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暗夜に吹き渡る風【完】
日時: 2013/08/12 09:53
名前: 高島屋秋帆

  第1話『突撃!』


――1945(昭和20)年8月12日 21時10分頃――

沖縄本島・中城(なかぐすく)湾沖を、4機編隊の単発機が本島方面に向かって飛んでいる。

「‥‥‥‥」

単発機――帝国海軍艦上攻撃機『天山』――4機編隊の1番機の操縦桿を、攻撃第250飛行隊所属の上等飛行兵曹、綾崎 颯(ハヤテ)が握っていた。

『天山』は3人乗り。操縦員+航法・偵察員+無線・機銃員だが、ハヤテと組む搭乗員は、機長の薫京ノ介大尉(偵察)と東宮康太郎上等飛行兵曹(通信)。

彼ら4機12名からなる攻撃隊は、この日の夕方、九州大隅半島の串良基地から発進し、沖縄本島付近の連合軍艦船に対する攻撃を行う任務を帯びていた。

編隊長を兼ねる薫京ノ介は東京帝大から学徒動員された予備学生士官。

東宮康太郎は、ハヤテとは“霞ヶ浦”以来の付き合いだ。

「綾崎、右7度に変針!」
『了解』

薫は操縦席への伝声管に向かって声を張り上げる。

振動と騒音が支配する機上で、搭乗員相互の意思疎通は伝声管による。
すぐに操縦席のハヤテから応答があり、同時に機体が軽く右にバンクした。

続いて

「東宮、電探は!?」
『何とか安定しています!‥‥湾内に大型艦船の反応あり!』

最後席で通信と後方銃手、そして電探――電波探信儀=レーダー――を預かる東宮に監視状況を質すと、すぐに回答が戻ってきた。

遅ればせながら日本軍も航空機用レーダーを開発し、『天山』の場合は1943年秋以降に製造された機体の3分の1に対して搭載されていたが、安定性に問題があり、レーダー波長も長く、取り扱いにも手を焼く厄介極まる代物だったが、この日は珍しくまともに動作した。

「敵夜戦は!?」
「確認できません」

敵夜戦――対空レーダー装備の夜間戦闘機は、陸軍のP61《ブラックウィドウ》や海軍のF6F-N《ナイトヘルキャット》が沖縄にも配備され、日没後から早暁にかけて来襲する日本軍機を次々と血祭りに挙げていた。

が、今宵は追跡されている様子はない。
P61の場合は、ぼうっとしたオレンジ色の光が近づき、消えたと思うと撃ってくるという情報があり、実際、さんざん狙われながらも帰還した機もあった。

「よし、高度30まで降下」

薫は僅かに表情を綻ばせると、海面近くまでの降下を命じた。

我々の目的は中城湾に停泊する敵艦船の横っ腹を食い破ることだ。敵夜戦の餌食では死ぬに死にきれん。
だが、ここまで来れば大丈夫だ。

『綾崎、突っ込め!東宮、“トツレ”だ!!』
「了解、行きます!」
『打電します!!』

薫が東宮に命じた“トツレ”は、突撃開始を友軍に知らせる電文だ。
東宮は電鍵を叩き始めた。
ハヤテも操縦桿を前に倒し、左側にあるスロットルレバーを前に押し出す。

三菱『火星25型』発動機の回転が上がり、速力も巡航の180ノットから200ノット、220ノットへと増しながら、4機は海面めがけて降下していく。

その時だ。前方で閃光が続けざまに煌めいたかと思うと、機体が衝撃に揺さぶられた。

近接信管付の高射砲弾がドカドカ炸裂する。

アメリカ軍の対空信管(VTヒューズ)は、電波を用いて目標に一番接近した時に炸裂するよう調整してあるため、非常に厄介だ。

これが敵の対空弾幕その1だ。高度が高いといい的でしかない。

しかし、高度を海面近くまで落とすことによって、被弾リスクは多少なりとも減らせる。
そう、多少なりとも、だ。
「くそ、全機ついて来てるか!?」
『ついて来てまーす!』

全機無事を東宮が伝えてきた。
が、本当の地獄はこれからだ。

今度は無数の火線がこちらに向かって放たれてきたのだ。
遠目で見れば、曳光弾の航跡がまるで飴細工に見えるだろう。

高射砲の弾幕をかい潜ってきた日本機に対しては、艦船搭載のボフォース40ミリとエリコン20ミリの対空機関砲群が立ち塞がった。

海面近くまで降下したハヤテ達4機の『天山』に夥しい数の機関砲弾が放たれる。

“ボヒュッ!”

1機が火を吹いたかと思うと、主翼を折られたのか急激に失速し、海面に叩きつけられる。

『3番機、殺られました!』

伝声管から東宮の悲痛な声が響いたが、操縦席のハヤテはもはや聞いていなかった。
ハヤテは全開にしたスロットルレバーを左足で押さえ付け、ガタガタ震える操縦桿を握り続ける。
方向舵を動かすフットバーは既に固定した。この先は真っ直ぐにしか飛べない。

高度は約10m、プロペラの後流で波しぶきが立つ。

周囲には対空機関砲弾が着弾してできる水柱が無数に立ち昇っているだろう。
こちらもそうだが、敵艦の艦長や機銃手達だって必死なはずだ。

愛機の胴体下には、1t超の逸物『九一式改七』を無理矢理吊るしてある。

本来は双発の高速爆撃機『銀河』や陸軍四式重爆等に搭載するものだが、双発機では沖縄本島に接近することすら困難な状況に追い込まれていたため、単発でも強馬力の『天山』や、急降下爆撃もこなせる『流星(改)』にも搭載するようになっていた。

重い分、離陸滑走距離が伸び、操縦も難しいのだが、命中すれば戦艦や正規空母をも戦線離脱には追い込める。

3機に減った『天山』はスコールのような対空砲火に一直線に飛び込んでいく。

‥‥‥数瞬の後、一本の太い水柱と、続けざまに爆炎が立ち昇った――。



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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.1 )
日時: 2013/08/12 22:38
名前: 高島屋秋帆

  第2話『派遣命令』


  ――6月26日、海軍香取飛行場――

兵員食堂に大音声が響く。

「綾崎兵曹と東宮兵曹はいるか!?」
「はっ!」(×2)

綾崎ハヤテと東宮康太郎は即座に立ち上がるや、声の主である分隊士に駆け寄った。

「隊長がお呼びだ。すぐに出頭しろ」
「わかりました!」

2人の顔に緊張が走る。

ハヤテと東宮は予科練の同期で、惨敗に終わった初陣以来、同じ『天山』に乗り組み、どうにか生き延びてきた。

「また串良派遣かな?」
「さあな、上の考える事はわからんよ」

串良基地は鹿児島県大隅半島にあり、九州から沖縄を管轄する第五航空艦隊――陸上部隊だが――がある鹿屋の分基地で、攻撃機の一部と練習部隊、海上護衛部隊が本拠を置いている。

ハヤテらが籍を置く第250飛行隊も、沖縄攻防戦期間中は串良に一部が派遣されてアメリカ艦船や施設に対する夜間攻撃を行ったが、ハヤテと東宮も出撃。アメリカ軍戦闘機や無数の対空火器からなる分厚い警戒網を突破してきた。

当然無事では済まず、機体を穴だらけにされて奄美大島の古仁屋に不時着水を余儀なくされたりしたが――。


  ――隊長室――

「綾崎兵曹、東宮兵曹、参りました!」
『入れ』

入室するや、2人は部屋の主である第250飛行隊長・樋田正之大尉に黙礼する。

「もう一度、串良に行ってほしい」

開口一番、樋田はそう切り出した。

「お前達も知ってのとおり、沖縄は敵の手に陥ち、次は本土決戦ということになる」

樋田は背中を向けながら言葉を継いだ。

「沖縄からも本土上陸作戦を支援するための艦船や敵兵が派遣されよう。それを少しでも削ぐことが目的だ‥‥だが」

樋田は向き直り、語気を強めた。

「我が隊の戦法はあくまで通常の雷・爆撃だ。特攻ではない‥‥派遣された搭乗員と機体を勝手に特攻隊に組み込まないと言質もとった」

攻撃第250飛行隊は第130航空隊に所属しているが、この航空隊は特攻ではなく通常の攻撃を反復して行う事で敵に出血を強いる事を方針としている。
これは部隊No.2である三田村 孝少佐の強い意向と、樋田自身の考えが同じからだ。

無論、彼らの考えは物議を醸したが、三田村は練習機までも特攻に使えという幹部達に、怒り混じりの啖呵を切った。

『貴方がたが操縦する赤トンボ(中等練習機)や白菊(機上作業練習機)を、私が零戦1機で全て撃墜してみせましょう!』

軽快な零戦や陸軍の『隼』『疾風』ですら沖縄に到着できずに次々と撃墜されている有り様なのに、低速の練習機に無理矢理爆弾を付けて沖縄に向かわせるなど正気の沙汰ではない。
あんたらに俺の部下の命は預けられない――。

この一言が効いたか、串良派遣中に特攻隊にされた一部を除いて、130空(130航空隊)の機や搭乗員は特攻隊に指名されることはなかった。

「偵察と機長は引き続き薫に任せることにした」

(薫大尉か‥‥)

薫京ノ介は前年秋からトリオを組んで訓練と実戦を経験した。意思の疎通に問題はない。

「発進は明日の1700だ。明日0900までの外出許可を与える」
「はっ!」(×2)

命令を受けたハヤテ達は樋田と敬礼を交わして退出した。

ハヤテと東宮は食堂に戻った。

「――俺は母の実家に顔を出すつもりだが、お前はどうするんだ?」

東宮の母の実家は佐倉にあるという。空襲警報がなければ総武本線の汽車で2時間弱だ。

「――特にないさ。こっちは気にしないで、元気な顔を見せてこいよ」
「わかった。済まんな」

ハヤテに肉親と呼べる者はいない。
歳の離れた兄は6年前に出征し、大陸で戦闘中に行方不明になり、遺骨もないまま戦死とされた。

一方両親は、どう贔屓目に見ても人間の屑としか言いようがない人間で、兄の遺族年金をも遊興費に使った挙げ句、金の貸し借りでトラブルを起こし、4年前に揃って刺殺された。

ハヤテにすれば、行き場を失っていた自分を拾ってくれたばかりか、居場所と書生兼執事見習にしてくれた三千院ナギ(薙)と彼女の専属メイドであるマリア(真理亜)の方が家族に近い存在だった。

