二本立てその2。一途な花菱さん。 ( No.59 )
日時: 2013/07/11 18:24
名前: 餅ぬ。



 珍しく用事が重なった理沙と泉が私を置いて先に帰ってしまったのは、もう十分ほど前のこと。一人きりの自由な放課後はとても貴重な時間なのだけれど、如何せん暇である。
 困ったことにすることがない。本当は宿題とか補習の課題とかあるんだけれど、提出期限はまだまだ先だし、貴重な自由時間を裂いてまでやることはないだろう。
 しばらく教室でぼんやりと時間を無駄にした後、私は本能の赴くまま歩き出した。足は自然とあの人へと向かって行く。暇を持て余す私とは対照的に、今も仕事に追われているであろう、彼女の元へと。

 生徒会室へと辿り着くと、私は何をするでもなくソファに座って仕事をテキパキとこなすヒナを眺めていた。文字を書いたり、判子を押したり、時折書類を睨みつけながら悩んでみたり。観察していて飽きることはない。
 見ているだけなら何か手伝いなさいと、言われる覚悟はしていたけれど、どれだけ待ってもヒナの口からそんな言葉は出てこない。多分、見た目ほど忙しくはないのだろう。それか私に任せるには少し不安な難しい仕事をしているのか。
 仕事をしろと言われないのは嬉しいけれど、構ってくれないとなると少し寂しい。ヒナが私を見たのは、生徒会室に入ってきた瞬間、その一度だけである。
 とりあえず存在感をアピールしてみようと、ヒナの真正面に立ってみる。しかしヒナは一向に顔を上げないので、彼女と視線を合わせるべく私はしゃがみ込んで机に顎を乗せて生首状態になってみた。
 上目づかいにヒナの表情を覗き込んでみると、少しだけ彼女の唇が弧を描いたのが見えた。あ、私を見て笑ってる。そう思うだけで、私の寂しさは一気に紛れた。我ながら単純である。

「待ってるの?」

 書類から目を離さずに、ヒナが言う。人の目を見て話しなさいと小さい頃に習っただろうに。

「待ってるの」

 ヒナが私を見ないから、私も彼女の手元に視線を置いたまま返事をする。くすりとヒナの口から小さな笑い声が漏れた。

「暇でしょ、待ってなくてもいいのよ」
「やだ。待ってる」

 駄々をこねる子供みたいにそう言うと、ヒナはやっと私の方を見てくれた。少し困ったように笑っている。この困り顔が、私は大好きだ。

「理沙と泉は?」
「用事があるからって、先帰った」

 不貞腐れたように言ってみる。実際のところ、別に不貞腐れてなどいない。けれど、こう言った方が彼女がちょっと困ってくれると知っているから、わざと子供じみた行動をしてみるのだ。
 案の定私が置いて行かれて寂しがっていると勘違いしたヒナは、また困り顔の中に笑みを浮かべた。けれどヒナは笑っただけで何も言わず、再び書類に視線を戻した。

「……ヒナ、終わりそう?」
「うん。もう少し」

 心なしか文字を書くヒナの手つきが、少しばかり速くなった気がした。私を待たせているという焦りからだろうか、と思うだけで何とも言えない幸福感に包まれる。ついでに、ヒナを独り占めしている書類の山に対して優越感も抱いた。
 きっとヒナは私が退屈していると思っているのだろう。しかしそれは大きな間違いで、私はこうしてヒナを時折困らせつつ眺めているだけで、十分に楽しかったりする。
 私のために早く仕事を終わらせてくれるのは嬉しいけれど、(私だけが)のんびりとした二人きりの時間が終わってしまうのは少し名残惜しい。構ってほしいくせにこの時間が続いて欲しいだなんて、我ながらワガママである。

「ね、美希」
「んぁ?」
「これ終わったら、どこか行こっか」
「え? どこか連れてってくれるの?」
「時間も時間だから、遠くまでは無理だけどね」

 まだ明るいし、美希の行きたいところに連れてってあげる。
 そう言ってヒナは私をしっかり見据えて笑った。思わず机に乗せていた顔を引っ込めて、ヒナに見えないように両手で頬を包み込む。じんわりと熱い。仕方ない、これはヒナが悪い。

「さて、と。そろそろ終わりそうね」

 そう言ったヒナはラストスパートと言わんばかりに、ペンの動きを速めた。再び訪れた静寂の中で、私は未だに熱を帯びている頬を懸命に手の甲で冷やしながら、この後どこへ連れて行ってもらおうかと思案する。
 この前駅前の少し入り組んだところで発見した小さなカフェにでも行こうか。泉たちとよく行くジェラート屋さんにでも行こうか。それとも、ヒナに全て任せてみようか。
 言ってしまえば、どこでもいいのだ。結局は彼女が居れば私はもうどこだって。こうして考えを巡らせるだけ無駄なのだ。それでも一応考え込むふりをする。迷う私を見て、ヒナが楽しそうに笑うのを知っているから。
 
 彼女の前で、私はどこまでも健気だった。気付かれないように、こっそりと。




【空が青い日の放課後】