03
名前: 蒼紫

 僕の目の前には防波堤から水平線に至るまで、大海が占めている。

 海といっても南国チックなプライペートビーチが広がっているわけでもなく。太平洋ベルト然り、工業地帯然り、工場が軒を連ねていている。

 その海は僕の心を映すかのように、その顔は黒く濁り荒れている。もっとも、黒く濁っているのは僕の影響なんて関係なく、この鉄の群れが原因なのでしょうが。

 この港に来てから何だか息苦しさを感じる。この工場たちのせいだろうか。走ってきたせいだろうか。

 息を吐いていた肩を落ち着かせ、手元の携帯電話を一瞥する。先ほどの誘拐犯からのメールの内容を確認する。この港にある倉庫が取引場所だ。

 何故、彼がこんな場所を指定したのか。そりゃ、麻薬の取引現場だったり悪の集団との戦いだったりと港が相場と決まっているけれど。

 でも、運動の支配から一段落した今なら分かる。ここの空気は淀んで重い。

 お嬢さまのために完璧なまでに環境が整えられたお屋敷とは違い、ここの空気は澄んでいない。

 仮に僕たちが住んでいるお屋敷を光とするならば、この港は闇だろう。

「ここか……」

 指定された場所に着いた。時間も頃合いだ。まあ、特に変わったところはない倉庫らしい倉庫って感じですね。

 今、僕の目の前には扉がある。それは、これから起こるであろう事を意識させるには十分であった。

 深く考えるな。僕は僕にできる事をすればいい。それがどんな方向に転がって行ったとしても、自分を慰めるには十分な材料になるはずだから。

 一つ深呼吸をする。襟を正す。時計を見る。扉を見る。僕は扉を開けた。

 重い鉄製の扉は呻きを上げながら、ゆっくりと動いていく。

 どうやら、倉庫の中には照明はないらしい。窓とカーテンの隙間から漏れる残光だけが、唯一の照明となっている。

 その残光はコンクリートと鉄筋だけで占められているプレーンな空間を明るく照らした。

 僕の10メートル先に一つの影が浮かんだ。その影は色黒の肌に暑苦しさまで感じる丈の長いコートを羽織り、顔を見させないためか中折れ帽を深く被りサングラスを着用している。

「よく来たな。正直、逃げ出したかと思ったよ」

 聞き覚えのある声が室内に反射する。男はむしゃむしゃとファストフードを貪っている。

 がっついている様と口調は、男が身に着けている衣服に相応しくない。人間として成熟しきれていない幼さを感じさせる。

 男の声と態度から、彼が電話の主であることを察するのは容易であった。

「ん? ああ、これか。アンタが来るのが遅かったからな」

 僕の視線の先を察したのか、誘拐犯は手に持っているそれを僕に見せつける。

 遅かったから、食べていた。そう言いたいのでしょうが、非常にも現在の時刻は指定された時刻と一緒なのです。

 僕は電話の件を思い出し、仕返しと言わんばかりに優しく諭すように言った。

「そう思うのでしたら、時計を買うことをオススメしますよ」

「……? なるほど!」

 営業スマイルを交えて言った僕の台詞は、彼の間の抜けた反応という意外な形で返ってきた。

 関心している様に見えますが、冗談でしょう?

 素直すぎる反応というか、幼稚っぽい反応というか。どうも、あの電話のイメージとはかけ離れているんですよね。

 そんなことはさておき、本題の方へ移ることにしましょう。

「……取引の方に移りたいのですが」

「王玉はあるな」

「ええ、ここに」と、王玉を彼に見せる。

「よし。取引を開始するぞ」彼が説明を開始する。

「この倉庫の一角には車庫が設けられていてな。その車の中にお前のお嬢さまは眠ってる。お前のお嬢さまには傷の一つも負わせてはいないから安心しな。
 まあ、取引は簡単。俺はその車の鍵をお前にやるから、お前は俺に王玉を渡す。簡単だろ?」

