Re: 蒼の彼方 ( No.1 ) |
- 日時: 2012/11/27 22:21
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- 第一幕「穏やかな暴風」
『――で、あるからして、我が国は今、未曽有の危機に瀕しているが故に、諸君ら若い力を必要としておる。平和を至上としてきたこの国に、徴兵という制度を復活せざるをえなかった点は、我等としても忸怩たる思いだが、どうかこの国を守る為に、戦って欲しい』 壇上の男は、背筋を伸ばして言い放った。しかし、それに贈られる拍手は、愛想笑い程度のまばらなものであった。 ここまでの所要時間、実に一時間半。今現在、この火の国が置かれている状況についてとうとうと語ったかと思えば、実に中身の薄い政治の内容に徐々に話はズレ、一人熱くなっている内に過ぎ去った時間がそれだ。 聴衆からすれば、男の口から語られる現状なんてものは、自らの至福を肥やす事に余念がない政治の高官どもより、物価の上昇という形でより真に迫って理解出来ていたし、だからこそ徴兵に参加したのが今ここに集まった若者たちである。 男の長話は、自国を守らんとする意欲ではなく、むしろ眠気さえ掻き立てた。
――突如として現れた新興国家が、この国に向けて宣戦布告して来たのが僅か1ヶ月前。 依然として、その拠点さえもろくに掴めないまま翻弄され、空襲によって幾つかの都市は焼き払われてしまった。 この国の軍事力は世界有数、といえど如何せん数の少なさに頭を悩ませられていた政治家たちは、遂に徴兵を決意し、まずは実験として有志達を集め、開いたのがこの式典である。 最も、有志、と簡単に言ってしまっているが、その構成は物価の高騰による家計の圧迫によって軍に入らざるを得なくなった、言わば「仕方なく」志願したような人間が殆どである。 中には、家や家族を焼き払われ、復讐心に燃える輩も混ざってはいたが、そんなのは数えるほど。そして、その人物達すらも、つい一カ月前まではごく一般的な庶民として、日々を暮らしてきたのである。堅苦しいばかりで意味のない式典に、興味を持てと言う方が無理な話なのだ。
朱鷺戸水鶏(ときどくいな)が、暇つぶしに周りにばれないように視界を巡らせれば、見える顔は、眉根を微かに寄せて早く終わらせろ」と無言で語っているか、貧血で青白くなり始めているかのどちらかである。 『――?』 しかし、その中に一人だけ違和感のある青年が混じっていた。 長話が続いているにも拘らず、姿勢を僅かばかりも崩さず、最前列の端で、絵にかいたような直立を維持している。それだけならば、ドが付くような、生まれつきの軍人気質の人間とも取れただろうが、その整然とした佇まいの割には覇気が無い。 それは、青年の女のような柔和な顔つきのせいかもしれないが、とにかく、どこか浮いている気がしてならなかった。
◆
「――ったく、あの親父。無駄に話が長いんだよ。同じ事を何度も繰り返しやがって。 そんなのは感想文を書けと言われて、ネタが無くなった時くらいにしろってんだ」 土手に座って大きく伸びをしているのは、水鶏の友人であり、同じく今回の徴兵に参加した同志である小林朱音(こばやしあかね)だ。 短く切りそろえられた髪を風に揺らす様は、同性の水鶏からしても中々に魅力的な部類に入ると思うのだが、男勝りな口遣いと性格が珠にキズだった。 しかし、その性格は恋人としてはともかく、友人にするならば実にサバサバしていて心地良い。 「確かに、貴女がこの前に書いていた小論文の課題が、丁度あんな感じだった」 「うわっ、ひでえなお前」 ぼすっ、と朱音は草の絨毯に寝そべる。 日に焼けた健康的な肌と、夏の青々とした草の色は実によく似合った。 「その反応ほどじゃない」 水鶏も同じようにして空を見上げる。縹緲と広がる蒼穹は、戦争が存在していた物と同じとは思えぬほど、澄み渡っていた。 「けっ、お姫様は相変わらず毒舌がお好きなようで」 朱音は水鶏を『姫』と呼ぶ。理由は単純。水鶏の混じりけのない黒髪と黒い瞳が、日本のお姫様みたいだからだそうだ。朱音は、歯が浮く様な台詞すら簡単に言ってのける。 水鶏からすれば、その恥ずかしいあだ名は早くやめて欲しいのだが、朱音はいくら言っても聞こうとしないので、今では訂正するのを諦めてしまっている。 「貴方に対してだけ、だけどね」 「俺は責められて喜ぶ性癖なんざ持ち合わせちゃいねえぞ?」 「だから苛めたくなる」 「……よし、今からお前は姫じゃなくて、女王様な」 「ジョーク。ジョーク」 「冗談なら、真顔で言うなよ。あんまり苛められて、目覚めちまったらどうするんだ」 「うわっ、やっぱりそのケがあるんだ!!ごめんなさい。私ノーマルなの。他を当たって下さる?鳥肌が立ってしまいますわ」 「姫と呼んでおいてなんだが、君がその言葉遣いをすると、なんというか……虫唾がはしるな」 「あら、ひどい。私ほどおしとやかな女性はいませんのに、お、ほ、ほ。」 「やめてください。お願いします。俺が悪かったです」 「うん、ごめん。我ながら気持ち悪かったと思う」 「二度としないでくれ」 「お願いされたってしてあげませんことよ」 「……」 「……」 「うへぇ」と身震いしながら2人声を合わせる。 腹から笑う。品なんて物は存在しない。 下品に散々笑った後、暫く無言で空を見上げ続けた。静かな沈黙。しかし長くは続かない。ざあ、と風が草木を揺らした。 それが合図であるかのように朱音はさて、と言い置いて表情を引き締めた。 「……さて、どう思う」 「芳しくない。ほぼ全員がやる気のない素人の集まり。この先の訓練で半数が脱落する確率が高い」 「それは毒舌を加算した評価か?」 「貴女が真面目な顔をしているのに、私がふざけた事がある?」 眉根を寄せる朱音に、水鶏は毅然として返す。 朱音はがっくりと肩を落とした。 「だとしたら、烏合の衆も甚だしいってことじゃないか」 「仕方ないよ。直に本当の地獄を経験して、生き延びた人間なんて、あの中にも指折り数えるほども居ないだろうから」 「甘ぇ……今から俺らが行く場所を知らずに、生き残れるわけねえのに」 あの式典の中で、他人の何が分かる。言葉も交さず、そこまで言いきるのは不遜であると他の誰かなら言っただろう。 だが、朱音は決して水鶏に異を唱えない。 水鶏の慧眼が誤った事が無いと、これまで一カ月の付き合いで散々思い知らされていたからだ。ある種、水鶏の人間観察能力は超能力にも匹敵する。だが、その実、能力の正体は極めて現実的であり、挙措の一つ一つを見逃さず、余すことなく読み取っているだけなのだ。 端的に言えば「人の心の機微に異様なほど敏感」なのである。 そして、その彼女が「役立たず」と評するなら、そこに疑いを挟む余地などない。
「……ただ――いや、なんでもない」 水鶏は何かを言いかけて、それが失言だったと、言葉を引っ込めた。 「どうした。姫らしくもない。言いたい事が有るなら言え」 珍しい事である。先程説明したとおり、彼女は類稀な慧眼を持っている。故に、自分の言葉には絶対の自信を持っているし、ましてそれを言うべきか迷っている姿など、初めて見る。 「良く解らない人が……一人」 恥じ入る様に水鶏は俯く。 「ふうん。姫でもそんなことが有るんだな」 軽く流したが、朱音は心穏やかでは居られなかった。 まさか、水鶏をして解らないと言わせしめる人間が居るとは思っていなかった。 「どいつだ」 焦りと期待を押し殺しつつ、朱音が問う。 「一番前の、右端。貧相な顔の男の子。確か、点呼で呼ばれていた時の名前は――」 遮る様にさぶん。と轟音が響く。 驚き、音がした川上――丁度河に掛かる橋の辺りだ――の方を振り向くと、水面に大きな波紋が出来ていた。その中心には、淡い水色の髪をした少年の体が浮いている。 「へっ、お前みたいなやつは、そうやってみすぼらしくしているのがお似合いだ」 「ざまあみろ」「ざまあみろ」「ざまあみろ」 橋の上には彼を見下ろし、ぎゃあぎゃあと罵声と笑い声と、そして石を浴びせかける男子達の姿。 「これ見よがしに、こんなもの見せつかるテメエが悪いんだ」 そして、止めとばかりに橋の上の男子が持ち上げたのは、いかにも高額そうなロードバイクである。それを眼下の少年にめがけて―― 「馬鹿っ、やめろ!!やり過ぎだ!!」 声を張り上げたのは、自分でも意外な事に、水鶏だった。 「やべっ、人が居たのかよ」 「しかもアレ、さっきの中にいた女子じゃね?」 見られているとは思っていなかったのか、少年達は取り乱す。 「チッ。命拾いしたな」 河原にめがけてロードバイクを投げ捨てると、逃げるように少年達は駈けて行った。追おうとしたが、、距離が有り過ぎる。それに、優先すべきは、追跡よりも溺れかかっている少年の救出だ。
「綾崎ハヤテ――!!」
水鶏は駆ける。大丈夫、泳ぎは得意だ。あの程度の男子一人なら、河原まで引っ張ることくらいは出来る。 その名前を、――これから先、幾度も語る事になる少年の名を、水鶏はこの時初めて口にしたのだった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.2 ) |
- 日時: 2012/11/28 02:27
- 名前: ピアノフォルテ
- 皆さんお久しぶりです。ひなたのゆめが消失してしまって、どうしたものか色々考えていたのですが、復活してくれていて嬉しい限りです。
とはいえ、さすがにブランクが空きすぎて、前回更新しておりました「蒼穹を斬る」をそのまま掲載するのがちょっと難しくなったので、大幅修正(改編)とタイトル改訂をしてお送りしております。 が。基本同じなので安心して(?)読んで下さいね。 今現在、ひなたのゆめはかつてのような賑わいを無くしてしまっていますが(スパムゆるすまじ)、私の小説でも微力ながら足しになれたらとおもいます。
さてさて、今作の説明とオリジナルキャラの紹介を少し。
朱鷺戸 水鶏 -Kuina Tokido- Height …161cm Blood type …A Favorite …Cello,Coffee 本作のヒロインその1 普段から背筋を伸ばして歩く上に、混じり気のない黒髪、瞳と相まって、後に周りからは厳格な人物として恐れられる事になる。 しかし、打ち解けた相手にはジョークを言うなど、意外にもフランクさも併せ持つ。 人を見抜くのが得意で、簡単な性格なら言葉を交さずとも言い当てて見せる。 その慧眼を以てしても理解できないハヤテに興味を持ち、接近する。
ところで、名前に鳥の名前を入れようとして、苗字にも入れてしまった為に、どっちの鳥だよ!!と突っ込まれそうなネーミングになってしまいました。
小林 朱音 -Akane Kobayashi- Height …155cm Blood type …O Favorite …Sport
水鶏の親友役。親友では無い。戦友だ。とは本人の談。 水鶏とは同郷だが、知り合ったのは一月前である。 その持ち前の明るい性格で、水鶏ともすぐに打ち解けた。 割と深く考えずに出来たキャラクター。何だか書いていて気持ちいいです。 ハヤテがダウナーなキャラになる予定なので、彼女のアッパーな性格は丁度良い清涼剤になります。
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Re: 蒼の彼方 ( No.4 ) |
- 日時: 2012/11/28 13:47
- 名前: ピアノフォルテ
- >双剣士◆gm38TCsOzW.さん
すみません、勘違いしていたようです。 管理人様にご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。 当小説につきましては、ひなたのゆめ小説掲示板のスパム問題が解決次第、投稿し直したいと思います。
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Re: 蒼の彼方 ( No.5 ) |
- 日時: 2012/12/04 07:26
- 名前: ピアノフォルテ
- 水鶏は駆ける。大丈夫、泳ぎは得意だ。あの細身の男子一人なら、河原まで引っ張ることくらいは出来る。
その名前を、――これから先、幾度も語る事になる少年の名を、水鶏はこの時初めて口にしたのだった。
「ちょっ、いやいや……おい、待て――待てったら」 色んな意味で呆気にとられていた朱音は、ようやく我に返り制止の言葉を発したが。すでに水鶏は、ざぶんと音を立てて着水を果たしている。 余りに愚行に過ぎる。躊躇わずに河に飛び込んだことに対してではない。 こともあろうに水鶏は、泳ぎに邪魔になる服を脱ぎ捨て。下着だけとなった、裸も同然の恰好で救出に向かったのである。普段はクールを装っているくせに、いざ火が着くと朱音より熱く燃え上がるのが水鶏という女なのだ。 確かに、その判断は、人命救助の観点からいえば間違ってはいない。 だが、だからと言って年頃の女子が躊躇いも無く、素肌を晒すと言うのは、かなりよろしくないと思われる。 「……まあ、今更ウチのお姫様に人並みの貞操感覚なんて、求めるのが間違いなんだろうけどさ」 やれやれ、と肩を竦めて、朱音は下流に先回りする。
既に水鶏は少年の体を掴み、岸辺に向けて戻り初めていた。見事な手際だが、安心は出来ない。通常、溺れている人間は、近づいてくる、即ち救助してくれる人間が居る場合、本能的にその対象に対して「抱きつこう」とする。 もし真正面から近づいたら、このせいで救助者、までもが身動きが出来なくなり、下手をすればともに溺死することになってしまう。 そのため、救助の際は溺れている人間の後方から接近するのが大原則となり、もちろん水鶏もそうしたわけだが、その場合でも大抵の人間は大人しくしてくれない。そうなれば、当然、ただ泳ぐのも大変なものになってしまう。 つまり、体格に恵まれている訳でも、ましてプロでも無い少女による救助でありながら、それが容易に見えてしまうと言う事は、対象が非常に「大人しい」状態にあると推察出来る。溺れかかっていながら冷静を保てる剛の者なのか、或いはそうならざるを得ない体力状態なのか。無論、圧倒的に後者であるケースが多いのは言うまでも無い。 水を飲んでいれば、呼吸及び心臓が停止している可能性も高い。 そして、この訓練基地近くの川から最寄りの病院まで、車で早くて10分程度。施設には担当の医者も滞在しているだろうが、生憎、電話番号が解らない。 今から直接助けを呼びに行けば、結局は同じだけの時間がかかる。 人が、一度心肺機能を停止してから、再会するまでに掛けて良い時間は5分にも満たない。それでは余りにも時間が掛かり過ぎる。 近くにコンビニでもあればAED(※バッテリーによって電気ショックを行う治療機器)の一つでも見つかるのだろうが、多大な敷地を要する訓練基地は、周りが田畑ばかりの実に侘しい場所に、ぽつねんと建てられている。 AEDなんてものは、それこそ基地まで戻らなければ存在していない。
――今の朱音に出来るのは、間に合わないとは知りつつも119に携帯電話で連絡することと、岸にたどり着いた友と、その脇に抱えられた少年を引きずり上げる事だけだった。 「やっぱり水を飲んじまってる……脈は?」 朱音が問うと、肩で息をしながら、頭を振った。 「救援要請!!」 「落ち着け。119ならさっきコールした。あと数分もすれば着く」 がなりたてる水鶏の頭を、ぺちりと軽く叩いて宥める。 「取りあえず、お前は上を隠せ。さっきからてめえは俺を女色の道に引きずり込もうとしてるみたいだぜ」 冗談をいいつつ朱音が服を投げて寄越すと、水鶏はろくに体を拭こうともせずにそれに袖を通した。 「慌てるなってのに」 「解ってる。でも、今は『キャッ!!恥ずかしい』なんてほざいてる場合でもないし、ちなみに何度も言うけど私はいたってノーマルだから。発情したいなら勝手に橋の下でも行って、一人で慰めてろ」 「ハッ、そうこなくちゃな……んじゃあ、いたってノーマルなお姫様には、眠りの王子様にキスをする権利を与えよう――ってオイ、相変わらず早いな!! 情緒もへったくれもありゃしねえ!!」 冗談を皆まで言い切るより先に、水鶏の唇はハヤテのそれに被さっていた。 と、詩的に表現したが、実のところ、水鶏さっさとしろと、朱音を流し眼でぎろりと睨みつけている上、呼気が漏れないように鼻を詰まんでいるので、その光景は男女の儚いキスなどと、素敵な文言はおそらく用いるべきではない。 「これがこいつの初めてじゃなかったら良いな。……お前の手際には、ケチをつける気は無いんだが……なんか、この男、不憫だ」 心臓マッサージを始めながら、ぼそりと朱音が呟くと、水鶏の眼光が鋭さを増した気がした。 「――ごぼっ、げほっ、がぼっ」 程なくしてハヤテは口から大量の水を吐き出した。 「良かった……」 同時に、心肺機能も復活。後は大勢を変えて吐しゃ物が気道を塞がないようにするのと、体が冷えないように注意すれば良い。程なく、意識も回復するだろう。 ほう、と水鶏は安堵の息を漏らした。途端、いきなり視界が布で覆われ、ぐわしぐわしと頭をその布でかき回された。 「ほらよ、いい加減髪くらい拭け」 「っ、自分で出来る」 「うふふ。良いではないか」 水鶏の美しい髪を、朱音が弄ぶ。女にとって髪は命だが、この両名の間には、そんなことに対する配慮は必要ない。 「しかし、ちょっとばかり俺もびっくりしちまった。お姫様、いつにもまして行動派だったもんな」 水鶏は胡坐を描いて、朱音にされるがまま 「柄じゃないのは解ってるんだけどね」 「知り合いだったのか?」 「私から一方的に」 「それは知り合いって言わねえよ……まさか、一目ぼれか」 茶化す朱音に、しかし水鶏は首を横に振らなかった。 「ある意味、そうかもしれない」 「え、マジで?」 朱音は目を白黒させている。冗談でもそのような言葉が、返ってくるとは思っていなかったらしい。 「そこまで驚かれると、流石に心外だ。私だって一応は女なのに」 「……悪い」 「ま、『興味が有る』という方が正確なのだけど。 ……さっき言いかけていたでしょ?――良く解らない人が居るって」 「ああ、それでか」 朱音は納得した。と頷き、ようやく呼吸を再会したばかりの少年を見やる。 「俺からしたら、ただの貧相なガキにしかみえないけどな。顔なんか、まるで女みたいだ」 本人には聞かれていないであろうと、朱音は失礼な事を言う。 「……弁明の余地が無いのは、我ながら不甲斐ないばかりですね」 「うおっ、目ぇ覚めてたのかよ。人が悪い」 朱音は大きく飛び退く。 一方、水鶏は冷静だ。どうやら彼女は気付いていたらしい。なら教えろよと朱音は睨みつけたが、水鶏は涼しげな表情でそれを受け流した。 「と、言っても、つい今しがたですが……どうやら、ご迷惑をおかけしたようですね」 悄然と謝罪する少年の声は、いかにも意志の弱そうな、か細い声であった。 「いえ、無事ならば良いのです。――綾崎ハヤテさん」 水鶏は微笑む。朱音は、この少女がこのような優しげな笑みを浮かべるのを、久々に見た気がした。
さて、これが後にエースパイロットとして名を馳せる、綾崎ハヤテと朱鷺戸水鶏の出会い。割と運命的と呼んで差し支えないその始まりの日は、しかし後の英雄譚で語られる事は極めて稀である。 何故なら、彼らが生き抜いたのは、男女の出会いなど、路傍の石程度の価値しかない、最も命が軽んじられた激動の時代だったのだから。
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Re: 蒼の彼方 ( No.6 ) |
- 日時: 2012/12/04 16:50
- 名前: ピアノフォルテ
- 第二幕「命より重き弾丸」
河での一件以来、ハヤテと水鶏は腐れ縁のように共に苦楽を共にした。 あぶれ者同士、と言えば良いのだろうか。元より友ない彼女と、同期の中でも存在が浮いている彼とが、傷をなめ合うように寄り添うのは半ば必然だったのかもしれない。 ――その一方朱音は、持ち前の天真爛漫さで女子のまとめ役、兼男女間の橋渡し役として、リーダーシップを存分に発揮していた。ハヤテと水鶏がこの場に留まれているのは、彼女の存在によるところが大きい。 だが、基礎訓練の開始から一カ月を経た今でも、ハヤテに対する陰湿なイジメは鳴りを顰めようとしない。彼の所有品がいつの間にか無くなる事は日常茶飯事。訓練教官の前ではさも仲よさげに振る舞いながら、しかしそれ以外では男子生徒達はハヤテの存在は無視し、朱音の眼が届かない所でわざとらしく陰口を叩く。 「盗人」「詐欺師」「人殺し」「人間の屑」「鬼」「悪魔」 語彙の限りを尽くして、彼らはハヤテを中傷する。 それを目撃する度に怒鳴り散らすのは、水鶏のいつもの役目だった。 お陰さまで、今では彼女も苛めの巻き添えをくらっている。 しかし、今更ビッチなんて呼ばれたところで、彼女の心は微塵も傷つかないので、いつだって鼻で笑い返してやる余裕が有った。
むしろ、頭に来るのはハヤテの態度だった。いくら罵られようと、力無い笑みを浮かべるだけ。反抗も何もせず、木偶の棒のようにつったっているだけだった。正義感あふれる彼女からしたら、実に気に食わない。 初めこそ、彼女の中ではそれなりの地位を確立していたハヤテだが、付き合いが長くなるに従って、その株は下がっていき、今ではただのヘタレと烙印を押してしまっている。 「何故やり返さないの?――何故手を抜くの?」 ついに痺れを切らせて、彼女は問うた。 これまでの訓練で、ハヤテの肉体的ポテンシャルは大体解っていた。見た目こそ華奢ながら、その実鍛えこまれた肉体は、鋼のように固く刃物を思わせるほど研ぎ澄まされている。どこで研鑽を詰んだのか、戦いの経験も充分に有るようだった。 ふとした拍子に見せる実に安定した足運び。それとなく危険を察知し、回避する能力。そして何より、厳しい訓練をものともしない、圧倒的なスタミナ。はっきり言って、同期の中では抜きんでていると言っても過言ではない。 喧嘩一つとっても、きっとこの男がその気になれば2、3人程度の相手なら出来るはずだ。 そして、一度その力を誇示できたなら、このような最底辺に身を置く必要も無くなる。 「だって、彼らは正しいから」 鳩尾を擦りながら、ハヤテは呻き声に似た声で言った。 「何が正しいものか!!あいつ等がやっているのはただの苛め。実に下劣な行為じゃないか」 ぎり、と水鶏は臍を噛む。 悲痛な表情の水鶏の肩を、「僕は大丈夫だから」と叩いて、ハヤテはよろよろと歩み去った。 「心配してくれて、有難う。でも貴女も、あまり僕には近づかない方が良い。きっと、彼らのように僕を罵り、石を投げた方がまともな人生を送れる」 その言葉に対し、水鶏は怒りに震えて、追う事すら出来ない。否、果たしてこの震えは怒りによるものだろうか。 ハヤテの言葉の中にあったのは、冥い空洞。全てを諦めてしまっているかのような、無気力さ。その黒の深さは、水鶏をして計り知れない。この空洞こそが、水鶏の目を欺いているのだと、この時彼女は理解した。 自慢ではないが、割と朱鷺戸水鶏は不幸な人生を送っている。それこそ、今ここに集う同期たちの不幸を「なんだその程度」と嘲笑してやれるくらいには、色んな事を経験してきたつもりだった。 だから、人のトラウマには人一倍敏感で、かつそれを客観的に推し量る術に長けているのだ。 だが、彼の男の瞳から、その悲運の度合いを計測する事は出来ない。そもそも、不幸の基準そのものがよほど大きく人と違うのであれば別だが、そうでなければ、自らを不幸と客観的に見れる水鶏より遥かに勝る慟哭を、彼は味わってきたという事になる。 その仮説が正しければ、ハヤテのあの冷めた薄ら笑いの意味も説明がつく。彼は、人の何倍もの痛みを経験したが故に、痛みさえまともに感じられないような状態におちいってしまっているのだとしたら――。 「――なんて、哀しい」 カチカチと、歯が鳴る。思い返すのは、ハヤテの暗き瞳。そこに映る黒は、単に絶望色による単色ではなく、復讐を誓う業火の色をも含んでいた。 そうか、この震えは恐怖から来るものなのかと、水鶏は理解し、肌を泡立たせた。 久しく忘れていた感覚である。 彼女の住まう故郷諸共に、そんなものは焼かれて灰になっているとばかり思っていたが、どうやら世の中そんなに甘くないらしい。
「――ぁ、……ぅ」 彼女は人の心を読むということは、同調する事だ。 彼女の身を、彼女の空想がもたらした絶望が蝕む。彼の絶望が、最も彼女にとって理解しやすい形で、脳裏に具現する。 それは、彼女が今の彼女になった日の記憶。 無邪気だった少女が、こうもひねくれた女になってしまった要因。 ちらちらと舞い散る火の粉。蟲の羽音の様な男どもの声。 地面から生える父の首。恐怖のあまり、キィキィと猿のように喚く事しかできなくなった母。裸で打ち捨てられた友たち。 その地獄絵図を傍目に見ながら――彼女は――。
ぐん、と堅いリノウムの床が近くなる。 受け身をとる余裕は無い。すでに彼女の意識は過去にのみ集中している。 「ったく、相変わらず世話の焼けるお姫様だこと」 と、誰かが呟いた気がした。
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Re: 蒼の彼方 ( No.7 ) |
- 日時: 2012/12/13 22:46
- 名前: ピアノフォルテ
- 日々の訓練。その主な内容は体力づくりだ。
教官に文字通り尻を叩かれ、重い鉄の塊を腕に抱きながらの障害物走。 見ようによってはアスレチックのようで面白そうではあるのだが、それに取り組む者達の表情は険しい。厳しさの割に詰まらない基礎訓練が始まって早一ヶ月。 一日のスケジュールは常に一定。朝早くに叩き起こされ、そこから先は食事時間以外はひたすらに、訓練、訓練、訓練。いざ寮に帰れっても、早過ぎる消灯時間のせいで遊ぶ暇も無く部屋に閉じ込められ、泥のように眠る。
メトロノームで拍を打つように繰り返される日々。 娯楽など介在する余地も無い。いっそ坊主にでもなってやろうかというくらいに禁欲を徹底した生活。 しかし、週に一日――日曜日だけは、完全な自由が約束されている。 申し訳程度の休暇だが、このわずかな時間こそが、辛うじて訓練生の精神を保たせていた。
「あいたたた」 そして、水鶏もまた、その得難い幸福の時間を、昼ちかくまで寝て過ごすと言うある意味贅沢で、だが生産性に欠ける時間の浪費で満喫していた。 煎餅布団のせいで凝り固まった筋肉を伸ばす。 カーテンを開くと、眩しい日差しが小さな部屋を満たした。 「ひゅう、いい天気だ」 水鶏は上機嫌に口笛を鳴らした。
相部屋の朱音の姿は、既にどこかに遊びに行ったらしく見当たらない。 きっと、他の寮生も今頃皆街に出払っている事だろう。貴重な休みまで、この監獄の様な寮で過ごしたいと願う人間は稀である。 寮の壁は薄いつくりだから、外の音はよく聞こえる。 「まだ、弾けるかな」 耳を澄ませて、誰の足音も無い事を確認して、水鶏は部屋に置かれた、歪な形の鞄に手を掛ける。 それは古びたチェロケース。彼女が故郷から持ってきた、唯一の品。 これこそが、彼女が遅くまで寝ている――つまりは誰もが居なくなるのを待つ理由だった。
◆
さて、いざ部屋の外に出たは良いが、チェロの演奏には椅子が必須。 流石に部屋のパイプ椅子を持ち出すのは面倒に過ぎるし、かといって外に出てもチェロを弾けないのでは本末転倒になってしまう。 少しばかり悩んだが、食堂で折衷案とした。休日の食堂は基本的に休みとなっている。要望があれば考えると舎監の親父は言っていたが、わざわざ休日にまで食いあきた食堂の飯を喰らいたいなどという人間もいないらしく、そのままとなっているらしい。 たまには贅沢に場所を使うのも良いか。なんて思いつつ、食堂に足を踏み入れ―― 「げっ」 どうやら同じ考えでこの場所にいたらしい先人を見つけて、蛙のような呻き声を挙げてしまった。 食堂の長机に齧り付き、一心不乱に本を読みふけっていたのは、綾崎ハヤテその人だった。 「こんにちは」 「ああ……うん」 退却しようとしていた水鶏に、ハヤテの声が掛かる。 人の良さそうな笑みに視線を合わせないようにして、さてどうしたものかと立ち止る。 先日彼と話して『思い出して』以来、出来る限り、それとなく接触を避けていた水鶏だが、ここで踵を返しては、明らかに逃げとなってしまう。なんとか自分に言い訳をしてそれまでの逃避を許容してきたが、それもそろそろ限界だ。 これ以上いってしまうと、彼女自身が彼女に見切りをつけかねない。 どの道、いずれはまた話さねばと思っていたところだ。 ごくりと唾を飲んで、しかし緊張を察せられないように、水鶏は一歩を踏み出した。 「良い天気ね」 「ええ、外に出かけたくなってしまいます」 室内に残って勉強に励むガリ勉野郎が何を、と言うのはきっと野暮なのだろうと、言いかけた言葉をぐっとこらえる。 その突っ込みより、机上の本の特異性に興味が優先されたというのも大きかった。 「『航空力学』『航空計器』に『飛行機構造』……ふうん。君、戦闘機乗りになりたいの?」 少しの静寂の後、ハヤテは、視線を窓の外――いや、青空に向かって投げた。 「……僕は、飛行機に乗りたいんです」 飛行機、の部分が強調された、短い答えだったが、水鶏はこの時、初めてハヤテという男の言葉に、意志を感じた。 いつもは愛想笑いを浮かべながらも、自己を殺した様な言葉しか発しない男だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい、と一つ彼に対する印象を改める。 戦闘機乗りと言えば、軍隊でも華形である。島国であるこの国は、責められるとしたら十中八九空からとなる。敵の本拠地が解らぬ以上、敵地を蹂躙する事が出来ないこ度の戦では、防衛線に徹するより他ない。 徴兵制が復活したといえど、本土にいる殆どの国民は非戦闘員。物量に負けてしまっては、地上部隊に出来るのはせいぜいが時間稼ぎ程度だ。空中から上陸されれば、あっというまに地上は火の海と化してしまう。 それを防ぐには、海や空で完膚なきまでに敵を討ち払わなければならない。 その際、最も戦力になるのは、言わずもがな飛行機なのである。
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Re: 蒼の彼方 ( No.8 ) |
- 日時: 2012/12/16 13:47
- 名前: きは
- オリジナルの世界観を築きながら、その中で原作の設定を踏襲しているキャラクターを活かす。
あぁ、これが本当の「二次」創作なのかなぁ、としみじみ感じてしまいます。こんにちは、きはです。
「ひなたのゆめ」で書かれていた「蒼穹を斬る」では空戦シーンから始まっていましたが、この作品では、その過程となるところから話が始まっているのですね。 しっかりとお話の地固めをしているようで、ピアノフォルテさんの高い構成力が窺えます。 ……突然現れた新興国家に翻弄されている様は、国家間の戦争に非対称戦争(国対テロの構図のこと)の要素が盛り込まれているような印象を受けます。
それでも、批判はするんですけどね(笑)。
今回は第一幕「穏やかな暴風」の一部分です。以下、引用いたします。
遮る様にさぶん。と轟音が響く。 驚き、音がした川上――丁度河に掛かる橋の辺りだ――の方を振り向くと、水面に大きな波紋が出来ていた。 その中心には、ずぶ濡れになった少年が居る。橋の上には彼を見下ろし、ぎゃあぎゃあと罵声と笑い声、そして石を浴びせかける男子達。 (中略) それに、優先すべきは、追跡よりも溺れかかっている少年の救出だ。
ポイントは、「ずぶ濡れになった少年」と「溺れかかっている少年」の差異。――「表現の優先順位」とでも名付ければいいのですかねぇ。 突然ですが、「ずぶ濡れ」という表現を使うのって、陸上がメインではないでしょうか。たとえば、「夕立に遭ってずぶ濡れだ」とか、「バケツの水を引被ってずぶ濡れだ」とか。 つまり、水の中にいる状態を、「ずぶ濡れ」とは表現しないものだと考えます。 水の中に入ってしまえばずぶ濡れになってしまうことは、書く必要がないほど当然の理屈とも言えるからです。(個人差はあるのですが……) 水面に大きな波紋が出来た原因を少年だとする説明のために使われたのでしたら、納得はできます。
しかし、「ずぶ濡れ」=「溺れかかっている」という風には結び付かないんですよね。 「溺れかかっている」という説明はあるのですが、それを示す描写がありません。 第一幕の後半部分は水鶏が河で溺れたハヤテを助ける話ですから、尚更そのことを強く印象付ける必要があります。
一読者から見て、ハヤテが溺れた要素は様々に考えられるのですよね。 ・単純に、カナヅチなのか。(原作の設定ではありませんが) ・着衣状態で泳ぐこともままならないのか。 ・泳ごうとしたが、浴びせられかけた石が泳ぐことを阻害させたのか。 ・既に痛めつけられていて、泳ぐ体力もなかったのか。 まぁ、それらを説明しなければならないというわけでもないのですが、溺れている状態を描写して頂いた方が読者としては助かるかなぁと思ったまでです。
今回の批判を要約すれば、河で溺れている少年を見つけて「あの少年……ずぶ濡れだぞ!」と表現するのは不自然であり、不十分だという話です。
長々と書いてしまいました。久々だったからでしょうか。もしかしたら、厳しい表現もあったかも……。 もし不快に感じるようでしたら知らせてください。言われたことは、しっかりと反省するつもりです。 続きを期待しつつ、楽しみに待っています。長文失礼しました。
