Re: 聖母の福音 〜憧憬は遠く近く ( No.1 ) |
- 日時: 2016/08/17 20:25
- 名前: どうふん
- 第2話:聖母の述懐
「同じって・・・どういうことです、マリアさん」訊くまでもないことを、訊かずにはおれなかった。ハヤテの全身から冷たい汗が噴き出している。 「ハヤテ君も言ったじゃないですか。ナギは成長してもう私の役目は終わったんです・・・」 「な、何を言ってるんです。マリアさんは、お嬢様にとって心の支えで・・・」お母さんで・・・という一言は飲み込んだ。 マリアは軽く首を振って微笑んだ。その笑顔が寂しげな影を帯びていて、ハヤテの胸は締め付けられた。
マリアが初めて会った時のナギは、人見知りでワガママな引きこもり娘だった。そのナギがマリアだけには懐き、甘えてきた。そんな姿が何とも言えず可愛くて、そしてある意味優越感を持ってマリアは進んでナギのメイドとなり、実際には母親のように温かく見守ってきた。 『この子には私が付いていないと・・・』 だがそれは当人のために良かったのか。マリアがメイドになってから、ナギが目に見えて成長した、ということがあっただろうか。
ナギの成長を感じることができたのは、ハヤテと一緒に暮らすようになってからだった。 恋をして、振られて、それを耐えて昇華させることができた。夢を目指して頑張ることを覚え、同じものを目指す恋人や仲間も得た。その夢のほんの一部でも成し遂げることができた。 そしてその多くは自分とは直接に関わりのないところで導かれたものだった。
自分がナギの傍にいてもナギの力にはなっていない。 いや、むしろ自分が愛情を注いで、甘えさせることでナギの成長を阻害していたのではないか。 いつからかそんな疑問に捉われるようになっていた。 例えそうでなくとも、自分は、成長したナギにとって家事をするだけの単なるメイドに過ぎなくなるのではないか。 それだけはイヤだった。ナギの特別な存在でないとしたら、ナギの傍にいる必要もない。
「ハヤテ君も、あの子が変わったって思っているでしょ。だから私ももう子離れする時かな、と思っているんです」 そのセリフは聞いたことがある。マリアが誰にも気づかれずに大学を受験し、ハヤテ、ナギそしてヒナギクと一緒に入学する時に。 「そ・・・それならマリアさんも大学に通っていますし・・・子離れならもう十分・・・」 「確かに大学に通って良かったですわ。私自身、外に出て色んなことを知ることができましたし。 でも、もともとはナギが心配で大学でも一緒に付いていて上げようと思ったのがきっかけです。だけど・・・私はナギを見縊り過ぎていました。もうナギは親離れして、自分の意思で頑張ることができるんです」 「で、でも。確かにお嬢様は頑張ってはいますけど、マリアさんがいなくなったら・・・。お嬢様には身寄りもないのに・・・」 「だから大学を辞める気はありませんよ。お屋敷は出てもナギやハヤテ君の前から完全に姿を消すわけじゃないんです。 ただ、ナギのメイドであるマリアとはサヨナラしようと思うんです。ハヤテ君と一緒ですよ」
ハヤテは反論の言葉を失った。「でも・・・、それは・・・」と意味のなさない言葉を発していた。何か声を出さなければ、それを認めてしまうような気がした。 「ハヤテ君、気付いてます?私、もうすぐハタチになるんですよ」立ち上がったマリアは、見とれるような微笑みをハヤテに向けた。寂しげな影を振り切ったように思えた。「私もそろそろ卒業するには良い時期です。だから笑顔で見送って下さい」
****************************************************************:
ハヤテは一睡もできず朝を迎えた。引き留めるべきだ・・・とは思うが、その理由は何だろうか。そもそも自分もいずれはナギの元を離れることを考えているのに、マリアを引き留める資格はあるのか。
(そうだ、朝ごはんの準備をしなきゃ・・・)キッチンにはいつもと変わりないマリアの姿があった。 「あら、ハヤテ君、お早うございます」 「あ、お早うございます、マリアさん。手伝いますよ」流し台でせっせと手を動かすマリアの横に立った。 「じゃあ、お願いしますね、ハヤテ君」○○をして下さい、などという言葉は必要ない。マリアの動きとキッチンの様子を眺めるだけで、ハヤテは自分が何をすべきかわかる。以心伝心の二人に掛かれば、たちまちのうちに調理から盛り付けまで終わろうとしていた。 ハヤテはマリアを手伝いながら、横目でちらちらとマリアの横顔を眺めていた。軽くハミングしながら作業を進める楽し気な表情を見ていると、昨晩の出来事が夢だったように思えた。 「あ、あの・・・、マリアさん」 「はい、何ですか」マリアの屈託のない笑顔は変わらない。ハヤテは口ごもった。 「え…ええと・・・」 その時、欠伸をしながらナギがダイニングに入ってきた。昔のナギを知る関係者にとっては驚くべきことだが、最近は自分で起き出すこともしばしばある。 「ん・・・、どうしたのだ、お前たち」 「い、いえ・・・何でもないですよ。ちょっと世間話を」演技力のない鈍感執事はいかにも誤魔化しています、と言わんばかりに顔の前で両手をふっていた。マリアさえ、ちょっと慌てた素振りで黙り込んでいる。 「・・・何か怪しいな。まさか浮気の相談でもしているんじゃないだろうな」
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【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く ( No.2 ) |
- 日時: 2016/08/23 22:56
- 名前: どうふん
少々、考えるところありまして、当初構想を大幅に変更します。 それに伴い、タイトルを変更することにしました。
第3話:スクールライフ
