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エンドレスエンド (一話完結)
日時: 2014/05/11 21:35
名前:
ピーすけ
夏祭りなんて大っ嫌いだ。
意外だ。とよく言われるが、彼女は夏祭りというもの――正しくはその内の一回だけ――を鬱陶しいものだと認識している。そりゃあ、お祭り騒ぎは好きだ。だけどそれは参加する側だからであって、そのために粉骨砕身して働くなんていうのはもっての他。楽しいことというのは、それだけ誰かが苦労して成り立っているのだ。
催し物とかクラス委員レベルですらマジ勘弁、しかし、まったく肩書きというものはつくづく重石にしかならないものである。もし私が神社の娘でなければ、皆に混ざって馬鹿をやれたのに。そう思うと憂鬱な気分になっても仕方がなかろう。
全く、体の良い使いっパシりなんて給料が出てもやりたくなかったのに。
それでも、このまま広さだけが取り柄のような、畳臭さをアルコールの臭いで上塗りしたような客間に戻って、酔漢どもに酌して回るよりかは幾分マシだったと割り切るしかない。「神社の一人娘なら、茶坊主か使い走りかを手伝え」なんて、うんざりするような二者択一を家族連中に迫られ……たとい素直に、やだよめんどくさい。と言ったところで誰も聞く耳を持たないのはこれまでに散々思い知っていた。
そもそも、その二者択一さえも彼女がごねにごねて掴み取った妥協点である。黙っていたら両方やらされるのだから、進んでどちらかをやるふりをして、あとは黙らせてしまうのが賢い選択であろう。そう、割り切って諦めてしまうより他にない。
他に無いのだが……だからと言って――
朝風理沙は縁側に腰掛けて、そのまま身を固く冷たい木の上に投げ出した。
線のような月を見上げて、そういえば今日は花火を見ている暇もなかったな。とちょっと涙ぐむ。
ばたばたばた。素足をばたつかせて、空を蹴り上げた。
――この言いようもない感覚ばかりは、どうしようもない。
ちくしょー。ばかやろー。と叫びたかった。地団駄踏んで不条理に対してごねたかった。
お月様もそんだけ見っともない年ごろの少女を見たら、ちょっとは笑うのをやめてくれるのではないか。……ええいもうっ!
すはー。すーはーと深呼吸。
夏にしては比較的涼しい風。ただし、湿度は高く、むっとした草いきれが鼻孔にまとわりつく。夏の香りだった。そして、青々とした香りには、醤油とかソースとかの香ばしい臭いが屋台が片づけられても今なお色濃く残っている。夏の――夏祭りの残り香だった。とうもろこし、やきそば……腹が膨れているとかそんなのは関係なく、祭りの屋台で飯を食いたかった。花火だって見たかった。まさしく、終わってしまっては後の祭りである。
ごろごろごろ。縁側の上を転げまわる。
ちくしょー。青春とかくそくらえ。爆発しろ!!
