Re: シロクロ(リメイク) ( No.1 ) |
- 日時: 2013/12/24 23:01
- 名前: デス
- 黒は独(ひとり)、故に絶つ。byハヤテ
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1話 GALE & CALM
12月24日 午後3時25分 東京都練馬区
冷たい冬の風が身に染みる12月の後半、本日はクリスマスイヴである。イヴ、つまりはクリスマスの前夜祭であり、厳密にはクリスマスそのものではないのだが、毎日を決められたルールとシステムの中で只機械的に過ごすだけの学生・社会人にとっては何時もと違った時間を楽しめる丁度良い大義名分なのだ。そんな何百年も前のイエスだかキリストだかの風習に倣(なら)おう等という気持ちは聖職者以外誰も持ち合わせていなかった。というかこんなどうでもいい考察自体誰もしていないだろう。
そんな感じで未だにサンタを信じているピュアな子供達はプレゼントが届くのを今か今かと心待ちにしていたり、とっくにそんな幻想から覚めた少年少女達は家族、或いは恋人と共にそれぞれが思い思いに過ごしていた。
しかしそうは云っても現実は厳しい。働かざる者食うべからずという社会の掟は幾ら華やかなイベントデイといえど揺らぐことはない。いや、寧ろ師走のこの時期は年末が近づくにつれてドンドン忙しくなる社会人が殆(ほとん)どであった。そして此処、練馬区にも忙しくしている社会人が数名居た。
編集長「おい、どうするんだ!あと5分、あと5分で原稿が届かなかったら…
今週号はオシマイだああああああああああああああっ!!」
編集A「ああっ!たった今4分を切りました!」
とあるビルの前で二人の中年男性が何やら切羽詰まった表情と声で喚いていた。この二人は週間少年サンデーの編集長と編集だ。会話を聞いて分かる様に現在絶賛修羅場中である。こうなってしまっている理由は至極単純で、会社と契約しているある一人の漫画家が冬の寒さに負けて体調を崩し、39度の高熱を出してしまったのだ。そのまま休載すれば良いものを、この漫画家大層な頑固者でペンも碌(ろく)に握れない状態のくせに絶対原稿を上げると言って聞かなかったのだ。会社もこの熱意に負けて掲載を許したのだが、上記の様な状態で何時ものペースを保てる筈もなく、結局締切ギリギリになってしまったという訳だ。やっぱり休載させときゃよかったと、編集長が内心で嘆いていると一人の編集が此方に走って来て口を開いた。
編集B「ご心配なく!今業界最速の自転車便が此方に向かっていますので!」
編集長「業界最速?!」
ギュオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
そんな会話が為されているのと同じ頃、練馬区内の車道を異様な自転車が疾走していた。別に自転車そのものや乗っている人物の外観がおかしいという訳ではない。自転車は至極普通な型だし、乗っている人物も(髪の色が蒼み掛かった銀髪ということ以外)その辺に居そうな華奢な体型の少年だった。では一体何が異様なのか。
それはズバリ自転車の走行スピードである。
自転車という物はわざわざ説明するまでもなく人力で動かす乗り物だ。どれだけ全力で漕いでも精々時速40q、いや、競輪選手でも70q程が限界だろう。しかし、その自転車は何と信じられない事に、周りの自動車と並ぶどころか、追い抜かしながら走っているのだ。どれだけ甘く見積もっても確実に時速100q以上は出している。自転車を漕ぐ少年の足は動きが速すぎて目視出来ない程だ。というか残像が起こって足が7本くらいに見える。だがそれだけ激しい下半身運動を行っているにも関わらず少年は平然とした表情で、汗一つ流さず、息一つ乱していない。
明らかに常軌を逸した存在がそこに居たのだ。その少年に追い抜かされた車の運転手達は皆一様に唖然とした表情になっていた。だがそんなことは知ったこっちゃないとばかりに少年は前だけを見つめて自転車を走らせ、やがてとあるビルの前で停止した。
ズギャギャギャキャキキキキキキキキキキキキッッッ!!!!
プシュゥゥゥゥゥ………
編集長達「「「……………」」」
突如コンクリートの地面を急停止によるタイヤとの摩擦熱で焦がしながら現れた少年に編集長達は顔面を凍結させた。その凍結した表情は驚愕が二割、恐怖が八割で占められていた。
?「あ〜…遅れて申し訳ありません。宛名が一つ消えちゃってて色々手間取ったもんで」
だがド派手極まりない登場をした本人は気怠そうに声を挙げると何でもないような調子で喋りだした。一早く我に帰った編集長は少年に尋ねる。
編集長「え、え〜と、ひょっとして君が業界最速の…?」
?「あー、はい、申し遅れました。
自転車便の綾崎颯(アヤサキハヤテ)です。伝票にサインを」
殆ど感情が浮かんでいないポーカーフェイスで、少年は名乗った。
∵∵∵
綾崎颯/16歳 髪の色/蒼銀 瞳の色/空 職業/高校生、自転車便
趣味/糖分摂取、楽器演奏、強い者イジメ 特技/家事全般、肉体労働、強い者イジメ
16年前、綾崎家の長男として誕生し、極普通な幼少時代を過ごす。だが10年前、つまり6歳の時、小学校に入学する直前に両親が他界してしまう。綾崎家に親戚の類は無かった為、児童福祉施設や親しい友人の親達がハヤテを引き取ろうとしたが、ハヤテはこれ等を全て拒否。
勉学は元より、住居の確保、炊事・洗濯・掃除といった家事全般、生活費の取得等生きていく為に必要な事柄を全て自力でこなすという、子供離れした異常な自立能力を見せる。更には日々の生活で生じる身体的な負担に対しても他人からの助力を一切頼らないばかりか、生活費を稼ぐ為に年齢を偽り過酷な肉体労働にその身を置き続ける。その結果、同年代の子供、十程も年上の青年はおろかオリンピック選手すらも顔負けの化け物染みた身体能力を身に付ける。
己以外のその他一切と精神的にも、肉体的にも隔絶した、常軌を逸する存在。それが綾崎ハヤテという人間である。
∵∵∵
社長「綾崎君、君はクビだ」
ハヤ「……………」
届け物を終えて会社に帰ってきたハヤテを待っていたのは社長からの無慈悲な言葉だった。唐突な首切り通告を受けてもハヤテは一切表情を変えず、どこか凄みのあるポーカーフェイスを社長に向けた。
ハヤ「いやいや待ってくださいよ課長。一体全体何がどうしてそういう結論に至るんですか」
社長「いや君、私は社長だ。何故にランクを下げた」
ハヤ「いや、前々から社長って顔のレベルで云ったら課長クラスだよなって常々思ってたんで」
社長「いや君何を基準にそういう結論を出したんだ。大体顔のレベルってなんだ。そんな訳の 分からんもので人を判断するな。っていうかそもそも何で課長クラスなんだ。あれか? 見た目からして威厳が感じられないとか肩書きと外見が釣り合ってないとかそーゆー あれかコラ」
ハヤ「簡単なボケに対して長ったらしい細々とした面白くも何ともないツッコミを返してくる、 そーゆー面倒臭い性格から結論付けました」
社長「顔カンケーねーじゃねえかっ!!」
ハヤテの余りにも無礼な言葉に遂に社長はキレた。怒りに任せたシャウトツッコミは初めっからそう言え、とハヤテが呟くくらいにはキレのあるものだった。それでもハヤテは何処吹く風でポーカーフェイスを崩さない。
ハヤ「まぁまぁ、んなどーでもいい事より何で俺がクビにされなきゃいけないのかっていう話で しょうが係長」
社長「いや話が逸れたのは君のせいだろうがっ!ていうか何でまたワンランク下げた?!」
ハヤ「っせーな、そういう細かい事に一々突っ掛かるから威厳が出ねえっつってんだろ。学習 しねー奴だな」
社長「それどっちにしろ上司に対する言葉遣いじゃないよな?!」
そうして暫くハヤテの失礼極まりないボケに社長が怒りのツッコミを入れるというシュールな漫才が展開され、いい加減話が進まないと思ったハヤテがテキトーな謝罪をしてその場は収まった。当然社長は納得のいっている様子ではなかったが。社長はコホンと咳払いをして場を仕切り直すと再び話し始めた。
社長「綾崎君、君が年齢を偽っているという情報が入ったからだよ」
社長の言葉にハヤテは微塵も表情を崩さず質問した。
ハヤ「そんな情報何処から流れてきたんですか?」
社長「舐めてもらっては困るよ綾崎君。これでも私は一会社の社長という立場に居るんだ。 人を見る目はそれなりにあるつもりだ」
社長は眼鏡越しに真剣な眼差しをハヤテに送った。ハヤテは無言で次の言葉を促す。
社長「前々から君が普通の人間とは何処か違うと薄々思っていたさ。そんな細身で業界最速 を誇る異常な脚力、年上はおろか上司にすら物怖じしない大仰な態度。とてもでは ないが社会人に成り立ての若者には見えなかったよ。そこで君の経歴を改めて調べて みたんだ。
そしたら、ねぇ………まさか社会人ですらないとは……予想外にも程があったよ」
社長はそう言いながら眉尻の下がった、困った様な呆れ返った様な表情をハヤテに向けた。ハヤテはやはりポーカーフェイスを貫き、弁明も抗議の言葉も発しようとしない。
社長「まぁ結局君の経歴そのものは一部を除いて何処もおかしな所は無かった訳だが… 君は年齢を偽っていた。18歳以上じゃないとウチでは働けない規則になっている。 そして君は16歳……態々ここまで言わなくても、もう分かっているね?」
社長の話を聞き終えたハヤテは溜め息を着きながら喋りだした。
ハヤ「なるほど…年齢詐称を行っていた。だからクビだと?」
社長「ああ、そうだ」
ハヤ「ったく細かい倫理観に囚われたもんですねー先輩。そんなカッチコチな考え方しか 出来ない様じゃいずれ潰れますよこの会社」
社長「いやいや倫理観は大事だからな君、人として。というか何故君はいちいち呼び方を 変えてくるんだね。大体先輩ってなんだ、最早役職でも何でもないぞそれ」
ハヤ「俺の中であんたは既にそんくらいのランクっつーことです」
社長「余計なお世話だ!!」
という感じでその後もハヤテと社長のこれまた漫才染みた交渉は続いた。ハヤテは倫理的に、論理的に、道徳的に、前衛的に説得し、宥め、小突き、すかし、色々やったが結局クビにされてしまった。だが今月分の給料はキッチリせしめやがったのである。
結局社長は終始納得いっていない様だった。
∵∵∵
午後6時 練馬区内道路
冬は日が沈むのが早く、既に辺りは真っ暗になっていた。人気はまだまだ在るにはあるが、それは大通りの話で商店街近くの狭い道は殆ど無人だった。そんな中をハヤテは、昼間とは比べ物にならないほどゆっくりと自転車を漕いで帰路に着いていた。
ハヤ「あーあ、まさか新年を目前にしてクビになっちまうとはな〜。折角のクリスマスイブ だってのに寒い話だぜ」
一人暮らしが長いため、独り言の多いハヤテはボヤきながらこれからの事を考える。
ハヤ(取り敢えず学費をどうするかだなー……一応給料は貰ったが生活費と合わせたら直ぐに 無くなっちまう。いっそ辞めるか〜?高校は義務教育じゃねーし態々(わざわざ)無理 して行くことも……いやだがそんな理由で青春の1ページをふいにするのも__)
?「___!!」
ハヤ「ん?」
その時遠くから怒鳴り声の様なモノが聞こえてきた。何を言っているのかハッキリ分からないが数人の男が揉めているらしい。
ハヤ「……………行ってみるか?」
ハヤテは暫くその場で静止していたがやがて声がする方に向けて走り出した。
∵∵∵
数分前、玉砕公園
滑り台やジャングルジム等遊具の類いが一切無く、在るのはベンチと自販機が一つずつという、名前の通り夢も希望も無い寂しい公園内で三人の不良らしき男達が屯(たむろ)していた。
不良A「あ〜あ、折角のクリスマスなのに何で俺こんなむさ苦しい連中と一緒に居るんだろ」
不良B「んだとぉ?!そりゃこっちのセリフだっつーの!」
不良C「ギャハハ、オメーらモテねーからな〜」
不良A・B「「いやオメーに言われたくねーよっ!!!」」
仲間二人に同時にツッコまれ、不良Cはたじろいだ。
不良B「二週間毎に女にフラれて俺達に愚痴言いに来るのは何処のどいつだよ!」
不良A「ったく毎回毎回おんなじ愚痴聞かされる俺らの身にもなれってんだよ!」
不良C「う、うるせーな、みっちゃんなんか毎日毎日俺にデキのワリー漫画見せに来る くせによぉ!」
不良B「で、デキがワリーだとぉ?!」
不良Cは仲間二人に同時に文句を言われる居心地の悪さから会話の内容と全く関係無い不良B(みっちゃん)への文句を口走った。
不良C「ったく何時も何時もどっかで聞いたことありそうな中二設定聞かせてきやがって! んなんで漫画賞取れるわけねーだろ!」
不良B「や、やってみなきゃ分かんねーだろが!」
不良C「いーーやダメだね!お前はここで終わりだよ!」
不良B「終わらねーし、まだ始まってもいねーしぃぃぃ!」
ギャーギャーギャーギャー…
大声で口喧嘩を始めた仲間二人を尻目に不良Aは溜め息を着く。何で俺達はこんな悲しい名前の公園でこんな悲しいやり取りをしているんだろうと。
不良A「……ッキショー、どっかに良い女居ねーのかぁ!」
ガシャンッ!