「ええ」

 こうも短く答えたものの。僕自身、この王玉に関して疑問が残りすぎている。ここで簡単に渡しすぎていいのだろうか。

 僕はこの王玉によりあの白い化け物に襲われた。と、伊澄さんは言っていた。さらに、伊澄さんは「それをハヤテさまが持つ限り」とも言った。

 それが本当なのであればこの石は僕にとって手放したい物である。

 だが、しかし。『僕が持つ限り』ならば、『保護』なんて面倒な手段を踏まずに伊澄さんの手でこの石を管理してしまうのが一番なのではないだろうか。

 お嬢さまのおじいさまから貰ったこの石。一体、どんな秘密があるのだろうか。

「どうした? まさか、取引に応じないなんて言わないよな」

「い、いえ。問題ないですよ」

 長考しすぎたらしい。

 こうなったら、分からないことより分かっている目先の事だ。

「じゃあ、取引を続けるぞ。
 俺は今立っている場所に車の鍵を置く。だから、お前もその場に王玉を置く。そうして、俺とお前は一歩づつ歩いてその場に向かう」

「わかりました」

 僕と彼までの距離は10メートルほどはある。

 もし、彼が王玉を取ってから車の鍵を取りに来るには倍の距離がかかる。

 万が一そんなことになろうとも彼の脚力が僕の2倍以上であることはない。そう、自負しておきましょう。

 僕は胸元から王玉を外し床に置いた。そして、彼が車の鍵を置いたのを確認し、歩を進めた。その時。

「その取引待ってもらおうか!!」

 どこからか高らかな声が響く。男性の声だろうか。そして、続いてトゥ! という掛け声とともに――。

 僕の目の前に銀色のコートが降ってきた。全身が銀色のコート、を着た男性か。正確に表すなら。

 全身銀色のコートと言っても未来人よろしくのタイツではなく、テンガロンハット風の帽子・長手袋・襟の長いコート・スラックス・ブーツに至るまで、全身がメタリックに包まれている。

「綾崎ハヤテだな。単刀直入に言おう、その王玉渡してもらうぞ!」と、銀色コートが言った。

 僕としては「お前は誰だ」とか「何故、僕の名前を知っている?」とか「そのコートはなんだよ!」とかツッコミたい事が山ほどあるのだが、まずは驚きしか来なかった訳で。

 そんな驚きも言葉にすることを通り越し、唖然、呆然、愕然。ただ、黙っているという結果になった。

「おい! そこの銀色、お前錬金戦団だろ」

「如何にも! 俺はキャプテン・ブラボー、錬金の戦士だ!」

「そのキャプテンなんちゃらが何の用だ。まさかお前も」

「ご名答。この王玉は錬金戦団の手によって回収させてもらう」

 この状況、これは執事としてのスキルを使わなければなりません。思考フェイズ、それは0.1秒で考えを纏める能力。

 状況を整理しましょう。

 状況1。銀色コート改め、キャプテンブラボーは王玉を狙ってる。

 状況2。当然、誘拐犯も王玉を狙ってる。

 結論。利害の一致……?

 いや、待て。『錬金戦団』とか『錬金の戦士』とかよく分からない単語を口走っていますが、恐らく二人の関係はそう良いものではないはずです。

 そうであるなら――「なら、お前を倒す!!」と、誘拐犯は猛々しく叫び、銀色コートに襲いかかる。ここで思考フェイズ終了。
 
 誘拐犯の右腕は銀色コート目掛け、一直線に向かっていく。その拳は銀色の腹部に吸い込まれてヒットした。

「ガァッ!」

 だが、意外にも苦悶の声を上げたのは銀色コートではなく誘拐犯だった。

 銀色コートが殴られる瞬間、銀色のペンタゴンが銀色コートを守った……気がする。

「ふんっ!」

 そのまま、銀色コートは何もなかったかのように誘拐犯に拳を返した。

 ドコッっと鈍い音を立てて、誘拐犯は10メートルは吹っ飛ばされただろうか。

 その衝撃で誘拐犯が被っていた帽子は吹っ飛び、サングラスは地面に転がった。

「何!? どういうことだ」

 誘拐犯は驚きを隠せない様子で、地面に尻餅をついたままだ。

 だが、その誘拐犯の驚き顔を見て僕は驚かされることになった。その顔は僕が以前から知っている顔であったからだ。

 それを知った瞬間、これから起こるであろう出来事に楽観的ではいられなくなった。

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Re: 武装執事(武装錬金クロス) ( No.8 )
日時: 2018/04/22 16:03
名前: 蒼紫

以前のチャットで感化されまして、続きを投稿しようかと思います。
「ハヤテのごとく!」「武装錬金」両作品を愛していたことより、年を取り年月が重なったものですから、細かい部分での設定が曖昧です。
しかし、どこかに愛していた作品をミックスさせた作品を未完のまま終わらせておくことに対する心残りがありました。
ですので、書きたいという熱だけで書きますので、キャラ設定や世界観が原作のものと違う部分があるかもしれません。でも、そのように表現したかったんだということで解釈していただければ幸いです。

