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ただいま
日時: 2015/01/25 13:30
名前:
道草
『貴方はいま……どこにいますか?』
* *
――日本屈指の名門、白皇学院。
名立たる資産家の御曹司・御令嬢が通い、数多くの優れた人材を世に輩出している。
当然、そんな生徒達を育てあげる教師陣営も選りすぐりの精鋭ぞろいだ。
……というわけでもなく、中には少々問題のある者もいる。
その一例である一人の女性教師が、今まさに理事長室で正座を強いられていた。
目の前の席には、長い金髪をなびかせたこの学校の最高権威である理事長が座り、冷ややかな口調で淡々と話し始める。
「……まったく、今月に入ってからこれで遅刻十回目。……ご自分の立場を理解されているのかしら?」
「はい、理事長……誠に申し訳ございません……」
うつむいたまま消え入りそうな声で謝罪する教師。
対して理事長は左手の指で自分の髪をクルクルと巻き上げていじり、右手に持った万年筆で机をカツカツと叩く。
静かな室内に響くその音が、余計にプレッシャーを与えていた。
「教師であるからには常に生徒達の模範となるよう心掛けていただかないと……」
「仰る通りでございますです、はい……」
年齢的には自分よりも下である若き理事長の説教に対し、教師は足の痺れに耐えながらひたすら相づちを繰りかえす。
実際は話のほとんどを聞き流しているのだが、表面だけでも反省しているふうを装っていないといつまでたっても終わらない。
だが、そんな浅はかな考えを見透かしたように理事長はキッと鋭い視線をむける。
「本当にちゃんと分かっていますか?…………西沢先生」
「ええ、分かっております。分かってはいるのですが……」
教師はそこで言葉を区切ると、伏せていた顔を上げ……
「ナギちゃんにだけは言われたくないんじゃないかな?」
「うっさい、ハムスター」
先ほどまでのしおらしい態度を翻し、足を崩してジト目でにらむ白皇学院世界史教師・西沢歩。通称『ハムちゃん先生』
教え方も上手く生徒達からの信頼も厚いのだが、間が抜けているというかなんというか……おっちょこちょいでしょっちゅう遅刻するのがたまに傷だ。
「まったく、就職難で捨てネコ……いや、捨てハムスターのように路頭に迷っていたお前をわざわざ拾ってやったのは誰だと思ってんだ?」
「捨てハムスターって何よ!?……まぁ、確かにそれについては感謝してるけども」
現白皇学院理事長・三千院ナギもまた、さっきまでの芝居がかった口調から一転し、友と話すときの素の状態に戻っている。
時が経ち、立場が変わっても、彼女達の関係は昔と何ら変わっていなかった。
――そう、かつて彼女達が高校生として青春を謳歌し、共に遊び、共に学び、共に笑い、共に泣き、共に傷つき、共に助け合ったのも過去の話。
今や皆、それぞれの道を歩んでいた。
前理事長である天王州アテネはある人物を探す為に職を降り、その後行方知れず。
その後釜に選ばれたのが白皇を首席で卒業し、当時すでに様々な分野で数多くの功績を打ち立てていた三千院家当主のナギであった。
最初は面倒臭がっていたナギであったが、自分の母校ゆえか思うところがあったようで、最終的に引き受けることとなり今に至る。
「……しかし、ナギちゃん。毎度毎度ヒマつぶしで私に説教するのはやめてくれないかな!気が向いたときにしか学校に来ないくせに……」
「いいんだよ、私は理事長なんだから。どう行動しようが逆らえるものはいないのだ」
「職権乱用!職務怠慢!!我々は、給料の昇給を要求する―――――!!!」
突如始まる一人ストライキ。ナギは「うるさい」とばかりに耳を塞ぎ、無視を決め込む。
学校に来る度に毎回このようなくだらないやりとりの繰り返しだ。
だが、おかげでナギも退屈せずにすんでいた。
そのとき、理事長室のドアをノックする音が聞こえ、こちらの返事も待たず一人の男性教師が入ってきた。
「入るぞー……ってまた漫才やってんのかよ、お前ら……」
そう呆れた声を上げるのは、この学校のOBであり現在体育教師を務める東宮康太郎だ。
「東宮君は黙ってて!私はいま日本の教育制度の改革に努めているんだから!」
