Re: 第一一話『未知プロセス』 ( No.43 )
日時: 2013/02/09 18:47
名前: 迅風

リメイク前と徐々に異なってゆく……。

何故、自分でもこの道を進むのか今はまだわからない。だが一つだけ言える事があるものです。

同じものを書いてもつまらないよ、と。←

まぁ、そんなこんなで変遷してゆく第一一話より先をよろしくなのですー♪

徐々に味方キャラと言うかそう言う方方も増えてゆくのです……!!

では、どうぞごゆるりと♪

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 第一一話『未知プロセス』


        1


 一人の少年の背中が目の前にあった。

 質素で簡素な服装の少年の背中が。首から上の顔を確認したいのに辺りが暗くて顔の判別は何一つ出来なかった。けれどその少年に近づこうと少年は必死に走っていた。

 誰なのか思い出したい一心で。

 けれどどれだけ走って近づこうとしても少年の背中に追いつけない。どころか少年の身体はどんどん遠のいていってしまう。

 ――待て何処に行く気だよコノヤロウ

 叫んだ。消えて無くなってしまいそうな少年の背中に向けて慟哭の叫びを発した。

 しかし少年は一度もふり変える事無く遠くへ、遠くへと去ってゆく。

 そしてあろう事か目の前の少年は真っ黒な地面の中に沈み始めた。この大地は水か何かだったのかと驚いてしまう。ゴボゴボと気味の悪い音を奏でながら少年の身体は沈んでゆく。

 助けようと手を伸ばした。

 けれどその手は空を切るだけの結果に止まり。少年の姿は常闇の海のごとき大地に呑み込まれて消えてゆく。自責の念から水面を叩いた。後悔の感情から闇に向かって吠えた。

 ――何で助けられないんだよコノヤロウッ!!

 走馬灯の様に思い出す過去。場面こそ違えど助けられなかったという感情が渦を巻いて胸中を掻き乱す。敵に敗北しては醜態を晒すだけならまだしも、友人一人救えず挙句、顔も思い出せない自分へ憎しみめいた感情を抱く。

 何て自分は無力なんだ、と嘆きたくもなる。

 そんな想いのまま彼が沈んだ水面の底を見つめていた。そこには驚きの光景があり、思わず目を見開いてしまう。

 喰われていた。

 自分にとって友人であり戦友ともいうべき少年が呑み込まれる様に喰われていた。右腕を必死に伸ばして助けを求める様にしながらも、自分にはその手を掴む事も叶わず。

 少年は消えてしまう。

 底に佇む不可思議な生物がこちらを一瞥した。もこもことした全体的に見れば可愛らしいシルエット。けれど被った仮面が全てを台無しにしている姿。悍ましい仮面がこちらを見てニマニマと哂っている。

 拳を握った。震える拳を血がにじむ程に握りしめた。

 そんな彼を嘲笑う様に誰かが少年に声を掛けた。知らない声だ。

 ――君には彼を救えない。苦しめるだけの末路だよ

 優しく慈悲のない声に悔しさから叫んだ。

 世界に反逆する様に大声で。



「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」

 断末魔の様な声を上げて少年、五十嵐雷は目を覚ました。

 勢いよく上体を起こして恐怖に打ち震える様にかかってあった毛布を引っぺがしてわけがわからず混乱する脳内をどうにか押し退けながら括目する。ぐしゃっと毛布を握りしめて、荒く吐き出される息に何とも言えず心を乱される。

 しかし目を見開いて現実を見て、息を吐き出して現実を感じ、体を震わせて現実に同化する事でどうにか理解した。

「……夢かよ」

 胸糞悪そうに額に右手を当てて小さく声を零した。

 額から嫌な汗を感じる。全身が汗ばんでいる。情けなくも夢と戦った結末はどうやら逃げ出す様に終わったらしい。

「つーか悪夢じゃん、これコノヤロウ……」

 うああ、と項垂れながら五十嵐は力なく前方へ倒れ込む。

 最近は良くない事ばっかりだ。借金に関しては自業自得の結果として受け入れてこそいるのだが、その後が異様に良くない事ばかり。極め付けに見たくもない悪夢を見た。

 友人が化け物に食われる悪夢。

「何でまた……」

 嘆きたくなる光景だった。

 だが同時に夢の内容が気にもかかる。あの夢通りの結果が現実であるならば。

「……喰われたんじゃねぇよな……?」

 あの化け物に、と呟く。

 顔も覚えていない忘れてしまった相手だが。彼は紛れもなく戦友だった。その戦友が自分の知らぬうちに消えてしまった事実は五十嵐にとって衝撃だった。

 どうして勝手にいなくなってしまったのか。

 自分の記憶が混濁して曖昧になってしまっている事が原因の一つなのやもしれぬが、それだけで勝手に消えるわけもないと考える。だが彼の身に何かが起きただろう事だけは確かだった。そしてそれは船上から陸上へ移動する過程で起きたと仮定する。

