Re:第一四話『相反オカーレンス』 ( No.50 )
日時: 2013/02/22 20:27
名前: 迅風

今回は長くなる文章量から基本一万字を心掛けている私。

まあ、突き抜けるが。←

それで今回書いてみたら三万字でしてねー。サブタイトル一つじゃ済まないので三話に分割してしまえと言うノリで三分割ですよ、はっはっは♪

さて、連続更新最後こと第一四話。

ごゆるりとお楽しみくだされば恐縮です!!


__________________________________________________________________________________



 第一四話『相反オカーレンス』


        1


 自分の目の前に佇む男が誰なのか。五十嵐は初対面ながら理解している。

 艦首。

 その意味が示すのなんてただ一つ。あの船のトップ。自分達を輸送しようとしたあの船の頭と言う事になる。一度も見なかった姿だ。騒ぎの中でも一度も姿を現さなかった。

 身を包む軍服の様な服装に赤と白を基調としたコート。そして首から上にある顔立ちはハリウッドスターの様に深い造形だ。黒いサングラスも実に格好よさを際立てる。

 だが、

「何でウサミミ!?」

「オッラッラッラ!! ツッコミはスルーするぜ、五十嵐よぉ……ン〜〜〜〜ッ」

 ウサギ耳の形状のピンクの頭巾を被っていた。髪の毛がそこからはみ出している分、格好よさはしっかりあるが、ウサミミ頭巾が全ての調和をシュールに着こなしている。

 何だ。あの船の船員は皆何処かおかしいのか、とツッコミを入れたくて仕方ない。

 しかし緊張感を持て俺、と内心五十嵐は呟いて。

「……お前があの船の艦首なのか?」

「オオ、そうよ。畏怖を込めてゴンザレスと呼ぶがいいぜ、オララララ……」

 ピコピコとウサミミが曲がっては伸びてを繰り返す。

「へっ、生憎畏怖なんて抱いてねーっつの!!」

 強者のオーラは感じるが気迫負け等見せてたまるものか、と五十嵐は強気な発言をした。

 対して艦首は小さく「……ゴンザレスって呼ばないのかよぉ……」としょんぼりとした表情を一度見せたがすぐに仕切り直して、

「……まぁいい。ともかくコチラから言う事は一つだア」

「なんだよ」

「『なんだよ』は、あるめェ。分かってるだろうがよォ……、戻ってきな。そして売られろ五十嵐雷……」

 ピコーン!! と、ウサミミが真直ぐ伸びる。

「ハッ。そんなクソな要求誰が飲むかよコノヤロウ!!」

「ま。だろうな。俺が言われたとしても呑まねぇわな、こんな案件なんざ」

 ウサミミがやれやれとばかりに左右に揺れ動いた。

「わかってるじゃねえか」

 ニヤリ、と不敵を笑みを浮かべて五十嵐は告げる。

「俺はお前らの商品なんかにゃならねぇ!! 金を借りたのは感謝してる。だが商品にはならない。金は働いて必ず返す。……それじゃダメか?」

「オッラッラッ!! ……面白い事を言うな、オメェは。中学生が六千万なんざ大金、働いて返せる見通しがあるとでも? 収入が高いのなんざ大概ガキにやらせられない危険な職業だ、容認出来るかって話だ。それなら若い臓器売り払った方が元手なんだよ」

「……ま、だわな」

 認めるところだった。実際、中学生の自分では働ける場所は限られているし、収入が高いのは大概危険な仕事になる。それなら高い臓器売った方が借金返済出来るだろうと言う話だった。

 だがそれには今後がない。明日がない。

 それを認められるわけは無かった。

「オッラッラ。で、如何する? 金もねェ。となると昨晩みたく逃げるしかねぇか、大人しく捕まるかだが……どっちを選ぶ?」

「そりゃあ逃げるに決まってるぜコノヤロウ」

 ピシッ、と右耳が五十嵐を指さす様に伸びた。

「オララララララ!! 面白ェ事を言いやがるガキだ!! 昨晩、ウチの船員に手も足も出なかった身の上で本当に逃げ切れるとでも思ってやがんのか?」

 愉快そうに顎に右手を添えてニヤニヤとした余裕の笑みを浮かべている。その顔を見ていて五十嵐は思った。

「とりあえず、そっさな……」

 その顔を驚愕に染めるのは愉しそうだ、と。

「昨日までの俺と思ってると痺れるぜっ!!」

 けたたましい音が五十嵐の手から弾き鳴った。その音に気付いた艦首はすかさず上体を後方へ逸らす。同時、上体があった場所を五十嵐の手刀が平手の形で振り抜かれた。手に蓄積した電力を平手として叩き付けるスタン攻撃。