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Re: 蒼の彼方 ( No.9 ) |
- 日時: 2012/12/21 16:58
- 名前: ピアノフォルテ
- だが、残念ながら戦闘用航空機は、単機でさえ国家予算クラスと、非常に高価であるが故に、容易出来る機体の数はかなり限られてしまう。、国はこの問題を解決しようと、新型戦闘機の開発にも着手しているらしいが、プロジェクトの進行は殆ど暗礁に乗り上げているともっぱらの噂である。
そのため、操縦士に選ばれるのは、一機で当千の戦果を得られる、生え抜きのエリートだけとなる。成程確かに遊び呆けている余裕はないのだろう。 この訓練の後半に行われる試験で優秀な成績を残せば、操縦士のコースに入る事も出来る。 その時点で両手で数えられる人数に絞り込まれた後、更にその後も不適正と見なされれば振るいに掛けられるもの居ると言う。 座学知識がどの程度実践に活きるかはともかく、ペーパーテストの点数も選考基準になるのだとすれば、気休め程度の意味はある。 体づくりに関しては、ハヤテは既に申し分ないレベルだから、鍛えるとしたら、或いは頭脳の方が重要なのかもしれない。 「そこまでせずとも、大丈夫そうだけど。だって、君は白皇に居たんでしょう?」 だが、頭能面においても、ハヤテは他に劣っていない。むしろ専門知識以外なら、同世代の誰よりも優れた教育を受けている。 ――白皇学院、その名も高き、エリート中のエリートのみが在籍を赦された教育機関。そこにこの貧相な男が在籍していたと噂に聞いた事があった。 「と、言っても途中から、ギリギリの成績で編入させてもらっただけですけどね。 試験の順位も、決して高い方とは言えませんでしたし」 だから、こうして努力しているんです。とハヤテは自嘲の笑みを浮かべる。 「居たことは事実なんだ。もしかして、君ってどこかのお坊ちゃまだったりする?」 白皇のカリキュラムを受けるには、相当な教育費が必要となる。故に、通うのは上流階級の者ばかりである。口にこそ出さなかったが、この男の貧相な面持ちと言い、妙な腰の低さと言い、とてもではないがそのような気配は無い。 案の定、と言っては失礼だが、ハヤテは頭を振った。 「いえ、僕の親はむしろ貧乏人の部類に入る輩でしたよ。 毎日生きるのに精いっぱいで、白皇に入るまでは、まともに学校に行けはいことも、珍しくはなかったくらいでした。 あの場所に入れたのは、そんな僕を見かねた人が、行かせてくれただけなのです」 また、ハヤテはあの寂しげな瞳をしていた。 親について語る口調には、嫌悪を隠さず、恩人について語る時には親愛を込めて。 きっと、その僅かな違いは、水鶏でなければ気付かなかっただろう。余りにも軽く語られるので、その過去の壮絶さを聞き流してしまったかもしれない。 「……君の両親は、どんな人だったんですか?」 踏み込んだ質問だとは理解していた。このようなことを訪ねられるほど、自分とハヤテとは親しくない。だが、きっとハヤテが答えてくれる事も、なんとなく解っていた。 「どうしようもない人たちでしたよ。呼吸をするように人を騙して、悪い事をしてるって自覚すらなかったんだと思います。 あの人達は子供だったんですよ。他の人が、そのお金を手に入れるのにどれだけ苦労をしているのか、理解しようともせず、なんとかなるさ程度の気持ちで、誰かの人生を台無しにしたり、あまつさえ自分の子供をすら、お金の為に売り飛ばしてしまうような……ね」 「それは、本当の話なの?」 ハヤテは微笑みを崩さずに頷く。水鶏は頭に血が上るのを感じた。 「なぜ笑っていられる……!!」 「だって、そのせいで、そのお陰で、僕は掛け替えのない出会いを得る事が出来たのですから。 命を救って、もらって、共に学校にまで行かせてもらって。 そんな、この生涯を費やしても返しきれないほどの恩を受けて――忙しかったけれど、それは本当に幸せな時間でした。 ……でも……いいえ、これ以上はやめておきましょう」 水鶏は、挙措の隅、言葉の端から相手の事を知り、同調する。 だから、その学園生活がどれほど幸せだったのかは、胸に満ちる暖かい物に触れるだけで推し量れる。 だが、彼女は知っている。 先日の空襲を受けた場所の内、最も被害を受けたのは、軍の基地へのテロの余波を受けた、彼女が住んでいた小さな町だったが、それともう一つ、この国の未来を背負ってたつ若人達の学び舎も、その標的とされていたのだ。 かつての栄光は、瓦礫と硝煙の香りに包まれた地獄に化し、その時授業を受けていた生徒は、その殆どが犠牲となった。先程、彼は「共に」学校へ行ったと言っていた。ならば 「その、君の恩人は」 「そう言えば、貴女はどうしてここへ?」 質問を重ねようとした水鶏の声を、ハヤテの声が上書きする。 『生きているのか』という問いは打ち消されたが、それだけで質問に対する答えとしては充分だった。 ――成程、この男は二度、絶望を味わっているのか。水鶏は思わず自嘲してしまう。 何が不幸だ。ただ一度、あの地獄を生きたからと言って、何を増長している。 私はただ日常から絶望に叩き落とされただけだ。「その程度」で、この男と比肩しようなどと、おこがましいにもほどがある。
「いえ、ただ私はコレを弾ける場所を探していただけ」 これ以上の詮索は無粋に過ぎると判断して、水鶏は肩にからったケースを指した。 「へえ、チェロとは、随分と珍しい楽器をお持ちなのですね」 「まあ、上手くはないんだけどね。私の数少ない趣味。実力的には、そうね。マ○オさんと、し○かちゃんを足して二で割ったくらい」 水鶏は頬を掻いた。彼女が人前で演奏しないのは、自分の実力に自信が無いからである。 練習はしているのだが、ほぼ独学であるが故に上達は遅く、今は精々簡単な曲を弾ける程度だ。比喩表現にヴァイオリン二大迷奏者の名を借りたのは、とりあえず彼らに比べたら幾分マシに見えるだろうと言う、かなり情けない見えの為だった。 「お聞かせ頂いても?」 「……」 「朱鷺戸さん?」 正直、かなり気恥かしいのだが、先程色々聞かせてもらった手前、無下にするわけにもいかない。 「良い物じゃないわよ」 「それでも、お願いします」 「……解ったわよ。弾けばいいんでしょう。弾けば!!」 水鶏は半ばやけくそになってチェロケースを開く。 「素敵な楽器ですね。しっかり手入れされています」 「まあ、下手な分、それくらいはしてあげないとね」 「余り自分を卑下なさらず。少なくとも、普段聞こえてくる演奏は、中々のものですよ」 「そりゃどうも。……って、え?」 ハヤテはあたかも、これが初めてではないと言っているようである。 「君って、いつもここで勉強してるの?」 「ええ、いつもこの時間帯に聴こえてくるので、どなたかと気になっていたんですよ」 それって、なんか、なんとなくだが、ずるいんじゃないか。と水鶏は思った。 「ハイハイ、つまり君に対して今更緊張した所で滑稽なだけってことね。じゃあ、気楽にいかせてもらうわ」 「はいもう、存分に、緊張が取れないようでしたら、僕の事は野菜だと思って下さって結構です」 「それでは、お静かに、南瓜さん」 「ちなみにジャック・オ・ランタンって、もとはカブなんですよ」 「そして私は大根ってところかしら。役者じゃなくて演奏者だけど」 軽口を鼻で笑い飛ばして、弓を手に取る。 人前で、こんなに気楽に弓を持てたのは初めてだった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.10 ) |
- 日時: 2012/12/21 17:05
- 名前: ピアノフォルテ
- >きはさん
どうも、お久しぶりです&突っ込み有難うございます。 確かにずぶ濡れの部分はおかしいですね。修正掛けました。 溺れていた理由は、また別の所で明らかにしようと思って、あえて書きませんでしたが、やっぱり言われてしまいましたねw そこは、また追々と言う事で。
なお、特に不快だと思うようなところはないので むしろ厳しい意見は気持ちい(殴 ……ごほん。 これからも、続々突っ込みお待ちしております。 それでは。
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Re: 蒼の彼方 ( No.11 ) |
- 日時: 2012/12/28 14:38
- 名前: ピアノフォルテ
- 低く唸るチェロの音色。楽器の振動が、少女の体に伝わる。
あたかも自分で発声しているかのような錯覚。この魅力に囚われたのは、まだ彼女が、ごくごく普通の少女だった頃の話だ。 始まりはそう、どこかの有名な演奏家をテレビで見て感銘を受けたとか、そんな下らない理由だった。今となっては、それが誰だったのかも忘れかけているくらい、どうでも良い話だ。 重要なのは、今も昔も、彼女はこの楽器を愛している。ただそれだけの事なのだ。
そして、その日も彼女は一人呑気に音を奏でていた。
朱鷺戸水鶏。彼女が生まれたのは、ごくありふれた小さな町だった。 見渡す限りの田園。若い人間が遊ぶような施設は近くに無い。鉄道すら近くに無いと言うのは、ある意味特筆すべき点かもしれない。 クラスメイト達は、皆詰まらなさそうに自らの住まう街について愚痴りあい、休日は一時間に一本のバスを使って街まで繰り出している。 『なあ、くーちゃんもたまにゃあ一緒に遊びに行こうぜえ。折角の春休みまでこんなド田舎に籠っていたら、まるでウチのババア見たいだぞ』 『誘ってくれるのは有難いのだけれど、今日は用事があって』 『毎日縁側に寝転がって船を漕いでる奴が、忙しいなんて言っちゃいけねえよ』 『今日は、本当に……家族でお花見に行くから』 『くーちゃんはどうせ花より団子だろ?なら向こうで美味いもん食おうよ』 ただ、朱鷺戸水鶏という少女に限っては、田舎臭くも自然に溢れたこの場所を、それなりに気に入っていた。本当は両親は外出を簡単に許可してくれるし、彼女の言う美味い物を食べに行く事も悪くは無いのだが、しかしこの町で家族と見る桜の美しさと比べると、どうしても後者の方を取ってしまう。 一部の人から、そんな態度について『付き合いが悪い』と忠告されて以来、多少は気に掛けるようにしているももに、電話の向こうの少女は気心しれた幼馴染である。向こうは向こうで、一応連絡をしたと言うだけで、そこまで強制しようという気配は伝わってこない。 『本当に、ごめん』 『……ま、しゃーねーな。んじゃ、まったな〜』 『うん、また始業式で』 あっさりと電話は切れた。 幼稚園から高校までを、共に過ごした大切な幼馴染の声は、どこまでも気軽だった。 折角の誘いを断ってしまったことに少しだけ罪悪感を覚える。けれど、それは長く続かない。 「水鶏ー。お友達、なんの用だってー?」 台所から、彼女の母の声がした。油で何かを上げるぱちぱちという音。揚げ物料理は母の得意料理だ。 「ううん、何でもない。……あ、美味しそう」 臭いに釣られて、台所の隣に立つと、丁度唐揚げが完成した所であった。 水鶏は、キッチンペーパーの上に置かれた山の一番上を指で掴んで口に放り込んだ。 「やめなさい。女の子がはしたない」 「熱っ、でもウマっ!!……もいっこ。あっつ!!」 「聞いちゃいない。本当に貴女は花より団子ねえ」 つい先程電話越しにも同じ台詞を言われた気がしたが、楽しみにテンションの上がりまくった水鶏にとっては些事でしかない。続いて三つ目に手を伸ばし、更に四つ目―― 「こらっ、お弁当の分が無くなるでしょうが」 と軽く母に小突かれなかったら、きっと彼女はこ唐揚げの山を一人で制覇していたに違いない。 「いやー。母さんの料理は魔性だね。流石朴念仁の化身みたいな父さんを籠絡しただけはあるわ」 「ええ。男を掴むには胃袋を掴めってね。お堅い男子もこれでイチコロ。弟子に入る?」 お茶目にウインクする母に向かって、水鶏は堂々と胸を張る。 「遠慮しておくわ。私は食べる専門だもの」 「ま、暫くはそれでも良いけれど、いずれはみっちり扱いて上げるから覚悟しなさい」 「あら、これでも料理は得意よ。お湯を入れて3分待ったり、ノブを捻って暖めるだけなら、きっと母さん以上に得意だと思う」 「この子は、なにを自慢しているのやら……」 「へっへへーん」
ぱっぽー。ぱっぽー。 時計から出てきた鳩が鳴いた。じきに父が起きる時間だった。 「ん、あの人達、起きてきそうだから、トーストと珈琲。準備しといてノブを回すのは得意なんでしょ?」 「オッケー。因みに、珈琲を淹れるのも得意だったりするのだ。あ、豆は何が良いかな」 「あ、これでお願い」 ひょい、と渡されたパックに、水鶏は目を輝かせる。 「こ、これはブルーマウンテンのストレート!! ケチな母さんがポンとこんなもの渡すなんて……きょうは雨でも降るんじゃない!?」 「やかましい。早く消耗しなきゃ、良い豆は逆に勿体ないのよ」 「つまり、ケチケチしすぎて、使いきれなくなりそうだ。と。……母さんらしあたっ」 「いいから早く作りなさい」 「はーい……いつつ。綺麗に入ったわ……見事」 脇腹を小突かれ田衝撃に、呻きながら水鶏はこりこりとハンドミルを回す。 これが挽き終わる頃、ようやく父が来て、その少し後に、弟が来て、朱鷺戸家の楽しい一日が始まるのだ。 ふんふんと鼻歌交じりに、水鶏はハンドルを回した。
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Re: 蒼の彼方 ( No.12 ) |
- 日時: 2013/01/09 09:06
- 名前: ピアノフォルテ
- ――満開の桜。舞い散る花弁は、地に着くと同時に、深き朱に染まる。
一体、どこで間違えたのだろう。確かに、人生の全てにおいて、全く罪が無いとは言い切れない。だが、所詮子供の悪戯程度の悪事。普通なら笑い飛ばされるか、精々が父親の拳骨一発で済むものだ。 それは、地に横たわる父や母。弟。それに近隣の住民たちも同じだろう。 例え水鶏が法で裁かれるべき悪人だったたとしても、与えられた罰としては余りに大きすぎただろう。
――はらりと風に揺られるようなさり気無さで、散ったのは花弁だけでは無かった。
つい今朝まではいつも通りに家族で団欒して、近所まで桜を見に出かけ、そして笑いあっていた。 それが今となっては、物言わぬ塊に成り果てている。 余りにも気軽に、愛する者達が奪われた。 唐突な暴力。理不尽な蹂躙。この世には、そんな原始的な物が転がっているのだと、水鶏はこの時初めて理解した。 「――――」 乾いた唇からは呻き声すら漏れ出ない。涙もとうに、枯れ果てた。 冷たくなった肉体の上に、ボロのようにして棄てられた水鶏の体。顕わになった柔肌を、隠そうともしない。 操を大切にしようなどど贅沢な感覚は、つい先程暴虐の限りを尽くして破壊されたばかりであった。 生きていれば、必ず幸福になると誰かが言っていたけれど、彼女にとって、生とは苦痛でしかなかった。こんな世界を見せつけられるくらいなら、きっと殺されていた方が幾分幸せだったに違いない。 だが、自ら死に歩み寄る気力すらも起こらなかった。 何もかもがどうでもよかった。
見上げれば蒼い空。 それを美しいと思う事は、きっと未来永劫有り得ないのだろう。
◆
――それから、今。 彼女は女らしさを棄て、有るがままに流されてここにいる。 軍人の卵として立候補したのは、身寄りの無くなった彼女にとって、お国に養ってもらうのが一番手っ取り早く飯にありつけるからであり、そこには憎悪すらも無い。 朱鷺戸水鶏という女は、そうして取りあえずの生を甘受していた。 「はい、お終い」 もの悲しいソロが終わる。 あの日から一歩も前進していない腕前だが、そもそも彼女はこれ以上を目指そうとすらしていないのだから、当然である。 「ね?大したものじゃなかったでしょ」 水鶏は肩を竦める。おどけた笑みには、今しがた彼女の内で振りかえられた壮絶な過去にたいする辛さなど、微塵も感じさせない。 「僕には、貴女がどうしてそのような顔を出来るのか解らないけれど」 誰もが見逃す些細な空気の変化を、ハヤテは感じ取っていた。 水鶏ほどの才覚は無い。しかし人の意を汲むのに充分な機微を、彼は有している。と、そんな面倒な説明など必要ない。彼が彼女の痛みを理解出来たのは、単に―― 「ただ、いつか貴女が女性らしく笑える事を、心より願います」 そっと、ハヤテは水鶏を抱き、背中をさする。 「いきなり何を……」 「寂しいなら、そう言えば良い。僕は役立たずの唐変朴ですが、せめて誰かに優しくするくらいは赦して欲しい」 水鶏は取り乱して、まともに思考出来ない。 彼女にとって、男に抱かれると言うのは、名状しがたいトラウマであるにも関わらず、嫌な気持ちにはならなかった。 空っぽの心に、じわりと何かが染み込んでくる。 「涙が止まるまでは、こうさせて下さい」 「――あ」 ハヤテに言われて、ようやく彼女は自分が泣いていることに気がついた。 そんなものを、まだ流せるなんて彼女自身思っていなかった。 何故流れているのか解らないので、止めることも出来ない。 その涙は、かつて少女だったことの名残であり、これから少女になることへの先駆けでもあった。 「良かったら、聞いてくれる?私の話を」 過去を誰かに話そうとするのは、初めての事だった。 楽しい話ではないし、第一、話したいと思った事すらなかったのに、なぜこの時そうしたいと思ったのか、この時の水鶏にはまだ理解できなかった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.13 ) |
- 日時: 2013/01/15 22:15
- 名前: ピアノフォルテ
- 第三幕「男と女」
さて、ここまでが少女、綾崎 飛鳥の産みの母。朱鷺戸水鶏を主観とした語りである。 しかし、その目線だけで父、綾崎ハヤテを表現することは難しい。 故に、ここから先はそれとはまた別の目線も交える必要がでてくる。そして、それこそが、この物語の本領なのである。彼ら2人の物語は、この観測者から見た時には全く別の様相を見せる。
「――と、まあここまでは割とロマンチックなお話なんだけどね」 「うん。歯が浮きそう。父さんが素敵な人だとは思うけれど、所詮それは恋する乙女から見たからよね。今のお、かあ、さんはどう思っているの?」 こういう、歯に衣着せぬ物言いは、誰に似たののだろうか。 懐かしさに、母親は微笑む。そこに、遠き日の少女の姿を重ね見た。 「近くで見ると悲劇。遠くで見ると喜劇。って言葉は知っているかしら」 「知らないけど、何となくは解るわ」 少しだけ本当に理解して、しかし大部分はおませな見えを張って少女は頷いた。 「それと全くの逆。本当はとても悲劇的なのに、当人たちはそれを喜劇のように思っていた。あるいは、そうせざるを得なかったのかもね」
◆
――男の人生は、常に金と血に塗れていた。 物心つかぬころから悪事に手を染め、それが悪い事だとも知らされず。むしろそれを奨励されて生きてきた。 三つ子の魂百までというなら、彼の性根を形成しているのは、きっと悪だろう。 一体、彼が生まれたことで、何人の人間が汗水流して得た金を失ったか。何人の家族が路頭に迷ったか。
善と悪の分別ができるようになったころには、両手で数えて余りあるだけの人間に不幸を振りまいていた。 それを思う度に、彼は良心の呵責に苛まれる。 死んでしまえばと、思う事もあった。 だが、彼は知っている。自分に本当に危機が迫った時に、自分がどのように危険な思想を働くのかを。
――誘拐。恐喝。
生きる為に取った最後の手段。 彼に悪党の道を叩きこんだ両親を、あざ笑う事も出来はしない。 あの日、彼は綾崎ハヤテという人間の根幹を、理解してしまったのだ。 だから、その罪を贖う為に、彼の命を救った少女を、命がけでも守ろうと誓った。 例えその変わりにこの身が滅びようとも、悪と、鬼畜と罵られようとも、ただその為だけに生きようと。 それだけが、彼に残された唯一の「善」の道だった。 しかし、その少女の命は、全く理不尽極まりない暴力によって奪われた。 崩れる校舎、瓦礫の下敷きになった小さな少女の体。 床に広がる、致死量を遥かに超えた赤い液体を見て、ああ、この男の人生はここで終わってしまったのだと、ともに崩れゆく校舎の中で果てようと諦めた。
だが、どういうわけか彼は生きていた。 体の頑丈さ故か。それとも幸運だったのか――あるいは不運というべきか。 兎にも角にも、綾崎ハヤテは五体満足に生き永らえてしまった。しかし、その世界には有るべき人の姿は無かった。――だから、取りあえず彼は考えるのを止めることにした。 そうせねば、発狂してしまいそうだった。 ああ、地上とはどうしてこうも悲しいのかと。その嘆きだけを最後の感情として、彼の心は死んだのだった。
病室の窓の外に広がる蒼穹には、雲一つ無かった。 ああ、あそこには、苦しみも何も無いのだろうか。いつか鳥のように、あの空を駈け巡れたら――
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Re: 蒼の彼方 ( No.14 ) |
- 日時: 2013/01/21 02:29
- 名前: ピアノフォルテ
- そして、男は空を目指してここに在り、自分の写しのような女と対面している。
「辛かったのですね」 女の話は、凄惨を極めた。子供として大切なもの、女として守るべきものを奪われた。 それに返す言葉として、同情は行き過ぎている。これからの人生への励まし見当違いだ。 だから、ハヤテは一言。ただ女の悲しみを認める。それだけの感想を漏らした。 「うん、そうだね。きっと君の言う通り」 私は辛かったのだろうと、水鶏は振り返る。 だが、それは所詮過去の話。今の彼女は、その時の慟哭さえもまるで他人事のよう。 「大丈夫。今はもう、痛いとも思わなくなったから」 虚勢ではない。天気の話題でもするように、極めて自然に水鶏は言った。 それが、何故だかどうしようもなくハヤテを苛立たせた。 「それは間違っています」 本来なら立ち入りすぎた糾弾。ハヤテはしまったと顔を顰めた。一時の衝動でこのように発言してしまうのは、珍しいことだった。ここで言葉を取り消してしまうことも出来るはずだった。しかし、どうしてもそうできずに感情に振り回されている。 結果、ハヤテは眼をそらすことも叶わないまま水鶏を睨み付けるかたちになる。 当人にはそのつもりがなくとも、水鶏からすればそれは厳しい視線に写った。 「どう違うと?」 嘲笑交じりになったのは、焦りの裏返しだった。 「それは――」 「ようよう、ご両人。休日の逢瀬とは憎いねえ。だが、世の中壁に耳あり、障子に目あり。忍んで会いたいのなら、こんなに目立つところにいちゃいけねえな。見せたい、ってんなら話は別だが」 ハヤテが言いかけるのを、女の声が遮った。 「朱音。出かけたんじゃなかったの?」 「ちょいと忘れ物を取りに。そしたら面白いことやってるじゃありませんか。ささ、どうぞ私めには構わず、そのまま続きを」 ニヤニヤといやらしく微笑む朱音。 「覗きって、最低よね」 「いやいや、この年になると、若者をからかうのだけが楽しみでねえ」 「そういえば、皺が増えたものね。貴女」 「え、まじで?」 「嘘よ」 ついつられて、水鶏がいつもの調子で返す。 「……」 呆気にとられていれるハヤテに、朱音はウィンクを投げかけた。 「ちょいと旦那様。これから俺は、このマブに詳しぃく話を聞きたいから、茶の一杯でも入れてくれんかね?」 要は席を外せということだ。 女同士の話に割り込むほど、ハヤテは無粋ではない。 「貴女の怖いもの知らずで、無礼きわまるその性格は、ある意味賞賛に値するわね」 「これでも、怖いものはありますよ。ほら、例えばこのタイミングで出される美味しいお茶請けなんかはとても恐ろしくてね――ってなんで、お前はそんなに笑ってんだよ」 古いを通り越して、化石化したようなギャグに、思うところがあったのだろうか。 ハヤテは、実に可笑しそうに、しかし寂しそうに微笑んで、立ち上がった。 「緑茶紅茶、ハーブティーに珈琲。いずれに致しましょうか。お嬢様」 「珈琲」 「……って、いやおい、今のはツッコむべきところじゃないのか」 恭しく頭を垂れる姿が、妙に堂に入っている。突然のことに、朱音は出遅れた。水鶏は間髪入れずに答えたが、本当に肝が据わっているのはこの女ではなかろうか。 まあ、こと嗜好飲料については、この少女は一家言持ちなので仕方ないのかもしれない。 「インスタントで構いませんか」 「却下。豆は手挽き。抽出方法はネルドリップでお願いするわ。そうね、豆の銘柄だけは任せてあげる」 手挽きとは、当然ハンドミルを用いて豆を挽くことであり、電動ミルが時間で歯を字回転させる事件で豆の細かさを調整するのに対して、ハンドミルは機械的に隙間を調整し、挽くために、手間が掛かる反面、豆の粗さが均一になる。また、紙のフィルターではなく布を用いるネルドリップ方式は、豆の油と苦みが得やすいが、使用後に容器に入れて保存せねばならないなど、手入れが必要になるため、これまた非常に手間が掛かる。 水鶏の指示の、いかに無理難題なことか。 「我儘すぎるだろ……」 「かしこまりました」 「出来んのかよっ!?」 盛大に驚く朱音に、ハヤテは完璧なまでの笑みで答える。石像のように固く、隙のない表情。 「――執事ですから……いいえ、でしたから」 しゃう、と木の葉が揺れる音さえも聞き取れるほどの静寂が訪れた。 心地よい沈黙ではない。刺すように冷たい空気が満ちている。 これから次第に暑さを増していく季節だというのに、気を抜けば沫肌が立ちそうだった。 ハヤテがどこかに消えるまでの間、水鶏と朱音は一言も発せられなかった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.15 ) |
- 日時: 2013/02/04 01:01
- 名前: ピアノフォルテ
- 「気障な奴。似合ってねえっての」
朱音は背もたれに体を預けて、天井を見上げる。 古くなった蛍光灯はじらじらと明滅していて、羽虫が慌ただしく行きかっているようだった。 「……ち」 舌打ちして、目線を元に戻し、水鶏と目が合う。何もかもを見透かす漆黒の瞳が、朱音を映していた。治まりかけていた寒気が、再び背筋を撫でる 「大丈夫?」 水鶏の澄まし顔が、朱音の神経をさらに逆なでする。 解っているくせに、と怒鳴りたくなるのを寸での所で堪えた。 「ああ。……なあ、吸っても良いか?」 ポケットをまさぐり、煙草を取り出す。吸うようになったのはつい最近だ。遊びの無い生活が続くため、この寮生活では、この程度の悪事は黙認されている。 そのため、朱音を含めて、訓練生の過半数が喫煙者であるが、少数派の内一人が水鶏であった。水鶏いわく、「なんか男臭いが嫌い」らしい。 水鶏は僅かにだけ顔を顰めたが、頷いた。 「悪いな」 煙草をくわえ、火を付ける。ライターのささやかな暖かさが、身にしみた。 煙を吸い込むと、つんときついタールとメンソールの刺激が肺を満たす。煙草を美味いとおもったことは無いが、この感覚に身を任せている時だけは落ち着いて呼吸が出来る。
紫煙が、濛々と2人の間に漂う。「見えすぎる」水鶏を相手取るのに、もしかしたらこのもやは丁度良いのかもしれない。最も、水鶏は物理的にだけで見ている訳ではない。そのため、意味は殆どないのだが、とりあえず気休め程度の役目は果たしてくれる。 「何となく、解った気がしたよ。お姫様があいつに惹かれた理由って奴が」 「ふうん?」 ため息と煙を同時に吐き出す。濃くなった靄が水鶏の表情をより曖昧にした。 「あんな声が出せるのは、心が死んでしまった奴だけだ。具体的なことはまではお前さんじゃないから読み取れんが、それなり以上の経験をしてきたんだろうな」 慟哭に果てがあるのだとしたら、その感情は恐らく虚無、諦観の類。まさしく先程ハヤテが見せたものだ。 人の悲しみを知るには、自らもまたその痛みを経験せねばならない。風邪をひいたことの無い人間に、風邪の辛さが想像できないのと同じである。それを逆手に考えれば、この世で最大級の悲しみを経験した人間がいたなら、その人物はきっと誰よりも優しい人間だと言うことである。 「姫の痛みを本当に理解してやれるのは、きっとあいつだけなんだろうさ」 「あるいはそうかもね。きっとあの人は、私なんかよりよほど辛い目にあっているもの」
家族を殺され、自らも操を奪われた女。水鶏の内に抱えられた闇は、彼女の友である朱音をしても計り知れない。だから、朱音は本当の意味では、水鶏の傍にいることが出来なかった。 つまるところ、水鶏は今まで孤独だったのである。きっと、彼女は、自身でさえ気付かないと事で誰かからの理解を求めていたのだ。 だから、彼女と同じ、或いはそれ以上の悲しみを持つ人間に惹かれた。 「だけど、本気で惚れているならやめておけ」 「何故?」 水鶏は、首を傾げた。愛らしい動作の似合う少女の筈なのに、どうにもその演技臭さが薄気味悪い。 「ああいう輩は、きっと早死にする。アイツは、生きる気力が無いんだ。いや、それどころか死に場所を探しているように思える。全うに幸せになりたいなら、もっとまともな奴を好きになれ。 初めはごっこ遊びでも構わないんだ。誰かと共に生きて、ガキを産んで……頑張っていれば悲しみってのは、その内消えちまうもんだからさ」 「まるで経験した様な言いようね」 「あれ、言って無かったっけか。俺の旦那は馬鹿なやつでよう。まだろくに金も稼げねえのに俺を抱いて――まあ、ちゃんと避妊しなかった俺も俺なんだけどさ。若気の至りで赦されればよかったんだけど、子供が出来ちまって。 しょうがねえってんで、親の反対を押し切って産んでさ。周りの目は厳しかったけど、まあこいつらが可愛いのなんの。ほら、写真も前見せただろ?」 「てっきり姉弟かと。無駄に愛情を感じるとは思っていたけど、まさか貴女の実子だとはね」 水鶏は驚きを隠しきれていない。朱音は楽しくなってかんらかんらと笑った。 煙草を携帯灰皿でもみ消す。濃くなっていた靄が少しずつ晴れ始めた。 「なんだ。お姫様の超能力も結局細かいとこまでは解らないんだな」 「だから、私は何となくしか解らないんだってば。あまり化物扱いをされても困る」 「悪い悪い。……あ。でコイツが今年で2歳になるんだけどな。名前は聡(さとる)って言って――」 「惚気は聞きあきた。てか、そんなに可愛いならこんな所で体鍛えてないでさっさと地元に帰った方がいいでしょ」 しっしっと水鶏は手をひらつかせる。 「それがそうもいかないんだよ。ほら、さっき旦那の話をしただろ?あいつは本当に馬鹿だけど筋は通った奴だったんだ。俺に子供が出来たと知った途端、学校を辞めて働きに出てくれたんだよ。学が無いから二束三文で過酷労働を強いられるようなところだけど、でもそのお陰で俺達はなんとか今まで生きて来られた。 ソイツがさ、このまえの空襲に巻き込まれて死んじしまった。爆撃で壊れた瓦礫から、俺と聡をかばう為にさ」 あっけらかんとして朱音は語る。だが、そのどこにも深い悲しみはない。 「悲しくなかったの?」 「ん、最初はそりゃ悲しかったよ。これでもかってくらい泣いたね。けどさ、俺はあいつに救われて、俺が守ってやらなきゃならない奴も生き残ってくれた。だから、俺は意地でも聡を生かさなければならないんだよ。その為には一定以上の金がいるんだ」 「両親は助けてくれないの?」 「俺の親は2人とも空襲で負った怪我で、まともに働けなくなっちまってる。だから、今は聡の面倒を見てもらってる。 旦那の親は……俺はあの人達に恨まれてるからな。助けてなんかくれないし、あまつさえ聡を引き取った後は俺とは合わせないなんて言いやがるから、こっちから絶縁宣言してやった」 へへ、と朱音は鼻の下を指でこすった。 「強いのね」 水鶏はそう呟きを漏らした。 「おうよ。母は強し、だぜ。……だから、悪いことは言わない。あの男だけはやめておけ。 恐らく、あいつは何も残そうとさえしないだろう。あいつの傍にいても、喪失で終わってしまう。そうなったら、辛いのはお前なんだぞ」 今はもう煙は消え、再び水鶏の姿が精細に見える。 「大丈夫よ。そもそも、私のこれは興味であって、好意ですらないのだから」 おどけた笑みを浮かべる水鶏。朱音も微笑み返す。 「だったら、惚れないように気を付けろってことで」 「了解」 ぱん、と水鶏が手を打つ。この話は終り。という事らしい。確かに、暗い話を続けていたら気が滅入る。折角の休日。ここはもっと楽しげな話題に華を咲かせるべきだろう。 となると、茶が欲しいところである。見れば、丁度お盆を片手で持ったハヤテが入ってくる所だった。 「お、ベストタイミング」 ぱちん、と朱音が指を鳴らした。
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Re: 蒼の彼方 ( No.16 ) |
- 日時: 2013/02/04 18:39
- 名前: ピアノフォルテ
- あけましておめでとうございます(テラ遅)
以前は、不適切な描写をしてしまってすみませんでした。通報して下さった方、有難うございました。これからのより一層の精進をお詫びと代えさせて頂きたいと思います。 今回の作品は、汚い部分を書ききるつもりなので、ギリギリセーフな表現も多用するかもしれません。出来る限り抽象化はしますが……不快に思われたら、ご忠告お願いします。 目指すは以前書いた、まどマギクロス以上のハードボイルド!!