「んなことより、さっさと仕事に戻れよ西沢。今日中にまとめる資料もまだ終わってないだろ?」
「一生のお願い!代わりにやっといて♪」
てへぺろと舌をだす歩に、東宮は頭を抱える。
「お前の一生はどんだけあんだよ、これで5回目だぞ。あと何回生まれ変わるつもりだ?」
「むぅ〜、いいじゃない。どうせヒマでしょー!」
今度は歩と東宮の間で、漫才のようなやりとりが始まる。
そんな二人を見て、蚊帳の外になりつつあるナギは話に割り込んだ。
「仲良いな、お前ら。もうYOUたち付き合っちゃいなYO☆」
「「誰がこんな小動物と!!……ってハモるなぁぁぁぁぁぁっ!!」」
同族嫌悪とでもいうのだろうか。事あるごとにいがみ合うこの二人。
ナギの目には二人の背後に、闘気によって生じたハムスターとリスの幻影が見えた……ような気がした。
ダメ世界史教師とヘタレ体育教師……意外とお似合いだと思うんだけどな。
お前らの前任者はそれで寿退職した訳だし……とナギは懐かしく思い目を細める。
「そんなことより三千院。今度、足橋先生が主催する漫画家の集まりがあるんだけど、お前も来るか?あの水蓮寺さんも来るらしいし」
「マジで!?いくいく♪」
尊敬する漫画家と懐かしい友の名を聞き、身を乗り出して気持ちを高ぶらせるナギ。
水蓮寺ルカ。今なお現役バリバリの人気アイドルだが、ここ最近本格的に漫画家活動を開始したと聞く。
自身も漫画家兼理事長という職業であるナギにとっては外せないイベントだ。
なにより、久々に友に再会できるのは単純に嬉しいし。
「それもいいけどナギちゃん」
興奮するナギをなだめるように、歩は近々おこなわれる『もう一つの行事』について触れる。
「今度みんなで集まる話も忘れてないよね?」
「分かってるよ。今度の場所は……『喫茶どんぐり』だろ?」
* *
「それでは皆さん!」
「我ら動画研究部の同窓会を祝しまして……」
「かんぱ―――――い♪」
喫茶どんぐりに『かんぱ――――い!!』とそれぞれのかけ声と、グラスの音がなり響く。
こういった場を取り仕切るのは、昔と変わらず美希・理沙・泉の三人組だ。
皆が華麗にスルーする中、咲夜一人だけが「いつからお前らの同窓会になったんじゃ―――!!」とツッコミを入れているあたりは流石である。
不定期で行われているこの集まり。『同窓会』と呼べるかどうかは微妙なところで、ただ単に縁のあった者たちが集まって、飲んで騒いで楽しむだけの会である。
メンバーも場所もときによってまちまちで、三千院家の屋敷で行うこともあれば、ゆかりちゃんハウスで行うこともあった。
ナギはきょろきょろと店内を見渡し、姿の見えない親友の所在について一応咲夜に訊いてみる。
「なぁサク。やっぱ伊澄はまだ来てないのか?」
「ああ、相変わらずの迷子や。まぁ、そのおかげでウチの会社は儲かってんけど」
咲夜は伊澄をガイドとした旅行会社を設立。
行先も分からず何が起こるかも分からないそのスリリングな旅は、なぜか意外と好評らしい。
ナギも一度チケットをもらったことがあったが、無論参加はしなかった。
「ま、運が良けりゃそのうち来るやろ。あ、すんませーん!マスターおかわり!!」
「はーい」
咲夜が声を上げると、奥からこの店のマスターこと桂ヒナギクが新しい飲み物と料理を持ってやってきた。
それを見て、泉たちと一緒の席に座っていた歩が声をかける。
「ヒナさんもこっちにきて、一緒に話しましょうよ♪」
「うん、ちょっと待ってね」
ヒナギクは空いた食器を片づけ終えると歩の隣に座る。
「ささ、店長さん店長さん、どうぞどうぞ!」
「ヒナ〜、私にお酌してくれ♪」
「にはは〜♪なんか楽しくなってきたよ〜」
既に酔いが回っているのか、いつにもまして高いテンションで絡んでくる理沙・美希・泉の三人。
ヒナギクは適当にあしらいながらも、感慨深げに三人を見て微笑む。
「それにしても人生わからないものよね。あなた達がこんなに立派になるなんてね」
「ほんと意外ですよねー」
歩も「うんうん」と同調する。
なにせ今や美希は敏腕の国会議員となり、日本の未来を担っている。
泉は父の会社の後を継いで腕利きの社長となり、日本の経済を支えている。