不良Aはそう叫ぶと足下にあった花瓶を思いっきり蹴飛ばした。すると、
?「ちょっと貴方」
不良A「?あん?」
いきなり後ろから声を掛けられた。女性の声だったがイライラしていた不良Aはつい反射的に睨み付ける様な表情で振り返ってしまった。そこには、
?「ダメじゃない、お供え物の花瓶蹴飛ばしたりしちゃ…」
不良A「__________」
スッッッッッッッゲーーー美少女がいた。
一番目立つのは足元まで届きそうな程に長く、リボンでポニーテールに纏められた鮮やかな艶を持つ金髪と、それとは対照的な、胸元の大きく開いた黒いドレスだった。顔にはニキビやシミ等一切無いどころか、怖い程整った顔立ちと見たこともない深紅の瞳が、どこか人間離れした美術品の様な美しさを表していた。おまけにスタイルは出るとこ出て引っ込むとこが引っ込んだ所謂ボンキュボンである。か細いウエスト、はち切れんばかりのヒップ、更にはこちらを誘っているんじゃないかと思える程ドレスから露出したバストと、文句なしのナイスバディだった。だが身長は低めらしくハイヒールを履いているにも関わらず150pくらいしか無い。おまけに頭の天辺から生えている一本のアホ毛がどこか幼さも演出しており、綺麗とも可愛いとも言える容姿をしていた。
女神だと言われても信じてしまうだろう、それほどの美少女だった。
不良A(サンタさん、感謝するぜ)
今までの人生の中でこれほどサンタを信じた日は無いと、不良Aは思うのだった。
少女「おまけにこんな所で馬鹿騒ぎしt」
不良A「こ、ここここここんばんはお嬢さん!!!」
少女「へ?…ああ、はい、こんばんは」
思いっきり吃(ども)りながら挨拶してきた不良Aに少女は困惑しながらも返事をした。
不良A「き、奇遇ですねこんな所で出会うなんて!ひょっとしたらこれは…う、運命とか だったりなんかしちゃって〜!」
最早有頂天の不良Aは馬鹿な男の妄想を口走り始める。イマイチ話が通じない事に少女は内心困り始める。
少女「いやだからね…」
不良B「おい、どうした?誰と喋ってんだ?」
するとそこに口喧嘩を終えた不良B・Cも加わってきた。不良Bは少女を見て不良Aの様に停止してしまうが、女慣れしている(というかナンパ慣れしているだけ)不良Cは美少女と見るやテンションを上げて絡み始めた。
不良C「おお〜〜〜!何このスッゲーーー可愛い娘?!へい彼女、こんな所で何して るんだい♪」
少女「私はただ散歩してただけだけど…っていうかあのn」
不良C「折角のクリスマスに一人寂しく散歩なんかしてねーでさ〜俺達と一緒にどっか 楽しいとこいこーぜ〜♪」
余りにもテンプレな不良Cの誘い方に、本当にこういう人居るんだ、と少女は珍しいモノを見て得した気分になった。
不良C「なぁなぁいいだろ〜?」
不良Cはもう一押しと見たのか馴れ馴れしくも少女に肩を組んできた。少女はそんな失礼な行いに眉一つ動かさず思案する。自分はどうするべきかを。少女はチラリと自販機の近くに立つ一本の木に目をやるとニコリと微笑んで言葉を発した。
少女「分かったわ、此処から離れてくれるなら何処にでも付き合ってあげる」
不良C「よっしゃ!んじゃあ決まりだな!オラッ、早く行こーぜ」
少女の返事に喜色満面となった不良Cは少女に肩を組んだまま仲間二人を促した。不良A・Bは少女があっさり乗ってくれた事に多少疑問を抱いたがあの美貌を好きにできるならそれでいいかと深く考えなかった。
不良C(へへへ、見たかよ。これが俺の実力ってやつだ)
不良Cは突如舞い込んだ幸運もとい女と先程の名誉挽回にだんだんと顔がニヤけてくる。が、
ドゴギャッ!
不良C「ぷろぉっ?!」
突如顔面に自転車のタイヤがめり込む様な事態には奇声を上げて吹っ飛ぶしかなかった。
少女・不良A・B「「「?!」」」
ズドザザザザァ!
颯爽と現れて不良Cを吹っ飛ばした自転車と漫画みたいに地面を滑っていく不良Cを少女と不良二人は交互に見やる。やがて自転車に乗ってきた少年、ハヤテは自転車をテキトーな場所にロックして置くと少女に近付いていった。
ハヤ「お〜う、大丈夫かいあんた」
少女「……?貴方誰?」
ハヤ「ん〜?通りすがりの(元)自転車便だよ」
少女「いや、そういうこと聞いてるんじゃないんだけど…」
不良A「お、おい!何なんだテメエは!俺らのダチぶっ飛ばしやがって…」
ハヤ「あーうるせーなちょっと黙ってろ。今状況を確認してんだ」
困惑気味の少女の言葉にも不良Aの叫びにも応えず公園内を見回し始めた。暫くしてなるほどね、と呟くとハヤテは少女に向き直った。
ハヤ「ダメだぜ嬢ちゃん、こういう連中にはもっと『優しく』教えてやんねーとよぉ」
少女「え?」
困惑しっぱなしの少女を置き去りにハヤテは不良達へ向き直り、デッカイ声で叫んだ。
ハヤ「問い一っ!!!」
不良A・B「「?!」」ビクゥ
ハヤ「あれは一体何でしょうか?はい、そこの中二病患ってそうなお前」
不良B「な、何で知ってんだテメー!」
ハヤテは倒れている花瓶を指差した後不良Bを指名した。ピンポイントな指名のされ方をした不良Bは喚いたがハヤテは、いいから答えろ、と問答無用で促す。
不良B「え、えっと……こないだ此処で死んだガキへのお供え物…」
ハヤ「正解」
ドガラッバーーーンッ!!
不良B「ぐれいずっ!!」
不良A「ミツオぉぉーーーー!」
不良Bが答えた瞬間ハヤテは停めておいた自分の自転車をまるでバットの様に振るい不良Bを吹っ飛ばした。不良Bは不良Cと同じ様に地面を滑っていく。
ハヤ「問い二。じゃあ何であの花瓶は倒れてるんでしょうか?」
不良A「そ、それは…俺がストレス発散の為に蹴飛ばした……から」
ハヤ「そうか…………んじゃあ、
こいつに謝んなきゃなぁっ!!!」
ハヤテそう思いっきり叫びながら自分の左隣を親指で指した。不良Aは釣られてそちらに目を向ける。
そこには何時の間にか一人の少女が立っていた。背丈は110cm程であり恐らく幼稚園児である。髪型をおさげにした、何処にでも居そうな普通の少女だった。
_____その少女の体越しに背後の景色が見えることを除けば。
そう、その半透明の少女は_____幽霊だった。
不良A「いやあああああああああああああああああああああっっ?!?!