P.S 止まり木お絵かき掲示板に水鶏のバストアップを掲載してみました。 絵もまだまだ修行が必要ですね。
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Re: 蒼の彼方 ( No.17 ) |
- 日時: 2013/02/09 23:59
- 名前: ピアノフォルテ
- 第四幕「罰の形」
そして、また別の休日。
綾崎ハヤテを視界に入れる生活、とは否応なく様々なイベントに巻き込まれる、ということである。 ハヤテを近くから見ている水鶏と朱音はもちろん、他の訓練生たちからも、それは共通の認識として浸透している。初日のいじめ事件は当然として、アウトローを装っている割に、成績はトップという矛盾した一面。 そして、犬も歩けば棒に当たるの頻度で降りかかる不幸の数々。 人気のない田舎町道で車にひかれたこと、実に3回。どこかから現れたガラの悪い大人に絡まれたこと、実に4回。そのほか小さなアクシデント、数知れず。 いずれの事象でも軽症で済んでいるのが奇跡であった。 いじめが鳴りを潜めたのも、敢えて手を煩わせるまでもなく、勝手に不幸を呼び寄せるからなのだろう。後ろ指さして笑いたかったら、その天罰とでもいうべき様を眺めてさえいればいいのだ。 イベントとはもちろん不幸なもの以外も含む。 噂によると、町できれいな女の子を引っ掛けている姿も目撃されている。 彼のアウトロー気質にひかれる馬鹿な女もいるということだろうか。とにもかくにも、話題に事欠かない男である。
「……おお」 そして今、水鶏はハヤテに関する逸話の、最たるものを見ている。 量の門の前に止められているのは、黒塗りのリムジンだ。庶民感覚からすると趣味が悪いその車から出てきたのは、同じく真っ黒に染められたスーツに身を包んだガタイの良い男たちである。 寮生達の喧騒が、部屋まで聞こえてきていた。まだ朝早いこの時間では、遊びに出かけている輩は少ないようだった。 「どっかのお偉いさんでも来てんのかねえ。てか、アイツ何かやらかしたのか?」 朱音も興味津々だ。黒服たちの眼光に見つからないように、カーテンの隙間から覗いている。 そして一般人なら足がすくむような、男たちの前に立たされているのは、ほかでもない綾崎ハヤテであった。 「度胸あるなあ、アイツ」 朱音が呆れてつぶやいた。 男たちとハヤテは、なにやらもめているようだった。体格差を考えれば、食いつくのは得策ではないだろうに、彼は頑なに首を振っている。 男のうち一人が頭を書いて、やがてあきらめたように車のドアを開いた。 中から現れたのは、時代錯誤なメイド服に身を包んだ女性だ。恰好はともかく、身のこなしには、高貴さを感じられる。 「畜生、聞こえねえ、オイ、近づいてみるか?」 返事はない。先ほどまであった水鶏の姿は、完全に消えていた。 「相変わらず早いな……ま、コソコソすんのは俺も性に合わねえし」 今度は朱音が頭を描いた。
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Re: 蒼の彼方 ( No.18 ) |
- 日時: 2013/02/22 12:38
- 名前: ピアノフォルテ
- 「おお……すげえ美人だ」
「ええ、横に並べられるのは勘弁ね。私達では三枚目の役にしか立たなさそう」 門前に到着した時、まず、朱音と水鶏の関心は、ハヤテと相対している女に対して向けられた。 服装は時代錯誤で奇抜な、フリルに彩られたメイド服だ。しかし、コスプレじみた格好を着こなしているのは、女の容姿が人並み外れた物だったからだ。 背筋を伸ばし、たおやかに立つ姿。卵型のなだらかな顔の輪郭。彫刻のように整った鼻梁。純真さを感じさせる深い栗色の、ややウエーブ掛かったロングヘアは、後ろで丁寧に結われている。 それら全てが大人の女性の魅力を醸し出しているのに、白い顔に添えられた、丸く大きい目のおかげで、同時に少女の様な可愛らしさも兼ね備えている。
「何度も言うように、僕には、お嬢様に言葉を掛ける資格なんて……ありません」 「そもそも、その罪の意識こそが間違いなのです。ハヤテ君に咎められるべきものなんて、何も無いのですよ。 むしろ、一番の被害者はハヤテ君なのに……。なのに、何故、そこまで自分を追い込もうとするのですか」 「ちがう。僕がいたから、お嬢様は未来を奪われたんです。 きっと、悪党の子供が、幸せを得たことへの、これは罰なのですよ」 だが、絶世の美女を前にしても、ハヤテの表情は渋い。 ちらりと、水鶏達の方を一瞥して、ため息を吐いた。 「これ以上ここで騒ぐと、迷惑になります。……帰って下さい」 ハヤテは女から背を向ける。 「待って下さい。話はまだ――」 伸ばされた女の腕を、ハヤテは乱暴に払いのける。 鬱陶しがっていると言うより、何かを恐れているかのように、それは条件反射的な動きだった。 「痛ッ!!」 女がよろける。黒服の男達が慌ててそれを支えた。 だが、歩みを一瞬止めただけで、ハヤテは振り返らない。 「すみません、お騒がせしました」 「……謝る相手が違うんじゃない?」 小さく礼をして、通り過ぎようとするハヤテの肩を、水鶏が掴んだ。 びくり、とハヤテの体が痙攣する。 「あんな綺麗な人の誘いを袖にするなんて、貴方には行き過ぎた贅沢だ」 「そそ、それに、俺たちは寮の前で騒がれても迷惑なんて思ってないぜ。むしろ、昼ドラ展開っぽい雰囲気にドキドキワクワクで、メシウマなくらいだ」 朱音も、肩を掴む。逃げられないと悟って、ハヤテが肩を落とした。 「お節介ですね……何も知らないのに」 「ま、その通りね。でも、貴方はあの女の人を突き飛ばしてしまった事を、後悔しているってのは解る」 ハヤテの目が少しだけ見開かれる。水鶏は、やはり、と心の中でほくそ笑んだ。 この男の思考が理解出来たのは、初めてだった。 「どうしてそう思うのですか」 「だって、私は突き飛ばされずに済んだじゃない」 肩を掴んだ時の一瞬の痙攣、あれは、ハヤテが反射的に体を動かしてしまうのを自制した為に起きた物であったことは察しがついた。 それに、『流れ込んできた』哀しみの感情。そして普段の彼の、お人好しな性格を総算すれば、女性を無下に扱っておいてどう感じるかの答えなど、掛け算の九九より単純だった。 「本当は謝りたいのに、そうしないってことは、それすらも赦されないと思っているからかい?……大したモンだ」 「違う」 「ならば、君は何故そんなに悲しそうな表情をしている。今にも泣きだしそうじゃないか」 水鶏は僅かな表情の差さえ見逃さない。ミリ単位以下の僅かな差。微かな顔の筋肉の動き、或いは表情以外の僅かな挙措の違い。それは、例えばいつもより僅かに狭く、しかし早足になった歩き方。 ――だから、水鶏は断言する。 「被害妄想で落ち込みたいなら、余所でやれ。そう言われるのが嫌なら、向き合ってみろ」 「……好き放題言ってくれますね」 ハヤテの声が低くなる。 「まま、落ち着きなさいよご両人。何処かに誤解があるかもしれないわけだし、取りあえず、差し出がましくなければ、お話をお聞かせ願えませんかね。 よろしいですか?えーと、あ、私は小林朱音。んで、こいつが」 「朱鷺戸水鶏であります。見苦しい所をお見せして申し訳ありません」 「俺――私達は、綾崎氏とは同じ訓練を受け、苦楽を共にしている仲間であります。 今回は、何やら彼がもめていたようですので、行き過ぎた真似であるとは思いましたが、首を突っ込ませていただきました」 朱音が不穏な空気を打ち消す為に口を開いた。 一度火が点いたら厄介という点では、ハヤテと水鶏は良く似ている。 「えっ、えー。私はマリアと申します。三千院家が跡取り、三千院ナギの下でメイドをやっていた者ですわ。 話の内容については……少なからず我々の重要機密に触れますので――」 「話してあげても良いんじゃないですか?彼女たちも、あのクソジジイの被害者なんですから」 「ですが」 「この訓練を始めさせた立役者についてくらい、どうせいずれ解る。そもそも、あのジジイは目立ちたがり屋だから、放っておいてもいずれメディアでペラペラしゃべり始めるでしょうよ」 「……しかし、貴方の意志は」 「それに、尊重されるべき価値なんて、有りませんよ。今ここにいる時点で、僕はあの爺と共犯です。彼女たちが知りたいというなら、貴方で無くとも僕自身が、罪人の義務として全てを話すだけです」 ハヤテの言葉に、マリアは、困ったように視線を泳がせ、やがて水鶏達を見据える。 「あまり気持ちのいい話ではありませんが、聞きたいですか?」 「ええ、お願いします」 水鶏が即答した。 「つい今しがた、ハヤテに向かって目を逸らすなって言った……私達が、中途半端に引きさがったら、恰好付かないですしね」 朱音も、頷いた。 マリアは柳眉をハの字にしてしばし黙考し、「良いでしょう」と言って表情を厳しく改めた。 「ハヤテ君から話をさせると、偏見が混じりそうですしね。私から説明させて頂きます」 良く響くマリアの美声。しかし、その声音は何処までも重々しく、悲しげだった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.19 ) |
- 日時: 2013/02/27 22:31
- 名前: ピアノフォルテ
- 「すでにご察しの事とは思いますが、私とハヤテ君が従属していた三千院家とは、石油王、三千院帝様を筆頭とする三千院グループを指しています」
世界でも指折りの富を持つ名家。その貯蓄量は、比喩では無く札束のプールで泳げる程だと噂されている。この国に暮していれば、嫌でも耳にする名である。 以前、ハヤテが自分の事を三千院家縁の者だと嘯いた事は、記憶に新しい。だが、黒塗りのリムジンとSP達を背景にして語られると、水鶏達の想像を超えてそこが遠い場所だったのだと改めて思い知らされる。 貧相な顔のハヤテが働くには、余りにもアンバランスだ。或いは歯に衣着せずに言うなら、分不相応な世界である。 そんな水鶏達の戸惑いを察したのか、ハヤテは苦笑いとも取れる様な複雑な表情をしていた。 「先の空襲で、その帝様の跡取りであり、孫娘でもある三千院ナギ様が瀕死の重傷を負いました。 辛うじて一命は取り留めましたが、後遺症で意識は戻らず、今もベットで眠ったままとなっています。 医師の方が言うには、再び目を醒ます可能性は、……限りなくゼロに近いそうです」 マリアは一旦言葉を切る。嗚咽を噛み殺し、涙を見せないように必死に気丈に振る舞っているが、再び口を開けば、言葉とともに涙も零れてきそうだった。 「跡取りを喪って、帝様は変わられました。戦争に対して、敵に対して憎悪の念を抱き、復讐の炎に身を焼かれる修羅になってしまわれたのです。 貯蔵していた財の殆どを軍事施設に寄与し、また、三千院家で保持する油田で採取される原油は直接、タダも同然の安値で国に売っています。 その代償として、国が要求されたのが、軍事の拡張でした。その一環として、強く押し出されたのが、この兵役復活という制度なのです。 さらに、上流階級の者達も徴兵から逃れにくくするために、『前例』として三千院から送りだされたのが、ハヤテ君でした。 ハヤテ君は正確には三千院家ではなく、ナギ様個人に仕えていました。そのために、彼女が再起不能と判断された時点で立場が浮いてしまったのを、帝様は利用することにしたのです。 ……表向きは、守るべき主を守れなかった事に対する罰として、実際は体の良い人身御供として……」 それでも、マリアは決して涙を流さない。彼女の矜持が、それを赦さないのだろう。 「ハヤテ君は、優しすぎるんです。 全く責のない筈の罪を背負いこんで、行き過ぎた罰を受けようとしている。罪人として、ナギから遠い場所に身を隔離しようとしている。 でも、それは間違っています。ハヤテ君に罪は無いのです。もし万が一有ったとしても、ナギはそんな事を望んでいません。 ナギは、ハヤテ君の事が大好きでしたから。きっと、傍に居てあげるだけで、それが一番の筈なのに……私はただ、ナギの傍に来て欲しいだけなのに」 後半は説明というより、必死の訴えだった。 ハヤテは眉間の皺をより一層深くした。 「万が一じゃありません。あの日は本来休校だったのに、僕がお嬢様を連れ出したりしなければ……大人しく休んでいれば、こんなことにはならなかった。」 「しかし、誰がそれを予想しうると言うのですか」 「そんなのは、甘えだ」 「違います」 「違わないですよ、僕は――」 完全に平行線をたどる会話に、水鶏が割り込んだ。 「綾崎、お前は少し黙れ」 ドスの効いた声に、ハヤテは小さく唸って言葉を収めた。 「私の感覚からすれば、こんな所で女々しくしてる方が、よっぽど甘えてる」 水鶏はマリアに向き直って、それはもう、これ以上ないってくらいの笑顔を作った。 「その車の中、人が一人横になるくらいのスペースはありますよね」 「え、は?……まあ」 なら良し。と呟く水鶏に、マリアが何が?なんて聞くだけの時間は無かった。 まさに一瞬の攻防。先ずは水鶏が朱音にアイコンタクトを送った。意図を察した朱音がまずはハヤテを羽交い絞めにしようとし――それは不発。流石と言うべきか、不意を突かれたにも拘らず、ハヤテは羽根のように地面を蹴って、その両腕から逃げる。が、慌てて動いたが故に生まれた、動作後の一瞬の隙を、水鶏は見逃さない。 「そんな飾り物みてえなモンは、いっそ潰れてしまえば良い」 「……え?」 ――通常の捕獲行動なら、恐らくハヤテはかわしただろう。しかし、躊躇い無く蹴りだされた爪先の向かう先は、余りにも容赦なく、そして常識はずれの場所だった。 「――――――ッ!?」 声にならない絶叫。 「スコアボード直撃クラスの効果音が聴こえた気がしたぜ……えげつねえ」 うへえ、と朱音が舌をだした。
――曰く、事の顛末を見届けていた男子は、その時水鶏には絶対に逆らわないよう心に誓ったと言う。
「ほい、とどめ」 地面にうずくまったハヤテに、水鶏が手刀を当てる。乱暴だが、むしろ救いだったことだろう。 「よいしょ」 水鶏はハヤテの体を持ち上げて、リムジンの中に投げ入れる。 ハヤテの体が、バウンドしてソファの下に転がった。動く気配は無い。白目を剥いて泡を吹いている姿は、無残の一言に尽きた。 「おし、おっけー。んじゃ、よろしく」 親指を立てる水鶏。 ぽかんと口を開けていたマリアが、ぼそりと漏らした。 「こんなに最低な拉致も珍しいですわね」 「言って解らないなら、この方が早いでしょう?余りにも女々しいからついイライラしてしまって……後悔は全くしていません」 「いえ、そこは少しはしましょうよ」 「ついでに言うなら、遠慮する気もありません。出来れば、我々もついて行って良いですか?彼が逃げないようにする楔役くらいは出来ると思いますが」 流石にマリアも苦笑するしかなかった。 「また随分と、とんでもない女性方に気に入られたみたいですね。ハヤテ君は。 良いでしょう。SPの皆さんはなんだか内股になってしまって駄目みたいですし。 ハヤテ君が横になっているので、スペース的には一人が限界だと思われますが、いかがされますか」 「んじゃ、俺はパス。湿っぽくなりそうだし、性に合わねえから止めとくわ」 自分が行きたい、と目線で訴える水鶏に、朱音は背を向けてひらひらと手を振った。 「あ、あの……有難う?御座いました?」 疑問符付きながらも、丁寧に頭を下げるマリアに、朱音は軽口を送った。 「本当に、有難い事にしてくれよ。こんなことが有り易かったら、綾崎のヤローは本当にタマ無しになっちまうからなー」 ふふ、とマリアが笑った。
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Re: 蒼の彼方 ( No.20 ) |
- 日時: 2013/03/03 21:22
- 名前: ピアノフォルテ
- 男臭い空間に押し込められること数時間。その間は殆ど無言である。乗り心地を追求した高級車は、車内に殆どエンジン音が聴こえて来ない。それが却って居心地の悪さを助長していた。臨んで来たとは言えど、流石に鬱憤が溜まる。
この男の檻に一輪だけ咲いている美女、マリアはというと、先程からうなされているハヤテの頭を膝の上に乗せて、心配そうに頭を撫でている。 慈しみの表情は、聖母の名を抱く彼女に似合い、それ故に神聖さを感じさせた。 その要因が、水鶏の金的攻撃によるものであることを考慮に入れると、情緒が三割程減じてはいるが。 兎にも角にも、その光景の不可侵性を感じ取ってしまうと、余計な言葉を掛けることも憚られてしまった。結局、水鶏は一言も発することの無いまま、黙して座っていることしか出来なかった。そろそろ、我慢の限界が近い。見てるだけでもこっ恥ずかしい光景を破壊してしまうのは少し惜しいが、手始めには無難な天気の話題でも振ろうか。 「う……ん……」 そんな水鶏の心情を知ってか知らずか、ハヤテがぎゅっと眉根をよせた。 もぞもぞと体を動かして、ついでに、足も内股にぎゅっと寄せた。股間を蹴られる痛みは、女である水鶏にとって理解し難いものである。しかしここまで尾を引きずるのだから、かなりのものなのだろう。 ――悪かったな。次はもう少しソフトに蹴ってやる。 本人が聴いたら、そもそも股間を標的にする考えを改めてくれと乞われそうな謝罪を、心の中で述べる。 ハヤテの目が開く。寝ぼけ眼が、意外なほど可愛らしかった。 「う、わっ!!」 横になったまま視線を巡らし、やがて状況を理解したのか、林檎のように真っ赤になって飛び起きる。車のブレーキが踏まれるのがほぼ同時だった。 「着いたのですか」 流石に不謹慎なので、水鶏は口角が吊り上がりそうになるのを必死に堪えた。 マリアが顎を縦に動かした。 「ここまで来て、逃げようなんて考えないよな」 「……」 視線をハヤテに戻す。頬からは赤みが一切消え失せて、一気に蒼白になっていた。 「さあ、行くぞ」 この落差を見て、まだ笑っていられるほど、水鶏も人が悪くは無かった。 しかし、決して甘くはしない。ハヤテの無言を強引に同意と解釈して、その手を引っ張った。 「大丈夫。自分で行けます。ここまで近くに居て、情けない姿は流石に見せられない」 ハヤテは震える唇で言った。今にも溶けて消えそうな白い貌。しかしそこに据えられた双眸には、肝を据えた者だけが宿す意志という名の光――或いは闇が茫、と鈍く灯っていた。 「……お嬢様……」 蕭、と葉が風に揺られる音のように小さく、ハヤテが呟いた。
◆
病院の個室――というより一角と呼ぶべきだろうか。広々とした病室に、不釣り合いなほど小さなベッドが一つだけ置かれている。 その上には、小柄な少女が横たわっている。 肌は荒れ、頬はこけ、華奢な肉体に似合わぬ太いチューブを幾つも体に這わせてなお、少女は美しさの名残を感じさせた。体こそまだ発育途中で貧相だったが、きっと成長したなら、マリアにも匹敵する美女になりおおせたであろう。 真実とは、空想より残酷で、美しい。計器の奏でる心拍音は無機質な電子音のビート。消毒液の刺激臭は脳をも麻痺させる麻薬。病室という、物理的には最も神聖な場所で行われる懺悔には、しかしその罪を赦す主も、行くべき道を語る導師も居合わせない。――そもここに連れて来られた子羊は、赦しを乞うことさえもしなかいのだ。 ハヤテは、ベッドの傍らに佇んでいた。唇を噛み、悲痛に顔をゆがませる。じっと痩せ細った少女の体を見つめている。 「ナギ。ハヤテ君が来てくれましたよ」 マリアが優しく語りかける。電子音のビートは、変化を来さない。 これは、奇跡の物語の一幕では無いのだ。親しき人が傍に来たからと言って、何も変わらない方が当たり前なのである。 「ほら、何か言ってあげて下さい。ハヤテ君たら、またこんな綺麗な女性と仲良くなって……。いつもみたいに叱ってあげて下さいよ」 しかし、マリアには奇跡に縋るより他に手段などない。 マリアは少女の手を取る。枯れ木の枝のようになった白い指先は、暖かなマリアの優しさを握り返そうともしない。 「ハヤテ君からも、声を掛けてあげて下さい」 涙を眼に溜め、マリアが訴える。 「お嬢様」 ハヤテが呼びかける。心拍、血圧、やはり共に変化はなし。 「……どうか僕を、僕を恨んで下さい。貴女から全てを奪った、綾崎ハヤテという男を、決して、決して赦さないで下さい」 ハヤテの瞳には、暗い焔が宿っている。その憎悪の向かう先は、自分自身。自らの尾を喰らう蛇のように、彼の憎悪は、自分自身を焼いている。 その闇は、成程誰かを憎むことしか頭に無かった水鶏では及びもつかない混沌だった。 「どうして……どうしてこんなことに」 つ、とマリアの頬を涙が伝った。 それは世の中の理不尽に向けられた訴えだ。法廷で裁かれたら10対0で勝訴になるだろう。だが、現実とは概して天秤では計れないものであり、命とは必ずしも正当な理由が無ければ、奪われてはならないほど高尚なものでは無い。 命に重さは無い。むしろ、時に羽毛より軽く、貴いとされるのは、そこに人の心という不確定要素が絡んだ時にだけ、『おもい』と錯覚されるものなのだ。 それを正しく理解できているのは、この場に居る中では水鶏とハヤテだけだ。 それぞれの理由で命の軽薄さを学んだ彼らは、故に神に向かって糾弾をしない。 だが、一般人でしかないマリアは違う。彼女は、無知さ故に、涙を流す。 人として本来あるべき姿であり、水鶏も、それを貴いと、マリアには是非そのままでいて欲しいと思う。 「マリアさんも、僕を恨んでくれて構いませんよ」 ハヤテも、同じ考えなのだ。だから、大切に思う女性に対して、そう言葉を掛ける。 貴女の愛した少女の命は、誰かの命を、殺したいほど憎いと思って良いほど、重かったのだと錯覚させる為に。 「私は――私はっ!!」 泣き崩れたまま、マリアは頭を振った。 言いたい言葉が形にならないのか、マリアは口だけを動かしている。自分だけの言葉では決して動けないほど、ハヤテが遠くに言ってしまったと、悟り始めてしまっていた。 「あのね、ハヤテ君。私達は君に感謝こそしているけれど、まかり間違っても憎んでなんかいないんだよ」 マリアの代理をするように、新たな声が病室に響いた。
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Re: 蒼の彼方 ( No.21 ) |
- 日時: 2013/03/10 15:12
- 名前: ピアノフォルテ
- まず真っ先に水鶏の目に映ったのは、薄桃色の華美な布地だった。
大きなカラーと、折り目正しく結ばれた黄色いタイが無ければ、それが学生服であるとは一見に判ずることは難しかっただろう。 そして、それを一様に揃って身に纏うは、その絢爛さに劣らぬ、端正な面立ちをした乙女たち。直立する姿に気品が感じられるのは、奇抜ながらも、学生の本懐たる純粋さを紙一重に兼ね備えたデザインによるものだけではなく、育ちの良さから来るところも大きいのであろう。 じっと、水鶏が見つめていることに気付いてか、三人の中央に立つ少女が気恥かしげにはにかむ。そこにあるのは、どういうわけか喜びの成分を含んだ笑顔。並居る男性なら、一瞬で虜にしてしまいそうな表情。 だが、水鶏が思わず「そこ」を凝視せざるを得なかったのは、乙女の憧れたる花の様な服でも、まして整った顔立ちに興味を抱いたからでもない。 むしろ逆だ。水鶏は、彼女たちの内1人、晴れやかな笑みを浮かべる少女の、欠けたパーツを、意識せずには居られなかった。 ぺたりと潰れた服の袖。覗くべき所から見えない、白い指先。 ――少女の右腕は失われていた。 「……彼女たちを寄越したのは、貴方ですか。マリアさん」 幽鬼のようなハヤテの声は、より一層色を無くしていた。 そこにマリアを責める意図はない。だが、その沈着さは、むしろ極限に達した怒りによるものである。 ――怒り?誰に。何に。 わざわざ問うて、確かめるまでも無い。激情を露わにしない、慈悲に溢れる男は、唯一の例外にのみ、憎悪を向けている。 「随分とやつれたね。ハヤ太くん」 「……泉さん」 笑顔の少女はハヤテに、確かな足取りで歩み寄る。 ハヤテは動かない。――動けない。 この少女、泉がハヤテの心に及ぼす影響は、動いて言葉を話すという点において、ナギを上回る。 歩く度にひらひらと揺れる袖。これもまた、彼の未熟さが招いた罪の形。 「良かった。まだ名前で呼んでくれるんだ」 にはは。子供じみた笑いかた。 ハヤテの目には、健気で、どうしようもなく痛々しく映る。 「……失礼しました。瀬川さん」 「あーっ。やっぱり変な勘違いしてる」 忸怩として非礼を詫びたハヤテに、泉は頬を風船のようにふくらませた。 「そうだぞ。水臭いではないか。抱きしめてちゅーの一つや二つくらいしてやれよ。そしたら喜ぶから」 「どうして年頃の娘が名を呼んで欲しいという、ビミョーな機知にかけるんだ。君は」 黒髪の少女と、水色の少女が、次いで畳みかける。 「わ、わ。理沙ちんと美希ちんのは、ちょっと聞き流していいからっ」 泉が頬を赤くする。水鶏からすれば一発なのだが、ハヤテは全く気付いた様子も無く小首を傾げるばかりである。 「別に良いだろ、減るもんでもなし。惚れてるなら惚れてると言っちまえ。こいつはタマを蹴りあげなきゃ感じねえようなニブチンだぞ」 水鶏は、面白そうなので助け船を出してやる。――否。面白そう、では生ぬるい。今心の内で首を擡げたのは、自分の罪の形から逃れられぬ男に、その罪、お前のこと愛してるぜ。なんて知らせてしまう好奇心。 精神科医が聞いたら卒倒しそうな、劇薬を投与したようなものだと言って良い。 「やにわに口を開いたと思ったら、この人は初対面の女子に対して、何を言い出すんだ」 美希が露骨に呆れた声を出す。 「マッチを擦ったのは貴女でしょう。近くに引火物がないか確かめないと、火傷するってことは、理解しておかないとね」 水鶏が飄々と肩を竦めた。 「ふむ、最低だな。是非ともその質の悪い臭水の名前を訊いておかねな」 顎の下に手を置いて、理沙が言う。敵意と好奇心の混ざった瞳が、爛々と光っている。真意はどうあれ、彼女と美希が泉をけしかけるつもりなのは、先の発言で読み取った。 「朱鷺戸水鶏。以後気をつけることね。貴女たちは?」 水鶏はウインクをした。 「お約束だが、まあ良い。私は、朝風理沙」 「花菱美希だ。ふむ。花火師に風に引火物か。……これは、確かに引火しない方が不自然だな」 目線から火花が散る様な同盟であったが、兎にも角にも目的は一致。ならば後は最善、最悪をつくすのみ。 「ていうか、そもそも私がハヤ太君の事を好きって前提は変わらないの?」 慌てて割っている泉。 その次に声を発したのは、意外にもハヤテだった。 「そうですよ。だって、僕が至らなかったこそ、泉さんはこんな……あの時、僕がもう少し早く動けていたなら、お嬢様も、泉さんも瓦礫の下敷きになんてならなかった。 今も五体満足で笑っていられたんだ……!!」 これだ。これが、ハヤテを鈍感たらしめる最大の要因。自ら罪を背負い、罰せられる者として、他人からの愛など、無い物と決めつけている。――そも、それが誰かに言い渡された罪状であるにも関わらず。だ。 ――なんと、馬鹿げた。 それが皆の共通の認識。ここにあって、ハヤテの愚鈍さを責め立てていないのは、恐らくハヤテ自身のみであろう。 故に、美希が問う。 「本当にそうか」 「ええ、それを証言してくれるのは、他ならぬ瀬川さんでしょう」 なんと、隙だらけの論法か。 勝利を確信して次は理沙が 「だったら、君は問うてみればいい。君の目の前に居る、一人の女の子に、俺の事を厭うているか。憎んでいるか、とな」 薄ら笑いを浮かべて、ハヤテが最後の問いを発する。 「問うまでも有りませんが……泉さん、貴女は僕を」 「好きだよ」 食い気味に言ってしまったのは、泉にとって、耐えがたい。まかり間違っても、優しい彼を、忌み嫌っている等とは、もう二度と口にして欲しくなかった。 「嫌い」の対義語としての「好き」それだけを伝えるならば、ほかに言いようも有っただろう。 だが、思考はそれだけの余裕を持てなかった。よりにもよって「愛」の意味を持つ言い回しを用いてしまった。抗いがたい衝動。理由説明も一切なし。 であるが故に、それが本心恋心によるものであると、ハヤテには伝わったはずだった。 「……ぁぅ」 言ってしまえば、後の祭り。ならばこそ後に引く事も出来ず、泉は赤ら顔を伏せて隠すことしか出来なかった。 「私からの補足説明が必要か?」 水鶏が、ハヤテを煽る。しかし彼は微かに瞳孔を振るわせながら頭を振った。 手応えを感じ、水鶏はそれ以上の介入を控えた。 「……」 長い沈黙。実は、砂時計が一往復するほど長くも無い時間は、永遠のようにゆっくりと流れていく。 「……もう僕には何も残っていないんですよ。 ここにあるのは、綾崎ハヤテの抜け殻。貴女の好意を受けるに値しない木偶だ」 「でも、私は君が好き。優しくて強くて、だから、ただ隣に居て欲しいと思うのは駄目なの?」 「いえ、その願いは、正当です。貴女の右腕を奪った男として、貴女を支えて行くのは道理だと思います。 ……だがら、私は貴女の傍らに肩を揃えて歩く事は、決してできないのです」 もし、泉がもっと穢れていたなら、自らの腕を言い訳に恋人であることを、強要できるような女であったなら、ハヤテの回答は違っていただろう。 それで貴女に対する罪を贖えるならと、喜んだかもしれない。 だが、彼女は一人の少女として、余りにも美しい想いで男と相対してしまった。 彼女が美しくあり続ける限り、皮肉なことに、ハヤテは決して彼女の望む形で彼女を愛してやれないのだ。 「これが、『私』の回答だ」 自己の区別の為に一人称を変える、というのは往々にしてあることだ。女性はやや当てはまらない部分も多いが、男性は割と簡素に説明できる。 もっとも多い変異は『僕』から『俺』である。誰かの僕たる『ボク』から個を意味する『オレ』へ。 そして、社会に適応し、再び歯車の一部となった時、極めて無個性な一人称『ワタシ』となる。 「でも、これだけは言わせて」 零れる涙。決定的な拒絶を受けても、泉の好意は一部とて揺らいでいない。 「ありがとうございました。綾崎君。お陰で、私は今を生きています」 「こちらこそ、生きていてくれて、本当に嬉しかった」 既に、ハヤテの足は病室の外へ向いている。 泣き崩れる泉の手は取らず、理沙や美希にも目をくれず。 彼は向かう、決意は固まった。こんな自分でも、身勝手でも誰かの命が救えるのだ。 それを知ったからこそ、彼は最も苛烈な場所を目指す。彼の弾丸が誰かの命を奪い、そして守り、いつしか彼自身の業を裁いてくれる場所を目指してひた進む。
「消し炭は、幾ら炙っても火が付かねえ、ってところか」 取り残された水鶏が嘯いた。 「言ってる場合かよ、私には、あいつが破滅に向かって進んでいるようにしか見えないが。焚きつけたアンタには、なにかフォローの手立てがあるんだろうな」 理沙の目から見ても、ハヤテの目の暗さは常軌を逸していた。 良い友だ" 率直な感想は漏らさず、水鶏にとって最も重要な点のみで答える。 「イヤ、私はあれで良いと思う」 全員が息を飲んだ。この女は、何を言っている? 「必要なんだよ。今の時代には、ああいう馬鹿が」 ――実験は、目論見とは全く違った結果だが、上々。綾崎ハヤテは、精神強度を一段階上までシフトした。 ヒトとして喜ぶべきことではないが、生憎彼女は女である事を止め、それどころか畜生にまで落ちぶれたような軍属の徒である。 「失礼。帰りはタクシーを呼びますのでお気づかいなく」 略式の敬礼の後、リノウムの堅い反響音を残して水鶏も去る。 取り残された者達は、悪女と、そこに肩を並べるまでになってしまった友人について、ただただ途方に暮れるしかなかった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.22 ) |
- 日時: 2013/03/13 18:08
- 名前: ピアノフォルテ
- 第五幕「翼を欲す」
厳しい訓練に明け暮れることは、とくに苦痛ではなかった。 汗を掻き、筋肉が悲鳴を上げている間は、他の事を考えずに済む。 むしろ安楽こそ、精神を蝕む。余裕は、過去の無力を顧みらせる。その度に押し寄せてくる後悔の念に押しつぶされそうになる。 そうしているうちに、誰よりも優れた強さを手に入れた。元々の骨格による体重の軽さは否めないが、絞りに絞り込んだ高密度の筋肉と、体に染み込ませた戦闘の為の動き。 並の人間が相手なら、赤子の腕を手折る様な気安さで、殺すことが出来るだろう。
「綾崎ハヤテ。貴様は飛空科へと配属させてもらう。 解っていると思うが、制空権の確保は我が国において最も重要だ。もし突破されれば、実質無防備と言って過言のない本土への上陸を赦すことになる。 そうなった結果は、その目で見た君になら説明の必要はあるまい。 これからは、その双肩に国民の命全てが掛かっていると思え」 いきなり呼び出され、教官に肩を叩かれた。 いつもは怒鳴り散らすばかりの大男に、期待の眼差しを向けられるのが辛かった。 自分はただ、逃げてきただけだというのに。そんなハヤテに果たして、数億の人の命を賭して空を飛べるのだろうか。――否、飛ばねばならないのだろう。 「――はっ。私の命に代えましても、この国を守ると誓います」 敬礼をすると、岩の様な拳骨で頭を突かれた。 「馬鹿者。守る者、とは例え何があろうとも生き残らねばならんのだ。 貴様が死ねば、その穴を掻い潜って敵は来るぞ」 「申し訳ありません」 正論であり、詭弁だった。戦い続けるのなら、いつか必ず命を賭す場面に出くわす。 その時、命を散らすことで最悪の結果を先延ばしに出来るのなら、きっとハヤテはそれを選択する。 口だけの謝罪。教官も気付いた筈だった。しかし、それ以上の言及はしない。彼自身、いかにそれが理想かを、弁えていた。 「飛行機の操縦は特殊故、適性に関しては実際に乗せてみるまでわからんが、恐らく君なら心配には及ぶまい。 ――君にだけ先に配属を伝えた理由は解るな」 は。ともう一度敬礼。重すぎる期待に、膝を折られそうだった。
◆
更に時は経って―― 「まあ、妥当な人選よね」 ハヤテは「予定通り」、飛空科の同志たちと轡を並べていた。 選ばれた生徒は、僅かに五名。いずれも訓練では上位の椅子を掛けて争っていた連中である。 「大した自信ですね」 「本当、こういうやつが真っ先に落ちたりするんだよ」 その中の三名こそが、水鶏、朱音、ハヤテである。 元々気心知れた間柄の彼らは、これから初飛行に挑む前だと言うのに、軽口を叩きあっている。 「冗談でも堕ちるとか口にするな」 「止めとけ、光太。頭のネジがイっちまった奴らに、何言っても無駄だ」 「へ、そうだな」 残る二名、湊光太(みなとこうた)、斉藤卓(さいとうすぐる)が、明らかに含みのある眼光を投げている。 どういうわけかそれは、不謹慎な言葉を吐いた朱音でも、鼻持ちならない台詞を吐いた水鶏でも無く、ハヤテに向けられていた。 ――これは、仲良くするのは無理だろうな。 世の中は、全く因果に出来ている。光太と卓。彼らはアンチハヤテの筆頭とも言うべき二人である。具体的に言うなら、訓練初日にハヤテを河に突き落としたのが彼らだったのだ。 「落ち着いて下さい。気が荒んでいては、本当に危険ですよ」 「黙れ悪魔」 ハヤテの忠告を、光太は一蹴。声を聞くのもけがらわしいと言うように身震いした。
「……」 早速の剣呑さに辟易としつつも、ハヤテの興味はもっと別の物に向けられていた。 セスナ172。小型機の代名詞、セスナらしいレシプロ単発の『飛行機』である。 軍用ということも有り、塗装こそ地味な鈍色に塗装されているが、民間機としての位置づけの強いこの機体は、ジェットエンジンを搭載した重苦しい戦闘機より親しみやすさを感じる。 初飛行にはおあつらえ向きの、安定性に優れる高翼機。加えて、今日は殆ど風のない快晴。 運命だとか、神様だとかがあるのなら、今日こそは彼らの気まぐれが届けた最高のプレゼントだった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.23 ) |
- 日時: 2013/03/16 19:05
- 名前: ピアノフォルテ
- 「随分と呆けているな。それでは、明日にも命を落とすぞ」
機内の点検をしていたのであろう。迷彩服に身を包んだ男性が、セスナから降りてきた。四角い眼鏡から覗く、細く鋭い目。丁寧に撫でつけられた白髪。皺の深さから察するに、年は初老の頃だろうか。 男は冷やかな一瞥をハヤテにくれて、それから興味が失せたように視線を他の者に這わせた。 「これから、君たちの担当をさせてもらう、倉臼 征四郎だ」 「はっ、よろしくお願いします」 一同が声を揃えて敬礼する。 倉臼は苦笑を噛み殺した。これから、自分はこの若人達を戦場に送りだす為に、全力を尽くさねばならないのか。 そしてなにより皮肉なのは、並べられた顔の中に、知る顔があることだ。 そうか。お前もか。視線を一瞬交しただけで、倉臼とハヤテはお互いの状況を理解した。 力を持っていて、使う所を無くした人間の行き先というのは、暴力を売り物に出来る所しかないということか。 「私は軍人畑ではないのでな。あまり堅苦しくなる必要はない。しかし、私の持てる技術の全てを叩きこんでやるから、そこは覚悟しておくように。 では、左の奴から、儀が居点検の後、順次乗り込め。最初は本官が操縦士席で操作する」