そしたら、私がそれを見てやる、きたねえ花火になりやがれ。ばかやろー。
「朝風さん?」
呼び止められて、「んぁ」と間の抜けた変な声がでた。
もうちょっとかわいい声で返事すればよかった、とちょっと後悔。
そして、それも柄じゃないな。と思い直す。
ごろりと頭だけ傾けると、なんだかもう、いかにも僕は幸薄いです。って感じの顔付きの男の子がいた。
どうやら酔漢どもに散々遊ばれた後らしく、貸し出された浴衣もボロボロ。髪もあっちこっちに跳ねて、飲みもしなかったであろうアルコールと、吸いもしなかったであろうタバコの二つが混沌と溶けあうことによって形成された、つんつんちくちくとした臭いすら漂ってくる。ちょっと赤ら顔なのは、アルコールの臭気に充てられたからだろう。
「ああ、お疲れ。ハヤ太くん」
祭りの人手というのは幾らあっても足りない。特に、約一名やる気が致命的なほど欠落している、と来ればなおさらで、そこで白羽の矢がたてられた――もとい、いきがかりのところを、「あいつじゃー」と指差されて、文字通り首根っこ掴まれて連れてこられたのがこの少年、理沙がハヤ太君と呼んでいる、綾崎ハヤテというわけだった。
ちなみに、理沙の祖父には手伝え。ではなく一言
「責任を取れ」
と言われたらしい。一度ハヤテがこの神社に来た時のことを未だ覚えている祖父も祖父だが、それで思わず反射的に二つ返事で「はいっ」と答えてしまい、更には手伝ってしまう彼も彼である。正直、真意が他にあるんじゃないかとちょっとどぎまぎしたのは内緒だった。これが、鈍感を絵に描いたような綾崎ハヤテその人じゃなければ、理沙ももっと緊張していたかもしれない。
人づてに聞いた話だったので、実際はそんなに男らしく答えたわけではないのかもしれないが「あいつぁ、いい男だなあ。にひひ」なんて下世話な笑みを浮かべたオヤジ連中に、道すがらぽんと肩を叩かれたときは、いつもよりちょっぴり余裕が無くなってしまった。耳が熱くなってしまったのは、誰にも気づかれずに済んで本当に良かった。
「抜け出してきて大丈夫なのか?」
「あっちはもう、皆さんへべれけもいいとこですから。明日になったら誰がいたかなんて、全部忘れていますよ。絶対」
面倒臭い連中のあしらい方は心得たものらしく、それとも単に耐え切れなくなって逃げてきただけなのか。どっちにもとれるハヤテの微笑に、理沙は意地の悪い笑みを返す。理沙の笑みに深い意味はない。学友に相対するときの癖みたいなものだった。
「なんだか、今日は初めて朝風さんに会った気がしますよ」
口では面倒臭がりつつも仕事に一生懸命な理沙の姿。ハヤテの知らなかった理沙の一面。
ハヤテの知っている理沙は、こういう風に不敵に笑っているのが当たり前だったのだ。
「なんだよ、それ。私はずっと居たじゃないか」
「そうですよね。失礼しました」
何が失礼なのか理沙は気になったが、そんなことよりも視線はハヤテの両手にくぎ付けになっていた。ぶどうよろしく吊り下げられたビニール袋の数々。ソースと醤油の臭い。花より団子。女は色気より食い気で出来ている。少なくとも今の理沙はそうだと言い切れる。
「差し入れです。今日はお疲れ様でした」
たまらなかった。パックに詰められた食べ物の数々はどういう手品か湯気だっている。跳ねるように起きて。うむ、ごくろう。くるしゅうないぞ。なんて、尊大でふざけた台詞を言ったのかどうかさえ、トウモロコシにリスよろしく喰らいつくころには忘れていた。
ハヤテも、その隣で自分の分を食べている。トウモロコシだった。トウモロコシをやっぱりリスみたいに食べていた。理沙はそれも嬉しくてしょうがなかった。
「お祭りって、楽しいですよね。こうして、友達と一緒に遊べるなんて」
「ああ、そうだな」
だべりながら食べる物の味は格別で、理沙は一も二もなく頷いていた。
ハヤテのセリフに無意識の内に宿った陰には、気づかない。気づかなくて、正解だった。もし、ここで理沙が気を遣っていたら、やはりハヤテは普通の高校生としてその後を満喫できなかっただろう。