ごめんなさいごめんなさいもうしませんごめんなさーーーーーい!!!!」
不良Aはこれ以上無いって程に絶叫すると仲間二人を引き摺って公園から出ていってしまった。
ハヤ「……ふぃー、こんくらい『優しく』教えときゃもう此処には寄り付かねーだろ」
幽霊『…あ、ありがとうお兄ちゃん、お姉ちゃん』
幽霊の少女は恐る恐るといった様子でハヤテと金髪の少女に話し掛けた。
ハヤ「どういたしまして………怖かったろ、お父さんお母さんからの花をこんなにされちゃな」
ハヤテは倒れている花瓶を拾うと花を入れ直して木の根本に置く。
幽霊『分かるの?』
ハヤ「ああ、お前がどれだけ大事にされてきたか……だから離れられないんだろ?」
ハヤテは幽霊の女の子を全く怖がらず、寧ろ『そういう存在』が居るのが当たり前と考えている様な気安さで話しかけていく。それを金髪少女は感心した様な表情で見ていた。
幽霊『うん…私まだお母さん達と離れたくない』
ハヤ「う〜〜ん…しっかし何時までも此処に居るってのはなー」
少女「そうよ、そんなんじゃお母さん達安心出来ないわ」
ハヤテが対応に困っていると不意に少女が会話に加わってきた。この少女もまた幽霊を全く怖がっていない。
幽霊『そうか………でも、地獄とかに連れていかれない?」
少女「そんなことないわ。貴女は間違いなく天国に逝ける」
幽霊『本当?』
少女「ええ、葬(おく)る本人が言うんだもの」
パアァァ
少女「間違いないわ」
トンッ
突然少女の人差し指と中指が光り出し、少女はそれを幽霊の女の子の額に押し当てた。すると幽霊の女の子の体も光り出し、やがて人魂の様な、歪な光る球体になった。
幽霊『ありがとう…じゃあね』
少女「うん、またいつか」
人魂はそのまま消えていった。その様子を、今度はハヤテが感心した様な表情で見ていた。
ハヤ「……おいおいスゲーな、どうやったんだ今の」
少女「今のは『神葬(みおくり)』っていう『神通力(じんつうりき)』の一つで、幽霊を 強制的に天国に葬る術よ」
ハヤ「なんだそりゃ?あんたまさか本当に女神様なのか?」
少女「は?……………ぷっ、く、ふふ、あはっ♪あっははははははははは!!」
ハヤテの言葉を聞いた少女は数秒ポカンとしていたが、やがて箍(たが)が外れた様に腹を抱えて笑いだした。ハヤテはポーカーフェイスを崩さない。
少女「ふくく…女神って、なぁに?あなたそんな目で私のこと見てたの?」
少女はジト目で、しかし見とれそうな笑みを浮かべながら面白そうにハヤテを見る。
ハヤ「十人に聞けば十人がそう答えると思うぜ、それくらいあんたは綺麗だ」
少女「あらお上手♪…でも残念、私は女神なんかじゃないわ。
私は『死神(しにがみ)』よ」
ハヤ「……死神?」
少女の予想外な返答にハヤテは思わず聞き返してしまった。常人離れした美貌と先程見せられた神秘的な力からただの人間ではないということは漠然と分かっていた。だがまさか女神ではなく死神という、寧ろ真逆のイメージを持った何とも裏切り感のある答えを寄越されたのだ。そりゃ思わず聞き返してしまうと云うものである。
少女「そう、魂の管理者、俗に言う『天使(天国の使者)』ね。今みたいに迷える魂を 天国に葬るのが私の仕事なの」
ハヤ「…へ〜、そいつぁスゲーな。そんな人が居るとは知らなかったよ」
ハヤテはやはりポーカーフェイスを崩さずにそう言い放った。そんなハヤテの様子に少女はキョトンとする。
少女「…意外な反応ね。てっきり現実逃避したり笑い飛ばしたりすると思ったけど」
ハヤ「俺ぁ物心ついた頃から当たり前みたいに幽霊が見えてたからな。その手の話には耐性が あんのさ。大体目の前であんなもん見せられたら信じるもクソもねーだろ」
少女「アハハッ、それもそうか…ヘクシッ!」
ハヤ「ん?」
突然少女が可愛らしいくしゃみをした。いや、突然というのは語弊かもしれない。少女の格好は現在黒いドレスだけで上着も何も羽織っていないのだ。寒いのは当然だろう。
ハヤ「寒そうだな…大丈夫か?」
少女「あんまり大丈夫じゃないわ。私コンビニに行く途中だったんだけどさっきの人達に 構ってたら体が冷えちゃって」
パサッ
少女「………へ?」
少女が寒そうに両手で体を抱いているとハヤテが自分の着ていたコートを羽織らせてきた。いきなりのことに少女は戸惑う。
ハヤ「着てろよ、そのままだと風邪ひいちまぞ」
少女「え……いや、でもそれじゃ貴方が…」
ハヤ「いいって、レディファーストだ(ニコッ)」
少女「_____〜〜〜〜///////!」カァァァァァ
普段は全くの無表情なので印象に残りにくいがハヤテは良く見ると中性的で綺麗な顔立ちをしたかなりレベルの高いイケメンなのだ。そんなハヤテにいきなり100万ルクスはあるんじゃなかろうかという程に爽やかな笑顔を向けられた少女は一発で顔が真っ赤っかになってしまった。そんな少女は置き去りにハヤテは自販機で缶コーヒーを買ってくると、少女に握らせながら語り掛けた。
ハヤ「つーかよぉあんた、もう少し自分を大切にしろよ」
少女「え…///」
ハヤ「さっきあのモブ共に付いて行こうとしたのは、彼奴(あいつ)らを此処から、あの幽霊 から引き離す為だろ」
ハヤテは半ば確信を持った、確認の意味を込めた言葉を少女に投げ掛けた。その声色には少女の行いを非難する感情も含まれていた。
ハヤ「彼奴らを此処から引き離したいだけなら、周りに聞こえる様な悲鳴挙げるなり警察に電話 するって脅すなり『女の武器』を使えばそれで済んだ筈だ。いや、それとも死神様なら あんな連中力付くで捻っちまえたか?
でもあんたはそうはしなかった。自分が彼奴らの誘いに乗って、その美貌(からだ)差し 出す事で穏便に場を収めようとした。大袈裟な言い方になるが、要するに自分を犠牲に して他人を幸せにしようとした訳だ、あんたは」
先程の一部始終からハヤテが導き出した答えを聞いた少女は、未だ紅い顔のまま再び感心し切った表情になる。そうすると今度は隠し事がバレてしまった大人の様な、苦笑を浮かべた困り顔で喋りだした。
少女「…そういう事分かっちゃうんだ//」
ハヤ「当たり前だ。見てりゃ分かる」
少女「いや、だってさ、確かにあの人達はお供え物蹴飛ばしたり女の子を無遠慮にナンパ する様な人達だけど……直接暴力振るってきた訳じゃないんだから。犯罪者みたいな 扱いするのは失礼じゃない。幽霊の事だって普通は知らないんだし」
そう言い切った少女に対してハヤテは溜め息を吐いた。確かにあの場で暴力を振るわれた訳ではない。だがあのまま付いて行ったら今頃どうなっていたかなんて火を見るより明らかだ。大体初対面の癖に何の遠慮も無く肩を組んでくる様な男など女にとっては十分犯罪者の筈だ。
ハヤ「…優しすぎるぜあんた」
少女「アハハッ、それ周りからよく言われるわ。でもいいの。全部自分の意志でやってる事 だから♪//」
そう言って朗らかに笑う少女には反省の色がイマイチ見られない。ハヤテは再度、今度は少女が気付かない程小さく溜め息を吐くと少女に喋り掛けようとして、
数瞬躊躇い、
結局顔を背けて肩越しに喋り掛けた。
ハヤ「まぁいいや。どうせあんたと俺は赤の他人だし。他人の事情に深く踏み込んでギャー ギャー説教する程お節介にもなれねーし」
ハヤテはそう言いながら遠くに停めてあった自転車のロックを外してサドルに跨がる。
ハヤ「もう変なトラブルに顔突っ込むなよ。じゃな」
少女「あっ…//」
ハヤテはそうして言いたいことだけ言うと、自転車に乗ってあっという間に行ってしまった。少女は引き止めようとしたが、先程のハヤテの殺人スマイルで多少混乱していたのもあって結局声を掛けることが出来なかった。ハヤテが立ち去って数秒経った所で、少女は渡された缶コーヒーを自身の胸に持っていき呟いた。
少女「……名前、聞きそびれちゃったなぁ……//」
∵∵∵
その頃、東京都内の何処かを異形の存在が地響きを起てながら徘徊していた。だが決して常人がその姿を見ることは出来ない。
ズン……ズン……ズン……ズン……
?『濃い…濃い魂近くにある…』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー アイキャッチしりとり
ハヤ「シロクロ」
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Re: シロクロ(リメイク) ( No.2 ) |
- 日時: 2013/12/24 23:02
- 名前: デス
- ナギ「ロンギヌスの槍!」
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午後7時45分 東京都練馬区
そこには区の東全部を敷地として有する、所謂大財閥の屋敷というものがあった。庭が広すぎるため正門から屋敷の玄関を視認することが出来ず、屋敷自体の大きさも庶民の一戸建てとは比べるのもバカらしくなる規模だ。そんな漫画かテレビでしか見たことの無いような現実離れした家の玄関に、先程ハヤテが助けた少女が立っており、何の躊躇も無く入っていった。
何故ならこの屋敷が少女の自宅だからだ。
?「マリア、ただいま〜」
マリ「ナギ?!」
少女が屋敷のロビーで帰宅の挨拶をすると二階から一人の女性が降りて来た。マリアと呼ばれたその女性は少し特徴的な癖のある茶髪で、白いエプロンドレスと黒いロングスカート、そして頭にはホワイトブリムと、俗にメイド服と呼ばれる装いをしていた。何より端整な顔と落ち着いた物腰が実年齢より大分大人びた印象を与える。
マリ「まったく何処に行ってたんです?パーティーの途中で抜け出して。もう皆さん帰って しまわれましたよ」
ナギ「良いのよ、お越しくださった方一人一人にキッチリ挨拶しておいたし。最低限の礼節は 守ってるわ。大体この屋敷のクリスマスパーティーに来れるような身分の人達に、これ 以上の過ぎた財産も権力も必要ないわ」
ナギと呼ばれた少女はそう素っ気無く返す。今日此処で行われていた様な政財界のパーティーは金持ち同士が交流を行ってお互いに『コネ』を築く事が主な目的である。しかしナギの言った通り、この『三千院家』が主催するパーティーに参加出来るのは相当な上流階級の連中だ。そんな者達にこれ以上の施しは必要無いと判断した為、挨拶もそこそこにナギはパーティーを抜け出したのだ。反省の態度が見られないことにマリアは溜め息をつくと同時にナギが羽織っているコートの存在に気付いた。
マリ「?どうしたんですかその男物のコート」
ナギ「ああ、これはね、さっき恩人さんに貰ったコートよ」
マリ「恩人?」
ナギ「ええ…公園で不良に絡まれてる所を助けてくれたの。それで私が寒そうにしてたら コートとおまけに缶コーヒーもくれてね」
マリ「へえ〜、随分と親切な方ですね」
ナギ「う〜ん……確かに親切で根は優しそうな人だったけど……なんだろ、妙に冷めてるって いうか…浮世離れしてるっていうか…何か不思議な人だったわ//」
マリ「!………へぇ〜♪」
恩人について語り終えたナギの、僅かな表情の変化にマリアは気付くと同時にどこか楽しい気持ちになった。自分より背も歳も下のこの主が家族以外の人物にこれ程まで興味を示したこと等今まで無かったからだ。主と云うよりは妹として接してきた女の子、そんな娘に訪れた一足早い春の予感にマリアは嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになった。