この日、ハヤテはナギやマリアと三人で大学に行った。ヒナギクも合流し、午前中の授業の後、四人で学食に行った。 「自分で起きてきたの?ナギも成長したわね」ころころと笑うヒナギクにナギは膨れっ面をしていた。 「で、この後の予定はどうなっているのかしら」 「んー、午後のことか?心配せんでもハヤテは貸してやる。好きに料理していいぞ」 「な、何ですか、その例えは」 「マリア、私はすぐ帰るが、お前も午後は好きにしていいぞ。あ、ハヤテはちゃんとヒナギクに差し出すんだぞ」 「だ、だからお嬢様」 「ヒナギク、気を付けろよ。朝、こいつら二人が変な雰囲気で密談していたぞ」 ナギのきわどい冗談にも優美な微笑みを崩さないマリアが口を開いた。 「ナギ、久しぶりに二人でお買い物して帰りませんか」世間話のようなさりげない物言いではあったが、ハヤテはどきりとしてマリアの顔を見た。(まさか・・・マリアさん・・・) ちょっと首を捻ったのはヒナギクだった。マリアがそんなことを言い出すなんて珍しい。ハヤテの反応も過敏に思えた。 一人ナギは気付いている様子もなく、「私は早く漫画のネームを上げないといけないからな。コンテストも近いんだ。今度こそ最優秀をとって、賞金で皆にご馳走してやる」 息まくナギの様子に釣り込まれ、三人が笑った。外見上は。
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その日の夕方、ハヤテとヒナギクは喫茶店で向き合っていた。 「何か・・・、気になっているみたいね、ハヤテ」慌てて否定しようとしたハヤテだが、ヒナギクの射るような目を見て諦めた。今、胸の中で燻っているものを、半日一緒に過ごしてヒナギクに気付かれないわけがないのだ。 「何があったのか話しなさい」ハヤテは戸惑った。こうした場合にヒナギクを止めるのは難しい。だが、当然ながらマリアには口止めされている。一方を立てれば一方が・・・そんな後ろめたさが話し方を丁寧に変えた。 「す、済みません。でも・・・他人に言うことはできないんです」 「他人?私のお姉さんになる人のことよ?」ハヤテは困惑した。 「あの・・・、『お義兄さんになる人』じゃなくて・・・?」 ヒナギクは苦笑した。 「残念だけど、そんな人はいなかったわよ。今はどうか知らないけど。 マリアさんのことよ。ランチの時にちょっと違和感があったのよね」
結局、ハヤテはヒナギクに全て白状することになった。もちろん、自分の司法書士の勉強については何も言わなかったが。 「それで・・・、僕はどうしたらいいかわからなくなって・・・。お嬢様にとって大切な人であることに変わりないのに・・・。でも、マリアさんの言っていることもわかるんです」 一言も口を開くことなくハヤテの話を聞いていたがヒナギクが手を伸ばし、紅茶を口元に持っていった。 「マリアさんが、そういうなら仕方ないんじゃないの?」そのあっさりした口調に、ハヤテの胸の奥に反発が沸いていた。 (ヒナにとっては所詮他人事なのか・・・) 「ハヤテ、大切なことは受け入れなさい。マリアさんがナギにとって、心の支えと言ったわね。でもね、マリアさんにはマリアさんの人生があるんだし、一生ナギのメイドさんで居てくれなんて、私たちが言えることじゃないの」 「それはそうですけど。だけどそんな簡単に割り切る問題じゃないんですよ。マリアさんは身寄りのないお嬢様にとってはお母さんで、僕にとってもお姉さんみたいな存在で」その声にはあきらかに苛立たしさが混じっていた。 「わかっているわよ、ハヤテ。だから言ったじゃないの。私にとっても『お姉さん』だって」 「わかってませんよ。だったら何で!」とっさに口走ったハヤテだが、自分の言葉の無神経さに気付き、口を噤んだ。
ヒナギクはしばらく俯いて瞳を瞬かせていたが、改めて顔を上げた。その表情は意外なほどに優しかった。 「マリアさんはハヤテやナギの家族なんでしょ?だったらお母さんやお姉さんがメイドである方が変じゃないの」 「・・・それは・・・そうですが」話が変な方向に飛んでハヤテは首を傾げた。 「マリアさんにメイドでいてもらう必要なんかないのよ。ナギのお母さん、ハヤテのお姉さんでいいじゃないの」 ハヤテは頭をぶん殴られたような気がした。マリア=メイドが当たり前に思っていた。 (そういえば・・・初めて見たマリアさんはメイドじゃなかった・・・) ナギと初めて会った夜、それはマリアに出会った夜でもあった。あの時のマリアは普通の外出着だった。 『こんな綺麗な人を初めて見た・・・』その人に優しくされ、ほとんど一目惚れに近い感覚を覚えた。出会いの衝撃に限って言えば、ナギやヒナギクの時以上に大きな出来事だった。
そのマリアと一緒に暮らしておよそ三年。色んなことがあった。挫けそうなとき、励ましてくれた。白皇学院に通えたのはマリアの尽力に依るものだった。ヒナギクとの恋も応援してくれた。何よりも一緒にいて楽しかった。怒られることもしばしばあったが、すぐに許して笑顔を向けてくれた。 女装させられるのは迷惑だったが、自分がマリアにやらかしたセクハラや破壊行為とは比較にならない。
(ヒナの言う通りだ)マリアはメイドの姿をしているというだけで、実際にはそんなものを超越した存在だった。ナギだけでなく、ハヤテにとっても。 ナギの成長が目に見えるようになったのは、ハヤテが来てからであるかもしれない。しかし、それはずっと昔からナギを母親のように見守り、愛情を与えてきたマリアの存在あってこそではなかったか。
「どんなに仲の良い家族だってね、結婚やお仕事でいつかは離れていくものなの。私だって義父さん、義母さん、お姉ちゃんと別れて一人で暮らしているでしょ。それは寂しいけど仕方ないの。また笑って顔を出せるような・・・ふらりと帰って来れるような別れなら。 だけどね、心が離れた悲しい別れにしちゃいけないのよ」 ヒナギクの言いたいことがやっとわかった。ハヤテと同じく、いやそれ以上にヒナギクは辛く悲しい別れを経験していた。 (それだけじゃない。涙をこらえて背中を押す別れだって・・・。ヒナは両方を知っているからこそわかるんだ。 マリアさんは『卒業』って言ったけど、こんな別れは悲しい思いばかりが残るじゃないか) 「そうだ。そうだよね、ヒナ。メイドかどうかなんて関係ないんだ」立ち上がったハヤテはテーブルに乗っているヒナギクの手を握った。「ヒナは本当に最高だよ。ありがとう!」その声の抑制が利かなかった。 「ちょ、ちょっと。場所を弁えてよ、もう」左右に首を振ったヒナギクが真っ赤になっている。喫茶店の客や店員が皆、二人を凝視していた。
頭を掻きながらハヤテが駆け去った後、ヒナギクは呟いた。 「私もね・・・いつかはハヤテと一緒に暮らして、二人の事務所を開きたいのよ・・・まだ、半分しか気付いていないだろうけど」