 そして彼がいなくなった元凶。それがあの羊の化け物ではないかと五十嵐は考えた。

 奴に食われて、死んでしまってはいないかと。

 だが同時に、

「……俺と共闘出来たあいつが、あんな化け物に喰われるわけねぇよ」

 と、思いたい。

 真実は当然五十嵐にはわかるべくもないが。彼は生きていると信じたい。生きているのなら何とか捜し出したい。そしてもし困っているなら。

「力貸してやらなきゃ友人じゃねぇよな……コノヤロウ」

 ぐっと毛布を握りしめながら呟いた。

 もし死んでしまっているのなら彼の分まで生きなくてはならないという悲壮な決意も胸の内に刻み付けて彼は呟く。そして、そう考えるうちに脳裏を一つの事が過った。

 あの双子は無事だろうか、と。

 バッと勢いよく窓の外を見た。鳥のさえずりが聞こえる。朝だ。自分を苦しめていた夜は終わりを告げて、朝が朗らかに顔を覗かせている。眩しい陽光がどうにも懐かしくて涙すらにじんできた。

「とにかく双子の安否を確認しねぇと……」

 そう呟きながら五十嵐が窓から離れて扉の方を目指す。

 そこでようやく気付いてはたと止まった。

「…………」

 周囲をきょろきょろと見渡した後に、

「……何処だ、ここ?」

「天王州家の別宅だ」

 全く見覚えのない場所である。

 本当に見覚えと言うか二度と体験する機会すら無さそうな程の空間だった。大きな窓の先に見える優美なベランダも、地面にしかれた鮮やかな色彩の綺麗なカーペットも、真っ白で清潔な壁面も、上に取り付けられた一般家庭ではとても手の届きそうにないシャンデリアと天井の高さも、ぱっと見ただけで価値がありそうな品々の数々も。

 端的に簡素に一言で表現するなら『お金持ちの家』としか思えぬ空間。

 何だよここは、と五十嵐は唖然とした表情で呟く。

 質素と言うか貧乏と言うかホームレスと言うべきかの自分とは縁もゆかりもない世界が辺り一面に広がっていた。窓の外から見える光景もまた格別に美しく街並みは煌びやかだ。

 一応、知り合いにそこそこの金持ちもいたが比べ物にならない絢爛豪華さ。

 いったいどこなんだ……、と悩む彼の頭に一言の単語が過る。

「……天王州家?」

「そうだが?」

 なるほど天王州家と言うおそらくは金持ちの家なのだろう。

 と、そこまで考えた時に五十嵐は、

「って、誰だコノヤロウ!?」

 驚きに目を見張り声のした方向へ瞬時に向いた。

 誰とはな、と呆れた表情で呟く壮年の男性が少し離れた椅子に鎮座して書物の頁をめくりながら呟いていた。片目が隠れる形に切り揃えられた前髪。見えている目元はまるで鷹の様に鋭い、燕尾服の男性であった。

 男性は五十嵐の声に対して「ここの家の使用人だ、少年」と呟き徐に立ち上がった。

 ただ立ち上がるだけにも何処か気品が感じられる。男性はタイを軽く触れた後に口を開いた。

「まずは軽く自己紹介をしておこうか。私はバーガンディ。バーガンディ=バトラーと言う名の天王州家、執事長を務めるしがない老人だよ」

 男性の名はバーガンディ=バトラー。天王州家の執事長である。

「皆にはバトラー、あるいはガンディと呼ばれている」

 まぁ好きに呼んでくれたまえ、と厳かな声で告げた。

 その声の声質故か知らない相手故に驚きを抱いていた感情は徐々に緩み、落ち着きを取り戻してゆく。

 そうして先の問い掛けに五十嵐は少し言葉を吟味した後に「じゃあバトラーさんって呼ばせてもらいます」と返答するとバトラーはうむ、と小さく頷いて、

「それでまず一つ尋ねるが、容体は如何かな? 何か気分が悪いとかは」

「ああ。平気っす」

 まぁ、悪夢めいたの見ちまったっすけどねー、と頬をぽりぽり掻きながら呟いた。

「悪夢、か。……何にせよ不調でないなら吉報だ」

 安心した様子で頷きバトラーは近くのテーブルへ足音もなく近づき、何処からともなくポットとティーカップを取り出し、更には氷水の入ったガラス製の容器を取り出すと、

「何か飲むかね?」

「あ、じゃあ貰っていいですかね?」

「うむ。冷たいものと温かいものと激辛のものどれがいいかね?」

「温かいものでお願いします」

「紅茶で?」

「構わないです」

 ではしばし待ちなさい、と告げるとバトラーはダージリンの茶葉を用いて紅茶の抽出を開始する。そしてそんな光景を見ながら何故に選択肢に激辛が入ったのだろうかと言うツッコミどころを越えて五十嵐は、