ナギ「でも結局名前聞きそびれちゃってね……また会えるかしら」
マリ「そうですね……もしまた会えたら屋敷に招待してくださいよ。貴女をそこまで魅了する 人なんて私も気になります♪」
ナギ「うえ///?!ぇ、ぇ〜〜……うん///」
マリアの要求に含まれた指摘にナギは顔を紅くしながらも小さく頷いた。
マリ「それじゃ少し遅くなりましたが夕飯に…」
ピピピピピピピピ
ナギ・マリ「「!」」
マリアがナギを台所に連れていこうとした時、無機質な電子音が鳴り響いた。それを聞いた二人は顔色を変える。ナギは懐からケータイの様な機械を取り出してそこに表示された情報に目を通した。
ナギ「……ゴメンねマリア。ちょっと行ってくる」
マリ「ご飯温め直しておきますね」
マリアの笑顔にナギも笑顔で返すと走って屋敷を出ていった。
∵∵∵
午後8時、練馬区内の道路。
ハヤ「ぁぁ〜〜……………さみ〜……」
ハヤテは身体中を震えさせ、凍死しかけの状態で自宅であるアパートを目指していた。
ハヤ「チクショー、やっぱりコートまであげちまったのは不味かったな。おまけに自転車も 完全にイカれちまったし」
そう、先程公園でナギにコートをあげてしまったため現在ハヤテはTシャツ1枚しか着ていない状態なのだ。しかも不良に対し武器として使った際部品が複数破損してしまったらしく、自転車は最早使い物にならないゴミと化していた。12月の冬空の下で重たいゴミをTシャツ1枚の状態で運送する等バカか死にたがりのどちらかである。そしてハヤテの場合は前者だ。
ハヤ「……それにしても、『似すぎてた』な。ドッペルゲンガーってのも案外居るのかもな……」
ハヤテは改めて少女(ナギ)のことを思いだしそう呟いた。
元来自分は困っている人に平等に手を差し伸べる、なんていう聖者の様な高尚な心など持ち合わせていない。大体あの時は仕事をクビになった直後で他人を気にかけている余裕等無かった筈なのだ。それでも自分はあの少女のことを助け、おまけに無償で缶コーヒーとコートまであげてしまった。
それはあの少女が自分の記憶に焼き付いている『ある人物』にとんでもなく似ていたからだ。
だから見て見ぬフリ等出来なかった。気になってしょうがなかった。あんな下心丸出しの腐れ不良があの少女に触れていることが許せなかった。だから助けた。
でも必要以上の交流はしたくなかった。彼女との接触は自身の心の傷を抉るに等しい行為だったから。だから名前すら教えず即刻あの場を離れたのだ。二度と会わないようにと祈りながら。
ハヤ「……ま、いっか。どうせもう二度と会うこともねーだろうし…」
そう言ってハヤテは不毛な思考回路をストップさせた。
瞬間、
ズッッッドオオオオオォォォォォォンッ!!!
ハヤ「うおっ?!」
ハヤテの目の前で凄まじい爆発がおこった。普通の人ならガス爆発か何かが起きたと思うだろう。だがハヤテは何故かそうとは思えなかった。爆発というよりは、まるで、『何かが降ってきた衝撃』の様だと。
ハヤ(なんだ……?)
ハヤテは衝撃の正体を確かめようと目を凝らす。やがて土煙が晴れ、降ってきたモノの全貌が露になった。
『それ』は巨大な半人型の体型をしており、顔にはドクロを模した仮面、胸には孔が空いた、
文字通り化け物だった。
ハヤ「なっ……」
?『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
突如目の前に現れ狂った様に吠える『それ』。ハヤテはその異形の存在に目を奪われ棒立ちになってしまった。そんなハヤテに『それ』は拳を降り下ろす。
ズガァンッ!
ハヤ「おわっち!」
ゴロゴロン
ハヤテは咄嗟に左へすっ飛んで『それ』の拳を避けた。2、3回地面を転がり体勢を立て直すとハヤテは改めて『それ』を視界に捉えた。
ハヤ「……何だコイツ?」
ハヤテは未知の存在に対して、口調が妙に冷静ということ以外は、極めて普通な反応を示した。だがそんなハヤテの様子等お構い無しで『それ』は殺意をぶつけてきた。
?『オアアッ!』
ドギャンッ バギャンッ ボゴンッ
ハヤテは軽いフットワークで『それ』の拳を躱(かわ)し続ける。表情こそ何時ものポーカーフェイスを保っているが、内心では軽く混乱していた。一体この化け物は何なんだとか、何故自分が襲われているのかとか現状に対する疑問が山程浮かんできたが、同時に脳ミソをフル回転させ自分はどうするべきかを冷静に検討していた。取り敢えず『コイツは危険』で、『コイツの拳をまともに喰らったらヤバイ』ということは考えるまでもなく本能が察知していた。なので今の所は回避に専念している。
だが約1分程経っても『それ』は拳を順序に振り下ろすというワンパターンな攻撃しかしてこなかった。段々と整理のついてきた頭でハヤテは、どうやらコイツは知能が低いのだと当たりをつけた。やがて回避行動に割く集中力も切れてきたハヤテは次のステップをどうするか考え始める。
ハヤ(や〜っぱ逃げてばっかりいるのは性に合わねーな…テキトーに反撃始めっk)
キュゥン
ハヤ「!」
ボンッ
ハヤ「っぶねえ!」
その時突然『それ』の口腔内が光り、次の瞬間サッカーボール程の大きさの光の弾丸が発射された。自身に向かって飛んできたその弾丸をハヤテは寸での所で躱(かわ)した。油断していたとはいえ『自分がギリギリでしか躱せなかった』という事実にハヤテは冷や汗を流す。そして弾丸に気を取られていたハヤテは自身の左半身に迫る拳に気づけなかった。
ドッ!!
ハヤ「ぶっ!」
ゴォン!! ズガァン!!
『それ』の拳を諸に喰らったハヤテは想像以上の重量と硬度に、まともな受け身さえ取れず吹っ飛ばされ近くの住宅の塀に激突してしまった。
ハヤ「……っ!クソ…」
?『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
ハヤテは全身を駆け巡る尋常じゃない痛みに思わず悪態をつく。『それ』は勝鬨(かちどき)の様な咆哮を上げると地響きを起てながら此方に近付いてきた。まだ四肢が完全に動かなくなってしまった訳ではないが、今の状態で逃げても直ぐに追い付かれてしまうだろうとハヤテは考える。
何か痛みと混乱が一周してハイになったのか、ハヤテの頭は現在妙に冷えていた。柄にもなく人生の思い出なんかを振り返り始める。
ハヤ(はぁ〜〜あ〜〜…一体何がどうしてこうなったかねー。ホントもーなんか一日で色々 ありすぎて訳分かんなくなってきぜ…あーちくしょ、厄日だ今日は、うん)
そんなことを考えながらハヤテは目を閉じる。そして『それ』の拳が振り下ろされた。
ゴドンッ
ハヤ(………………あれ?)
ナギ「早速お礼出来たわね♪」
ハヤ「?!」
何時まで経っても痛みがやってこないことにハヤテが内心で疑問符を浮かべていると聞き覚えのある声が掛けられた。ハヤテは即座に目を開けると表情を驚愕に染めた。目を開けた先では、先程公園で助けた少女、ナギが『純白の日本刀』でそれの拳を受け止めていたのだった。
ナギ「待ってて、直ぐ終わらせるから」
ザシュンッ
?『___ッギ?!オオオガアアアアアアアアアアアアッ!』
瞬間ナギはハヤテがギリギリ視認できるスピードの斬撃で『それ』の腕を斬り落とした。腕を斬られた『それ』は狂った様に吠える。そんな化け物の様子は尻目にナギはハヤテを抱えて『それ』と距離を取り、話しかけた。
ナギ「ねぇ、大丈夫?」
ハヤ「これが大丈夫に見えるなら今すぐ病院に行け、頭の」
ナギ「良かった、悪態が着けるくらいには余裕があるわね」
そう言ってほっとした表情を見せるナギ。ハヤテはそんなナギの持っている『純白の日本刀』に目を向けながら喋り出した。
ハヤ「なんで此処に居るんだ、あんた」
ナギ「ん…偶々よ。仕事の都合ってやつ」
ハヤ「仕事?……死神の仕事と関係あんのか、『あれ』」
ハヤテは未だ斬られた左腕を押さえて吠えまくる化け物に目を向けながら問いかけた。
ナギ「ええ、あれは『鬼神(きしん)』よ」
ハヤ「鬼神?」
ナギ「そう。魂の乱獲者、まぁ俗に言う『悪魔(地獄の亡者)』ね。あいつは生者死者 関係無く襲って魂を喰う化け物なの。あいつを倒すのも死神(わたし)の仕事の 一つなのよ」
ハヤ「……その悪魔が何でオレを襲うんだ?」
ナギ「あいつは…『霊力』や『霊感』の高い魂、つまり幽霊に触ったり視たりできる人の 魂を好んで喰うのよ。貴方が本当に物心ついた頃から当たり前の様に幽霊が視えて いたなら、あいつにとってはこの上無いご馳走ね」
ハヤ「…なるほど」
一通り現在の状況における疑問点を消化した、そう考えたナギはハヤテを地面に下ろすと鬼神に向き直った。
ナギ「安心して。あの程度の奴、私が直ぐにやっつけてあげる」
ハヤ「いや、必要ねーよ」
ナギ「へ?」
ハヤ「あいつはオレが倒す、あんたは引っ込んでろ」
ハヤテは首と拳を鳴らしながら起き上がりナギの横を通り過ぎて鬼神の方に歩いて行った。予想外のハヤテの行動にナギは一瞬呆けるが直ぐにハヤテの前に回り込んで向き合う。
ナギ「ちょちょちょ、待って!何言ってるのよ貴方!気は確か?!病院に行った方が いいの貴方でしょ?!」
ハヤ「バカ野郎、頭なんか打ってねーよ」
ナギ「だったら理解できてるでしょ?人間(あなた)の力じゃ鬼神には敵わないって。 私に任せて逃げてなさい」
ハヤ「ふざけんな、さっきのは不意を突かれただけだ。やられっぱなしじゃ気が済まねー、 せめて一発ぶち込んでやらねーと」
ナギは呆れてしまった。普通あんな人外の、未知の化け物に襲われたら恐怖で萎縮してしまうか逃げ惑うくらいしか出来ないものだ。だがこの男は鬼神の存在に驚いてはいるが怖がってはいないのだ。おまけにやられたからやり返すという喧嘩腰の姿勢を見せているのである。怖いもの知らずなのか、単に馬鹿なのかナギは計りかねた。
しかし、
ハヤ「つーかな、ここまで来たらぶっちゃけたこと言わせてもらうぞオイ」ズイッ
ナギ「へ、え?」
次の瞬間ハヤテが言い放った言葉に更なる衝撃を受けるのだった。
ハヤ「俺はあんたのことが嫌いだ。だからあんたに助けてもらいたくない」
ナギ「…………へ?」
ナギは完全に思考が停止してしまった。いきなり顔を寄せられたと思ったら、訳の分からぬまま拒絶の言葉をぶつけられたのだ。何故、何で、どうして、そんな疑問の言葉ばかりが頭の中をグルグル回り始めた。そもそも今日初めて会った人に何故嫌い宣言されなければならないのか。私の容姿が、第一印象が彼には気に食わなかったのだろうか。でも彼は私のことを女神みたいに綺麗だと言ってくれて____
ドゴンッ
ナギ「っ!」
その時ナギの体を衝撃が襲った。ダメージから立ち直ってきた鬼神が残っている右腕でナギを思いっきり殴り飛ばしたのだ。完全に油断していたナギは先程のハヤテの様に住宅の塀に激突してしまった。
ナギ「う……つ……」
鬼『グオアアアアアアアアアアアッ!!』
ナギ(!ヤバ…)
殴られた痛みからナギが頭を押さえていると、このチャンスを逃さんとばかりに鬼神が猛然とナギに向かっていった。頭を殴られたせいで視界がチカチカしているナギは、避けられないと覚悟を決めると全身を強張らせた。
ドズシャッ!!
