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僕とヒナの想い出(ひなゆめより移項)
日時: 2013/04/10 14:24
名前: HAL

こんにちわ。春娘ことHALです。
せっかくなので僕ヒナをこちらにも移項させて載せておこうかと思います。









           僕とヒナの想い出


 今年は梅雨が短く、ラニーニャ現象のせいか暑い暑い夏です。

 うだる様な暑さの中、僕はお墓にいます…………別に僕がお墓の中に居るわけではありませんよ。

 今はお盆なのでお墓参りに僕と……彼女の二人で来ています。


 そして、お墓には僕の『大切な人』が眠っています。

 彼女にはまだ何も話していません。

 僕が彼女をここへ連れてきました。

 彼女は誰のお墓なのかも聞かずに、ただただ手を合わせる。

「ねぇ……これは……一体誰のお墓なの?」

 彼女は少し寂しそうな目を向けながら僕に聞いたが、僕は答えずお墓に刻まれた名前を見る。


 見てますか? ヒナ……。

 この人が今、僕の好きな人です。



 大切な人です。



 今から僕は、ヒナとの過去を彼女に話します。

 彼女は僕を怒るかもしれません。

 恨むかもしれません。

 でも……話さない限り僕達は前に……いえ、違いますね……僕一人、前には進めないと思います。

 だから今年は彼女を連れてきました。


「……今からお話します。あっちの木陰に行きましょうか」

 僕はそこから見える一際大きな木を指差す。

 僕は彼女の手を握り、大きな木の茂る木陰へと歩き出す。

 僕が手を取ると彼女は手を握り返してくれる。

 そんな些細なこと幸せを感じると共に、チクリとした痛みも感じる。


 僕達は木陰に座り込み、彼女は木にもたれかかる様に僕の隣に座り込む。

 彼女は手を離したが、座ってから僕はもう一度彼女の手を握る。

「ハヤテくん?」

「このまま……お話します」

 僕は心を落ち着かせる。

 彼女はすぐにしゃべり出さない僕に何も言わず、僕から話し出すのを待ってくれる。

 
 さぁ、ヒナ。今から彼女に話しましょう。


             僕とヒナの想い出を……。


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          第1章 出会い


 喧騒としたエントランスでは学生、その親御さん、聴講しに来た人、沢山の人がいて活気付いている。

 皆、きらびやかな服装を着ている。

 楽しそうに談笑する人。

 今日の結果について議論する人。

 クリスマス直前の興奮もあるのかもしれない。


「ふぅ……終わった終わった」


 つい両手をあげて体をほぐす。

 僕、綾崎ハヤテは12月23日の今日、クリスマス直前に行われた『中学生ヴァイオリンコンクール』に出場。

 その為に、普段近寄る可能性は皆無な音楽ホールまで来ています。

 ……ちなみに僕のダメ両親は当然の如く、現在勝てもしないパチンコにいそしんでいることでしょうね。

 僕はエントランス脇に置かれている冷水機で水を飲む。

 お金を使ってジュースを買うなんてとんでもない。

 ……ちなみに現在の財布の中身は12円ナリ。

「ん? あれはなんでしょう……?」

 出口付近で一際大きな人だかりが出来ている。僕もそちらへ向かってみた。

 そこでは趣向を凝らしたことに、今回の出場者の演奏を録音したテープを売っていた。

 また次回の出場者が、お手本やライバルの曲として使うためのものですね。


 ちなみに僕の順位は特別賞(賞金5万円)でした。

 テープを見る限り僕のもそれなりに売れているようですね。

 最優秀賞を取った子のテープはもう完売しています。

 ……少しでいいのでその売り上げをこちらにも回してもらいたいものです。

 そういえば、今もエントランスではヴァイオリンの音がBGMとして流れてます。

 おそらく今日の演奏でしょう。さっき流れていたのは僕かな?

 僕は暫く耳をBGMに傾けながら、人ごみのエントランスを歩く。


「あ……この子のは……」


 僕はある子のテープの前で足を止めた。

 僕は……まぁ頬にキズがあったりする人に追われる身であったりします。悲しいことに。

 周りが学校名と氏名で出場登録しているのに、僕は『ハヤテ』と名前だけで出場しました。

 そのテープの子は僕と同じように名前だけで出場していたんです。


 確か……『ヒナ』とだけ……。


 僕はテープを手に取る。

 席が舞台から離れていた為、あまり弾いていた子の姿が見えなかったが……、確かに技術は巧で、上手かった。

 でも……なんだろう……そういうならば『力』がなかった。

 聞きながら、なんだか力を入れたら折れそうな一輪の花のイメージが浮かんでいたはずです。

 そんなテープを持って見ていた僕の横に一人の女の子が並んだ。


「この子上手かったですよね?」


 突然その子は僕に対して話しかけてきた。目を引く桃色の髪。

 僕としても思うところは同じだったので話を合わせる。

「えぇ、上手でしたね」

 ちなみに、そのテープの子は入賞でした。一応、特別賞の僕よりかは下になります。

「ですよね。なんで入選なのかしら? ほら、あんなのが特別賞なんてありえませんよね?」


 ……その子は笑いながらテープを指差します……!! ってそれは僕のテープじゃないですか?!


「なんなんでしょうね? あの特別賞をとった人って何あれ。

なんだかちょーっと課題曲をジャズっぽくアレンジを効かせただけじゃないですか。

なんであの人が特別賞で、この子が入賞なんでしょうね?」


 僕としてもさすがに言われてはイラっとします。

 ちなみに、僕のジャズは深夜のバイトでジャズグループの助っ人で培われた技です。

「そうでしょうか? このテープの子も技術は卓越したものがありましたが、力や感情がこもってなかったと思いますよ?」

 少し仕返しとばかりに言い返してみる。

「そ、そうかしら?」

 なんだか彼女の頬が笑顔ながらもピクピクしています。なぜでしょう?

 僕の頬もさっきの言い方でピクピクしているのでしょうが。


「あはははははは……」

「ははははははは……」


 なにとなにし二人して笑い合う。

「はは……はー……ていうかさー、そのテープ私なんだけど」

 彼女はさっきまでの丁寧な言葉遣いはどこへやら。

 一気にタメ口になり、右手で前髪を掻き揚げ、左手は腰に当て僕を睨んできた。

「……あ、あのテープだって僕ですよ」

 僕も負けじと言い返してみる。

「はっ! あれ君なの〜? なにあれ。アレンジ聞かせれば審査員に受けるとでも思ってるの?」

 彼女は口に手を当てて、くすくす笑う。

「ううぅ……」

 僕としては言い返すことが出来ない。

 なぜならそう思ってたのは事実であるし、実際僕は独学(本屋で弾き方の本を立ち読み)でヴァイオリンを覚えていたからです。

「ううぅ……うわー!」

 何か言い返そう、言い返そうと思いながら……敵前逃亡を選択。

 ……絶対口では勝てない気がしたんです。

「ふふ……変なヤツ……『ハヤテ』かぁ……」


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 僕はトボトボ中学校近くの河川敷を歩いている。今日で学校も冬休みに突入。