もっとも気付いていないのはヒナギクも同じだった。
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Re: 【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く ( No.3 ) |
- 日時: 2016/08/30 21:14
- 名前: どうふん
第4話:聖母の福音
ハヤテは駆け足で屋敷に戻った。扉を開けるや大声で叫んだ。 「マリアさん!」しかし、返事はない。ハヤテは屋敷に駆け込んだ。
「ん、今日はムラサキノヤカタに泊まって来るんじゃなかったのか?何しに帰ってきた」 ダイニングにナギが腰掛けていた。その不機嫌な表情に身構えるような気持ちになったところ、ナギの腹が空腹を大声でアピールした。 (ああ・・・、お嬢様の不機嫌の原因はそれか)これを口に出さない程度の分別は、今のハヤテにはあった。身に着けたというべきか。ヒナギクと付き合えばよくあることだった。
「あ・・・お嬢様、マリアさんはまだ帰ってませんか?」 「まだだよ。全く、私の夕食をほったらかしてどこをほっつき歩いているんだ・・・。ん、どうした」 「・・・・・。え、い、いえ、何でも・・・」 「・・・何だ、今の間は。何か知っているのか」 知っているわけではない。しかし、ハヤテにしてみれば、昨晩からのマリアの言動と結び付けて考えるのは無理もない。
こうなるとナギはそれほど鈍感ではなく、見逃すほど人格者でもない。 かくして、ハヤテはヒナギクに続き、ナギにまで全て白状してしまうことになった。 盛大な打撃音と共にハヤテは吹っ飛んだ。 「バカハヤテ!何でそんな大事なことを黙っていたんだ!私の家族はもうマリアとお前しかしないということは分かっているだろう。それで・・・それでマリアは帰って来るのか」 「は、はい・・・済みません、お嬢様。でも、何も言わずに姿を消すなんてことは・・・」 「お前の憶測なんかアテにならんわ。と、とにかくマリアを探すぞ」
二人とも興奮し混乱していた。そのためダイニングのドアが開いたことにも気づかなかった。 「随分と賑やかですわね、何の騒ぎです?」 「マ、マリア(さん)!」 ナギは力が抜けてへたへたと座り込んだ。 「ど、どこに行っていたのだ・・・」 「昔の友達に声を掛けられまして、ちょっと話し込んでいました。お腹が空きましたよね。済みません、すぐ準備しますから」キッチンへ向かおうとするマリアの背中へナギが叫んだ。 「待て、待ってくれ、マリア。行かないでくれ!」
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「あらあら、ハヤテ君、全部教えちゃったわけですか」 「す、済みません・・・。隠しきれずに・・・」 「だったら私も全部ばらしちゃおうかな・・・」ハヤテは見るも無残なまでに狼狽した。 「冗談ですわよ、冗談」 「何だ今のは・・・?冗談には見えなかったぞ」 「ハヤテ君も男の子ですからね。部屋でこっそりと女の子には言えないような恥ずかしいこともしているんですよ」否定したかったが、そうもいかずハヤテは俯くしかなかった。 真に受けたナギもそれ以上の追及は控えた。それよりも大事なのはマリアのことだった。
「マリア、私はお前をメイドとして雇ったが、メイドなんて思ったことは一度もない。お前はハヤテが来るまで、たった一人の家族だったんだ。 ハヤテが来て、家族が二人になった。それは嬉しかったが、お前は今でも大事な家族だ。私のお母さんなんだ・・・」言葉が詰まった。マリアを睨みつけるように見据えるナギの目には涙が浮かんでいた。 「マリアさん、聞いてくれましたよね。マリアさんはお嬢様にとってのお母さんなんですよ。特別な存在なんです。僕にとっても大切な家族です。メイドでいてくれなんて言いません。このまま一緒に暮らしてください」
マリアはナギとハヤテに代わる代わる目を遣った後、ゆっくりと口を開いた。 「ええ、そうします」ナギもハヤテも拍子抜けして呆気にとられた。 「で、出ていく・・・んじゃないのか」 「ええ、メイドは辞めると言いましたけど、家族から離れる気はありませんよ。親離れ、子離れなんて、どこのお家でも一緒じゃないですか」 (そうだったっけ・・・?確かお屋敷を出るって言っていたような気がするけど・・・) ハヤテは頭を振った。そんなことはどうでもいい。とにかくマリアは残ってくれるんだ。それで充分じゃないか。
「でも、一つだけ条件がありますよ」マリアの口調が変わった。反射的に二人とも背筋を伸ばし、姿勢を正した。 「私はまだ十九歳なんです。お母さんなんて早すぎます。お姉さん、にしておきましょう」その口調は優しかったが、目の奥の光は鋭く二人を貫いた。 「はい、お姉さん」二人の声が唱和するように重なり、マリアは満足げに頷いた。 「では夕食を準備してきますね」 「あ、待ってください。僕も手伝いますよ」 「わ、私も。もうマリアはメイドじゃないんだからな」 「そういう問題もありましたね。家事は今まで以上に大変になりますわ」 「な、何おう。手伝うって言ってるんだぞ」マリアもハヤテもこれ以上の突っ込みは控えた。
マリアを追いかけるナギの顔は憤然と膨らんでいたが、その目はいそいそと輝いていた。 そんなナギを微笑ましく眺めながらハヤテは考え込んでいた。 (ところで・・・、僕はどうすべきなんだろう)ヒナギクと二人で築く未来の夢は失くしていない。だが、それは屋敷を出ることにつながる。やはりナギを悲しませることになるのではないか。
(いや、それでいいんじゃないか。動機さえ間違っていなければ) 喧嘩や失意が原因でなければ、マリアはもちろんナギだって、少しぐらい寂しくても理解してくれるだろう。 マリアが結婚してハヤテより先に屋敷を出ることだってありうる。それをナギが許さず引き留めるとは思えない。
そして、その時までは・・・。 (僕は執事として、そしてお嬢様やマリアさんの家族として、ここでかけがえのない時間を一緒に過ごしていこう)
