Re: 伊澄が飛ぶ先々でトラブルを解決していく話 ( No.1 ) |
- 日時: 2014/06/07 20:40
- 名前: 雪月
- 月が綺麗な夜だった、日は既に暮れているが、月の影響もあってか、まだ十分に明るい時間である。
帰り道の河原沿い、聞こえてくるのは人の声。非日常から戻ってきたばかりの彼女にとって、その音は自分が日常に戻ってきたことを実感できる。 いや、そもそも、最近はいつも咲夜がついてきて、このような音を聞くこと自体が久しぶりかもしれない。 別に咲夜がついてくることが嫌という訳ではないのだが、少々心配性が過ぎる、と思う。 何より、付いて来る理由の一つが「道に迷うから」というのだから、伊澄にとっては少し面白くない。 自分はしっかりしているし、道にだって迷わない。そんな自負があるだけに、咲夜がついてくるたびに複雑な気分になる。
“私はしっかりしているのに”
そんな根拠の無い自信をもって、彼女は家路に着く。車を呼べばいいのに、徒歩で。
「おい、あれ……」
その時、河原に集まっていた人達が伊澄に注目を始めた。 視線に気付いた伊澄は、何が起こっているのか分からず、足を止めて目を丸くする。 それを見計らったのか、それとも元々そのつもりだったのか、数人が伊澄の方へ歩いていく。
「ねぇ、ちょっと君」
大人が二人、どちらも女性だった。そのうちの一人に声をかけられる。 特に危険は感じていないが……感じたところで彼女なら楽に切り抜けられるが、突然のこと訳も分からず、しかも見ず知らずの人に声をかけられた緊張もあり、彼女はおろおろするばかりだった。
“な、何でしょうか?”
意味も無く身構えると、言葉の続きが発せられた。
「その持ってるのって……やっぱり松ぼっくりだよね?」
その言葉に、伊澄は自分の手を見る。 確かに松ぼっくり、しかもさっき拾ったばかりのもの。 忘れていたわけではないが、まさかこれを注目されると思ってなかったので、ますます眼を丸くする。
「その〜、できればそれ、私たちにくれないかなぁ、ちょっと困ってるんだよね」
困るとは何か、それが松ぼっくりで解消できるとは何か? そんなことが頭に巡ったが、彼女達の後ろに眼をやると、すぐにその意味が理解できた。 バーベキュー。 網などの用意はできているようだが、火がついていない。周りの人は皆、網を囲って横には切り分けた食材が置いてある。
「この新聞紙じゃ火がつかなくって……それがあると助かるんだけど……」
要は火種が欲しいのだ。用意した新聞紙では上手く付いてくれなかったのだろう。そこでより火種として優良な松ぼっくりに焦点を当てた、ということか。 状況は理解したものの、やはりことが急すぎて、伊澄はおろおろとしてしまう。
「ね、お願い、良いでしょ?」
そんなこともお構い無しに、二人は伊澄につめよる。いや、むしろそんな伊澄の様子に強引にでも話していかなければ会話にならないと踏んだのか。 どちらにせよ、かなり強引に会話を進めていく。
「ね、これあげるから、ね?」
そう言ってわたしてきたのは新聞紙、火種にしようとしたからか、少々よれていて……要はゴミである。 しかし、女性達の強引さに押されるがまま、伊澄は松ぼっくりを手渡してしまう。手渡すというより奪われるといった方が正しい気もするが。
「ありがとう、代わりにこれあげるから、ね」
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Re: 伊澄が飛ぶ先々でトラブルを解決していく話 ( No.2 ) |
- 日時: 2014/06/07 20:43
- 名前: 雪月
- そして伊澄の手には古新聞が残る。
別に松ぼっくりにこだわりがあった訳ではなかったが、だからといってこんなものと引き換えにしてどうしろというのか。 途方に暮れる伊澄だが、そのあたりに捨てる訳にも行かず、仕方なく家までもって帰るしかない。
“いけない”