 僕には一日中バイトの日々がやって来たことを意味します。

 まず、昨日獲得した特別賞の賞金が両親に見つかってないことを祈りましょう。


 今日は終業式で学校が早く終わり、バイトの時間まで暫くあるのでこうして河川敷を歩いている。

 河川敷ではどこかの野球チームが練習で汗水垂らしている。

「おらー! 外野次いくぞ!」

「バッチこーい!」

 カーンという甲高い金属音が響き、鋭い白球が飛んでいく。

 雲一つない青空に白い軌跡を描いて飛んでいく。

 僕は打球の行方を追い、太陽の照らす陽ざしに目を細めた。

 僕は座り込み、野球チームの様子を眺める。

「僕も部活動とか……してみたかったなぁ」

 はぁ、とため息をついて僕はヒザを抱える。

 ……自分の言葉がすでに『してみたかった』と過去形であったのことに凹む。


「何うなだれてるの? ハーヤテっ!」


 突然僕を呼ぶ声と共に、僕の背中をどーんと突き飛ばす手。

 不意打ちだったので僕は背後に振り向き、その姿を確認することも出来ず、そのまま川の方へ転げ落ちていく。

「う、うわぁ〜!!」

「あ! ハヤテっ! 危ない!」


 とても鈍い音がした(らしい)。

 不幸にも大きな石が前方にあって僕は頭を打った(らしい)。

 そしてそのまま動かなかった(らしい)。

 らしいなのは後から彼女に聞いたから。


「ちょっとハヤテ! 大丈夫?!」

 彼女が僕の所まで駆け下りてくる。

 僕は仰向けに倒れこみ、朦朧とする視界の中、坂を下る彼女のスカートがフワリと舞う光景が目に入った。





 ……黒のスパッツだった。


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 僕はヒンヤリとした感触で気がつき、目を開けた。

 目を開くと空を背景に彼女の顔が見えた。

「ハヤテ、あんな石に頭ぶつけてタンコブ一つって……ハヤテってばガン○ムの生まれ変わりとか?」

 彼女はハンカチを濡らして僕の頭に当ててくれている。

 気がついたら彼女に膝枕をしてもらっている状況。

 彼女は僕の顔を覗き込みながら聞いてくる。

 ……なんでしょうこの他の人が見たら怒り出しそうな状況は……。

 とりあえず、気恥ずかしいので僕は頭を上げた。

「いたた……、とりあえずガ○ダムじゃないですよ。ありがとうございます。えっと……?」



「あぁ! 私の名前?


私、『四方(しかた)ヒナゲシ』!


よろしくねっ! ハヤテ!」



 彼女、四方ヒナゲシは笑顔でハツラツと答えた。

 四方さんは肩口で切り揃えられたショートカットで映える桃色の髪。

 今は制服姿で……この制服のデザインは隣町の中学校ですね。

 鞄にはスワロフスキーのキーホルダー。

 校則に違反しないギリギリにまで短くなってる濃紺のスカートに、白のカッター、赤のリボン。

 首にはバーバリーチェックのマフラー。

 意思の強そうな目、淡いリップの色、スレンダーな体つき。

 背は僕より少しだけ大きいくらいでしょうか。言ってしまえば可愛い。

(はっ! あれ君なの〜? なにあれ。アレンジ聞かせれば審査員に受けるとでも思ってるの?)

 一瞬、コンクールの風景が脳裏に蘇る。

 ……口を開かなければ……ですが。


「……なに? じろじろ見ちゃって。あ〜もしかして私のこと可愛いとでも思ってるのかな?」

 僕の目線に気づいたのか、四方さんはニヤニヤとしながら聞いてくる。

「いえっ! そんなことは決して。あっと、ごめんなさい。僕の名前は……」

「ハヤテ、でしょ?」

「あ……改めまして綾崎ハヤテです。よろしくお願いしますね。四方さん」

 僕は礼儀として握手の手を差し出す。

「…………えい☆」

 四方さんは僕が差し出した手を取らず、そのまま僕のおでこにまで手を上げて……デコピンをしてきた。

 うぅ……地味に痛い。

「いきなり何するんですか!」

「ハヤテ、私のことは名前で呼びなさい」

 なんですか。この人は女王様ですか。

「わかりましたよ……よろしくお願いします、ヒナゲシさん」

「…………えい☆えい☆」

 今度は二連続でデコピンをしてきた。さっきと同じ所を的確に狙っている。

 絶対ヒナゲシさんはイジワルです。

「私はヒナと呼びなさい。さん付けも禁止。いいわね? ハヤテ?」

「もう……わかりましたよ。よろしくお願いします、ヒナ」

 彼女は満足そうにうなずいて、今度こそ僕の手を握った。

「それでよろしい。よろしくね。ハヤテ」

「……呼び捨てですね」

「呼び捨てよ。いいでしょ、減るものじゃないし。 いや?」

 笑顔を僕に向けながらヒナは聞いてくる。

「……いやじゃ……ないですよ」

 これは……完全に彼女の、ヒナのペースですね。ちょっとは抵抗をしてみようと考える。

 無理やりほとんど思ってもいない言葉を僕は選択した。

「僕は……ヒナみたいな人は……嫌いです」

「あら? じゃあ大丈夫。私達、気が合うわよ」

 ヒナは僕の予想外の反応を示しました。これ以上ないとびっきりの笑顔でこう言いました。


「私もハヤテなんて大っ嫌い♪」


 ……えっ…………え〜?!


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               第二章 交流


 ヒナと話したところ、僕とヒナの家は駅で数駅の違いだった。

 ヒナはコンサートの時、丁度自分の演奏がBGMでかかっていて、その時自分のテープを手にとっていたのが僕だったので話しかけたらしい。

 あと、誕生日だったのでテンションが上がってたとか。……その後はケンカみたいになりましたけどね。

「なんだか、ああいった出会いも悪くないことない?」

 ヒナはそんな風に笑いながらファーストインプレッションを話ました。

 僕もあんな出会いとかはありだとは思った。


 それから僕達はよく会うようになった。

 一方的に僕がヒナに日時を指定するというもの。どうしてもバイトの時間があるので……。

 というか僕は携帯なんて便利ツールを持っていないので家にある黒電話を使うしかないんです。


 僕らが会うのはお互いの駅の丁度中間の駅にしました。

 その駅は都市の中心になるので、マ○クやTUT○YA、ス○バなど色々集まっているので待ち合わせには最適だった。

 大体、僕の方が待ち合わせ場所に先に着くことになった。どうしても学校の授業体制が違うので僕の方が先に到着するんです。

 不思議なものだと思う。僕達はつい一週間も前には他人だったのに今ではこうして会ってるんですから。


 僕らは音楽の趣味も、見るテレビもとことん合わなかったのに、なぜか気は合った。

 僕らはヴァイオリンの話だけはしませんでした。

 なぜなら口ゲンカになるのは目に見えてましたし、絶対負けるのは僕でしょうから。

 僕は出会いを『なんだか偶然って凄いですね』と言った。

 ヒナは『偶然なんてないよ。全部必然なんだよ。だって何か出会いが運命ぽくっていいじゃない!』なんて言った。


 確かに……運命と思いたいですね。


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 冬休み、僕は今日はマクド○ルドの二階の窓際に腰掛けていた。今日の待ち合わせはここ。