(お嬢様‥‥)

口に出しそうになったが、強く首を振って打ち消す。

そんな資格など、とうに失っている。
今は任務の事だけ考えよう‥‥。

「綾崎兵曹はおられますか?」

兵舎に戻ろうと立ち上がりかけた時、基地で下働きをしている初老の軍属の男がハヤテを呼び止めた。

「はい、何でしょう?」

何事かと思い、軍属の元に歩みよると、彼は来客があることを告げた。

「私に、ですか?」
「はい。桂様とおっしゃるお嬢様ですが‥‥」

――――え??
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.2 )
日時: 2013/08/13 23:20
名前: 高島屋秋帆


第2作はこのような作風になりました。

メインキャラクターの性格はさほど変わりませんが、年齢や立場は大きく異なっております。


@綾崎ハヤテ=海軍攻撃機操縦員(上等飛行兵曹)、20歳

A東宮康太郎=同上(通信・レーダー)、20歳

B薫京ノ介=同上(大尉、偵察)、24歳

C桂ヒナギク=国民学校(小学校)代用教員、19歳

D三千院ナギ=白皇学院中等部(現在の高等部)生徒、16歳

Eマリア=三千院家ハウスメイド、21歳

なお、原作キャラクターの相当数が、本作では既に空襲などで過去帳入りしております。

また、今話題(?)のゼロ戦は出てきません。

では、しばらくお付き合いいただけると嬉しいです。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.3 )
日時: 2013/08/16 06:22
名前: 高島屋秋帆


   第3話『菊花の涙@』


――6月27日夕方、海軍香取航空基地、掩体壕前――


暖気運転の轟音が幾重にも重なって梅雨時の空気を震わせる。

「――敬礼っ!」

樋田隊長の訓示を受けた12名の中央に立つ薫京ノ介の号令に従い、ハヤテ達11名の串良派遣搭乗員達は挙手の礼をとり、壇上の樋田も答礼した。

直後、ハヤテ達は踵を返し、それぞれの搭乗機に走っていく。

機付整備員達の手でウォーミングアップ中の『天山』に3人ずつ乗り込み、最終チェックにかかる。

ハヤテ・薫・東宮が乗り込んだ1番機には、他の3機にはない物がついていた。

右側主翼前縁に突き出た櫛形と後部胴体両側に並行して取り付けられた針金形の物体だが、いずれも編隊長機に装備される電波探信儀(レーダー)の空中線(アンテナ)である。

やがて、轟音がひときわ大きくなった。
同時に機体の周りから人員が遠ざかり、後は車輪止めを外すために各機2人を残すだけだ。

旗が振られ、車輪止めがはずされた。

ハヤテはフットバーのブレーキペダルから足を離し、機を前進させるとともに、隊長・整備長以下見送りの者達に向けて敬礼。後席の薫と東宮も倣う。

機を滑走路に向けたハヤテは、基地のすぐ外にある畦道に立つ人物に気付き、チラと視線を向けた。
表情まではよくわからないが、その容姿をハヤテが見間違うわけはなかった。

(ヒナギクさん‥‥)

桂 ヒナギク(雛菊)

かつて白皇学院の女子生徒会長を務めた秀才で、卒業後は師範学校に進んだ。

ヒナギクは非常に利発で勝ち気な性格だが、誰に対しても分け隔てなく接し、友人が少ないハヤテにも好意的に接してくれた数少ない学友の1人だ。

しかし、昨日、久し振りに会った彼女の瞳に往時の活力はなく、今にも溢れんばかりの哀しみの色を湛えていた。

(随分涙脆くなったな、ヒナギクさん。‥‥いや、泣かせた犯人が思う事ではなかったか――)


   ――前日――

用務員の軍属から、ヒナギクが基地近くにある団子屋にいると聞いたハヤテは急ぎ足で向かう。

団子屋は基地指定の面会所を兼ねており、奥の小上がりを襖で仕切ってあり、ハヤテが来意を告げると、すぐ通された。

「‥‥お久し振りです、ヒナギクさん」
「ええ、お元気そうね、ハヤテ君‥‥」

ヒナギクと直接顔を合わせたのは、予科練入りするハヤテが白皇学院を中退してから約2年半ぶりだ。

「ずいぶん男らしい顔になったわね」
「‥‥泣いていいですよね?ヒナギクさん」

これだけなら、白皇時代に何度となく交わした会話と変わらないが――。

「同期生達が次々と散っていくのを横目で見ているうちにこうなりました」
「‥‥‥っ」

同期が次々と散華するなか、ハヤテは通常攻撃の部隊に転属したため、特攻隊員になることはなかった。

「それはそうと、今日はどうしてここまでいらしたのですか?」

執事だった頃と変わらぬ口調でハヤテは訊ねる。

空襲で焼け出された桂家一同は、佐原の近くに疎開したと仄聞したのだ。

「旭の国民学校に赴任したの。代用教員で‥‥」
「‥‥そうでしたか」

香取基地はしばしばアメリカ軍の攻撃を受けており、近隣住民や近くを走る総武本線の汽車が機銃掃射の目標になることもあった。

そして半月前、隣接する旭町にある国民学校もアメリカ軍戦闘機に襲われ、教員や児童に死傷者が出た。

ヒナギクは犠牲になった教師の後任で来たということか。

「‥‥マリアさんからの手紙に、ハヤテ君の部隊が隣町にあるとあったのを思い出したの」
「‥‥‥っ」

マリアの名を聞いた途端、ハヤテの顔が微かに歪む。

それはほんの僅かな変化。
普通は見逃してしまう程度にしか見えないが、それなりの期間を共に過ごしたヒナギクの目は誤魔化せなかった――。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.4 )
日時: 2013/08/17 15:22
名前: 高島屋秋帆

内容を修正し、再投稿しました。

第4話『菊花の涙A』

「練馬のお屋敷は5月の大空襲で焼けちゃったけど、周囲の森はほとんど残ったわ。‥‥即座にナギが敷地を開放して、焼け出された人達を受け入れたの。今は倉臼さん逹が取り仕切ってるわ」
「‥‥流石はお嬢様です」

ハヤテは口許を綻ばせる。

甘えん坊でわがままなナギお嬢様だが、幼くして身分と人間性とは無関係であると理解しているため、困っている者を見過ごす事ができない性質だ。それは間違いなく美点と言えよう。

「鷺ノ宮さんや愛沢さんご一家は、お屋敷は焼けてしまったけど大丈夫だったわ。でも‥‥」

白皇学院の仲間逹には苛酷な運命が降りかかっていた。


瀬川 泉
本人と両親、使用人は無事だったが、本邸と川崎にある電器工場が全焼し、多数の従業員が死傷。


朝風 理沙
5月の空襲で自宅神社が全焼。


花菱 美希
5月の空襲で自宅が全焼。

春風 千桜
母親・祖母とともに福島県白河に疎開中。
父親はフィリピンから帰国する途中、バシー海峡で乗船がアメリカ潜水艦に撃沈され、行方不明。

「‥‥‥‥」

ハヤテの表情が曇ったが、ヒナギクからの情報は追い討ちになった。


白皇学院理事長・天王洲アテネ
避難・疎開を拒否。
初等部児童の疎開先確保に奔走していたが、5月25日の空襲で校舎の崩壊に巻き込まれて両足を複雑骨折。


霞 愛歌
1944年12月、軽井沢で療養中、容態が急変し夭逝。


瀬川 虎鉄
陸軍航空兵になり、第246戦隊で帝都防空任務についていたが、5月下旬、B29に体当たりし戦死。

ヒナギクはここでお茶を口にしたが、俯くと肩を震わせ始めた。

「それと‥‥歩、が‥‥」
ハヤテの背中にひんやりした感覚が走った。

「――西沢さんが、どうしたんですか?」

西沢 歩は、ハヤテとは尋常小学校時代の同級生で、その後は高等小学校に進んだが、ハヤテと再会し、その縁でヒナギクやナギ逹とも知己を得た。

ナギやヒナギク逹は権威主義とは縁遠かったため、歩とも対等の友人関係を築いていたのだが――。

「川崎で、ご両親も一緒に‥‥B29と一緒に来た敵戦闘機に撃たれたの!‥‥無事だったのは一樹君(弟)だけだったって‥‥」
「‥‥っ!」

言い終えたヒナギクは啜り泣き、ハヤテは拳にした両手をわなわなと震わせた。
しばらくして深呼吸したハヤテは顔を上げ、ただ一人生き延びた一樹の消息を尋ねると、ヒナギクは、福島県只見にいる父方の祖母に引き取られたと答えた。

その後、しばらく知人の消息や近況等を話していたヒナギクだったが、傍らの鞄から封筒を取り出し、ハヤテに手渡す。

「‥‥ナギもマリアさんも、ずっとハヤテ君の帰りを待っているわ」

宛名はなかったが、誰からの手紙かは言わずもがな。
しかし、ハヤテの顔には悔恨と自嘲が浮かんでいる。

「僕は‥‥お嬢様を守ると言いながら、守り切れなかった無能者ですよ、ヒナギクさん」
「違うわ!ハヤテ君のせいじゃない。ナギもマリアさんもそう思っているのよ!?」

ヒナギクに言わせれば、いかなハヤテでも素手で爆撃機を撃墜するのは不可能。
責められるべきは、肝心の帝都防空をおざなりにしていた軍部であり、その結果が、ナギを傷つけた3年前のアメリカ軍爆撃機による帝都初空襲だ。

彼らは、真珠湾を衝いた日本艦隊の手法を応用し、日本近海まで空母を接近させ、陸軍の中型爆撃機を発進させたのだ。

あの空襲での損害は少なかったが、白皇学院上空に来た敵機の機銃掃射で、初等部と中等部の生徒6人を殺傷した。

そして、中等部1年生だった三千院ナギは左腕を失い、左脚も思うように動かなくなった。

当時ハヤテやヒナギクは中等部4年生だったから教室も離れており、いかにハヤテの駿足でもナギを守る事は叶わなかった。

だが、三千院家当主でナギの祖父である帝は、ナギ付き執事だったハヤテに、即時解雇か軍への志願のいずれかを迫った。

この時、ナギは未だ重態だったため、ハヤテを弁護できなかった。

執事長の倉臼やマリアはもとより、親戚筋の愛沢家もハヤテを弁護し、帝に異議を唱えたが、当のハヤテが予科練入りを決めた事もあり、決定は覆らなかった。
ナギが回復した時、ハヤテは既に土浦の予科練入りした後で、当然ながらナギは帝と激突。
数年前からギクシャクしていた祖父と直系の孫娘は冷戦状態になってしまった。