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「ハヤテ、何をサボっている。包丁はどこにある」 「え、お嬢様が包丁を使うんですか」 「当然だ。できるだけ大きな出刃包丁がいいな」 「ナギ、大根を切るのに出刃なんて使わないの」 「いや、刃が大きいほうが早く切れるではないか」 「大した差はありませんよ。それよりお嬢様の指が心配です」 「だから大丈夫だと言ってるだろ」 「ナギ。あなたは漫画家になるんでしょ。指を怪我したらどうするんです」 「う・・・。それは確かに困るな」
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Re: 【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く ( No.4 ) |
- 日時: 2016/09/02 02:11
- 名前: ロッキー・ラックーン
- こんにちは、ロッキー・ラックーンです。毎度の事ながらご無沙汰しております。
遅いですが、新スレの開設おめでとうございます。 最近めっきり筆が遠くなってしまいましたが、どうふんさんの作品を拝見してモチベーションが上がっている所です。
マリアさんの存在へのアプローチ、引き続き楽しみにしております。家族の話となると私の場合は別の組み合わせばかりになってしまうので、ナギ・マリアに関しては色々と参考にさせて頂いたりというところも…。 加えてハヤヒナの二人はまたすれ違ってる感じでこれも楽しみですね。現状の段階ではすれ違っているといえど、お互いにゴールへのイメージは重なっているというなんとも奇妙な感じに受け止めています。
最後に、漫画家である前に人間だからメシの仕度くらいできなくてどーするんだとナギに叱咤してあげたいところです。(いらぬお世話
では、次回楽しみにしております。 失礼しました。
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Re: 【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く ( No.5 ) |
- 日時: 2016/09/03 08:13
- 名前: どうふん
ロッキー・ラックーンさんへ
感想ありがとうございます。ご無沙汰してます。 筆が遠くなっているのは当方も一緒ですが、ふと思い立ちまして・・・ いつもそんな感じです。
今回久々に筆を執った理由は、原作の連載を見ている方なら、大体見当がつくと思います。 マリアさんも私の好きなキャラですので、あんな寂しい別れ方はしてほしくないな、と(しないとは思いますが)
ハヤテとヒナギクさんは本作では脇役となります。本当の主役はこの後に・・・おっと、そのくらいにしておきましょう。 とにもかくにもこの二人、相変わらずちぐはぐな付き合いをしてますが、本作ではその解消には至りません。まあ「番外編」ですので・・・。 それでも肝心なところはつながっているんだし、今回はそれでいいかな、と。
それとナギですが、出刃包丁で大根を切るようなことはなく、まずは果物ナイフあたりから包丁の練習を始めるのではないでしょうか。 元々天才のナギですから、本気になりさえすれば、普通レベルの料理くらいは作れるようになると思います。 飽きっぽいところが心配ですが、冷蔵庫に入っているもので空腹を満たすくらいはできないと。 ロッキーさんの言う通りですね。そのあたりはマリアさんが今から何とかしてくれるかと。
最後になりますが、またロッキーさんの新作を読めることを楽しみにしております。 実をいうと、当方、読む分にはあのように明るく楽しい話が好きなのですが、自身で書くことはできませんで・・・。
どうふん
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Re: 【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く ( No.6 ) |
- 日時: 2016/09/04 21:29
- 名前: どうふん
元々は「聖母の福音」というタイトルでスタートした本作ですが、本来以下の第5話で完結しているはずでした。 第2話を書いた後で、構想を大幅に変えて現在に至っております。 で、結論を申し上げますと、あと2〜3話程度追加でお付き合いいただければ幸いです。
第五話: 女神からの手紙
翌日の午後 − マリアは喫茶店に入った。 入口の辺りで中をゆっくりと見渡したが、待ち合わせの相手は見えなかった。 昨日と同じ奥のテーブルが空いていたのでそこに座った。注文を聞かれたマリアはアイスコーヒーを頼もうとして、思い直した。 (そろそろホットの方が美味しい季節ですわね)
マリアは運ばれてきたコーヒーに口をつけようとしたが、待ち人が入店してきたのを見て、コーヒーカップをソーサーに戻した。 「早かったわね、マリアちゃん」 「今来たところですよ」
昨日ナギをショッピングに誘ったが断られたマリアは、一人で町に出たものの、買い物などする気にならず、たまたま目に付いた喫茶店でアイスコーヒーを飲んでいた。そこで肩に誰かの手が乗せられた。 春からずっと行方の知れなかった天王州アテネがそこに立っていた。
アテネが注文した紅茶がテーブルに届いた。 「乾杯・・・というのも変ですけど」「ま、そんなところですわね」会心の苦笑をし合ったように二人がカップをそっと合わせた。 「あなたが言った通りになったわ、アテネちゃん」 「それは、私はハヤテの元カノにして元娘ですからね」だからハヤテの考えることぐらいは分かる、というのはアテネなりのプライドであったのか。 しかし、そればかりではないだろう。アテネも自分も本当の親の愛情を知らないという点は変わりない。しかしアテネ・・・当時のアリスにはまがいなりにも親がいて、心から可愛がってくれる仲間に囲まれていた。 自分に欠けていたのはそういうところだったのかもしれない。だからこそ、ナギやハヤテが家族として自分を大切に思ってくれていることに気付いていなかった。自分自身の気持ちにも。昨晩はああ言ったが、本当は屋敷を出るつもりだった。
「もう少しで、大切なものを失うところでした。アテネちゃんにはお礼を言わないと」 「そんな必要はありませんわよ。私がでしゃばらなくても、遅かれ早かれきっとあなたは自分の大切なものに気付いたはずですから」 (さあ・・・それはどうかしら)自分でもわからない。実のところあまり自信はない。 「でもこれから大変になるわね。あのぐうたらお嬢様に自活能力を仕込むのは」 「ま、いいじゃないですか。私はもともと家庭教師だったんだから。本業回帰ってことかしらね。それに今度はお姉さんですし、やりがいありますわ」