 いつもは10分くらい遅れてヒナはやって来ます。でも今日は30分近く遅れてヒナは来ました。


「ごっめーんハヤテ。遅れたわ。あっ、コレ頂戴」


 ヒナは遅れて来たことに対して悪びれもせず、僕が頼んでいたジュースを勝手に飲み始めた。

 あ……間接キ……ス。

「ん? ハヤテどうしたの? 私の顔に何かついてる?」

「……いえ、別に」

 僕は赤いであろう頬を隠すように指で掻いた。

 ヒナは当然の如く僕の隣に腰掛ける。当たり前のように。

 ヒナは腕時計を外して鞄に仕舞った。

 ……あれですか。今日は時間を気にしてないという合図とかで……いえ、違いますね。ただ汗をかくので外しただけでしょうね。

「どうします? ヒナは何か頼みますか?」

「いらないわ。お腹減ってないしね」

「ん? ダイエットですか? ヒナは十分だと思いますけど」

「違うわよ。ただ、ちょっと前に少し食べただけよ」

「そうですか」

 そういえば、と言った感じで僕はさっき感じた違和感をヒナに訊ねた。

「ヒナ、今日はいつもより遅かったですけど、何かあったんです?」

「あ、私今日はちょっと病院にね」

 ヒナは何でもないように答えた。

「でも髪形変わったようには見えませんね」


「…………えい☆」


 僕のボケに対してビシッとデコピン(結構強め)をしてくるヒナ。よし、いつものヒナですね。

 ちなみに病院と美容院のボケ。

「で、病院行ってたんですか? 大丈夫ですか?」

 僕がそう訊くと、


「…………私……頭がね……」


 と、真剣な表情になり真面目ぶってそう言った。

「…………えい☆」

 僕はヒナのおでこに軽くデコピンを一発。

「ヒナ、変な冗談は止めてくださいよ」

「へっへ〜、やっぱりバレた?」

 ヒナはおでこをさすり舌をちょろっと出しつつ、ウィンクをする。……可愛い。

 なんだか、今のこんなやり取り自体が大切な時を重ねているように感じる。


「……でもね……ほんとの本当はね……」

 ヒナはまた真剣な表情になり、声のトーンも落とす。そしてそのまま押し黙ってしまった。


「………………………………………………ヒ、ヒナ………………?」


「………………………………ほんとうはね、私……………………」


「……………………」


 僕は生唾を飲み込む。


「……………………………………………………………………恋の……病……?」


「……………………」


「……………………………………?」


「えい☆」

 僕は再度ヒナのおでこにデコピンをする。

「いったーい! ハヤテなにするのよ。ハヤテなんか嫌いなんだからねー」

 べーとなんともワザとらしくあっかんベーをするヒナ。自分でも恥ずかしいのだろう。頬を赤く染めている。


「僕を一瞬でも心配させた罰ですよ」

 僕はそっぽを向いてジュースを飲んだ。

「あれ? ちょっとーハヤテ、怒ったの? ちょっとー」

 ヒナは僕の肩を揺すってくる。僕はまともにヒナの顔を見れなかった。


 ヒナが笑うと僕もうれしい。


 ヒナの真面目な表情にドキドキした。


 ヒナの可愛らしい仕草にドキドキした。


 僕はドキドキしっぱなしでした。


 きっと恋の病は……僕の方。


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 今日はまだ肌寒い日が思い出したかのように来る3月の半ば。

 珍しいことにヒナの方から明日会いたいという電話をしたのが昨日の夜。

 で、今日は又待ち合わせ……の待ちぼうけを僕がしてるところです。

 今日はなんだか生徒会の仕事があるとか。ヒナはあれで生徒会長をしてるとか。

 実際、勉強も運動も出来るんですよねぇ、ヒナは。

 今日は僕も用事があったので丁度よかった。今日もバイトはありますが特別です。

 ヒナは受け取ってくれるでしょうか?


「あ、ハヤテー。お待たせー」

 ヒナが声をかけならが僕のいた机に座る。とりあえず、シェイクだけを頼む。

「ヒナ、今日はどうしたんですか? 珍しいですね。ヒナの方から日にちの指定をするのって。

僕のバイトがあるから大体僕が会う日決めてたのに」

「んー、だって今日って……その……迷惑だった?」

 ヒナは目を伏せてシュンをしてしまった。

「あっ、いや迷惑なんかじゃないですよ。バイトまで時間はありますし。今日は僕も用事がありましたし」

 僕はあたふたとヒナにしゃべりかけることしか出来ません。

「ん……じゃあハヤテ。今日って……何日?」

「えっ……14日ですけど」

「イベントでは?」

「イベント? ……ホワイト……デイ?」

「はい正解」

 そう言いながらヒナは鞄から綺麗にラッピングされた包みを取り出した。

 あ……これって。もしかして? あれですか?

「これハヤテにあげるっ。バレンタイン……は会ってなかったし……ね、一月遅れだけど……あげるわ。

いっ、言っとくけど義理っ!! 義理だからね!!

深い意味はないんだからね! ありがたくもらっときなさい!」

 顔を真っ赤にしてプレゼントを差し出すヒナ。

「くっくくく……」

「なっ! ちょっと! なんで笑うのよ!」

 笑いたくもなりますよ。お互い様というやつですね。

「えぇ、ヒナ、ありがとうございます。嬉しいですよ」

「バッ、バカ! そ、そういうんじゃないんだからね!! 

じゃっ、渡したし私は帰るわね。今日もハヤテバイトでしょ?頑張ってきてね」

 ヒナはそう言うとそそくさと自分の鞄を持って立ち上がった。

 僕はすぐさま呼び止める。

「ヒナっ! ちょっと待ってください!」

「ん、なっ、なによぅ」

 ヒナはまだ赤い顔をしながら僕の方へ向く。

「はい、コレ」

 僕は……僕も自分の鞄から昨日作っておいたものを取り出した。

「え、コレって……」

「僕からのホワイトデイです。いつもお世話になってますしね。

……バレンタインに何かもらったわけではなかったですけど、今もらいましたし、そのお礼ということで」

 ヒナはおずおずと手を伸ばし、僕の差し出していたクッキーの入った包みを取った。

「あ……ありがとぅ」

 お互い似たような事を考えていたものです。

「あ、じゃあヒナ。僕はバイトに行きますから」

「あ、うん。私も帰るわ」

 僕達は大手ファーストフード店を出て、僕はバイト先へ、ヒナは駅の方へ。丁度反対方向です。

 僕が歩きだした時に後ろから声がかかる。

「ハヤテー!」

 僕が振り向くと、同じように駅の方へ行こうとしているヒナが呼び止めていた。

 鞄を片手に持ち後ろに回して、もう片方の手を口元に持ってメガホンのようにしている。

「今日はーありがとー♪」

 僕はそれに大きく手を振り返すことで返事とした。


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「ねぇヒナ。河川敷で会った時どうして名前で呼ばれるのを嫌がったんですか?

コンサートの時もヒナって名前だけでしたし」

 今は短い春休み。4月からは僕達は3年生になります。

「なぁに、いきなり?」

 今日は、いつものように待ち合わせじゃなくて河川敷にした。僕達は河川敷アイスを食べながら二人で歩く。

 サーティー○ンのアイスクリームを食べながらニコニコ顔のヒナは口の周りに少しアイスをつけながら聞いてくる。

「いえ、なんだかここを歩いていたら初めて……二度目に会った時のことを思い出しまして。

あと、はい。口の周りにアイスがついてますよ」

 僕はハンカチをヒナに差し出す。ヒナはそれで自分の口の周りを拭きます。

「ん、ハヤテありがと♪」

 ……すぐ返しちゃうんですね。ま、ヒナらしいですが。

「で、なんだっけ? 私の名前のこと?」

「えぇ、そうです。デコピンしてきましたよね」

「……そうだっけ?」

 ……わ、忘れてる? 忘れちゃってる? 忘れてますかこの人は?!