親族の1人、愛沢咲夜は、

『おっちゃんは、ゆっきゅん(帝の長女でナギの母・紫子)に先立たれてから、何考えてんのかわからんくなってん‥‥』

と慨嘆したという。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.5 )
日時: 2013/08/19 22:52
名前: 高島屋秋帆

  第5話『菊花の涙B』

「‥‥そろそろ汽車の時間だから、行くわね」
「駅まで送ります。いつ空襲があるかわかりませんしね」
「ありがとう‥‥」

ハヤテは最寄り駅までの見送り(ヒナギク視点=エスコート)を申し出た。

香取基地は、硫黄島攻防戦では特攻隊を送り出し、沖縄攻防戦では攻撃部隊の後方拠点だったため、アメリカ軍にとっても軽視できない攻撃目標なのだ。

硫黄島が陥ち、飛行場が整備されると、P51D《マスタング》戦闘機が配備され、マリアナから来るB29の護衛として来襲し、日本軍の迎撃機がいない時は幼児から機関車まで、地上のあらゆる動く物に機銃掃射を浴びせていた。

アメリカ軍戦闘機の標準的な機銃は直径12.7mmの『ブローニングM2』で、その後も世紀を跨いで使われ続ける重機関銃だ。

その貫通力は対戦車ライフルに匹敵し、厚さ2cm近い鋼板をも撃ち抜くので、人に当たれば軽くて重傷、大抵は助からない。

ナギ達が傷ついた3年前の前例もある。ハヤテはそれを心配したのだ。

「次に来る時は、何か作ってくるわね」

席を立つ時、ヒナギクは努めて明るく言う。
そんな彼女にどう返事すべきか、ハヤテはしばし迷った。

不安にさせないために『お願いします』と言うのが一番手っ取り早いのだろうが、桂ヒナギクは恐ろしいまでに勘が鋭く、隠し事が効かない。

今日も、ひょっとしたらもう勘づいているかも知れない。
いずれわかる事なら、今の内に言ってしまうか――。

「‥‥明日、九州の基地に移動します」
「――――え?」

ハヤテを見るヒナギクの顔が強張った。

九州は沖縄方面への特攻隊基地が多い。

(あなたも特攻に往ってしまうの――?)
「――僕達の役目は命ある限り戦い、1隻でも多くの敵艦船を沈めるですから‥‥」

特攻隊ではないと言外に伝えることで、ハヤテは悲嘆の淵に落ちかけるヒナギクを引き留めようとした。

しかし、現実的にはこの時期、アメリカ軍の警戒態勢は厳しく、大半の日本機は沖縄本島に近づくことなく海の藻屑と化していた。

ハヤテら夜間雷撃隊は、電波高度計を用いて海抜5〜15mから魚雷を投下する超低空雷撃で着実に戦果を挙げていたし、三田村少佐率いる《扶桑隊》は地上施設に対する夜間攻撃で健闘していたが、熾烈な対空砲火と上空直衛の戦闘機に撃墜される機もあり、全機未帰還になった隊も一つや二つではない。

通常攻撃隊も、内情は特攻隊と大差ないのだ。

「‥‥‥‥」

ヒナギクは俯いたまま、前で組んだ手を微かに震わせている。

「‥‥‥ヒナギクさん?」

どうしたのかと声をかけた刹那。

(―――っ!)

ヒナギクはハヤテの胸に飛び込んでいた。

「え?‥‥あ‥‥、ヒナギクさん!??」

ヒナギクに抱きつかれたのは、夜の白皇学院にナギの忘れ物を取りに行った時以来だが、彼女は怪談やお化けの類いが大の苦手だからで、その時は怒りと羞恥がない交ぜになった闘気を発散していた。

しかし、今の彼女からは闘気が感じられない。

「ヒナギクさん、体調が悪いんですか?」
「‥‥ばか、鈍感‥‥」
「え??」

ヒナギクは、ハヤテの相も変わらぬ唐変木ぶりへの苛立ちと、あの頃から彼の内面が些かも変わっていない事に対する安心感を交えて小さく呟いた。

マリアナ・台湾・沖縄と、地獄のような南海の海空戦をくぐり抜け、中堅搭乗員扱いされるハヤテだが、色恋沙汰はからっきしだった。

軍人らしからぬ顔立ちと柔らかな物腰で、地元では幼女からお婆さんまでモテモテなのだが、当のハヤテにその自覚は皆無だった。
ゆえに、自分に対する桂ヒナギクの真意にも気付いていなかったから、何故彼女がこのような挙に出たかもわからない。

三千院ナギはしょっちゅうハヤテに抱き着いてきたが、ハヤテはナギに対しては妹に近い気持ちを抱いていたため、兄妹なら当然だろうと考え、別段恥ずかしいとも思わなかったが、才色兼備・武芸百般で凛としていたヒナギクがこのような行動をした事には戸惑うしかなかった。

「‥‥還ってきて、お願い‥‥」
「‥‥ヒナギクさん‥‥」

ヒナギクの身体の震えがハヤテにも伝わってくる。

「死なないで‥‥死んじゃ嫌‥‥!」
「ヒナギクさん‥‥」
「武勲なんかなくてもいい‥‥!生きて帰って来て‥‥!」

ヒナギクはそれ以上言えず、ハヤテの胸に顔を埋めて啜り泣くだけだった――。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.6 )
日時: 2013/08/20 16:17
名前: ささ

初めまして、ささです。
大東亜戦争末期、広島原爆の前という時代設定において、
上手くハヤテのごとくの世界を組み入れていますね。
このあと、ハヤテの役割として、敵の本土上陸を遅らせることや沖縄奪還に関することのように思えます。
これからも楽しみにしています。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.7 )
日時: 2013/08/20 18:53
名前: 高島屋秋帆

>>ささ様
ご笑読ありがとうございます。

我ながら、こじつけまくった感があるストーリーです。

大本営にとっての沖縄や硫黄島と同様、ハヤテ達もまた本土決戦に備え、少しでも連合国軍に圧迫を加えるための『捨て石』に過ぎません。

勿論、捨て石には捨て石なりの意地がありますし、ハヤテ達は8月12日までは生き延びているのですが‥‥。

ともかく、もうしばらく続きますので、よろしくお願いいたします。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.8 )
日時: 2013/08/21 09:31
名前: 高島屋秋帆

   第6話『前線基地』


 ――1945(昭和20)年6月末日――

串良航空基地は、前年に航空整備兵の養成部隊の本拠として開設されたが、沖縄攻防戦の開始に伴い、雷撃隊を主力とした実戦部隊が配属され、連日沖縄方面に通常攻撃隊や特攻隊が出撃していった。

ハヤテ達は4月に実施された菊水作戦に合わせて派遣され、2度出撃したが、6月23日に沖縄が事実上陥落すると、本土決戦に備えるため、散発的に攻撃隊や特攻隊が出撃するだけだった。

「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」

ハヤテ達の目の前に並んで整備を受けているのは、『天山』の前の主力艦上攻撃機だった『九七(キュウナナ)式艦上攻撃機』と、最近採用された練習機『白菊』だ。

九七艦攻は『天山』と入れ替わりに第一線を退いて訓練機等に用いられ、ハヤテ達も実用機課程でお世話になった機体だ。

性能自体は旧式化しているが、操縦しやすく安定性も良好であるため、レーダーを取り付けて対潜哨戒や海上監視任務についている機体もある。

「一号まで出すのか‥‥」

東宮がぼそっと呟く。

“一号(九七式一号艦上攻撃機)”は、九七艦攻の前期生産型で、搭載したエンジンの関係で頭でっかちなシルエットが特徴的だが、支那事変(日中戦争)当時の機体ゆえ、この頃には老朽化が進み、整備に手を焼くようになっていた。

「解体の手間をケチッて特攻に使うんじゃあるまいな‥‥?」
「‥‥それ以上は言うな。壁に何とかだぞ」

毒づきそうになった東宮を薫がたしなめる。

ポンコツ一歩手前の九七一号艦攻の隣には、真珠湾の立役者だった“三号”こと九七式三号艦攻がいた。

こちらは零戦と同じくコンパクトな『栄』エンジンに換装したため、機首周りがスマートになっている。

こちらも第一線からは退いたが、一号よりは新しいため、対潜哨戒や訓練等でまだ現役にあり、特攻機として出撃していく機体もあった。

とはいえ、

(九七式じゃ、戦果どころか、沖縄に辿り着くのも覚束ないな‥‥)

『天山』や、より優速の機種ですら攻撃態勢に入るのが困難なのに、旧式低速の九七艦攻と経験が浅い搭乗員では、みすみす撃墜されに行くようなものだ。

(ましてや“あれ”じゃ、何をか言わんやだな‥‥)

ハヤテ達は暗い面持ちで『白菊』を見やった。

機上作業練習機『白菊』は比較的汎用性に富んでおり、訓練任務だけでなく、軽輸送や連絡任務にも使われていた。

だが、攻撃任務となれば話は別だ。
安定性が良くても鈍重低速な機体では、熟練搭乗員ですら沖縄に辿り着く前に撃墜されてしまうだろう。

にも関わらず、沖縄陥落前後からこの機体も特攻に使われているのだ。

(三田村飛行長には見せられないな‥‥)

ハヤテ達の原所属部隊である130空飛行長の三田村少佐は、練習機を攻撃任務に使う事自体に反対していたし、そもそも特攻そのものに異を唱えていた。

彼がこれを目にしたら激怒するのは目に見えている。

(お嬢様が見たら、何と仰るかな‥‥)

三千院ナギは幼少の一時期をアメリカで送った。
あの国の事なら自分なんかより遥かに知っているし、

『アメリカと戦争になったら、間違いなく日本は負ける』

等と口にしていたため、特高からも睨まれているようだ。

ハヤテは、沖縄に向けて飛び立っていく『白菊』編隊を見上げる。

無理に250kg爆弾を吊り、速成の搭乗員が駆る木金混成の機体は頼りなげに上昇していく。

(‥‥一体、何のため、誰のための特攻なんだ!?)