 しかし躱される。けれど五十嵐にとって、それは予想の範囲内だ。

 すかさず手刀をそのまま剣の様に振り抜いた。

「チェストォ!!」

 斜め一閃。左斜め上から右斜め下へと一直線に電撃が走る。電撃の剣こと電剣(サンダーソード)≠ニ命名された技だ。だがその動きを艦首は動じた様子もなく後ずさりする事で躱した。それには流石に驚いた。

 目で語る。

 ――結構速い攻撃なんだけどな……!!

 ――オラララ、まだまだ手緩いぜ小僧

 交錯する視線が会話を成り立たせ、一撃も見舞われない行動が気持ちを震い立たせて、五十嵐の攻撃をより加熱に電熱させる。

 残された手に熱が募る。人差し指に電気が蓄電されてゆく。

 電気の銃撃銃電≠ェ加速と共に撃ち出された。

 バヂィ、と音を鳴らし艦首の左の頬を電気が霞める。遅れて血液がピッと僅かに飛ぶ。自らの頬に傷がついた事を実感し実体験した艦首はニヤリと大きく笑みを浮かべた後に。

「オーララララァッ!!」

 突如、五十嵐の体躯がグンッと引っぺがされる。襟元を掴まれて引き寄せられる様な不躾な感覚が体の所々を走ったと同時に五十嵐は艦首から距離を離された。

 誰だ、と意識しようにも視線を向けた方向に誰一人いやしない。

 なのに引き離される。そして近くの建造物の壁に背中から打ち付ける形で停止した。

「がっ……!?」

 何だコレ……、と脳裏が驚愕に染まったと同時に理解した。

「お前も『定式』持ちって奴なのか……!?」

 スキルこと定式知らず。その存在が船員に何名もいたのだ。それだけで可能性は考えられそうなものだった。

「オッラッラッラ……」

 そう呟きながら左手の中指を立て右手で頬の血を弾く男は愉快そうに告げた。

「いんや。厳密には違う代物だア……、そもそも定式持ちでもねぇしな……オララララ」

「だが……こいつは……!!」

 全身に力を込める。だが体は身動き取れずにいた。

「オッラッラ……、動ける要素はねぇぜ、俺相手じゃあなァ……」

 そのままジッとしていな、と呟いて。

「深長町。コイツを眠らせて『サンタ・ルジーア号』へ運べ」

「了解です。僕が労苦を患う権利はないですけどね」

「部下への艦首からの命令だア」

「わかってますよ。命令を訊く受ける権利が僕にはある」

 仕方ないな、とばかり深長町がこちらへと近づいてくる。

 拙い。そう感じた。この流れだと催眠でもかける定式持ちの可能性が浮かんでくる。そんな事になったら自分の未来は死だけだ。焦る気持ちが満たしてゆく。だが同時に冷静な気持ちが存在していた。

 何となくだが自分を縛る正体に憶測ながらも推測をつけて。

 五十嵐雷はやるしかないと断じて、自分の身体から電気を周囲へ走らせた。

「!?」

 深長町の目が見開かれる。艦首が去ろうとしていた最中、首をこちらへ勢いよく振り向けた。周囲を熱する巨大なエネルギー。電力が辺りにバリバリと音を奏でて放電していた。

 この技の名は自華発電(アクシンデントディスチャージ)=B

 端的に現象の名前を語るならば放電現象。体内に蓄積した電気を周囲へ空気を伝わらせて解き放つ。五十嵐にとって、彼の定式的に可能な術であり一番強力な効果を期待出来る全方位攻撃に相当する。その火力――否、華力は象の動きをも止める威力を発揮する。