乗せる順は成績順となっていた。 奇しくも、最初に副操縦士席に座るのはハヤテだ。 後部座席には水鶏と朱音の二名。女性2人ということも有り、幾らか重量は軽くなる。 「では、やってみろ」 座席に座りこんで、早速言われて、ハヤテは鼻白んだ。 水鶏と朱音も顔を見合わせている。まさか初飛行からここまで放りだされるとは思っていなかった。 機体電源はまだ入っていない。電源オンの前のチェックを一つ一つ思い出しながら、指差し確認して行く。 「声を出せ。指差だけでは抜けが出る」 「はっ。失礼しました」 知己の相手に畏まった口調というのは、歯が浮きそうだな。 倉臼はハヤテの指先を見て、感嘆せずには居られなかった。 「遅い。そんなにもたもたしていては、空に飛び立つ前に撃たれるぞ」 ハヤテに全てを投げたのは、出る杭を打つつもりで、いかに未熟か知らしめる為だった。 しかし、たどたどしくも、ハヤテの手順に間違いは無い。余程の努力をせねば、こうはいかない。元々、器用な男だとは思っていたが、これほどか。 「良し。それではバッテリースイッチをオンにしろ」 結局、速度意外に訂正する所を見つけられなかった。成程、先達からずば抜けて優秀な奴がいると報告が来るわけである。 リレーの働くカチリ、という音と友に、電圧計と燃料計が指示を始める。 ようやく眠りから醒めた機体をあやすように、ハヤテは今度はスタータオンの前のチェックを始めている。 「良し、エンジン始動せよ」 「了解。……スタート!!」 セレクタを捻る。スターターで回されプロペラが回転を始める。ごうん。とエンジンが吠えた。一気に上昇するタコメータの針。セレクターから手を離し、エンジンが自立運転を始めた事を確認する。 電源オンが眠りから覚めた状態だとすれば、ここから先は、本当に飛行機が空飛ぶ生き物として活動を開始した段階に当たる。 後は、パーキングブレーキを外せば、プロペラの発生する推力で、機体は全身を始める。 「初めてにしては上々だ。だが、気を抜くなよ。改善すべき点はまだ幾らでもあるんだ」 「ありがとうございます」 「それでは、ここから先は私の操作をしっかり見て、感じておくように」 ここから先は倉臼の領分である。幾ら彼でも、精密な機体操作が要求される離陸作業を、まだ空の飛び方も知らぬ雛に任せる訳にはいかない。 機体をタキシングさせ、滑走路へ乗り入れる。 再びブレーキをセットし、エンジン出力を上げる。 やおら勢いを増していくプロペラの音。――それは大空へと舞いあがろうとする心臓の高鳴りにも似て―― ブレーキを離すと同時に、強大なGが体を押さえつける。 スロットルレバーを更に一番前まで押し込む。離陸定格出力を得たエンジンが、力強く機体を牽引する。 そっと操縦桿が手前に引かれる。前輪が浮かび、機首が空を向く。 そして、ふわり。という浮揚感が体に纏わりついてきた。体を支えるべき地面を失い、翼の発生する揚力という、不安定な力のみによって宙に舞うだけの存在となった感触。ハヤテの掌は操縦桿に張り付いている。 そこに余計な力は無い。もしそうなら、操縦桿やフットペダルの動きは、副操縦士席と主操縦席とでは機械的にリンクされているから、倉臼にも伝わる。 だが、上昇中も倉臼は全く違和感を感じていなかった。 空を舞うことに全く抵抗が無いのだろうか。真っ当な感覚なら、地上を離れるというのは常に恐怖が伴う。 「空、ですね」 それを、この男は感嘆する余裕さえ見せている。 「そうだな」 倉臼とて、空は好きだ。視界一面を蒼で覆われ、どこまでも飛んで行けそうな錯覚に襲われるのは、心躍るものがある。しかし、それは再び舞い降りるべき地上があるからこそ安心していられるが故に過ぎない。 「――ああ、空……だ……」 ……ならばどうして、この男は今ようやく地に足を付けたように、安堵の息を漏らせるのだろうか。 倉臼には解らない。地上が、柵をもたらすだけの、地獄だった男の感覚など。 他の誰にも、ハヤテの味わっている感覚は共有できないだろう。 「これから水平飛行に移る。少し飛んだら変わってもらうから、しっかり見ておくように」 過った疑問を振り払って、倉臼は役割に徹する。 機首を倒して、行き過ぎないように反対方向に当て舵をする。 ぴた、とセスナは高度を一定に保って飛行を始めた。 単純な挙動だが、だからこそこの男の老練さが垣間見えた瞬間だった。 「それでは、実際にやってみろ」 ――そして、両腕が、両足が、ハヤテに託された。 蒼穹が縹緲と広がっていた。 ――ようこそ、君のいるべき所へ。 そう優しく語りかけるように空は、業を抱きとめた。 ――ようこそ、君が統べる所へ。 その偉大さ、不吉さを感じ取れるのは、ハヤテだけだった。 計器の指示が、視覚を通して指先に適切な動きを指示し、翼が空気を掻きわける振動が、体に伝わって今の飛行状態を神経に送る。 ハヤテの五感は全て空を飛ぶ為にあり、セスナはそれを実現させる手足となった。 飛行機と人間が、まるで一体になったかのような錯覚。 「流石というべきか」 倉臼に語りかけられるまで、ハヤテの意識はその錯覚に縛られたままだった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.24 ) |
- 日時: 2013/03/21 22:23
- 名前: ピアノフォルテ
- 水平飛行。とは当然だが、同一高度上を横滑りせずに飛ぶことである。
操縦士としては、最も当然の技術であり、しかしひとつの間違いがそのまま表面上に浮き出る時でもある。 対気速度及びピッチ角により変化する揚力。横風と機首方向による横方向の吊りあい。 それら全てが寸分の狂いなく制御された時に、初めて叶う技なのである。 経験を積めば誰にでも可能なスキルではあるが、決して初めから容易に出来ることではない。 それが、まるで地を歩く様な気安さで成し遂げられていた。 「引き続いて、旋回に移る。機体や、計器がどう動くか、しっかり見ていろ」 空恐ろしさすら感じながら、倉臼はハヤテから操縦権を奪った。 途端、機体が僅かにだけ揺れる。ハヤテが操縦桿から手を離すのを拒んだわけでも、勿論倉臼がミスを侵したわけでもない。ただ、たまさか一塵の風が通り過ぎただけである。それは、まるでセスナが、倉臼に触られるのを拒んだかのようだった。 「まずは旋回に移る為に必要な速度を得る為に推力を増加、もしくは高度を下げる。 充分な速力が確保できたら、エルロンを操作して機体をバンクさせる。 機体は空中に浮いているから、エルロンをニュートラルに戻しても、ロールはすぐには止まらない。必ず反対方向に舵を切る。即ち当て舵が必要になることを忘れてはならない」 倉臼は妄想を振り払って、スロットルとエルロンを操作する。 左方向にロールした機体が、左30度のバンクで傾き、横滑りをしながら、旋回を始める。 「このように、方向舵を用いずとも、機体は旋回が可能だ。 勘違いされやすいが、あくまで、方向舵は横滑りを防止するための補助だ。方向舵だけをきると、機体は機首方位だけを変えて、非常に緩やかな旋回起動を行いながら外側に大きく横滑りをする」 説明を交え、旋回計と、同一計器上に設置された滑り指示計を一瞥する。旋回計とは、即ち旋回角速度を指示する者である。機体の滑り指示計は、下向きの円弧を描いた筒のなかにボールが入れられた単純な計器で、このボールが筒の真ん中にくれば吊りあった旋回が出来ていると知らせてくれる単純な計器だ。 鮮やかな定常旋回で、180度進路を反転して再び水平飛行にもどる。 「それでは、やってみろ」 難易度は、水平飛行よりはるかに高い。しかし、操縦桿を託すより前、倉臼には予感があった。 「はっ」 返事と共に、見よう見まねでハヤテはセスナを制御する。 バンク角30度ジャスト。当て舵による機体の不自然な振動も無し。滑り指示計は固定されたかのように中心で制止している。 水平指示器の値が180度反転した所で、水平飛行へ。その挙動も自然で、非の打ちどころが無い。 「……もう、良いぞ」 倉臼は乱暴に、操縦権を奪った。再び軽い振動。どうやらこの機体はすっかりハヤテの虜になってしまったらしい。ハヤテの手を離れた瞬間に、排気ガス温度計の指示が僅かに上がっている。 機械は機械であるが故に、通常は、正しい操作をすれば必ずそれに即した挙動を返すものであるが、時として意志を持ったように人間を選ぶこともある。 適性という言葉すら生温い。それを成すためだけに選ばれた人間が、世の中には居るのだ。 人はそれを、自分に理解出来る範疇の語彙として「天賦の才」と呼ぶ。果たして、ハヤテが然るべき経験を積んで、空に舞い上がったときどれ程の存在として君臨するのだろうか。 そして、それはハヤテにとって必ずしも幸せな道だとは言えないことも、倉臼には理解できている。ここが、ただ宙に舞えば良いだけの空だったのなら、彼の才覚は彼自身にとっても有益で、楽な物だっただろう。だが、現実のここはそうではない。 視界に移った敵を撃墜し、殺さねばならない地獄なのだ。 それが出来ない人間は真っ先に命を落とし、それが出来る人間は人を殺めた罪に責め立てられ続ける。この少年が、それに耐えていけるとは到底思えなかった。 ここで脱落を通告出来たなら、きっとハヤテは救われるだろう。 例え彼が空を望んでいようが関係ない。望みを奪おうとも、その人間に生きていて欲しいと思うのは、かつて共に同じ職場で働いた友として、当然の優しさであり、甘さだった。 「及第点だ。しかし、もっと精進するように」 その優しさを、倉臼は心の中で切って捨てた。 今の倉臼は軍人だった。愛しき少女を奪われた憎悪に身を任せ、敵を殺めることを至上とする修羅。――であるがゆえに、彼はかつての友の未来さえ戦場に投げ入れる覚悟をした。 ――残りの人生は、ただ恨みの為に。老いた体を突き動かしているのは、憎しみを糧とした炎だけなのである。
倉臼征四郎。後に狡猾無慈悲で知られる老兵の名である。 彼が本当の意味で怨嗟の道に身を委ねる覚悟を決めたのは、かつての友の未来を奪ったこの時だったのかもしれない。
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Re: 蒼の彼方 ( No.25 ) |
- 日時: 2013/03/28 04:32
- 名前: ピアノフォルテ
- 地に降りてからも、ハヤテの意識は宙に浮かんだままだった。大地の感触が頼りない。二本の足を支えるものとしてはこれ以上なく頼もしい物である筈なのに、船の上のように不安定なものに感じてしまう。
一時的な平衡感覚の狂い。つまりは酔いである。 そう、酔い。なのだ。ハヤテの神経はまるでアルコール中毒のように、再び空を舞う事を求めている。また飛びたい。あの大空を、ほうほうの体でも良いから舞いたい。と願ってしまう。 「……」 呆けたまま、ハヤテは今も宙を真っ直ぐに泳ぎ続けるセスナを見上げた。 副操縦席に座っているのは、水鶏である。同じ手順を踏んでいるのなら、そろそろ彼女に操縦桿が託された頃合いである。 「なあ、空を飛ぶって、どんな感じなんだ」 ハヤテが鈍い動きで首を回すと、光太が眩しさに目を眇めながらセスナを見つめていた。 「上手く言えないです。ただ、心地よいものであるのは確かでした」 「そいつは、良いな」 光太が頷いた。 ――彼はハヤテが嫌いだった。その感情の発端が、彼に責任の無い咎であったとしても、許すことは出来なかった。これまでなら、まともに話す事すら厭っていたほどだ。 それがどうしてか、今に限って否定的な気持ちが薄らいでいる。爛々と瞳を輝かせるハヤテに、初めて自分と近しい物を感じたからだろうか。 「なあ、お前は俺の――俺達の事を覚えているのか」 抽象的な質問。しかしハヤテは悲しげに目を伏せて頷いた。 「忘れられるわけがないですよ。かつて迷惑を掛けた人の顔を」 「たかだか給食費程度で、よくもまあ、そこまで覚えていられるものだな」 人の事を言えた義理ではない。と光太は思う。 彼の家は、戦争のせいで貧しくなった。父が死に、家が無くなり初めて、彼は食べ物の大切さを知った。だから、かつて給食費を盗んだ人間の顔を見つけた時に、頭に血が上ってしまったのだ。 はっきりいって、あてつけである。幼稚である。 真犯人はハヤテでは無く、その両親だった。だから、ハヤテに直接の罪は無い。むしろ、潔白な人間なのだ。光太は、友であった身として、いかにハヤテが真面目で罪など犯しようのない人間かを知っている。そも、平然と罪を犯せるような人間が「忘れられるはずがない」などとのたまえるはずがない。 それを弁えながら、ハヤテを糾弾せねば気が済まないのは、決してハヤテが言い訳をしなかったからだ。 もし「あれは、僕のせいじゃない」と言ってくれたなら、「そうか、馬鹿野郎」と殴り飛ばした後に、笑ってやれる。けれどハヤテは、そのような甘さを一瞬も見せなかった。 その強さが、光太の矮小さを知らしめてくるようで、苛立たしかったのだ。 「なあ、本当はお前は俺達に囲まれた時、どうとでもなったんだろ」 ハヤテを卓らと責め立て、川に突き落としたそのときには気付かなかった。数で優位に立っているとばかり思い込んでいた。 けれど共に訓練を受けて行く中で、ハヤテのずば抜けたセンスを目の当たりにして、手を抜かれていたと察せないほど、光太は愚かでは無い。 「かいかぶりすぎですよ」 ハヤテは謙遜したように首を振る。光太にとっては、その態度が気に食わないものであるとは露ほども思っていないらしい。 「……お前は、自分の罪を認めているのか」 問うまでも無い。ハヤテがどう答えるかは解っていた。 「親の罪は、子の罪でもありますから」 「どうしてだよ……っ」 諦めたように呟くハヤテに、光太はぎり、と奥歯をかみしめた。 「本当は、あの時ようやくほっとしていたんです。ようやく誰かに裁いて貰えるんだって」 冷たい水に抱かれて、ハヤテはあの時自らの死を受け入れていた――誰かを傷つけながらも醜く生き永らえた自分の末路としては、これ以上相応しいものは無いと。 「僕は多分、僕の命の重さを、単に自身のみでは認めることが出来ないんですよ」 光太には、意味が解らなかった。薄ら寒い絶望の気配だけが、ハヤテの乾いた声音から伝わってくる。 「では、何故今もお前は生きているんだ」 「救われたから」 ハヤテは人ごとのように淡白に答えた。 そう、今なお彼が息をしているのは、一人の少女に生きていて欲しいと願われてしまったからだ。生かして貰った以上、生かされた命として重みが生まれる。 つまり、彼が生きているのは、彼が純粋に自身の命を大切に思っているからでは無く「朱鷺戸水鶏が救った命だから」生かさなくてはならない。という使命感の下なのだ。 「ならばしかし、空を飛びたいと言う願いは、お前の価値観に矛盾するのではないか」 「ええ、その通り。これは、僕にとって最後とも言うべきエゴ。非難されても止むなしです」 セスナが、一度目の旋回に入り、ゆったりと弧を描いていた。背を向けていたセスナの顔が、ハヤテ達を向く。 「俺が、飛ぶなと命令したら、どうするつもりだ」 「それが恨みから来る糾弾であれば、僕は従うでしょう」 「理不尽なのにか」 「僕もまた、理不尽なことに手を染めてきましたから」 ハヤテは視線を落として掌を見つめていた。白く細い指先は、しかし知らなかったこととはいえ、かつて悪に加担したものである。 いや、そもそもが悪魔のような両親に産み落とされた以上、これまでを全く潔白に生きていたとしても、ハヤテはそれを好意的に見ることは出来なかっただろう。 ハヤテはぐっと掌を握りしめた。 「貴方はそう願いますか」 「アホか」 光太はため息を吐いて、胸ポケットをまさぐった。 目当ての物はすぐに見つかった。煙草は良い。タールの刺激に酔いしれている間は、全てを忘れていられる。 火を付け、紫煙を吸い込む。メンソールの冷たさが、乾ききった喉を潤した。 「吸うか?」 「……有難うございます」 一本差し出すと、意外にもハヤテはそれを受け取った。どうやら、この程度の火遊びには手を出すらしい。自前のライターまで取り出して火を点ける姿は、中々に様になっている。 「ごほっ」 ……様になっている、だけだった。決してキツイ煙草ではない。噎せ返っている所を見るに、どうやら初めて煙草を吸ったようだった。 「……ぶっ、恰好付かねえでやんの」 その無様さが滑稽で、光太は思わず吹き出してしまった。 「苦手なんですよ。煙草って」 ハヤテは、咳込みながら呟く。 「なら、受け取らなければいいのに」 光太が呆れて言うと、ハヤテはもう一度煙草を口に付けた。 ……が、やっぱりまともに吸えずに紫煙を吐きだしている。 「でも、前々から吸いたいと思ってたんですよ」 「そうか、がんばれ」 何度も失敗し、結局ハヤテは一本燃え尽きるまで経っても、まともに吸えるようにはならなかった。 「そこまで合わない奴ってのもいるんだな」 光太はいっそ感心してしまう。 「僕も驚きですよ」 ハヤテは殆どフィルターだけとなった煙草を、踏みつけてもみ消していた。 「どうしても、あいつ等を思い出してしまうんです」 ハヤテは寂しげに目を眇めて空を仰いだ。 セスナは第二ターンに入っていた。再び背中を見せ始める機体に、ハヤテはほうと息を吐いた。 「煙草と酒はそうなんですけどね。僕はいつまでたっても、これらを好きになれそうにありません」 ぽつりと呟かれたその言葉に、光太は何も返せなかった。
セスナは旋回を終え、再び彼方へと去ってゆく。小さく、小さく、やがては点になった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.26 ) |
- 日時: 2013/04/07 15:31
- 名前: ピアノフォルテ
- 第六話「綾崎燕」
「いっつも思うのだけれど、父さんって凄くネガティブよね」 苦々しげに、しかし声音はどこか甘く、愛おしそうに頬を歪めて少女が嘯いた。 「全く同意ね。一体、あんな男のどこが良かったんだか」 「それをあなたが――いや、おかあさんが言うの?」 「ふふ、返す言葉も無いわね」 母親は肩を竦めて、照れを誤魔化すように少女の黒髪を手で漉く。少女は、ごろごろと猫のように喉を鳴らした。 「あの人は、とっても……とっても優しい人だったから」 「うん、解ってる。だって、こんな私に生を、名をくれたんだもの」 ものごごろついてからというもの、少女はまともに父と会話したことが無い。 幾ら語りかけても無言を貫き通しているような父親だが、燕という可愛らしい名をくれたと言う事実だけで、彼女にとっては充分だった。 「それに対して母さんは本当に無愛想ね。全く女らしくないし、お化粧すらもしないなんて有り得ない」 燕は棚に立てかけられた、若き日の母を見やる。写真の中の母はいかにも軍人らしい厳しい面持ちで、燕を睨みつけていた。 その隣には父も映っている。女の憧れである純白の衣装、ウエディングドレスに身を包みながらも何故か「全てが気に食わん」と言いたげに表情を硬くしている母の隣で、父は話に聞く通りの人の良さそうな苦笑を浮かべていた。 ――そして、その父の腕には小さな命が抱かれている。 唯一の、家族全員で映った写真である。 「まあ、あの人も素直じゃなかったからね」 厳しい駄目だしに、母親は寂しげに声をちいさくして呟いた。 母親は自らの髪を左手で少しだけ弄んで、紫色の髪を見つめている。 その様子を、燕はじとりと睨めつけた。 「また、変なこと考えてる。おかあさんは、私にとっておかあさんだよ」 少しだけつっかえながら燕は目の前の女性を「おかあさん」と呼んだ。 意地を張っているが、そこにある微かな溝に、母親は……瀬川泉は口の中に苦い物を感じた。 顔を歪めてしまったのは、燕も同じである。 燕にとって、泉はまごうことなく母親であった。産みの親より育ての親ならば、むしろ水鶏より泉の方が余程母親である。 しかし、血の流れというのは理屈云々だけでは説明できない強力な繋がりがある。 その繋がりに引きずられて、燕は未だ泉をすんなりと「お母さん」と呼べずにいた。 「……ごめんなさい」 悄然と目を伏せた燕に、泉は頭を振る。 「いいえ、気にしないで」 「おか、あさん……。お、かあさん……。おかあさん」 「もう、良いから」 必死に繰り返す燕の背中を擦る。努力する姿勢を見ることが出来ただけでも、救われた気がした。 「それじゃあ、続きを話そっか。 暗いお話ばっかりだと駄目だね。次はもっとカッコイイ所を話そう」 泉の空元気に、とたんに燕は目を輝かせた。 「うん、お空の話、好きだから。お願い」
やはりあの人の子だな。 泉は空について語る時の、ハヤテの表情を思い出していた。
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Re: 蒼の彼方 ( No.27 ) |
- 日時: 2013/04/14 15:02
- 名前: ピアノフォルテ
- 戦争とは、ある日突然起こるものではない。じりじりと環境が変化していき、やがて社会耐え切れぬほどの腫瘍を抱え、ついには限界まで膨らんだそれが破裂した時に、初めてそれが戦争だったと認知される。
切掛けは、一機の身元不明機が領空を侵したことだった。 立派な犯罪ではあるが、該当機はものの数分領空ギリギリを飛行しただけで、その後の無線通信に応じてどこかへ消えていったこともあり、さほど問題とはされなかった。 数か月もの間襲撃が途絶え、緊張状態に耐え切れず事実上の休戦ムードとなりつつあった国内において、「その程度」として処理されてしまったこの事件。しかしこれこそが第二の悲劇の序章であったとは、当時誰も推し量れなかった。 ――ただ一人をのぞいては。
「新聞の、しかも三面記事。さらに一週間も前の事件を取り扱っている内容の何が面白いんだ?」 朝の食堂で、航空機侵略の記事に見入るハヤテに、辟易とした声を掛けたのは、水鶏だった。 ハヤテからすれば知識の宝庫である新聞も、水鶏にとっては黒い虫が大量に蠢いている気味悪い景色と変わらない。断わっておくが、彼女が活字媒体を嫌っているわけではない。心躍る冒険活劇や、切ない恋愛小説には、学生時代には大層お世話になったものだ。 「たまには世界情勢に気をかけるのも、悪くないですよ」 「それが、『世界』ねえ。どうにもメディアの言うことって偏ってるって言うか。 ほら、本来なら情報って重要だから発信されるべきなのに、発信することによって重要な情報にしてしまっているところあるでしょ。それが、なんか頭にくる」 『タレントの○○、現地を訪問』『○○、戦争の悲しさに涙』『○○、現地の方へエール』先の空襲の後に流されたニュースの数々を思い出す。家族を奪われたのは自分や、現地の人々なのに、主役を別の所にすり替えてマーケティングする有様に反吐が出そうだった。 これは、水鶏の被害妄想であると、彼女自身も分かっていた。しかし、一度こびり付いた印象は中々消えるものではない。 それは大切な人を奪われたハヤテも同じだろうに、彼はとくに気を害した様子もなく、消費者に媚びた文章に目を走らせている。 「確かにそうかもしれませんが、それでも得られるものはありますよ」 ハヤテが嘯く。水鶏が鼻で笑い飛ばそうとすると、突然けたたましいサイレンがなった。 『各員に次ぐ、敵機襲来。敵機襲来。戦闘に備えよ。これは訓練ではない。繰り返す――』 水鶏だけでなく、他の誰もが呆けたように口を開いていた。 「馬鹿な、警備に当たっている奴らは何をやってるんだ」 誰かが喚く、いかに訓練を受けてきたとはいえ、実戦経験のない彼らには、この放送の正しい意味が理解できない。あるいは、理解したくない。のかもしれない。 ただ、ハヤテだけが黙したまま、ゆらりと立ち上がる。 「おい、どこへ行くつもりだ」 水鶏がその背に問いかけると、ハヤテは虚ろな目で彼女を一瞥だけして歩み去った。
◆
格納庫に辿り着いた中では、ハヤテは四番手だった。 先に自分の成すべきことを把握し、F‐15に乗り込んでいるのは老兵クラウスや、その他熟練の軍人たちだ。 格納庫に収められている機体は計5機。 残すところ空席は後2つ。その1つに躊躇いなく飛び乗り、飛行前点検を開始する。 所狭しと押し込められたサーキットブレーカやスイッチを流し見て、必要により省略しつつ点検を終える。 視線を上げると、先に工程を終えていたクラウスが、ハヤテを見ていた。 行くつもりなのかと目線で問いかけるクラウスに、親指を立てて応えて風防を閉める。
ふと、残る1席を見た。今まさにコクピットに体を潜り込ませているのは、水鶏だった。――止めたい。と思ってしまう。親しい人間が、隣に居ることが余りにも辛かった。しかし、ハヤテもまた同じ行いをしたばかりである。彼女を諌めることなど、できるはずがなかった。 『……出来るなら、今日の空も平和であってほしいものだ』 親指を立てる水鶏に、ハヤテは敬礼を返した。 格納庫の扉が開かれる。眩い日差しは、今日が快晴であることを示していた。
◆
ターボファンエンジンが雄々しく吠える。カーボンファイバーで編まれた肉体がしなやかに撓む。レシプロエンジンとは似ても似つかぬ鈍重な力強さに背中を押されて、空を突き破る。セスナや他のレシプロ機が宙に浮く木の葉だとすれば、ジェット機の強引さは、荒々しく大気を駆け抜ける矢だ。飛んでいるというより、空に投げ出されのに近い感覚には、ハヤテも最初は戸惑ったものだ。 現在速度、マッハ2.3。マッハ1が音の速さ、地上付近ならおよそ650kt(≒1200km/h)、30000ft(≒1000m)の上空では外気温の低下に伴いもう少し速度は低くなるために、約540kt(≒1000km/h)に値する。 衝撃波を伴いながら直進するジェット戦闘機は、まさしく弾丸そのものだ。 『計算上は、このあたりの空域で敵機と交戦するはずだ。皆、レーダーから目を離すな』 クラウスの口調には、緊張が混じっていた。 空戦に備えて、各機の速度がマッハ0.8の遷音速まで落とされる。 第二次大戦の頃と異なりレーダー技術の非常に発達した現代では、目視による情報より先に液晶画面に映る敵影を探すことに始まる。 レーダーの有効射程はキロメートル単位だ。それは即ち空対空ミサイルの射程である。 敵の姿を見つけてから機銃を掃射。というのはかなり前時代的な戦い方である。今の戦いは敵を目視するより先に決着がつくことが殆どなのだ。 相手がレーダーをすり抜ける幽霊でなければ、であるが。 人の英知の結晶。必殺の手段を封殺するために生まれた技術。電波透過性の高い素材で作られた機体は、数キロ先を見渡す鷹の目すら誤魔化す。 『しかし、本当にここまで敵が侵略してきているのであれば、優れたステルス性能を有している可能性もあるのでは』 『ああ、間違いなくそうだろう、しかし敵の消耗を考えると、ミサイルは残っていないだろう。空中補給をするだけの時間も与えていない。となれば、後は西部劇みたいに打ち合うしかない。 射程を考えれば、まだレーダーによる優位性を見捨てるには早いだろう』 ハヤテの憂慮に、クラウスは苦々しげに言った。 『待て、それは本当に何機も撃ち落されているということか』 『情報が正確なら、そうなるな』 国内の軍人たちは、少数故に精鋭ぞろいである。単に操縦技術だけを評価するなら、海の向こうの大国にすら引けを取らない。それが揃って撃ち落されているとは、信じたくない。 『戦争ってのはな、いかに相手の技術の先を行くかだ。一日分の進歩が、大きく差を分ける。個人の技術はその次。鉄砲を持った一般人に、剣道の有段者が相対したとして、有利なのはどちらか、って話だよ』 『……』 諭すようにクラウスに言われて、水鶏は呻くことしか出来なかった。 『逃げたいなら逃げろ。それが賢明だ』 あるいは、そうして欲しいとさえ言いたげに、クラウスが嘯いたところで、ハヤテが割って入った。 『残念ながら、賽の目が出てしまったようです。11時上方に機影在り。どうにも、味方じゃなさそうですね』 『しかし、まだレーダーには何も……まさか……そこまでなのか』 『杞憂に終われば良かったんですけどね』 ハヤテの機体が機種を上げる。隊列を乱されて戸惑う他の機体を他所に、クラウスが次いで水鶏が後を追う。 『……7……8いや、9か。なるほど、こんな団体はウチにはないよな』 クラウスよりは目の良い水鶏も、空にぽつぽつと浮かんだ黒い点を見つけていた。 『見間違いじゃ、ないな』 クラウスは目を細める。ついには滲んだ視界でも小さな点は見えてしまった。 『総員、状況を開始せよ』 クラウスが言うが早いか、ハヤテが飛び出す。アフターバーナーを滾らせ急上昇する機体に、クラウスが怒鳴りつけた。 『馬鹿者、散るな。数の差の前では貴様の技術などものの足しにもならんぞ』 『教官、彼には私が付きます。大丈夫、空ならあの男は無敵ですよ』 『……ちっ』 ハヤテの背後を守るように、水鶏が飛び出した。確かに、模擬線の成績は訓練生の中では首位を争っている二人ではあるが、どう考えても実戦経験が足りていない。 なにせ戦争には、反則というものがないのだ。 クラウスが舌打ちするしかなかったのは、すでに状況が動き出した後であり、無理に指示をしようとしてたたらを踏む結果になるより、いまだ統制のとれている三機で確実に敵を仕留める方が勝てる確率が高いと踏んだからだった。 だが、その読みはすぐに覆されることになる。
『馬鹿な、なぜ当たる』
勇ましく駆け上がっていった2期のいた場所に、白い煙が上がった。 捩じ切られるように、翼がもげ、エンジンから火を噴きあげてやがては爆発して破片を巻き散らかす。悠々と空を占領していたジェット戦闘機の、余りにも呆気ない最後に、クラウスは言葉を無くした。
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Re: 蒼の彼方 ( No.28 ) |
- 日時: 2013/05/02 11:02
- 名前: ピアノフォルテ
- いざ格闘戦となれば、重要となるのは、速度と高度だ。遭遇時点で速度はほぼ同一、高度は敵が優勢とあれば、無策に突っ込むのは自殺行為に等しい。
……だが、高度の不利を覆し敵の背後をとる技巧もまた、存在する。発祥は第二次大戦までさかのぼり、とある戦士が編み出した獰猛な軌道。 ハヤテの駆るF-15はコンパスで描いたかのようなループを描いて急上昇、頂点に達したと同時に地面を向いていた背中を反転させ、水平飛行に戻す。 非の打ちどころのないインエルマン・ターン、ドッグファイトの重要性が失われつつある現代に於いて、戦場で完璧に再現できる人間は多くない。それが、新任兵となればなおさらだ。 現に、後を追っていた水鶏はハヤテよりもやや大きな円を描いており、その分だけ速度を失っていた。 水鶏の照準には、敵は収められない。しかし、ハヤテだけは別だった。 精密な軌道で敵の背後を捉えたハヤテは、当たると判断するより先に機銃のトリガを引いていた。 蜘蛛の糸のように輝く軌跡を残して、弾丸が敵の胴体を穿つ。不意を突かれた相手は、避ける暇さえ与えられず、砕け散った。 ごう、と燃え盛る機体を一瞥して、さらに次の得物を探して機首を巡らせる。 しかし敵もさるもの、既にハヤテの射線からは全ての機体が逃れ、そして今度はハヤテを撃つべくそれぞれの軌道に移っている。 『だが、甘い』 次に花火となるのは、恐らく敵の中でも左に旋回した一機。 ハヤテの計算では、既に速度を取り戻した水鶏が、照準を合わせようとしているころ。 より高度に優れた位置にいる彼女ならば……。 ――炸裂する翼、狙いは過たず的中した。
まるで戦場が全て自分のものとなった様な錯覚。 感情は何も訴えていないのに、思考が冷たく冴えている。 「ひいっ」 聴こえるはずのない敵の悲鳴。それを確かに耳にしながら、ハヤテは次の獲物に銃弾の雨を送る。 およそ人の仕業では無かった。鬼か、死神が顕現したのか。絶対の存在として、ハヤテは空を統べる。 散り散りとなった敵の機体を、次はクラウス達が数の優位を利用して周到に狩り、その追っ手から逃れた者は、冷酷無比にハヤテや水鶏が食らう。
そうして、散った翼の数が9を数え、殲滅しきったころ、ようやくハヤテは自分の意識を取り戻していた。 脳裏に、爆発する機体が、翼をもがれ錐揉み落下して行く機体が蘇る。 そこには、人が乗っていた筈だった。確かに倒すべき相手であったが、命であることには違いない。 『撃墜4機……流石だな』 クラウスから送られた賛辞にも、ハヤテは喜ぶことも出来ずに小さな呻き声を漏らした。
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Re: 蒼の彼方 ( No.29 ) |
- 日時: 2013/05/03 17:47
- 名前: ピアノフォルテ
- 第七話「鋳じられた命」
初戦にて敵4機を撃墜――。過去にもエースパイロットして名を馳せた人間は数多いるが、この数値は異例中の異例であった。 官僚各人も、初めは虚偽だと訝ったものだが、彼と共に出撃した全員が、恐ろしげに口を揃えているのでは異議申し立てる事も出来ない。 メディアに情報が漏れるや、各紙はこぞって新たな英雄の存在を取り上げ、今となってはその名は畏怖と期待の象徴として国民全員に浸透している。 鬼神綾崎ハヤテ。その双肩に掛かっているのは、単に一個の兵士としての重さだけでなくなっていた。
そんな男が、今水鶏の目の前にいる。 「……時の御人が、こんなシケた場所でなにをしているのかな」 寮の屋上は、空が近い。飛行場になるくらいだから、周りは自然ばかり。何も無い代わりに空気が澄んでいる。 ここでよく、彼は空を見上げていた。 綺羅星を眺め、コンクリートの上で無防備に仰向けになっている彼こそが、鬼神とまで呼ばれている男なのである。……その隣には、皺だらけになった新聞が無造作に投げ捨てられていた。 「時代が、変わってきていますね」 ハヤテはポケットから金色に輝く物を取り出して、眺めた。精巧な金細工は、月明かりの下でも綺羅星に負けぬ煌めきを放っている。 新聞の紙面では、まさしくそれを総理大臣から恭しく受け取っている彼の姿が描かれている。 勲章は、軍人にとって最上の誉だ。特に、今回ハヤテが受け取ったのか、彼の為に新たに作られた殊勲である。権力や名声に目が無い者からすれば、垂涎ものの価値がある。 だがそれを、ハヤテはライターでもしまうように、無造作にポケットに突っ込んだ。 「嬉しくないのか」 「『頑張って人を殺しましたで賞』なんて貰っても、困るだけですよ」 「ならば捨てれば良いだけじゃないか。しがらみとか、君は多分そういうの嫌いだろう」 「そうしたら、僕は本当に無責任な人殺しと同じになる」 生き残った者が富を、名声を得ずしては、散って行った命に申し訳が立たない。とハヤテは言う。 水鶏にもその価値観は解らないでもない。しかし―― 「それは詭弁だな」 「返す言葉もありませんね」 へらへらと、ハヤテは笑う。 「人の命って、何かと釣り合うものなんでしょうか」 ハヤテの手は太ももの辺り、護身用の拳銃が入れられたホルスターを撫でている。 「……いや、きっと君が殺した四人の命は、何を以てしても贖うことは適わないだろう」 「僕自身の命でもですか」 つ、とハヤテの頬を流れ星のような煌めきが伝う。 「傲慢だな。その答えは、とうに知っているのだろう」 元々、精神面が不安定であることは承知していた。 この男は、やはり優しすぎる。それは平時には美徳であるが、生憎今は戦乱の世。彼の優しさは即ち甘さである。 だから、女々しく感情を吐露する男を、水鶏は冷たく突き放す。 ――おそらく、今から彼女がしようとしているのはとても残酷な行為だ。 「苦しいか」 短く水鶏は問う。彼女のホルスターから抜かれた拳銃が、ハヤテの眉間に狙いを定める。 「……」 ハヤテは縋る様に水鶏を見る。黙したまま安堵に包まれて首肯すると、水鶏は撃鉄を起こし、膝立ちになってぴたりと男の額に当てる。 冷たい無機質な感触、きっと彼はそれに慈愛を感じていることだろう。 彼は自分の意志で死ねない。それは自殺がただの逃避であると知っているから。その手段すらも許されぬと理解しているから。 だから水鶏の放つ弾丸――即ち他殺のみが、唯一安心して死にゆける道なのである。 「君の人生は、この引き金が引かれるとともに終わる。もし、その後があったなら、それはきっと何かの間違いだ。そこに綾崎ハヤテという男はいない。 ただの抜け殻が、偶然活動を再会しただけのこと」 「ああ……ありがとうございます」 ハヤテは目を閉じる。瞼の裏に広がる闇は、おそらく死後の世界に近いに違いない。 「うん、お休み」 かしゃん、と乾いた音。リボルバーの中に、弾は詰められていなかった。 これは儀式、綾崎ハヤテという男の思考を断ち切り、人生を狂わせる為の。 「これで君は確かに『死んだ』よ。だからもう、何も考える必要はない」 ハヤテの瞼が開かれる。そこには空に憧れていた少年の輝きも、殺人の罪に苦悩していた深い悲しみも無い。 ただ、視覚情報を映像として脳に送っているだけの、虚ろな瞳。 この男が、何かに心を動かすことは、もう無い。 「おはよう、英雄どの」 「……ボクが、英雄?」 子供のように、ハヤテが首を傾げる。 「そうとも、君は敵を一人でも多く殺し、味方を一人でも多く生き永らえらせ、自国を勝利に導くべく神に鋳造された男だ。 君の命は弾丸そのもの。その判断に罪の所在は無く、ただ敵を殺すことだけに尽力すれば良い。 ゆえに、君は紛れも無く英雄だ」 「ふうん」 興味ななさげに、男が立ちあがる。ああ、やはり本当にこの男を思うなら、眉間に風穴を開けた方が正解だっただろう、 しかし、水鶏はとうの昔に復讐に身をやつした女である。 利用できるのなら、惹かれた男ですらも利用する。 「……」 本当の罪人は、果たして誰なのだろうか。水鶏は満天の星空を見上げた。
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Re: 蒼の彼方 ( No.30 ) |
- 日時: 2013/05/06 15:55
- 名前: 餅ぬ。
- こんにちは、餅ぬ。です。
実は連載当初から拝読していたのですが、今回意を決して感想を書き込ませて頂きます!