彼らの仲間にはもはや翼もなく、特攻艇『震洋』や特殊潜水艇『回天』乗り組みを命じられた者もいる。

見上げるハヤテの胸中には北風が吹き荒れていた‥‥。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.9 )
日時: 2013/08/22 09:10
名前: 高島屋秋帆


  第7話『巨星、潰える』

――7月14日・0800、串良基地――

「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」

綾崎ハヤテと東宮康太郎は下士官兵舎食堂で黙々と朝食を掻き込んでいる。

前日の夕方、ハヤテら250飛行隊派遣組4機12人は沖縄への夜間雷撃のため出撃した。

スコールのような対空砲火を衝き、敵の大型輸送船らしき目標に向けて魚雷を投下した。

離脱する時、2本の太い水柱と爆発炎が立ち上るのを確認したまではよかったが、4機はバラバラになってしまった。

ハヤテ・薫・東宮の1番機はレーダーアンテナを吹き飛ばされ、ところどころに被弾痕を残しながらも、この日の未明、串良基地に帰還し、敵艦船2隻撃破を報告したが、僚機は4番機が奄美大島の名瀬に着陸したとの報告があったのみで、2・3番機は未帰還と判定。
ハヤテら派遣隊は早くも半数を失ってしまったのだが、彼らが押し黙ってしまったのはそれだけではない。

ハヤテ達夜間雷撃隊が出撃する数時間前、串良からは九七艦攻1機と『白菊』4機が相次いで特攻出撃しており、日没前後に敵艦船に突入する予定だったが、彼らは音信不通になってしまった。

そしてその理由は、後から来たハヤテ達が目の当たりにした。

低空で敵艦船群に向かうハヤテ達は、海面に幾つも漂う十字架のような物体を見たが、それが『白菊』の尾部であることをすぐ理解した。

やはり、彼らは敵戦闘機に捕捉され、七面鳥の如く撃墜されたのだ。

『白菊』で出撃していったのはハヤテや薫達の後輩達。まだ17・8の少年もいた。

鈍重低速の機体で出撃させ、敵戦闘機に撃墜スコアを稼がせるだけの結果に終わった。

大本営は美辞麗句で彼らの死を称賛するが、客観的には無駄死にさせただけだ。

「結局、俺達予科練出や学徒動員組は消耗品なのさ」
(その消耗品も無限じゃない。底をついたら、お偉方はどうするつもりなんだか‥‥)

東宮の自嘲めいた呟きを受け、ハヤテも虚無的な気分になった。


――同日午後、北海道上磯郡狐越沖――

渡島半島南部沖を、一隻の船が船体の各所から煙を噴き、よろめきながら航行していた。

船の上空には星のマークをつけた小型機が虻のようにまとわりついては次々と爆弾を投下し、主翼下のロケット弾を放った。

また一発爆弾が炸裂し、船からは爆発の火炎とともに、船体や人体の一部が飛散していく。

――青函連絡船『津軽丸』はこの日の早朝、乗客と貨車、郵便車を載せて青森から函館に向かったが、ほどなく空襲警報が発令したため、待避地である三厩に向かい、空襲をやり過ごそうとした。

午後、三厩から渡島半島沿いに函館に向かったが、渡島半島沖合で敵機に捕捉され、熾烈な銃爆撃にさらされた。

迎撃に飛び立つ友軍機は最初からなく、連絡船の貧弱な対空兵装では端から抗し切れるわけがない。

『津軽丸』が襲われた頃、青森・函館両港や陸奥湾・函館湾はアメリカ軍機の一方的な狩り場と化しており、青函連絡船の大半が潰えていた。


  ――『津軽丸』上部遊歩甲板――

とうに船脚は止まり、直撃弾や機銃掃射で死屍累々と化したプロムナードデッキに、独りの老人が蹲っている。

腹部からは夥しく出血しており、歩く力はとうに失われたようだ。

「ふ‥‥三千院 帝、北の海峡に死す、か‥‥」

三千院家の総帥たる帝は、危険を押して釜石にある製鉄所の現地視察に赴き、次いで室蘭の製鉄所に向かったのだが、汽車が遅れたため、乗船予定だった『松前丸』に乗れず、1便後の『津軽丸』に乗ったのだが――。

(乗り遅れた時点で、ワシらの命運は尽きておったか‥‥)

くくく、と帝は力なく笑う。
同行していた者達は、先ほどの直撃弾で全員殺られてしまった。

帝達が乗るはずだった『松前丸』も函館港外で大破炎上しているのだが、襲われる前に乗客を全員函館で下ろしていた。

予定どおり『松前丸』に乗っていれば、帝は間違いなく函館に着いていたのだが、死を前にした彼の顔には、それを悔しがる色はなかった。

「お客様、お客様!!」

目の前に男の脚が見えたので、ゆっくり見上げると、白い上衣を煤と血で汚した若い給仕だ。

1・2等担当給仕なら、三千院 帝の顔と名を知らないはずはない。
恐らくは3等担当なのだろう。

帝は彼の機先を制した。

「見てのとおりだ、ワシはもう助からん」

若い給仕はその意味を理解し、黙りこむ。
帝はニヤリと笑うと、懐から油紙の薄い包みを差し出した。

「お前さんにこれを預ける。生きて函館に着けたのなら、我が不肖の孫に届けてくれぬか?」


――約10分後、『津軽丸』は船首から沈んでいったが、海上を漂う者にも機銃掃射は容赦なく加えられた――。

この日と翌15日の空爆で、青函連絡船は第7青函丸・第8青函丸の2隻を残して全滅し、陣容が回復したのは3年余り後だ。

また、生存者の中に三千院 帝の名はなく、およそ半月後、帝からの手紙が孫娘の元に届けられた。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.10 )
日時: 2013/08/23 19:41
名前: 高島屋秋帆


  第8話『追い詰められて』

   ――8月10日――

串良基地全体が重苦しい緊張に包まれている。

8月に入り、大日本帝国はいよいよ追い詰められた。

8月6日、広島にウラニウム爆弾“リトルボーイ”が投下され、広島市中心部が壊滅。

8月8日、鈴木貫太郎内閣はポツダム宣言を黙殺。
同日、ソ連軍が対日参戦し、北満及び千島列島への火事場泥的侵攻を開始。

8月9日、長崎にプルトニウム爆弾“ファットマン”を投下され、長崎市中心部が壊滅した。

一方、B29や艦載機による空爆と機銃掃射は相変わらず続き、地方の町が被害に遭うケースが増えていた。
軍港呉・舞鶴・横須賀も空襲にさらされ、残存していた戦艦などの大型艦は大半が大破着底していた。

大本営は本土決戦近しと判断して戦力を温存する方針をとったが、連合国軍への牽制をやめるわけにもいかず、小規模な攻撃は続けられた。

「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」

綾崎ハヤテと東宮康太郎は押し黙って雑穀入り飯を掻き込んでいる。

2人と薫は明後日12日に沖縄への夜間雷撃任務を言い渡されたのだ。

総勢は250飛行隊派遣組4機12人だが、6月派遣組は7月の攻撃で半減。7月終わりに2機6人が増派されてきた。

「結果はどうあれ、これが本土決戦前最後の出撃になるんだろうな‥‥」
「‥‥‥‥」

昼飯のたくあんをかじりながら東宮がボソリと呟いた。
ハヤテは口に出して答えなかったが、思いは同じだった。

もっとも、ハヤテはナギやマリアからアメリカの事も聞いていたこともあり、軍部が叫ぶ“一億玉砕”には

“日本人は世界一愚かな民族と笑い者になるだけだ”

と、冷淡な思いしか抱いていなかった。
このあたりは三千院ナギの影響だろうか?


屋外からは余り聞いたことがないエンジンの爆音が聞こえてくる。
『天山』の火星エンジンや九七式三号艦攻の栄エンジンなら飽きるほど聞いている。

窓から見ると、頭でっかちの九七式一号艦攻が試運転をしていた。
傍らに500kg爆弾があるから、間もなく沖縄に特攻出撃する機体なのだろう。

特攻隊といえば、日本近海を行き来し、各地を空襲しているハルゼー機動艦隊に対する特攻攻撃も行われ、新型艦攻『流星改』も投入されているのだが、少数機では戦果は望めまい。

(‥‥今は任務を完遂し、帰還する事だけを考えるんだ)

ハヤテはどこまでも現実主義な青年だった。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.11 )
日時: 2013/08/25 07:07
名前: 高島屋秋帆


    第9話『新当主』
   ――8月12日夕方・串良基地――

“ドドドドドド‥‥!!”

滑走路で、ハヤテ達が搭乗する『天山』1番機がエンジンの回転を上げていた。

2番機以降の機体もエンジンを回しながら待機している。

各機の胴体下には“九一式航空魚雷”が1本ずつ吊り下げられているが、1本ずつに『神州不滅』『一撃轟沈』等と威勢のいい文字が描かれていたが、1番機の魚雷には『Love&peace!』と描き込まれていた。

整備長がハヤテの耳元で怒鳴る。

「魚雷は『銀河』用の奴を吊った!格段に重いから、離陸速度に気をつけろ!!」
「はい!」

そのために離陸滑走距離を多めにとり、帰路は奄美大島経由としているのだ。

「それと‥‥死に急ぐんじゃねぇぞ。命は最後まで大事にしろ!」
「ありがとうございます!」

檄を飛ばした整備長が離れていく。
ハヤテはゴーグルを付けると表情を引き締めた。


  ――串良上空――

『全機上がってきたか!?』『はい、全機離陸成功ですっ!』

伝声管から薫と東宮の声が聞こえる。

ハヤテら4機12名のゲリラ雷撃隊は、夕闇の東支那海を一路南西に飛び去っていった。


  ――徳之島上空――

敵夜間戦闘機の行動圏に入るのに備え、搭乗員は夕食をとる。

(果たして、朝飯を食べる機会があるかな‥‥?)

米に麦・粟・稗・高粱が混じった海苔巻きを三〇矢サイダーで流し込みながら、ハヤテは独語する。

最悪に近い食糧事情の中、航空機搭乗員の食事はまだ米が使われていたが、雑穀が占める割合は日に日に増えていった。
とはいえ、それでも大半の国民よりはだいぶマシなのだが――。

与論島に近づいた。
間もなく敵のレーダー網にひっかかる。

最後席の東宮は風防を開き、格納してあった13mm旋回機銃を引き出して弾倉を取り付けた。

ほどなく、編隊は東に機首を向けながら高度を下げていった。


  ――練馬・三千院本邸跡――
5月25日の“山の手空襲”と同時に爆撃され、屋敷の大半が破壊された三千院本邸だが、ナギとマリアは焼け残った離れに移り住んでいた。

更にナギは一部の建物を、校舎を焼失した国民学校や医院に提供すると共に、屋敷森も開放。焼け出された近隣住民の一時避難を受け入れた。

これは全てナギの独断で行われたため、使用人の中には当主・帝の逆鱗を懸念する者もいたが、特に問題はなく、さらに帝が青函連絡船『津軽丸』乗船中に空爆に遭い、船もろとも沈んでしまったこともあり、自動的にナギが三千院家当主に就いた。

「どのみち日本は負ける。前日まで聖戦完遂だと言ってた連中も、軍部に騙されていたと言うだろうさ。何ら恥じる事なく」
「‥‥私以外の者の前ではまだ言ってはいけませんよ、ナギ?」

若き主と親友兼メイドが不穏な会話を交わしていた時、宮城(皇居)ではポツダム宣言受諾の是非について激論が交わされると共に、その周辺では抗戦派将校によるクーデターの噂が飛び交っていた――。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.12 )
日時: 2013/08/25 10:05
名前: 魔法

はじめまして、魔法です!