「どっから出したんですかコノヤロウ!?」

 耐え切れずツッコミする。

 平然とした様子で、

「わっはっはっ。執事だからなあ」

 と、朗らかに返事を返す。執事だからって執事はそんな魔法みたいにあれだけの質量のものを隠し持てるのだろうかと驚きを隠せない。

「そんなに驚かずとも結構だよ。執事長の私が言うのも天王州家のメイドのトップの方が色々な意味で驚くだろうからね」

 彼女は伝説扱いだ、と愉快そうに呟いた。

 執事とは、メイドとは何か。五十嵐は真剣に何なのだろうかと悩む事になるが、それは彼のみならず数多の従者が悩む永遠の課題である事を彼はまだ知る由もなかった。

「ただまあ……」

 私から言わせればね、と隙間を置いて。

「君の回復力の方も幾分驚いたよ五十嵐君。てっきり二、三日は目覚めないで眠り通しかと思っていたが翌日の昼に目覚めて、元気も良さそうだから感心したよ」

「え……」

 そう言われて五十嵐は今更ながら認識した。

 そうだ何だかんだ自分は結構ダメージを受けていた。その事から考えれば確かに二、三日は眠り通しになる可能性もあった。翌日に目覚められたのは運がいいと感じる。数日が経ってしまったら双子の安否や戦友の所在も分かりにくくなってしまう可能性があった。

 そこまで考えて、そうだこうしてはいられない、と五十嵐はダッと扉へ向けて走った。

 しかし、扉の前に差し掛かる前に、上からドンと音を立てて鏡のごとく滑らかに反射する光沢の良い瓦が落ちてきたのだ。

「まぁ落ち着きなさい」

 だからどっから降ってくんの……!? と内心冷や汗をかく五十嵐とは対を成す様に平然とした表情のままバトラーはそう告げて、五十嵐の前方に落とした瓦を服の何処かに仕舞い込む。質量がおかしいだろうとツッコミを入れたい。

「言い方はアレだが、君を助けたのは天王州家、引いては令嬢アテネ様というお方だ。悪いが何の説明も無しに君を屋敷から返すわけにはいかなくてね」

 だから、と呟きながら五十嵐が出ようとした扉を開け放つ。

 そこには二人の女性が立っていた。片方は昨晩見た覚えのある、

「胸、デカ……!!」

 呟いた瞬間に扇子が五十嵐の両眼を叩き伏した。

 金髪縦ロール黒ドレスと言う個性の集約の様な真紅の瞳の美少女は顔を赤らめながら「変な覚え方をしているのではありません」と怒気を込めた表情で呟いており、少女の傍らに立つ紫のセミロングヘアーに薄紫の瞳を持つ少し年上の女性が「後でお仕置きが必要ですねー♪」と楽しそうに呟いている。

 うおおおおお、と呻き声を上げて床に転がる少年は訊いてはいないが。

 そしてそんな空気になった事に若干呆れを示しながらも一つ咳込んだ後にバトラーは、

「そう言うわけで。君には少し昨晩の事情を諸々説明してもらいたいのだが?」

 五十嵐に説明を促す形で、天王州家の会談は始まったのであった。



        2



 時間にして五十嵐雷が目覚めたのとほぼ同時刻の頃合い。

 五十嵐達を売買目的で輸送していた密貿易船は台風に衝突した後の様に悲惨であった。船体はところどころ破損しており、一部には出火し消火活動を必死に行った形跡が見てとれるのだが一番悲惨なのは船上に横たわる数名の比較的容姿の整っている男性諸君だった。

 全員が同様にキチンとした着衣をしている。

 乱れた形跡のないキチッとした着こなしだ。だが全員仏様の様な表情で咽び泣いていた。あるものは現実を逃避し、またあるものは声も無くただ横たわる。

 一夜にして何が起こったのか。

 それを知るものはごく少数だ。

 そしてその寝静まっているかの様な空気の中、扉を開けて一人の男性と思しき体躯が船の中枢から現れた。軍服の様な服装には胸元に三文字『VDE』と文字が服にエンブレムとして付いており、赤と白を基調としたコートを肩にかける形で羽織っていた。