ブシャアアアアッ
ナギ「…………え?」
だが、ナギが傷を負うことはなかった。ナギと鬼神の間に割り込んだハヤテが、体を張って鬼神の牙を受け止めていたのだから。
ハヤ「……っ、この、や、ろ…がぁああ!!」
グアンバッ
鬼『オオアアアアアアアアアアッ!』
ズルッ グシャッ
力付くで鬼神を押し退け体から牙を抜いたハヤテはそのまま糸が切れた様に倒れ伏してしまった。全身から大量の血を流して。
ナギ「っ!嘘っ!ダメっ!!」
ナギは多少フラつきながらも素早くハヤテに駆け寄り、胸に抱いてその場から一瞬で離脱した。傍目にはハヤテとナギが瞬間移動でもしたかのように見えていただろう。それくらいのスピードでナギは移動し、鬼神から数十メートル程離れた路地に移った。
ナギ「ねえ、ちょっと!お願いしっかりして!」
ナギは今にも泣きそうな、というか若干涙目になりながら必死にハヤテへ呼び掛けた。するとハヤテは言葉こそ発しなかったが右手をおもむろに上げてナギの頬を撫でた。そんなちょっとした動作でも出血がドンドン激しくなっていく。
ナギ「何で……?ねえ何で?何で私のことが嫌いなの?何で、何で嫌いだって言ったのに、 私を庇ったの…?」
ナギは凛々しさの欠片もない弱々しい声でそうハヤテに問い掛けた。するとハヤテは数回咳き込み、それでもハッキリと通る声で話始めた。
ハヤ「似てるんだよ……あんたが………………
俺の、元カノに」
ナギ「…………?!」
ナギはハヤテの告白を聞き、驚きと疑問に目を見開いた。
ハヤ「いや…もう似てるなんてレベルじゃねえ…ほとんど生き写しだ…顔も、スタイルも、 その金髪も、身長が低い所も全部、全部………何もかも似てるんだよ………あんたを 見てると、元カノのこと思い出しちまうんだよ…楽しかった事も、悲しかった事も、 でも……そんなの思い出すだけ辛いだけだ…だから有無を云わさず俺の心を抉ってくる あんたの容姿が……嫌いだ………あんたと、関わりたくないんだよ…」
ナギは何も言わずにハヤテの独白を聞き、そして理解した。要するに自分の考えは当たらずも遠からずだったのだ。この少年は自分の容姿が『嫌い』なのではなく、『見ていたくない』だけなのだ。過去に何があったのかは分からないが、きっと、とても辛く悲しいことがあったのだろう。そう思わせるには十分な声色と表情だった。
ハヤ「でも、よぉ………あんたが……『あいつ』が傷、付く、所、はもっと、見たくね……………」
ナギはハッとなる。既に辺りにはハヤテから流れ出た相当な量の血が大きな水溜まりを作っていたのだ。
ナギ(どうしよう)
ナギは考える。鬼神の牙はハヤテの肩、胸、腹、脚、腕等と全身のあらゆる所に深く食い込んだようで胸の傷に到っては心臓まで届いてしまっているのだ。最早神通力でもハヤテの命を救うことは出来ない。どうすればいい、ナギは必死に思考を巡らせる。
そして、一つだけ思い至った。ハヤテを救う方法を。
だが、この方法は余りにもリスクが大きい方法だった。こんなことをしたら、自分だけでなくハヤテにすら危険を及ぼすかもしれない。大体こんな滅茶苦茶な方法、前例が一切無く、リスクと同じだけのリターンを得られるかも分からない。
というかそれ以前に、この方法を異性と試したくなかった。いや、同性だったらだったでそれも問題なのだが。
ナギ(……あ〜、ホントどうしよう///)
鬼『オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
ナギ「!」
その時曲がり角から鬼神が顔を出した。地響きを起てながら此方に向かってくる。こうなった以上覚悟を決めるしかない。ナギは自身の頬を叩いて気合いを入れると、地面に寝かせているハヤテに顔を寄せ、
唇を重ね合わせた。
ハヤ(………!)
ナギ「んっ……………/////////」
ガカァ!!
鬼『?!』
辺り一面を凄まじい光が覆う。鬼神はあまりの眩しさから目を細めた。その瞬間、
ズドンッ!
鬼『!』
鬼神のもう片方の腕が斬り飛ばされていた。驚いた鬼神は目を見開く。
その視界には『漆黒の日本刀』を担いだハヤテの姿が写っていた。その近くでナギが呆然としながら座っていた。
ナギ「嘘………半分どころか、力全部盗られちゃった」
ハヤテはさっきまで死にかけのボロボロだったにも関わらず、今はそんなことを微塵も思わせない力強い踏み込みで地面を蹴って鬼神に向かっていく。
ナギ「どういうこと…」
ザシュンッ!
ハヤテは鬼神の右足を斬り飛ばした。
鬼『ンギッ!』
片足となった鬼神はバランスを保つことができず、ハヤテに向かって倒れこんでくる。そしてハヤテは日本刀を上段で構え、
ナギ(この人一体…)
振り下ろした。
ズ ドォンッ!!
ナギ(何者なの……?)
鬼『ゴアアアアアアア……』
頭を真っ二つにされた鬼神はそのまま塵となって消えていった。
ボテッ
ナギ「へ?え、ちょっと?!」
突然倒れたハヤテにナギは慌てて近寄る。だが静かな寝息が聞こえてきたことで一安心した。
ナギ「…緊張の糸が切れたのかしら」
マリ「ナギ?」
と、そこにコートを着たマリアがやって来た。
ナギ「え?マリア何で此処に?」
マリ「いえ、随分遅いんでちょっと心配になって………ところでその方は?」
ナギ「え?!いや、その、この人は、え〜〜〜っと……………
私の新しい執事よ//////!!」
マリ「…………はい?」
綾崎ハヤテ/16歳 髪の色/蒼銀 瞳の色/空
職業/高校生、死神、執事
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハヤ「死神図鑑」ナギ「ゴールデン」
ハヤ「はいどーもおはこんばんちは。そんなこんなで始まりました、二次創作小説『シロクロ』。 この作品の主人公にして『クロ』担当の綾崎ハヤテです」
ナギ「同じく、この作品のメインヒロインにして『シロ』担当の三千院ナギです♪」
どうも、初めましての方は初めまして。お久し振りの方はお久し振りデス。『シロクロ』作者のデスでございます。この度は貴重な時間を割いてこんなド素人の小説を読んで頂き、ありがとうございます。
ハヤ「……いやまぁホントな。色々ツッコミ所満載…っつーかツッコミ所しかねーぞこの小説」
ナギ「うん……先ず、何?………私達のキャラ原作とかけ離れ過ぎでしょ。っていうか私の外見 完全に原作の天王州アテネさんじゃない!内面も全然違うし!」
ハヤ「俺に至ってはもう完全に別キャラだぞ。原作のあの純朴少年は何処に行っちまったんだ オイ。もうちょっと原作へのリスペクト精神を持てバカヤロコノヤロー」
まあまあちょっと待ちなさいって。これには一応ちゃんとした理由付けしてあるから。
ナギ(「一応ちゃんと」ってどういう文法?)
先ずナギのキャラ付けに関してですが、以前ネット上において原作者の畑先生が『本当はアテネを三千院ナギの名前でメインヒロインとして出す予定だった』と仰っていたのが記憶に残っていまして、『だったら私の小説ではそういう体(てい)でいこう』と思った訳です。まがりなりにもバトル要素を含む小説のメインヒロインなので、原作そのままの13歳幼児体型よりはこっちの方が良いと考えました。
ナギ「灼眼のシャナ…」ボソッ
な ん の こ と か ね ?