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Re: 武装執事(武装錬金クロス) ( No.9 )
日時: 2018/04/22 16:05
名前: 蒼紫

 楽観的ではいられない。

 何をもって楽観的であると自分の心情を表現するかは些か不明ですが、この状況をもって僕は楽観的であると定義するのは難しいことだろう。

 何故なら、僕の目の前に広がっている光景をこう表現できるからです。

 銀色のバリバリスーツメタリックマンに吹っ飛ばされた男の顔が見知った顔だからだ。

 確か、彼の名はマキナ。僕の遠い思い出の片隅に残り続けているかの女性の執事だったはずだ。
 
 僕と彼がどこかで出会った記憶は鮮明ではないが、どこか直感的に、ああマキナかと感じてしまったのだ。

 そのマキナが僕の眼前に現れて、そのマキナの表象から、かの女性。つまり、天王洲アテネが想起される。

 だけど、どうして今まで忘れていたアテネの名が、出てきたのかは理解できなかった。ただ、ああマキナか、ああアテネか。と漠然かつ直感的に浮かんできただけだ。

 だから、この状況は楽観的、お嬢様が誘拐されて取引されている場面そのものを楽観的と思っていたわけではないが、つまり心情の根底の指向はポジティブにやろうぜという気概溢れていたという意味で楽観的であったと思う。