 扉の陰で顔は見えないが、この男性は艦首である。

「オララ……、こりゃあひでぇ様じゃあねぇか、オイ」

 第一声は目の前の光景をさして気にした風もなく述べられた感想だった。艦首は周囲を一通り見渡した後に近くに寝っ転がる男に大して声を掛けた。

「サッサリ。大まかに言っちまえば、どんな結末だったんだ?」

 声を掛けられた舌を出して寝そべる男、サッサリはどうにか意識を鷲掴み、

「……艦首……!!」

 やっと現れた艦首に対して目尻に少し涙を滲ませて言った。

「艦首じゃねぇ。ゴンザレスと呼びな」

「ですから艦首、それは別に敬称とかじゃねぇんだZE……」

 相変わらず妙な口癖めいている訂正に対して修正を加えてサッサリはガクリと項垂れる。対する艦首はため息交じりに「かっこうよくねーかなー……ゴンザレスよぉ……」と愚痴を呟いていた。

 だが愚痴を零したいのはむしろ自分たちだと言わんばかりに、

「……艦首、今更遅いんだZE……」

 と、悲しげに呟く。その様子にはぁ、とため息を零した後に艦首は、

「仕方ねー話なのさ。外から断末魔と悲鳴ばっかだったし。隠れるのはしょうがない」

「見捨てないでだZE!?」

 えー、と不満げに呻く艦首に対してサッサリはガックリと項垂れながらも、事のあらましを伝える。

「とりあえず報告しますと……、商品達には逃げられてしまいましたZE……」

「だろうな。この惨状を見てれば大方の想像はつく話だあ」

 ただな、と人差し指を立てながら、

「あのガキ共にウチの船員が負けるたぁ考えられやしねぇ。つまり何らかのアクシデントでこうなったってこったろう?」

 どこのどいつだ? と重厚感のある声で問い掛ける。

「一言で言えば変態。二言で言えばホモ。三言で言ったら人間とは思えない程の強さと性欲だったZE……!!」

「オッラッラッ。なんだぁ、そりゃあ随分と愉快な事態だったじゃああるめぇか……」

 少し特徴的な笑い声を零し痛快そうに口の端を吊り上げた。

「愉快なんてものじゃないんだZE……」

 味方が何人も食われたんだから、とサッサリは当時を思い出し死んだ魚の目で答えた。

「喰われたねぇ……。にしては衣服は普段より礼儀正しく着てるじゃねぇか」

「恐ろしいんだZE……。一秒間のうちに奴は男の服を剥ぎ、男の身体を喰らい、男の衣服を直して通り抜けたんだZE……!!」

「そいつぁ突飛な変態だなア、おい」

 故にこの惨状である。傍目キチンとしているが心は穢された戦場である。だからだろう、美男子イケメンに数えられる人種は皆現実から目を背ける形になっている。

「ただ……何人かはそっちの趣味に目覚めてしまったから要注意だZE、艦首……」

「それが一番注意事項じゃあねぇか……」

 やれやれ困ったもんだ我が部下らはよ、と頭を抱えながら呟く最中にサッサリは「最終的にはまた別の奴が現れて騒ぐ変態を捕まえて去っていったけど……あの男が現れなかったらどうなってたか考えるだけで恐ろしいZE……」と青ざめた様子で呟いている。

