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大切なのは愛よ
日時: 2015/01/29 00:52
名前: ピーすけ

 恋する乙女は美しい。
 成人を迎えるより前。まだ成熟しきっていない、花の蕾のように不安定な体。その中に収まりきらない程の熱を蓄え――だが決して汚らわしくなることはなく、むしろ清廉潔白とした在り方は変わらない。
 とりわけ、それが決して花弁を開くことのない永遠の蕾ともなれば、その愛おしさは如何な物とて並び立つ物などあるはずもない。
 少女から少女への恋。確かに生産性のない同性愛は、生物的にアブノーマルである。それは理解している。だからこそ……背徳性故にその禁忌はとても輝いて見えるのだ。
 そして私の身近には、私の倒錯した性癖を体現したような少女がいる。
 見目麗しく、いかにも怜悧に振る舞ってみせる裏側で、勇ましい少女への恋慕を密かに募らせる。それがわが友、花菱美希だ。美希本人はあれで隠しているつもりなのだから、より一層私の心はこそばゆくなってしまう。油断していないと、皮肉を装った私の笑みが、陶然と崩れてしまいそう。
 私は、禁忌的な片想いをする少女を愛している。故に私自身もそうなってしまうのもまた仕方のないことだ。ただし、アブノーマルの度合いでは同じではないかもしれないが。
「なあ、ヒナって本当にカッコいいよなあ。女子にモテるのも頷ける」
 私は、生徒会長にして、今は我々の監視員を務めるヒナギクが席を外したのを良いことに早速とばかりに美紀にちょっかいを出した。
 普段は、今回ギリギリ赤点を免れた泉を含めた三人で仲良く行動しているため、美希と生徒会室で二人きりというのは珍しい。これで机の上に補修用のプリントという、白けてしまう(ついでに解答欄もまだ真っ白な)アイテムが置かれていなければもう少し緊張してしまいそうなところだ。
「理沙。突然なにを言っているんだ?」
 美希のつっけんどんな口調から読み取れるのは、私に対する呆れと、ヒナを褒められたことに対する誇らしさ、そしてほんの僅かばかりの焦りと嫉妬。ポーカーフェイスを気取っているあたり、まっこと愛いやつよのう。
 自分を抑え込もうとする仕草を見ることに、私が喜んでいると知ったら、気の置けない仲であるこの友は、一体どのような顔をするのだろうか。
「いや、なんとなくさ」
 私は上唇と鼻の間にシャーペンを挟んだ。普段の態度からして怠け者が板についているので、こういった仕草は誤魔化すのに最適なのである。よもやアヒルみたいなアホ丸出しの顔の裏で薄気味悪い愉悦に浸っているとは思われまい。
「……ふぅん」
 私を相手するのも馬鹿らしくなったようで、美希は答案用紙とのにらめっこを再開する。彼女の顔が伏せられてしまったのはすこし残念だが、そうしているとまつ毛の長さが良くわかって、また違った魅力がある。美希は邪魔にならないように髪を掻き上げる。ふわりと揺れる髪。シャンプーとオーデコロン、そして汗の混じった柑橘系の瑞々しい香り。
 私は、自分の髪を一束つまんでその匂いを嗅いだ。使っているものが同じなので、当然よく似ている。おかげで一人の時でも美希を連想して気を紛らわすことくらいは出来るのだ。
 全く、美希は何から何まで私の理想に敵っていて、溢れ出しそうな情念を抑え込むのは本当に辛い。
 ここまで思い煩っておきながら、しかし私は決して彼女への想いを遂げようとは、今のところ思っていない。
 私は片想に耐える美希の清廉さが大好きだから、私の手で汚すことは決して許せない。思えば私が彼女に惹かれたのは、誰かに恋する姿に心を奪われたからであって、はじめの頃こそ恋慕と呼べるものではなかったのだ。時を経て、彼女に対する興味関心はねじ曲がって成長してしまったけれど、その一線だけは超えてはならないと弁えている。
 ただ……懸念が一つだけあるとしたら、それは美希が内に秘めた慕情を吐露してしまった時だ。私は美希の清廉さを尊んでいるが、それ以上に美希を愛してしまっている。
 私の恋の対象が、片想いに耐える彼女から、片想いを遂げようとする彼女になったら、私もまた遂げようとしてしまうかもしれない。
 仲良くつるんでいた私たちにとっては、それは余りにも残酷な結末だ。
「なあ、美希……」
「なんだよ。うるさいな」
 キッと、眦を決する美希。私を邪険に扱うのは、そうしても私が彼女を嫌いにならないという信頼が存在するために生じる甘えである。
 ひどく心地よい友という間柄。
「いいや、なんでもないよ」
 私は思わず口元を抑えていた。私は彼女に呼びかけて、一体何を言おうとしていたのだろうか。
 何より驚くべきは、私の唇の端が、ひくひくと痙攣していたことだ。
「……トイレ行ってくる」
「いちいち報告するな」
 私は足早になりそうになるのを我慢して、けれど可能な限り早くトイレに駆け込んだ。
 洗面台の前に立つ。鏡の向こうから私を見つめてくる少女の表情は――
 蛇口のつまみを捻る。勢いよく流れ出てきた水を掌で掬って、ばしゃりと顔に叩きつけた。冷え切った水は氷のように冷たい。
 恐る恐る顔を上げると、冷水に熱を灌がれた朝風理沙が、私を冷然と見つめていた。
 鏡の向こうの少女は、今も……さっきだってずっと、私を精密に写し取っていたのだ。

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