「あ、私の名前だっけ? う〜ん、ヒナゲシって花があるじゃない? で、ケシってのもあるじゃない。

ケシはねぇ、麻薬のなのよね。で、『ヒナ』って言葉には小さいって意味があるんだぁ。

つまり『ヒナゲシ』って『ケシに似た小さい花』って意味になるのよ。小さい頃にその意味を知ってね、ちょっと嫌になったの。

だから『ヒナ』って呼んでもらってるの」

「そんな理由があったんですか」

「あったのよ」

 ヒナは『漢字も難しいしね』と付け加えた。

 ちなみに雛罌粟。……難しい。

 笑顔でアイスを舐めながら理由を言うヒナでした。

 さらにいうとアイスは僕の奢りでした。……あれです。好きな子の前ではいいかっこをつけたいという男心です。

 僕らは河川敷を日が暮れるまで歩きました。


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「ヒナッ。ごめんなさい!」

 待ち合わせに遅れ、ヒナを見つけてとりあえず謝った。全力で。

「なっ、なによぉいきなり。あーわかったわぁ。いつも私が遅れてくるのに、珍しくハヤテの方が遅かったから謝ってるんでしょー?

別に怒ってないわよ?」

 ものすごい笑顔。うわ……心が痛い。

 今日はヒナのショッピングに付き合う約束だったのに。当然……僕は買ったり買ってあげたりは出来ませんが……。

「ほらっ、ハヤテ行こっ♪」

 僕の腕をとるヒナ。でも、

「ん? 何で止まってるのよー。ほら行くわよ」

 動かない僕。

「ごめんなさい……行けません……」

「えっ? なんでっ?」

 事情は簡単だった。

「急にバイトが入りました……。店長にどうしてもと頼まれまして……」

 僕がシュンとしながら謝ると、ヒナは腕を放してくれた。

「ごめんなさい。この埋め合わせは必ずしますから! それじゃあ!」

 僕が駆け出そうとするとヒナが僕の上着のスソを掴んできた。

「あっ……」

 自分の行動に戸惑っているような表情を見せる。

「ヒナ?」

「………………どうしても今日はダメなの?」

 スソを掴んだままヒナが残念そうに下を向く。

「……はい。とてもよくしてくれる店長なのでほっとけなくて……」


「…………つ……な……の……」


「え?」

 ヒナがボソリと何か言った。つまんないの……そう聞こえた気がした。

 ヒナがパッと顔をあげた。そこには残念そうな表情はなかった。

「そう。じゃあ、ハヤテ行ってらっしゃい」

 一緒にスソも放していた。

「あ……それじゃあ行きますね」

 僕は走り出したらヒナが後ろから叫んできた。

「ハヤテー! 今度ケーキおごってねー!」

 おごってあげないといけませんね。

 ……店長バイト代また前借りさせてくれるかな……。



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         第3章 予兆


 学校も始まったイライラする梅雨の時期。

 僕は30分ほど一箇所から動けないでいる。

「………………」

 僕はとある御宅の前で立ち尽くしていた。


 そこの表札の文字には『四方』と記されている。


 昨日ヒナと電話した所、なんだか調子が悪いらしく学校を休んだということだった。

「……つまり、女の子の自宅に一人で訪ねるのに僕はビビッてる訳ですね」

 なんとなく現状を口に出してみた。しかし……どうにもならない。向こうから向かってくる事はない。

 早くしないとご近所の方が警察に通報しそうです。警察にお声をかけられそうです。

 僕は頬にキズのある人も苦手ですが、警察も苦手なんですよね……。

 僕……戸籍とか保険証ちゃんとあるのでしょうか。

「……よしっ!」

 僕が心を決めてインターホンに指を伸ばす。と、そこに

「どちら様ですか? 何かご用でしょうか?」

 と声がかけられた。

 僕が振り返ると随分若く見える奥さんが買い物袋片手にいた。

 不審そうな目を僕に向けている。

「えっと……こちら四方さんの御宅ですよね。僕、綾崎ハヤテといいます。

ヒナゲシさんがご病気と聞きまして、お見舞いに来たのですが……」

 するとヒナのお母様? は、さっき声をかけた時の不審そうな顔は消え、一気に笑顔になった。

「まぁ! ヒナのお友達!? えっ! ていうか彼?! 彼なの?! どうぞどうぞ。上がってくださいな」

「え? いやっ、あのっ、お母様ちょっと」

 僕は四方の表札がある門を通される(腕を引張られながら)。結構大きな家です。

 そして、そのままおそらくヒナの部屋があるのであろう二階に通される。

「ヒナー? お見舞いに来てくれたわよー」

 扉の前でお母様がノックと声を掛けると、中からごそごそと動く音が聞こえてきた。

「ん……お母さんだぁれ?」

「ハヤテ君って人よ♪」

 なんでお母様はこんなに笑顔なんでしょう?

「んん…………ハヤ……テって!!! えっ!」

「それじゃあお通しするわよー」

「えっ! ちょっとお母さん! 待っ……」

 ヒナのお母様はヒナの制止も聞かないで扉を開いた。

 部屋に入ると整理整頓された本棚。ピンクのカーテン。教科書の並ぶ勉強机。そして、ベッドに寝ていたであろうヒナ。

 ヒナは今は真っ赤な顔をして、上体をあげていた。

 なんとも、可愛らしいピンクの布地に白いウサギがプリントされたパジャマを着ている。……可愛い。

「それじゃあ、後はお若い二人に任せて。ハヤテ君ごゆっくり〜」

 そう一言だけ言い残して、ヒナのお母様は扉をしめて出て行った。

 ……お見合いの席で聞かされそうな言葉です。


「………………」


「………………」


 空間に静寂という文字が漂っている。ヒナも僕も何も言わない。

 無言に堪えれなくなった僕は発言をした。

「ヒ、ヒナ!」

「ひゃ! ひゃい! なんでしょう?!」

 無駄に大声。動揺しまくりの僕ら。だから口が滑ったんでしょう。

「ヒナ……そのパジャマ可愛いですねっ!」

「え……!! ……!!! ……ひゃわああぁ!!!!」

 ヒナは最初に顔を赤く染め、次に下を向き自分の格好を確認。今度は真っ青になったかと思うと、僕を見てもう一度真っ赤に。

 最後には掛け布団を頭が隠れるまで引張って、潜っていった。

 ころころ表情が変わって百面相のよう。

「というか、なんで?! どうして!? なんで?! ハヤテが?!」

 おぉ……テンパってますね。

「帰って!! ……やっ違うっ帰らないで! うぅ……なんでハヤテがお見舞いに来てるのよぅ……」

 ヒナはひょっこりと布団から顔半分ほどを除かせる。おでこまで真っ赤になっている。

 ……可愛いですねぇ。慌てふためくヒナなんて滅多に見れませんし。

「はー……僕がヒナの心配をしてお見舞いに来てはいけなかったですか?」

「だって! だって! 来るつもりなら昨日電話で教えてくれてもいいじゃない!」

 ヒナは耳まで真っ赤になる。

「嫌でした……か?」

 やっぱりヒナは僕の事が……。

「あぁ! もう! そんな某金融会社のCMのチワワみたいな顔をしないでよ!」

 僕……そんな顔してるんでしょうか?