ハヤテが頬にトウモロコシの粒を付けたままにっこりと頷いた。
「……ええ」
こうして、彼女たちの、二人だけの夏祭りは、たった今始まったのだった。
屋台も神輿も、見世物も無い。必要でさえ無かった。
重要なのは遊ぶことで、祭りなんてのはその口実。曲がりなりにも神社の娘がそんなことでは神様も怒るかもしれないが。少なくとも十余年を生きてきて、人の呪いはともかく神様の天罰なんてものは目にしたことがないので、問題ないだろう。第一これは神様を祭る祭典ではないのだから。
だべる。食う。最高だった。
理沙はあっはっはと声を張り上げて笑った。ちくしょう、くそったれと呟くよりずっと気持ちが良かった。
楽しさに酔っぱらった理沙には、最早何がおかしいのかさえ解らない。
あっはっはっはっは。
空を突き上げるもう一つの笑い声に、理沙は思わず目を剥いた。
なんとハヤテだった。ハヤテが腹を抱えて笑っていた。
微笑むことこそ数多かれど、げひゃげひゃとここまで下品に笑うハヤテを、理沙は初めて見た。
ひっく。しゃっくりがひとつ。ひっく、さらにもう一つ。
もちろん、ハヤテだった。赤ら顔はてっきり場に酔ったのばかり思っていたが、そうではないとようやく理沙は察した。
酒を飲まなかったであろうというのはやはり理沙の推測にすぎず、実のところハヤテは荒くれ酒豪うわばみどもを相手取り、一升瓶が小山になるまで飲み、それ以上にうぞ高い敗者の山を築いてきたのである。飲んだくれは飲みつぶさせるのが一番手っ取り早く、かつ確実かもしれない。とはいえど、そこまで飲んでこの程度で済むハヤテのも生半可ではない。何せ泥水を啜り、雑草を糧として鍛えた内臓である。少量の毒でどうにかなる体ではない。
もっとも、ついにアルコールの魔力に理性が屈してしまったようではあるが。
無論想像を絶する実態にまで推して知ることなど出来ようはずもない理沙であったが、とりあえず、明日目についた男連中には、未成年者に酒飲ますなと蹴りの一つでも入れてやろうと心に留める。
うわっはっはっは。
ラリって色々吹っ切れたらしいハヤテは、とにかくよく笑う。
理沙の知らないハヤテだった。年相応の馬鹿で無鉄砲な、どこにでもいる、そこらに掃いて捨てるほど居る、男の子だった。
たぶん、クラスの誰もこんなハヤテを知らない。もしかしたら、ハヤテ自身ですらも。そして、理沙だけが知っているハヤテだった。
「なんだか、今日になって、初めて君に会えた気がするな」
「……え?」
「いや、なんでもないよ。お、ラムネ発見」
ピニール袋の内一番小さいのには、気の利いたことにラムネも二本入っていた。
ぷしゅ、ぷしゅ、と理沙は両方開ける。ころんころんとラムネ玉が落ちて、しゅわーと吹き出る泡が、飲み口から零れる。
おとと、と慌ててその泡を交互に啜って、そして自分の仕出かしたことに体が熱くなった。泥酔しているのは、自分もらしかった。
どうしようか迷った挙句、今更この程度で緊張するような私じゃないだろう、と気を取り直して、ハヤテの胸に一本押し付けた。これで一度はキスも経験したオトナノオンナなのだ。だからヨユウデスヨ、ウン。
「ありがとうございます」
かちん。
こんな時まで敬語かよ、と。無性に理沙は熱くなった。無論、今度は怒りで、だった。
「敬語、やめろ」
「ですが」
「や・め・ろ」
「わかりました」
「ケ・イ・ゴ!! ヤ・メ・ロ!!」
ムキになっていた。大体友達同士で敬語とかありえんだろ。常識的に考えて。
理沙に気圧されて、けれど変てこな笑顔は崩さず、ハヤテもようやく折れた。
「うん、わかった。ふひひ」
末尾にオマケが付かなければ満点だったが、まあ及第点といったところ。
満足した理沙は、ラムネを怒りとともに飲み下す。美味かった。ちゃんと冷えていた。ビニール袋の中にはご丁寧に濛々と煙を上げるドライアイス。酔っていてさえつくづく抜かりない男だ。
「うむ。最高だ。最高だよ。うん」
理沙の語彙では他に形容すべき言葉が浮かばない。最高って言葉じゃ足りない気がして、もどかしさを発散するように何度も繰り返した。さいこう、さいこう、さいこう!