 身体の皮膚と言う皮膚に痺れが走る。

 五十嵐雷にとって心地の良い痺れが感覚として表面を走り、毛穴と言う毛穴から針の様な感覚が突き出す様で、その独特な感触を五十嵐は頼もしく思う。

 あの日から自分が授かった定式は。

 常識的ではない定式は。

 必ず自分の助けになってくれるのだから。走り輝け、と口を小さく動かした。伝わせてあの男の元まで届けと強く願う。

 ――行け

 その声を合図に五十嵐雷の体全身から大量の電気が電撃となり激震する。放電の切っ先が艦首へ向けて槍の様に迫ってゆくその最中。艦首は、アンサンブル、と呟き、

「アクセント=v

 ぴゅっと右腕を振った。

「?!」

 瞬間、体躯が躍った。壁に張り付いていた体が再びグィッと引っ張られたかと思えば体が《バッシャァン!!》と言う大きな水飛沫を立てる原因となっていた。塩水が体を包み込んで電気が周囲へ四散してゆく。

「しまっ……!?」

「オララララ……。無念だなァ、必殺技が敗れる光景ってのァよオ」

 くっくっと中指を伸ばした手を海の方へ向けながら艦首は憎たらしい愉快な笑みを浮かべて五十嵐を見据えていた。ウサミミが胸を張る様に踏ん反り返っていた。

「テメェ……、何しやがった……!!」

「種明かしはする気はねェさ。ただまー、アレだ。電気使いともなりゃあ海水は苦手だろう。放電しかけのところに流動体だからな。電気も放散しちまったろう、オラララ……!!」

「ぐっ……!!」

 事実、五十嵐の放出しようとしていた電力は塩水に流されて霧散し水の泡になっていた。真水ならまだしも、海水で更に膨大な量を前に一個人の備蓄電力は散り散りになっていく。

 僅かに体内に備蓄電力があるが艦首に牙剥ける程の威力は有していない。

「さて、これで五十嵐。オメェは無力化した様なもんだ。後は船へ連れ戻すだけ。だが、まあ……一つ尋ねておこうか。もう一人のガキは何処へ行った?」

「!!」

 その言葉を訊いて五十嵐は確信した。

 戦友が捕まっていない事に。

 そして同時に理解する。

 捕まっていないと言う事はシープ≠ノ喰われたか、はたまた重傷ながらも身を隠しているのか。だが昨晩の夢がどうしようもなく嫌な予感を駆り立てる。だからこそ、吐き出してしまったのかもしれない。この言葉を。

「……んだよ」

「オウ?」

 ギッと艦首を見ながら悲しみそのままに言い放つ。吐き捨てる。

 もしかしたら生きているかもしれない可能性を考え追手を失くす意義を僅かな希望として抱きながらそれを覆い尽くす絶望感をそのまま吐き捨てた。

「死んだよ……、あいつなら……死んだ可能性が高すぎるんだよ……何処にもいやしねぇんだよ、アイツは!!」

「……?!」

 その言葉を訊いて艦首は嫌に驚いた顔をした。だが、すぐに表情を元に戻すと「そうかい」と簡素な返答を返す。何かを考え込む様に顎に手を当ててふぅむと唸り始めた。

「……何、考えてやがんだ……」

「ンン? いや、なぁに……」

 艦首は少し隙間を空けた後に、

「死んだってのが匿ってるだけなのか、どうなのか判断してるだけよ……。となると俺らの儲けも減っちまうって事になるからなア……」

「くっだんねぇ事考えて……!!」

 ギリ、と歯を食い縛って五十嵐は吠える様に言った。

「俺らの……俺達の人権を何だと思ってやがんだ……!! 人を売り買いしやがって……!!」

 その言葉に艦首はハッと息を吐き捨てて答えた。

「人権? ンなもの今も当然あるに決まっているだろう。ただ単に俺達がオメェの人権を見て見ぬふりしているだけでしっかり守られているさ。だから安心しておけ小僧。オメェは商品だが五十嵐雷と言う個人である事実は生涯一度も変わりゃあしねぇよ。オメェはオメェだ。売られる立場であってもな」