 しかし、楽観的ではない、これも婉曲な表現になってしまうが、目の前で起こりつつある事柄に対して楽観的でなくなっているわけではない。

 つまり、取引の進行が妨げられているだとか、ニューフェイスの登場で面倒なことになりそうだということに対して楽観的でなくなったわけでない。

 その真意はマキナ、アテネから想起された何かが、今の自分を根底を揺るがすような直感を得たのだ。一種のぐらつきによる不安と表現してもいいのだろうか。

 そう、ただ漠然と不安になったから、楽観的ではいられないなと思ったのだ。

「銀色スーツ! やってくれたな!」

 銀色スーツの打撃による衝撃で暑苦しいコートの彼は、その素顔を露わにした。

 深く被っていた帽子、掛けていたサングラス、暑苦しいコートは打撃の衝撃の赴くままに彼の身体から乱れた。

 不快感すら起こさせた、その格好の下からは僕と同じようなスーツ。つまり、詳細に表現するなら執事服を身にまとっている。

 彼は苛立ちの色を浮かべながら、まとわりつくように着ていたコート類を全て脱ぎ捨てた。

 彼は僕が感じたように想定していた年齢を大分下回っているように見える。

 褐色の肌をもち、髪を金色に染めあがている。金髪というには落ち着いた色を纏っているから地毛なのかもしれない。

 顔立ちは十代後半が適切だろう、二十代まではいかない。何故なら、彼の顔立ちに少年のあどけなさが残りすぎているからだ。

「思ったより若いな……。だか、こちらも通さなければならない筋があるんでね。ちょっと、この場からは退場してもらいたい」と銀色スーツは褐色の執事に言葉を向ける。

「何を!」

 褐色の執事は華奢ではあるがしなりのある体をバネのように運動させ、その力を脚に伝え、地面を踏み込んだ。

 彼の身体は10メートルもの距離があった銀色スーツとの間合いをみるみる縮めていく。ひと飛びで起こるべき運動量ではない。

 普通ではない、僕はそう感じた。

 褐色の彼はその運動の放物線が描くままに拳打が銀色スーツに向かう。しかし、光景がリフレインされるだけだった。

 やはり、彼の拳打は銀色スーツにヒットしている。だが、効いていないのだ。

 銀色スーツは拳打の衝撃を包むこむかのように、ペンタゴン状に分散し、力が加わる一点に銀色のペンタゴンが集積し、彼の拳を包み込む。

 そして、彼の描いた放物線の運動量が活力を失くし、銀色スーツの前で静止した。

「ハアッ!」

 銀色スーツは短く声を漏らし、静止した彼に向って同じく拳打を加える。

 それはまた同じように褐色の執事を空中に浮かび上がらせ、波長の長いワンフレーズのような軌道を描き、彼を運んだ。そして、バタンと彼の身体が地面に打ちつけられる。

「いたた。参ったな、こんなの聞いてねえぜ」

 いたたと言う割にはあの二階の打撃に関わらず聞いてなさそうに見える。

「こちらも予想外だな。どうやら普通の人間ではなさそうだ」

 普通の人間ではない。僕の常識では到底出てこない単語だ。

「錬金戦団。なぜ俺の邪魔をする」

「言っただろう。こちらの道理を通すだけだと」

「話になんねえなあ。真面目だなお前」

「互いに戦うもの。利害の不一致、信義・信条・立場が異なるものと相まみえる以上、語る言葉などない。ただ闘うことでしか、伝えられず、自分を通せないんだ」

「交渉のテーブルにあがることすら拒むか。なら、仕方ない。予定変更だ」

 ああ、しかし。二人の間では話が進んで、合意に結びついている。どんな形であれ。
 
 さっきは根源的な心理での楽観さの否定だった。今、僕が感じているものは拒否感、恐怖感。

 常識の範囲から外れたものを有している者への拒否感、表面的にある生物としてのバイタリティの格差による虐げられるものとならざるを得ない状況への恐怖感。

 恐怖に、感情に囚われるな。足よ竦むな。よくわからないがわかる。これは僕の範疇外だ。逃げろ。

 僕の精神的な抵抗をも虚しく、意味をなさず。すでに目の前で行われてしまっている戦いがある。激しい打撃戦が繰り広げられていることだけはわかる。その中身などもう目で追えるものか。

 逃げよう、逃げよう。僕に気が付くな。僕という存在を忘れていてくれ。どうか二人が目の前の獣を本能の為すがままに屠る獣であってくれ。

 王玉なんていう利害など忘れていてくれ。幸いに出入口は近い。すこしずつ悟られぬよう、気が付かれぬよう、足を動かすんだ。

 足を動かそうと意思したその刹那。僕の視界は暗転した。フェードアウトしていく、その渦中で銀色スーツが視界に収まり、なんだか優し気な言葉が耳を通り、口から嗚咽に似た何かが漏れるだけだった。


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Re: 武装執事(武装錬金クロス) ( No.10 )
日時: 2018/07/14 10:51
名前: 蒼紫

 これが王玉の所持者の綾崎ハヤテか。

 俺は錬金戦団から送られてきたデータを電子端末上に表示させている。

 データの内訳は個人名、性別、年齢、生年月日、学歴、家族構成、交友関係など、ざっと項目だけでも10は優に超えている。まさに個人情報のオンパレードだ。個人情報の保護なんてものは世界にあるのかと思いたくなるほどだ。少し詳しく見てみるか。


 個人名 綾崎ハヤテ
 性別 男
 年齢 16歳
 生年月日 11月11日
 学歴の変遷 公立小学校卒、公立中学校卒、都立潮見高校入学(12月末をもって退学手続き済み)、白皇学院高等学部に編入し、現在に至る。
 家族構成 父 不明、母 不明、戸籍上は兄の存在を確認できたが、不明。
 交友関係 三千院家にて三千院ナギの執事として勤務。同屋敷にメイドと執事有。
      鷺ノ宮家、愛沢家、瀬川家、花菱家の令嬢と交友関係あり。
      その他の交友関係も多数確認できたが、時間の関係上不明。


 ……なんだこの交友関係は。こっちも大概じゃないか。

 本家そのものと直接な関わりはないんだろうが、一歩間違えるととんでもないことになりそうだ。

 家族間の関わりがどうも見えないが、不明だなんてことは大概だし、そこの関係が希薄なのは少しやりやすい。

 人間それぞれが特有の環境で生活しているってのはよくあることだ。

 何だこの『特記事項』っていうのは。どれどれ……。


  特記事項 債務関係:三千院ナギに対し、1億5千万円の借用。


 人間がそれぞれ特有の環境で生活してる……。いや、してるんだが。ええ……。

 苦労してるんだろうな、きっと。

 俺も錬金戦団の組織である以上、常軌を逸した環境に身を置いている。

 そのため、ホムンクルスにより両親を亡くした子供たちも多く見てきている。

 だが、その子たちを今置かれている環境で生きている。

 自分で選び取ってその環境に身を置いているわけではない。

 そういった個々の人間に対して同情を寄せるのは却って失礼に当たるだろう。同情から生じる先入観が彼彼女の自尊心を傷つけることに繋がるのではないか。

 しかし、彼は16歳。まだ子供だ。

 やはり、彼自身がその環境を選び取ったわけではないだろうが、そうなってしまったものは仕方ないんだろうか。

 電子機器にポップ通知が表示される。追加のデータだ。

 錬金戦団の諜報員がリアルタイムに綾崎ハヤテを監視している。

 その情報は日報の形でこの数日間の綾崎ハヤテの行動が記されていた。



  *



 ザ・倉庫。

 あぶないお薬、不審な取引現場、伝説の雀士が拳銃をぶっ放してそうな、まさに倉庫。

 情報を整理すれば、危急に向かうのはここだと俺のブレインが判断した。

 ここにターゲット綾崎ハヤテがいるらしいとの情報を得た。

 さて……。どうすればいいんだ……?