私の感じたことを一言で表せば、「なんというハードボイルド……!!」 これに尽きます(笑 キャラクターの心理描写も繊細に表現しつつ、豊富な専門的知識を分かりやすく読ませるという技量に感服いたしました! こういったジャンルの小説はあまり読んだことがないので、常に新鮮な気持ちで読ませて頂いています。 なんというか、是非とも紙媒体で読んでみたい小説です(笑
最初は水鶏と朱音、そしてハヤテの三人を主に進むのかと思っていましたが、物語が進むにつれて原作キャラ達が次々とそれも自然な形で登場してくるので、次に誰が出てくるのか更新されるたびにドキドキしています。 特に冒頭の母親の正体がなんとも……! 性格が丸くなった水鶏だと完全に思い込んでいたので、正体が明らかになったときは本当に目を丸くしました! ピアノフォルテさんの世界観に完全に引きずり込まれたのは、多分この時です(笑
私には絶対書けないし思いつかない世界で繰り広げられる、水鶏やハヤテたちの物語、今後も楽しみにしています! それでは、乱文失礼いたしました。
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Re: 蒼の彼方 ( No.31 ) |
- 日時: 2013/05/06 22:12
- 名前: ピアノフォルテ
- >餅ぬ。さん
母親の正体に驚かれたようですね(ニヤリ 水鶏はね……こんなに柔らかく出来ないと思います。
>豊富な専門的知識 戦闘機よりどっちかというと旅客機の方が好きなんですけどね。私。 なんで、そっちの知識は本筋の余波というか。 まあ、遷音速以下なら空気力学的にはどちらも同じですし……超音速以上の知識も軽くはあるので、なんとか補いつつ描いて行こうと思います。
ハードボイルド分増し増しでお送りしておりますが、愉しんでいただけて何よりです。 ひたすら胸糞悪いストーリーですが、これからも宜しくお願いします。
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Re: 蒼の彼方 ( No.32 ) |
- 日時: 2013/05/13 22:01
- 名前: ピアノフォルテ
- -1年後-
水色の絵具をぶち撒けた様な空。その青のキャンバス上では、幾重もの細い雲が、レース模様のような複雑な線となって絡みあっている。 見るも美しき雲のアートは、しかしその実態は決して華美なものではない。 それが誰かを楽しませる為のものでないことを、最も雄弁に語っているのは、雷に似た低い咆哮。 雄大な空でけたたましくがなりたてているその正体は、人類の英知の結晶、タービンエンジンによるものであった。
そして、数多の戦闘機が入り乱れ、空の覇権を奪いあう戦場に……一人の死神が居た。 見た目こそは通常のF-15であるが、よくよくその挙動を観察していれば――最も、異常状態が通常である戦場に於いて、その余裕があるかは分からないが――察する者もいただろう。 それ以外で、その凡庸極まりないF-15が仇成す相手に等しく死を送る絶対者だと理解出来るのは、今まさに背後を取られ命を散らさんとしている、一人の男だった。 F-15イーグル。確かに一世代前なら世界でも最強クラスであり……内臓コンピュータシステムを改修し、進化し続けているのだから、トップの座は譲ったにしても充分に現役だと言える。 だが、彼の駆るKym-01型機は、まさしく前世代の飛行機の天敵となるべく設計された超高性能ステルス戦闘機である。 そのステルス性たるや、現在最強の呼び声も高いF-22ラプターさえも凌駕すると謳われ、事実過去の空襲でも、レーダーの目を誤魔化し、本土まで侵入出来た程である。 欠点らしい欠点といえば、余りにもステルス性ばかりを意識しすぎた設計の為に翼面積が減り、従来の飛行機よりさらに失速速度が高くなり、運動性能も低下してしまったことだ。 それも、初めから近接戦闘を必要としないからそうなっただけであり、万が一そうなってしまったとしても、兵器としては圧倒的に機銃よりミサイルの方が優秀なのは変わりない。 相手が照準に入れようと躍起になっている間に、こちらは悠々とレーダーに敵の機影をとらえてミサイルを放てば、即勝利。という寸法である。 『……』 だから、男が首筋に感じている冷たい感触は、きっと錯覚なのだ。 男は機体を横倒しにして、急な旋回起動を描いて、F-15の射線から逃れ続ける。 真正面にしか攻撃できない機銃は、これだけでただの重りに成り下がる。 旋回によるGに耐え、歯を食いしばりF-15が引き剥がされるのを待つ。技術比べと言うより我慢比べの域である。 しかし、何周円を描いても、レースゲームのゴーストみたいな正確さで彼の後方をF-15はなぞってくる。 “あせるな。肉体的な負担は敵も同じだ” 自らに言い聞かせ、男は操縦桿を握り続ける。ひやり、と冷たい掌の感触が首に触れる。 戦場に赴く度に相乗りしていた死神が、ついに彼の命を優しく摘み取らんと―― “クソ喰らえ――死神なんてのは俺の妄想だ” この戦闘機は一人乗りである。死の気配があると言うなら、それは彼の恐れがもたらした錯覚だ。 遠心力で脳への血液が不足してくる。ブラックアウトしそうになる視界――しかし背後のF-15は追跡を諦めておらず……。変わらずぴたりと……否、むしろその軌道は男より美しい円を描いている。 『畜生……畜生、ぶざけんな!!』 ぼろぼろと涙をこぼしながら、懸命に操縦桿と言う命の手綱を握り続ける。 しかし、ほんの刹那だけ、彼はその意識を手放してしまう。 僅かな誤差、通常なら見過ごされて然るべきその違いは――塵一つの例外さえも許さぬ死神の前では、余りにも致命的だった。 どん、と体を衝撃が襲う。 痛みは無い。いっそ慈愛さえ感じさせる容赦のなさだった。コックピットを狙った僅か1秒の機銃掃射。その精密射撃は過たず彼の頭蓋を粉砕した。
『目標撃墜――引き続き残りの敵の殲滅にあたる』 そして、死神はその成果に感慨を抱く事もせず、ルーチンワークを続ける。 本日の成果は、今の所撃墜2。彼の勘定が正しければ、まだ滅せなければならぬ敵が居るはずだった。 残りは恐らく3機。先の旋回起動で体はボロボロだったが、それはどうでも良い。 仕事が残っている以上、やる。それだけだった。 必要な理由はそれだけだった。崇高な理念など無い。 だから、この空はとても楽だった。 ベッドに横になって無心になっている時より頭の中は空っぽだ。 生き残る為に考える必要は無い。そんなものは、かってに本能がやってくれる。 『……おい』 『大丈夫だ』 『んなわけあるか、あんな軌道をしておいて……』 女の声が入る。間髪いれずに、死神は返し、後は言うがままに放っておいた。 一度鬱陶しく思って無線を切ってしまった時は、帰った後にしこたま叱られて辟易したことがある。 とりあえずああ、わかっている。と適当なタイミングで合槌を打っておけば、後で言い逃れはしやすい。 無線でがなりたてる女――水鶏の声から気を紛らわす為に、彼は何気なく風防の外の空を眺めた。 今日の空は、本当に青かった。 まるで彼の頭のなかみたいにすっからかんで、心地よい。 暖かい羽毛布団にくるまれているかのようだった。 意識を宙に浮かせ、しかしスロットルを放ち、次の得物を追い詰める。
ひたすらに無気力に何も考えず、しかし無謬の力で敵を葬り去る。 これが、後に戦場の死神と畏怖される英雄――綾崎ハヤテの実態であった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.33 ) |
- 日時: 2013/05/20 19:09
- 名前: ピアノフォルテ
- 「……また、減ったな」
コックピットの中で、水鶏は一人呟いた。 ハヤテにのみに焦点を当てると、まるで一方的になぶり殺しているかのように見える戦いだったが、改めて指折り味方を数えてみれば、出撃時の5から2つもの機影を欠いていた。 敵一個隊の数は9が基本。今回もその例外に漏れていなかった筈だ。それを僅かそれだけの損害で駆逐したと考えれば圧勝と見て良い。……しかし、元々戦闘員が少ないこの国に於いて、その僅かな中でも、選りすぐりの人材たるパイロット二名の命が散ったと見れば決して安堵出来ない。 生き残ったのは、ハヤテと水鶏、そしてかつて同じ釜の飯を食った光太だ。 そして、散った二名の内、一人は今回この小隊のリーダーとして選任された人の良い少尉――と、そしてもう一人は訓練生時代、光太とも仲の良かった斉藤卓である。 とくに、この斉藤の死は拙かった。親しい友を失った光太の精神ダメージは大きいだろう。 最も近しい人間が殺された後に、人は何を思うか……その解は単純『次こそは自分かもしれない』だ。足音が間近に聴こえる位置まで来ていると、これで光太も理解したはず。 『畜生……。どうして、どうしてだよ、なぜ貴様はあの時撃たなかった!!綾崎ぃ!!』 怨念の籠った低い声で、光太はハヤテを責め立てている。しかし、水鶏は口を挟むことをしなかった。 これでその恐怖を克服し、再び空へと上れたのなら、光太は古兵と同じ冷徹さと強さを得ることが出来ただろう。それが無理だったから、兵士として弱すぎたから、非の無い人間を咎める事で逃避してしまったのだ。 ただ……その弱さ――ひいては人間らしさを、どうしても水鶏には咎められなかった。 あの日――彼女が引き金を引いて以来、表情の一切を失い、廃人同然となった男の顔が、どうしても脳裏を掠めてしまう。 『……あのタイミングで撃ったら、逆に味方に弾が当たります。何より当機も敵に追われていました、恐らく犬死にしたでしょう』 『だから、見ごろしたのか』 『結果だけを見れば、そうなります』 怨嗟を向けられても、ハヤテは取り乱すことなく、言い訳もせずに嘯いた。 恐らくは全くの悪意なく、しかしその返答こそが光太の神経を逆なでしているとは気付きもせず。 『今なら解る。お前は……本当に、悪魔の子だったんだ……』 やおら光太の声が熱を帯びる。 『ええ、だから今まで一度も否定しなかったんでしょうね』 突然、ごう、と怒りが水鶏の心に流れ込み、脊髄を電流が走り抜ける。 「……っ!!」 拙い――水鶏が制止を訴えかけるより、光太は一瞬だけ早かった。 理性を衝動が凌駕し、光太の肉体が、憎悪を最も効率よく晴らす為の手段を実行に移す。 エアブレーキを立て、機体に急激な制動をかけ、並列状態から後退。機首を僅かに巡らせ、アフターバーナーを軌道、多大なGに通常なら激痛にもだえるか意識が飛ぶ所だが、極度の興奮状態にある光太には気にならない。 命令系統が脳では無く、脊髄に判断を煽いだが故の速さ。体のリミッターを外した彼の動きには、例え相手の感覚に共感し先を読む水鶏ですらも対処しようがない。 『狂っている、世界も……お前もォッ!!』 ハヤテの背後を捉えた光太が吠える。――彼はトリガを引き…… 『堕ちろ、堕ちろよ!!――何でお前だけ、どうして……』 そして標的に何の損害も与える事も無く空を切り裂いて行く銃弾を見送った。 決して外れる事の無い筈の一撃。それでもハヤテは墜ちなかった。 あるいは、まるで後ろに目が付いているかのように、ひょいと軽く身を捩るだけで射線から逃れたのだ。その異常に、怒り狂う光太は気付けない。獣の如き咆哮を上げ、執拗にハヤテを撃墜せんと機銃の乱射を続ける。 だが、それを蝶のように躱すハヤテはというと、空恐ろしいほど冷静だった。 『さて、どうしましょうか』 『……お前……』 余りにも冷徹な問い。水鶏は絶句し、しかし自らが彼に言い渡した『弾丸』という言葉を思い出す。彼は自ら判断しない。彼が人を殺す責任は、常にその命令を言い渡した者が負わねばならないのだ。 水鶏の身には余る決断。しかしこのまま結論を伸ばせば、いずれはハヤテが撃ち落とされることも考えられる。 ――本当の悪人は誰か。 いつか空に向かって投げた問いが、まるで重力に従って帰って来たようだった。 『私は……』 答えられないまま、水鶏は機体を反転させる。 ハヤテの後を追っている光太は、目の前ばかりに気を取られていて隙だらけだ。 『湊……帰ってきてくれ』 だが、撃てる筈がない。一縷の望みに掛けて、呼びかける。 『そうだよ。お前もだ、朱鷺戸。お前も気に入らねえ。どうして、何もかも解った様な口をききやがる』 『……頼む……』 『アイツが堕ちねえなら、貴様を先に殺ってやる』 獰猛な銃口が水鶏を向く。 『湊』 水鶏もまた完全に狂ってしまった仲間に、照準を合わせる。 死んでしまったかと思っていた恐怖が、鎌首を擡げていた。敵を殺すのも、仲間が敵に殺されるのにも何も思わなくなったというのに、仲間を撃つという行為はどうしても判断を鈍らせる。 ――或いは、今ここで殺されれば、ハヤテはこれ以上苦しまず、光太も狂気から醒めやることが出来るのではないか。 迷う水鶏より、怒りに身を委ねた光太の方が早い。光太は既に照準を定め終えた、刹那後には水鶏は機体諸共ハチの巣、どころか衝撃波でミンチになって海にしずむだろう。 ――ああ、死ぬな。 水鶏は直感した。 ――私には、もう二度と仲間を撃つことなんで、出来ない。いっそ、撃ち落とされた方が楽だ。 遥か遠くの、キャノピーの向こうには、般若のようになった仲間の姿。彼をそうしてしまった原因の一端は、彼女にある。 ならば、この裁きは適切である。抗う気も起きない。 ――血塗られた父や、友の顔。凄惨な赤。噎せ返る鉄の臭い。 『……死にたくない』 なのに何故、彼女はそう呟いてしまったのか。 本能が、トリガを引いた。 『■■■■ッ!!』 だが、迷いのある狙いは、惜しい所で空を切る。 撃たれた事に、より一層怒り狂い、もはや声かどうかも解らぬ音を、光太が発する。 『了解』 だが、それは乾いた声で描き消される。 チカチカと、チープな光弾が空を駆け、翼をもぎ取る。 弾丸はコックピットにも達したが、幸運にも――いや不幸にも即死を免れた光太は、頭に上った血が失われる事で正気を取り戻す。 痛いと言うより熱かった。――ふと、優しかった姉の顔を思い出す。事故で幼くして両親を無くし、少ない遺産からやりくりしてくれた。自分は女だからと中卒で働きに出て、彼を高校まで出してくれた誇るべき家族。 彼の幼少時代は貧しかった。だから昔僅かばかりの給食費を盗んだ男が許せなかった。 姉に楽をさせる為ならと、軍隊に入り、その男がのうのうと生きていると知って、おかしくなってしまった。 けれど、そんなことはどうでも良かったのではないか。彼が戦うのは愛する姉の為だけだったのに、どこでどう間違えて…… 『……死にたくねえ。死にたくねえよ畜生……何で……』 ブツブツと、ノイズ交じりの声。 『湊ッ!!』 水鶏が叫んだ。 『――――――』 だが、無線はざあという空電音だけを返す。 ゆっくりと落下して行くF-15を、水鶏は水面に激突する最後まで見ているしか出来なかった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.34 ) |
- 日時: 2013/06/07 14:03
- 名前: ピアノフォルテ
- 第八話「往く者、残る者」
「着任早々で申し訳ないが、ウチは常に人手不足だ。新人扱いしている暇は無い」 「はっ!!」 激を飛ばす水鶏に、揃った敬礼を返しているのは、昨日訓練二期生としての工程を終えたばかりの新人たちだ。 僅か五人でありながら、その様相はてんでバラバラだ。年上と思われる屈強な男も居れば、果ては、まだ少女と呼ぶべき麗しい女性まで要る。 「戦場では特別な人間など居ないと思え。貴君らがいかに苛烈な訓練を極めていようとも、それは敵も同じこと。――常に闘志を燃やし、臆して退くことなく――しかし同時に恐怖せよ。怖れを恥じるべからず。怖れを飼いならしてこそ生き残れる」 飛空科一期生でありエースパイロットとして活躍している彼女は、後輩たちからは崇敬の眼差しを向けられる存在である。 「……それは、綾崎少尉もでしょうか」 厳しい場面に似合わぬ、おずおずとした声。水鶏がそちらを見やると、5人の中では極めて無個性的で気の弱そうな少年がびくり、と肩を振るわせた。 視線が一気に少年に集まり、彼は顔を赤くして小さくなってしまった。 「し、失礼しましたっ。何でもありません」 兵士としては垢抜けない行動。どうしてか、水鶏にはそれに心をくすぐられた。
――僕は、飛行機に乗りたいんです。
不意に、『ある男』が漏らした呟きが脳内に反響した。 どうして今、それを思い出したのかは水鶏自身にも解らなかった。 「いや、構わない。矛盾するようだが、綾崎に関してはその例外だと思っておけ。空で常に生き残れるのはあの男以外に無い」 「朱鷺戸中尉は何度か模擬戦にて、綾崎少尉に勝ったと聞きました」 「操縦技術だけの競い合いと、命の駆け引きはイコールじゃないんだ。もし技術だけで空を制することが出来るなら、アイツはここまで突出しては居ないだろうな」 「ならば、綾崎少尉に学べば、私にもそこに近い所に行けるのでしょうか。そうすれば私は、大切な人を守れるのでしょうか」 そこで、少年の視線がチラチラと、少女の方に行っているのに気が付いた。 少しだけ心に『探り』を入れてみると、あっさりと『好意』が見つかった。 「あるいは近しい高みになら……しかし君が、いや君に限らず、諸君らが目指すべき所ではないだろうなアレは」 「……どういう意味ですか」 そこで割って入ったのは、少女だった。憧憬の眼差しの中で、彼女だけは瞳を怒りの色で塗り潰して水鶏を睨みつけている。 突然のことに戸惑いながらも、しかし少し神経を巡らせてみればこちらもすぐに答えは出た。そう言えば、今回の卒業生の中にも白皇出身の者が居ると噂になっていた。 「失礼。我が国の誇る戦神をこのように言うべきでは無かったな。……話はこれまでにする。今日は各自明日に備えて休むように」 水鶏は口の中に、苦い物を感じていた。
◆
軍靴の音が遠くに去った後、水鶏は深々と息を吐いて、『彼女』を待った。 「やはり戻ってきたか」 そう長くない間の後に、再び聴こえて来た一つの足音。 「はい。どうしても訊きたいことがありましたので」 迷彩服に身を包まれながらも、その地味さだけでは彼女の持つ美貌は損なわれていない。 むしろ、そのきびきびとした動作は、他のどのものより軍人めいていて、丁寧に削られた金剛石のように端正な美しさを醸し出している。 少女の名を、桂ヒナギクと言う。 「とりあえず、先にもう一度謝っておこう。想い人を悪く言われては、その怒りも当然だ」 怒りとは別の感情で、ヒナギクの顔が真っ赤になる。 「べ、別にハヤテ君のことなんか……」 『ハヤテ君』とは……これがツンデレのテンプレートか。と水鶏はいっそ感心しながら続ける。 「それで、私に何の用だ」 「ハヤ……綾崎少尉に合わせて下さい。朱鷺戸中尉なら、出来るでしょう」 今更取り繕っても後の祭りだろう。水鶏はそう言いたいのを堪える。 「勝手にすれば良いだろう。別に私に訊ねずとも、あいつの部屋くらいすぐに解る」 「勿論行きました。けれど、すぐに追い返されてしまって」 ヒナギクは、悔しそうに臍を噛んだ。 「ならば私が共に行った所で同じだと思うが」 水鶏が言うと、ヒナギクはきっ、と水鶏を睨みつけた。 「いえ、あなたに頼るより他ないのです。彼の人生を狂わせ、傍らに今まであり続けてきた、あなたにしか!!」
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Re: 蒼の彼方 ( No.35 ) |
- 日時: 2013/06/14 19:47
- 名前: ピアノフォルテ
- 水鶏とハヤテの付き合いも、随分長いものとなっていたが、親しさという点では一年前を機に全く変化していない。むしろ疎遠になってさえいた。
「綾崎、居るか?」 ハヤテの部屋を訪れることすらも、初めてのことであった。 かちゃりと音を立てて、少しだけ扉が開く。隙間から虚ろな目が覗いた。 「どうしても、来るのですね」 ぐるりと、穴のような瞳が回り、一瞬だけヒナギクを凝視すると諦めたように瞼が閉じられた。 「どうぞ」 建付けの悪いドアが、きいと悲鳴を上げて口を開く。 ――まるでベッドメイクが終わったばかりの病室だ。と水鶏は思った。 各隊員に充てられた部屋の広さは、僅かに四畳半。ベッドとテレビ、それに小さな机を置けば殆どそれで終わりという質素なものだ。 しかし、ハヤテの部屋はそういった狭苦しさを感じさせない。 窓際に置かれたパイプベッドだけが、部屋の主のように鎮座している他は、殆どと言っていいほど物がない。人が生活をするには、あまりにも必要最低限過ぎる。 片付いているのが、却って閑散とした雰囲気を助長していて、落ち着かない。 「ハヤテ君!!」 ヒナギクが水鶏の横をすり抜けて、部屋の中へと滑り込む。突進する勢いで、がばっ、とハヤテに飛びついた。 「……もう、逃がさない」 「大丈夫だから、離してくれ。朱鷺戸さんも見てる」 怒りと、恋慕の入り混じった抱擁だった。ふわりと、柔らかい石鹸の臭いがハヤテの鼻孔をくすぐる。軍服の堅苦しさと相反する香水の匂い。だが、何より彼を惑わしたのは、男性の本能を刺激する雌の華やかさではなく、今にも泣きだしそうな吊り目に重なる影だった。 『……馬鹿馬鹿しい。他の人にお嬢様の面影を探してしまうなんて』 真に彼が思う少女は、笑うことも、こうして目じりに涙を貯めることも叶わぬ体になっている。それを忘れてはならない。 「離してくれ」 「……うん」 名残惜しげに、ヒナギクは抱擁を解く。 真っ直ぐに、ハヤテの目を見る。枯れた瞳に、全く物怖じすることなく、ヒナギクは光に満ちた笑みを向ける。 「やっぱり、君は変わらないわね。いつまでも優しいハヤテ君のままだ」 ハヤテは頭を振る。 「生憎、それは違う。きっとそれは、私に過去の幻影を見ているだけだ。 私はただ指示された通りに敵を撃ち、殺めるだけの機械に過ぎない。そうだろう?朱鷺戸中尉」 「……ああ、そうだとも」 その言葉に、水鶏は心臓に焼き鏝を当てられたようだった。 だが、だからこそ水鶏は肯定するしか出来ない。 「なら、どうしてあなたはそんなに辛そうなのよ」 返す言葉もない正論だった。彼がただの道具だというのなら、何も悼む必要はない。 心が死んでいるというのなら、ハヤテの空虚さはむしろ矛盾している。 「人って、そんなに単純じゃないでしょう」 「ああ、その通り。だが私はもう、そう割り切ることでしか存在できないんだ。 ……人一人の身で背負いきるには、僕はもう罪を背負いすぎましたから。 もし、ヒナギクさんの言う通り優しい人間で居ようとするのなら、私は僕に弾丸を撃ち込むことでしか結末を用意できない。 けれど、それでは誰も守れない。都合のいい言い訳でも、人を殺していい理由が必要なんだ」 「なら、私も背負うわ」 ヒナギクはハヤテの手を取る。 「いえ、私にも背負わせて欲しい。……君を愛した女として、共に在り続けるから」 ハヤテは言葉に詰まった。 冗談ではないことは、真摯な眼差しが語っている。 ヒナギクは、強い。きっと最後までハヤテの背中を支えて、罪に立ち向かうことだろう。 きっと、彼女と生きることは、ハヤテがかつてのハヤテらしく生きるために残された数少ない道なのだ。 「駄目だ」 だが、ハヤテは拒絶した。 何故、と目で問うヒナギクに、述べる。 「それじゃあ、幸せすぎる」 ぽろぽろと、ヒナギクの頬を涙が伝う。 「馬鹿……それじゃあ、私は何もできないじゃない」 「出来るよ、明日を生きてくれ。 大事な人たちが、一人でも多く死なないようにすること。……そのためなら、例え味方にすら牙を向けるさ。 瀬川さんに会ってからは、それだけが、僕に残った最後の目的なのだから。……だから本当に僕を思ってくれていたのなら、君はこんなところに居てはいけない」 「それじゃあ、ずっとあなたは一人じゃない」 「違うよ。この世でただ一人だけ、私が始まった日から共犯者が居る。 僕を銃に見立てて、引き金を引く覚悟を決めてくれた人が、ね」 ハヤテは水鶏を一瞥する。 「それは、私には変われないの?」 すがるヒナギクを、ハヤテは優しく諭す。 「……変わってほしくないんだ。君たちには」 「それでも、私はあなたのそばに――な、なに!?」
――突然、まるで慈愛を切り裂くように、サイレンが鳴った。
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Re: 蒼の彼方 ( No.37 ) |
- 日時: 2013/06/24 14:01
- 名前: ピアノフォルテ
- >宝玉さん
超鈍亀返信失礼しました。 難しい言葉……ですか……。 必要以上に難しい語彙を多用するのは、本来NGなんですがね。 私は自分の技量を磨く意味でも出来るだけ新しい言葉を使っています。 解らないことがあったら、調べて頂くか「書き方議論スレ」まで――ってのは宣伝でしょうか(笑) それでは、また。
ーおしらせー また、このサイトをご利用の皆様へ。本日より、文章チェック機能をonにしました。 私も誤字脱字はよくやってしまうので、良くも悪くもサンプルになると思います。 このサイトの運用に協力する意味でも、皆様方の力添えをお願いします。
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Re: 蒼の彼方 ( No.38 ) |
- 日時: 2013/06/30 10:01
- 名前: ピアノフォルテ
- ――敵襲!!
一瞬だけヒナギクは戸惑ったが、すぐに状況を把握する。配属初日としては、その思考速度は特筆すべきものだった。 だが、それでも突発的な事象に対する対処と言うのは、経験の差が如実に出る。 サイレンの大音響にヒナギクの体が委縮してしまった、その刹那ほどの間に古兵、即ちハヤテは既に状況を開始していた。 「すまない、行かなくては」 するり、とヒナギクの脇をすり抜け、足早に扉の前へ。 「あ……っ」 止める隙は、ヒナギクには無い。サイレンが鳴ると同時に、冷たく凍てついた眼差しとなったハヤテの顔が、手を伸ばすことを躊躇させた。 「待て」 ヒナギクに代わり、その袖を掴める人間がいるとするなら、それは軍人としてのハヤテを知る者のみ。常に冷酷な戦闘機会と共に生き続けた者のみが、彼に恐怖することなく律することが出来る。 「何をしている。朱鷺戸中尉」 感情を押し殺した暗い声、だが彼の前に立ちはだかり道を塞いでいる水鶏には、その程度の威圧は通じない。 「君には、彼女の問いに答える責任がある」 「その前に、軍人としての責務がある」 「今日は非番だろう、言い訳にしかならん」 水鶏はハヤテを睨めつける。譲る気が無いことは、ハヤテにもすぐに知れた。 視線を逸らし、鬱陶しげに息を吐くと。肩を竦めて降参を示した。 「まさかあなたに止められるとは」 「私の気まぐれは、いつものことだ」 軽く返しているが、その実水鶏自信、己の行動に戸惑っていた。 ハヤテは、戦場に行くべきなのだ。戦いの場で絶対の王者として敵を狩り、味方を1人でも多く救う。それが出来ると知っているからこそ、かつて彼女は綾崎ハヤテのアイデンティティを破壊したと言うのに、それをわざわざ止めると言うのは、酷く矛盾している。
彼は戦うべきだ――果たして本当に? 人を殺して欲しくない――否、殺してもらわねばならぬ。 どうして、どうして、どうして、どうして――?