先ほど、自分はしっかりしていると言い聞かせたばかりなのに、流されるままに新聞紙を受け取ってしまった。 これがしっかりしているなどと言えるのだろうか。咲夜に聞かれたら呆れられてしまうのではないか。 これでは、とても自分のことをしっかりしているなどとは言えない。 ちゃんとしよう、流されないようにしよう。新しく、伊澄が証明しなければならないことが増えた瞬間だった。
“それはそうと、どうしよう”
自分が流されてしまったがために手に入れた古新聞。 当たり前だが、これの使い道は自分にはまったく無い。火を使う気もなければ、ましては読むことも無い。 となると、現状できることといえば、ゴミとして捨てることぐらいである。 自業自得とは言え、情けないと思うばかりである。
「!」
古新聞を軽く広げた時、ちょうど通りすがった老人が驚いた眼で伊澄を見る。
「え」
普通ならば、何かあったのかと考えるところだが、先ほどのことを考えると「まさか」と考えてしまう。 そしてその予感は的中する。老人は伊澄に近付き、新聞をまじまじと見始めた。
「これは……20XX年Y月Z日の新聞!」
意味は分からないが、どうやら老人にとっては価値のあるものらしい、ということは分かる。 二度あることは三度あるのか、そもそもこんなものに興味を示す人がいるのか。 世の中には何が起こるか分からない。
「頼む、この新聞、譲ってくれんか?」
またかとも思い、まさかとも思う。 少なくともこんなことが続くとは思わなかった。 ただ、この新聞紙を自分が持っていても役に立たないことだけは間違いない。 だとするならば、これをゴミにしてしまうよりも、欲しがっている人に渡した方が良いだろう。
「どうぞ」
「あ、ありがとう、代わりにこれをあげよう」
調光グラス。 光を、紫外線を防ぐことのできる眼鏡というべきか。
“そういえばさっきの新聞には日食の記事が載ってましたね”
恐らく、先ほどの老人はそういう趣味を持った人なのだろう。 新聞記事まで欲しがるというのはかなりコアな、と言わざるをえないが、人の趣味についてどうこう言うべきではないだろう。 しかし、古新聞と同じく、正直自分にとって有用なものというわけではない。 せいぜい、捨てるのは忍びないと思うぐらいで役に立たせることができるかというと、微妙だ。
“どうしましょうかね〜”
気まぐれに、グラスを月に、当てて見る。 当たり前だが、月光は日光よりも弱い光であり、直接見たところで、よほど弱い体質でもない限り目が傷つけられることは無い。 それでも、光を失った月というものは、想像以上に自分の知る月とは違い。味気なさすら感じさせる。
“……”
物事というものは何でもかんでもこんなものかもしれない。 少し見ただけではその一面しか見ることが出来ず、その全てを知ることなど、とても出来るわけが無い。 自分だってそうだ、自分のことをちゃんとしている、などと言っておきながらさっきは流されるがままになってしまった。 自分はちゃんとしている、少なくともそう思っている、しかし、同時にちゃんとしていない部分もある、そう考えてもいいだろう。
“咲夜の言うことも……聞いてあげないといけませんね”
もっとも、そのことに関しては全面的に咲夜が正しいといわざるを得ないが。 少しは自分を見直した、ということで少しは成長したと言えるだろう。
“それでは……そろそろ帰りましょうかね”
そう考えたその時、彼女は光に照らされた。 何事かと思えば後ろから車が近付いてきており、伊澄がいることで通り抜けが出来ないということだった。 慌てて伊澄は道を避ける、しかし、避けても車は横切ることをせず、徐行して伊澄の前まで来るとドアを開けた。
「え?」
「お嬢さん、乗るんじゃないのか?」
よく見ると、この車はただの車ではない。 タクシー。 どうやら、道の真ん中で手を上げていたことから、タクシーを止めたものと勘違いされたようだった。
「あ、あの……えっと……」
もちろん、彼女はそんなつもりで手を上げていたわけではない。 ただ歩いて帰る途中に、色々なことが重なって、偶然手を上げていたように見えただけだ。 しかし、突然のことが連続で起きた身としては、考えが付いていかず、また、どこから説明したものか、という余計なところまで考えを巡らせてしまう。