それにしても・・・とマリアは思う。昨日およそ半年ぶりに再会したばかりのこの人は、毎回毎回絶妙のタイミングで唐突に現れては、周囲を助けたり掻きまわしたりを繰り返す。その行動力と情報力はさすがのマリアの理解をも超えている。 そもそもロイヤルガーデンでいったい何があったのか。尋ねているのだが、答える気はなさそうだった。 しかしそれ以上に気になることがあった。 「ところで、ハヤテ君とヒナギクさんにはいつ会って上げるんです」 アテネは意味ありげに笑った。 「地上で最も偉大な女神は、あくまで妖艶にして神秘的な存在でなければならないの。だから再会の場面とタイミングはしっかりと見極めさせて頂くわ」テレもせず言い放つアテネに、マリアは苦笑した。しかし、アテネがその後に言ったことはマリアの胸に響いた。 「マリアちゃん、私はね、ハヤテが白皇に編入して来た時もずっとハヤテを遠くから見守っていたのよ。そして、今は・・・」言葉を濁したその後には、ハヤテはもう自分の手の届かないところにいる、そんな言葉が続いていたのだろう。
アテネの複雑な胸中を思えば、それ以上は言えなかった。 「でも、できるだけ早く二人には会ってあげてね。心配しているのよ。 私だっていつまで秘密を守れるかわからないから。ハヤテ君だけでなくヒナギクさんも私の大切な存在なんです」 それもそうですわね、とアテネはしばらく考え込んでいた。
**********************************************************::::::
数日後−
ハヤテとヒナギクは大学からムラサキノヤカタに帰ってきた。門のところで、二人は繋いでいた手を緩め、ハヤテは郵便受けに向かった。 夕刊と一緒に一通の手紙が入っていた。何気なく手にしたハヤテの表情が一変した。ヒナギクの方に振り向いた目が大きく開いたまま瞬かない。 「ひ、ヒナ。あーたんからだ」 部屋に戻るのももどかしく、その場で封筒を破り、慌ただしく便箋を開いた。二人一緒に覗き込み、そして顔を見合わせた。
『ヒナ、ハヤテ、お元気そうで、そして仲良さそうで何よりです。 あなた達の友人として会える日が近づいてきたことをここでお伝えしておきます。 詳しい話はその時のお楽しみということで。 料理の腕は上がったかしら。お二人のハンバーグの食べ比べを楽しみにしています。 あなた方をパパ、ママと呼べないのはちょっと残念ですけど。 そのかわり私の妹分に会えるのを楽しみにしています。
地上で最も偉大な女神
P.S.おっと誤解しないでね。妹っていうのはナギのことよ。 』
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Re: 【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く ( No.7 ) |
- 日時: 2016/09/13 22:25
- 名前: どうふん
第6話:贖罪と夢の狭間に
ハヤテとヒナギクにアテナから手紙が届いたその夜−
駅前での路上ライブが終わった。 肌身離さず大切にしているギターの手入れを済ませた桂雪路は、近くの公園のベンチに腰掛け、コンビニオニギリを頬張りながら缶ビール(いわゆる『第三のビール』)を呷っていた。 ぷはーっつと息を吐いて夜空を見上げた(今日も星が綺麗ね・・・) 一日にこれ一本、と決めていた。 それは物足りないが、今の生活は気に入っていた。 (今日はいつもより人が集まってくれたわね)以前は時々足を止めて聴いてくれる人がちらほらといる程度だったが、最近はスケジュールを確認して足を運んでいる人も次第に増えている。
十数年前− 両親が借金を雪路と妹ヒナギクに押し付けて姿を消したとき。 押し込みに近い状態で居座ることになった養父母の家の近くに、ヒナギクより二つ三つ年上のその男の子はいた。 その子がヒナギクと仲良くなったいきさつについて詳しいことは知らない。ヒナギクの寂しい心の隙間に入り込んできた、というところではないか。 雪路にわかっているのは、沈み込んで感情の半分を失っていたようなヒナギクがその子を好きになり、笑顔を取り戻した、ということである。
「あたしね、ショウタくんのおヨメさんになる。約束したんだ」ヒナギクの弾んだ声と満面の笑顔が嬉しくて、雪路はつい口を滑らせていた。 「もうこれで、いつお姉ちゃんがいなくなっても安心ね」 ヒナギクの顔が一瞬で凍り付いた。「お姉ちゃん、いなくなっちゃうの?」 「や、やあねえ。そんなにびっくりしないでよ。冗談よ。お姉ちゃんはヒナにずっと付いているから」 「ほんと、ほんとね」真剣な表情のヒナギクは、両手で雪路の服の袖口を掴んでいた。
「私のせいだ・・・」ずっと十字架となって雪路の心にのしかかっていた。 養父母とショウタの家族、二世帯で海に行った時のこと。 大人たちがバーベキューの準備をしている間、雪路はショウタとヒナギクが海辺で遊んでいるのを見守っていた。 「まあ、ヒナは危ないことはしないし、小学生がついてるんだから大丈夫よね・・・。お邪魔しちゃ悪いし・・・」その油断が悲劇につながった。雪路が居眠りをした隙に、二人は立入禁止の柵の中に潜り込み、岸壁から海に落ちた。ショウタはヒナギクを守るようにして亡くなった。
病院のベッドで、起き上がる気力もなく虚ろな瞳でヒナギクは呟いていた。 「あたしの好きな人は・・・みんな・・・みんないなくなっちゃうんだ・・・。お父さん・・・お母さん・・・。ショウタくん・・・」 「そ、そんなことないわよ。大丈夫よ。ヒナにはお姉ちゃんがついているから」雪路の言葉はヒナギクに届かなかった。 「・・・お姉ちゃんも、きっといなくなるもん」
辛い記憶を心の奥に封じ込め、ヒナギクはようやく立ち直った。 だが、心に深い傷を負ったヒナギクは、高所恐怖症になった。時々前触れもなく意識を失った。恋愛にも臆病になった。自分で意識せずとも過去を引き摺っていることは明らかだった。 (私がずっとヒナを守る。ヒナを安心して任せる人が現れるまで傍を離れない) 雪路なりの贖罪の決意だった。 もっとも最近は妹を困らせることの方が多かったような気もするが。