最初から読ませてもらってました。

戦いですか……
私はこういう系が大好きですが、
実際にあると恐いですよね、

ハヤテすごいですね〜頑張りやって感じですね!


ナギも、もう諦めちゃってるよ……

これからも楽しみにしています!

それでは!
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.13 )
日時: 2013/08/25 11:12
名前: 高島屋秋帆

魔法様

ご笑読ありがとうございます。

世代がバレてしまいますが、私の親は辛うじて戦争の記憶があって、B29は来なかった代わりに、空母から発進したグラマンやカーチスが低空で飛んでいくのを間近に見たそうですし、私も幼い頃には戦争体験者がまだ健在でしたから、よく聞いたものです。

ゆえに、憲法や集団自衛権等で聞かれる論調には《??》なんですよね‥‥。


こちらのハヤテも家族運がなかったので、ナギ達には恩義を感じていますが、お国のために死ぬ気は端から持っていません。
決して表には出しませんが。

敢えて言えば、ナギやマリア、ヒナギク、歩達といった、自分に温かく接してくれた人達のために戦うようなものです。

ナギはもう敗戦後を見据えています。

これまでの秩序が意味をなさなくなるし、これまでの支配層も力を失う。
三千院グループもバラバラにされるかも知れない。
でも、新たなビジネスチャンスがあるかも知れないと考えています。

それに、ナギは間違っても公職追放にはなりませんから。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.14 )
日時: 2013/08/25 22:41
名前: 高島屋秋帆

   第10話『命中!』 

撃ちかけられる機関砲弾の光が、まるで棒キャンディーのようだ。

「もう少しだけもってくれ‥‥!」

暴れる操縦桿をしっかり握り、スロットルを足で押さえつけたハヤテは正面を見据えている。

ほんの一瞬だが、前後に高いマストを据え付けた大型艦の姿が見えた。

(『ペンシルヴェニア』か!?)

戦艦『ペンシルヴェニア』は第1次大戦中に就役した超ド級戦艦で、真珠湾攻撃当時は太平洋艦隊の旗艦だった。

同型艦『アリゾナ』は真珠湾で爆沈してしまったが、本艦は大した損害はなく、近代化改装を受けた後は、専ら上陸作戦支援任務についていた。

あれが『ペンシルヴェニア』ならば、フィリピンでこちらの戦艦『扶桑』『山城』らを沈め、サイパン等で多くの将兵を殺してくれた奴だ。せめて一糸報いてやらなければ。

そして‥‥

「テ――ッ!」

ハヤテは操縦桿の上にある攻撃ボタンを押した。

軽い衝撃が走り、機体が浮く。
ハヤテは操縦桿を前に倒し、機体が浮き上がるのを押さえ込んだ。

「飛び越すぞっ!!」
『ああ!』

雷撃機は、魚雷を投下したら、そのまま直進して離脱する。
途中で機首を回そうものなら、側面や下部を敵艦に向けてしまうため、対空砲火にやられやすいからだ。

“ダダダダダダダッ‥‥!”

『広島と長崎の礼だ!受け取れアメ公!!』

後ろから機銃の発射音と、東宮の怒声が聞こえる。
艦橋に向けて撃ちかけているのだろう。

『東宮、戦果確認!』

薫が攻撃結果の確認を東宮に命じると、一拍置いて東宮から返答が来た。

『1発命中!我が隊のものですっ』
『間違いないか!?』
『太い水柱と、直後に爆発炎が上がりました!少なくとも重巡以上です!』
『よぉしっ!!』

喜びに沸く暇はなかった
至近距離で炸裂する高射砲弾に『天山』は激しく揺さぶられる。

『連中頭に来てるはずだ、何としても帰るぞっ!』
『「了解!!」』

ハヤテ達の『天山』は全速力で艦船群から離れていった。

  ――戦艦『ペンシルヴェニア』――

「ぐあ‥‥っ!?」

唐突に凄まじい衝撃と轟音に見舞われ、J・オルデンドルフ中将は椅子ごと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

直後に爆発が発生したらしく、再び艦が揺さぶられる。

「ぐう‥‥!」

席に戻って状況を確認すべきなのだが、胸に激痛が走り、思うように動けない。
この衝撃は雷撃だ。それも近い。

14インチ(35.6サンチ)主砲12門を持つ『ペンシルヴェニア』は、同クラス・同世代である日本の『扶桑』級や『伊勢』級よりも鈍速だが重装甲である。

しかし、喫水線より下の防御は手薄になってしまうし、命中した魚雷は真珠湾で使われたものより炸薬量が倍近く、破壊力も大きかった。

さらに『ペンシルヴェニア』は進水から30年を数える老艦だ。艦体には長年の疲れが蓄積されている。

キーキーという軋み音は、まるで老いたガンマンの苦痛の呻きのようだ。

「提督!」

従卒が飛び込んできた。
蹲っている司令官に驚き、衛生兵を呼ぶ。

「私は大丈夫だ。ダメージコントロールと重傷者の救護を優先しろ‥‥!」

近くには主砲弾薬庫がある。そこに火が入ったらジ・エンドだ。

――この日、『ペンシルヴェニア』は懸命のダメージコントロールで沈没は免れたが、一時航行不能に陥った。
乗組員30名も死傷したが、その中には肋骨を折ったオルデンドルフ提督も含まれていた。

『ペンシルヴェニア』は応急修理の後真珠湾に戻ったが、対日戦争終結で戦艦が余剰になったため引退し、3年後に原爆実験の標的艦になってビキニ環礁内に没した。
対日戦勝3日前に日本機の雷撃で受けた傷口が開いて浸水したのが原因と言われている――。



☆ネタバレ
1945年8月12日夜、沖縄本島中城湾に停泊中の戦艦『ペンシルヴェニア』が日本海軍機の雷撃で損傷したのは事実です。

実際に攻撃を実施したのは串良基地から発進した第931航空隊の『天山』4機でしす。

第931航空隊は海上護衛を目的としていましたが、日本海軍自身が冒した戦略ミスで守るべき商船があらかた沈められてしまったため、攻撃部隊に様変わりしました。

なお、日本海軍自身は『ペンシルヴェニア』撃破の戦果を疑っており、それが確実だとわかったのは敗戦後でした‥‥。

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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.15 )
日時: 2013/08/26 23:09
名前: 高島屋秋帆


   第11話『帰還』

  ――8月13日20時、串良基地――

「乾杯!」

食堂では搭乗員達が清酒の入った湯呑みを掲げた。
その中には綾崎ハヤテ、薫京ノ介、東宮康太郎の姿もある。

――前日の夜、沖縄への夜間雷撃任務を果たしたハヤテ達だったが、出撃した4機中1機が撃墜され、2機が消息を絶ってしまった。
そしてハヤテ達の1番機も対空砲火で傷ついたため、奄美大島の名瀬に着陸して修理と給油を受け、翌13日の17時に名瀬を発ち、約2時間かけて串良に戻ったまでは良かったが、着陸直後にハヤテ達の『天山』はエンジンが焼き付いてしまった。

ハヤテ達が大型艦船への雷撃を成功させたという報せは名瀬から鹿屋の第五航空艦隊本部に伝えられたが、本部は懐疑的だった。
しかし串良基地やハヤテ達の派遣先である第930航空隊側はこの報告を信じ、ハヤテ達が帰還するや、隊司令は特別に清酒を振る舞った。

そこで搭乗員達は攻撃成功祝いと還って来なかった仲間達への手向けとして、ささやかな酒宴を開き、整備員達も自分達の持ち場で乾杯したのである。

(‥‥もう1本当たってれば仕留められたかもな)

ぬるい酒を口にしながら、ハヤテはそんな事を考えていたが、現実には1本当てるだけでも奇跡的だったのだ。


   ――8月14日朝――
「桂先生、おはようございまーす!」
「おはよう。足元に気を付けなさーい!」

桂ヒナギクは、駈けていく児童達と挨拶を交わしながら国民学校に向かっていたが、ふとある物が目に入り、足を止めた。

(蜂‥‥?)

ヒナギクの眼に映ったのは、地上すれすれを飛んでいく一匹の蜂だった。
よく見ると、蜂は丸々と肥えた芋虫を抱えている。

「トックリバチ‥‥」

その名のとおり、自分の唾液と土粒で徳利型のゆりかごを造り、そこに自分の毒針で麻痺させた蝶や蛾の幼虫と卵を収め、我が子が餌と住処に困らないよう準備する蜂なのだが、我が子のための獲物を抱えて飛ぶ様は、まさに魚雷を抱えて海面すれすれに飛ぶ雷撃機のようでもあった。

(‥‥ハヤテ君‥‥)

芋虫を抱えて飛ぶ蜂の姿に、魚雷を抱えて敵艦に突撃するハヤテの雷撃機を重ねたヒナギクの眼に涙が滲む。

ハヤテがこの戦争における最後の任務を終えていた事を、彼女は知る由もなかった。

そして帝都東京では、運命の放送を巡る暗闘が始まろうとしていた――。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.16 )
日時: 2013/08/27 22:25
名前: 高島屋秋帆


   第11話『負けて終わりぬ』


   ――8月15日、正午――

『――朕、深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み‥‥』

――柳条湖事件に始まる15年に及ぶ戦争は、現人神たる国家元首自身の呼びかけで幕切れを迎えた。大日本帝国の敗戦という形で――。


 ――同日13時過ぎ、串良基地――

基地全体が虚脱感に襲われていた。

玉音放送の後、基地には飛行作業禁止令が出され、搭乗員には待機命令が下された。

兵舎では号泣する者、徹底抗戦を叫ぶ者、虚脱感に見舞われた者がいたが、ハヤテはいつものとおりだった。

(お嬢様は慧眼だったな‥‥)