「それじゃあ……鷺ノ宮邸までお願いします……」
結果、彼女は再び流されてしまうのであった。
それが、道に迷うことなく家にたどり着けた理由だと、伊澄はまだ気付かない。
-fin-
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Re: 伊澄が飛ぶ先々でトラブルを解決していく話 ( No.3 ) |
- 日時: 2014/06/07 21:27
- 名前: 雪月
- 後書き
皆々様、こんばんは、あるいはこんにちは、もしくはお早うございます。 そして、初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。
今回投稿させて頂いた作品はひなちゃ第44回テーマ茶会の時に書いた作品です。 茶会のうちに描き終わらなかったので、ここに投稿させて頂きましたが、茶会が4月のことに対して現在6月、遅すぎる。 ちなみに、いただいたお題はそのまま「伊澄が飛ぶ先々でトラブルを解決していく話」です。 このお題を聞いて真っ先に思いついたのが今回の形式、ぶっちゃけわらしべ長者ですね。 トラブル解決、というよりも持っているものが行く先々で役に立つ。といった所でしょうか。
もう少し長く続けたかった、という事が本音ですが、あまり思いつかなかった、ということも本音。 最終的には伊澄が何らかの方法で屋敷に迷わず戻る。ということだけが確定していたのでこのような形を取らせて頂きました。
雪月でした。
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Re: 伊澄が飛ぶ先々でトラブルを解決していく話 ( No.4 ) |
- 日時: 2014/06/09 00:51
- 名前: プレイズ
- 初めまして。感想を書かせていただきます。
伊澄が主人公の小説って珍しいので、読んでいて興味を惹かれました。
3人称の文の箇所で伊澄の心情や性格を上手く表せていたと思います。 伊澄って、あんまりセリフや心の声で長々と自分の心情を吐露する事がないキャラだと思うので、それを3人称の文章で代わりに心情や性格を表してるのが何かしっくりきました。
個人的に、最初に松ぼっくりを拾うところが好きです。 1つだけ仲間外れのように落ちている松ぼっくりを、拾って持って帰る所に伊澄の優しさを感じたので。
最後にグラスで月を見るために掲げた手がタクシーの運ちゃんに勘違いされて、おかげで家まで無事に帰る事が出来たっていうのが、良いオチでしたねw
あと、自分はしっかりしていると思っているのに、結果流されまくりだったり、おろおろしたりっていうのも何か可愛らしかったです。
伊澄の性格というか、良さがよく出ていて面白かったです。
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Re: 伊澄が飛ぶ先々でトラブルを解決していく話 ( No.5 ) |
- 日時: 2014/06/10 22:25
- 名前: 雪月
- プレイズさんへ。
初めまして、ご感想、ありがとうございます。
伊澄、と言うよりハヤテのキャラクターを描くのが久し振りだったので上手く描けているか不安だったのですが、上手く表現できたようで少し安心できました。 基本的に、二次に限らずですが、小説を描く際にはそのキャラクターの“らしさ”を描くことを目標にしているので、今回は伊澄“らしさ”というものを押し出すつもりで描きました。
最後の最後にオチがつけられて良かったな、と思います。 と言うのも、自分はこういったオチをつけることが苦手で、以前に短編を描いた時はほとんどシリアスみたいな内容で、ギャグテイストが無い内容ばかりだったもので。 本当はもっと思いっきりギャグな内容にしようとも思ったのですが、今の自分ではちょっと難しいみたいですね。
改めて、ご感想、ありがとうございました。
雪月でした。
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