 だから俺を憎む権利がオメェには十分あるのさ、ニヤリと微笑みを浮かべて独特な笑い声を発してゴンザレスは左手を軽く振る。

 すると海水に浮いていた五十嵐の身体がぐんっと持ち上がり、陸地へどさっと言う音と共に下ろされた。

「誰か毛布持ってこい。ガキに風邪引かれたんじゃあ目覚めが悪ィ」

「それなら初めから海に落とさなきゃいいんじゃないですかと僕には言う権利がある」

「阿呆。海に電気流さねぇと辺り一帯どうなるかわからねェだろバカ」

 ハッと両手をお手上げの様に掲げて呆れた素振りを見せた後に、艦首の命令を訊いてきたのであろう船員の一人が大量の毛布をぼふっと五十嵐にかけて水を拭き始めた。

 対して五十嵐は目の前の男が悪人なんだか何だかわからなくなってくる。

(妙に人情味溢れる部分があるっつーか……。ああ、いやダメだダメ。惑わされるんじゃねえ。こいつらは敵なんだから……!!)

 毛布を持ってきてくれた事に関して少し感謝してしまいそうな気持を振り払う。

 振り払うに少し遅かったのが事実だが。

「よし、運べ」

「人一人分は重いですよ、と愚痴を零す権利が僕にはある」

 毛布で全身をくるまれたロール五十嵐が運ばれようとしていた。首から下をもふもふの毛布が巻き付けてロープでしっかり縛られている。

「ホウェン!?」

「何故、英語で答えたのか僕は首を傾げる権利がある」

「いやいや、お前発言まどろっこしいよ!! そして何時、捕まってんの俺え!?」

「先程だねと僕は質問に答える義務はないけど律義に答えてあげるよ」

「うっさいわ!!」

「オララララ……!! 憎まれ口を叩くのまァ度胸あっていいじゃねぇか……、と言ってやりたいが五十嵐よ。命数尽きたな」

 シュピーン、とウサミミが勝利のVマークの形に勇ましく伸びた。

「だからお前もそれの所為で緊張感欠けるん」

「運べ」

「ちょいとぉ!?」

 ゴンザレスのその一言を皮切りに部下二人の手によって五十嵐が船着き場へと運ばれ始める。周囲の一般人達は皆何をやってるのかな、と呟き、映画の撮影と勘違いした数名が携帯で写真を撮っている。数名は面白い見世物の様にクスクスと笑っていた。

 そんな和やかな問題じゃないんだけどな、と叫ぶも現地語を話せない五十嵐の言葉は通じなかった。

「言葉の壁だと……!?」

 先の少女達やディーヴァは普通に日本語で話せていた為に失念していた。

 とすると助けも呼べない。混乱した頭は『SOS』とも叫ぶ事を忘れて、毛布に包まれた五十嵐はわっせわっせと運ばれてゆく。

 その時である。

「お待ち頂けますか、皆様♪」

 清い響きの声が響いた。女性的な優しい声に僅かに強きな成分が入っている声。

 土御門睡蓮である。

 突然のメイドの出現に驚いた深長町追懐達は目を見開いて、

「結婚してください」

 男性陣大半が何処からともなく薔薇の花束を持参してプロポーズする。

「違うだろコノヤロウ!?」

「何が違うか!! メイドさんだぞ!? 美人のメイドさんだぞ!? 結婚くらいいくらでも申し込んでやるわぁ!!」

「男性陣全員何を言ってんの!?」

 その言葉に異論を唱える者たちが現れる。

「待て!! 俺達二人は、男の方が好きになってるから違うぞ!?」

「その異論こそ何言ってんのコノヤロウだけどな!?」

 五十嵐雷は知らない。彼らが昨日までは普通に女性が好きな人種であった事を。一夜にして訊くも無情な恋愛傾向になった事を彼は知る由もない。

 そしてその発言でしばし冷え切った様な空気に堪え切れず、艦首がコホンと咳を一つ。

「オララララ……、で? こんな場面に全く見知らぬメイドさんが何の様なのかねエ?」

 土御門もにこりと笑顔で「とりあえず皆さん、ごめんなさい♪」と華麗にプロポーズを一刀両断した後にすっと視線を艦首へと見定める。

「私は天王州家のメイド。天王州アテネ様にお仕えする土御門睡蓮と申し上げます」

「天王州……ね。日本で三大名家、御三家とも称される名家だったな。そんな奴がギリシャにいたとは思わなかったぜ、オララララ……。近場で言えば、コリントス家のメイドかと思ったが……」