「嫌だなんて言ってないじゃない! うぅ……だって……今はパジャマだし……髪の毛もボサボサだし……パジャマだし。

……昨日からお風呂も入れてないし……パジャマだし……」

 完全に頭が回っていませんね。ヒナ、パジャマを三回言ってます。

「僕はパジャマでも気にしませんけど?」

「私が気にするの! あぁもう! この鈍感!」

 あれ? 僕なんでお見舞いに来たのに怒られてるのでしょう。

「その様子では思ってたより元気そうですね」

「ん、まだ少し熱はあるけど……」

「そうなんですか?」

「ちょっ! ハヤテッ!」

 僕は自分の額とヒナの額を引っ付ける。んー……確実に熱い。

 気のせいじゃなく今でも体温がドンドン上がってるように感じる。

「んー……熱がありますね。ヒナ、本当に大丈夫ですか?」

 僕は心配感がこみ上げてくる。ヒナは時々、病院と言って遅れてくることがあるから。

「だ、大丈夫よ。ちょっと布団に包まってたせいで熱いだけよ。

それだけなんだからねっ! なんでもないんだからねっ!」

「はいはい、わかりましたよ。それじゃあ、熱があるようですし、僕は帰りますね」

「えっ?!」

 ヒナが驚きの表情を見せる。

 僕……変なこと言ったでしょうか。

「ハヤテ……か、帰っちゃう……の?」

 ヒナは上半身を起こして、掛け布団でパジャマを隠しながら、もじもじして聞いてくる。

「ん? 帰りますよ。ヒナ、熱はあるようですが元気そうですしね。

元気な顔が見れてよかったです。それじゃあ、お大事に」

「あ……」

 僕は実際まだこの場に居たかった。でも、ヒナの体に障るといけないと思ってその場をあとにして、扉を閉めた。

 階段を下りる途中、ボスンと枕か何かを叩く音が聞こえた。

「……もうハヤテのバカ……」

 そんな声も……聞こえた気がした。


 僕が階段を降りると、丁度ヒナのお母様に出くわした。

「あら? もう帰っちゃうの?」

 その手には香り立つ紅茶(この香りはダージリン)と高級そうなお菓子が乗ったお盆があった。

「えぇ、少し熱があるみたいなので」

 僕がそう言うと、お母様は意外そうな表情を浮かべた。

「えー? さっき計った時はそんなに……。というかハヤテ君体温計なしでどうやって計ったの?」

「こう……おでことおでこをくっ付けてですね」

 僕はジェスチャーでヒナのお母様に見せます。

「あぁ〜……、それはヒナちゃん熱が上がるはずね」

「ん? まぁ、とりあえず今日のところは帰らさせていだきます。お菓子まで用意してくださったのに、すみませんでした」

 僕は玄関で学校指定の靴を履く。

 他には持ってなかったりする。

「それでは、お邪魔しました。ヒナにお大事にと言っておいて下さい」

 僕はそのまま扉を開けて外へ出ようとした。するとそこにヒナのお母様から声をかけられた。

「ハヤテ君……」

「はい? なんでしょう」

 僕が振り返ると、ヒナのお母様は深々と頭を下げていた。

「ヒナのこと……本当にお願いしますね」

「ちょっとお母様?!」

 その時僕はただ慌てて、分りましたと言い続けていたが、頭を下げたままお母様の真剣な表情は気づけなかった。



 この時にでも気づいていたらあるいは……。


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 今日はこの前ヒナに会った時に、映画にでも行こうとの話になったので映画館の前でヒナを待っている。

 見る映画は今話題になっている小説を元にした映画で、この前二人で雑誌を見ていた時に見つけた。

「見るなら僕コレがいいですけど」

 と、僕が言うとヒナは、

「うん、いいよ」

 と、あっさり決まりました。


 ヒナは今日も病院らしく、遅れてくると昨日の電話の時点で聞いていた。


 ……しかし、やっぱりヒナはどこか悪いのでしょうか?

 定期的に病院を理由に遅れて来ますし……。


 夏の到来を感じさせるセミの声を聞きながら、そんな風に考えていると突然視界が塞がれた。

「ハーヤテっ! お待たせ〜」

 声から察するに、背後から近づいたヒナが両手で僕の目を塞いできたようです。

「ちょっと! ヒナ! 止めてくださいよ!」

「ふっふー、ごめんごめん」

 ヒナは両手を僕の目から離した。目を向けるといつも通りの笑顔を見せるヒナがいた。

「ごめんねー、お医者さんの先生がカッコよくってちょっとお話をしてたのよ」

「……ほんとうですか?」

 僕の胸の中に黒い感情が湧いてくる。

「ちょっと、なに真剣な目してるのよー。冗談よ。ジョーダン。ほら始まるんでしょ? 行きましょ」

 ヒナは僕の手を取って映画館のチケット売り場まで引張っていく。僕はそんな彼女の後ろ髪を見つめていました。


 僕はヒナの笑顔が好きでした。


 僕はヒナとの時間が好きでした。


 僕はヒナの事が好きでした。


 恋は盲目……よく言ったものです。


 僕は……ヒナの嘘に気づけませんでした。


 ヒナはいつも笑顔で僕の所へやってきました。


 僕達は二人でいつも並んで歩き出しました。


 でも……僕は気づけませんでした。





 ヒナは僕のことを見つけて、はじめて笑顔になったこと。





 それまでは、ずっとうつむいていたこと。





 僕のためにヒナは一生懸命笑顔を作っていたこと。





 僕は……なにも気づけていませんでした。



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 映画は僕としてはとても感情移入出来ていい話でした。

 主人公は借金がある父、そしてその息子。父は借金が膨れに膨れ上がり、一億五千万の借金が出来てしまう。

 そこでその父はあろう事か自分の息子を抵当に売ってしまう。父の借金はそれで終わりになるはずだった。

 しかし、その後父は自分の命が残りわずかであることを知る。

 父は死の恐怖から知り合いに会いまくる。しかし、今までのツケのように誰も相手にしてくれない。

 この時初めて父は自分がなんという人生を送ってきたのかを知った。

 自分が仕出かした息子を売るという行為の酷さを。

 父は何とか息子と再会し謝る為、残りの人生を精一杯生きようと決める。

 そして最後には息子と再会し、誠心誠意謝り、息子もそんな父を許し、父は少しは救われたと思いながら、満足して息子の腕の中で死を迎える。


 というお話。

 僕はなんだか息子の立場に近いものを感じ、自分の将来を不安に感じ、それでも感動が胸に染み渡った。

 僕は最後には涙を零しながら見ました。

 ふと、目の前を遮るものが出された。横からヒナがピンクのハンカチを差し出した。

 僕はハンカチを手に取る。

「……うっく……ヒナ、ありがとう……」

 ヒナを見ると僕とは対照的に冷静な、むしろ冷めた表情でエンドロールが流れるスクリーンを観ていました。


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 映画館を出るともう日が暮れかけていました。出るとすぐにヒナが僕の手を握ってきた。

「ヒ、ヒナ?」

「………………」

 僕が驚きつつもヒナを見ると、随分と不機嫌そうな顔をしている。

 僕……何かしましたっけ?