理沙は伊澄に弟子入りして凄腕のゴーストスイーパーとなり、日本の平和を守っている。
かつての彼女達を知るものからすれば「日本終わったな……」としか思えない面子であったが、よくここまで成長したものだ。
「意外と言うならヒナだってそうだろ?かつてみんなの憧れだった白皇の生徒会長様が、こんな小さな喫茶店の店長に収まってるんだから」
美希の言葉に、理沙も泉もコクコクとうなずく。
実際、ヒナギクは様々な企業から引く手数多だったのだが……
「こんなとは何よ。私は楽しいし、結構充実してるんだから」
能力のある人間が必ずしも目立つ仕事に就くわけではない。
『できること』と『やりたいこと』とは別の話だ。
それこそ、幸せの形など人それぞれなのだから。
あ、そうだ幸せといえば……ヒナギクはある事を思いだして手を合わせる。
「そういえばマリアさんから手紙が届いてるんだった!」
「お前、そういうことは早く言えよ!!」
ナギからのクレームにヒナギクは「ごめんごめん」と謝りながら、足早に一通の封筒を持ってきてナギに手渡した。
入っていたのは綺麗な字でつづられた近況についての手紙と、一枚の写真。
時が経ち、マリアは美しくなった。
幸せになった。
そして……母になった。
写真には最愛の人に肩を抱かれ、最愛の我が子を胸に抱き、優しく微笑む聖母の姿があった。
「・・・・・・」
ナギは写真を手に嬉しそうに……それでいてどこか寂しそうに微笑む。
彼女の結婚式前夜には、二人きりでこれまでにないほどたくさん語りあい、泣き、笑ったものだ。
ウエディングドレスを身にまとった彼女の姿は、いまでも眩しく心の中にはっきりと残っている。
……いつの日か自分もあのように綺麗な女性になりたいと心から思った。
「マリアさん、来れなくて残念だったわね」
「ナギちゃん、さびしくない?」
心配そうに声をかけてきたヒナギクと歩に対し、ナギはふっと笑って返す。
「マリアも子育てで忙しいだろうからな、ワガママは言えんさ」
さびしくないと言えば嘘になる。
だが私ももう誰かに守られるだけの子供ではない。子供でいるわけにはいかないのだ。
少し静かになってしまった店内。咲夜が空気を切り変えるようにパンパンと手を叩いて声を張り上げる。
「さーて、しんみりすんのはそのへんにして、もう一度仕切り直すで!カンパーイ!!」
『カンパーイ!!』
そして再びそれぞれが話に花を咲かせ、賑やかさを取り戻す。
笑い声に囲まれながら、ナギは微笑みながらも物思いに耽る。
かつて皆で紡いだ絆は切れることなく続いている。
今も、そしてこれからも。
それはとても幸せな事だ。
……たとえそこにポッカリと、大きな穴が開いていたとしても。
脳裏に浮かぶのは、かつてこの輪の中心にいつもいた少年の姿。
いつしか皆その名を口にすることはなくなり、美しい思い出として心の奥にしまいこんでしまった。
……だけど、私にはやはり忘れることは出来そうもない。
なぁ、ハヤテ。
貴方はいま……どこにいますか?
* *
――数時間後。
楽しい時間というものはすぐに過ぎゆくもので、そろそろお開きにすることとなった。
「私はついさっき来たばかりなのに……」
「そりゃ、4時間も遅刻してきた自分のせいやろ!ええから帰るで」
名残惜しむ伊澄の襟首を掴み、引きずる咲夜。
今や皆、忙しい身。明日からも各々の仕事があり、いつまでも遊んではいられない。
「じゃあな皆」
「またなー!」
「バイバーイ♪」
理沙・美希・泉の三人もそれぞれ家路につく。
彼女たちが店から出ていくのを手を振って見送った後、残ったナギ・歩・ヒナギクは暫らくの間余韻に浸っていたが、やがてヒナギクが片付けのため動きだす。
「あ、ヒナさん。私も手伝うよ」
「ありがと♪じゃあナギはそっちのお皿片づけて」
「って、私もかよ!?ったく、しょうがないな……」
そのとき、喫茶店の扉が開き、ドアベルが鳴る。
慌ててヒナギクがドアに向かい、入ってきた人物に声をかける。
「すみません、お客様。本日はもう閉店でして………………え?」
瞬間、ヒナギクは言葉を失う。
何事かと視線を向けた歩も、同様に動きを止めた。
……このときの彼女たちの心境を、なんと表現すればよいだろう?
