Re: 新世界への神話Drei 6月9日更新 ( No.29 )
日時: 2012/06/20 19:11
名前: RIDE
参照: http://hinayume.net/hayate/subnovel/read.cgi?no=7129

どうも。
今回で33話ラストです。
結構長めになっていますが、読んでくれるとうれしいです。


 4
 しばらくして、ハヤテたちの行く手に大きな建物が見えてきた。

「あれがサイガって人が言っていた、十二の間の一つなのかしら?」

 ヒナギクが花南に問いかけてみる。

「そうみたいね」

 一同は建物の前で止まり、顔を見上げる。

 石造りで建てられたそれは、どこか立ち寄りがたい神秘的な雰囲気を漂わせている。

 侵入者を拒むかのように、だ。

 入り口であり門の上には、念の間と刻まれている。

「念ってことは…」
「この中にいるのは、エーリッヒさんってことか」

 エイジたちは安堵していた。エーリッヒは真実を知っている。自分たちと戦うことはしないはずだ。

 落ち着いて、しかし不安を抱くことなく門の扉を押し開ける。

 中には予想通り、エーリッヒが立っていた。

「やあ、エーリッヒさん」

 達郎がにこやかに挨拶した。

「一応聞くけど、俺たちをこのまま通してくれるッスか」

 エーリッヒは答えない。彼はただ目を伏せてこちらと対峙したまま動こうとする気配すら見せない。

「黙ったままでいるってことは、応えるまでもないってことッスね」

 達郎は自分なりの解釈をしてしまう。

 だが佳幸たちはエーリッヒに不信感を抱いていた。彼の佇まいから、なんとなく穏便なものが見られないのだ。

「それじゃ、遠慮なく通らせてもらうぜ」

 そんな彼らをよそに、達郎エーリッヒの脇を通り過ぎようとしていた。

「達、駄目だ!」

 佳幸は慌てて制止を呼び掛ける。

「ん、どうした?」

 達郎はその声に足を止めて振り返った。

 その達郎は、何か見えない力によって突き飛ばされたかのように勢いよく押し戻されてしまった。

 壁に激突すれば、強い打撲を受けると思われるほどのスピードで。

「危ない!」

 とっさにハヤテが前に出て、達郎の身を受け止める。

「大丈夫ですか、達郎君?」

 流石は頑丈が取り柄の執事。自身より20センチ以上も身長の大きい達郎の身を受けても倒れることはなかった。

「ああ。サンキュー、ハヤテさん」

 助けてもらった礼を言って、ハヤテと共に立ち上がる達郎。

 彼はそこで、エーリッヒを睨んだ。

「ちょっと、どういうことっスか」

 達郎は誰がどのようにして自分を飛ばしたのか、ちゃんと分かっていた。

 これはエーリッヒの仕業だ。彼の念力によって、自分は押し返されたのだと。

「あんたは明智天師の真実を、お嬢さんの傍にいる龍鳳が本物だって知っているんだろう!?」
「確かに、その通りです」

 達郎たちを見返すエーリッヒの目はどこか冷たい。

「ですが、ここを通すとは限りません」

 エーリッヒは自身の精霊、ウィルワーと一体化して、戦う構えをとる。

「どうしてもと言うのなら、私を倒していきなさい」

 静かで、とてつもない威圧を感じる。

 これは青銅や白銀の比にもならない。今佳幸たちは、黄金の使者たちの強さというものの真の意味を実感した気がした。

 精霊の使者の強さは心で決まる。このように今まで戦ってきた相手、一部を除くが、それが霞んでしまうほどの意志の強さが、黄金の使者たちが最高位の実力者たる所以であるのだ。