自らの内に渦巻く複雑な感情に、水鶏は明確な答えを得られない。 幸いにして、物わかりのよすぎるハヤテは、追求を諦めたようだが、もし問い返されていたなら、どう答えていたのだろうか。 「ありがとうございます」 ヒナギクがぺこりと頭を下げていた。 「なに、引き留めるくらいはしなくては、わざわざここにいる意味も無いからな」 喜びに満ちた、眩しい表情。水鶏はつん、と目を逸らした。
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Re: 蒼の彼方 ( No.39 ) |
- 日時: 2013/07/01 12:12
- 名前: ピアノフォルテ
- 「ハヤテ君」
ハヤテは、己の名を呼ぶ少女の目を見る。 釣り上がった、猫の様な眼。以前会った時は、希望の光に満ちていた筈なのに、今はそうではなく溜めた涙で儚く煌めいている。それでも、その奥に秘められた強い意志だけは変わらない。むしろ、悲惨な出来事でさえも己の内で昇華したかのよう。 ――そうだ。昔から、ハヤテはこの少女に、何一つとして勝てる気がしなかった。 「……僕はね、ヒナギクさん」 頬の筋肉を吊り上げ、ハヤテは柔らかに微笑む。 作り笑顔ですら、久方ぶりのことだった。 「どうしても、どうしても赦せないんだ。守ると誓ったのに……それすら果たせなかった僕自身が」 「うん、解ってる」 ヒナギクも笑顔を返す。慈愛に満ちた顔が、眩しかった。 「いいえ。あなたは、強い。……いつまでも後悔しなければならない、弱い人間の気持なんか、きっと――」 「私だって、ずっと後悔してる。私は、弱いわ――ひとりじゃ泣いているしか出来ない。 ずっと怯えて生きてきた私に、こんな素敵な感情をくれたのは、君なのよ。 だから、あなたを助けたいのに……けれど、あなた一人幸せに出来ない、無力さをどれだけ呪ったか」 「それでも、あなたは逃げなかったじゃないですか。……僕は、僕は――」 「もう、いいんだよ。君は、充分に苦しんだのだから」 ふわりと、ハヤテの鼻を柔らかい香りが満たした。 二度目の抱擁は、先と異なりあくまで肌を触れ合わせる為の、穏やかなものだ。 振り払おうと思えば、すぐにでも逃げられる。 ――それは、安堵。苦しみに耐え、地獄の業火の上を裸足で歩いてきたハヤテに、ヒナギクの体温は抗いがたいもので――。 それ故に、ハヤテの決意はより揺るがない物になっていく。 「本当に人の優しさとは貴きものなのですね」 「そうね」 「ならばこそやはり、僕は飛ばねばならない。この温もりを失わぬ為に、報いる為に」 不穏な言葉に、ヒナギクは悲鳴じみた問いを投げる。 「人を殺さなきゃならないのに?」 「ええ、それでもあなたたちの為ならば」 「……あなたは、馬鹿よ。私達の――私の気持ちはどうなるのよ」 つと、ヒナギクの頬を金剛石の如き輝きが伝うのを見て、ハヤテは今までに泣かせてきた者達のことを思い出した。同じことの繰り返し。誰も幸福にならない答えだとは、知っている。 「はい、本当にその通りですね」 「……馬鹿」 ゆっくりと、密着していた体が離れる。 ヒナギクは、ハヤテを留める事が出来るはずがない。 己の為と言われては、それを否定することなどできようはずもない。 「解ったわ。もう、あなたを引き留めはしない。でも、ひとつだけ約束して。 必ず生き残るって」 「……行ってきます」 首肯も、肯定の言葉もなく、ハヤテは歩み去る。 今度は、水鶏も止めなかった。 「あいつに代わって返事をしておこう。どんな無茶をしようとも、不利な状況に立たされようとも、私が必ずあいつを生きて返してやる」 背を向け、水鶏は言う。 「どうして、そこまで」 ヒナギクのイメージでは、水鶏はもっと性悪だと思っていた。 泉から訊いた人柄では、もっと冷酷で、感情に任せて答えるような人間ではない筈だ。 「いや、私も君のその感情を、大切にしてやりたいと思っただけだ。 私には、もうそんな風に誰かを愛しいと思う事さえ――いや、やめておこう。 やはり、ただの気まぐれだと思ってくれ」 最後の方はわざとらしく飄々とした口調だった。
「きっと、あなたにもそういう時が来ますよ」 だが、ヒナギクはその前の冷めた言葉にこそ彼女の本心が隠れていると見抜いていた。 何となく、水鶏はハヤテに似ているのだ。 本心を隠す為に別の人格と言うキャラクターを被り、悪役を演じている。 他の者ならともかく、ハヤテを長らく分析して来たヒナギクには、そんなものは通じない。 水鶏は一瞬目を皿にして、「はっ」と苦笑とも嘲笑とも取れない笑い声をあげると、ハヤテの後を追って駆けだした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 追記。 7/1誤字指摘部位訂正いたしました。 誤字があったのは以下の箇所でした。
(訂正前)振り払おうと思えば、すぐにでも逃げられる。。 (訂正後)振り払おうと思えば、すぐにでも逃げられる。
極めて初歩的なミスで、恥ずかしい限り……。修正を掛けさせていただきました。
少し論点がズレますが、 ……私としては、この機能、やっぱり便利だと思うんですよねえ。 これだけに甘えてはならないのだけれど、誤字脱字が減るのは良いコトな訳で……。 と、いうわけで皆さまもこのサイトをより良くしていくためにも、この機能について考えて言って頂けたら嬉しいです。
最後に、誤字指摘して下さった方、有難うございました。 これからも、ひとつでも減らしていけるよう、頑張っていきます。
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Re: 蒼の彼方 ( No.40 ) |
- 日時: 2013/07/02 18:46
- 名前: ピアノフォルテ
- 「遅かったな。もう椅子取り合戦は終わった後だぞ」
格納庫に着いた水鶏とハヤテに、冷やかな声が投げられた。 眼鏡に縁取られた切れ長の目は、この一年でより一層深くなった皺の奥で、刃物のように鈍い輝きを放っている。 ただ、いつもと違うのは、そこに憂いを帯びている点だ。 「綾崎。桂には、会ったのか?」 倉臼は眼鏡の蔓を持ち上げた。眼鏡に光が反射して、表情が読めなくなる。 「ええ」 ハヤテが頷くと、倉臼は視線を開け放たれたシャッターの向こうに遣る。 「そう、か。貴様はどうあっても……いや、やめておこう」 再び、倉臼の視線が戻る。 そこにあるのは、いつもの厳格な男の顔だった。 話は終り。と言うことだろう。 「レーダーの情報が正しければ、おそらく、そろそろ交戦状態に入る頃合いだ」 戦争技術は常に進歩する。流石に戦争嫌いの国でも、何度も敵の隙勝手をされていては流石に尻に火がつく。喜ばしい――とは言えないのだろうが、最近になってようやく兵器開発にも着手していた。 技術開発から進歩までの速さは、流石は先進工業国と言って良い、 最初は目隠しして戦うに等しかった戦闘も、今では領海域で敵戦闘機を発見できるまでになっていた。 とはいえ、流石にステルス性に特化した機体だけあって、誘導弾のロックオンにはまだ、至近距離まで近づく必要がある。 だが、それは敵も同じ。どういうわけか遠距離攻撃を有していない敵機は、やはり必ず懐に潜り込む必要がある。 ――問題は。 「『交戦』と言うことは、やはり、今回も格闘戦……ですか」 「ああ、そうなるだろうな」 となれば、勝敗を分けるのは機体の運動性能と、操縦士の腕だ。 前者はこちらが有利だろう。ステルス性は運動性能と相反する。 レーダーに映り難いということは、即ち投影面積が少ないということ。 翼の面積が減れば、当然交戦中の低速域における格闘性能は落ちる。 だが、後者は。 そもそも、開戦当時――つまり敵が圧倒的優位に立っている時に、経験を詰んだ優秀なパイロットは軒並み死んでしまっている。 今生き残っているのは、一部を除けば新人ばかりだと言える。 実践を経験している人数は、勝利の数が多い敵の方が勝る。 勝負は五分、ならば勝敗を左右するのは結局のところ数の力。これも、敵方に負ける。 不利を覆すには―― 「飛ぶか?」 ハヤテの思考を読み取ってか、倉臼が渇いた声を発した。 「先の出陣に出られなかった機体が、一機だけある。 つい先程調整が終わったばかりで、給油もあと5分ほどで完了する。 ……長らくドックで寝てたやつだから、ひょっとしたら空でごねるやもしれんが」 「飛びます」 ハヤテは即答した。迷う筈が無かった。 「……本来は私が乗ろうとしていた機体だ。譲るのは良いが、一つ条件がある」 倉臼の視線の先を追うと、外では一機のF-15が太陽に焼かれていた。 濛々と体から陽炎を発し、飛び立つ時を待っている。 「DJ型……複座ですか」 ハヤテの呟きに、倉臼がほう、と息を漏らした。 「良い目をしているな。 条件とは、後部座席に朱鷺戸中尉に乗ってもらうことだ。……構わないかな?」 ハヤテは思わず言葉を吞んだ。「重り」を増すようなものだ。 どうにかして撤回させようと黙考していたら、ぎろりと倉臼に睨まれた。 「不服かね」 倉臼の声から、ハヤテは真意を読み取れない。 だが、水鶏には自らの役割が解った。 「私は構いません」 上官である水鶏が受諾した以上、ハヤテには拒否することが出来ない。 「は、了解しました」 飛ぶのなら、条件を呑むしかなかった。 「ならば、綾崎少尉は先に機体へ向かい、点検をしてくれ。 ……朱鷺戸中尉には、少し話がある」 「……は」 ハヤテは隠していたが、返事までの僅かな間には、明らかに不服さが見えていた。 倉臼に顎で「行け」と示され、いつもより重い足取りで機体に向かうハヤテの背中に、水鶏と倉臼は二人して苦笑した。 ハヤテに聴こえないように、小さな声で倉臼は水鶏を呼ぶ。 「朱鷺戸中尉」 「解っています。安心して下さい。私が彼の楔になります」 倉臼の喉から、呻きが漏れた。 本当なら、その役目は彼自信が負うべきなのだ。 だが、彼には出来ない。ハヤテと近過ぎる立場にいるからこそ、ハヤテに「生きろ」と言えない。 「任せた」 倉臼には、今までハヤテと共に飛び続けたこの少女をハヤテと共に飛ばし、一人にしないことしか出来ない。 いつか空に散ってしまいそうなハヤテに対する――要は、人質のようなものだった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.41 ) |
- 日時: 2013/07/06 11:01
- 名前: ピアノフォルテ
- 人を背中に乗せての空戦は、ハヤテにとって初めての経験であった。
重さ数十キロの荷物を乗せなければならないことは、いくらカタログスペック上はほぼ同一と解っていても、割り切れるものではない。 結果として、滑走から離陸するまでを、神経を這い回る悪寒に、ハヤテは絶えねばならなかった。 だが、居心地が悪いのは水鶏も同じ。元々複座機は単座機コックピット内の装備品を一部省略して生まれた隙間に、座席を突っ込んだものだ。快適とは言い難い戦闘機の中でも、その窮屈さからくるストレスは相当のものである。 故に、ハヤテは不平を述べることも出来ず、黙々と作業をこなしていた。 『いい天気ですね』 この世で最も当たり障りのない、そんな言葉が出たのは、F-15DJが地を離れて空気抵抗となる着陸装置を胴体に格納した後にようやくだった。 ハヤテはさっと計器に目を走らせ、操縦桿を撫でて、耳を澄ます。 計器の指示値、及び聴覚及び触覚から取り込んだ情報は、機体が絶好調であることを伝えている。 再び空に舞い上がれたことを喜び、ターボ・ファンエンジンは甲高い雄たけびを上げ、翼と舵は空気を捕らている。 カタログスペックに偽りなし、ということだろう。僅かな時間ではあったが、それだけでハヤテは「戦える」と確信していた。 ひとまずは緊張のレベルを一段階下げ、戦闘に向けて集中力を温存せねばならない。そして何よりもまず、今まで疎かにしてしまった、命綱を共有している相方とのコミュニケーションが重要である。 『ああ、飛ぶには最高の空だ。これが戦争でなければ、悪くないデートだな。……最も、手を引かれるのが愛想の欠片もない女では、君はつまらないかもしれないが』 水鶏も、いつもの調子で答えた。このまま気まずい雰囲気で戦いに臨むのは、勿論彼女としても避けたい事態である。 『私からすれば中尉は、上等すぎる女性だと思いますが』 『じゃあ、貰い手がなかったら嫁にでも要るか?今なら洗剤と米も付けてやる。中古品だからお安くしとくぜ』 『……考えておきます』 てっきり笑い飛ばされると思っていた水鶏は、ハヤテの真面目な答えに戸惑った。 「冗談だよ」と茶化そうとした瞬間、バチンと強力な電流が背を流れた。
共感覚のもたらした――ハヤテの「緊張」のサイン。慌てて計器に目を走らせるも、レーダーには敵はおろか、味方の表示すらない。 『前方上方に敵と思しき機影あり。これより上昇し、戦闘する』 ハヤテの宣言に、水鶏も空へと目を遣るが、どこにも機影などない。しかし、見間違いの可能性は指摘しなかった。 ステルス機同士の対戦において、先進的であるが故に起きる前時代的戦闘。即ち巴戦において有用なのは、結局のところ肉眼による目視だ。 ハヤテが突き抜けているのは、操縦技術は勿論、その類まれな視力によるところも大きい。初戦にて蔵臼率いる部隊が不意打ちにより壊滅せずに済んだのも、この賜物であるといって過言ではない。 『……私はどうすれば良い』 程なくして、水鶏の両目も米粒のような飛行物体を捕らえていた。こうなると、もはや感心を通り越して、呆れてしまう。 『失礼ながら、出来るだけ何もしないで下さい』 ハヤテの手が操縦桿を強く握る。複座機は、当然後部座席からも操縦は可能なのだが、その権利は譲らないつもりなのだろう。 リンク機構を通じて、操縦桿の強張りを感じ取った水鶏は、手のひらを軽く乗せるだけの状態にする。 戦闘に対する全権は譲るとしても、いざという時手綱を引けないようでは、乗り合わせた意味が無くなってしまう。 『オーケイ。いつ永眠してもいいように、羊の数でも数えてるさ』 『了解、感謝します』 答えると同時にスロットルを開け放ち、宙返りの軌道へ。
敵との位置関係はお互いに向かい合う形で、速度はやや不足。しかし敵の背後を捕るなら、選択する軌道はインメルマン・ターン一つだけ。 間違いなく頂点付近では失速を余儀なくされる。 ならば不可能。別の形で敵を追い詰めるよりない――とは、ハヤテは考えなかった。 見る間に速度が落ち、制御を失う機体ががくりと機種を下げた。 高度の低下即ち速度の増加により再度揚力を得た翼は、エルロンで空気を掻き分け、機体をロールさせる。 本来忌避されるはずの失速を飼いならし、機体姿勢を制御する。エースパイロット、インメルマンが当初行ったと口伝される、そしてそれ以来再現されることのなかった、本来のインメルマン・ターンだ。 そして それを成し遂げた先には、無防備な敵の背後があった。 だが、敵もさるもの。絶望的な位置関係にも関わらず、神懸り的な反射速度で機体を横に滑らせ、煙のごとく照準から逃れる。すぐにハヤテも機体を傾けたが、速度が減じていた分だけ間を空けられた。 ――巧い。 水鶏は冷静に敵の強さを測る。 横滑りさせた機体をそのまま旋回軌道に移して照準に入らないようにし、また追いつかれないように高度を下げる。 逃げ腰かもしれないが、描いている軌道の精密さは、付け入る隙がない。 およそ旋回軌道に関する技術ならば、水鶏より上。もしかすると、ハヤテをも超えているかもしれない。 二機の軌道は、くるくると幾度も交差する螺旋を描く。幾度も交差しあい、今は攻めているのはハヤテだが、一つ間違えれば攻守が逆転する――千日手のごとく旋回が繰り返される。 しかし、例え無限に思えても、その責め苦は決して永遠には続かない。高度は無限ではないのだ。はじめははるか下に在った海面が、今は水面が波打つ様子まで詳細に見えるほどに近づいている。 このまま続けば、双方ともに海面に激突して大破は免れない。あとは、チキンレース。我慢比べだ。
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7/6 ……ああ、すみません。 上書き保存を忘れてたとは……o...rz いえ、失礼しました。言い訳はしません。自分の注意不足です。 何度も本当に……申し訳ありませんでした。
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Re: 蒼の彼方 ( No.42 ) |
- 日時: 2013/07/07 20:38
- 名前: ピアノフォルテ
- ローリング・シザーズ。小鳥が逢引を愉しむがごとく、ちょうど鋏のように二機は幾度も重なり合ってきた。
そして、その幕切れに、冷徹な鉄の塊が別れのさえずりとして手向けられる。 先に墜落の恐怖に負けたのは、敵の方だった。 やおら機首を上げ、海から逃げる一瞬を、ハヤテは決して逃さない。
――そう、ハヤテの強さの源は、その卓越した技能ではない。決して死を恐れず、だが危険に対する感覚を錆びつかせることは無く、攻撃の隙間を見極め、遠くの針に糸を通すような精密な飛行をやってのける。 “誰が、このような怪物を倒せると言うのだ” 水鶏は高度計の示す数値よりも、今しがた見せつけられた、異様なまでの強さに寒気を感じてしまう。
コンマ一秒以下の世界で、決して過つことなく、トリガを絞り込む。その瞬間、吸い込まれるように敵が照準に収まる。 遷音速下での「狙撃」とでも呼ぶべき一撃。 躱す術は無い。放たれたその時には、必中が約束されている。 ぱっと、花火のように四散して行く敵の姿。
だが、勝利の余韻に浸れたのは一瞬のこと。それよりも切羽詰まった問題、即ち高度について思い出して汗が噴き出た。 高度指示値――僅か50フィート弱(≒約15m)。遷音速で移動する戦闘機に於いて、瞬きするより短い時間で消耗される距離。今からの操作では間に合わない。
途端、ぐんと大きな重力が水鶏の体を座席に抑えつけた。 補助揚力装置、つまりフラップと前縁スラットが作動し、翼の面積が増したことにより高い揚力特性を得た機体が、なんとか海面から逃れようと足掻いている。 しかし、それまでの角度が急過ぎた。揚力が足りていても、慣性の力によって、地面に吸い寄せられる。 墜ちる。そう水鶏が確信した時、すっと高度計の指示が落ち着いた。 “地面効果か!!” 更に激しさを増した加速度に、歯を食いしばりながら、水鶏は改めて操縦士の肝の太さに感舌を巻いた。 飛行機は、翼で空気を掻き分け、気圧の差を生むことにより空に留まっている。この時、翼を通り抜けた後の風は、水平方向ではなく僅かに機体進行方向に対して下向きに流れていくのだが、地面がすぐ近くにあった場合、この流れが阻害されてしまう。 結果として、飛行機は地上から飛び上がる際は地面に引っ張られる羽目になり――逆に着陸時には地面に拒まれるような力が働くのだ。 とはいえ、それは通常の揚力発生原理に比べれば不安定な力である。 幾ら敵の技量が尋常でなかったとはいえ、普通は切り札として使ったりはしない。 じり、と高度が増し始める。機首が上がったことによりブラストが海面を叩き、激しい波を作る音が機内にまで聴こえた。 『お早うございます中尉殿。終わりましたよ』 互角の戦いを終えた後だと言うのに、ハヤテの声には喜びも安堵も無かった。 ごくり、と水鶏は逆流してきていた胃液を、唾と共に飲み下した。 『揺り籠としちゃあ、最低だったな。次はもっと上品にしろ』 悪態を返すのが、精一杯だった。 『……』 ハヤテの肩が揺れた。 ヘッドセットには音声が乗らなかったが、ハヤテは恐らく笑っている。 『そんなに私は滑稽か』 声に含みを持たせて水鶏が問うと、ハヤテは首を振った。 『いえ、ただ……なんでしょうねえ。その言い方と言うか、文句の付け方が、少し懐かしかっただけだと思います』 『私を誰と重ねたかは知らんが、他の上官連中だったら軍法会議に掛けられている所だぞ。少しは気をつけろ』 『ええ』 そう答えたハヤテの声は、どこか楽しそうでありながら、寂しげなものを含んでいた。
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(7/8) ……中々誤字ゼロは難しいですね。 毎回謝ってばかりでは皆様も鬱陶しいかと思いますので、これからは敢えてコメントを控えます。 代わりに、可能な限り早い修正と更に誤字を減らすべく気を使う事で、これ以降の謝罪と代えさせていただきます。
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Re: 蒼の彼方 ( No.43 ) |
- 日時: 2013/07/17 20:26
- 名前: ピアノフォルテ
- 第八話「零計画」
「……無事か」 滑走路に悠々と着陸したF-15DJを肉眼で確認して、倉臼は肺に溜まっていた呼気を深々と吐き出した。 予定とは異なる位置で未知の敵と突如交戦となり、しかも複座機という通常と異なるコンディションで戦いに臨んだとなれば、恐らく難戦を極めたことだろうと案じていた。 しかし、遠目に見る限り目だった機体の破損も無く、そのごコックピットから這い出してきた二人を観察していても、しっかりと自分の足で立てている所を見るに、どうやら先に行われていた無線での報告と差異なく勝利を収められたらしい。 ならば、既に彼らに対する配慮は不要だ。 思考をさらに広範囲、この完全な、しかし小さな勝利からさらに他の機体の損耗状況まで広げる。
結局、全く無事に帰ってきたのはハヤテの機体を含めて二機のみ。 残りはどこかしらに被弾し、酷いものでは翼の一部が削れているような有様である。被撃墜されたのが零なのは、今までと比べても類を見ない勝利だが、それでも戦闘員の内一名は負傷が激しく暫くは戦線に復帰できなくなりそうな上、機体も修復に多大な時間を要することを考慮すれば、楽観できる状態ではない。 「翼が足りないのかね?」 背後から、ぬめりと湿った声が倉臼の思考を読み取ったかごとく発せられた。 「帝様ほどのお方がこのような所までどうしてご足労頂いたのか、甚だ疑問ではありましたが、一体何を企んでいるのですか?」 「いや、なに。年寄りの道楽さな」 倉臼は、くつくつと笑うその男を見やった。 車椅子に腰かけ、深々と被ったシャッポの奥からハヤテの方を見据えている。 口元に蓄えられた白い口髭の奥で、薄い唇が獰猛に歪んでいた。 「ほれ」 帝は、封筒を指し出す。 簡素な茶封筒の中に入っていたのは、『零計画』と表題に書かれた報告書だった。 「……これは、しかし――」 倉臼はさっと目を通して、空いた口が塞がらなくなった。 内容は、現在主力である戦闘機F-15Jに代わる新型機の開発について。それだけならばもろ手を挙げて喜ぶところだが、中に付されていた設計書の一部を見た瞬間『つかえない』と判断したからだ。 前方にコックピットが有って、主翼で揚力を得、補助翼と方向舵で機体姿勢を制御すると言うのは当然同じだ。 だが、その形状はF-15ほど鋭角的ではなく、そしてなだらかなフォルムを突き崩すかのように、尾部にデカデカと取り付けられたプロペラが異彩を放っていた。 プロペラによる推進方式では、プロペラ端の速度が速くなりすぎると音速を超えて失速する為、高速での飛行が難しくなる。ターボファンと異なり、アフターバーナーを備え付ける事も不可能だ。 それに代わる急加速の為にギア機構を利用したクラッチメカニズムが提唱されているが、それで超音速飛行が可能になるわけでもない。 もともと、ターボプロップは出力より燃費を意識したエンジンである。 輸送機や爆撃機ならまだなんとか解るが、格闘戦を前提とした場に配置する意味が解らない。 「どうして、軍はこんな計画を」 呆然となった倉臼に、帝が微笑みかけた。 「言っただろう。『私の』道楽だと……。勿論技術部は渋ったが、私が仕送りを止めると嘯いたら、途端に黙りおった」 言葉の意味を理解して、再び倉臼は唖然としてしまった。 要は金の暴力。名だたる石油王三千院帝の財力によって賄われ、誕生したのがこの計画なのだ。 「でしたら、何故あなたはこんな機体を押し通したのですか」 帝は髭を撫でつける。 「私が必要としているのは、どんな状況、どんな機体でも勝利を収める最強の英雄だ。 その為には、今一度かつてこの国が誇った最強の戦闘機を真似るのも、楽しいかとおもうてな」 零戦――その単語を舌の上で転がし、この老人が見る夢の馬鹿馬鹿しさに嘆息しかけた。
かつて、空において自然災害と同列に扱われる飛行機が在った。 徹底した軽量化によって得た運動性能で他を圧倒し、しかしその脆さ故に散って行った戦闘機――零式艦上戦闘機、通称『ゼロ戦』。 その流れを、半世紀も過ぎた今に復活させようと言うのである。 倉臼は今すぐこの報告書を手持ちのライターで炭に変えたい欲求に駆られしかし、現状を思い出して、それを留まった。 どんな航空機であれ、今は僅かでも力が必要なのだ。 人員も不足しているが、それ以上に兵器が不足している。それでも、どう考えても棺桶にしかならない機体に誰かを乗せるわけには―― 「すでに試作機は作られておる」 倉臼の迷いを、帝の言葉が揺さぶる。 「後は、腕のいいテストパイロットさえいれば、すぐにでも飛べる。実際に戦闘能力を判ずるのは、しっかりとデータをとってからでも遅くは無いのではないかね」 「私にこれで飛べと」 倉臼の冷やかな視線に、帝は声に出して笑う。 「はっはっは。いくら、君でも役者不足だろう。この機体の最大の力は優れた旋回性能。老いた体では耐えられんぞ」 「ならば誰をご所望でしょうか。正直若手ばかりのウチの隊員に、その様な大役が務まるか」 「とぼけおるわい。アレよ、アレ」 ちょいちょい、と帝が指差した先に居たのは、ハヤテだ。 倉臼は有り得ない、と頭を振った。 「たしかに、操縦技術は隊随一です。しかし奴に抜けられては、穴が埋まらなくなる。それではこちらの飛行機が空を飛ぶ前に、戦線が崩壊しますよ」 「ならば、あの朱鷺戸とか言う小娘を借り受けようか。あやつも相当の手練らしいじゃないか。さすがにその下は、私も少々ごねるぞ?」 「……」 倉臼はしばし黙考した。彼女の実力はハヤテに継ぐが、だが他の物で代用できない程ではない。 現に、今回も後部座席のお守り役をしている位である。 ハヤテを一人で飛ばせない為に、今回はこのような形になったが、上手く回せば今回のような事例は避けられる。本人にも疲弊の色が出始めていたし、一度第一線から離して英気を養わせるのも手段の一つかもしれない。 「本人に訊いてみないことには」 「よしきた」 事実上の許可を得て、帝はほくそ笑んだ。 彼の中では、すでに彼女を取り入れる算段がついている。先ずは金の力。それで駄目なら脅せばいい。 元より、狙いはハヤテではなく水鶏だった。 吊り上がった目と気丈な立ち姿に、帝はかつての孫の姿を重ねたのだ。始めてその姿を写真で見て以来、彼の指針は一つだった。 “――もう二度と、ナギを失うものか” 孫と似た少女を、戦いの場から遠ざける。それが、建前を全て取り払った、彼の本当の気持ちだった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.44 ) |
- 日時: 2013/07/24 11:08
- 名前: ピアノフォルテ
- 「テストパイロット……はあ。私が、ですか?」
上司からの呼び出しとは、大方が悪い知らせである。 夜に執務室に一人で来るようにと申し付けられた時は、一体何事かと案じていた水鶏は、蔵臼から告げられた新型戦闘機のパイロットという任に、些か肩透かしを食らった。 「うむ、とあるお方じきじきのご指名でな。強制ではないが、悪い話ではないだろう」 蔵臼から手渡された封筒には、これからの彼女の待遇について事細かに書かれている。 給料はほぼ倍、しかもいつ戦闘になるかわからない現場と違い、週休二日の定時制勤務だ。福利厚生に関する事項も、圧倒的に手厚く書かれている。本人の希望次第では、社宅として――流石に規模は限定されるとはいえ、新築を建築することすら許されているのだから、破格どころの騒ぎではない。 「……これだけの好待遇でしたら、なにも私でなくとももっと優れた人間を引き抜けば良いでしょうに」 「不服か」 「というより、身に余ります。そもそもどうして私なのですか」 当然の疑問に、しかし蔵臼は肩を竦めてみせた。 「さてな。私にも解らないことばかりなのだ――ただ、指示されたからそれに従って言葉を発しているだけなのだよ」 まるで、指示には従うのが軍人の職務である、と律しているようだった。 「……貴方は、私に綾崎の楔となれと仰いました。この任につけば、私は――」 「頼む、受けてくれ」 水鶏の拒絶を、蔵臼の痛切な懇願が遮った。 直属の上司に「頼む」と言われては、水鶏も次の言葉を継ぐことが出来ない。 「……承知しました。ただ、綾崎の事は頼みます。アイツは私が人生を狂わせてしまっただけで……きっと本当は馬鹿みたいなお人よしなんです。筋としては、私が最後まで責を負わねばならなかったのに、それが果たせないとなれば、私に出来るのはこれくらいしかありません」 「ああ、約束しよう。……君の後釜には、小林中尉を据えようと思っている――それに、今は桂も居るしな」 きっと書類も整っているのだろうな。と水鶏は心の中で苦笑した。 「ご配慮感謝します。彼女達なら安心して任せられます」 書類の一枚目、そのたった一箇所に、水鶏は自らの名を書いた。 すぐにも彼女の配属は変更され、戦いとは離れた場所に引き離されることだろう。 後ろ髪を引かれる思いだが、同時に安堵がないといえば嘘になる。 “結局、私はどうしたかったのだろうか” 執務室を出てからも、水鶏の中で整理はつかないままだった。
「朱鷺戸水鶏中尉だな」 だから、扉のすぐ隣に壁のような大男が立っているのに気づいて、らしくもなく身構えてしまった。 「これからよろしく頼む。知っているかもしれんが、私がこのプロジェクトの技術主任を任されている成田 雄吾(なりた ゆうご)だ」 すっと差し出された手は、荒れていて――体からは工業用油脂類の臭いが仄かに漂ってくる。何よりその身分を語るのは、色あせて擦り切れたツナギだ。 整備工――水鶏も何度かこの職種の人間と言葉を交わしたことはある。職人気質で気難しい彼らの中でも、この男からは一際剣呑とした雰囲気が漂っている。 上層部の妙な根回しのよさと、これからこの偏屈そうな整備工と付き合っていくことを考えて、水鶏は頭が重くなった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.45 ) |
- 日時: 2013/08/01 00:13
- 名前: ピアノフォルテ
- 「ここ……ですか」
敷地内の外れ、一見すると貧相な掘立小屋――水鶏も幾度か目にしてはいたが、てっきりただの廃屋だとばかり思っていたようなそこが、今回のプロジェクトが行われている場所だった。 「情報の秘匿に於いて最も有効な手段は、電子的、機械的なセキュリティよりも、それが重要だと思わせないことに尽きるのだよ。こと情報戦に有っては、守りは常に後手に回らざるを得ない。そもそもが、せめられない様な処置をするのは当然だ」 「それは……そうかもしれませんが」 「入れ、文句はそれから聞いてやる」 不服をあらわにする水鶏に、成田は一瞥も寄越さずに錆びたドアの取っ手に手を掛ける。 扉が開くと同時に、微かに工場特有の機械油と燃料の臭いが漂ってきた。 ……ついでに男どもの汗の臭いが、鼻を突いてくるのは愛嬌と言うところか。 兎にも角にも、紛うことなくこの中で人間が機械を弄り倒しているのは間違いないようである。あるいは、設計されている飛行機が酔狂さを思えば、この様相はある意味的確なのかもしれない。 「よお、成田っち。早かったな……。って、後ろの見目麗しい女性はどちら様? ひょっとして、ついに堅物のお前さんも女に目覚めたのか。 いやあ、めでたいめでたい。そっちのケでも有るのかと思って、日々俺っちケツの穴絞って歩いてたのよ。おーい。皆〜石頭が女を連れ込んでるぞ〜」 そして、水鶏はまずその外見からは想像も出来ない整った設備の前に、軍属の人間とは思えないほど軽そうな男のマシンガントークに面食らう羽目になった。 「……成田さん。早速文句を言って良いですか」 「ああ、そのつもりだ」 わらわらと砂糖に群がる蟻のごとく集まり始めた男達。成田は彼らに何を言っても無駄と知っているので、異論を挟まず代わりに水鶏に同情の眼差しを向ける。 「なーんてね☆あらためまして、カワイコちゃん。ここにおわす皆々様方がこのプロジェクトを任された超実力派の技師達。そして俺がその中のトップ。 抱かれたい男、イケメンランキングも1。輝樹ってよんでね。」 「そして軍内一のヘタレでもある。ちなみに輝樹ってのはコイツがホストやってた時の名前な。本名は……」 脂ぎった顔の、やや肥満体形の男が破顔して輝樹の頭を叩いた。 「うわ、だせえ名前出さないで下さい。先輩酷いっすよ。折角モテモテアピールでこのコを落として、日々の溜まった鬱憤とかアレとかを吐き出すチャンスなのに」 「セクハラですか、もぎますよ」 水鶏は宙を掴んで、車のキーを回すようにグルンと手首を捻った。 「何を!?ちょっと、このコ怖い。アレ、でも今の感覚悪くない様な」 「昭三(しょうぞう)……少し黙れ。」 成田が鬱陶しそうに舌打ちをした。 「……もう少し名前に見合った渋い男になってはいかがですか」 「君達、もしかして舌に剃刀とか仕込んでる?今僕ちんの心臓は深ーく傷ついたんですよ」 「心臓の毛も剃れて、昭三さんには丁度良いんじゃないでしょうか」 「Sだ!!やっぱりガチでドSだ!!うは、たまんねえ!!」 「成田さん。ここに裁縫セット有りますか。彼の野蛮な口にファスナーと言う人類の英知を取り付けて差し上げたいのですが」 「いや、ボルトとナット……後は精々リベットくらいしかないな。 ……待て溶接と言う手もあるな」 「じゃあそれで行きましょう」 水鶏は即答した。 「あっはっは!!」 そこで、輝樹(笑)改め戸賀崎昭三(とがさきしょうぞう)は豪放に笑って、水鶏に手を伸ばした。 「君、本当に良い性格してるねえ。俺達の可愛い愛娘に、とんだアバ○レが跨るってんだから苛めてやろうかと思ったんだが」 昭三は視線を背後――つまり今回の企画の要、試作戦闘機「零」に投げた。 「アイツはちいと気難しいが、良いコだ。可愛がってくれよ」 真黒い機体外板が、鈍く光を反射している。彼女の良く知るF-15とも、零戦とも意匠が異なる――強いて挙げれば「震電」が近いだろうか。 だが、タービンエンジンと言う大出力発動機を備えた「零」は、往年のレシプロ航空機とは一線を画す重々しさがある。 昭三は元より、他の男どもにも、堅物の成田にさえ、その機体を見る眼差しには誇りと自信が溢れていた。 「この機体で、戦えると思いますか」 「のみならず、勝つ」 成田が言いきった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.46 ) |
- 日時: 2013/08/14 03:20
- 名前: ピアノフォルテ
- 数日後、異動を完全に終えた水鶏は零のコックピットの中で操縦桿を撫でつけていた。
『調子はどうだ』 必要最小限の無線は、成田のものだ。 『異常なし、良い飛行機だよ』 計器類にさっと目を走らせて異常が無い事を確認する。 速度マッハ0.5。零が最も得意とする低速域で、水鶏は旋回やロール、宙返りを繰り返してみたが、一向に不調を訴える気配が無い。ただ飛ぶだけらな、他のどの戦闘機より安定している。 『ただ、どうしてもジャイロモーメントの影響はあるな。他に慣れた操縦士には、初めにはその差が不快に感じられるかもしれない』 『二重反転プロペラを採用しなかったツケだな。だが、コストパフォーマンスを考えればこれがベストなのだ』 水鶏はバンク角を60度に保って方向舵と昇降舵を調整して左旋回に移った。コマのプリセッション、ジャイロの剛性によって生まれる力だ。 物質が高速回転すると、その物質は姿勢を維持しようとする。自転車やコマが倒れないのもこの剛性と呼ばれる力に起因するのだが、この剛性にもう一つ、外から力を加えると「物体に掛けた力は、回転の進行方向に対して90度進んで作用したかのように物体を動かす」という奇妙な現象――つまりプリセッションが起きる。回転の少なくなったコマが味噌すりのような動きをするのもこれである。 なお、この力は回転数と質量に比例して大きくなるのだが、プロペラもまた大質量をもつ高速回転体であるが故にこの影響を如実に受ける。 この場合、プロペラの発生した力は丁度機体を左に旋回させるように働く。 当然右旋回をすればこの逆となり、結果として右と左それぞれの旋回に於いてコツが異なってしまっているのだ。 これを相殺させる為に、またプロペラが発生させる空気の捩じれを相殺させる為にプロペラを縦に二つ並べ、それぞれを逆回転させることにより飛行特性を改善する「二重反転プロペラ」があるのだが、零はこれを採用していなかった。 だが、結果として生まれたこの左旋回の優秀さは使える、と水鶏は判断した。 巴戦で左旋回にさえ持ち込めれば、低速での運動性能で勝る零にも勝機がある。 ――いや、それだけではない。この特性を利用した、より実践的な技巧も存在した筈だ。 水鶏は探求欲の駆りたてるままに左斜め宙返りへと入る。 速力の足りない零はその頂点で失速しかけ―― そこで水鶏はインメルマンターンと同じく機体を反転、さらに反時計回りに機体を捩じらせつつ方向舵で左旋回も同時に行う。 急速に機体姿勢を変えられた零はプロペラの発生させるプリセッションによって車のドリフトの如く尾を振った。 名のみが伝わる零戦の絶技、それ即ち左捻り込み!! 「ぐっ……うぅ……」 失速旋回により、通常のループより遥かに小さな半径を描く事となった零には、多大な遠心力が掛かる。 水鶏は歯を食いしばりそれに耐え、なんとか意識を留めた。 強大なGが去り、安堵したのもつかの間、失速から急激に旋回したことにより機体は錐揉みと呼ばれる制御不能な極めて危険な状態に入っている。 『……私には、無理か』 ようやく揚力を掴んで機体を制御出来た時には、高度がすっかり失われていた。これでは、実戦では使えない。復帰するまでに逃げられるか、もっと悪ければ的になって落とされるだけだろう。 だが、機体が悪いわけではない。あと少し、失速を見極められたなら結末は変わっていただろう。彼女には少しばかり才能と経験が足りなかった。それだけだ。 ふう、と緊張を口から吐き出して、ようやく成田ががなりたてているのに気付いた。 『オイ、おい。どうした!!応答しろ!!』 『大丈夫だよ。ちょっと遊んでただけ』 『……浮かれるのは仕方ないが、今日はもう帰って頭を冷やせ』 『ああ、済まない』 水鶏は素直に成田に詫びた。貴重な実験機が墜落したとなれば、まず間違いなくプロジェクトは破綻する。零に手応えを感じ始めていた水鶏にとっても、それは好ましい事態ではない。 機首を基地へ向け、すでに冷めきった頭で水鶏は黙考した。今の一度の挑戦で、少なくとも今の水鶏には零の真価を発揮できないことは知れた。 では、適役は誰か。この機体に跨り、より多くの屍を作ることが出来るのは――。 「……私も馬鹿だな」 それは意味のない問いだった。 明確な答えが問うまでに出ているのに、なぜ自問してしまったのか、自身でさえ解らずに、小さく舌を打った。
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Re: 蒼の彼方 ( No.47 ) |
- 日時: 2013/08/14 22:16
- 名前: ささ
- はじめまして、ささです。
水鶏ですら手懐けることが出来ないほどの優れた旋回性を持つ機体となると実戦導入はまだ先のように思えます。 帝の思惑は果たせるのか。楽しみにしています。
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Re: 蒼の彼方 ( No.48 ) |
- 日時: 2013/08/16 06:01
- 名前: ピアノフォルテ
- >さささん
初めまして(*^_^) 零は完全にこの小説オリジナルの飛行機ですが、だからと言って別に最強という訳ではありません。
↓以下長々と説明。
零は、最高速度は音速を超えられませんし、高高度の飛行能力も既存の物より劣ります。 強いて挙げれば旋回性(今回水鶏が失敗したのは、この機体の通常の旋回ではなく、失速して無理矢理回る失速旋回です。通常の旋回ならば水鶏は完璧に操縦しています)が少し良いくらいで、それも圧倒的に速度で劣る以上、相手が逃げようと思えば追いつく事が出来ないという、明らかに実用性皆無なデザインにしました。 なので、レーダー探知による撃墜が基本となり、格闘戦に持ち込まれたら厳しくなります。
けれど、世の中には能力差を覆す技もあるわけで……すでに何度か出てきたインメルマン・ターンも、この一つ。垂直上昇より効率の良いこのターンを用いて、ドイツのマックス・インメルマン中尉はエースパイロットの一人となりました。
そして、今回水鶏が挑戦したのが、その名も高き「捻り込み」。零戦のように後ろから見てプロペラが右回転のエンジンでは左のみに捻り込みは可能となりますので「左捻り込み」となります。 アドリア海のエースのブタさんがやってたアレです。 相手に「追われる」状態を想定した技なので、基本背後を取られやすい零に合っっているのです。大戦中は零戦の代名詞的技巧となっていましたが、映像に記録が残っていないこと、また傍から見ても通常の旋回との差異が解りづらいことから、代名詞的でありながら正しい「捻り込み」の詳細が明らかになっていないという技でもあります。 今小説では故坂井三郎氏の理論を下にしていますが、実はこれも詳細が異なります……まあ、それはオリジナル要素と言う事でご愛敬。
じゃあ具体的にどんな軌道なのさとなるのですが、簡単に言うと「ループの頂点から突然真っ逆さまに落下する」というと解りやすいでしょうか。 通常のループは綺麗な円を描きますが、左捻り込みの場合、半円に近い軌跡を描きます。 当然、同じ半径であれば真円より半円の方が円周の長さは短いので、より速くループを終え、かつ通常とは異なる曲がり方をするので敵の視界から逃れる事により、その後に相手の背後をとることが容易になります。まさに近接戦闘ならではの軌道だと言えるでしょう。
しかし、それを成し得るには高速で安定した飛行状態では不可能なので、失速(ようは操縦不能な速度域)ないしはそれギリギリで機体を制御せねばなりません。 一つ間違えればスピンし、よしんぼ上手くいっても完全に失速に入れば速度を得なければ降下して速度を得なければなりませんから、そうなってしまっては折角のショートカットが意味を無くしてしまいます。 零戦が出来た当初は優秀なパイロットが多くいたので、実践できた操縦士は多かったようですが、大戦末期の頃は経験のあるパイロットが少なく、若い方々もすぐに亡くなってしまっていたので、徐々にこういった高等技術は失われて行きました。(余談ですが、一説によると当時は自動車の免許を持っている人より、飛行機に乗っている人の方が多かったそうです。それくらい、戦力が逐次投入されていたのですね)
そして、今の航空機はジェット推進が主となりました。 推進装置は翼を回転させて揚力を発生させるプロペラから、空気を吐き出す反作用となったのです。 タービンエンジンの中にも、回転体は沢山ありますが、そのどれもが非常に軽く、左捻り込みを成し得るにはジャイロ・モーメントが不足してしまいます。(最も、スラスト偏向を使えば左捻り込みより複雑な軌道も出来るのでしょうが) また、そこまでして左捻り込みを成し得たところで、射程の延びた今の機銃を相手にするには、相手が背後に密接していることを原則とする捻り込みは、実用に堪えない可能性のほうが高い。
要約すると、難しい&必要無い。ハイリスクローリターン。 その様な理由から、左捻り込みを実演出来る人は現在は居なくなってしまいました。 水鶏も、本人の技量に問題があると言うより、プロペラ機への理解と経験が足りないことにより失敗しています。
……ふう、語ったぜ(満足) じゃあなんでそんなのを登場させたかと言うと 「浪漫」 この一言に要約されますねw
それでは、感想有難うございましたノシ
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Re: 蒼の彼方 ( No.49 ) |
- 日時: 2013/08/16 14:37
- 名前: ささ
- ささです。長々とした説明ありがとうございます。ピアノフォルテさんの博識ぶりに驚くばかりです。
軍事ものは興味があるほうなので、ハヤテを題材にして(オリキャラ込みでも)どのように戦争を表すか気になっていましたが、なかなか良い出来です。 その上これほど飛行機について語れるので、これからも期待しています。 零が実戦投入されたら、導入当初のゼロ戦のごとく敵に恐れさせる機体になるでしょうね。
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Re: 蒼の彼方 ( No.50 ) |
- 日時: 2013/09/07 20:35
- 名前: ピアノフォルテ
- 第九話「RPG」