「ヒナ?」

「………………何」

 僕が声をかけると、低い声で答えてきた。

「いえ……なんでもないです」

「……そう…………」

 僕達はこの後無言のまま河川敷まで歩いていった。

「そういえば……」

 僕は河川敷にまで来ると、無言の雰囲気に耐え切れなくなりヒナに話しかけた。

「あの映画……まあまあ……でしたね」

「……ハヤテ、号泣してたじゃない」

 やっと話してくれた。でも、ヒナは冷静に静かに話をします。

「いえそうですけど……えっと、その、あの……父が自分の人生に悔いを残さないように、売ってしまった息子の為に残された命を尽くして息子に会って、

謝って許してもらって、満足して死んでいったのはいい話だったと思いますよ」

 ヒナはうつむき、僕の方を見ないままでしたが、繋いだ手をギュッと握ってきた。

「ホントにそう思うの?」

「え? あ、はい…………」

「あんなの……全部嘘っぱちだよ」

「え………………」

 ヒナはまだ僕の方を向かない。

「いつ死ぬか分らない人間が、あんなに他人に対してどうこう考えるわけないわよ。何より、最後に謝って許してくれた息子との事で満足するわけないわよ。

誰かを好きになったりしたら……生きたいって思うに決まってるじゃない…………あんなのは映画で綺麗に美化されただけよ。エゴを通しただけの話だわ。


私は……絶対あんな風にはならない」


「…………………………ヒナ…………?」

 僕がヒナを呼んだ瞬間、ヒナは顔を上げた。

 そして………………

「………………………………………………ッ?!」

 僕は頭の中が真っ白になった。

 一緒に心臓も止まるかと思った。

 ヒナは手を引いて、突然僕に顔を近づけると唇を重ねてきた。


 でも、それは僕の想像の中にあったキスではなく、本当に強引に唇を押し付けただけだった。


 愛を交わす、気持ちを確かめる、どんな恋愛ともかけ離れた感じ。



 ただ……切なく……やり切れないだけ……。



「……………………………………ごめん……ハヤテ……っ」

 言って、ヒナはハヤテの手を振りほどき走り出そうした。そんなヒナの肩を僕はとっさに掴む。

 掴んで、何をどうしようかなんて決めていなかったが。すると…………。

「……………………………………離して…………」

 小さな力のない、今にも掻き消えそうな声でヒナは言った。

 いつも僕をからかうような楽しさや、強さが感じられない。

 ただ……弱い。

 身をよじって手を振りほどこうとするヒナを無理やり自分の方へ向かせた。

「ヒナ、なんで逃げるんですか」

「……………………離してよ…………」

 僕が聞いてもヒナはそれしか答えない。僕は出来るだけ優しくヒナに聞いた。

「どうしたんですか、ヒナ……いきなり…………」

「…………………………………………」

「らしくないですよ……今のもなにかの冗談でしょう? なにかありましたか? 僕じゃ頼りないかもしれませんけど話くらいなら聞きますよ?」

「…………………………バカ…………」

「えっ?」

 僕はヒナの言葉が上手く聞き取れなかった。

「バカって言ったのよ! ハヤテなんか………………大ッキライっ!」

 ヒナは僕の目を見ず、視線を逸らしながら言った。

 僕はそんなことを言われても、何も傷付かない。むしろ、強気になった。

「知ってますよ。前にもヒナはそう言ったでしょう。それなら……なんであんなことしたんですか?!」

「……………………………………」

 ヒナは顔を伏せる。

「ヒナ……この際ハッキリ言いますけど……ヒナが僕のことを嫌いでも僕はヒナのことが―」


 あぁ、こんな険悪な状態で僕は何を言おうとしてるんでしょう。

 今、告白してどうすれば?


 だが、

「嫌だっ!」

 再度ヒナが激しく抵抗してきた。

「やだっ! もうイヤっ! それ以上言わないで!!」

「ヒナ!!」

 暴れるヒナを無理やり引張ると、僕の腕の中に納まった。

「…………………………」

 ヒナの抵抗はなくなり、僕の胸に頭をうずめてきた。


 ……ヒナってこんなに小さかったでしょうか?


 こんなに、弱かったでしょうか?


 こんなに、細かったでしょうか?


 こんなに……可愛かったでしょうか?


 ヒナは弱々しくて、とても華奢で、なにより可憐でした。


 ヒナは泣きそうになりながらも、必死に涙を堪えようとしています。


「やっぱり、ハヤテのことキライだよぉ。だって………………。だって、生きていたいって思うから……生きたいって思うんだもん。

いや………………私…………やだよ…………やだよぉ…………」

「なに……言ってるんですか……」


 僕の中で細切れの考えが一つに繋がっていく。


 病院に通うというヒナ。


 病気で寝込むヒナ。


 決して頭を上げなかったお母様。


 初めての演奏で感じた力の弱さ。


 今のヒナの言葉。


 僕はその先にある物から目を逸らしたかった。


 でも、逃げることは出来ない。


 そんな気がした。


 ヒナは言った。




「………………私……………………もうすぐ死ぬの………………。病気………………もう助からないんだって…………」




 目の前が真っ暗になった。もう何も見えない。


 ただ、ヒナを失うのが嫌で。

 見失うのが嫌で。

 消えてしまうのが嫌で。


 僕はヒナの体をしっかりと抱きしめることしか出来なかった。


 神様! 今の、この温もりを奪わないで下さい!


 僕はヒナを決して離さないとしか思えなかった。


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 ヒナは誰かを好きになりたかったと言って僕の腕の中で泣いた。


 でも、私にはそんな資格も時間もないとヒナは笑った。


 すりきれた笑顔で。


 僕達はそのまま近くの公園に向かった。街灯が一つ点いるだけで、人影はない寒空の寂しい公園。

 僕達はその街灯の細い支柱に二人で身を寄せるかのようにしてもたれ掛かった。


 そんな中ヒナがトツトツを自分の事を話し始めた。


 初めは中学に入ったばかりの時、風邪のような症状が出始めて病院へ行った時に病気の事実を知った事。

 そして、おそらく助かる見込みがない事も。

 ヒナが病気についても話してくれましたが、専門用語が多くてあまり僕には分りませんでした。

 ヒナはそのまま縋るように元々好きだったヴァイオリンに打ち込み始め、



              あの日、あの時、僕達は出会った。



「……これで私の話は終わりよ……帰りましょう、ハヤテ」

 ヒナは僕の手を取り、歩き出した。僕はショックから何も言わないでヒナに導かれるままについていく。

 そのまま僕達は無言で歩き続けた。

 もうすぐヒナの家に着く所に来てやっと僕は口を開いた。

「……いんですか?」

「え、何?」

「本当に助からないんですか?」

「………………うん」

 僕は今どんな顔をしてるんでしょうか?

 どんな顔をすればいいんでしょうか?