 ともかく事態が収束したなら問題ねぇだろう、と小さく声を零して艦首は、

「それで? 逃げ出した坊主達は無傷なのか?」

 まさかお前らが何もせず逃がすもねぇだろ、と語りかけた。

 サッサリは少し自尊心を取り戻した様子で、

「大丈夫だZE。戦闘の出来そうなガキ二人には安栖里が『面罪符』で硬化敵面≠ニ亡羊の嘆面≠それぞれかけてるんだZE」

「片方はまだしも亡羊≠スぁえげつのねぇ……オラララ」

 つまり面が無事ならどちらも致命的だろう、と告げて艦首はほくそ笑んだ。

「問題は面を外す条件か……、何だったか……。後で安栖里に訊かなきゃならねぇな」

「ええ。……ただ」

「? 『ただ』なんだ?」

 言い難そうに言葉を濁すサッサリに対し不思議そうに艦首は問い掛けた。

 サッサリはちらりと海面を見据えながら、

「……安栖里はその……『喰われてなるものかぁっ!!』と叫んで大波ひしめく海の中へ飛び込んで消息不明、生死不明になったんだZE……」

「……死んだんじゃねぇのかアイツ」

 互いに汗を垂らしながら船員、安栖里の安否を想う。だが彼を知る二人は多分きっとどうにか生きていると信じて安栖里仮の事は一度横に置いた。

「それと、片方の少年の方には自分が『奇せ変え人業』の一つ、羊の着ぐるみをかけておいたんで面と合わせて行動はしにくいと思うZE」

「ほお、そうか」

 顎に手を当てて感心した様子で頷いて、

「……いや、羊の着ぐるみにして何がしたかったんだオメェは……」

「焦ってたんだZE……」

 ふっと明後日を見る眼でサッサリは流した。

「だが、まー上出来だろう。お前の定式ことスキルは強いからな。脱げないんだろう?」

「ええ。着脱不可能な衣服だZE。例え剣であっても斬る事は不可能でダメージは全部衣服を通過するんだZE。脱がすには……」

 そう呟きながらサッサリは人形を見せた。

 羊の着ぐるみを着た人形。羊へかけた彼のスキルの象徴だった。

「この人形の方にダメージを及ぼさないと不可能なんだZE。これをどうにかしなけりゃあのガキの衣服は決して脱げない。つまり、こんな風にガラスケースに収めて」

 サッサリは服の中から丁度人形一つが入りそうなガラスのケースを取り出すと、羊の着ぐるみ人形をケースに入れて厳重に蓋を閉じた。

 そしてそれをダイナミックなフォームで、

「海へ放り投げれば永遠の呪いの完成なんだZEー!!」

 キラーンと言う効果音を上げて人形は海へと沈み、そして波に呑まれて遠くへ遠くへ運ばれてゆき、やがて影も形も見えなくなった。

「……ふむ。保存状態にする事で服が濡れるのも防いでいるわけだな?」

「そうですZE」

「なるほど。その上海は広いな大きいなとばかりに捜し出すのは困難ってわけだな?」

「自分のスキルとはいえ探知能力は無いですんで」

「なるほどなぁ」

 艦首は呟きながら、もう姿形も見えなくなってしまった人形が流されていった方向を見守り続けた後に、

「おい、それ、商品取り戻した際に外せないし、商品相手の交渉材料にもならなくなったって事じゃねぇのか……?」

「…………」

 サッサリがガッツポーズのまま硬直した。

 そして額から、全身から汗を滝の様にダラダラと流し始める。

 その様子を見守りながら艦首はふぅ、と息を吐き出し額を人差し指でポリポリとかいた後に苛立った様子で、

「もうガキ一人はいいから、羊じゃねぇ方のガキを捉えるぞ!! さっさと船を着岸させて出る!! テメェらさっさと起きねぇかっ!!」

 怒鳴り声を撒き散らして艦首は指を振って次々に船員を無理矢理起こした。

「タダ程高いものはねぇ……。慈善事業じゃあねぇんだ、金の分はキッチリ稼がせてもらわにゃあ困るんだよ、小僧……」

 潮風にコートをはためかせて艦首は帽子を深々と被り直す様に手を動かし。

 目測で見える陸地、ギリシャ、カリテアの大地を見据えて動き出す。



        3



「つまり一言で言えば借金で売られる途中だったと言う事ですわね?」

 理知整然とした金髪の令嬢、天王州アテネは扇子を開いて口元を隠したまま納得した様に頷いた。

「となると非は借金借りて逃げた貴方にもあると言う事ですか」

「……ま。そうなるっすね」

 そこは事実と五十嵐は頷いた。

 だが事情が事情、土御門睡蓮はもう片方の問題点を論じた。

「ですが、アテネ様。人身売買は法的に問題です。借金を借りて逃げた五十嵐君にも非はありますが、人身売買をする側にも当然非はあるかと」

「了承していますわ。ただ五十嵐さんにも一応の難点がある事を確認しただけです」

 それで、と呟いて。

「差支えなければ教えて頂けますか? 貴方が借金した理由を」

「そうさなぁ……」

 五十嵐はしばし悩んだ後に。

「まぁ簡略的に言えばある友人の為にどうしても金が……六千万必要でさ。俺がどうにかしなきゃーって事でやったんだけど、俺中学生だから、どいつも金を貸してくれる気配が無かったんだよな……」

「そりゃあ中学生では六千万等、銀行でも貸さんだろうな……」

 バトラーが困った様に呟く。貸した額を払える見通しもない中学生相手にそんな大金を渡すわけもない。

「なるほど。故に裏の金貸に繋がって六千万等と言う大金を……」

「てっきり中学生にも貸してくれるいい奴らだと思ったんだけどなー……」

 三人は頭を抱えた。貸すわけがない、明らかに裏があるだろうに、と。中学生ならば色々と活用出来て更に健康な臓器も手に入るとかそう言った具合なのだろうが、それにつられた五十嵐少年もまた少し抜けている、と三人は思った。

「ところで五十嵐君は中学生なんですね?」

 その中で土御門が何かを考える様な様子で問い掛けた。

「ええ、そうっすね。【青垣中学】に通って……るんかな? 今はどうだろ……。つってもまぁ中三ですし、来年の春には一応高校生と年齢的には同じですけどね」

「そうなんですか」

 記憶を探る【青垣(あおがき)中学】と言えば確か一般的に有り触れた高校だと睡蓮の記憶は導き出した。先に少し話してもらった彼の過去から言っても一般中学が限度であろう事は当然な話になるが。