ハヤ「でもそれだけじゃ内面まで別キャラになった理由にはならねーぞ」
ああ、そっちはね、ハヤテのキャラ付け理由と一緒に解説しちゃいます。この小説のタイトルを『シロクロ』とした様に、ハヤテとナギのキャラをあらゆる面で対照にしたかったんです。なのでナギのキャラを『シロ』っぽい聖人君子に、ハヤテのキャラを『クロ』っぽい鬼畜外道にした訳です。よーするにドMとドSですね(笑)。
ナギ「私ドM設定なの?!/////」
ハヤ「…つーかそれなら原作通り俺を純朴キャラにしてアテネを女王様キャラにした方が自然 じゃね?」
……………だって……ドSなハヤテとドMなアテネのハヤアテとか…………
メ ッ チャ た ぎ る や ん
ナギ「たっぷり間使って何宣言してんのよ!!////////」
ハヤ「ウチの作者は紳士(へんたい)だったかー」
まあこうして作品手掛けるからにはやりたいことやろうと思ったから。自重は捨てようって決心したから。
ハヤ「いらねえ方向に決意固めてんじゃねえよ」
それでも一応『冒頭詩コーナー』とか『アイチャッキしりとりのコーナー』とかこの『後書きコーナー』とか元の二作品を踏襲したおまけも設けたし。何とか原作の雰囲気とかを出せる様に、尚且つこのスタイルで面白くなる様に、頑張っていきます!
ハヤ「そーいう感じでこんなメチャクチャな小説ですが」
ナギ「これからも読んでくださると嬉しいです♪」
※あとしつこくなってしまいますが最後の注意点。この小説のナギは確かに外見がアテネですが、一つだけ原作と違う所があります。それは『縦ロールが無い』ということです。この違いは後々この小説で重要なポイントになってくるので是非覚えておいてください。
それでは!
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Re: シロクロ ( No.3 ) |
- 日時: 2014/12/26 00:00
- 名前: デス
- 白は零、故に容(ゆる)す。byナギ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2話 死神の仕事
12月25日 10時半
チチチチ…
ハヤ(……あったけぇ……)
ハヤテの心に浮かんだ言葉はそれだけだった。とにかく、暖かい。温かい。母親の胸に抱かれている様な、春の陽気を浴びながら高原で寝転がっている様な、ぬるい快感が全身から伝わってくる。ここ暫く感じる機会の無かったものがハヤテを包み込んでいた。
この上無く気分が良い。徐々に体が軽くなっていく様な錯覚を覚える。それと同時に視界がクリアになっていき、
ハヤ「_____ん?」
ハヤテは目覚めた。
寝覚めの気分は最高だった。太陽の陽射しが顔にかかり、小鳥の鳴き声が聴覚を刺激してくる。本当に高原で眠っていたのだろうかとハヤテは身を起こす。
だがそこは高原等では無かった。ハヤテの視界に入ってきたのは、光の反射以上の何かを含んでいるんじゃないかと思う程に輝く白い壁と天井、そして赤いカーペットの敷かれた床だった。壁には美しい女性や花が描かれた絵画が掛かっており、芸術的な造形の椅子やテーブルの上には壺などの調度品が乗っていた。まんまお金持ちのお屋敷の一室といった感じである。
そして自分は天蓋付きのベッドの中に居た。自宅のアパートにある薄い布団とは比べるのも馬鹿らしくなる程フッカフカでモッフモフなベッドだった。
ハヤ「んだオイ、まだ夢見てんのか俺」
実際そう思うのも無理はなかった。目が覚めたら明らかに自分の家とは違う場所に居て、自分にはその場所に来た記憶が無いのだ。だが目、耳、肌、あらゆる神経から伝わってくるリアルな感覚が此処は夢の中ではないと囁いてくる。
ハヤ「…取り敢えず状況を確認するか」
このままジッとしていては何も解らない。そう考えたハヤテは部屋の外へ出るためベッドから下りようとした。
ガチャッ
マリ「あら、目が覚めたんですね♪」
ハヤ「へ?」
マリ「安心しましたわ。全く目を覚ます気配が無かったので、あのまま植物状態になってしまう かと思いましたよ」
瞬間、部屋に一人の女性が入ってきた。その女性はハヤテが起きているのを見ると柔らかく微笑みながら本当に安心した様な声色で話し掛けてきた。
その女性は、美しかった。
先ず最初に目に付くのは黒のロングスカートの上に白いエプロンドレスを重ね着し、前頭部の髪にホワイトブリムを装着するという、世間一般におけるメイドさんのイメージそのままの服装だった。だがメイド服のお蔭で綺麗に見えている訳ではない。パッチリとして目尻の下がった瞳に高過ぎない鼻、適度に膨らんだ柔らかそうな唇と、まるで聖母を彷彿とさせる慈しみに溢れた端整な顔が一番印象深かった。
マリ「……?如何なさいました?」
ハヤ「っ……あ〜いえ……えっと、どちら様で?」
自分の顔を見つめてボーッとしている少年に女性___マリアは声を掛けた。目の前に佇む女性の余りの美しさに数秒程見とれていたハヤテは、その言葉で我に帰ると再び数秒程呻いた末、何の捻りもない月並みな質問を口にしていた。
マリ「申し遅れました。私はこの屋敷の主である、三千院財閥の当主、三千院ナギお嬢様に お仕えしております、メイドの姫神真理愛(ヒメガミマリア)と申します。以後 お見知り置きを」
マリアはハヤテの質問に丁寧な言葉遣いと優しい声色で答えながらキビキビとした動作で、それでいて落ち着いた余裕を思わせる物腰で綺麗なお辞儀をした。メイド喫茶等のなんちゃってメイドとは違う、まさしく本職の従者といった雰囲気を漂わせるマリアにハヤテは再び見とれてしまった。
だが同時に頭の中はこれでもかと云う程混乱していた。
ハヤ(サンゼンインナギって…誰だ?つーか財閥の?当主?え、何で俺そんな奴の屋敷で寝てた の?大体何で俺こんな美人さんに懇切丁寧な挨拶してもらってんの?)
考えれば考える程訳の分からなくなってきたハヤテは、目が醒めたばかりで脳味噌がよく働いていなかったという事もあり、深く考えず最初の疑問を口走っていた。
ハヤ「サンゼンインナギって誰ですか?」
マリ「え?」
ハヤ「え?」
ハヤテの言葉を聞いたマリアは思わず声を挙げ、ハヤテもそれに釣られて声を挙げた。
マリ「…あの…ひょっとしてあの娘から名前を聞いて無いんですか?」
ハヤ「あの娘って?」
ハヤテの何も分かっていないという顔を見てマリアは小さく溜め息を吐きながら困り顔になった。
マリ「まったくあの娘は……二回も出会って会話しておきながら……しかも口付けすらした相手 に名前も教えていないなんて」
ハヤ「?何か言いました?」
頬に手を当てながら困り顔でブツブツと何か独り言を喋っているマリアにハヤテは声を掛ける。
マリ「いえ、お気になさらず。此方(こちら)の話ですので………そうですね、起きたばかりで あれこれ情報を与えて混乱させるより、一度落ち着いてから話し合った方が話も進む でしょう」
ハヤ「はぁ」
マリ「ですので、取り敢えず此方をお食べになってください♪」
イマイチ要領を得ない返事をしたハヤテの目の前に、マリアは台車に乗せてきていた料理を出した。クロワッサンやスープにサラダといった軽めの洋食である。
マリ「それでは私はナギを呼んできます。ごゆっくりお召し上がりください」
それだけ言い残すとマリアは一切背筋を曲げない美しい姿勢を保ったまま、歩いて部屋から出ていった。マリアが出て行った後、ハヤテはまた暫くボーッとする。結局あのマリアと名乗ったメイドさんから教えて貰った情報は現状の理解と把握に何の貢献もしてくれなかったのだ。思わずボーッとしてしまうのも無理からぬ話である。取り敢えずこれ以上考えても無駄だと思い至ったハヤテは言われた通り料理を食べることにした。
パクッ モグモグ
ハヤ「うまっ」
クロワッサンを咀嚼しながらハヤテは思わずそう呟いていたという。
∵∵∵
15分後、ハヤテが最後に残っていたスープを飲み終えた途端、まるで狙い澄ましたかの様なタイミングで、尚且つ突き破らんばかりの勢いでドアが開き、何か金色と黒色の混ざった物体が部屋に入ってきた(というか突撃してきた)。いきなりの事で『その物体』が何なのか咄嗟に視認出来なかったハヤテだが、『その物体』___というか人物はハヤテが起きていることを認識すると安堵による嬉しさで頬を綻ばせながらハヤテに駆け寄り、手を握ってきた。
ナギ「良かった……本当に、ちゃんと意識が戻ったのね。良かった、本当に良かった」
その人物は、昨夜ハヤテと色んな意味で運命的な出逢いを果たした少女、ナギだった。
ハヤ「!お前…」
マリ「だから言ったじゃないですかナギ。綾崎さんなら20分程前、無事に目を覚まされたと」
ハヤテがナギの登場に驚いていると、何時の間にか部屋に入ってきていたマリアが、娘に言い聞かせる様な声色でナギに話し掛けた。マリアの言葉を聞いたナギは一転頬を膨らませながら拗ねた様子でマリアを睨み付ける。
ナギ「20分も前に目が覚めてたならどうしてもっと早く教えてくれなかったのよ」
マリ「貴女のことですからどうせ教えた途端直ぐ綾崎さんの部屋に突撃して行ってしまうと 思ったからですよ。綾崎さんにゆっくり落ち着いて食事を取って頂くために態と時間を ずらしたんです。現に今そうだったじゃないですか」
マリアにそう指摘されたナギは悔しそうに俯くことしか出来なかった。自分の取った行動はマリアが指摘した通りだったし、意識が覚醒したばかりの客人にゆっくり食事を取って貰おうという配慮はメイドとして正しいものだ。糾弾する事は出来ない。
一方ハヤテはナギの登場によって脳髄に大きな衝撃を受けていた。普段なら不意なボディタッチには誰であろうと鉄拳で応えるハヤテがナギの手を振りほどこうともしないのは、余りの衝撃で脳の思考を司る部分が混乱しているせいである。
だが脳の記憶を司る部分は衝撃を受けた事によって昨夜の出来事を鮮明に、急速に思い出し始めていた。不良に絡まれていた少女を助けた事、その少女は死神という魂の管理者だったという事、少女と別れた後鬼神という化け物に襲われた事、危機一髪の所を少女に助けて貰った事、少女を鬼神から庇って死にかけた事。
そして少女に元カノのことを告白した事。
そこまで思い出したハヤテは内心で滅茶苦茶後悔していた。空いている左手で顔を覆いながら溜め息を吐く。あの時はもう死を覚悟していたが故に、半ば地蔵に話し掛けているつもりだったのだ。もし過去に戻れるなら死にかけの自分に止めを差しに行きたいと本気でハヤテは思った。
ナギ「……?ねぇ、どうしたの?」
