この作品のあらすじ
トップページ > 記事閲覧
執事達の昼下がり[6月7日茶会企画]
日時: 2014/06/30 23:28
名前: 雪月

三千院家発電所。本宅から1キロ離れたこの場所には温泉が存在している。
母屋から離れているが為、本宅で生活を行うものにはまったくといっていいほど利用されないが、泉質もしっかりしている立派な温泉である。
残念ながら完全室内なのであまり風情があるとはいえないが、都内にこれだけ立派な温泉があると考えれば、これ以上望むのは贅沢というものだろう。

「ふぅ〜」

春の陽気も温かい昼下がり。ハヤテは一人で温泉につかる。
本来母屋で活動しているハヤテにとって、この温泉を使う機会というのは無いに等しい。
しかし、冬を乗り越え日差しが温かくなってきた現在、外での活動で汗をかくことも増えてくる。
執事が汗をかいてはいけない、ということはもちろん無いが、こんな汗を流した姿を主人に見せること、ましてや汗の臭いを主人に見せるということは可能な限り避けるべきことだとハヤテは考える。
そのため、庭掃除等の活動で少しでも汗をかいた場合、主人に見苦しい姿を見せぬよう、可能な限りこの温泉を活用して、自身の身だしなみを整えている。
母屋から少し遠いことが玉に傷だが、贅沢は言っていられない。

“けれど……”

たびたび利用するようになって、ハヤテは改めて考える。本当にいいお湯だな、と。
始めてこの温泉を利用したことは暴風雪の中で、そんなことを考えている余裕など無かった。
春になって汗をかいてしまった時、ここのことを思い出したが、その時の思い出が強く、また悪く残りすぎてしまったがために、正直、利用するのは気が引けた。
しかし、当たり前のことだが、利用して見ればここは本当に良い温泉で、汗をかいたなどと口実を作っては頻繁に活用している。

“下田温泉も良かったけど……やっぱり身近にあると気持ちが良いなぁ……”

露天ということも無ければ、湯につかる以外に設備も無いところではあるが、ただ汗を流す為だけに活用するには立派過ぎるものだといえよう。


“さて……そろそろあがろうかな”

本音を言えばもう少し使っていたい気もあるが、あくまでこの施設を利用するのは汗を流し身だしなみを整えるためであり、自分の憩いのためではない。
また、仕事の合間にここにきているので、ここでだらけている間にも仕事は増えていく。
そのことを考えれば、いつまでもここで時間を潰す訳には行かない。
そう思い、湯から上がろうとすると、ハヤテの近くから声が聞こえてきた。



「ふん……三千院家の執事ともあろうものがこんなところでサボっているとはな……」



「え!?」

驚いたハヤテは慌てて振り向くと、そこにいたのは湯船につかる白髪の執事……ハヤテと共にこの屋敷で執事を務めるクラウスの姿だった。

「ク、クラウスさん!?」

「嘆かわしいな……お嬢様を導く者がこんな体たらくでは、先が思いやられる」

そう言うと、クラウスは湯を両手ですくい自分の顔にかける。湯は顎を使い再び湯船に落ちた。

「え……それを言ったらクラウスさんは……?」

「今のお嬢様のお付きはお前だろう」

クラウスはハヤテの言葉に動じもせずに、ハヤテをにらむ様な目つきで見据えた。

「お嬢様の見本となるべき人間がサボっているなど、あってはならないことだ」

その言葉にハヤテは言葉を詰まらせる。
ハヤテ達の主人たる三千院ナギ、彼女はヒキコモリ癖にサボり癖と、あまり人には誇れない癖の持ち主である。
確かにそんな人間を導くにおいて、自分もサボっている、というのでは主人に何か意見を言える訳も無い。
もちろん、ハヤテとしてはサボっているつもりなど毛頭無いのだが、今この状況においてサボっていない、等と言っても説得力などあるはずも無い。

「綾崎ハヤテ」

「は、はいっ!」

少しばかりかしこまった呼ばれ方に、思わずハヤテは身を竦める。
先ほどのように睨み付けられている訳でも、直接手を出されているわけでもない。
ただ少しばかり後ろめたい気持ちになって、ハヤテが勝手に身構えているだけである。

「そんな態度ことでは三千院家の執事としてはまだまだだな」

「うっ……」

返す言葉も無い、的を射た言葉であった。
確かにハヤテは家事を中心に、ボディーガードの役割としても良くやっている人間であり、ハヤテ自身もそのことに自負がある。
しかし、主人を導く立場としてはどうなのか、学校にも通わせることはできているが、ナギから積極的に学校に行きたがることはまず無い。
生活態度も、やはりヒキコモリ癖、サボり癖は直っているとはいえない。
無論、それでも改善はできている、むしろハヤテは知らないとはいえ、それ以前と比較すれば格段に良くなっているとすらいえる。
しかし、だからといってそれに満足して良い立場でないことは重々承知している。いや、満足してしまってはそれ以上の進歩がなくなる。
だからこそ、クラウスの言葉はこたえた、確かにまだまだだと。

「す、すみませ――」

「私に謝ることではあるまい」

その通りだ、今謝ることは、ただ自分が傷つけられないための言い訳でしかない。
そのことを突きつけられて、再び自分がまだまだだと思い知らされる。

「とにかく、このような醜態はお嬢様には見せられんな」

そういってクラウスは湯船から上がる、老人とは思えない筋骨隆々な姿と、そこにつけられた歴戦の傷が露となりハヤテとの年季の違いを見せ付けられる。
クラウスはハヤテに背を向け、温泉の入り口へと歩き始める。
最後にふと顔を向けてこう言い残した。