 現在が一二月の後期と考えれば高校までは後四ヶ月程の間がある事になる。ただ中学生にしては中々がっしりとした体躯故に天王州としては同い年ではないかと思っていた。

「しかし今の事情を考えると……五十嵐君、君は高校は……」

「いけないでしょー、そりゃあ。借金返済の為に仕事考えてたくらいですし……」

 まぁ借りる先を間違えて今の現状っすけどね……と暗い笑みを浮かべて項垂れている。

「ふぅむ……」

 今までの会話内容を要約すると五十嵐雷は諸事情でサラ金から金銭を借りて結果人身売買に至り逃げてきてここに辿り着いたと言うところ。そしてそんな現状から中学卒業後は就職するしか道はないと言う事だ。

 中々激動の人生を送っている。若いながらに幾分同情も湧く話だ。訊けば両親の顔を知らないと言う話も出てくる始末。だが、それは言い方は悪いが珍しい話でもないと断じるバトラーだが一つ気にかかるものがあった。

 後輩足るメイドの表情だ。

「中学三年生……」

「ところで土御門君。先程から何をそんなに訝しむ様に悩んでいるのだね?」

 嫌に年齢を気にしているのが気にかかった。何か気にかかる事でもあるのだろうかと声を掛けるが土御門は「……いえ、何でもありません執事長」と何処か考え込んでいる様子で一歩後ろに下がる。

 明らかに何かあるだろう、と思うもバトラーは口出しは止めておき話を進める事とする。

「では次の質問なのだが昨日、屋敷に入り込んだ羊の様な生物。アレは何なのだね?」

 そう問い掛けると五十嵐はあからさまに不機嫌な表情を一瞬見せた。

 どうにも化け物の類に対して風当りが強い様だな、とバトラーは少し心配になった。一概に化け物で悪い存在と一括りにしている可能性を危惧してであった。

「別に詳しくは知らない」

 ぷぃっと顔を逸らし不満そうながらも五十嵐は知っている限りを話した。

「起きた時に俺や双子の娘を襲おうとしていた事と……、多分俺の戦友に対して何かしやがっただろうとは予測つけてるけど……唐突に現れたからな」

 このギリシャに絡む化け物か何かじゃないのか、とぶっきら棒に言い放つ。

「羊の化け物と言うと……」

 土御門が頬杖をついて考え込む。

「幾つか思いつきますが……どんな外見でした?」

「体躯は羊でしたわ。ただ毒々しい色の顔をしていて何かこう黒いオーラみたいなのに包まれていたのもあって何とも言い辛いのですわ……。それに伝説上のどの羊の化け物とも特徴が一致しませんし……」

「UMAに羊男と言う名称のもありますが、アレは厳密には山羊男ですからな」

 悩むのはそこだった。歴史、伝説関係に精通している従者と主の視点から言ってあの化け物の容姿に羊のどの化け物とも合致が無い。

「と、考えますと……」

 新種でしょうか、と土御門が仮定を考えた。

 新種。その可能性が比較的高い。見覚えのないあの姿から言ってギリシャで新たに何かの化け物が発生したと言う確率の方が高い様に思えた。バトラーとしては何か違和感めいたものもあったが正体が掴めない。

「仮に名付けるとしたらなんでしょうか……?」

「いや、そこ考えなくていいでしょう!?」

 律義に新名称を考える三者に対して五十嵐がツッコミを入れる。けれども現地慣れしている所為か優しいのか名称を考える三人に対して五十嵐は投げやりに、

「ああ、そんな考え込む事もないでしょう。普通にシープ≠ナ今は通そうぜコノヤロウ」

「化物感が一気に拭われた気もしますが……まぁ、今はそれで構わんでしょう」

 バトラーはそう呟くと窓の外を見据えながら、

「そして五十嵐君、君はシープ≠ノ喰われかけたと言っているのも気にかかるが……双子の少女が襲われかけ、戦友がどうとか言っていたが」

「それはさっき話した、俺と一緒にギリシャに運ばれた奴らの事ですよ。双子の女の子は昨日までは無事を確認出来てるんですが今はどうなんだか……。戦友に対しては……何かの衝撃ですかね? 記憶が混濁してるっぽくてソイツの顔も名前も思い出せない……!!」

 それで、と唇を噛んで。

「そいつはもしかしたら……もう死んでるかもしれない。いや、死んだ可能性が高いんだ。俺が起きた時服が濡れてたから、海で溺死したかもしれないし……」

 もしかしたらシープ≠ノ食い殺されたかもしれない、と吐き捨てる。

「……ふむ。何故、そう思うのかね?」

 化け物が人を食い殺す。イメージ的にわかりやすいが、先日の重傷を負った化け物の姿を思い出すとどうにも引っかかる。

(だが同時に可能性は拭えまい。重傷だったからこそ瀕死の可能性の高い五十嵐君の戦友を体力回復で喰らった可能性も否定出来ない)