対米英戦争は、概ね三千院ナギの予想どおりに推移して負けた。

徹底抗戦を叫ぶ者も少なくないが、陸海軍を通じてただ1人である大元帥(天皇)の意思が終戦――敗戦を耐え忍んで受容する――にある以上、それに逆らえば反逆者であるし、ハヤテ自身、国家のために死ぬ気は端からなかった。

「まずは香取に戻らないとな‥‥」

ハヤテ、薫、東宮は香取からの派遣だ。
後始末も香取でないとできない。

問題はどうやって鹿児島から千葉へ戻るかだ。
香取基地からの派遣組は自分達3人しか生き残らず、昨年秋から生死を共にしてきた愛機『天山』も遂に息絶えてしまった。

都合よく横須賀なり館山なりへの連絡機に乗れればいいが、下士官や下級士官の席などあるまい。

(汽車しかないか‥‥)

鹿児島か宮崎まで出て、門司方面への列車に乗るのだろうが、一番速い鹿児島〜東京間の急行でも車中2泊、下手すれば3泊を要する。

「‥‥向こうからの命令が来るまで待機するしかないか」

ハヤテは溜め息をつくと、兵舎に向かった。


  ――三千院家仮本邸――

身じろぎせず玉音放送に聞き入っていた三千院ナギは、放送が終わるや否や、杖を手に立ち上がった。

「‥‥空襲の心配だけはなくなった、か」

日本の敗戦については一言も触れず、至って冷めた反応だ。

傍らに控えるマリアや倉臼らも冷静な表情を崩さない。

他の財閥同様、三千院家の前途も安泰とは程遠い。
総帥たる帝が横死したことで、箍の弛みは免れ得ない。

更に、戦勝国として乗り込んでくる連合国とすれば、今の国家体制や軍需産業を担った財閥をそのまま存続させるような甘い処置はしないだろう。

ナギは思う。
しかし、こちらも言うべき事は言わせてもらう。

戦争になった責任の相当部分はアメリカにもある。

アメリカはアジア進出に際して、邪魔な日本をあの手この手で追い詰めたのだ。正義の味方面など噴飯ものだ。

それにまんまと嵌まった我が国はもっと間抜けだが――。

何より、広島と長崎に新型爆弾を落として壊滅させ、それ以外の都市でも無辜の市民をためらわず殺したアメリカ軍や政府の連中に、真珠湾の騙し撃ちを叫ぶ権利はない。

たとえ父の祖国であろうと、あの所業は許し難い。

無論、日本もなぜ戦争を始め、こんなにも酷い負け戦になったかを真剣に総括しなければ、いずれまた大きな過ちを冒すだろう。
だが、それはさておき、だ。

「早く帰って来い。皆待っているんだぞ‥‥」

ナギは、今一番会いたい人物の名を呼んだ。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.17 )
日時: 2013/08/29 17:48
名前: 高島屋秋帆


   第12話『帰任』

 ――総武本線・佐倉駅――

「見る影もなし、か‥‥」

銚子行列車の車窓の外を見た綾崎ハヤテはボソリと呟いた。

千葉を過ぎると空襲の痕跡はだいぶ薄れてきたが、田畑にいる人は女性・子供と老人ばかり。
働き盛りの青壮年男性はあらかた軍に召集されてしまった。

敗戦で海外領土や権益を失ったから、これから外地の戦地から復員や引き揚げてくるのだろうが、それにはしばらく時間がかかる。

さらに、これまできつい労働についていた徴用朝鮮人や中国人も職場を離れたから、これからしばらく日本の生産力は落ちるだろう。

さっき、機関士達の立ち話が耳に入ったが、石炭の質は日に日に落ちており、蒸気の上がりが悪くなった、灰落とし作業が増えた、じきに『無煙炭』ならぬ『燃えん炭』になる、等との愚痴が聞こえてきた。

火床整理か灰出し作業が長引いているのか、一向に発車する気配がない。
その時だ

(‥‥‥!)

ハヤテは線路際に立って列車を見上げていた少年と目が合った。

瞳の光が強い子だなあと感想を持ったハヤテだが、

「しげお、行くぞー!」
「今行くー!」

“しげお”少年は友達の元に勢い良く走り去った。

――しげお少年は長じて戦後最大のスーパースターの1人になるが、それは少し先の事。


  ――香取基地――

基地は敗戦処理に騒然としていた。
い並ぶ飛行機の大半はプロペラが外されている。
敷地の隅では煙が上がっている。
アメリカ軍に見られると都合が悪い事でもあるのだろうか?

そんな中、ハヤテ達は隊長室に通された。

「派遣任務ご苦労だった。そして、よくぞ最後に雷撃屋の意地を見せてくれた」

第250飛行隊長の樋田大尉はハヤテ達を労う。

「無線傍受の結果、お前達が最後に雷撃したのは戦艦『ペンシルヴェニア』であることが判明した。残念ながら撃沈には至らなかったが、オルデンドルフ提督が負傷したそうだ」
「そうでしたか‥‥」
「しかし、俺はお前達だけでも戻ってきてくれた事が何よりの戦果だと思っている」

130空雷撃隊は帰還して敵に反復攻撃をかけて出血を強いる部隊だ。
戦死した部下は気の毒だが、薫・綾崎・東宮の3名は雷撃を成功させて帰還。任務を完遂したのだ。

「これから、最後の飛行作業を行う。お前達もやってこい」
「はいっ!!」(×3)

間もなく、日本陸海軍の航空機は飛行禁止になる。
心残りを残すなということか。

――この日をもって、綾崎ハヤテはひとまず航空機から離れた。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.18 )
日時: 2013/08/29 21:15
名前: ささ

ささです。
敗戦処理及びGHQによる占領も重いテーマとなるでしょうね。
暗夜に吹き渡る風というタイトルの意味が少しわかってきました。
戦争と平和はおそらく永遠のテーマだろうな。
(九月二日修正)
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.19 )
日時: 2013/08/30 20:06
名前: 高島屋秋帆

ささ様
終盤にさしかかりましたが、今しばらくお付き合い下さい。

では本編をば。



   第13話『復員@』

「お前はどうするんだ?綾崎」

東宮が尋ねてくる。

「‥‥三千院のお屋敷に行って、お嬢様に挨拶する。全てはそれからだな」

軍籍がなくなった事をナギとマリアに報告する。
また執事として使ってもらえるかどうかはわからないが、ダメな時は改めて決めればいい。

「東宮、お前はどうするんだ?」

薫京ノ介が訊く。

「私は‥‥実家に戻る予定です」
「ご両親は確か‥‥静岡で木型屋を営んでおられたな?」
「ええ。父が体調を崩していますので、私が継ぐ事になりそうですが‥‥いっそ転業しようかとも考えています」
「転業?」(ハヤテ)

東宮は父とは異なる道を考えているようだった。

「ああ、模型を手掛けてみたいんだ。特に飛行機のな」
「そうか‥‥」
「今残っている飛行機は全て廃棄されるだろうし、しばらく日本独自の飛行機は造れないだろうからな。模型という形で残したいんだ。日本はこんなに美しい飛行機を造ってきた証をな」
「そうか‥‥。ところで大尉のご予定は?」

ハヤテは薫に話を振る。
薫は少し考えていたが、顔を上げる。

「一旦大学に復学するが‥‥俺の夢は国産の宇宙ロケットだ。たとえ何十年かかっても、生きている間に必ず日の丸宇宙ロケットを打ち上げてみせる!」

薫京ノ介は南の空を見ていた――。

(大尉も東宮も、もう自分の夢を見つけているんだな。それに比べて僕は――)

まだ3年前の事にこだわり続けている自分が嫌になるが、いつまでも停滞するわけにはいかない。
やはりけじめはつけなければなるまい――。


  ――旭町第二国民学校――

校門前に立っているハヤテの前を児童が走り抜けていく。

「こんにちはー!」
「こんにちは‥‥」

戦争には負けたが、子供達の表情が明るくなったのは数少ない救いの一つだ。
と、校舎から教員らしい女性が2人出てくる。

1人は30代位だが、もう1人は紛れもなくハヤテがよく知る人物だった。

(ヒナギクさん‥‥)

同僚と談笑しながら歩いてくる桂ヒナギクだったが、視線の先にハヤテがいると解るや、その場で棒立ちになってしまった。

(ハヤテ、くん‥‥?)

校門の先に立っている詰襟姿の青年が誰なのか、ヒナギクが見間違うはずがなかった。

「?‥‥桂先生?」

年長の同僚は一瞬ポカンとしたが、ヒナギクと彼女の視線の先にいる青年を見比べ、さらにヒナギクの表情を見て、なるほどという表情になると、ヒナギクの耳許で囁く。

「じゃ、お先にね。‥‥しっかり抱き締めてもらいなさい」
「〜〜!‥‥ち、違いますっ!」
「茹で蛸顔で否定しても、全然説得力ないわよ〜‥‥」
「あ‥‥あう‥‥」

慌てて否定するが、年長の既婚者にはバレバレだったようだ。

(う〜〜‥‥)

とはいえ、いつまでも棒立ちではいられない。
それに、ハヤテと直に話したい事が沢山あるのだ。

(ハヤテ君‥‥)

ヒナギクは意を決すると、ハヤテを見据えながら歩き始めた。
胸に飛び込みたい衝動を堪えながら――。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.20 )
日時: 2013/09/02 19:41
名前: 高島屋秋帆

   第14話『アンタん家』


   ――飯岡・桂家仮宅――

(何故、自分はここにいるのだろうか‥‥?)