「お主も三千院家の執事として……更に精進することだ」

「え?」



その言葉の意味をハヤテは一瞬理解できなかった。
しかし、思い返して、ハヤテは気が付く。


まだまだだとは言われたが、失格だとは言われなかった。
醜態をさらしたとは言われたが、ナギの傍にいてはいけないとは言わなかった。


何より……三千院家の執事として、という言葉がハヤテが思う以上に耳に残った。



「クラウスさん……」

ハヤテが執事になるということを一番に反対したのはクラウスだった。
紆余曲折あって、そのまま執事として雇われたが、その後も首にされそうになったことは幾度と無くあった。
しかし現在は……いや、もしかしたらもう少し前からかもしれない。ハヤテのことを「三千院家の執事」と呼んだ。

「……認められたってことかな」

もちろん、認められたといってもまだ未熟であることに変わりない。
学ぶべきことも成長するべきことも、まだ、多すぎるぐらいに多い。
しかし、クラウスは、それを乗り越えて一流の執事になれといっている。

“もしかしたら、それを言うためにわざわざここに来たのかな”

屋敷の中でクラウスと二人きりになることはまず無い。
あったとしても、「お主を三千院家の執事として認める」などとは、あれだけ反対していた身とすれば言いにくいのだろう。
だからこれは、クラウスなりの照れ隠しなのか……少なくとも認めてくれた証だと、ハヤテは理解した。





「さ……僕も仕事に戻りませんとね」

湯船から上がり、ハヤテも湯場の出口へと向う。
春の日差しが温かい、昼下がり、執事達の仕事はまだまだ終わらない。









‐Fin‐
[管理人へ通報]←短すぎる投稿、18禁な投稿、作者や読者を不快にする投稿を見つけたら通報してください

Page: 1 |

Re: 執事達の昼下がり[6月7日茶会企画] ( No.1 )
日時: 2014/06/30 23:39
名前: 雪月

後書き


この小説は6月7日の茶会企画「小説のネタ出し合って誰かに掲示板で投稿してみらおうぜ」の企画によって書き上げた作品です。
ちなみに自分のテーマは「クラウスがハヤテと一緒に温泉に入る話」
温泉というと下田温泉の話が浮かんだのですが「あれ、クラウスって下田温泉行ってないのか?」と見直して思い直しこのような形になりました。
まぁ、発電所も作中では温泉と表現されていますから問題無いでしょう。
ちなみに温泉は、25度以上の温度を持っているか、特定の泉質を持ったものであれば温泉と呼べるそうですよ。
だからあれは温泉と呼んで良いものなんです、良いったら良いんです。

内容はハヤテの執事の心構えのようなものを説いた作品。
クラウスって初めはハヤテのことを執事として認めない、という感じなのに、誕生日前に生霊として出てきた時は、ハヤテに執事を任せようかなぁ、みたいな事を言い出して、いつの間に執事として認めたのだろう、と気になっていたので、こんな内容に。ハヤテを執事と認めるシーンがあってもいいんじゃないか、ということでこんなものを捏造しました。
ちなみに、時系列は下田温泉からクラウス誕生日前まで、三月下旬辺りをイメージしています。
まぁ、屋敷に居る間しか使えない舞台を利用していますからちょうど良い頃かな、と。


最後に、ここまで読んで下さった方に感謝を、雪月でした。
[管理人へ通報]←短すぎる投稿、18禁な投稿、作者や読者を不快にする投稿を見つけたら通報してください
Re: 執事達の昼下がり[6月7日茶会企画] ( No.2 )
日時: 2014/07/06 20:53
名前: ネームレス

どうも。こちらでは初めましてですね。ネームレスです。
最初見た時はハヤテがクラウスと一緒の風呂に入るのをとても嫌がった記憶があるので、いったいどういった物語になるかと思ったら
__クラウス凄えイケメンじゃないっすか。
いや正直びっくりしました。さすが執事長。説得力が違いますね。
では、今後のクラウスの活躍とハヤテの精進を願って終わりたいと思います。
それでは、ネームレスでした。
この作者は、誤字脱字の連絡を歓迎しています。連絡は→[チェック]/修正は→[メンテ]
[管理人へ通報]←短すぎる投稿、18禁な投稿、作者や読者を不快にする投稿を見つけたら通報してください
Re: 執事達の昼下がり[6月7日茶会企画] ( No.3 )
日時: 2014/07/08 22:20
名前: 雪月

ネームレスさんへ。


初めましてというべきでしょうか? ご感想、ありがとうございます。

基本的にシリアスな作品を描くというのが雪月の作風なので妙にキャラをイケメンにしたがります。
しかもそのキャラクターが大体の場合脇役にしてしまう傾向があるため、誰お前なことになることが多々。
しかし、こんなことをしてもそこまでキャラ崩壊にならないところがありがたいところ。そういった意味でハヤテのキャラ造詣はいいものだと思います。

そういえばこのお題を提供してくださったのはネームレスさんでしたか。改めてお題提供、ありがとうございます。
雪月でした。
[管理人へ通報]←短すぎる投稿、18禁な投稿、作者や読者を不快にする投稿を見つけたら通報してください

Page: 1 |

題名 スレッドをトップへソート
名前
URL
パスワード (記事メンテ時に使用)
文章チェック ミスがあったら教えてほしい  ミスを見つけてもスルーしてほしい
コメント

   クッキー保存