 正直、逃げ出したい気分になりだしている。

 しかし、ハヤテたちは引くつもりはなかった。

「上等だ」

 塁、優馬、氷狩の三人は勇みよく前に出る。

「俺たちは前に進まないといけない」
「だから、あなたとも戦います」

 そして三人は、自分たちの精霊と一体化した。

 これにより、十一人全員が一体化が可能となったことが判明されたのだ。

「僕たちもいこう!」

 佳幸たちも一体化して塁たちと並び、エーリッヒへ挑む。

 しかし、メルキューレの塔で戦った時よりも倍以上の人数を相手にしているというのに、それでもエーリッヒは強かった。

 まず塁と伝助、ハヤテが殴りかかろうとするのだが、途中でエーリッヒに金縛りにかけられてしまう。

 その三人の背後からヒナギク、佳幸が飛びかかり、剣で斬りかかろうとする。

 対して、エーリッヒはテレポーテーションでかわし、二人の背後をとった。そこから二人を掴んで投げ返した。その先には、こちらへと迫っていたハヤテたちが。

 エーリッヒがテレポーテーションした際に何故か金縛りから解放されたハヤテたち三人は、再び攻撃しようとした矢先にヒナギク、佳幸と激突し、倒されてしまう。

 そこへ、達郎と氷狩が水と凍気をエーリッヒに狙って放つが、これも念力ではじき返されてしまい、逆に自分たちが攻撃を喰らってしまう。

 残ったエイジ、花南、優馬、拓実の四人も、念力によって体を宙に持ち上げられ、床へと勢いよく叩きつけた。

 エーリッヒは、相手を全く寄せ付けずに圧倒していた。

「だ、大丈夫か?」

 ナギが心配した様子で皆に尋ねた。

「平気ですよ、お嬢様」

 ハヤテがゆっくりとエイジたちと共に立ち上がる。

「あの人が使ったのは小技に過ぎません。それで倒れるわけにはいきませんから」

 しかしそれは、裏を返せばエーリッヒはまだ本気を出していないということだ。だというのに、自分たちを全く寄せ付けていない。

 やはり黄金の使者は強い。いや、簡単に強いと言い表せる実力ではない。

 その力を前にして、ハヤテたちは手も足も出なかった。

 そんな状況を見て、ナギが彼らに声をかけた。

「所詮青銅の使者では黄金の使者相手に戦いが成り立つわけではないということだな」

 言葉だけを受け取ったなら、弱気になってしまったかと思ってしまうだろう。

「おまえたちは確かに霊神宮の在り方に反発しているのだろう。だが…」
「あんたに言われなくてもわかっているよ」

 エイジは、ナギが言わんとしていることを理解していた。

「エーリッヒさんや黄金の使者たちも、俺たちと同じように葛藤していたに違いない」
「けどそれを必死に耐え、力をつけていった。間違っているとしても、強くなって戦わなければ人を守ることも、救うこともできないから」

 それは佳幸たちにも伝わっていて、彼らも続けて語り出す。

「彼らは目を背いて、耳を塞いで、戦ってきたんだ。僕たち以上に」

 自分たちは霊神宮に関する戦いの時、戸惑いを感じながらも力を振るった。

 今まではその気持ちでいっぱいで、仲間以外の同じ使者のことなど考えなかった。だが、黄金の使者も同じようなことを考えていたのだろうと、最近思うようになったのだ。

「俺たちがただ戦うという行為だけをやっても、あの人たちには勝てないだろうな」

 何故かあっさりと敵わないと認めている。しかも、妙にすがすがしい様子で。

 普通なら、こんな彼らに首を傾げるだろう。戦いの中で、相手に勝てないと堂々と口にし、だというのに逃げ出したりあきらめたりする気配がない。自棄になっているわけでもない。

 全員、どこか吹っ切れているのだ。

「でも俺たちは、ちゃんと目で見て、耳を傾け、受け入れようとしている」

 と、ここでエイジが再び語り出す。

「黄金の使者たちがしてきたことで争っても勝てはしない。けど、俺たちは黄金の使者たちがしなかったことをやろうとしているんだから…」

 続きの言葉を皆が揃って口にした。

「きっとなんとかなるさ!」

 霊神宮の腐敗に怒りを感じたりしたのは自分たちだけではないはず。増してや、黄金の使者という最高位に立ち、使者たちの先頭に立つ以上、より心を痛めているのかもしれない。

 だが同時に責任もあった。使命もそうだが、白銀や青銅の使者たちをまとめるためにも、己の感情だけで霊神宮を乱してはいけないと。

 だから迷いを押し殺し、鍛え、強くなっていった。自分の心と葛藤した分は佳幸たちより長いかもしれない。それが、黄金の使者たちの強さの根源でもある。佳幸たちは五年、ハヤテたちに至ってはわずか一ヶ月しか経っておらず、しかも霊神宮から遠のいていたのである。エーリッヒたち程に磨き上げることは無理であり、そんな彼らに戦いを挑んでも勝てるわけがない。