縁側で涼みながら、綾崎ハヤテはホゲーとしていた。

   ――約3時間前――

桂ヒナギクの話では、佐原から飯岡に再疎開したという。

旭町駅に行くと、機関車の故障で千葉行きの列車がなかなか来ず、今日中に三千院邸がある練馬に戻れるか怪しくなったところ、一旦我が家に寄っていけと勧めてきたヒナギクを断りきれず、同行することになった次第だ。

しかし、銚子行きの列車も蒸気漏れがひどい機関車に牽かれ、1時間以上遅れて到着した。

牽引されている客車も見る影もなくくたびれ果てており、さらには貨車まで連結されて、そちらにもびっしり人の顔、顔、顔‥‥。

「僕から離れないで下さい。ヒナギクさん」

咄嗟にハヤテはヒナギクの右手を引いてデッキに乗り込み、人混みの中に進んでいく。

ハヤテ達の後からも乗客が乗り込んできて、デッキもたちまち混雑した。

「ヒナギクさん、こっちに‥‥」

周囲から押される形になったハヤテは、ヒナギクの背中に手を回して自分の方に抱き寄せた。

‥‥列車はなかなか速度が出ないまま飯岡に到着。

「〜〜〜っ‥‥(朱)」
「‥‥‥??」

ハヤテはヒナギクの手を引いて下車したのだが、彼女の顔は茹でた明石蛸の色に染まっていた。
不審に思ったハヤテがどうしたのかと尋ねたが、

「な、何でもないわよ!‥‥それより、案内するからついて来て」

顔を赤らめたまま答えたヒナギクがハヤテを正視することはなかった。

「はあ‥‥‥」

こういう場合、重ねて声をかけると地雷を踏む事を身をもって知るハヤテは、何も言わずついて行った。


――疎開した桂家は、養父が仕事で東京に戻り、教師をしている姉の雪路が潮来に下宿しているため、養母とヒナギクの2人所帯になっていた。

「あらあらあら‥‥お帰りなさい、綾崎君」
「ご無沙汰しております」

迎えに出たヒナギクの母に、ハヤテは脱帽して頭を下げる。

「ちょ‥‥!お義母さん、お帰りなさいじゃないでしょ!」

顔を赤らめるヒナギクに、

「戦争が終わってから最初に訪ねて来てくれたんだから、やっぱりお帰りなさいよ、ヒナちゃん」

とてもいい笑顔で返して下さったとさ。


桂母――ヒナギクと雪路の養母――は、ヒナギクやハヤテが唖然とする程の張り切りようで夕飯の支度を整えた。

「いただきます」

最悪の食料事情の中、それでも母娘が用意してくれた食膳に、ハヤテは感謝を込めて合掌したが、膳に載っているお猪口に注がれている茶褐色の液体を見咎めた。

「あの、お義母様、これは‥‥?」
「主人秘蔵の特製酒よ」

桂母は満面の笑みを浮かべて答える。
何の裏もない笑顔にハヤテはひとまず胸を撫で下ろしたが、目の前の茶褐色の酒にはどうも胸騒ぎを禁じ得ない。

別に毒や危ない薬が入っているとは思わない。
過去、桂母は自分にはとても良くしてくれたのだ。

だが、これまでの幸薄き人生で鍛えられた危険探知本能が蠢きを止めないのだ。

“お義母様から邪念は感じないんだけど、この薄ら寒さは何だろう‥‥”

一年前、マリアナ諸島沖で米軍機に追い回された時に勝る寒気を感じるハヤテだった。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.21 )
日時: 2013/09/04 20:17
名前: ささ

ささです。
倫理の塊であるヒナギクが男を家に連れ込むなんて。(この時代だから尚更)
その上桂父特製酒とくると私も絶対何かあると思います。
ハヤテは夜間雷撃隊の意地(関係ありませんが)で逃げ切るのか。それとも力尽き墜落するのか。
楽しみにしています。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.22 )
日時: 2013/09/08 11:45
名前: 高島屋秋帆

>ささ様
ハヤテ、色んな意味でピンチです(笑)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

  第15話『アンタん家A』

(眠れない‥‥)

一旦床に入ったハヤテだが、目が冴えてしまったか、なかなか眠れずにいた。

(“あれ”のせいかなぁ‥‥)

思わずぼやきが口に出てしまう。

“あれ”――夕食についてきた茶褐色の液体――を口にした時、ハヤテの予感は的中した。

(4年は置いたマムシ酒だったとは。‥‥お義母さんが若々しいのもこのせいか?)

マムシ酒はいわずと知れた滋養強壮酒だが、まさか桂家が戦時中もこれを秘蔵し続け、空襲で失われなかったことに驚きを隠せなかった。

(そういえば、ヒナギクさんは勧められるがままに2杯口にしてたな。大丈夫かな‥‥?)

そう心配するハヤテも4杯飲んでいた。

“命懸けの戦い、お疲れ様でした”

と勧めてきた桂母を断りきれなかったのだが‥‥。

蚊帳を出て縁側に出る。

「静かだな‥‥」

軍高官が自決する等、東京の混乱が嘘のような静けさだ。

(お嬢様たち、どうしているだろうな‥‥)

元々、アメリカと戦争になれば勝ち目はないと言っていた三千院ナギのことだから、他人より立ち直るのは早いだろうが、三千院家の前途は厳しかろう。
許されるなら再びナギお嬢様の助けになりたいのだが――。

「ハヤテ君‥‥」

ヒナギクの声がハヤテを現実に引き戻した。

「眠れないの?」
「ええ。ヒナギクさんも?」

やはり目が冴えてしまっていたのか、寝間着姿のヒナギクが歩み寄ってきた。

「ごめんなさい。お義母さんがマムシ酒なんか飲ませちゃって‥‥」
「僕は平気ですけど、ヒナギクさんは大丈夫でしたか?」
「ええ‥‥」

頷くヒナギクだが、どことなく気だるげに見えるのは気のせいだろうか――?

「‥‥ここじゃ蚊や蚋(ブヨ)に刺されちゃうわ。蚊帳の中で話さない?」
(‥‥え"?)

謹厳実直を具現化したようなヒナギクの口から飛び出した言葉に、ハヤテは絶句した。

年端もいかぬ子供同士ならいざ知らず、青年期で未婚の男女が同じ蚊帳の中に入るのは同衾するも同然だ。

「ヒナギクさん、酔ってますね‥‥?」
「正気よ。酔ってはいるけど、前後不覚じゃないわよ」

ヒナギクはハヤテににじり寄ると、右腕をとった。

「こ、こんな事、ハヤテ君以外の人とするつもりないわ‥‥!」
「え‥‥って‥‥ええ!??」

ハヤテは困惑し混乱した。

(僕はしょっちゅうヒナギクさんに叱られてばかりだったんだぞ!嫌われる事こそあれ、好かれるなんてことあるわけ‥‥)

――年頃の娘が嫌いな男を自宅に呼ぶわけな〜いでしょ〜が〜――。(天の声)

ヒナギクとの論点が根本からずれていた事にようやく気づいた借金執事(休業中)だった。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.23 )
日時: 2013/09/11 12:49
名前: 高島屋秋帆

  第16話『アンタん家B』


   ――翌朝、桂家――

朝食の席は何ともいえない空気が漂っていた。

綾崎ハヤテと桂ヒナギクは殆ど視線を合わせていない。

というか、ヒナギクの方がハヤテと目を合わせるのを避けているようなのだ。

相手の顔色を窺うように頻繁に視線を向けるくせに、たまに目が合うと、双方赤面してパッと反らすのだが、ヒナギクの赤面ぶりが酷い。

“これは何かあったわね‥‥少なくともヒナギクにとって悪くはない何事かが”

2人の慌てる様を見ながら、桂母はにんまりとした顔になる。

一方、当事者は――。

“う〜〜、ハヤテ君の顔をまともに見られない‥‥。し、しかもしかも、あんな事まで‥‥”

ヒナギクは、視線をハヤテの胸元に向けた。

義母の席からは反対側になっている右の首筋に、くっきりと“接吻痕”(キスマーク)が残っている。

(どどど、どうしよう。あんなのが義母さんにバレたら、義母さんは絶対誤解するし、誤解されなくても悪乗りする。‥‥でも、ハヤテ君に言うのも、消えてしまいたいほど恥ずかしい――!)

ヒナギクの脳裏に、昨夜のご乱行が蘇ってきた。

勢いに任せてハヤテの手を引いて彼の蚊帳の中に入って押し倒し、唇を重ねたばかりか、首筋にも唇を押し付け、更に浴衣の前を開いて――。

彼女の記憶はそこで途切れたが、気がついたら、ヒナギクはハヤテの布団に寝ており、ハヤテは蚊帳の片隅で体育座りしたまま寝入っていた。

慌てて自室に戻り、鏡を覗き込むと、眼の周りには明らかに泣きはらした痕がある。

(うう‥‥ビオフェル〇ンのように溶けて消えてしまいたい‥‥)

ヒナギクは激しい羞恥と後悔でズドーンと落ち込むしかなかった。


   ――旭町駅――

遠くから汽笛が聞こえる。
方角からして千葉行きの汽車だろう。

「‥‥ヒナギクさん、お世話になりました」
「ううん。大したおもてなしができなくてごめんなさいね」

ヒナギクは俯いたまま言葉を接ぐ。

「‥‥それと、昨夜から今朝にかけてはあんな事しちゃって、本当にごめんなさい」

深々と頭を垂れたが、数瞬後には顔を上げ、ハヤテを直視した。

「でも、言った事には一片の嘘偽りはないわ‥‥今すぐ返事しろとは言わないから、ちゃんと考えて。お願い‥‥」
「ヒナギクさん‥‥」

ハヤテはしばらく無言でいたが、

「わかりました。当面の課題や問題が片付いたら、必ず答をお返し――」
「ほらお兄さん、こんなとこでボケッとしてんじゃないよ!!」
「早く乗った乗った!!」
「‥‥‥‥」

全てを言い残す前に、汽車に乗り込むおばちゃんの人波に押し流され、ポンコツ客車に呑まれていった。

「‥‥‥バカ」

ゆっくりと遠ざかっていく汽車を見送りながら、ヒナギクは想い人の変わらぬ不幸体質に呆れ果てていた。

「でも好き。大好き‥‥」


(注):ビオフェル〇ンは、現在の新ビオ〇ェルミンの直系先祖にあたる胃腸薬で、大正から昭和40年代まで発売されており、戦前〜戦後の新聞にも広告が出ています。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.24 )
日時: 2013/09/12 23:23
名前: ささ

改めまして、ささです。
ハヤテは不幸体質なのに、よく武功を立てれたな。
ヒナギクにとって当に〔一夜の過ち〕(勢いとはいえ首筋にキスマークとか)
ですね。これ以上は先読みになりそうなので失礼します。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.25 )
日時: 2013/09/17 10:02
名前: 高島屋秋帆

>ささ様

ハヤテは不幸体質ですが、身体能力やいざという時の危機回避能力はずば抜けていますから、どうにか生き延びました。

マムシ酒に使う酒は、アルコール度数が低いとマムシを腐らせてしまいますからね。自ずと強い酒になります。

そしてヒナギクは雪路の妹ですからね。
泥酔したら姉をも凌ぐのではないでしょうか。

では本編いきます。




    第17話『復員A』

   ――練馬・三千院本邸敷地――

本邸の外門は開け放たれ、家を失った近隣住民が出入りしている。
その中を、ハヤテはやや俯いて奥に歩いていった。

さらに数分歩いていると、バラックらしき数軒の建物と、それを組み立てている男達の一団がいた。

(あ‥‥‥)