 でも、それ以上にヒナにこんな顔をさせてしまった自分が嫌だ。


「……ハヤテ、家着いたよ」

 ヒナの家の前で僕はヒナの手を離せないでいる。

「…………離したくないです……」

「ハヤテ、離して。これ以上私の覚悟を揺るがせないで。……今日はゴメンネ。……しばらく連絡しないで。じゃあお休み」

「あっ……」

 ヒナは無理やり僕の手を引き剥がし、家に駆け込んで行った。

 僕は一人立ち尽くし、ヒナの影を追うように、ヒナが消えた扉を見つめていた。


 神様は酷いです。


 なんでヒナが死ぬんですか?


 なんでヒナなんですか?


 なんで……。



 僕は神様を恨みます。


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         第4章 決意


「お母さん、いってきまーす」

「おはよう、ヒナ」

「えっ?!」

 僕が声をかけるとヒナが驚いた顔をした。まぁ、当然ですね。いきなり自分の家の前で僕が待ち構えていたんですから。

ヒナが反応しないので僕はもう一度言い直す。

「おはよう。ヒナ」

「あっ……おはよ……ぅ」

「今日もいい天気ですね」

僕が他愛無い話をするとヒナが僕を睨んできます。

「……ねぇ、なんでいるの?」

「……嫌だったからです」

「………………」

「あれで終わりなんて嫌だったからですよ。僕は自分が出来る事をしようと決めただけです」

「………………」

「出来るだけヒナと一緒にいようと……決めました」

僕の言葉を無言で聞いていたヒナが重い口を開く。

「……私……死ぬよ」

「知ってます」

「……私……絶対助からないよ」

「知ってます」

「……私……一緒に……ずっと隣には居られないよ」

「知ってます」

「……私……私…………私で…………私でハヤテはいいの?」

「はい。僕はヒナが好きです」

 ヒナの顔が暗い表情から紅色に染まっていく。その反応が見れただけでも僕の心は温かくなる。

 ヒナはそのまま顔を俯かせた。

「……言わないから」

「はい」

「私は……絶対ハヤテに好きって言わないから」

「はい」

「それが……私が守る覚悟の最後の一線だから……。それでも……いいの?」

「はい」

「………………」

 ヒナが僕の所にまで来てくれた。ヒナは僕の横に来て、そのまま僕の手を握ってくれた。

 僕も何も言わないでそれに従い、一緒に歩き出した。


 歩いているとヒナが僕に、

「私は、ハヤテのことなんか大っキライだからね」

と言ってきました。

 僕がヒナの方を向くと、パッと横を向いてしまいます。その横顔から見える頬が淡い赤をしています。

 ヒナは更にポツリと本当に消えそうな声で、

「……でも、ありがとう」

と言った。

 僕は聞こえない振りをした。



           これが僕の選ぶ道です。


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 僕はバイトを一つにまで減らした。少しでもヒナと過せる時間を作るために。


 僕達は河川敷で落ち合い、ヴァイオリンの練習をするようになった。いつも日が暮れなずむ頃までずっと。

 ヴァイオリンに関しては彼女は正しいレッスンを受けているせいかとても厳しい。いつも僕がダメ出しをされる。

 僕も言い返しはするがあっさりとかわされて、更にダメ出しをされるといった感じ。

 この手の言い合いでは絶対にヒナには勝てない。

 僕が困った顔で押し黙ると、決まってヒナは笑い出す。そして、僕の眉間を人差し指でチョンと突っつく。

「そんな小犬みたいな顔しないでよぉ。私がイジメてるみたいじゃん」

「イジメてるじゃないですかぁ」

 いじけて言うと、ヒナは更に笑い出しますし。


 僕達がいつものように練習しているからか、いつしかギャラリーも集まってくるようになりました。

 僕とヒナの独演会状態で、二人で合わせたり一人で弾いたり、一方的に僕がダメ出しされたり。そんな僕達の様子を楽しんでくれているようでした。

 僕はそれだけでもいいと思えました。

 僕達は残された時間を少しでも楽しく過して居たかったんです。

 でも、神様はどこまでも僕には微笑んでくれませんでした。


 やはり、僕は死神にでも好かれているのでしょうか?


 この場合は……ヒナが……でしょうか……。


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 数ヶ月経った秋頃でも、僕達はヴァイオリンを引き続けていました。しかし、ギャラリーの人達もいつしか居なくなりました。