「まだまだお楽しみはこれからですぜ、そこの旦那。ちかくのこんびにえんすすとあ、まで遠路はるばる足を延ばして手に入れたこれをどうぞお納めください」
ぐひひ、と山吹色の菓子でも出してきそうなハヤテ。
私は旦那じゃないし、大体どこの旦那に向けて言っているつもりなのだろうか。実に下らないジョークだった。ずいぶんと馬鹿になってしまったハヤテに、理沙は「お主も悪よのう」と返す。
何のことはない。二人してお馬鹿だった。
ぐふふ、自分の懐に手を伸ばし、ビニールの薄っぺらい袋を取り出すハヤテ。
理沙は今度こそ文字通り、ぴょんと跳ね上がった。
「花火!!」
包みも中身もいかにもチープだった。ひゅー、どかん。とかはもちろん無い。でも、確かに、掛け値なしに花火だった。感情メーターの針がばっつんと振り切った。もう、最高どころじゃない。
「さ――」
「さ?」
「さいけすとー!!」
斬新かつ実にアホらしい単語が生まれた。最高プラス最上級。だからさいけすとだった。
なお、何となくデンパの臭いがする単語に対し、最高の時点で最上級だろうという冷静な突っ込みをできるような人間は、幸か不幸かここには居ない。
理沙は敷き詰められた庭砂の上に降りて鼻息も荒く地団駄踏んでハヤテに催促する。
「やろう!! はやくやろう!!」
ハヤテも自慢げに花火を持ってやってくる。
「はだしだと危ないよ。あと、バケツも持ってこなきゃ」
ひっく。意外に冷静なようで、実はハヤテも裸足だった。
「気持ちいいから良いじゃん」
「うん、気持ちいいからいっか」
昼の熱が残る砂利が二人の足の裏をくすぐる。
しょわーと飛び散る火花。
見ているうちに、理沙は少しずつ落ち着いていた。先程までの自分を思い出して、顔から花火が出そうだった。
ハヤテも、笑い上戸は収まって、こっくりこっくり細目になりつつカラフルな火花を見ている。
これはこれで、さいけすとな時間だなあ。理沙はふふふと微笑んだ。ハヤテの笑い上戸が伝染したのかもしれない。そうだ。そうに違いないとも。うふふ。
夏の名物、花火と蛍。いずれも、輝ける時は一瞬で……だからこそ尊いのだとわかってはいても、やはり終わりが近づくのは悲しいもの。
棒状の花火は、夏場のアイスキャンディほども持たずに溶けてなくなった。
残るは、線香花火だけ。藁のように頼りないそれを見ていると、理沙の喉元に寂寥がせりあがってくる。
「ぼく、線香花火、好きなんだよねえ。風流っていうかさ」
妙にじじむさいことを言うハヤテ。明朗な口調から察するに、睡魔は去ったようだった。
「まあ、シメって感じはするよな」
理沙は好きじゃない。今だけ、だけど。
だってそう、最後って感じがするから。線香花火さえなければ、ずっとワクワクが続いてくれるんじゃないか。そんな筈はないのに、そういう不満を一緒くたにして線香花火にぶつけている。我ながら実にガキくさい。
ガキついでに、どうせならここはひとつ、遊んでしまおう。
「線香花火相撲やろう、線香花火相撲。知ってるよな? ハヤテ君」
余りに自然すぎて、理沙本人でさえハヤテと呼んだことを意識していなかった。
「うん、のぞむところ。先に手持ちが無くなったら負けでいいよね」
「りょーかい!!」
まず、線香花火を二人に全十本から五本ずつ均等に分配。それから、同時に線香花火に火をつける。ぱちぱちと菊の花のような火花がいくつも咲き誇る、その中心。糸の先に出来た滴をくっ付け合う。
ぴたっ。
そして、ここだ、と思ったタイミングで引っ張る。
第一戦、決着。理沙の手元ではいっとう強く火花を散らす大玉が、ハヤテの手元には切れの悪い小便みたいな火花を垂らす小玉が残った。そして、その小便もついには切れる。
「しゃあ、次来い」
「なんのまだまだ。ゆけ、てんぷら号」