一団の中には見知った顔の者が混じっていたが、ハヤテはその一団のリーダーらしき人物に目を止め、歩み寄っていった。

「執事長‥‥」
「‥‥綾崎か」

三千院家執事長、クラウスこと倉臼征史郎はチラとハヤテを一瞥する。

「ご無沙汰しておりま――」
「私より先に挨拶するべき方がいるだろう。早く行け」

皆まで言わさず、倉臼は本邸に行けと言い渡す。

「――はい!」

ハヤテもすぐその意を汲み、一礼して駆け出していった。

駆け去るハヤテの後ろ姿を見送る倉臼は一人ごちる。

「――お嬢様がいかに悲しんでいたか、ぎゅうぎゅうに絞られるがいい。このバカ者が‥‥」


    ――仮本邸――

帝が建築した壮麗な本邸は原型を留めぬまでに破壊されていた。

日本を空襲したB29は焼夷弾を投下していたが、三千院本邸に対しては通常爆弾を投下していったようだ。爆発で穿たれた穴が幾つもある。

離れた建物には校舎を失った国民学校(小学校)が間借りしているらしく、子供達が続々と出ていく。

(‥‥‥‥)

ハヤテは視線を戻し、仮に設えられた門柱の横に下がっている紐を引く。
紐は門柱の頂部にある鐘に繋がっており、カラン、カランと音を立てた。


ややあって、濃紺のエプロンドレスに身を包んだ若い女性が玄関から姿を現す。

「どちら様――」

来訪者を誰何しようとした彼女だが、ハヤテと視線が合った途端、絶句してその場に立ち尽くした。

「ご無沙汰しました、マリアさん」
「‥‥ハヤテ、君‥‥?」
言葉を失ったマリアだが、そこは三千院家のメイド。すぐに我に帰り、門扉に駆け寄ると鍵を開けてハヤテを迎え入れる。

「お帰りなさい、ハヤテ君」
「‥‥色々ご心配をおかけして済みませんでしたが‥‥何とか生き延びました」

ハヤテはそれだけ言うと、尊敬する先輩に頭を下げた。

「もう、貴方は背負わなくてもいい荷物まで背負って、私達をさんざん心配させて‥‥!」

マリアは少し怒った口調になったが、すぐに元の穏やかな調子に戻る。
心なしか、眼が赤くなっていた。

「‥‥でも、ハヤテ君がこうして帰って来てくれたのですから、私は許します」
「本当に済みませんでした‥‥」
「私への謝罪はもう済みました。ハヤテ君が真に謝るべきは、貴方が海軍にいる間、無事の帰還を祈り続けていたあの子に対してですよ」

マリアはそこまで言うと、門扉を開けて中に入りなさいと促した――。
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Re: 暗夜に吹き渡る風 ( No.26 )
日時: 2013/10/22 22:29
名前: 高島屋秋帆


ご無沙汰しておりました。

体調もかなり回復しましたので再開致します。


第18話『再びの“バーカバーカ!!”』


「ハヤテ‥‥」
「お嬢様‥‥」

3年ぶりに再会した三千院ナギは、屋敷を後にしたあの日より背が伸び、顔立ちも大人びてきた。

父親譲りだという綺麗な金髪はそのままだったが、トレードマークとも言うべきツインテールをやめて髪を下ろしたため、写真で見た母親の故・紫子に似てきた。

「‥‥綾崎ハヤテ、只今戻りました」

それだけを伝え、頭を深々と下げる。

「うむ。役目ご苦労‥‥」

ナギもそれだけを口にし、優雅に頷いたが、そのまま俯いてしまった。

「‥‥‥‥」
「お嬢様‥‥?」

ナギが無言のまま俯いてしまった事に、ハヤテは不安にかられたが、

「‥‥‥っ!」
「!!?」

ナギはいきなり顔を上げたが、その美しい瞳からは大粒の涙が溢れている。

(お嬢様‥‥!)

ナギは杖を使いながら、覚束ない足取りでハヤテに歩み寄ろうとしたが、数歩進んだところで躓き、前のめりに倒れ込んだ。

「お嬢様っ!」
“トサッ‥‥”

ナギが倒れ込んだ先にはハヤテの両腕があった。
ハヤテはナギを抱き止めると、そのままゆっくりと立ち上がる。

「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「‥‥カ‥‥」

ナギを案じたハヤテの問いに対する、彼女の答えは――。

「ハヤテのバカ!バーカバーカ‥‥!」

以前より僅かに低くなった声で怒声を上げたかと思うと、急激に細くなった。

「この大馬鹿者がっ!‥‥私にさんざん心配させおって、この馬鹿者がぁ!」

ナギはハヤテにすがり付き、声を上げて泣いた。

「ナギ‥‥」

入口に立つマリアも驚きを隠せずにいた。

(ナギが、人前で泣くなんて‥‥)

母・紫子が亡くなった時でさえ、当時5歳のナギは人前では涙一つ見せず、1人きりになった時に号泣していたのだ。

ましてや、祖父・帝の死の報を聞いた時は顔色一つ変えず、葬儀の時も冷徹な表情を通し、悲しみの色を表に出さなかったのだ。

姉代わりであるマリアにさえ、半泣きの顔は見せても号泣することはなかった。

なのに、ハヤテの前では、三千院家当主の顔すらかなぐり捨て、幼な子のごとく号泣した。

マリアとすれば驚きの一語に尽きたが、同時に、ナギが年齢相応の顔を取り戻せた事に安堵した。

「まったく!‥‥ハヤテはまったく!!」
「申し訳ありません、お嬢様‥‥」

涙声で言い募るナギを、ハヤテはそっと抱き締めた。
ハヤテの胸元でしゃくり上げていたナギだったが、ようやく落ち着くと身を離し、ハヤテを見た。

ナギがハヤテを見上げる態勢であるのは以前と変わらないが、ナギの身長は3年間で相応に伸び、マリアとの身長差は頭半分にも満たず、ハヤテとの差も15センチ程度まで縮まっていた。

「どうだ?私もそれなりに成長しただろう」
「はい、お嬢様」

ニマッと笑顔になったナギはマリアを振り返り、マリアもまた心得たとばかりに、手に服らしき物を持って2人に近づいてきた。

「ハヤテ、ただ今を以て三千院ナギ付執事復職を命じる。そして初仕事だ‥‥マリア」
「承知しました♪‥‥はい、ハヤテ君」

マリアが手渡したのは執事服‥‥ではなく、三千院家使用人用の野良仕事着だ。

「ゆっくり休んでもらいたいのはやまやまだが、今は猫の手も借りたいのだ。もう一汗流してこい!」
「わかりました、お嬢様!」

ハヤテも笑顔に戻り、一礼すると作業着を手に駆け出していった。

ナギとマリアは微笑を浮かべながらハヤテを見送る。
ナギの表情には、久し振りに不敵なまでの笑みが戻っていた――。
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Re: 暗夜に吹き渡る風【完】 ( No.27 )
日時: 2013/11/09 19:01
名前: 高島屋秋帆


  終 話


  ――2013年10月、三千院本邸敷地――

墓石の前に佇む2人の老女

車椅子に座る1人は三千院ナギ(84)。
杖をつきながらも背筋を伸ばして立つもう1人は桂―もとい、綾崎ヒナギク(87)。

墓石には『綾崎家』と彫られていたが、側面には、『綾崎 颯 行年七十八才』と彫り込まれていた。

「“あの頃”の話をできるのも、もう片手に余るだけになったな」
「そうね‥‥」

ハヤテの墓石を前に、ナギはしみじみと呟き、ヒナギクが相槌を打った。

――三千院ナギは女流漫画家を夢見て、努力を惜しまなかったが、戦後間もなく、同世代の天才・手塚治〇が描いた漫画に衝撃を受け、筆を折ってしまった。

が、転んでもただで起きるナギではなかった。
漫画が時代をリードする日が来ると確信し、傾きかけていた出版社『奨学館』を買収した。
『奨学館』は戦前から続く教育誌の発刊を続ける一方、漫画専門誌を次々と創刊するとともに、若手漫画家の育成にも尽力した。

また、テレビアニメや映画にも積極的に進出。メディアミックスを最初に手掛ける等、意欲的な取り組みで、追いかけてきた角◇春樹と鎬を削った。

ナギの漫画やアニメに対する意欲は老境に入っても衰えず、映像や漫画の表現規制を巡っては、対立する政治家や官僚を圧倒する等、未だ頭脳明晰かつ意気軒昂である。

家督は親戚から迎えた養子に譲り、表向きは隠居暮らしだが、未だ『サブカル女帝』の称号は譲っていない。

一方、ヒナギクは1948年に東京に戻り、新制白皇学院高等部の教員に就任したが、その翌々年“晴れて”綾崎ハヤテと結婚。二男二女をもうけた。(現在、さらに孫7人と曾孫3人)

45歳の時、国連難民高等弁務局にスカウトされ、55歳から15年間、高等弁務官として世界中の紛争・内戦地域を巡って難民や孤児の保護・育成に尽力。
持ち前の正義感はゲリラの指揮官や大国の元首が相手でも鈍ることはなかった。

執事に復帰した綾崎ハヤテは引き続きナギに仕え、時には諫言もいとわなかった。
妻になったヒナギクとの間に二男二女をもうける一方、35歳で副執事長、45歳で老齢の倉臼から執事長を引き継ぎ、70歳まで務めた。

「御前様、母さん、咲夜さんと伊澄さんがお見えです」
「シュン(隼)‥‥」
「ああ、もうそんな時間だったな、行こうか」

2人を呼びに来たのは、ハヤテとヒナギクの次男・綾崎 隼(シュン)。
父同様、三千院家執事職につき、現在は副執事長だ。

「さて、シュンが淹れたお茶を飲みながら、先に逝った奴らの悪口を語らうとしようか。なあ、シュンよ」
「はい、御前様(笑)」
「シュンは同意しなくてよろしい。‥‥まったく、そういうとこは全然成長してないのね、ナギ」

主の減らず口に、父譲りの風貌をした壮年執事が苦笑しつつ頷き、友と息子にツッコむヒナギクであった――。 (完)
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