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「そろそろ・・・お酒、控えませんか」「お姉ちゃん、いい加減にしなさいよ」ハヤテとヒナギクの声がすぐ傍で聴こえてきた気がした。 辺りを見回したが、周りに人影はない。少し離れた所にスーツ姿の男性が一人立っているのが見えただけだった。 (ああ、あの時のことだったわね・・・。まだ半年は経ってないか)
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この春、ヒナギクは、ハヤテを養父母の家に招いて食事会を開いた。雪路も同席した。厳密にはまだ未成年だが、大学生のハヤテやヒナギクもアルコールを嗜むようになっていた。 二人の仲を肴にしてクイクイとグラスを空ける雪路のペースはいつにも増して早い。 最初から諦めたような養父母に代わり、繰り返しハヤテやヒナギクがたしなめるが、気にする様子もない。
匙を投げた感のヒナギクがハヤテに目配せして風呂場に向かった。 さっそく雪路がハヤテに絡んだ。「何やってんのよ。あんたも一緒に入っといで」 「恐ろしいこと言わないでください。ヒナにぶっ飛ばされます」 「何言ってんのよ。ヒナは待っているんだから」 「ちょ、ちょっと勘弁してくださいよ。ヒナはそんな人じゃありません」 「全く度胸がないんだから。あんた、そんなことじゃ、一生尻に敷かれるわよ」 「え、ヒナのお尻なら喜んで・・・、柔らかそうだし・・・気持ちいいだろうなあ・・・」念のため繰り返しておくが、かくいうハヤテもアルコールが入っている。 「ちょっとツラ貸しな」雪路がハヤテの耳を引っ張って無理矢理庭へと引きずり出した。 養父母が止めるような声を上げたが、知ったことではない。
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Re: 【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く ( No.8 ) |
- 日時: 2016/09/17 21:46
- 名前: どうふん
第7話:星空の下のディスタンス
公園のベンチで、雪路はもう一口缶ビールを口に含んだ。かなり軽くなっていたが、まだ4分の1くらいは残っている。 (あの夜も・・・星が綺麗だったわね・・・)
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ヒナギクの家の庭先でハヤテはヒリヒリする耳を押さえていた。 「あんたに訊いておきたいんだけどさ」そっぽを向いたまま雪路が言った。「ヒナのこと、ホントに好き?」 「あ、当たり前じゃないですか。ヒナは本当に天女ですよ」 「だったら、ヒナはあんたに任せるわ」
耳の痛みで幾分酔いが醒めたのか、雪路の口調が変わっているのに気付いた。 「どういうことです」 「決めていたのよ。『ヒナを安心して任せられる人が出てくるまで、私はヒナを守る』って。こんなヤツに、とは思うけどさ、本人が満足しているんならそれでいいかな。あんたなら私なんかよりずっとずっとヒナを大切にしてくれるでしょ」 「い、一体何の話です」一気に酔いが醒めたような気がした。 「あたしはね、もともとギターを弾いて一生を送るのが夢だったの。そうもいかなかったけど・・・」相変わらずハヤテに顔を見せることなく、雪路は星空に顔を向けていた。
「もう教師みたいなヤクザな商売をすることもない。私はミュージシャン目指して、生きたいように生きようと思うのよ」 その感覚は理解できなかったが、今の雪路が自分とは合わない仕事で無理している、というのは間違いなさそうだった。もっとも教師を辞めてミュージシャンを目指すことが雪路にどんな影響を与えるのかはわからない。最もありそうなことは、今以上に自堕落になるのではないか・・・? 「・・・それ・・・、ヒナに賛成、というか許可はもらったんですか?」 「んー、そんなものあるわけないじゃない。また一時間説教食らうわよ。ここは黙って消えようと・・・」 事の重大性に震えた。(こ・・・これは引き留めないとヒナに殺される)
ハヤテは何を言っていいのかわからないまま、とにかく口を開こうとしたが、掌で制された。 雪路がハヤテに向き直った。その眼には初めて見たような真摯な光が宿っていた。 「私はヒナに一生償いきれない借りがあるのよ。 だけど借金も返して、新しい恋人も見届けた。ここまでやれば私にしては上出来じゃないの・・・。 ま、なんにしても、これで役目は果たしたわ…」
雪路はハヤテに話す機会を与えなかった。 「だから、これでとりあえずお別れ。 いやね、何をしんみりしているのよ。お姉ちゃんがいなくなったからってそんなに寂しがらないで。またふらりと戻って来るから。まあ、本物のミュージシャンになればそんな必要もないかもね」 的外れな物言いではあるがそれは大した問題ではない。どうすれば思いとどまらせることができるのか、わからないまま立ち竦むハヤテを見る雪路の目がきらりと光った。
「でね・・・、ハヤテ君には一つお願いがあるの」完全に雪路のペースに巻き込まれ、仕方なくハヤテは頷いた。 「ヒナはね、あんたが言うように天女かもしれない。だけどね、90%はそうだとしても、残りはフツーの女の子なのよ。長いこと一緒にいたら、がっかりすることも、腹を立てることだってあると思う。その時、一年に三回までは許して上げて」 ハヤテは胸を突かれた。「わかりました」と答えるしかなかった。 そして・・・、と雪路は続けた。「ヒナはあれで結構意地っ張りだから、照れ隠しとか動機はいろいろでも、理不尽な怒り方だってするわよ。そしていつも後悔して・・・」そして自分から仲直りの言葉がでせなくいのもよくあることだった。「だから、やっぱり一年に三十回までは先に仲直りして上げて」 三回と三十回の差はなんだろう、という疑問が沸いたが、まあ考えるまでもないかと思い直した。 「それともう一つ・・・肝心なことなんだけど」