 そのバトラーの思考通りに五十嵐もまた体力回復の可能性を指摘して言葉を続けた。

「化物は所詮……化物だ」

 と。何処か自責の念すら感じ、そして覇気のある声で呟いた。

「……違う可能性も否定出来ないのではないのかね? 例えばシープ≠ノよって君の戦友はすでに救出されていて、君もその途中だったとか……」

「それだったら男の姿が路地裏にあって然るべきでしょう……!! それに……」

「それに?」

「……起きた時、あいつの口元に血が溜まってたんですよ。……曖昧な記憶だけど共闘してた戦友が流した血の匂いと……一緒だった」

 成る程、だから食い殺されたと……と三名が沈痛な表情を浮かべた。

「しかし血の匂いの区別などわかるのかね?」

「俺、結構嗅覚いいっぽいんで……昔から結構わかるんですよね」

 そう言いながら鼻を軽く触れる。土御門が「それは中々……」と感心した表情を見せる。

 確かにバトラーも血の匂いで誰が誰なのか当てる事はわけもないが、中学生の少年がそういった事を出来るのは少しばかり驚いたものだ。

「しかし、こうなってくると件の問題は三人を捜す事に当たるわけか……」

「ああ。鼻で探し当てるぜコノヤロウ!!」

「いや、無理だと思いますよ?」

 流石にこのアテネ市は日本の地域と比べて広すぎる事を含めて様々な要点が重なって嗅覚で探知等、専門の犬か何かでなければ見つかりはしないだろう。土御門の予想通り、五十嵐自身も正直自身は皆無だ。

 嗅覚はいい方だが距離が離れすぎていると血の嗅ぎわけは出来ない。

 その上、場所が港街だった事と、混濁する記憶で昨日程に自分の嗅覚に信憑性めいたものは持つ事が出来なかった。記憶の中の匂いも今ではどうにも思い出せないでいる。

「地道に探すっきゃないって事か……」

 溜息交じりに五十嵐は椅子から立ち上がると、扉の方へと歩き出した。当然、その行動を概ね想定している為に五十嵐の背中に声がかかる。

 探しに行くのかい、と。

 その質疑に対して五十嵐雷の返答は一つ。

「当たり前だコノヤロウ」

 相変わらずの口癖の品の悪さ。けれどその声に込められた覇気を感じてバトラーはやれやれと首を振りながら赤いネクタイをピッと正して、

「ならば私も同行しよう」

 と、五十嵐の背に告げた。

 五十嵐はどうして、という不思議そうな顔を浮かべていたが。

「どうもこうもない。怪我人だぞ、一応。見過ごせぬよ」

 それにな、と優しく語りかけて。

「この土地で出会ったのも何かの縁だ。人探しくらい協力しよう五十嵐君」

 それだけ告げるとバトラーは天王州の方を振り向いて、

「と言う事ですので、お嬢様。申し訳ありませんが、少しばかりお時間を頂きたく……」

「はぁ」と呆れた様に苦笑を浮かべて「相変わらず貴方は子供相手には甘いですわね。ですが構いませんわ。気のすむ様に手を貸してさしあげてください、バトラー」

「御理解感謝致します、お嬢様」

 何処までも気品の溢れる佇まいで礼儀を示した後にバトラーは五十嵐の頭を軽くポンと右手で触れて、

「そう言う事だ。お節介に世話を焼くぞ五十嵐少年」

「はぁ……」

 漠然と、まるで理解していない様にきょとんとしながら頷いた。

 何故この老執事は見知らぬ他人に対して気にかけてくれるのだろうかと少し感心し驚きを示しながらもありがたかった。土地柄を知らない自分にとって他者の助けはありがたいことこの上ない。それも信頼できる筋の相手だ。

 これで探しにいける。

(お前が死んでいるか生きているかはわからねえ。でも……俺は絶対にお前が生きていて、手を差し伸べられるって信じてるってのコノヤロウ……!!)