驚きのあまり、時が止まったかのようであった?
懐かしさのあまり、昔に戻ったかのようであった?
……いや、違う。
これでようやく彼女たちは―――
彼は―――
未来に向けて歩き始めたのだ。
永遠とも思えるような静寂の中、ナギだけは……
誰よりもこの瞬間を待ちわびていたはずの彼女は……
何事もなかったかのように微笑み、戻ってきた日常を迎え入れた。
「……おかえり」
Fin
===============================================================================
<後書き>
どぅも★道草です!
もはや初めましてと言った方が良いかもしれませんが、かつてこのサイトでお世話になっていた者です。ご無沙汰しております。
そんなわけで久しぶりに書いた、この未来捏造話……いかがでしたでしょうか?少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
では、ここまで読んでいただきありがとうございました!
[メンテ]
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Re: ただいま
( No.1 )
日時: 2015/01/27 22:55
名前:
ネームレス
お久しぶりです。元・匿名という名前で活動していたネームレスです。
お名前を見るのが久しぶり過ぎて、若干同一人物か疑ってしまうところですが……それでももう一度道草さんの小説を見ることが出来て良かったです。
では感想を。
何ねーん! 何組ー! ハームざーわせーんせーい!!!
ということで早速テンションが上がりつつも、未来でも変わらぬナギとのやり取りが微笑ましかったです。東宮もいましたね。西沢さんとは同属性なのできっと息も合うことでしょう。周りからも良カップル教師として見られてたり? そして理事長のナギ。日本終わったな(冗談)
そんでもっていつものメンバー大集合ですね! 喫茶どんぐりって今ヒナギクが店長なのか(驚愕)
三バカも大出世。日本正気か!?(冗談)
そう笑いながら読みつつも、少し違和感があって、なんだろうと思ったら……ハヤテがいないんすねー。なぜ!?
ハヤテがいないことに気づくと先ほどまで読んでいた文もどこか寂しく感じてしまいますね。そう思うのは俺だけか。
結局何も起こらず解散かな? そう思った矢先__帰ってきたなぁ。
何があったとか、何もかも不明だけれども、今はただいつものように帰ってきた“彼”の登場に自然と頬が緩みます。
最後まで読ませていただきましたが、面白かったです。今後の彼と彼女たちの日常を妄想しながら締めたいと思います。
ネームレスでした。
この作者は、誤字脱字の連絡を歓迎しています。連絡は→
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/修正は→
[メンテ]
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Re: ただいま
( No.2 )
日時: 2015/01/31 16:18
名前:
道草
どぅも★道草です!
感想ありがとうございました。
ではレス返しをば。
◆ネームレスさんへ
お久しぶりです!!前作ではお世話になりました。
いつも励みとなっていたので、また感想いただけて嬉しいかぎりです!!
えー、まず……僕は本人ですのでご安心(?)ください。
文章のクセも変わってないですし、そもそも僕になりすます理由もないですしね(笑)
各キャラのその後を考えるのは僕も楽しかったです♪
三バカを出世させすぎた気もしますが……
できればもっといろんなキャラのことも書きたかったんですけどね。
結婚後ミュージシャンに転職した雪路とか、なぜか『どんぐり』でアルバイトしとるツグミとか……
ただ、話がまとまらなくなるので今回は動かしやすいキャラたちでお送りしました。
ハヤテがいなくなった理由は……あえて明かしていませんが、
寂しさを感じていただけたなら、書いた側としては良かったです。
ここからまた、彼と彼女たちの新たな物語が始まることでしょう。
最後に……久しぶりの投稿となるので、くしくも『題名』の通りとなってしまいましたが、
まだ憶えてくれている人がいて嬉しかったです!
ではネームレスさん、ありがとうございました!!
[メンテ]
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