――これで94人目。 風船のように破裂した最後の敵機を一瞥して、ハヤテは数字を胸の内に刻み込む。 これ程の撃墜数を誇るのは、国内でも彼だけだ。与えられた勲章は数知れず、それに応じるように、機械のごとく正確に仕事を成し遂げた結果だ。きっと3桁の大台にもすぐに達することだろう。国はより一層彼を褒めそやし、英雄として崇めることになるに違いない。 だが、本人はと言えば実のところ全く名声になど興味は無かった。 ならば何故これだけの成果を成し遂げ、命を奪うことが出来たのかと問われれば、命令されたからだ。自信は国の為に鋳造され、鍛え上げられた兵器そのもの。 そう思えればこそ、彼は良心の呵責に怯えることなく、自身の命の危険すら顧みることなく空を飛ぶことが出来るのだ。
まるでテレビゲームだった。難易度的にはノーマル。ただし一撃が即致命傷になり、コンティニューが出来ないだけ。 F-15の操縦席に座っている間、ハヤテの意識は敵に集中するどころか、むしろ何一つ拘泥していなかった。 何も考えず、ただ無心に――しかし、彼の研ぎ澄まされた感覚は悉く戦場に適応して、その度に最も有効な手段を選びとる。 まるで実感の無いまま、次の得物へ、それが終わればさらに次――。そうして敵を殲滅し、英雄の役割に徹し、今日もハヤテは一切の傷を負うことなく帰路に就いた。 「……」 心の内にあるのはいつもと変わらぬ、慣れ親しんだ鈍い痛みだけだった。 ――そういえば、この痛みをなんと呼ぶのだっただろうか。 浮かんだ問いは、しかしすぐにどうでもよくなって記憶の底に埋没してしまう。 人は慣れる生き物なのだ。空気の味が解らぬように、いつかそれが人にとって重要だったと、気付く事が無い限り、彼がその正体を知ることは無い。
◆
病院の清潔な廊下を、軍靴の音を響かせて、ハヤテは走っていた。 看護婦に呼び止められた気がしたが、耳に届かなかったので無視する。 その成果か、目的の病室にはすぐに辿り着いた。息を整える余裕もなく、肩で息をしたまま扉を開いて中へ半ば転がり込むようにして入る。 「朱鷺戸さん!!」 真っ白なベッドの横たわっていたのは、一目では誰と判別できない状態の朱鷺戸水鶏だった。 実験機の火災事故の情報を聞くや、すぐに駆けつけたハヤテだが、ミイラ同然に包帯塗れにされた水鶏をみて、流石に色を失う。 「病室では静かにするものだぞ」 気だるげに取り乱したハヤテを諌めたのは、水鶏だった。 「大丈夫なのか、大きな事故だと聞いたが」 「取りあえず、耳元でがなりたてられなければどうと言うことは無い。1カ月も安静にしていれば取りあえず、退院はできるそうだ……問題は、そこで劣化した肉体をどのようにして前のレベルまで持っていくかだな」 「あなたらしいですね」 早速仕事の事に話題を持っていくあたり、本当にブレない女である。 杞憂だったことに胸をなでおろし――そこでようやくハヤテはいかにこの女性を大切に思っていたか、依存していたかを思い知った。 壊れてしまった時に、詭弁でも安息を与えてくれたのか水鶏だった。いつだって強すぎる彼女だけを兵士の象徴として目に焼き付け、指標にしてきた。 だから、彼女が失われてしまうことは、なによりも「怖かった」。かつて、一人の男がある少女に幸福を夢見たように、冷血な英雄は鋼鉄の女に生き様をみたのだ。彼女を見ていれば、感情を殺せた。苦悩は無かった。 だが、それが失われかけたことで、ハヤテの中に恐怖の感情が芽生えた。芽生えてしまった。 そうだ。死ぬことはとても怖い事なのだ。 「ああ、本当に、あなたに何かあったらどうしようかと……」 啜り泣くハヤテに、戸惑ったのは水鶏だった。なんと言葉を掛けて良いやら解らず、途方に暮れて、結局視線を病室の外に投げて逃げた。 「ええ、みっともないですよね。やはり僕は、弱いままだったんだ。 きっと、このままではまた誰も守れなくて、後悔するのでしょうね……。 ……けれど、今それを知れて、良かった。 何が大事だったかを知れて……これならきっと、正しい選択を出来る」 不穏な気配を察知し、水鶏は視線を戻した。 しかし、そこにはもうハヤテの姿は無かった。 「……」 この有様では追うことも出来ず、ただそれが勘違いであったと、願うばかりだった。 「朱鷺戸水鶏くんだね」 だが、祈りを断ち切るかの如きタイミング、入れ替わるようにして、老人が車椅子に乗せられて病室に入ってきた。 深くシャッポを被って目元を隠しているが、口元にたっぷりと蓄えられた白髭と、皺の深い顔立ちから漂うのは威厳と言うか、人を統べる側に立つ者だけが持ち合わせる風格だ。 「はい。何か」 水鶏は神経をとがらせる。背筋を走り抜ける緊張は焼けた肌に響いたが、それよりも軍人として鍛えられた本能が、何かあれば無理を押してでもすぐに動けるように筋肉に信号を送る。 無意識に目じりがつり上がるのを感じる。
「おお、怖い怖い」 老人は怯えたように肩を振るわせ、鷹揚に語りはじめた。 「そう睨むでない。わしは三千院帝。名くらいは知っているのではないかね」
老人の正体に、水鶏はただ驚き目を丸くするしか出来なかった。
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>さささん。 返信遅くなってしまってゴメンナサイ。レスがえしだけで掲示板の上に居座り続けるのが恐縮だったので、書き上がるまで待たせる事になってしまいました。 知識はそこそこですが、やっぱり足りない所も多いので(というか多すぎるくらい)日々勉強です。 軍事体形は全然リアルじゃないですが、メインはそこじゃなくて別の所なので、堪忍。
ちなみに一応言っておくと、これSFですから(笑) 私は考えるものじゃなくて感じるのがSFだと思ってます。
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Re: 蒼の彼方 ( No.51 ) |
- 日時: 2013/09/24 17:21
- 名前: ピアノフォルテ
- 水鶏の反応を、帝はいたく気に入ったらしく口元を吊り上げた。髭の奥に隠れているとはいえ、その程度のことは水鶏には見抜けた。というよりそもそも、饒舌な語り口からして、帝には腹の内を隠すつもりすらないのかもしれない。
「国内有数の貴人が、一介のしがない兵士でしかない、私などに何の用ですか」 「……君は、神を信じているか?」 話が噛みあっていない。それもその筈、三千院帝の腹の内にあるのは、底無しの狂気だ。巨万の富を有し、何一つ不自由ない暮らしを得ながら、だが真に愛すべきモノを奪われた老人の憎悪。 同じく家族を奪われた水鶏には慣れ親しんだ感情だ。 「私は信じていない。少なくとも、我々に救いの手を差し伸べてくれるような奇特な奴には会ったことがない」 帝の口調は淡々としている。冷静なのではなく、怒りに人らしさを焼き殺された結果。 水鶏は帝の瞳を見据えた。暗い瞳に映った自分の顔には、帝と同じように狂気が滲んでいた。
「だが、世の中には神の用意した筋書きより、残忍な物語を用意できる者がおる。 解るか……それが人間なのだよ。だから、戦争なんて馬鹿げたことが起きる」 「……貴方は私に何を伝えたくてここへ来たのですか。 まさか、新興宗教の勧誘紛いの弁舌を延々と聞かせる為ではないでしょう。そうだったのなら、早く帰ってくれ。私は一刻も早く傷を癒し、敵を討たねばなりません。 さすれば、あなたの恨みも少しは彼奴らの血で、少しは洗い流される」 「君はまだ駒の視点からでしかこのゲームを見れていない。しかし、わしは違う。指し手の位置から盤上を見ておる」 帝はわざとらしく息を吐いた。 「……この戦い、この殺し合いがチェスや将棋と同じだと言うのか」 さすがに水鶏の声も怒気を孕んだ。 「何を言う。戦争はマネーゲームの究極系だぞ」 帝の飄々とした態度は崩れない。 「そも、君の言う敵とは何かね。 実際に君が空で相対している。あるいはこの地を蹂躙し、辱めている者どもも、所詮は時代の流れに逆らえなかった一介の兵士に過ぎぬ。 罪を憎んで人を憎まず、ではないが、真に銃口を向けるべきはそこではないのだよ」 帝は指で拳銃の形を作ると、人差し指をこめかみに当てた。
「この国は、平和すぎた。人が、増えすぎた。 皆が平等に幸福を甘受するためには、口減らしが必要だった。 最も生命を有効に、大量消費する手段については、今更言及するまでもあるまい。 戦争が起きれば技術が発達し、経済も潤う。 ……今の方が平和だったこの国より、基盤が安定しているのだよ。お望みとあらば、具体的にどれだけの影響があったのか、データも持ってくるが」 「つまり、この戦争は国が望んだがゆえだと、そう言いたいのですか」 「そうとも」 妄想だと、嘲笑えたらどれだけ楽だったか。だが、帝の言葉を、少なくとも帝自身が信じていることは明らかだった。全てとはいわなくとも、まるきり嘘だと断じることも出来ない。
「用意された戦い。用意された敵。 そのようなモノに対して、君のような若人が命を賭す必要は無いのだよ」 一転、帝の声に慈愛の色が付される。 「だから、わしは戦争から遠ざける為の物を作らせた。そして、君をソレに乗せるよう仕向けた」 「零……」 水鶏は呆然と呟いた。 「そう、初めからアレに戦果など期待していなかった。それどころか、役立たずであれば良かったのに――皮肉にも君と、優秀な技術者たちはアレを実用レベルにまで押し上げた。 放っておけば、君はまた戦いの中に身を置く羽目になる。それだけは避けねばならなかった」 「まさか、着陸装置が上手く働かなかったのは」 「そう、わしが細工するように仕向けたのだ。危険な賭けだが、事故で死ぬ可能性の方が、戦闘で散るより低いからな」 「どうして、私にそこまでする」 水鶏と帝には、殆ど接点らしい接点は無かった筈だ。面と向かって話した事すらない。 こうまでして手間を掛ける意図が、余りにも不明瞭だった。
「君のその目付き……孫によく似ておる」 その答えは余りにも、はた迷惑な話だった。 この老人は、目を覚まさない孫と、年頃の似た女子を重ねてしまっただけなのだ。 「私は三千院ナギ氏ではありませんよ」 水鶏が冷酷な事実を述べると、帝は小さく顎を縦に動かした。 「わかっておる。わかっておるのだ……。しかし、そうすることでしか、わしは罪から逃れる術を知らぬ」 帝はシャッポを深くかぶり直した。 「後のことは、君自身に任せる。 このことを老いぼれのただの妄想と聞き流すなら、それも良し。 だが、もしわしの願いを叶えてくれるなら、どうかこの戦いから逃げてくれないか」
◆
気が付けば、窓の外は金色に輝いていた。 一人病室に残され、美しい景色を横目に考える。 こうしている間にも、誰かが誰かを、殺し殺され――かつて彼女自身もその一員であった。しかし、かつて無い転機が、脈絡なく持たされ、それは希望と言い換えても……あるいは絶望と名付けても構わないモノだったが、いずれにせよ彼女の中で答えは決まっていた。
一人に出来ない男が居る。 この戦がそこまで滑稽なのだとしたら、闇に落とした責任として、先ずは彼から救わねばならない。 自分のことは、それからだ。 ――動けるようになるまでには、もう少し時間が掛かる。 だが、水鶏は焦らなかった。 「綾崎……」 半ば確信として、男がこの病室を明日も訪れる事を、予期していたからだった。 山吹色に照らされた彼女の瞳は、今までにない強い意志を宿していた。
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Re: 蒼の彼方 ( No.52 ) |
- 日時: 2013/10/29 08:59
- 名前: ピアノフォルテ
- 一日中、空を眺めていた。緩やかに色を変え、移りゆく時の流れを、水鶏はただじっと見つめて待っていた。戦いに明け暮れ、明日死ぬとも解らぬ日々を繰り返して来た彼女にとって、それは余りにも長すぎる、そして苦痛な時間だった。
忙しさの中に埋没していれば、何も考えずに済む。思考の入る余地が無ければ、残酷な現実も忘れていられる。自分の心が傷つく事も、誰かを傷つけてしまうことも恐れずに済む。それはとても楽な事で――だからこそ、時間を持て余していると、視界から遠ざけていた弱さが一気に牙を剥く。 確かに、彼女は憎悪を糧として生きてきた。その復讐の為に手ずから敵を殺し、またハヤテの人生を狂わせてまで、目的の為に手段を選ばず突き進んできた。 だが、それも作られたものだと――彼らもまた戦争を求めた時代による、犠牲者の一部でしかないのだと知って、全てが解らなくなった。 自分は一体何の為に、何と戦ってきたのか。 その答えは、きっと永遠に闇の中だ。 後悔に苛まれ、血塗られた己の両手を嫌悪し、だがそれでも彼女は歯を食いしばって耐えた。 空高くから地を照らしていた太陽が、次第に役目を終えて地平の彼方へと沈んでいく。 黄昏時、一日の内もっとも儚い時間。無味乾燥な色をした病室も、この時ばかりは金色に彩られて美しく輝いている。 そこでふと、水鶏は自分の中に自然の営みを愛でるだけの情感があることに気付く。前までは、そんなもの気にも留めなかったというのに。 今まで標としていたものは見えなくなった。だが、代わりに見えるようになったものもあるらしい。きっと、かつて平凡な少女だった朱鷺戸水鶏の見ていた景色だ。 「昨日の今日でまた来るなんて、余程暇なの?」 いつものように、水鶏は悪態を吐いて歓迎したつもりだったが、果たして上手くいかなかったのか。病室の入り口で水鶏を見つめるハヤテの表情は硬い。 「一日で随分と血色が良くなりましたね。何か良いことでも有ったのですか」 すっかり口調も元に戻ってしまったハヤテに、水鶏もまた自然と口角を吊り上げてしまう。 「いいえ、その逆。けれど、考えようによっては良いことだったのかもね」 ハヤテとは違い、水鶏は意図して昔の口調に戻している。だが、自身で思うよりずっと容易く、言葉は喉を通った。ふっと、肩の力が抜けると同時、水鶏の中で働いていた第六の感覚が途絶える。相手の心理を探り、同調する異能が、この時完全に失われていた。 「本当に、悲しいことばかりだけれど、今日まで生きて来られたことは幸せだったと思う」 彼女は、全てを失い生きてきた。家族を、人らしい感情を奪われ……そして残った憎悪すらも見失い――本当に空っぽになってようやく、深く息を吐くことが出来た。 「……なんだか、僕は今日初めて、貴方と話せた気がします」 「そうかな」 「昔語りをしてくれた時より、随分とあなたは人らしくなりました」 「私、人でなしだものね。君の人生を狂わせて……のうのうと生きていたのだから。 赦してくれとは言わない」 ハヤテは頭を振った。確かに、彼女の選択で彼は、多くの命を奪う羽目になった。 それでも……。 「あなたが居たお陰で、僕は今日を生きている。あなたの弁を借りるなら、それで充分なのでしょう?」 悲しむことも、後悔することすらも、死ぬことよりずっと尊いことなのだ。 生きることは、美しいことではない。汚濁に塗れ、地を這いずる様にして、足掻く事だ。死ぬよりも、生きることが辛い事など掃いて棄てる程あった。これからも、きっと闇の中を歩いて行かねばならないのだろう。 暗鬱とした未来が口を開けて待っていても、行きつく果てに絶望しかなくても。 「それに、僕は一人じゃない。大切な人達が居てくれる。守りたいと思える。 生きることに目的という価値まで付与されているのだから、文句のつけようもありませんよ」 「君は、強いね」 その言葉を休符として、静寂が訪れた。 黄金色の世界は、すっかり闇に呑まれてしまったが、その代わりに空には慎ましく輝く星々が浮かんでいる。 「君なら、どんな真実があっても、それを乗り越えていけると思う」 夜の澄んだ空気を肺一杯に吸い込んで、水鶏は再び口を開いた。
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Re: 蒼の彼方 ( No.53 ) |
- 日時: 2013/11/04 21:55
- 名前: ピアノフォルテ
- 第10幕「生まれ落ちた未来」
一ヶ月後、ようやく医師から退院の許可が出た水鶏は、排気ガスに満ちた空気を肺一杯に吸い込んでいた。病院の調整された薬品の臭い混じりのそれより、遥かに肉体にとっては有害であるはずだが、取りあえず四六時中時間同じ景色を見ずに済むというだけで清々しく感じられる。 回復した四肢を伸ばして歩ける事が、素直に嬉しい。 帝による介入は徹底していて、明らかに完治しているのに医者からは前線への復帰を咎められた。事故の時に頭を強く打っていたようだから、後遺症が気になるとか何とか……。 強引な理由だったが、あるいはそれも結果的には良かったのかもしれない。 一時期ほど戦いに意義を感じられなくなった今、再び空を舞えたとしても、生きて帰れる自信がない。長い入院生活の内に兵士として培われてきた筋肉も、覇気と共にすっかり削げ落ちてしまっている。 「憑き物が落ちたような顔をしているな」 病院の前で車を停めて待っていた朱音が、にやりとしながら言った。 領空警護の任で抜けられないハヤテに代わって、迎えに来てくれたらしい。 「らしくないかしら」 「ああ。でも、確かに姫らしくないけど、それが君らしさなのかもしねない」 「てっきり笑われると思っていたけれど」 「笑っていいのか。なら、笑わせてもらう」 「好きにすればいい」 「……そうか」 朱音は、腹を抱えて笑うではなく、慈愛の微笑を浮かべると、水鶏の体を優しく抱擁した。 水鶏は仰天したが、少しの間されるがままにされていた。
◆
「やっぱりあんたは変人だよなあ」 車を走らせ、目的地に到着した朱音は、呆れたように嘆息した。 それもその筈、前線離脱を余儀なくされた水鶏が、次に選んだ職場は整備の道であったのだ。しかも、最近になってようやく試験飛行過程の全てを終えた「零」の整備士として名乗りを挙げていた。 兵士としての生命を断たれた要因になおも縋りつく姿勢に、上層部は怪訝な態度を示したが、どうしても戦の役に立ちたいと述べたら、納得された。 以前の朱鷺戸水鶏が、戦争狂であったのに助けられた形である。しかし、もちろん彼女自身は、戦争そのものに執着しているのではなくもっと小さな事象によって再び硝煙の香りのする場所に舞い戻って来たのだ。 「今更、放っておけない。私が変わっても、私が変えてしまった罪は消えないもの」 「それも心配には及ばないと思うんだかなあ」 「あの人がどう思っているかじゃなくて、私自身の問題だから」 「一途だねえ。まあでも、あいつにとっても、帰る理由があるのは悪い事じゃないだろうしな」 「私には、帰る場所なんて大層な存在になるつもりも、資格もないわ」 「でも、なりたくないわけではないのだろう?」 朱音は水鶏の肩を軽く叩いて友を送りだした。言っても聞かない事は、変わってしまった今でも変わらない。頑固はきっと彼女の根幹の部分なのだろう。 ならばせめて幸多かれと祈るのが友の役目である。 きっと、水鶏がハヤテに寄せる思いも、またその逆も、恋だとか愛だとかとは少しずれている。似た者同士の傷のなめ合いかもしれない。 だが、それでもそこに、一抹でも幸福があるのなら、それに越したことは無いのだと、朱音は思っている。 愛に生き、愛したものを失ってなお、愛する者の為に戦い続ける、彼女ならではの持論であった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.54 ) |
- 日時: 2013/11/16 10:05
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- 試験飛行機「零」の操縦席に座り、操縦桿を握りしめながら、新任テストパイロットこと綾崎ハヤテは素直に感嘆していた。
機体の特性は予め水鶏に聞いていた通り、低速域の安定性と燃料消費に優れており、実に扱いやすい。 離陸後30分もする頃には、通常飛行に関する勘所は押えてしまった。宙返りのひとつくらいなら、完璧にこなせるだろう。 だが、一度墜落した機種の試験飛行は、どうしても慎重にならざるを得ない。あくまで今日のタスクは、パイロットの技能習得と、機体の基礎飛行におけるデータの採取までと厳格に定められている。 もっとも、これは形式上の話である。帝の話が真実であるとするなら、この機体設計に何ら不備は無く、この試験に有意性は乏しいと言うことになる。 再度帝が妨害行為を働いたとしても、ハヤテなら例え僅かな違和感でも見逃さない。 両の腕は主翼、指先は動翼、脚は尾。血潮は機体を流れる油圧と同化し脈打つ。 天かける時の彼は、飛行機と同化した生物も同然。例えば、今では主翼に内蔵された燃料の内右側が、約50ポンド多めに減っていることが、計器に目を走らせるまでもなく指先から感じ取れている。 それこそ、その機体に不備があるかどうかなど、離陸する前に解りきっている。だからこそ、今日彼は飛んでいる。争いとは遠い、空を。 行動を制限されても、意味の無い飛行でも、ハヤテはこの時いつになく気持ちが凪いでいた。 思えば別に、殺し合いたかったから空に憧れたわけでも、誰よりも上手く飛びたいから、翼を手にした訳でも無かった。 今日のように目的もなく、ただ飛ぶ。それで良かった。意味がないにも関わらず、ではなく意味がないからこそ、思い出せたことだった。 エンジンも、まるで写真を張り付けたかのように理想的な指示値を計器に出力し続けている。「零」も、この浮遊とも呼ぶべき遊覧飛行を楽しんでいるようだった。 「僕も君も、一度は自分自身と関係ない思惑で墜ちた。だからかな、君とはすごく気が合いそうだ」 機械に語りかけた所で、何か反応が返ってくるわけではない。道具はあくまでも道具、心も無ければ、血も通っていない 「さあ、帰ろう。名残惜しいけれど、もう終わらなきゃ。僅かな時間でも、こうして君と飛べて、良かった」 眼下に見える滑走路。ランディングをすれば一機と一人の逢引は終わる。安全が証明されれば、試験はより実践的になり、それさえもパスした暁には「零」は兵器としての本当の生命を開始することになる。 おおん、とタービンの唸り声が響く。まるで帰りたくないと駄々をこねる子供のようだった。 「大丈夫、いつかまた戦争が終わったら、必ず君と飛ぶから」 相棒に言い聞かせて、ハヤテはそっと降着装置を降ろした。
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さて、この小説の最後のヒロインの公開です。 メインヒロインは一応水鶏でしたが、彼女はもう一人のメインヒロインですね。 性格は穏やかで素直、戦争も嫌いなお人好しさん。だけど自分のやらなくてはならないことはしっかりと弁えている、生後1年未満のロリっ子です。基本的に超良い子。 ハヤテにはぞっこん。恋人とか愛人とか軽く通り越してます。体の一部と言って差し支えないレベル。 なお、身長(鼻先からお尻まで)は57.12ft(≒17.136m)。 地面からお尻の天辺までを測ると16.57ft(≒4.071m) 横幅はちょっと太めの40.22ft(≒12.066m) 体重は満腹だと56200ポンド(≒25514.8s) 全体的に小さめです。 苦手な短距離走は最高でマッハ0.8が限界です。ボルトより早いけど、競う相手が軒並み超音速なので、鬼ごっこすると絶対に追いつかれます。平地ならまだしも、上り坂とかあると一気に詰められます。 でも、本人は精一杯頑張ってるんです。 無口で感情表現はちょっぴり下手な子ですが、どうか愛してやって下さい。 以上、メインヒロインこと「零」の紹介でした。
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Re: 蒼の彼方(名前変更のお知らせ) ( No.55 ) |
- 日時: 2013/11/23 00:10
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- まるで桜の花弁が舞い落ちるように、ふわりと零は地表に降り立った。とても、獰猛な銃火器を抱え込んだ兵器のランディングとは思えない。いくら零が低速飛行に優れるとは言え、ここまで意味もなくキザにこなす輩は一人だけであろう。
機体に掛かる荷重を抑える為か、設計上の着陸滑走距離より長く滑走して、タキシングへ移る。その一つ一つが完璧で、だからこそ風防の中にある顔を目視で確かめるまでもなく、水鶏は操縦士が本当にハヤテになったのだと悟った。 「なんだか、間延びしたランディングだな……。あれが国内最強の操縦と言われてもイマイチ実感がない。なあ、元パイロットのアンタから見て、あいつの実力ってどれ位のものなんだ?」 「一言で言うと、反則ですね。少なくとも、私では100回戦って100回死にます。もし、敵として彼に出会ったとしたら、私は例え背後が積乱雲であってもその中へ逃げます」 雷が行き交い風が吹き荒れる、空に浮かんだ嵐の塊、積乱雲。熟練の飛行機乗りであっても死の危険が伴う、決して足を踏み入れてはならない場所に行く方が、生き残れると水鶏は言った。 「つまり、今は手を抜いてるってことか」 「むしろ普段より気を使っているようです。しかし、乗っているのが戦闘機という観点か言えば、そう評価されるのも仕方ないのかもしれません」 「やはり、いけすかない」 詰まる所、昭三のハヤテに対する印象はそこに集約する。 唾棄をもしそうな昭三に、水鶏はにやりと笑って顎を引いた。 「同感です」 本当にハヤテの強さを説明しようと思ったら、水鶏でさえも不可能なのだ。あの男の尋常ならざるは、最早理屈の範疇から遥かに逸している。
タキシングを終えて機体を完全に停止させた時、ハヤテは視界の隅に見知った顔がツナギを着ているのを見つけて仰天した。 確かに、退院は今日だとは聞いていた。 が、まさか当日から軍役に復帰し、それもよりにもよって再度この零の前に立つとは思いもしなかった。 キャノピーを開けたまま少しの間呆然としていたら、すぐそばに来てくれていた整備員に、迷惑そうな視線を寄越された。早く場所を開けろと言うことらしい。 次の試験飛行まで2時間弱。それまでに点検作業を終え、必要ならば不具合も是正せねばならない彼らからすれば、いつまでもコックピットに居座られるのは迷惑なのである。 慌ててウイングの上から昇降用ラダーを伝ってアスファルトの上に降りる。 足早にドックに駆け寄ると、悪戯を成功させた子供の表情をした水鶏の前に立つ。 「中尉、退院おめでとうございます」 「そんな肩書は今の私にはありません。ただの一兵卒であり、ゆくゆくは少尉の機体の面倒をみる整備士になる予定です」 背筋を伸ばして敬礼されかかって、水鶏は笑いをこらえてそれを制した。 「……」 敬語を使われて面食らっているハヤテが更に可笑しくて、水鶏は頬が緩むのを抑えられない。 「改めてよろしくお願いします。綾崎少尉」 差し出した手を、おどおどと握り返すハヤテ。 「え、ええ。よろしく」 暖かい掌。数多の命を奪い、絶望をまき散らす空の悪魔の手。 彼女は知っている。彼が誰よりも優しく、強く――それ故に脆い事を。 翼は奪われ、二度と空で彼を守ることは適わない。 だが、それは良い。彼は彼女など居なくとも、十全な翼さえ与えれば自力で生き残る。 故に、彼女は地上で彼の翼を見張り、守る為にこの道を選んだのだ。 回り道で、間違いだらけの人生だったけれど、この想いだけは正しいと、きっと胸を張れるだろう。 結局、抑えきれずに水鶏は朗らかに微笑んで――。
ずん。
鈍い音がした。 体が吹き飛び、背中が固いアスファルトに打ち付けられる。 誰かが叫んでいる。痛い。苦しい。暗い。熱い。 ゆり起こされる昔の記憶。 駄目、お母さん。どうして、どうして。いつも自分だけ生きているのか。 大事な物ばかり奪われて、大事な時にいつも無力なのか。 「良かった。あなたが無事で」 視界が眩いばかりに明るくなる。暗かったのは誰かの胸が目の前に有ったからで、その誰かは心の底から笑っていて――でも誰だかすぐには思い出せない。記憶が灼熱の鍋の中でかきまぜられていて、自分が一体どこに居るのかも釈然としない。 「駄目、行かないで。父さん、母さん、」 違う。父も母も、弟も、あの日奪われてしまった。生きているのは自分だけの筈なのに、なぜ炎を背にする彼がそこに重なるのか? 「大丈夫ですよ、こんどこそ、必ず守りますから」 ぽん、と頭を撫でられて、気が抜けた水鶏は意識を喪った。 「ハヤテ……」 最後に、彼の名を呟いて。
「やれやれ、折角の試験機がパアだ。哨戒は何やってんだか」 昭三は風にあおられ転覆し、ただの鉄くずと成り果てた零を見やって嘆息した。その下には赤い水たまりが出来ている。整備士が下敷きになってしまったらしい。よく見れば機体の端から助けを求めるように腕が伸びているが、ぴくりとも動かない。 彼は死んでいるな、と思った。 元々ステルス性に特化した機体を敵が開発しているのは解っていたが、まさか本土の哨戒網が再度突破されるとは考えられなかった。いや、考えたくなかった。 上空を仰げば、基地を破壊し尽くした敵機が我が物顔で旋回している。次の爆撃をしてこないのは、単純に余裕からであろう。 先の一撃で滑走路は半分から先が使い物にならず、基地に置いて有る飛行機は軒並み無用の長物と成り果ててしまった。 哨戒に出ている機体が戻ってくるまであと10分はある。 後は煮るも焼くも好きにすればいい。屍肉を狙うハゲタカのように彼らは獲物を品定めしている。 「負けたな」 悔しさより空虚さが先立って、昭三は涙した。 彼にも守りたいものがあった。だが、腕っ節に自身の無い彼は、誰かに頼るよりなく、故に少しでも力になれると信じて技師となった。 しかし、それも全て水泡に帰した。彼が半生を捧げた兵器は前線に出ることなく破壊され、後は蹂躙されるのを待つばかり。 「させませんよ」 絶望の中、凛と声を張る若者が一人。 力無く視線を地に降ろした昭三の前に、ハヤテが立っていた。 先程までとは別人の眼差しである。人の良さそうなまなざしから、一転軍人らしい鉄の意志を宿した瞳へ――恐らくこれが、水鶏をして雷雲に匹敵すると言わしめた彼の本性なのだろう。 「ドックの中に「零」はもう一機いましたよね」 「だから、なんだ」 確かに、調整のためにドックで寝ている機体はある。 墜落を経験し、ようやくオーバーホールを終えたばかりの一号機であった。 幸いにしてドックの中はそれ程爆風の影響を受けておらず、軽く片付ければ5分とかからず外には出せるだろう。 「出して下さい。この機体なら、例え今の滑走路の距離でも飛び立てる」 「馬鹿か。死ぬ気か」 一蹴。確かに可能だが、タキシング中に撃たれればそれまで。 もし離陸出来ても、高度を得る前に落とされるのは目に見えている。 「何もしなくても、死ぬ」 「最もだ」 それでも、出来ることがあるのなら。生きている限り諦める理由にはならないのだ。
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Re: 蒼の彼方(名前変更のお知らせ) ( No.56 ) |
- 日時: 2013/11/28 20:36
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- 細部まで点検作業をしている暇は無かった。
何よりも優先されるべきは早さ。次の爆撃で滑走路が完全に使えなくなる前に、不格好でも良いから飛ばなければならない。 乱暴に牽引車でドックから引きずり出された零に、ハヤテは飛び乗った。 取りあえずざっと計器に目を通し、すぐにスタータ・セレクタを捻った。スターター作動。エンジンクランキングスタート。フューエルジェットポンプ、オン。眠っていたエンジンにワイドカット・フューエルが流し込まれ、点火プラグから発せられる強烈な火花によって爆発。 回転計の値が上がり、スターターカット。スタート、アイドル回転ではエンジン以上なし。 パーキングブレーキ、オン。牽引車に離れるように手信号で指示。 その間にも点検できる所はひとしきりみておく事を忘れてはならない。 通常の半分も掛からずに、工程は終わる。 が、遅い。領空を奪われた以上、1分でも立ち止っていたら飛ぶまでもなく破壊される。既に攻撃されていない方がおかしいくらいだった。 敵ももちろん零の存在に気付いている。しかし、初動が遅れたのは、同時に南方から飛来する3機のF-15Jに気を取られていたからだ。 自らの存在を知らしめるがごとく、アフターバーナーを高らかに轟かせ――その轟音すらも置き去りにして瞬く間に戦闘空域に入り、一機が威嚇射撃。当たらない。しかし敵は隊列を解いて蜘蛛の子を散らしたように散開。数は8つ。単純に割っても、3機では必ず2機、あるいは3機を相手にせねばならず、手に余る。無謀な突進だ。だが、無謀は私も同じ。今はこの隙に離陸を試みるのみ。 だが、呆気にとられている暇は無い。スラスト、フル。フラップ、ダウン。ブレーキ、オフ。強烈な加速に、座席に背中が叩きつけられる。対気速度計、離陸速度へ到達。ピッチ、アップ。テイクオフ。ランディングギア、アップ。 瞬く間に地上が遠くなる。速度、マッハ0.5、0.6……まだ遅い。これでは間に合わない。 敵は必ず2機あるいは3機一対となり巧みなチームワークでF-15 達を責め立てる。戦いは数。覆せない道理だ。 ――せめてそこに自分が加われたなら!! まず翼に被弾したのは、3機を相手取っていたF-15Jだ。左翼の3分の1程が消し飛び、安定を喪った機は錐揉みに入る。 ぱっと、白い花が咲く。幸い、操縦士は脱出したようだ。 だが、安堵する暇は無い。放っておけば、すぐに全ての味方は撃ち落とされるだろう。 ――慌てるな!! “RDY?” ハヤテに呼応した様に、コックピットディスプレイに4文字のアルファベットが表示される。レーダーがようやく敵を捉えたのだ。 表示されているのは最も近い――つい今戦果をあげたばかりの3機。最大6機をロックオン出来るレーダーシステムでも、敵のステルス性能を相手にしては5割の仕事しか出来ない。 しかし迷わずにハヤテは空対空ミサイルを全弾発射。翼下につり下げられていたミサイルが切り離され、推進材に着火。瞬く間に超音速を突破し敵を落とすべく直進。 3機、ともに絶妙のタイミングでチャフを作動。囮の熱に吊られて、一発云百万の兵器は彼方へ飛び去る。全く見当違いの所で、タイマーにより起爆。 それでも、ハヤテが戦闘空域に達する手伝いにはなった。ついに零がその真価を発揮する時が来たのだ。 敵3機は慌てず、新たに飛来した目標へ向けて行動を開始する。 一機は加上方から。残り二機は急旋回して左右から囲う。 零は急上昇を終えたばかりで速度を得られていない。ピッチをダウンして速度を上げる。苦し紛れの逃げを嘲笑うようにして、3機はアフターバーナーを点火。 加速度では零に勝ち目は無い。 3機からの機銃掃射。それをラダーペダルを蹴り込んで間一髪躱す。だが、確実に追い込まれつつある。 彼我の距離は少なくなるばかり。このまま逃げに徹していても撃ち落とされるのは目に見えている。だが、恐れてはならない。まだ、遠い。もっと近くへ来い。 三つ編みの軌道を描いて責め立てる敵に、しかしハヤテは度胸で対抗する。余計な動作は不要。撃たれようが、横滑りで躱しきれる距離なら、どうにでもなる。距離さえあれば……。 いよいよ捉えられるまさにその寸前で、ハヤテはピッチをアップ。速度、減少。やや傾いた宙返りに入る。 速度を得ていた敵はややオーバーシュート。少しだけ引き離されて後を追う。 上昇は推力がモノを言う。ターボプロップとターボファン。優れるのは後者だ。 ハッキリ言って、上昇と言う選択は敗北を受け入れたに等しい。だが……。 ループの頂点に達するころには、零は失速寸前だった。追いついた敵は、三方から確実に機銃で制しようと弾丸を放つ。――ハヤテは機体反転させ、ラダーペダルを蹴りつける。 それは、的中して然るべき一撃だった――。木っ端微塵に砕け散る筈の零、しかし今、死神はその中から、敵の無防備な横顔を一望していた。 攻防一転。未だ零の残像を凝視している横顔に、機銃を叩きこむ。鉄鋼弾による横切り一閃。最後まで敵には何が起きたか解らないだろう。亡霊にでも撃たれたと思ったかもしれない。 再現されたる奥義“左捻り込み”。 かつての空の王を真似た零が、今ようやく、その座を取り戻したのだ。
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Re: 蒼の彼方 ( No.57 ) |
- 日時: 2013/12/21 09:44
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- 空で行われる華々しき戦い。多くがそれに目を奪われている隙に、ひっそりと地を蠢く影があった。
空軍基地から150メートル程離れた森、鬱蒼と茂る木々の間を黙々と縫うようにして基地へ向かって前進しているのは、実に10人以上の人間だった。 突撃銃を携え、息を殺し、湿った地面に体をなすりつけ、だがそれも慣れたもの。体を虫が這い回る不快感も、汗臭くなったシャツの臭気も、空腹と乾きに比べれば耐えられないものではない。 年のころは、下は10代後半から、上は20台半ばまでと比較的若い。彼らこそは、この戦いにおける火の国にとっての「敵」であった。それとも、その「駒」と言うべきか。 泥にまみれた肌の色は、白黒赤黄とまるで統率がない。 彼らには、名前もなければ理想もない。この戦いの意義さえ知らず、そもそも考えてすらいない。彼らが銃を手に取り人をためらいなく殺す理由は、ただ明日パンを食べたいからだった。 『同じ戦いならば、少しでも明日の食が確実な方が良いのではないか』 紛争の中に生まれ、読み書きを覚えるより先に銃の扱いを叩き込まれ、ものごころついたときには第一線で戦っていた少年少女たち。そしてあるものは飢えに耐え切れず、あるものは撃たれたままに放置され・・・・・・・。そうして命を終わらせかけていた者達に、黄色い顔の男達は手を差し伸べ、悪魔の問いをかけた。 是非も無い。肯定しか用意されていない選択。それでも、地獄しか知らない彼らは嬉々としてその手を取り、言われるがままに戦ってきた。それは今も変わらない。 密航船に乗り、怪しまれないように本土に潜伏し、最も守備が手薄になるルートから攻め入る。どうしてここまで的確な情報を手に入れられるかなど、気にも留めないままに。
たっぷり二時間以上かけ、慎重に慎重を重ねた果てに、ようやく林の端にたどり着く。そこは少しだけ高台になっていて肉眼でも門兵の数を確認できた。両脇に2人、詰め所に1人。位置的には全て狙える。 彼らのうち最も年長の青年が、手で合図をする。応えるのはステアーaugを携えた3人。風は無い。この距離なら、きっと的中する。 「お前が左、お前が右、お前が詰め所を狙え。カウントは3だ。気取られるなよ」 スコープのカバーが外される。 「3」 ここから先はタイミングと運だ。ズレれば回避され、突撃は不可能になる。 「2」 最も、首尾よく行ったとしても、元より正門を突破する無謀な作戦だ。 「1」 この後は弾幕を盾にして全力疾走する手筈。応援が来るまで果たして何秒かは分からないが、決死の150メートル走となるだろう。 「撃て!! 」 迷いも葛藤も押し殺しての合図。出来なければ、それはそれで明日が無くなる。 発砲は同時。的中は確認しない。後は運に任せて全力疾走するのみ。
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Re: 蒼の彼方 ( No.58 ) |
- 日時: 2014/01/15 17:35
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- ――かすかに香る火薬と血の匂い。遠くで響く銃声。
水鶏は、懐かしさと諦めにも似た奇妙な感情を抱きながら、体を起こした。 ドックのコンクリートの床に横たえられていたせいで、体の節々が痛むが、おかげで寝起きにもかかわらず頭はすぐにはっきりした。 懐に忍ばせた護身用のグロック17。プラスチック製の無味乾燥な肌触りをまずは確かめる。地上戦闘の経験はあまりないが、いざとなれば弾倉に納められた17発の9×19mmパラべラム弾が頼みの綱だ。予備の弾倉は2つ。計51発の銃弾は、単発では威力に乏しくとも頼りになる。 胸元から樹脂で編まれた凶器を取り出し、視線と射線を重ね合わせて周囲を確認。 ドック内に居たのは、水鶏の他には驚きとも呆れともとれる表情をした昭三だけだった。 「あんた、いっつもそんなもん持ち歩いてるのか。てか、こっち向けんじゃねえよ」 彼はというと、両腕で抱きかかえるようにして大きなスパナを携えていた。凶器ではなくとも、思い切り振り回せば人間の頭がい骨程度なら容易に破壊できそうな代物である。 「むしろ、戦時下において軍属の人間が何も持ち歩いていないほうが、不用心だと思います」 「……こうなってしまうと、返す言葉に詰まるな。その様子からして、何が起きているかは勘付いているのだろう?」 「ま、おおよそはね。だから、こいつは頼みます。使い方は簡単ですよ。握って引き金を引くだけ。猿でもできる。 私はこれでなんとかしますから」 甘さを恥じる昭三に、水鶏はグロックを押しつける。虎の子であるはずの護身銃を渡されて、さしもの昭三も顔を青くした。なにせ、銃に代わって水鶏が新しく懐から出したのは、刃渡り15センチ程のナイフだったのだ。 「どの道、拳銃なんて武装した相手には豆鉄砲か目くらましにしかなりません。今の装備で戦うなら、生き残りたいと思うなら、奇襲に対して奇襲し、確実に片づける必要がある。 そのためには、これ見よがしに銃器を携えたオトリが居るほうがやりやすいですから」 「お前なあ、仮にも上司に……」 「肩書きも大事ですが、そういうのは、生き残ってからにしましょう」 「……出来ると思うか?」 「可不可は知らないですが、やらないってのは、出来ない性分でしてね」 「奇遇だな」 昭三は、冷たい眼光で見据えてくる少女に、ハヤテの姿を重ねて破顔した。 「俺もだよ」
◆
「ハア……はあ……」 決死の突入から実に10分が経過。 撃って撃って撃ちまくり、殺して殺して殺しまくった。 逐一数えてなどいない。とにかく必死に戦いぬいた。 突入直後こそは、混乱に乗じて押せたものの、統制が取り戻されてからは数の暴力によって、一人、また一人と仲間たちは散ってしまった。 まだ生き残っているのは何人だろうか。 自分の位置もわからない。ただ確かなのは、自分がまだ生きているということだけ。弾丸は急所こそ外れているものの、すでに満身創痍。慣れ親しんだAUGが、ひたすら重かった。 このままでは、駄目だ。廊下の窓から、隠れられそうな場所を探す。――外に建てられた掘立小屋を見つけた。 これだけ騒ぎが起きているのに人気がなく、もし逃げるなら敵がこちらを見失っている今をおいてほかにない。
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Re: 蒼の彼方 ( No.59 ) |
- 日時: 2014/01/27 19:20
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- 朦朧とする意識。手当をせねば、いずれ手遅れになる。
――死にたく、ない。 それだけを考えて、それ以外すべて――怪我ことすらも忘れ、ひた走り、ようやくたどり着いた場所。 「……」 だが、希望を求めた果てにも、絶望は容赦なく待ち構えていた。 外装こそ襤褸を被せて造られた掘立小屋でありながら、一度その中に入ってみれば鉄骨で作られた内装はいかにも軍事施設然としいた。何より推して知るまでもなく、机の上に置きっぱなしにされた工具や、オイルの臭いからして、ここが何らかの兵器をメンテナンスする為の場所であることは明らかだった。やけに広々とした空間があるのは、飛行機か戦車だかの格納庫だからだろう。 そっと入ってきた扉を閉める。べったりとドアノブに血糊が張り付いていた。 『もう、時間が無い』 呼吸を殺し、ステアーAUGを構えて気配を探る。 幾ら耳を澄ましても、自分の動悸の音だけ。血と汗を、たっぷりと吸ったジャケットが重い。 鬱陶しいまでの静寂。それでも、戦場で磨き抜かれた勘は、確かに警鐘を鳴らしている。 おそらく居るのは一人――いや、それより上手く気配を消している者が更にもう一人。 本来、動くのは下策。だが、時間が無い。余りにも血を流し過ぎた。 昏倒していないのは、ほとんど奇跡だった。 『ああ、神様どうか。こんな私にも慈悲を』 「彼女」の祈りに答えたのは、果たして神だったのか。 「う、うわあぁぁぁぁ!!」 工具を収納する棚の裏から、一つ目の影が躍り出る。 半狂乱となって叫び声を上げる男は、驚く事に防弾チョッキ一つ付けていない。おそらくここに詰めている整備工だろう。 ただ、その両手に握られているのはスパナではなく拳銃――グロック17だった。 必至に指を動かし連射する男。しかし防弾装備に身を包んだ彼女が前では、9mm弾なぞ玩具も同然。衝撃が傷口に染みるのさえ我慢すれば、どうということはない。 加えて、男の腕は素人同然だった。一発目は腹に、二発目は外れ、もう一発は足。 装備の隙間を狙われない限り、彼女に敗北は無い。
対して彼女が携えるのは武装していない人間にとって、致命的ともいえる火力を持つアサルトライフル――ステアーAUG。ただ一発、冷静に撃ち込めば勝利は手に収まる。 男が3発の銃弾を無駄にしている間に、彼女は既に狙いを定めきっていた。 幸い、もう一つの気配が動いた様子は無い。……いや、そもそも気配そのものが無くなっている……? 焦りが込み上げる。まずはせめて、目の前の男だけでも殺さなくては!!