 違ったか、と呟いて。

「さて。その天王州家が何の用だァ、オッラッラ」

 本題を話してみろ、といった態度で艦首は土御門を見定めた。

 その目に動じる気配もなく淡々とした口調で土御門は答えた。

「単刀直入に申し上げさせて頂きます。五十嵐雷君をこちらに引き渡して頂けますか?」

「突発的に何を言ってやがらァな。何処の誰とも知らねェメイドに渡す理由はねェな」

「まぁ、そう仰ると思っていました」

 ですから、と土御門は呟いて。

 自分の背後に置いておいた黒のアタッシュケースを手に取って前へかざした。パカッとケースを開きながら彼女は告げる。

「ですから提案です。こちらで彼を買い取らせて頂けませんか?」

 ばさっと大量の紙幣の音が聞こえた。一万円の束が幾つもある。合計金額果たしていくらになるのか五十嵐にはとてもわからない。

「ふぅむ……」

「金額にして三億は御用意しましたが?」

「六千万で構わねぇさ。……フム」

 顎に手を当てながら艦首は土御門の方へと歩み寄ってゆく。そして数多の紙幣の一束を手に取るとウサミミをピコピコ動かしながら本物だな、と小さく呟いた。

 そして後ろを振り返らぬまま部下達へ声を発する。

「オイ、オメェら。五十嵐を放してやれ」

「……いいのですかと僕は興味がないながらも進言しておく権利がある」

 呆れ混じりに深長町が呟いた。

 その声に構わん、と気にした風もなく艦首は答えると。

「金を払って買われた以上、五十嵐はもう売却済みだ。買われた以上は難癖つける必要はねェだろうよ」

 そう呟きながら船員達の方へ戻りつつ、解放された五十嵐の頭に右手を置いて、

「運が良かったじゃねェか五十嵐。オメェ、救われたぜ文字通りな」

 そして土御門へと向けて声を出した。

「そして慈善事業じゃあねーんだ。借金六千万はきっちり働いて返してやりな」

「え、あ、いや……!?」

 それ以前に自分としては驚きなのだ。自分の代金を払ってくれる者が現れた事態に。話には全く訊いていない展開に五十嵐はただただわたわたしていた。

「それでは……五十嵐君をこちらへ渡して頂けるんですね?」

「そうなるな。ま、ソイツだけだがな。六千万の代金分、しっかり返してもらうんだな、オッラッラッラッラ……!!」

 金を手に入れた以上、五十嵐の役目は終わり。

 そう告げている態度で満足げに艦首はポケットに手を突っ込んで土御門達に背を向け、歩き始めてゆく。そんな背を見据えながら五十嵐が期せずして叫んだ。

「待ってくれ!!」

「……あん?」

 切羽詰った様な声で問い掛けた。

「……俺以外の連中はどうなるんだよ……!!」

「オッラッラ、まぁもう一人に関して言えば少し割には合わねェが……。一つ言っておいてやろう。そこの土御門と言うメイドさんが他人数の代金を出させる為に、五十嵐。オメェが全員分働いて返す、と言ったところで俺は金を受け取らねェぞ」

「んなっ……!?」

 五十嵐は自分の考えていた通りの内容を否定され絶句する。甘えるようだが天王州家に金銭を頼み込んで、自分が必死で働いて返すと言う考えが少しだが浮かんでいた最中だった。

 何で、と消え入りそうな声で問い掛けた。

「何でも何もありゃしめぇ。お前にとっちゃあ友人だろうが、天王州の家にとっちゃあ少しの温情措置に過ぎやしねえ。迷惑のかけ過ぎになるだけの話だ」

 ウサミミがいけないよとばかりにバツ印を模った。

「ぐっ……」

 正論だと思った。三人の存在は自分にとっては何とかして助けたいが、その金銭を天王州家に頼るわけにはいく道理がない。その上、何で自分に金を出してくれたのかすらわかってはいないのだ。この上更に頼み込める理由は無かった。