(一つお願い、って言ってませんでしたっけ・・・)とは思ったが、雪路を遮る気にはなれなかった。このお世辞にも立派とは言えない酔いどれ教師が、精一杯妹を支え、今も何よりも大切にしていることに気付いた。 正直、今の今まで知らなかった。何で、ヒナはこんなにお姉さんのことが好きなんだろうと大真面目に考えていたくらいだった。
(で、もう一つって・・・)頭をポリポリと掻いたハヤテだが、その手が止まった。 「あんたを一発思い切りぶん殴らせて」は・・・?ハヤテは絶句した。 「あれよ、あれ。結婚式で花嫁の父親が新郎を殴るってやつ」 「そ、それ・・・ちょっと状況が違うんでは」 「そんなことどうでもいいのよ、私にとってヒナはね・・・」その血走った目に退く気はなさそうだった。「さ、さ、歯を食いしばって」 ハヤテは観念した。ヒナギクに匹敵する体力スペックを誇る雪路に殴られるダメージはわかっていたが、言われた通り、奥歯を強く噛みしめて目を瞑った。 襟首が凄い力で引き絞られた。
その手が緩んだ。次の瞬間、ハヤテは目を見開いていた。雪路がハヤテの胸に縋り付いていた。 「え、あの・・・、先生?」 「ハヤテ君、頼むわね。可愛がってね。大切にしてね」涙声だった。 「・・・先生の気持ちはよくわかりました。僕の命に代えても必ず幸せにします」 雪路の動きがぴたっと止まった。ハヤテの胸から少し距離をとった雪路は両手でハヤテの頬を挟み込んだ。顔をぐっと近づけた雪路の眼は殺気を感じさせるほどだった。 「それはダメ。絶対にダメだからね。あんたにまで死なれたら・・・」 「は、はい・・・。そうでした・・・」 雪路は今まで、数々の不幸に出会い悲しみに耐えるヒナギクにずっと寄り添ってきた。 それはヒナギク以上に辛い思いと共にあったのかもしれない。 もうこれ以上、ヒナギクを悲しませないで・・・。そんな姉の想いが伝わってきた。
熱いものが込み上げてきたハヤテだが、その背筋が一瞬にして凍り付いた。背後に異様な気配が膨れ上がっていた。 そこにはヒナギクと似て非なるもの・・・全身に炎と殺気をまとった一個の恐るべき何かが木刀を引っ提げて立っていた。
(どの辺りから聞かれてたんだろう・・・)ハヤテの頭に最初に浮かんだことはそれだった。
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Re: 【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く ( No.9 ) |
- 日時: 2016/09/28 21:00
- 名前: どうふん
- 暫く不在の間に、スパム投稿が多数あったそうで・・・。サイトを運営するのは大変なんだなと、管理人さんに改めて感謝する次第です。
本編はこれにて最終回となります。管理人さんはもちろん、目を通して頂いた方々に心より御礼申し上げます。
第8話:夢と絆のコンチェルト
「お・・・大方そんなことだろうと思ったわよ」ようやく刀を収めたヒナギクが、お決まりのセリフを吐いた時に、その顔は真っ赤に染まり汗に塗れていた。
「何のつもりよ、お姉ちゃん」ヒナギクは安心するやら恥ずかしいやらで何とも感情の持って行き方がわからず、目の前で正座している二人にはそっぽをむいて腕組みしていた。 「あ、あはは・・・。もうヒナも幸せを掴んだことだし、あたしの役目は終わったかな、と思いまして・・・」 「だからって・・・、何でお姉ちゃんまで私に黙っていなくなっちゃうのよ」ヒナギクの心の傷に触れてしまったかと、雪路は焦った。 「そ・・・そんなつもりじゃないのよ。ただ、言っちゃうと引き留められるだろうし・・・」 「で、お姉ちゃんはどうしたいの」 「は・・・。もう一度ミュージシャンを目指して旅に出ても・・・。あの・・・、それでもいいでしょう・・・か・・・」 「いいわよ」あっさりとした答えが返ってきて、二人は呆気にとられた。
「お姉ちゃんの夢だったんでしょ・・・。ミュージシャンになるって。その夢を目指すんなら妹として応援するわよ。私は昔からお姉ちゃんの大ファンだったんだから」 「ひ・・・ヒナ・・・」 「だけどね、今、いなくなることは許さないわよ」 「え・・・」 「まだ新学期が始まったばかりじゃないの。今辞めたら学校に迷惑が掛かるでしょ。せめて一学期が終わるまで、職務を全うしなさい。そしてそのことは早めに理事長に伝えること」 ごもっとも。だけど・・・、ハヤテはヒナギクと雪路を代わる代わる見比べた。 「ま・・・全くヒナは真面目なんだから・・・。と、とにかく飲むわよ、まだまだ」立ち上がった雪路は家の中に駆け込んでいった。 「ヒナ・・・。それでいいの?」ハヤテはまだ姿勢を崩さず、恐る恐るヒナギクの顔を見た。 「大好きな人が夢を目指して頑張ろうとしているんだもの。応援しなくてどうするの」さりげなく答えるヒナギクの瞳に涙が溢れていた。 「それにね・・・お姉ちゃんはまだ肝心なものを持ってないでしょ」
部屋に戻った雪路が、ヒナギクが席を外した隙にまたハヤテに絡んできた。 「あんたにもう一つ頼みがあったわ」ハヤテはため息をつきながら雪路を見た。 「ヒナはね、完璧を目指し過ぎるのよ。あんたがヒナを天女と思っていたら、ヒナはきっと天女以上の存在になろうとするわ」 ハヤテはどきりとした。確かにありえないことではない。ヒナギクが自分の夢を追いつつも、何よりハヤテのことを優先していることはわかっていた。そして、ハヤテの期待以上のことを常になそうとしていることも。
「今言っても聞かないと思うけど、いつか、あんたの口から言ってあげて。 人生ってのはさ、多分・・・失敗してもいいのよ。ヒナはそういうの苦手そうだけど・・・。でも、どんなにブザマでも、十年も経てば酒の肴になるから。これ、私が言っても説得力ないからね」 「そんなこと・・・ないですよ。先生だからこそ説得力あります。いつか、ヒナが落ち込んでいる時に、お姉さんがヒナを心配したセリフとして伝えます」 雪路は小さく鼻を鳴らした。「全く・・・余計なお世話よ・・・」 「お姉さん・・・、ありがとうございました」 「何のことよ」 「やっとわかりました。ずっとヒナを支えて、こんな素敵な女の子に育ててくれたのはあなたです。知りませんでした。あなたは僕が思っているほどダメな人ではありません」 黙ってグラスの酒を空けた雪路が、いわゆる余計なことを最後に言われたと気付くのは翌日のことになる。