 名前も顔も思い出せない相手へ向けて内心、言葉を言い放ち。

 先に進んだバトラーの後を追走する形で五十嵐雷は怪我の身体を押し出して、アテネの大地を踏み締めるべく扉の外へ走り去っていった。

 そしてその背中を見据えながら土御門が小さくポツリと呟いた。

「……アテネ様、朝に仰られていた事ですが……」

 本当にやるんですか、と彼女の目が訴えているのが天王州には見て分かった。天王州は小さく息を吐き出した後に「ええ」と遠くを見る様な表情で呟いた。

「ですが彼の為ではないのでしょうね」

 視線をそっと窓の外へ。

 自由に空を舞う鳥の姿を目視しながら、瞳の奥に焼付く姿に想いを馳せて懺悔する様に呟いた。

「これは私の独善であり偽善で」

 そして、と隙間を置いて、

「贖罪の様な不格好な話なだけですわ」

 自嘲の笑みを浮かべて苦笑を零し、自分の側近の一人足る土御門に弱弱しく笑い掛けた。

 その表情を見て土御門はそっと静かに目を伏せる。

 彼女の思いに悲しみを馳せる。



         4



 その頃ギリシャのサロニカ湾、沿岸。壮大に広がる蒼穹色の大地が寄せては返す。その音にどこか懐かしさすら覚え、そして安らぐ、世界の聖域。その雄々しい姿を今日も連日の様に旅行客が、地元住民が散歩がてらに歩いて去って。

 そんな和やかな空気の中、海沿いの崖を指さす少女が一人いた。

 地元の子と思われる小さな少女は同伴している祖父と思しき老人に対して不思議そうな声を上げて互いにイタリア語で会話していた。

「ねーねー、ミオ・ノンノ、ミオ・ノンノ!!」

 ミオ・ノンノ。英語で言えばマイ・グランパと同義の意味だ。

 子供特有の高い可愛らしい声が響く。少女の名はオルキエーダ=アイイ=アナルギリ。

「ハッハハーッ♪ どうかしたのかい、ミア・ニポーテっ?」

 英語で言えばマイ・グランドドーターと同義の意味に当たるミア・ニポーテ。

 老人としての威厳、皺に刻まれた顔に優しい笑顔。杖をつき孫の傍に優しく寄り添う男性の名前はジェラーニオ=エルフテリオ=コルデリオ。

「ミオ・ノンノ、ミオ・ノンノ!! アレ何アレなーにっ?」

「ハハッ♪ ミア・ニポーテは相変わらず好奇心旺盛だねっ♪ どれどれ、どこかなー? ノンノが見てあげるよっ♪ ノンノの視力は7,0だからねっ♪」

「ミオ・ノンノ、嘘はいいから早く早くーっ!!」

「分かっているから慌てちゃダメだよ、ミア・ニポーテ♪ ハッハッ♪」

 優しい表情のままコルデリオは孫娘の指さす方向へ視線を向けて叫ぶ様に言葉を発した。

「目を開くよッ!!」

 括目する。くわっと目を見開き距離にして一四メートル先に見える崖の上に存在する何か異形な体躯の存在を見定めた。

 全体的にもこもこした体躯。まるでそう、羊の様だ。

 だが遠目でもわかる程に哀愁の念を漂わせながらへたりと座り込んでいる様だった。水面を眺める様に下を向きながら。

 その羊と思われる生物がすっくと立ち上がる。

「羊が……立っただって!? ハハッ♪」

 コルデリオ的にはそこに驚きである。

 だが驚きはそこで止まらなかった。羊は小さく一歩一歩を踏み出してゆく。まるで戸惑いながら最後の覚悟に後押しされる様に小さく恐々とゆっくりと歩いてゆき。

 落ちた。

 空気抵抗に逆らわずひゅーっと自由落下してゆき、海の中にどぼんっと落ちた証拠に水柱を弾き上げて羊の姿は見えなくなる。後には先程までと何ら変わらない海の景色が永遠に続いてゆく。ただ、それだけだった。

 唯、それだけの事。

「何と言う珍場面……羊が身投げしおった……!! ハハッ♪」

 優しい声を悲壮感に彩らせてコルデリオは唖然と呟く。

「ねえってばーミオ・ノンノ!! 何が起きたの今ーっ?」

 孫の不思議そうな質問に答える余裕もなく、老人はただ固まる。

 そんないつもと少し違う変わった光景であった。


【続】

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皆々様、第11話閲読ありがとうございましたー!!

何か話として進んだのかどうか若干不安ではありますが……うん、進んでるよきっと!!←

何はともあれ遂に本格的に物語と絡んで参りましたキャラ達……!!

原作、天王州アテネ。メイドの土御門睡蓮、執事長のバーガンディ=バトラー。五十嵐君の周囲の徐々に集まってきております……!!

後は船員達の存在も含めて艦首さんや、老人A役のジェラーニオ=エルフテリオ=コルデリオさんと孫娘Aのオルキエーダ=アイイ=アナルギリです!!←

大まかに語れば五十嵐君はバトラー執事長と仲間の安否を確かめに。

天王州と土御門は裏で少し……ね。

追手である船員達もアテネ市目指して動いておりまさぁ……!!

そして羊君よ永遠に。←

ってな流れで次回です!! では、次回もお楽しみに!!

さらばにゃっ!!