 甘ったれな考えだったと反省する。

「だからオメェは自分の借金を返す事だけ考えて生きていきな」

「……ああ」

「だが一つ言って於いてやろう。あの女子二名に関してはすでに決着済みだ」

「……はっ!? それ、どう言う……!?」

「オッラッラッラッラ!! そこは守備義務だなア、オッラッラッラッラッ!!」

 一体どんな決着を迎えたのか告げる事も無く動揺する五十嵐を置き捨て艦首は背中を向けて歩きながら左腕を高く上げて軽くひらひらと振った。

 じゃあな、と言う簡素な声が聴こえるかの様であった。

 まるで何事も無かった間柄の様に。実に素っ気なく友人に別れを告げるかの様なある種の親しさすら感じさせる程に呆気なく。艦首、そして船員達はその場から遠のいていった。

 そうして夕闇が暗闇へと移ろい始める時刻。

 その背中をただ見続けながら五十嵐はポツリと呟いた。

「……土御門さん」

「何ですか?」

 背中を向けているメイドへ向けて振り向かないままに言葉を宣言する。

「六千万。必ず働いて返します。……払ってくれてありがとうございましたっ」

「払ったのはアテネ様ですから」

 お礼はあの方へ、と朗らかな声で呟いた後に、

「それでは五十嵐君は今日からウチで頑張って働いてくださいね♪ 執事見習いとして♪」

「ええ、必ず何か仕事見つけて――……」

 そこではてと頭に疑問符が浮かび、

「……え?」

 聴きなれない単語に何とも間抜けな声を零すのであった。


        2


 時刻はすっかり夕刻を過ぎ、辺りは黒の世界。深夜間近に突入していた。

 昼間、夕方に美しい光景を光り輝かせていた海も今では黒の大海へ変貌を遂げている。視界の悪い闇の流水。そんな世界の中で嫌に目を引く存在が水飛沫を立てていた。

「■■■■――!!」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 その姿の正体は羊君、そして近隣の鮫の親玉フェローチェの雌雄を決する戦いであった。

 羊君とフェローチェはまさしく一歩も引けない戦いを繰り広げている。羊としては今にも一歩引きたい形相、ただし仮面で判別は出来ないが。対する鮫は更に一歩食い込むのに必死の形相だ。

 光景はまさしく窮地。羊の下半身は鮫の口の中に納まっていた。

「■■■■――!!」

 声にはならねど威嚇の叫びとなって零れる重厚な鳴き声。

 羊は雄々しく叫びながら鮫の頭部を何度も殴りながら、片方の腕で食われまいと必死に抑え込んでいる。少しでも気を抜けば一気に持って行かれる事だろう。フェローチェもフェローチェで引く気配はなく、一気に食い殺そうと顎に力を込める。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ロッ!!」

 ギラリと輝く瞳は物語っていた。『ククク、中々やるではないか小童』と、でも言うように。それに対して羊も『お褒めに預かり光栄ですよ』とばかりに腕に力を込めた。

 死ぬわけにはいかない。

 何度だって自分は告げてやろう。自分は死ぬわけにはいかないと。

 死ねない理由があるんだから。

 その一念で羊は着ぐるみ越しに拳を握りしめた。この一撃が届くように祈りながら。鮫一頭を倒し切れる様に微力ながら残ってる力を込める。フェローチェとの戦いは昼間を越えて何時間もかかった。子分の鮫たちを倒す手間もかかってしまった。

 物語るには中々長い時間が。同時にそれだけ奮闘した鮫にも敬意を払い、

「……!!」

 迫る攻撃に目を見開くフェローチェの頭部に痛烈な一撃を見舞う。

「■■■■――!!!!」

 サメ肌の痛々しい感触が拳を擦るが滲み出る血にも気にする事は無い。岩盤を殴った様な硬さを実感すると同時に、相手の意識が遠のいていくのが何となく羊にはわかった。

 が。

「クァロロロロロロロロロロロロロロロロォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 そこで相手も最後の力を振り絞る。グパァッ、と大きく口を開けてガブン、と羊の体躯に牙を突き立てた。鈍い痛みが襲いくる。だが完全な威力は無かったのだろう、牙は皮膚に僅か突き立っただけでポロポロと零れ落ちて海中へ消えてゆく。