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(結局、夏休みと同時に家を出てから3ヶ月か・・・)公園のベンチに腰掛けたまま、雪路はずっと回想に耽っていた。
今日はこのまま寝るとするか・・・。ちょっと涼しくなってきたけどまだ大丈夫みたいね。缶の底に残っていたものを舐めとるように飲んだ。すっかり温くなっていた。 雪路はベンチから立ち上がった。歯だけは磨いてベンチや芝生で横になって眠り、翌朝(正確には昼近く)にコインシャワーを浴びる。たまにはインターネットカフェに泊まる。昼間は忙しそうな店や現場に入り込み、強引にバイトに加えてもらって日銭を稼ぐ。そんな生活が続いていた。
この時初めて気付いた。先ほどのスーツを着た男性がいつの間にか近くに立っていた。 「んー、何よアンタ。ナンパならお断りよ」 「いえ、決してそんなものでは。私は芸能事務所で働いている者ですが・・・」そっと差し出された名刺を見た。 「水蓮寺 ・・・さん?」どこかで聞いたような名前だが思い出せなかった。 「普段はマネージャーをやっていますが、スカウトも兼ねてます。こう見えて結構目は利くんですよ。あ、耳っていうべきですかね」あはは・・・と笑った。面白くもないが冗談のつもりらしい。 「あなたに、相談があるんです。CDを出してみませんか」 その意味するものを理解するまで、暫くの時間がかかった。 「あんた・・・、もしかして・・・詐欺師?」水蓮寺を名乗る男はずっこけた。
雪路は懐から封筒を取り出した。それは、ヒナギクが別れ際に雪路に手渡した手紙だった。頼りない姉を思いやり、励ます文言だけでなく、一人暮らしにあたって気を付けなければならないことが並べられていた。 その先頭には『簡単にデビューさせてくれる、CDを出してくれる、と言う人は詐欺師と思うこと』とあった。 苦笑したその男は「では、明日、この事務所に来て下さいませんか。名刺を持って来れば話が付く様にしておきますから」 水蓮寺が去った後、雪路はしばらく名刺と手紙を見比べていた。考えてみれば、雪路の夕食を邪魔しない様に、この人はずっと離れて待っていたのか。そういえば、最近の路上ライブにはいつもいたような気がする。 (明日・・・行ってみるか。ヒナに連絡するのはその後でいいわよね) 手紙には、最後の行にこう書かれていた。 『判断に迷ったときはどんな些細なことでも必ず私に連絡すること。今度は、私がお姉ちゃんを守るから』
歯を磨いてベンチにごろりとなると、降るような星空がどこまでも広がっていた。 星座のことはさっぱりわからないが知る必要もない。星の光を勝手に辿ると色んなものを描けることは昔から知っていた。 最愛の妹の顔が星空に浮かび上がった。その横にはハヤテも・・・そんな気がした。 雪路は右手を伸ばした。遥か彼方にあるものにその手は遠く届かない。 (でも・・・昼間は見えなくても、空にはこれだけ沢山の星があるんだから・・・、こんな私にも掴める星がきっとあるはずよね・・・。ヒナ・・・お姉ちゃんはまだまだ負けないわよ)
寝っ転がったまま抱きかかえたギターを撫でた。その手つきが彼氏を愛撫するようだと、酔客から揶揄われたことがある。 「彼氏よりもっと大切なものよ」そう答えた。ギターには贈り主のサインが描かれている。 「HINA」「HAYATE」 ケースの上からでも温もりと勇気を伝えてくれるそれは、夢を叶える相棒・・・というばかりでなく抱き枕でもあった。 (一升瓶よりずっといいわね・・・)雪路は呟いて目を閉じ、即時に眠りに落ちた。
夢と絆のコンチェルト【完】
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Re: 【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く ( No.10 ) |
- 日時: 2016/10/06 01:59
- 名前: ロッキー・ラックーン
- こんにちは、ロッキー・ラックーンです。
遅れましたが完結おめでとうございます。
ハヤテとヒナ、二人の「これまで」を支えていた存在にフォーカスを当てた作品として楽しませて頂きました。 それぞれのキャラにそれぞれのこれからの人生があって、ハヤテとヒナがくっつくことでどう変化していくのか…私が「Cuties」でやりたいと考えていた事を見事に表現されているなと感心しっぱなしでした。
最後の雪路のシーンでは「雨上がりの夜空に」が頭の中で流れましたなどという呟きを残しつつ次回作も楽しみにさせていただきます。 お疲れ様でした。
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Re: 【改題】夢と絆のコンチェルト 〜憧憬は遠く近く ( No.11 ) |
- 日時: 2016/10/07 22:49
- 名前: どうふん
- ロッキー・ラックーンさんへ
感想ありがとうございます。 え、「雨上がりの夜空に」・・・? と、思いましたが、雪路には案外似合っていそうです。言われるまで気付きませんでした。
本作に取り掛かったきっかけは、連載中のマリアさんの言動ですが、すぐ後に雪路が奇行をやらかしているので、そっちの比重が大きくなりました。 まあ、「奇行」とは違うかもしれませんが、当方としては違和感があったのも事実です。 雪路さん、あなたが妹に残すべきものはそれでいいんですか。
ただ、雪路が教師よりミュージシャンの道を選ぶことはありそうだな、と思います。 その夢が叶うかどうかはともかく、希望の光ぐらいはあってもいいはずだ・・・。 「これまで」とは異なる「これから」を大切にしてほしい。そう思っています。 マリアさんや雪路だけでなくその他のキャラにも。
「憧憬」がハヤテとヒナギクさんのカップリング物語である以上、それ以外の関係者のほとんどは失恋となります。ただ、それが不幸を意味するものではないはずです。 自己満足に過ぎなくとも、できるだけ多くの人に幸せか、少なくとも希望はあってほしい。 そんな思いで書き上げた作品です。意図したわけではありませんが、確かにロッキーさんの「Cuties」の概念ですね。 楽しんで頂けたのなら幸いです。
どうふん
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