煌々と巨体を威武する理沙の大玉に、果敢に攻め入るハヤテの二本目。
はたして、あわれ勇猛な兵士は敵大将の腹に収まってしまった。大体、名前からしてなんで食い物なのか。
ぶっくりと肥え太った横綱を、理沙がこれ見よがしに見せつける。そうだ、どうせつけるなら強い武士の名前がいい。それも、総大将クラスの。
「ふふふ、話にならんな。私のイエヤスの前では」
ぼたり。自重に耐え切れずメタボ体質の将軍様は己を宙につなぎとめている藁を手放した。
「イエヤスウゥゥゥゥゥ!?」
こちらも、名前が良くなかったようである。
その後の勝負の顛末は呆気なかった。なんと、理沙の二本目(名をミツヒデという)がハヤテの残り三名の兵士たちをことごとく喰らいつくしたのである。
終わってみれば三対ゼロ。理沙の圧勝。そして、ミツヒデは三人抜きを達成した後、すぐに果てた。押しも押されもせぬ、あっぱれな三日天下ぶりだった。
「終わっちゃったな。これで最後だ」
理沙は、ハヤテにヒデヨシと名付ける予定だったものを渡す。
もう、相撲は終わったので名前は要らない。
「ちょっと寂しいね」
ばちばちと花を咲かす線香花火を見つめて、ハヤテが言った。
「そうだな」
ハヤテも同じように思ってくれていると知って、理沙はちょっぴり嬉しい気持ちだった。口が裂けてもそんなことは口にしないけど。
一対の線香花火が、宴の最後を懸命に彩る。ばちばちと。ばちばちと。
理沙は、真剣な眼差しでそれを見守った。
ばちばち。
がんばれ、がんばれ。
ぱちぱち
まだ、まだいける。
ぱち……
もう限界かい? お疲れ様。楽しかったよ。
……しゅう。
ああ、終わってしまった。
仲良く殆ど同時だった。理沙はやっぱりちょっぴり嬉しかった。そして寂しかった。でも大丈夫だ。だって、とっておきがあるから。
「お開き、だな。片付けは私がやっとくよ。ここまでしてくれた礼だから気にしないでくれ」
「けど」
「先に、ハヤテ君は足を拭いて、それからもういっぺん風呂に入って、着替えてこい。そのままだとナギに叱られるぞ」
「……うん、わかった」
ナギの名前を出すと、どんな時でも二つ返事なのが妬けた。
何を私は張り合っているのだろうかと、ふらふらの酔っぱらった背中を見ながら、理沙はふわふふわと酔っぱらったままの胸に手を当てる。
「案外私もチョロいのだな」
理沙は懐に隠していた一本の藁を出す。余りの一本。とっておきの一本。今夜があったことの、彼女の心の中で祭りが続いていることの証。
ラムネが片方、あと一口ぶん残っていた。果たしてどっちが自分のだったかは、もう覚えていない。
でも、どっちにせよ「当たり」か「大当たり」だったので、理沙は構わずに飲み干した。
炭酸が抜けて、ぬるくなったラムネは、ひたすら甘かった。
◆
さいけすとな夏休みは、あっという間に終了した。
教壇に立った担任が「いつまでも夏休み気分で居ないこと」なんてお決まりの文句を、だらけきった説得力のない表情で言っている。
何のこちとら、まだ夏祭り気分じゃー。と理沙は言ってやりたかった。自室の机、その引き出しの中には線香花火が、今日も眠っている。
勿論宿題だって終わってないぞ。えっへん。
……うわーん。ヒナえもんタスケテー。
教室でいつものノリで仲間たちとやり取りをしながら、しかし理沙は未だハヤテと言葉を交わしていない。むしろ声をかけられることすらないように逃げていた。
こっ恥ずかしかった。なんと言われるのか想像するだけで緊張した。
「よっ、ハヤテ君」
でも、いつまでもぐずぐずするわけにもいかず、ちゃんと礼もしておかねばという責任感にも後押しされて、ついには彼の名を呼んだ。
普段通りのつもりだったのだが、ハヤテは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