 まず、鍵の存在そのものが比喩なのか、鍵そのものなのかすらわからない。

 諜報員くん。そのカギの詳細までぜひ調査を頼む! と言いたいところだが、曖昧で知りにくい情報だからこそ俺が着ているということなんだろう。

 それで俺はなぜかドラマで定番のような港にある、なぜかドラマで定番のような倉庫にいる、浮世絵離れしている大金持ち三千院家の執事にコンタクトを取るのか……。

 いや無理だろ。第三者がいるならぜひ見てくれ、この俺の格好を。ブラボーな格好だが、聞き込みや交渉とは無縁の格好じゃないか。

 どうも! 俺の名前はキャプテンブラボー! ただの探偵さといって軽やかに自己紹介でもしなければ、いやしたとしても、彼の携帯電話が「1」「1」「0」を叩きつけてお陀仏だ。

 俺のブレインが客観を持っていてよかった。ひとまず、コンタクトは避けよう。倉庫の様子を観察しながら、これからの手を考えてみるか。

 俺はキャプテンブラボー! 潜入捜査で正面から倉庫に入るなどしない男だ!

 倉庫の外観を把握すると2階相当に当たる高さに窓がある。まず、ブラボーな脚力で倉庫の屋根まで飛び、その後窓から中を見てみるとしよう。

 古ぼけた雰囲気のある倉庫を着地の衝撃で破壊してしまわぬように、脚力を調整しながら足を踏み込んだ。3階相当に当たる高さまで飛翔し、屋根に着地した。着地の衝撃が屋根に振幅を伝えたが、恐らく大丈夫だろう。

 そして、足を屋根の廂にぶら下げて宙ぶらりになったまま、窓から中身を見る。

 男が二人いた。一人が情報にもあった綾崎ハヤテであることは容易に確認できた。

 しかし、もう一人は誰だ……? あんなコートを着ていて熱くないのか……????

 その瞬間。シックスセンスに訴えかけるものがあった。

 あれはホムンクルスであると。俺のシックスセンスによる直感、そして長年の経験からの嗅覚で判断できる。 

 紋章は視認できないが、あれはホムンクルスまたはそれに準ずる異形のモノ。

 綾崎ハヤテがホムンクルスと接触している。なぜ。

 綾崎ハヤテがホムンクルスに関する団体に所属している旨のデータはなかった。

 また、彼らが親密な雰囲気を醸し出していないことも容易にわかる。

 つまり、これは取引! なぜなら、ここが倉庫だから!

 倉庫で行われるべきは取引もしくはそれに準ずる重要な戦い!

 地球が太陽の周りを回っているぐらい、自明の理。

 コペルニクスもこの類推解釈に大賛成だろう。

 ブラボーなシックスセンスを始点としたこの名推理! なぜなら、俺が名探偵だから!

 そうとなれば、あの二人の話を聞かなければならない。

 この俺のブラボー技の一つ! ブラボーイヤーズで一語一句聞き逃さん。

   『……取引の方に移りたいのですが』 どんぴしゃだ。さすが名探偵。

   『王玉はあるな』

   『ええ、ここに』

   『よし。取引を開始するぞ』

 王玉……? 聞きなれない単語だ。推測するに王玉を何かと交換するのだろうか。

 ブラボーなシックスセンスが再び脳内に駆け巡る。

   「ロイヤルガーデン」「鍵が必要」「我々の起源」

 これが大戦士長からの言葉、符号、キーワード。そして、眼前に移るホムンクルス。
 錬金戦団とホムンクルス。起源……城……鍵。

 この符号が示すものは、そう! 王玉がまさしくその鍵!

 憶測にすぎないが、確信めいたものがある。これは動かなければならない。

 時は金なり、世間はお母さんではないから待ってはくれないのだ!

「その取引待ってもらおうか!!」



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