そんなハヤテの動作に疑問を持ったナギは至近距離でハヤテの顔を覗き込んだ。かつての想い人と瓜二つのナギの美貌を至近距離で見せ付けられたハヤテは軽くたじろいだが、同時に一つの疑問を抱いた。ナギも昨日鬼神に殴り飛ばされた筈なのだが、その体には目立った外傷が何処にも無かった。というか格好も昨夜と全く同じで、胸元の露出した黒いドレス姿に長い金髪を黒のリボンでポニーテールに纏めている。
ハヤ「おい、お前怪我は」
ナギ「へ?ああ、あんなのどうってことないわ。私もっと酷い怪我したこと今までに何百回と あるもの」
ハヤ「…へ〜」
ナギの口からさらっと出てきた言葉にハヤテは若干引いた。
ナギ「っていうか私のことなんてどうでもいいわ。貴方の方がよっぽど重傷だったんだから…… ごめんなさい、貴方のこと護れなくて…昨日もっと私がしっかりしてれば…」
ハヤ「……何言ってんだ。あれは俺が勝手に飛び出してやられただけだ。お前が気に病むこっちゃ ねー」
眉尻を下げた悲しそうな表情で謝り始めたナギに、ハヤテは何も気にしていない様なポーカーフェイスで答えた。だがナギはそれでも止まらない。
ナギ「いえ、昨日の事は私の責任よ。私のせいで貴方は…」
ハヤ「だーからお前のせいじゃねーって。大体あの鬼神とか言う奴はお前が倒してくれたん だろ?だったらもうそれでいいじゃねーか。終わった事何時までもグチグチ引き摺って んじゃねーよ」
ハヤテは面倒くさそうに、ぶっきらぼうな口調でそう言い切った。だがそんなハヤテの言葉を聞いたナギはキョトンと意外そうな顔になる。
ナギ「え……ひょっとして覚えてないの?」
ハヤ「?何を」
ナギの言葉にハヤテは首を傾げた。そんなハヤテの様子に認識と事実のズレがあると悟ったマリアはナギに助け船を出す。
マリ「ナギ、この方はまだ目が覚めて間もないですから……一つずつゆっくり説明していった方が 良いのでは」
ナギ「うん、そうね。最初からそのつもりだったし、説明の量が少し多くなるだけだしね」
ナギはそう言って再びハヤテに向き直る。手は握ったままだ。
ナギ「あのね、いきなりの事で訳が解らないと思うけど、今貴方の身には大変なことが起こって いるの。それを貴方に説明する為に此処に連れてきた」
ハヤ「大変なこと?」
ナギ「ええ、ちゃんと順番に説明してあげるから、取り敢えず最初に一つ聞かせて。貴方、昨日 の事は何処まで覚えてるの?正確に覚えてる所まで教えて」
真っ直ぐ目線を合わせてそう言ってくるナギにハヤテは逆らわず、左手で頭を掻きながら考え始めた。
ハヤ「ん〜確かお前に…………いや、お前を庇って鬼神にやられた辺りまでしかハッキリ覚えて ねーな」
ナギ「……そう」
ハヤテは嘘を吐いた。本当は意識を失う前、ナギに元カノの事を教えた所まで覚えていたのだが、わざわざ自身の黒歴史を暴露するつもりは無かったのでそういうことにしておいた。そしてナギも数瞬台詞に詰まったハヤテの様子から、目の前の男が嘘を吐いていると見抜いたが、この先の話には別段関係の無いことだったので流すことにした。
ナギ「じゃあその後の事を話すわね。私は鬼神に重傷を負わされて意識を失った貴方を助ける 為に神通力で治療を施そうとしたのだけれど、胸の傷が心臓にまで達していてもう殆ど 手遅れの状態だったの」
ハヤ「?でも俺はこの通り生きてるぞ?……まさか俺は既に幽霊になってるとか言わねーよな」
ナギ「いいえ、貴方は魂も肉体もしっかり生きてるわ……ただ少し『在り方』が変わっちゃった けど」
ハヤ「……?」
言葉を濁すナギにハヤテは喋りかけず、視線だけで「早く話せ」と促す。
ナギ「…心臓にまで傷が達していた貴方を助ける事はほぼ不可能だった……でも、一つだけ、 一つだけ貴方を生かす方法があったの。まぁ『あった』と言うよりは『その場で思い 付いた』って言う方が適当だけど。何せ前例が一切無い事だから私としても殆ど賭け だったし…」
ハヤ「前置きはいいから早く教えてくれ……俺に『何をした』?」
後悔と罪悪の感情を滲ませたナギの表情と言い回しから、何か『ヤバイモノ』を感じ取ったハヤテは少し声を低くして結論を要求した。ナギはハヤテと真っ直ぐ目を合わせて再び口を開く。
ナギ「貴方を生かす為に施せた唯一の方法はね……………
貴方を、死神にする事よ」
ナギの告げた事実を聞いてもハヤテはポーカーフェイスを崩さず押し黙り続けた。元来ハヤテは表情の変化に乏しいという事と、単純にナギの告げた事実の『危険性』を理解出来なかった為無表情を貫いたのだが、その反応を悪い方向に受け取ったナギは慌てながら更に言葉を付け足した。
ナギ「いや、あのね、死神にするって言っても一時的なモノの筈だったのよ?私が鬼神を 倒して貴方を治療するまでの間、魂と肉体を繋ぎ止めることが出来る様に、私の霊力を 『半分だけ』与えるつもりだったのよ。
だけど…貴方に霊力を与える時、半分どころか全ての力を奪われてしまったの」
ハヤテはポーカーフェイスを崩さない。
ナギ「そして、死神の力を手に入れた貴方はそのまま鬼神を倒したわ。その直後に貴方が気絶 してしまったから、治療と保護のために此処に連れてきたの。さっきも言ったけど何せ 前例が一切無い事だったから、どう対応すれば良いか分からなくて…」
マリ「本来人間と死神は魂の強度からして完全に上下関係にあるんです。死神が人間の力を 奪うならまだしも、その逆なんて見たことも聞いたこともありませんわ」
ナギの言葉をマリアが横から補足する。やはりハヤテはポーカーフェイスを崩さず暫く黙り続けたが、やがて「え〜っと」と呟くと口を開いた。
ハヤ「改めて確認させてもらうが…要するに何?死にかけの俺を救う為に、あんたが自分の死神 の力を半分渡そうとしたら、何故か俺が全ての力を奪ってしまった、んでもってその原因 が解らねーから取り敢えず此処に連れてきたと?」
ナギ「ええ、そういうこと」
マリ「実に素晴らしい理解力です」
ハヤ「あー、なるほど、そっか、そういう事か。ふーん………まぁどんな形にせよ命救って貰った 事には変わりねーよな。ありがとう」
ハヤテは数回意味の無い言葉を口にし、やがてナギの方を向いてポーカーフェイスのまま感謝の言葉を告げた。ナギは見つめられながらのその言葉に少し頬を紅くする。
ナギ「あ……え、っと……どういたしまして//」
ハヤ「ん〜、しっかしどうすっかねー。命救って貰っといてこういう事言うのもなんだが、死神 の力なんて持っててもしょうがねーし。出来れば返したい所だが、ここまでの話の流れ からしてそれは無理なんでしょ?」
マリ「はい、原因が解らない以上、対応のしようがありませんから」
ハヤ「そっかー……つーかよくよく思い出せば俺仕事クビになってんじゃん。ヤベ、どーしよ、 前々からそうだったけど俺の人生ハードモード過ぎじゃね?」
先程の朝食のお蔭か頭が働きだしたハヤテは、それに比例して口数も多くなって行く。これからの事を考えて頭を抱えるハヤテにナギが笑顔で話し掛けた。
ナギ「あ、大丈夫、それなら安心して。『今の』貴方にとって最適の就職先があるの!」
ハヤ「は?」
ナギ「綾崎ハヤテ君、
貴方を私の執事として雇おうと思うの♪」
ハヤ「………はあぁ?!!!」
ここに来てハヤテのポーカーフェイスは崩れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー アイキャッチしりとり
マリ「リックドム♪」
ハヤ「ムー大陸」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハヤ「おい、ちょっと待てどーいうこった。やっとこさ状況を把握できたと思ったらまた新たな クエスチョンが浮上してきたぞ」
ハヤテは眉をひそめて一気に捲し立てる。ナギは未だハヤテの手を握って微笑んだままだ。
ナギ「そんなに驚く様な事じゃないでしょ?」
ハヤ「いや驚くわ。驚くに決まってんだろ。突如現れた謎の美少女に謎の力授けられた上執事と して働くことになるって、それなんてラノベ?」
思わずハヤテが口走った例えはかなり的を得ていると言えよう。
ナギ「ん〜少し考えれば納得のいく処置だと思うけど…説明した方がいい?」
ハヤ「あたりめーだ」
ジト目で睨んでくるハヤテに対し、ナギは何が楽しいのかコロコロと笑う。先程までとはお互いの心の余裕が完全に逆転していた。
ナギ「えーっとね、先ず私達は貴方を此処に運んだ後、今後の対策を立てる為に色々と調べ ものをしたのよ。死神の力の譲渡に関する資料や……綾崎ハヤテ君、貴方の個人情報とか をね」
ナギは少し申し訳なさそうにそう告げるが、今度は少し怒った様な、悪いことをした子供を咎める様な表情になった。
ナギ「そしたら……君10年前に両親が他界して、それっきり独り暮らししてるんだってね。 おまけに年齢偽って肉体労働やら麻雀の代打ちやら……随分と危ない仕事して生活費 稼いでる」
ハヤ「…それが何だよ?まさか昨日今日会ったばかりの相手の素性勝手に調べた上、説教でも するつもりか?」
ナギ「ええ、そうよ。まぁ、きっと何か深い事情があったんでしょうから、昔の事をとやかく 言うつもりはないけど、こうして出逢ったのも何かの縁でしょ?これからは真っ当な仕事 をさせてあげるわ」
ハヤ「…それが、あんたの執事だってか?」
ハヤテは何時の間にかポーカーフェイスに戻っていた。
ナギ「うん、そうよ♪何せ私の専属執事だからね、心配しなくても住み込みで…」
ハヤ「断る」
ナギ「………え?」
一言。ハヤテは有無を言わせぬハッキリとした口調でそう一言だけ告げると、ナギの手を振り払ってベッドから起き上がり、部屋の出入口に向かって歩き出した。
ナギ「ちょ、ちょっと待って!」
ナギはそんなハヤテの背中に慌てて声を掛ける。
ナギ「そんな…何で?何か気に入らない事でもあったの?」
ハヤ「ああ、気に入らないね。気に入らない事だらけだ」
ハヤテは立ち止まり振り返ると、敵意すら滲ませた瞳でナギを睨んだ。
ハヤ「俺はガキの頃から手前(テメー)の事は全部手前でやって来たんだ。さっきも言ったが 昨日今日会ったばかりの赤の他人に説教も施しもして欲しくねーんだよ。
それに俺だって馬鹿じゃねー。この後の話の展開くらい読める」
ナギ「…話の、展開?」
ナギはすっかり萎縮した様子でハヤテの言葉をオウム返しする。
ハヤ「どうせ死神の力を失った自分の代わりに、鬼神と戦ってくれとか言うつもりなんだろ?」
ナギ「_____………え」
ハヤテが吐き捨てる様に言い放った言葉に、ナギは呆然とするしかなかった。
ハヤ「死神の力を失った上、取り戻す事も出来ねー以上、力を持ってる奴に戦って貰うしか ない。まあ自然な道理だわな。専属の執事にするだの、住み込みで働かせてやるだの、 執拗に俺を引き留めようとしたのは死神の仕事をさせる為だったんだろ?あわよくば 恩を着せて扱いやすくするつもりだったか?