後には引けなかった。理沙は勢いに任せる。
「夏祭りの時は世話になった。遅くなってしまったが、改めて礼を言うぞ」
「……いえ……こちらこそご迷惑をお掛けしたんじゃないかと。随分と呑んでしまって、申し訳なかったです」
敬語だった。
理沙の知っている、そして皆の知っているハヤテだった。
理沙の中の熱が、しゅう、と火消しの水を張ったバケツの中にずぼっ、と突っ込まれたように冷たくなる。
「もしかして覚えて、無いのか?」
理沙は声が震えるのを抑える。
「おぼろげには、覚えています。ただ、ものすごく朝風さんにご迷惑をお掛けしたんじゃないかってことだけで。
あの、怒られて、いらっしゃいました……よね。ずっと僕のことを避けられていましたし」
ちがう。ちがうのに、今まさに声を上げて怒ってしまいそうだった。
ただ、それよりもあまりにも泣きたくて……どうしていいか解らず結局理沙は不敵な笑みを口元に装った。ハヤテの数多居るクラスメイトの一人であり、ハヤテもよく知っている朝風理沙の顔だった。
「朝風さん……?」
沈黙におびえるハヤテに、理沙はふんっ、と胸を張ってみせる。
「さいけすとっ」
「は?」
「……なんでもない。大丈夫だ。問題ない」
「それ、大丈夫じゃないときに使うセリフじゃないですか」
どこまでもいつも通りのハヤテだった。
「本当に大丈夫だよ。むしろ、感謝しているのだよ。ハヤ太くんのおかげでずいぶん祭りは楽になっていたし……ハヤテ君があの時居てくれて、私は本当に……うれしかった」
だから、と続けようとして、ついに声が震えた。
まだバレていない。大丈夫。深呼吸。深呼吸。すーはー。すーはー。
「――だから、ありがとう。ハヤ太君、これからもよろしくな。わが友よ」
理沙はその日の夜、家の庭で一人、ひっそりと線香花火に火をつけた。
たった一本の慎ましい花火が消えた後も、理沙はしばらくそこから動けなかった。
「あーあ」
空を見上げる。月が円い。雲一つないのに、頬が濡れた。月が朧になった。
「さいけすとーっ!!」
少女の、今となっては少女だけにしか、意味の通じない単語が夜空へ吸い込まれていく。
楽しかったよ。ちくしょー、ばかやろー。
ふたりだけの夏祭りは、ひとりぼっちで終わった。
ああ、夏祭りなんて大っ嫌いだ。
了
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Re: エンドレスエンド
( No.1 )
日時: 2014/05/11 22:05
名前:
ピーすけ
と、いうわけで久々の一話完結ものでした。
一足早い夏のお話。ヒロインは我らが朝風理沙。ミステリアス黒髪ボブで巫女さんとか、それだけで鼻血ものの設定を持っているのに、今一つ原作では出番の少ない彼女。
何を考えているか解りにくいキャラなので、とにかく扱いにくいのですけれども、こんなに可愛い理沙もたまにはアリなんじゃないかなぁ……なんて思いながら描いていました
なお、こちらの作品は本来、合同本に提出する予定の作品でした(あちらにはまた別の作品を提出するつもりです)。
投稿に当たり、タイトルをSummer side storyから、エンドレスエンドと変えています。
和訳すると意味の通りづらいタイトルですが、何となく感じられれば良いかなあ……というのと、どうせならハヤテ!らしくパロディっぽいタイトルの方が面白いだろうということで、最後まで悩んだ末にこちらにしました。
p.s こちらに掲載したいという私の我儘を聞いてくださった管理人さんへ、改めまして有難うございました。早めに次の原稿も上げられるよう頑張ります……
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