 少し遅れてフェローチェの身体も鳴き声一つ上げる事無く海へと沈んでいった。

 羊は強敵が去った事を認識してドッと全身から緊張感を解いた。疲労感半端ないや、と苦笑の笑みが零れる。

(全く……白桜見つけられず、サメと格闘してるだけの一日って……僕何やってるのさ)

 何とも言えない情けなさに小さくため息を吐き捨てる。

 その後にハッと気づいた様子で羊は着ぐるみの中の身体を、胸元をぽふぽふと叩いた。すると小さく硬い感触と共に《チリンッ♪》と涼やかで響きのいい音が洩れる。

(良かった……、戦っててどっかに落ちちゃうとか、なくって……)

 ホッと一息ついた後に羊は周囲へ視線を彷徨わせた。

 鮫との戦いで散々逃げては隠れ待ち伏せ攻撃して、と四方八方へ動いてしまった。当初の場所より遠くへ来てしまった可能性が高い。じーっと見ればそこそこ遠い場所に街明りと姿が見える。

(……何か結構沖の方へ出ましたね、僕も)

 戦っている間に随分離れてしまった様だ。

 こう暗くなっては散策も最早ままならないだろう。羊はため息を一つ吐き出し、同時に白桜を発見できる可能性も大きく減ったであろう事を自覚しながら、本当どうしよかなと小さく呟きながら、街へ戻る事とした。

(でも何処かへ隠れておかないとなー……)

 騒ぎになると面倒ですし、と内心小さく呟いて。いざ、帰ろうとした時である。

 羊は何か異変に気付いた。バッと視線を走らせた最中、目に映る景色に気付く。

(……ん?)

 そこには船があった。海なのだから船があって当然だが。問題なのは船の数だ。大型のクルーザー船と思しきものが一艘。その周囲にびっしり存在する小型船が合計十八艘ある。いったいなんなのだろうか、あの数はと驚く。

 だが同時にマズイのではと感じた。

 嫌にクルーザー船の傍まで接近している。このままでは衝突しかねない程に。一体全体クルーザー船の船長は何をしているのだと問い掛けたく成る程だが。

 唯わかる事は曲がるにももう無理な程近いと言う事か。

(遠いけど声は聞こえる……。一方的にだけどクルーザーから声が……)

 多分『離れなさい』的な意味を言っているのだろう。そう理解して羊は今日一日で培った高速泳法を発揮して船と船団の方へ一気に近づいてゆく。

(アレだけ声を発しておきながら反応が無いのも気になる……!!)

 無人船と言う事もあるまいし。

 水中にとぷんっと潜り潜水で速度を速めながら羊はぐんぐん近づいてゆく。距離としてそこまで離れていないのが幸いした。そうして船団の一番先にある一隻に近づくと、ぷはっと息を吸いながら海面から顔を出した。

 その際に船のマークに描かれた文字をふと見る。文字には『ORIZZONTE』とあるが、羊には何を意味しているのかが分からなかった。

 だが船内に一人の大男が酒瓶を手に大いびきをかいて寝ている姿はわかった。

 つまり、

(……寝てるの……!?)

 居眠り運転でこの衝突一分前みたいな状況になっていると言う事なのか。目の前の男が寝ていて、何故かわからぬがこれだけの船を揃えて不用心にも寝ているのだ。

 時間が無い。後を考えるでもなく羊は叫んだ。

「■■■■――――――――――――――――――――!!!!!!!」

 最大級のボリュームで。目を覚ませ、と化け物の声を活かして声高く吠えた。

 その声に男は「うぉう!?」と言う声を上げた後に何故だか金属音の様な音が数回響いたが、そんな事に気を留めている暇はない。起きて舵を取れと言いたかった。

 だがここで男は寝ぼけたのか船の中に潜めてあったと思しきライフル銃を構えた。

「誰だテンメェ!! 我様を誰だと心得てやがるべえ!!」

「■■■■――!?」

 予想外であった。

 まさか自分達が乗ってきた船と同じで密輸船か何かなのではないかと思い、羊は即座に船を蹴って後方へ勢いよく飛び退いた。その影響で船がぐらりと揺れて「我様はロ――お、おおぉおおお……!?」と言う驚きの声と共に銃撃が天へ向かって発砲される。