冗談じゃねーよ、昨日俺が立ち向かえたのは襲われたのが俺自身だったからだ。見ず 知らずの他人のためにあんな化け物なんかと戦えるかっつーの。俺はそこまで出来た 人間じゃねーんだよ」
ナギ「……!ち、ちがっ…私そんなつもりじゃ!」
ハヤ「第一っ!!」
否定の言葉を紡ごうとしたナギをハヤテは大声で黙らせる。
ハヤ「……昨日言ったろ。
俺はあんたの事が嫌いだって」
ハヤテの決定的な拒絶の言葉を耳にしたナギは、最早一言も発することは出来なかった。
ハヤ「…四六時中あんたと顔を合わせなきゃならない住み込みの執事なんて死んでもごめんだ」
その言葉を最後にハヤテは今度こそ部屋を出て行ってしまった。ナギはその後を追うような事はせず俯いて立ち尽くし、マリアはそんなナギの様子を痛ましそうに見つめ続けた。
∵∵∵
午後1時 練馬区内
あの後三千院家の屋敷を出たハヤテは都内の道路をほっつき歩いていた。昨夜ナギにあげたコートを取り返さなかった為、上着は昨夜と同じTシャツ1枚の状態であった。まだ日中なので昨夜に比べればマシだが冬の屋外はやはり寒い。しかしハヤテは何故か住居であるアパートに帰る気にはなれなかった。
ハヤ(何だってんだよ畜生…)
2時間程前の出来事が心に痼(しこり)を残していた。嫌いだと、ハッキリと拒絶の意思を示した時のナギの表情が忘れられない。
ハヤ(__知らねーよ。知ったこっちゃねえ。全部あいつが勝手にやって勝手に失敗したこと じゃねーか。何で俺がその尻拭いをやらされなくちゃならない。他人のために命懸けろ ってのか?俺はスーパーヒーローじゃねえっつーの)
再度そうやって自分に言い聞かせたハヤテは今度こそ自宅に帰ろうと踵を返した。
その時、
ピキッ バキバキバキャッ!!
ハヤ「?!」
昨夜と同じ身の毛が弥立つ様な、妙にクリアな破砕音が辺りに響く。ハヤテが空を見上げるとそこには黒いひび割れが空に走っていた。そのひび割れは段々周りの空を割って大きくなっていき最終的に黒い穴と呼べるものになった。
そしてそこから、昨夜の奴とは似ても似つかない形態だが、ドクロを模した仮面を被り、胸に孔の空いた、まるで蜘蛛のように節のある多数の脚で体を支える、
______鬼神が現れた。
鬼『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』
鬼神の姿と叫び声を認識したハヤテは顔をしかめて舌打ちする。
ハヤ(ったく、何で昨日の今日でまた人外の化け物とエンカウントしなくちゃならねえんだよ。 そういうノルマでもあんのか死神の体には!)
だが鬼神はハヤテの方には来なかった。穴から飛び降りると明後日の方向に落下していってしまう。そして次の瞬間子供の悲鳴がハヤテの鼓膜に届いた。
ハヤ「!………っ!」
ハヤテはその悲鳴を聞いて数瞬悩むが、気が付いた時にはもう走り出していた。
常人離れした脚力を活かし、ハヤテはほんの5秒程で悲鳴が聞こえた場所に辿り着いた。そこは奇しくも昨夜ナギと出会った玉砕公園であった。公園内では先程見た蜘蛛型鬼神が子供の幽霊を追い回していた。昨夜の女の子の幽霊より僅かに背丈が大きい、小学校低学年程の男の子の幽霊だった。
ハヤテは咄嗟に走り出そうとしたが、さっきと逆で今度は足が動かなかった。
ハヤ(行って…どうするんだよ。__助けるのか?死神の力を使って?__あいつに、あんな事 言っておいて)
ダッ
ハヤ「?!」
ドギャッ!
鬼『ブヅアッ?!』
ドジャアアッ!
ハヤテが自分でもよく分からない瞬順をしていると、ハヤテが居る方とは逆の出入口から黒色と金色の混ざった物体が公園内に飛び込み、鬼神の横っ面に見事な飛び蹴りを炸裂させた。蹴りを喰らった鬼神は地面を滑って行く。ハヤテは鬼神に蹴りを喰らわせた物体の正体を知っていた。
ナギ「大丈夫?怪我してない?」
ナギである。ナギは膝立ちになって幽霊の子供に話し掛ける。幽霊の子供は震えていて、喋る事は出来そうにない様子だったがコクリコクリと二回頷いた。ナギは幽霊の子供にニッコリと笑いかけた。
ナギ「安心して。絶対に、絶対に護ってあげるから」
ナギはそう言って子供の頭を撫でると振り向いて鬼神に向き直った。ハヤテはそんなナギの行動を苛立ちながら見ていた。
ハヤ(何してんだあの馬鹿……!死神の力無くしたんじゃねーのかよ!)
一瞬今までの話は全て嘘だったのかという考えが過るが、それはないだろうと直ぐ思い直す。あのお人好しがこんな意味の無い嘘を付く理由がない。それにナギは今、昨夜使っていた『純白の日本刀』を出さず、素手で鬼神と相対している。やはり死神の力を失っているのは事実なのだろう。
ハヤ(馬鹿じゃねーのか…?つーかホント馬鹿だろ?!お人好しにも程があるぜ!戦う力も 持ってねー癖に他人の為に命懸けるなんざ…)
____今戦う力を持ってるのは俺だ。
ハヤ「っ!」
ゴッ!
ハヤテは自分の頭を殴り付けて一瞬過った考えを打ち消す。
ハヤ(ざっけんな…!ここで飛び出して行ったらもうマジで後戻り出来ねーぞ!あいつの思う壺 じゃねーか)
____本当にそうか?
ハヤ「_____」
そこでハヤテは不意に思い至った。あいつは自分の美貌(からだ)目当てで寄って来るような奴でさえ受け入れて尽くそうとする、お人好しを通り越して頭のネジが十本程外れた善人だ。そんな奴が恩を着せて相手を利用しようとするなんて、黒い打算で本当に行動するだろうか。
ハヤ(…だったら何だよ、今直ぐ駆け付けてあいつに「やっぱり死神として戦います。私を 執事として雇ってください」とでも言うつもりか?)
____あいつは命の恩人だ。
ハヤ(あいつが勝手にやった事だろ。あいつが勝手に力与えて勝手に力失ったんだ)
____勝手に飛び出して死にかけた間抜けはお前だろ。
____ああ、そうさ。
____本当は、そんなこと全部解ってた。ただ、ただ俺がビビってただけなんだ。鬼神と 戦う事に。あいつのそばに居る事に。
ハヤテは何時ものポーカーフェイスになると公園内に入っていった。
ドシュッ!
ナギ「っ!」
鬼神の脚の一つがナギの左肩を抉った。ナギは一瞬顔をしかめると傷口を抑えてバックステップで鬼神と距離を取る。
鬼『グゲゲゲ…つえーなお前。俺の事見えるみてーだし…喰わせてくれよ、ナアッ!!!』
そう奇声を発すると鬼神は大口を開けてナギに突進してきた。ナギは自分の後ろで震えている幽霊の子供をチラリと一瞥すると両腕を左右に広げて子供を庇い仁王立ちする。
ナギ(この子だけは…この子だけはっ!!)
ナギは微塵も怯みを見せない姿で鬼神を迎え撃った。
ガキィィン!!
ナギ「……え?」
だがその牙がナギに届く事はなかった。ナギと鬼神の間に割って入ったハヤテが『漆黒の日本刀』で鬼神の牙を受け止めていたからだ。奇しくもその光景は昨夜の状況と似通っていた。違うのはハヤテが一切傷を負っていない点である。
ハヤ「……っ!だ、から、オメェェはよおっ!!!!」
ブ ウオオアンッ!!!
鬼『ゴアッ?!』
ドッザアアン!
ハヤテは叫びながら日本刀をブン回し鬼神を吹っ飛ばすとナギの胸ぐらを掴んで再度怒鳴った。
ハヤ「自分を大事にしろっつたろーがっっっ!!!!!」
ナギ「…え、へ?」
ハヤ「見てらんねーんだよ!!昨日も今日も自分の事なんか何とも思ってねーよーな行動ばっか しやがって!!俺の元カノと同じ顔で危なっかしーことすんじゃねーよ!!!」
ダッ
ハヤテはそこまで一気に捲し立てて言い切ると鬼神に向かって突撃し、一刀両断にした。
ッッッザン!!!
鬼『ゴアアアアアア……』
鬼神が完全に塵になったのを確認したハヤテはナギに近寄り声を掛けた。
ハヤ「どーせお前これからも戦う力なんてねー癖に、他人様の為に体張り続けるんだろ?」
ハヤテの問い掛けにナギは俯いて答えない。
ハヤ「……しょーがねえから手伝ってやるよ、死神の仕事。サボらずちゃんとやってやるから 俺の衣食住の面倒ちゃんと見ろよコラ」
ナギ「……!うん!」
こうしてハヤテはナギの執事になった。
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Re: シロクロ ( No.4 ) |
- 日時: 2014/12/26 20:58
- 名前: ネームレス
- どもー。ネームレスです。
いやもうタイトルが見覚えがあるのなんの。思わず特攻しちゃいましたw 相変わらずのやさぐれハヤテでなぜか安心してしまったっす。そして有能ナギ。……あれ? 姫神さん? まさかその発想があったとは……。驚いたぜ。 さて、今後の執事と死神の兼任生活! 一切合切どんな風に盛り上がるのか、楽しみにしてます! ネームレスでした。完結期待してます。
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