彼女が狙いを定めるまでの、僅かな時間。瞬きをするより短いタイミングの中で、戦の申し子――朱鷺戸水鶏は速やかに行動を起こしていた。 相手が強いことは、解りきっていた。なにせ、軍事施設に少数精鋭で押し掛ける兵どもである。だから、正攻法では経験に劣る水鶏には分が悪い。 まず、格納庫に近づく人影の数が一つであることを確認すると、迷わず相方を囮にすることを選んだ。作戦は単純。昭三にグロック17で気を引いて貰い、その隙に水鶏がナイフで仕留める。それだけ。 それから、敢えて僅かに気配をだし、威嚇しておきながらここぞと言う時に、影のように意識の隙間を縫って敵の真横から飛び出したのだ。
まず一手。構えたナイフを投げつける。防弾チョッキは刃物に弱い。既に手負いの敵からすれば、心臓めがけて飛来するナイフは、まさしく脅威に他ならない。 しかし相手も流石は精鋭。超人的な反応速度で見事そのナイフを左腕で防御する。 二手目。力強く一歩を踏み出す。引き金から敵が指を離した今が好機。既に近接した間合いにより、銃のメリットはつぶされている。 「私は」 『私は』 三手目、体重を乗せた正拳突きを鳩尾に叩きこむ。筋力そのものについては決して優れているとは言えない水鶏でも、手負いのせいでほぼ全身が急所となってしまった相手になら充分な威力となる。 加えて、相手の体重は、余りにも軽すぎた。 水鶏の突きに耐えきれず、仰向けになって倒れた拍子に、ヘルメットが外れる。あどけない少女。まだ垢抜けない顔つきには、血糊と泥、そして絶望が張り付いていた。 「生きるんだ!!」 『生きたかった……』 気がつけば、両者は共に涙を流していた。 目的は同じ。互いに罪は無い。恨みは無い。 生きる為に、殺す。殺される。 「貴様、名は有るのか」 水鶏は地面に放り出されたステアーAUGを素早く拾うと、銃口を敵の眼前に置いた。 「ない、何も。この命以外」 小鳥の囀る様な高い声だった。小柄な体躯と言い、おそらくこの敵の年は10代前半だろう。 それでも、水鶏は決断せねばならない……いや、もう敵の……この少女の行く末は決まってしまっている。他ならぬ水鶏が、決めてしまっている。 「欲しいと思ったことはあるか?」 少女は、首肯する。もう、目も見えていない。ただ、うすら寒い死に埋没してゆく意識の中で、その声は少しだけ暖かく感じられた。 「ならば、君の名はこれより燕だ。渡り鳥のように気ままに往け」 「……はは。今更……か」 それは、最後に見るにしてはあまりにも優しい夢だった。彼女の命は銃や剣と同じ。所詮は使い捨ての道具、故に名もなく、殺す以外に意味もない。 地を這う虫のような私に、翼のある動物の名をくれると言う。 嬉しくて、もう少し生きていたくなる。つばめ……口の中で転がしてみると、何故か口の端が吊り上がった。 「私を恨め。私は君の恨みを、無念を……いつまでも覚えていよう」 「それは、優し……すぎるよ」 誰かの胸に残ることが、こんなにも安らかな事だとは、思わなかった。自分が死んでも、彼女が覚えている限り、自分と言う存在は無にはならない。 「あなたの、な……まえは……?」 だから、本当に最後にもう一つだけ、少女は知りたくなった。 「……朱鷺戸水鶏だ」 「ふふ、なんだかそれ、親子……みたい。あなたが、お……母さんだったら……きっと」 燕と名付けられた少女は、不器用にはにかんで見せると、そのままただの肉塊に成り果てた。 「よりにもよって、この子は私を母と呼ぶのか」 水鶏は銃口を下げると、絞り出すようにして言った。 「……本当に、私はこの世界について、何も解っていなかったんだな」 流れ出る涙を拭いもせず、立ち尽くす彼女に、居合わせた昭三は声も掛けられない。 憐れんだから、ではない。 その瞳に宿る怒りの光。燕と言う少女に与えた、慈愛の裏返しから来る、全てを焼きつくす炎。それを恐れたからだ。
「変えてやる、この狂った世界を」
水鶏の最後の呟きは余りにも小さく、昭三にすら聞き取れないものだった。 しかし、それに応えるようにターボクロップの雄々しい轟音が、その役目をひとまずは終えて滑走路に舞い戻って来ていた。
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Re: 蒼の彼方 ( No.60 ) |
- 日時: 2014/01/27 22:09
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- 第11幕「未来と過去」
燕の死体は格納庫の裏、林に隠すことにした。死体が味方に見つかれば、まともな弔いも出来なくなる。反逆行為だが、気にする必要もないだろう。 それよりも、虫やカラスが集る前にどこに移動するか、どのように弔ってやるかの方が気に掛かった。 「チクるか?」 「いや、やめとくよ」 昭三は、木の幹にもたれ掛けさせた骸を一瞥すると頭を振った。燕は顔も肉体も余りに幼い。表情もそれに見合っている。それが死の間際でなければ、の話だが。 いかに彼女の人生が壮絶だったかは、本来垢抜けない年頃であるはずの少女が、無慈悲な死に対して最後に笑えた。それだけで、推して知るには余りある。 何も死後まで、冒涜される必要はあるまい。少なくとも、それを望むほど昭三は冷酷になれなかった。掌には、運んだ時に感じた、彼女の軽さがまだ残っている気がした。 「ありがとう」 水鶏は、丁寧に燕の顔を拭いてやった。血糊の下の肌には、幼さ故の弾力があった。それも、死後硬直で固く、冷たくなっていく。水鶏は母が娘にするように肌を拭き、手で髪を漉いてやった。 「この子を、綾崎にも見てもらいたい。だから、埋めるのはその後だ」 「……この先に、少しだけ陽のあたる場所がある。弔う花としては些か役者不足かもしれんが、花も咲いてる」 「よくそんな事を知ってるな」 「俺のカミさんが、花を好きでね。それも、薔薇なんかの派手な奴じゃなくて、道端に生えてるような価値もないヤツを」 「贈り物というわけか」 「ああ、だがアンタの好きに使ってくれ」 「何から何まで、済まない」 水鶏は目を細めた。しかし、どのような顔をしていても、双眸に宿った焔は少しも消えていない。もう何も忘れない、何も蔑にしない。そう心に決め、怒りに、悲しみに、絶望に、研ぎ澄まされた女は、だが今は優しく娘を眺めている。
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Re: 蒼の彼方 ( No.61 ) |
- 日時: 2014/02/02 21:10
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- 慟哭と血が散々降り注いだ後でも、空は澄んでいる。ハヤテは木々の枠から覗く青を、眩しさに目を眇めて眺めた。
鬱蒼と茂る森の中、まるでスポットライトが当てられたように、ぽっかりと広がっている広場。蝶が舞い、花が慎ましく咲いている。背の低い草を踏み分けると、つんと草いきれの香りと、日に温められた土の優しい臭いが漂う。そこには、戦いの日々を忘れてしまいそうな、穏やかな時間が流れていた。 それを侵す生臭い鉄の臭い。ハヤテの腕の中からだった。 「……それじゃあ、俺はここまでだ。一足先に帰ってる。流石に向こうに誰も居ないと怪しまれるからな」 昭三は肩に担いでいたシャベルを地面に突き刺す。柔らかい腐葉土は、鉄を静かに受け入れた。 「ああ、ここなら充分だよ。ありがとう」 謝礼を述べているのは、水鶏だ。彼女もシャベルを両手に携えている。 手を振り、踵を返す昭三。その背を一瞥もせず、ハヤテは空から落とした視線を、腕の内に固定していた。
◆
おっとり刀で機体から飛び降りたハヤテを待っていたのは、べったりと血をツナギに貼り付けた水鶏と、何かを諦めたように嘲笑を浮かべた昭三だった。 水鶏はただ一言「手伝ってくれ」とだけ言うと、ハヤテの手を半ば強引に引いて一人の少女に引き合わせた。 「これが、敵だ」 水鶏の説明は、実に簡潔でそれ故に、容赦無かった。 若い、どころか幼いと言って良い少女。それが、彼が空で戦い、あまつさえ殺してきた一派であると言う事実。 「この子、……燕を、弔いたい。無理にとは言わんが、もし君が運んでくれるのなら助かる」 残酷な真実を前にして、ハヤテはただ黙して頷いた。
◆
両腕に抱きかかえられているのは、まだ柔らかさを残す、少女の肉体。表情だけをみると、父に抱きかかえられて眠る幼子のように安らかだ。だが、余りにも軽く、儚いそれには、本来あるべき体温が無い。 それを見つめる瞳に宿るは、怒り。 そう、ハヤテの沈黙は絶望ではなく、度を越した憤怒によってもたらされている。 「その子に名前を付けたのは私だ」 水鶏は独白するように語りかけながら、シャベルを突き立てる。一度掬っただけで、地面には燕の頭ほどの穴が空いた。 「止めをさしたのも、な。私は、私を赦せそうにないよ」 再びシャベルが地面に突きささる。 「これからずっと、私は今日のことを引きずるだろう。そうありたいと、思う」 「僕だってそうだ」 ハヤテはようやく顔を上げ、炯々と炎を灯した瞳で水鶏を睨みつける。 「今更だけど、こんなの間違えてる」 ハヤテは燕をそっと草のベッドの上に降ろす。シャベルを手に取り、深々と地面を抉る。 一度で水鶏の二度分の穴が空く。 「ああ、そうとも」 水鶏の首肯を最後にして、辺りには土が抉られる音だけが響いた。 やがて時間の感覚が希薄になったころ、人一人が埋められるだけの穴が空く。と言っても、深さはせいぜいハヤテの半分程しかない。燕の体を埋めるにはそれでも充分過ぎるほどだった。 二人で燕をその中へ収める。穴の中に横たえられた燕、水鶏はその髪をもう一度手櫛で梳かしてやり、額と額を触れ合わせる。 一方ハヤテはそれを眺めながら、未だ腕に残る少女の軽さを、じっくりと噛み締めた。 弔いの儀でありながら誰も涙しない。涙を流して、忘れてはならない。
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Re: 蒼の彼方 ( No.62 ) |
- 日時: 2014/02/20 20:50
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- 木の枝で作った粗末な墓標。その足下に横たえられたステアーAUG。
うす暗く陰り始めた森の中で、二つの人影が黙祷を捧ぐ。影よりなお暗く、沈鬱とした焔を瞳に湛えた幽鬼。数多戦いを潜り抜け、絶望の果てに真理にたどりついた者ども。 尤もらしい理由があっても、振り下ろした拳は所詮暴力。だが、その行いが罪に問われることはなく、得られるのは華やかな勲章のみ。故にこれより先、皮肉な結末に彼らは拳を振り上げる。仮令それが正しさとはかけ離れた手段であろうとも。 暴力の贖いは暴力で。血と硝煙にまみれた茨道のみが、残された未来だった。 「なあ、綾崎。私と共に居てくれるか」 「何を今更。僕が今こうしてここにあるのは、貴方が居るからなのに」 絶望に挫かれ、生きることを諦めた時、死ぬことを諦めさせてくれたのは水鶏だった。その日から彼の命は彼女のためにあり、彼女が望むなら何も断る理由はない。 「こんな狂った人生でも、独りにならなくて済むのは、うれしいな。まるで嘘みたい」 「ああ、僕たちは生きている。ここにある。それが全てで、これがその証です」 女の絶望を悼み、男は腕に細い腰を抱く。女もまた、男の逞しい背に細い指先を回した。互いの存在を確かめ、脆さを補い合うように。 「これも全て嘘だったら、夢だったらよかったのに。……けれど私はこの暖かさを手放したくないとも思ってしまっている」 肌が触れ合い、ようやく解った答え。女が男を愛する理由など、ただこうして隣にあるだけで十分だったというのに、随分と遠回りをしてしまった。 「チクショウ、どうしてこんなに……幸せなんだ……」 感情の吐露。水鶏は、恋が理性を上塗りするほど激しいものだと、今まで知らなかった。 「ああ、綾崎……綾崎……っ!!」 鬼は怒りに勝るとも劣らぬ激情に涙する。愛する者の名を呼び、その寵愛を欲する。 男という存在を厭ってきた少女が、ようやく得た希望。だが、それは許されぬほど、我が身が堕ちてしまっていることを、水鶏は弁えている。だから、愛しているとは口に出さない。歯を食いしばり、最後の一線を越えぬように堪える。 「本当にあなたは、もう少し何かを望んでも良いのに」 しかし、ハヤテは優しげに耳元で囁くと、半ば強引に女の唇を奪った。 「僕にも、あなたしか居ないのだから。あなたに答えるのは、僕の義務だ」 唇を離して、嘯くハヤテ。水鶏は思わず苦笑してしまう。 「ずるいわ」 ほほ笑む2人の顔には、諦めにも似た優しげな笑みが浮かんでいた。
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Re: 蒼の彼方 ( No.63 ) |
- 日時: 2014/02/21 17:29
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- 二匹の鬼が契りを交わしてから、およそ一年の月日が過ぎた。
情勢は変わらず、敵の正体は依然不明。多くの命が無念の内に失われ、蓄積していく恨みや妬み。だが、それでも人の営みは続いていく。消えゆく命があれば、生まれる命があるのもまた必然。 今は細々と呼吸をして、鼓動によって生きながらえているだけの命。ひとつ力加減を間違えれば、崩れてしまいそうだった。 男は細心の注意を払って嬰児を抱きとめる。 そも、男というのは自ら腹を痛める必要がない分、女と比べると赤子との繋がりは薄い。正直なところ、つい先ほどまで彼は、自分の子供がどういう存在なのか理解しきれていなかった。 だが、両手で掬える程小さな命に触れたとき、この子を愛しいと思ってしまった。理屈ではない。天啓がひらめいたかのように、突如としてその感情は浮かんできた。 「……赤ちゃんって、可愛いものですね」 血に塗れ、絶望だけを紡いできた両腕が、今や希望に溢れた命を抱いている。男は涙を堪え、鼻を啜った。 「当然よ。私たちの子だもの」 女は誇細める。産後の憔悴からまだ立ち直っておらず、体を起こしているだけでも億劫なはずなのに、逞しく声を張って我が子を誇る。 「燕、私たちの未来。私たちの希望」 「……っ!!」 しかし、男も女も知っている。彼らには、正しくこの赤子を愛してやることは出来ないと。今も記憶にまざまざと残る、一人の少女の顔。同じ名を与えられた、不幸なる命。 自らの子にその名を与えたのは、自らに枷を課したようなものであった。罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。 「この子はきっと、僕たちを恨むんだろうな」 「だからこそ、この子を愛してあげましょう。形が歪でも、それがこの子を産んだ私たちの義務でしょう」 「君は、変わったな」 「そうよ。女と母は別の生き物だから」 嘯く女の横顔には、今は女としての強さが湛えられている。 「だから、私はこの子のためにも未来を勝ち取らなければならない」
それから半年後、まだ乳離れも済んでいない燕を残して、突如として女――綾崎水鶏は夫、綾崎ハヤテの元から姿を眩ませることになる。手の掛かる赤子の世話の手伝いを、初めに買って出たのはヒナギクだったが、彼女も多忙の身。指揮官としての才覚を見出された彼女の階級はこの時中佐であった。 加えて、時折ある襲撃のせいでハヤテも容易には持ち場を離れられず、結局のところその任は決して徴兵されることのない瀬川泉が担うこととなった。 彼女は眉ひとつ動かすことなく、己の恋した男の、子供を抱くと、不自由な体で世話をし、愛した。
その結末は既に語られた通り、赤子――燕は逞しく、優しく成長した。 そうして、物心ついた今、燕には父と母の全てが語られている。 英雄として生きた父と、裏切り者として名を残した母の、物語を。
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Re: 蒼の彼方 ( No.64 ) |
- 日時: 2014/03/03 09:32
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- 最終幕「空へ」
先に広がるのは、いつだって真っ暗闇、掛け値なしの絶望だった。 誰かが意図しているかのように、幸福とは縁遠い人生。だが、だからこそ孤独の痛みを知り、愛を誰よりも知ることが出来た。愛する女を、誰よりも理解してやることが出来た。 書置き一つ残さず、ただ何よりも愛した娘だけを残して消えた、水鶏という女。 半年が過ぎても、その行方は杳として知れないが、ハヤテは少しも彼女を責める気にはなれない。何をしているにせよ、真に未来を勝ち取りたいと願ったための結果であると、信じていた。
その日も空を守る任に在りながら、ハヤテは静かに愛娘――燕の寝顔に想いを馳せていた。まさか、空よりも愛するものが出来とは、ハヤテ本人にとっても意外なことであった。 ほんの一年ほど前までは少しでも地上から逃れたかったのに、今では一刻も早く仕事を済ませて小さな体を抱きとめてやりたくて仕方ない。 愛機ゼロは、恋人の不実を咎めるように、おおんとエンジンを唸らせる。 ハヤテは慣れた手つきでスロットルレバーを調整すると、口元に嘲笑を浮かべた。 空に戦の神が居るとしたら、既に自分を見放したことだろう。かつての自分の強さは、時を追うごとに薄れている。技術の面でこそ円熟と呼んでいい域に達しながら、だが昔のような閃きは浮かんでこない。どうやって自分が後方の敵を察知していたのか、もう自身でも解らない。それでも、ハヤテが最強の座に居続けているのは、体に蓄積されたノウハウによるところが大きい。どうすれば相手を殺せるのか、あるいは自分が生き残れるのか。その判断の早さは他の追随を許さない。 しかし、ハヤテが戦う土俵は最早相手と同じ。ひたひたと、死神が歩み寄ってくる音は、日に日に大きくなっている。
出来れば、今日も平和に終わってほしいと、そう願ったまさにそのとき。ハヤテの目が米粒ほどの黒い影を認識する。 心の奥底ではため息を深々と吐きつつ、だが表には一切出さず、ハヤテは無線に語りかけた。
■
5対5の、オーソドックスなドッグファイト。それぞれが見定めた相手に狙いを定め、レースを編むように交差する。 味方が駆るのは、ゼロのコピーたち。ハヤテの持つ近接格闘の技術を叩き込まれた彼らは、左捻り込みも木の葉揺らしも完璧にこなすエリート。 対するは漆黒の翼でレーダーの目から隠れる敵機。エンジン出力そのものではゼロを遥かに凌ぎ、容易く背後を取ることが可能な優秀な機体。 必然、追うものと追われる者は決定され、ゼロは相手の虚を突くタイミングを計り、敵機は更にその先を読まんとする。 小さな旋回半径で宙を舞う綿毛のごとく火線を掻い潜るゼロたち。圧倒的なはずの戦いは、だが完全にゼロがペースを握っている。 あせった者からから順に、一つまた一つと敵は散っていく。 ハヤテもまた、自らのタスクを終える。決め手はいつものように左捻りこみだった。
容易い、あまりにも容易い作業。だが、あの中にも誰かが乗っていることを忘れてはならない。コックピットの向こうに透けて見えるのは、とある少女の顔。娘と同じ名の少女。
気が付けば、空は再び静寂を取り戻していた。 圧倒的な戦い。それでも自軍の被害は、無ではない。5つの機影は1つを欠いている。サイコロを振るような戦いだ。投げて、悪い目を出した奴から死ぬ。強いか弱いかなんて、関係ない。
今日もまた幸運な目を出せたことに安堵しつつ、ハヤテは幸運――あるいは不運にも大破を免れ、しかし操縦不能になって滑空していく敵機を見やる。 中心を撃ち抜いたつもりだったのに、見事な腕前だった。1つ違えば、同じ結末をハヤテも辿っていたであろう。 不意に、そのコックピットの中からチカチカと照明が焚かれる。モールス信号だ。 『オウトウセヨ』 味方が居ない状態で、誰に言っているのだろうか。 不意に悪寒が走って、ハヤテはコミュニケーションシステムを復活させる。 果たして、聞き覚えのある、聞きたかった、そしてこの場では最も聞きたくなかった、声がノイズに乗って聞こえてきた。 『燕は、元気にしているか?』
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Re: 蒼の彼方 ( No.65 ) |
- 日時: 2014/03/04 23:39
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- 『え……?』
『いつもながら勝手で済まない。だが、時間もない。簡潔に言わせてもらうよ・ ……私は、心の底から君たちを愛していた。 君がこの世界に居て、燕を産めたこと。それだけで、私は十二分に幸せだった』 ハヤテには訳が分からない。どうして、水鶏がここに居る。敵として、相対している?あまつさえ、この台詞はなんだ。まるで今わの際を悟ったようではないか。 『待て、行くな!!』 『……ふふっ』 最後に照れたような笑い声を残して、無線は切断される。 水鶏の機体は追い切れない。遥か彼方へ。まるで死を急ぐように落下していく。 だが、地上付近で不意に揚力を取り戻して滑空。地面効果。いつかハヤテが見せたのと同じ方法。その先には、この国の要がある。
けたたましくアラームが鳴り響くコックピット内、水鶏は笑みを浮かべてシートに座っていた。 全く、最後の最後に、神様はとんでもない贈り物をしてくれた。 共に飛べば、相手が愛する男かどうかなんてすぐに知れる。些か衰えていたものの、それでも全力の己を凌ぐ技術。先を読んでも対処しきれない、絶対的な格差。 やはり、燕のことはハヤテに任せて正解だった。彼ならきっと、水鶏のように詰らない理由で死んだりはしない。父として誇らしく、燕に胸を張れる人生を送れるだろう。 彼らが、美しく生きる為なら、彼女はどんなに汚穢に塗れようとも構わない。
思考を一時占有した、優しい二つの名前を、水鶏は最も忌み嫌う者どもの名前で塗り替える。パフォーマンスとしての戦争を企画し、実行した悪魔たちの名前。彼らを殺すため、彼女は老人の甘言に乗って敵国の刺客となった。実際は、そこは、敵国とは名ばかりの、さらってきた子供たちで構成された訓練所のようなところであったが。
そのような地獄を作り出した男たちは、今火の国の防衛の中枢を担う人物達として、名を連ねている。 彼らを殺しつくして初めて、彼女の戦いは終わる。
射出装置のレバーを引いて、シートごと体を空に踊らせる。棺の中のようなコックピット内とは違い、空は悠々と裏切り者を受け入れていた。 武器は拳銃と、長年の憎悪のみ。だが、背負うのは愛する者の未来。 負けるわけには、いかなかった。
◆
鉛のようになった体を、水鶏は大木の幹に預けた。 ずるりと、その場に崩れ落ちると、幹には赤く血がこびりつく。 ここまで逃げたら、もう安心だろう。 水鶏は粗末な墓標を横目で見る。 孤軍奮闘。虫一匹を逃さない厳戒態勢の中を、最小限の被害と、最大限の効率でもって殺しつくした。 何人かは、ただ国に忠誠を誓った潔癖の者どもだっただろう。必要な犠牲として切り捨てたが、許されないことだとは理解している。 「なあ、ハヤテよ」 静かな森の中に、震えが走る 腐葉土を踏みわける軍靴の音。苦悶に顔をゆがめる男が、木々の合間から姿を現す。 「……」 「そんな顔をするな。可愛い顔が台無しだろう?」 「僕は、あなたに対しても間違えてしまったのだろうか」 水鶏は思わず噴き出した。ハヤテは、水鶏の裏切りが、自分に非が在るものだと思っているらしい。会った瞬間に罵詈雑言を吐きつけられると覚悟していた水鶏は、体の力が抜けてしまう。 「大丈夫だよ。君のせいじゃない。これは、私がやるべきことであり、私が背負うべき罪だった。だから、なにも悼む必要はない」 「それを、僕が代わりに背負うことは出来なかったのか」 「その気持ちだけで、十分だよ」 睡魔が水鶏を襲う。体中の痛みが無くなり、優しげな安堵が、水鶏を誘う。 「それでも、君が少しでも私に代わりたいと願うのなら……そうだな。最後まで、どうか燕を守ってく」 「……ああ」 「ふふっ。本当に貴方は、私には勿体ないくらい素敵な男の人だったわ」 最後の力で水鶏は笑顔を装うと、それきり二度と動かなくなってしまった。 後に残されたハヤテは一人、声を殺して慟哭する。 愛する女の体を抱きよせ。全ての結末を呪いながら。
遠くから響くサイレンの音。今更感慨もない空襲の合図。 ハヤテは重い足を引きずって、また別の地獄へ歩き出す。どこへ行っても、希望は無い。 それでも、ハヤテは任されたのだ。愛する者の、未来を。
再び、ハヤテは空へ。椅子取り合戦の必要はない。望めばいつだって零はそこに在る。
空の向こうには蚊柱のように黒い斑模様が描かれている。 うんざりするほどに、獲物がいる。撃てば当たり、撃たなければ死ぬだけの空。 ハヤテは、戦い続ける。 いつまでも、いつまでも。 数に押されて、やがて零の翼が吹き飛ぶ。 構わない。堕ちながらでも戦ってやる。
「燕」
呟くと、それだけで温かいものが心に広がった。愛する者を失い続けてきた彼にとって、いまはそれだけが、全てだった。
◆
とある病室。枯れ枝のような腕が、天井に向けて延ばされる。 数年の時を経て。ようやく目覚めた、少女。 うすぼけた視界には、女として艶を増した栗毛の女性が映る。 驚愕と感動に目を見開いた、マリアの顔。 「ハヤテ……?」 だが、呼べば来るはずの少年だけは、そこには居なかった。
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Re: 蒼の彼方 ( No.66 ) |
- 日時: 2014/03/04 23:57
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- エピローグ「残された者たち。生きて行く者たち」
英雄の忘れ形見、綾崎燕。 髪の色は母譲りにして、円らな瞳は父譲り。両親の強さを受け継いだ少女は、今、泉の膝の上で安らかな寝息を立てている。
不意に、呼び鈴がなる。身動きの取れない泉は、居留守を使おうかと迷ったが、客人は勝手に鍵を開けて入ってきた。泉の事情を知る者ならでは、である。 「ああ、ナギちゃん、ヒナちゃん。また来たの?連絡してくれてれば、お茶くらい用意するのに」 金の髪と、桜色の髪の女性は、どこか寂しげな視線で燕を見下ろしている。 少女らしいあどけなさは消え、方や深窓の姫君のように美しく、方や鍛えられた鋼のように強く成長した女たち。 いずれも、同じ男を愛した女たち。 「ごめんね、今この子寝ちゃったの」 泉が言うと、二人は静かに背を向けた。 「幸せそうな寝顔だな」 「また来るわ、困ったことが有ったら行ってちょうだい」 「うん、ありがとう」
護られた世界。その中で少女たちは過去を引きずりながら。 血で血を洗う戦いは終わり、残されたのは空のように広々と広がる未来だけ。 その世界で、彼女たちは生きていく。
泉は燕の頭をもう一度撫でると、その額に軽く口づけた。
fin
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Re: 蒼の彼方 ( No.67 ) |
- 日時: 2014/03/05 01:00
- 名前: ピーすけ(元ピアノフォルテ)
- あ と が き & 次回作予告
今までで一番描きにくい作品でした。 正直、背伸びしすぎたかなあ……。風呂敷の広さが私のキャパシティを完全に超えてました。修行不足、サーセン。終盤は急ぎすぎましたね。 ま、いつものことなんですけれど(ヲイ
でも、ちゃんと希望もあったでしょ?(言い訳)
ぶっちゃけ、タービン機じゃなくて、時代に逆行してでもレシプロでやればよかったなあと思ったり。 でも、レシプロの時代だと第二次世界大戦を無視できなくなるので、それもちょっと……。
次回作は一度原点に振り返って、小さな規模でのんびりとした作品にしようと思っています。ハヤテには一度も銃器や刃物を握らせない予定ですので。どうぞお楽しみに(?)
予告
ある日、ハヤテのクラスに転校生が!! プラチナブロンドの髪と、蒼玉の瞳をもつ少女の名前はアリア・オールドマン。 父、ジャン・オールドマンの仕事の都合でやってきた、ちょっと天然で歌が大好きな彼女。そんな彼女を中心として引き起こされる、家族愛と、恋愛をテーマにした物語。 タイトル……Shape イメージソング……讃美歌517番 脚本……ピーすけ
キャスト 主人公……綾崎ハヤテ ヒロイン……アリア・オールドマン(new!!) ヒロインの父……ジャン・オールドマン(new!!) 友人たち……朝風理沙、瀬川泉、花菱美希、桂ヒナギクetc......。
で、お送りします。
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