 しかし、その替わりに黄金の使者たちは霊神宮の有り様を黙認してきた。変化による混乱を恐れたのだ。対して、ナギやエイジたちは真っ直ぐに向き合い、間違っていると声高に出張しようとしている。戦いはそのための手段に過ぎない。

 そう。ナギたちは勝つことが目的ではない。戦いを行う以上、勝たなければならないのは変わらないが、本質はそこではない。

 明智天師を含め、今の霊神宮に対して間違っていると告げたいのだ。自分たちだけで変化できるとは思っていないが、口を閉ざしてしまったらそれで終わってしまう。

 だからこそ、彼女たちは強大な黄金の使者たちを前にしても、怯むことはなかった。

 そんなナギたちを見た、エーリッヒは。

「なんとかなる、ですか」

 何を思ったか、エーリッヒは自ら一体化を解いてしまった。

「へっ?」
「な、なんで?」

 警戒しながらも、予想だにしないことに達郎やエイジは呆気にとられてしまう。

「行きなさい」

 そんな彼らに、エーリッヒは先に通そうとする。

 ナギたちは訝しんだ。自分たちに立ち塞がったかと思ったら、急に道を譲ったのだ。無理もないだろう。

 だがエーリッヒの表情には裏がなかった。自分たちに真実を話した時のように。

 そんな彼を、ナギたちは信じることにした。

「じゃ。じゃあ通るぜ…」

 達郎が再び、今度は恐る恐るといった様子でエーリッヒの脇を通っていく。

 先ほどのように、念力によって飛ばされることなく無事に過ぎることができた。

 これを機に皆一斉に駆け出し、念の間を抜け出して行った。

 エーリッヒが自分たちに牙をむいた思惑はわからないが、黄金の使者たちがどれ程のものなのか十分に理解ができた。

 残りの十一の間も、覚悟しなければいけない。

 そう肝に銘じ、ナギたちは先へ進むのであった。



「試す必要などなかったですね」

 ナギたちの背を見送りながら、エーリッヒは一人呟いた。

 実力の差は短期間では埋まらない。それに絶望してはこの先へは進めないことは確実だ。

 だからこそエーリッヒは彼らにレベルの差というものを見せ、その上で一言二言を送ろうとしたのだが…。

「あの様子なら大丈夫でしょう」

 精霊の使者は、心の強さで決まる。物怖じしなかった彼らの心は、黄金の使者たちにも引けを取ってなかった。

「そして彼らなら、自ずとマインドに目覚めることができるでしょう」

 何故使者の力が心によって左右されるのか。それは心が精神エネルギーの引き金となっているからだ。

 人間は普段、肉体が持っている力をセーブして使っている。常に100%の力を使っていけば、自身も壊れてしまうからだ。

 それは、心にも同じことが言えるのではないか。心を解放したままだと、外から来るストレスから守ることができずにたまってしまい、いずれは精神崩壊してしまうだろう。

 だが精霊の使者には、心を消滅せずに、精神エネルギーを100%精霊に伝導できる境地、テンションが存在する。それこそが、エーリッヒが口にしたマインドなのだ。

 マインドは使者の誰もができるわけではない。ただでさえ扱いが難しい精神エネルギーだというのに、精神崩壊寸前まで振り絞ることは熟練した白銀の使者でも不可能に近く、黄金の使者でさえ至難の業である。

 そのためマインドの発動は黄金の使者でしか許されていない。最も、黄金のリングにはその補助をする機能が特別に設けられているためでもあるが。

「ですがエイジはメルキューレの塔で、マインドに目覚めかけていた…」

 あの時自分に一撃を与えたことを思い出す。必殺技を放つ瞬間、エイジの背後に龍のオーラが浮かび出ていた。

 あれこそ、マインドが働いた証であった。無意識で、まだ完全にはコントロールできていないのかもしれないが。

「……あなたたちなら、きっと…」

 そう期待を抱くエーリッヒであった。




 33話、終了です。
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