 その音に驚いたのかクルーザー船の船長らが即座にこちらへ双眼鏡越しに目を向けた。

 視線がこちらへ走ったのを感じて羊は手を振って、早く航路を取ってとばかりに手を振った。

 それが悲劇を招くとは思いもせず。

 続く声は頼もしい声では無かった。どころか正体を確認すべくライトで羊は夜の海に照らされた。そして夕闇に浮かび上がる姿。それを見た瞬間、クルーザー船からもライフル持った男からも悲鳴が上がった。

 この時、羊は気付いていなかった。

 鮫との戦いを経た事で。

 自分の姿が血を飲み干す様に全身に浴びた化け物の姿となっていた事に。両方から悲鳴の声が上がり驚愕の声が満ちてゆく世界。羊はただただ茫然としながら左右を見比べていた。でもどちらの目に映るのも『消えろ化け物』とでも言いたげな恐怖の目で。

 だから止める声すら上がらなかった。

 無理矢理に切られる舵を。人の腕を。

 そして急カーブした先に待受けるのはクルーザーの先端、そして船団の数々であった。鈍く重々しい音が鳴り響く。そして同時に男が乗っていた船は断末魔と共に撃沈し、クルーザー船も先端が壊れ大きく傾いた。

 それと同時に寒々しい海に熱々とした轟音と爆発が立ち上る。そしてさして時間がかかるでもなくボン、と業火が立ち上り始めた。クルーザー船の方とは思えない。男が乗っていた船の方からだ。だが近場の炎はぐんぐん辺りを侵食してゆく。

 そしてものの数分で目の前には燃え上がる大海が生まれた。

 その光景を見ながら羊はぽかんとしたまま。

 生気のない瞳でぽつりと小さく呟いた。

 ――僕の所為……で……?

 海面にぷかりと浮かびながらぽっかりと生まれた穴にがくりと項垂れる様な心地がゆっくりと精神を侵食してゆき、やがて真っ暗に染め上ってゆく。

 燃え広がる突然の惨事を茫然と見守りながら羊は燃える水平線を愕然と見続けて。

 突飛に起こった出来事に乾いた笑いを、え、と零す。

 そして色彩のない瞳から無感情のまま一滴の滴が頬を伝った。


 翌日の明朝。

 ギリシャの新聞の朝刊は大惨事の一方を伝達し、そして市民はそれを話題の種とするに至る。海岸から見える距離で起きたクルーザー船の転覆事故。船団との衝突。だが、しかし深夜でありながら嗅ぎ付けたマスコミの写真にはこう記されていた。

 『クルーザー船と船団を襲う羊の怪物現る』

 悍ましい姿を夜に闇に見栄えさせる怪物の姿は、船を攻撃した化け物として朝をにぎわせる。仮面の奥の涙一つ無造作に無視決め込まれて。

 そして慌ただしい翌朝は極平然にいつも通り迎えられた。

 いつもと違う日常を送らせてあげろうかと言うかの様に。


【続】

__________________________________________________________________________________


以上、閲読ありがとうございましたー♪

そして五十嵐君、天王州家の執事見習いだよ……ええ……!?←

まあ、冗談としても執事見習いとして今後五十嵐君には頑張ってもらいます!!

そして艦首は流石あの妙な船の艦首と言う事で普通に強いです……!!

ただ次回から出番はほぼ無いですが……!! まだ少しちろっと出したりはすると思うんですけどね……!!

そして羊君……。

ここでまさかの大惨事の引き金を起こします……夜の海に血を流した羊の不気味な化け物、そりゃあ思わず舵を切るさヘタレな誰かが←

あの船団に関してはとりあえず次回補足を入れようかと思います……!!

さて、それでは次回です!! さらばっ!!

追記。2月23日、小説タイトル変更しました。よろしくですー♪