 居られなくなりました。

 正確に言うならば、僕達が河川敷に居られなくなりました。

 更に言うとヒナが居られなくなりました。

 『入院』です。

 ヒナの体が日常生活を出来なくなるような事になった訳ではありません。

 しかし、『いつどうなってしまうか分らない』。だから、入院。

 ヴァイオリンを弾く場所が病院の中広場になった。それだけの事です。

 また、僕もバイトを全てやめました。学校が終わったらすぐにでもヒナの病院へ行くために。


 子供の頃の不安を煽り立てるような病院特有の香り。


 不気味なほど静かな廊下。


 無機質な白い病室。


 そんな病室にヒナは一人いる。

 夏ごろから伸ばし始めていた桃色の髪が嫌なくらい病室で映えました。

 今は背中くらいまであるでしょうか。

 僕は病院に頼み込んで、常時面会出来るようにしました。

 それ以上に、ヒナのお母様が口添えをしてくださったのが嬉しかったです。


 僕は夏休みになってからはいつもヒナの病院へ行って話をした。

 学校に行けなくなったヒナからの話題は変わりばえがしないものです。

 今日の看護士は点滴が下手だったとか、外科の先生はかっこいいとか、病院内のことに限られてしまう。

 時には勉強もしました。受験生ですしね。

 でも……ヒナは受験する事が出来るかどうか、出来ても高校にいけるかどうか、というのが医者の判断でした。


 つまり……ヒナは来年の4月まで生きていられないということを暗に示していました。


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 吐く息も白くなる12月23日。

 僕達は病院の中庭に電飾で飾られたクリスマスツリーを見ながら二人だけでベンチに座っている。

 実際、もう面会時間は終わってますが、ヒナの両親と病院側が気を遣ってくれてなんとか会うことが出来ました。

「ちょっと……寒いね//」

 僕の左隣に座るヒナが寒そうに両手に息を吹きかけている。

 僕はそれを見て自分の手袋をヒナに差し出した。

「はい、ヒナ。手冷たいんでしょ? これを使ってください」

「い、いいわよ。ハヤテが使ってよ」

「じゃあ……はい。こちらを」

 僕は左の手袋だけをヒナに渡し、僕は右の手袋を自分の右手につけます。

 僕を見てヒナも自分の左手に手袋をつけました。

「ヒナもう少しこっちに来て下さい」

「ん?」

 近寄ってきたヒナの手袋のない右手を、僕は左手でにぎりしめる。

 それに、ヒナは指を絡めてくれる。

「なんか……照れるじゃん。……ハヤテってジゴロだよねぇ」

「ジゴロ?」

「わかんないなら、もういい」

 ヒナは照れ笑いのように、はにかんだ笑顔をする。

 僕もつられて笑う。

 ツリーの輝きを照らし返すように、ヒナの右手の細い薬指には銀色の指輪が嵌っている。

 僕の右手の薬指にも同じデザインの指輪が嵌められている。

 今日僕が誕生日プレゼントに買ってきたものです。

 入院する前にヒナが欲しがっていた四つ葉のクローバーをあしらった銀のペアリング。

 バイトを止めてからのお金をほとんど使って購入しました。


 ただヒナの笑顔が見たかったから。


 ヒナは繋いだ手を上げて、指輪を僕の方に見えるように示す。

「ハヤテ、これ、ありがとうね」

「はい」

 ヒナには言ってないがこの指輪には意味がある。


 クローバー。


 幸せの象徴。


 また、英語でCLOVER。


 C(シー)LOVER……『She Lоver』。



             彼女は恋人。



 ヒナが僕の肩に頭を持たれ掛けてくる。その肩にかかる重さが軽く感じられた。そのままの体勢でヒナが言う。

「ねぇ……ハヤテはあの時の事、覚えてる?」

「ん? いつのことです? 初めて会った時ですか?」

 ヒナは目を閉じてその時を思い出している様子。

「あの時は……初対面だっていうのに…………いきなりケンカだったわね」

「はは、そうでしたね。じゃああれです? お見舞いの時とかです?」

「あれは……ハヤテったらいきなり来るんだもの。あぁ、思い出したら情けない所見られたわ」

「じゃあヒナの言うあの時っていつなんですか?」

 ヒナは少し悩む表情をする。

「んー……いつかしらね?」

 ヒナの答えに少しガックリする。

「じゃあ、さっきのはなんなんですか……」

「ホントはね……いつだっていいのよ」

 ヒナはこちらに目線を送り、微かに微笑む。



「ハヤテが憶えていてくれてるならいつだって……ね」



「ヒナ……」

「……もうひとつ……もうひとつだけ…………私……我がまま言っていい……かな?」

「はい」

「私………………ハヤテの……彼女…………ってことでいいかな?」

「……はい」

 繋いだ手がギュッとにぎりしめられた。

 その手が細かく震えている。


 ヒナは知っています。


 自分が死ぬ事を。


 ヒナは知っています。


 その言葉が僕を縛り、苦しめる事を。


 ヒナは判っているはずです。


 その言葉が自分の覚悟が崩れたことを示すことを。




 でも、それでも、最後に、



 僕とのつながりを求めてくれた。



 つながりを創ってくれた。



 すぐにも崩れてしまうと判りながら。



 それでも、笑ってくれる。



 作り笑いじゃない、最高の笑顔で。




 手を解き、ヒナを引き寄せ、ヒナは目をつぶる。

 ヒナの吐息を感じる。

 唇まであと2センチ。


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            最終章 前へ


 それから、二ヵ月後。

 ヒナは死にました。

 残された日々を精一杯生きながら。笑いながら。

 僕も一緒に笑っていました。

 大切な日々は僕の想い出。


           僕とヒナの想い出


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「その後、僕は潮見高校に入学しました。ヒナに勉強を見てもらってのでもう少し上の学校も目指せましたが、

やはり近場の所で学費の安い所を選んだ感じです。あとは知っての通りです。

僕は両親の残した一億五千万の借金のかたに売られて……それをお嬢様が助けてくれました。

そして三千院家の執事となり、白皇学院に入学して……貴女に出会ったんです。


            ヒナギクさん」


 木漏れ日の中、僕はヒナギクさんにヒナの事を話しました。

 長く、おそらくヒナギクさんにとって楽しくはないであろう想い出。

 でも、ヒナギクさんは口を挟んだりしないで最後まで聞いてくれました。

「僕は驚きました。ヒナギクさんは……ヒナにそっくりだったんですから……」

「………………」

「一目惚れというやつです。お嬢様も西沢さんの弟さんと付き合うことになりましたし、去年僕はヒナギクさんに告白したんです。

受けてくださって……嬉しくて……泣きたくなりました」

「………………」

「ヒナは最後の頃まで言ってくれませんでしたしね」

 僕は少し自嘲気味に笑う。

「ねぇ……ハヤテくん……私のこと……好き?」

 いままで口を閉ざしていたヒナギクさんがやっと言葉を発した。

「好きです。大好きです」

「じゃあ……そのヒナゲシさんの……代わりじゃないって言える?」

「言えます。僕はヒナギクさんが好きなんです。でも……」

「でも?」

 僕は自分の右手をヒナギクさんの顔の前にかざした。その薬指には銀色のリングがまだ光を反射している。

「でも……僕はまだヒナに縛られています。こうして指輪もまだ外せませんしね……」

 ヒナギクさんは少し悲しそうな顔をした。

「……それだけ……ハヤテくんにとってヒナゲシさんが大切だったんでしょう」

「はい……でも、縛られたままじゃ僕は前に進めません。でも……忘れられない。忘れたく……ないんです」

「忘れる……必要はないんじゃない? ハヤテくん辛そうよ」

 僕はヒナギクさんの言葉にやさしく微笑んだ。

「ありがとうございます。ヒナギクさん。でも、僕は前に進むことを決めたんです」

「前に?」

 僕はヒナギクさんとつないだ手を離さず、立ち上がる。

「ヒナギクさん、移動しましょう」

「ハヤテくん?」

 慌ててヒナギクさんも立ち上がり、僕の後ろを歩いてくる。


 僕は四方家と彫られた墓石の前へと移動しました。

 ヒナの墓。

「ハヤテくん?」

 ヒナギクさんが僕を呼びかけましたが、僕は独白のように喋りだす。

「僕は神様が嫌いでした。


なんで死ぬのがヒナなのか。


なんで僕の大切な人なのか。


僕は神様を憎んでいました。


僕は神様を恨んでいました。





でも……今では神様に感謝しています。





こうして……」

 僕は隣に立つヒナギクさんを見る。

「こうして、ヒナギクさんと出会わせてくれたんですから」

「ハヤテくん……」

 僕はヒナギクさんの笑顔を見て、決意をはっきりとさせる。

「だから……僕は前に進みます。ヒナ」

 僕は薬指に嵌まった指輪を外した。

「ちょっと! ハヤテくん、それ大切なものなんでしょ!」

「いいんです」

 僕は外した指輪をヒナの墓前に添える。替わりにポケットから一つの小箱を取り出した。

それを見てヒナギクさんは両手を口の前へ持っていく。

「それって……」

「……僕はヒナを幸せにすることが出来ませんでした。


僕は借金がありますけど、もうそんな思いをしたくないんです。


僕は必ずヒナギクさん、貴女を幸せにしてみせます。


けっしてヒナの代わりなんかじゃないです。


僕は桂ヒナギクを愛しています


だから……結婚してください!」


 僕は両手で指輪の入った小箱をお辞儀のように体を倒しながら差し出した。

 すると、手の平から小箱の感触が消えた。

 僕が顔を上げると、ヒナギクさんが小箱を持っていた。

「本当に……幸せに……してくれますか?」

「はい。必ず」

「ハヤテくん……私の幸せはね……好きな人が私の前から居なくならないことなの。

だから、ヒナゲシさんみたいに先に死んだりしないでね。ずっと……ずっと私の隣で笑っていてくれる?」

「はい!」

「ハヤテくん……私を……幸せにしてください」

 僕は小箱を受け取り、指輪をヒナギクさんの左の薬指に嵌める。

 僕の指にも指輪を嵌める。

 僕達は手をつないで、ヒナのお墓に礼をして歩き出す。


 ヒナ、見ていますか?

 僕は前に進みます。

 僕はヒナギクさんをヒナの分まで幸せにしてみせます。

 僕は今、幸せです。
 

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