Re: 第九話『怪物メタモルフォーゼ』 ( No.30 )
日時: 2013/01/13 22:16
名前: 迅風

新年二回目の更新!!

あんま話は進みませんが!!

ただ今回は前とは随分違うにゃあと思わなくもないそんな回。

では、よしなにっ!!


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 第九話『怪物メタモルフォーゼ』


        1


 綾崎ハヤテの動体視力はホンの一瞬の出来事を正確に捉えていた。

 突き刺す様に前へと押し出した、その腕に握っていた感触。ドクン、と心音が鳴る様な鼓動。勝利を引き寄せる様な圧倒的風格の剣。純白の剣、銘を白桜。

 それが唐突に消失した事を彼の手は否応なく感じ取っていた。

 先程まで確かに握っていたのに。先刻まで確実に握りしめていたと言うのに。

 煙にまかれた様に消え去った感触に綾崎はしばしポカンと口を開いている暇は無かった。何故か。単純だ。消えた白桜の所在を知っているからだ。

 より、正確にはどこに入ったのかを彼は知っている。

 バギン、と岩盤に亀裂が入る様な轟々とした音が鳴る。その正体は何だろうか。いや、十分に理解している。なにせ、目の前で起こっている光景なのだから。

 仮面の破砕音が次々に鳴り響いていた。

 五十嵐の隠されていた表情がどんどん露わになってゆく。けれども、その仮面の向こうに見える彼の顔立ちはまるで綾崎の知る者の顔ではなかった。そして壊れた仮面の欠片が次から次へと上へ上へと浮かび上がってゆく。

 全ての欠片が彼の顔から無くなった。

 その顔を見た瞬間に綾崎は戦慄する。何だこれは、と。

 暗い海の中で爛々と輝きを放つ金色の瞳が眩い。眩すぎる程に。同時にその巨躯にも驚きを示す他に無かった。同等だ。この場にいるクラーケン、それにドラゴンと大差ない程の巨体が五十嵐の先程までいた場所に存在している。

 だが姿がわからない。大きいと言うのは判断出来る。

 人間の形にもぐねぐねとした何かにも映っていた。

 その姿を克明に判別するには綾崎には不可能に近い事であった。暗い海の中、仮面まで着用した狭い視野の中に映る光景を判断し切るには難しく。加えて、形状が定まり切らない様子であったためだ。

 けれどわかる事は一つだけわかる。

 この金色の瞳を輝かせる化け物が――、

(これが……五十嵐、君……?)

 五十嵐雷であると言う事に。

 より厳密に言えば五十嵐雷は五十嵐雷でも、

(白桜が刺さった――否、呑み込まれた瞬間に……何が起きたんですか……!?)

 純白の剣が食い込んだ瞬間に呑みこまれた瞬間の結果がこの目の前の光景だ。

 即ち。

 この巨躯の化け物は五十嵐雷なのである。白桜と言う剣に突き刺さられた五十嵐雷。その現実に否定しようもなく直面しながら、綾崎は困惑する脳をどうにか軌道修正する形で抑え込みながら思案した。

(あの時、僕の剣は明らかに五十嵐君に刺さった。逸らせずに突き刺さった。それは間違いないはず……)

 ただ手に友人を殺す感覚はやってはこなかった。

 勢いそのままに貫こうとしてしまった怯えは。

 殺してしまうと言う恐怖心は図らずも彼の腕には来なかった。だが代わりに握っていたはずのものがすっぽ抜けた様な呆気ない感覚を手が覚えている。

 その時だったはずだ。

 自分の目が、瞳が、網膜が光景を焼き付けたのは。

 あの瞬間に白桜は綾崎の手を離れて純白の光の結晶体の様な姿に一瞬変化した。そしてそのまま五十嵐の胸に引きずり込まれる形で取り込まれた。

(……いや、取り込まれたじゃなく、取り込まれる形で入って行った、の方が正しい表現でしょうか)

 その結果がこの化け物としか言えない姿をした友人だ。

 何が起こっているのだ。綾崎にはまるで理解できない現象だった。

(原因、こうなった原因はまず間違いなく白桜だけれど――、だとしたら白桜ってどういう剣なんだ……!? あの場所では詳しい事なんて何一つ聞いてないし……)

 対処はどうすればいいのだろうか。

 どうしたら彼は元に戻れるのであろうか。綾崎にはそれがわからなかった。ただ在り来たりな事だけれど一つの可能性に賭けてみるしかない。それくらいはわかった。

(文字通り『元凶を取り除く』……)

 剣を抜く。それ以外に方法はないと感じた。

 だが同時に一つの事に気付いた。

(……でも)

 ゴゴゴゴ……!! と聳え立つ化け物の姿を見据えながら、

(剣の姿、何処にもないんですけど……!!)

 柄も何もない。表面に剣の突出した部位は何も見て取れない。当然だ。呑み込まれる形で消えた白桜は文字通り全身取り込まれたのだから。無いものはない。

 抜くにしても手で掴めないものは抜けない。

 打ちすぎた釘は抜くには難しい。

 更に、

(それと……)

 ドゴゴゴゴゴ……!! と聳え佇む三匹の化け物の姿を見据えながら、

(…………)

 綾崎は冷や汗だらだらで無言で思った。

 え? コレどうしたらいいの? と。

 五十嵐の化け物だけでも手に余りそうなのに、加えて化け物二頭、手から零れ落ちそうな程の苦難である。苦難上等なんて絶対格好つけられない程に。

 人間の何十倍も巨大なクラーケン、ドラゴン、化け物、と言った面々に堂々と佇まれる形の綾崎は手持無沙汰にも程がある現状だった。もっとたくさんの兵器でも持っていなくてはとても立ち向かう気にすらならない化け物。

 唯一の可能性こと白桜も無い。

(むしろ奪われましたしね、五十嵐君に……)

 即ち無手。

 参ったなぁ、とげんなりした気分で綾崎は内心呟いた。同時に何でクリスマスなんて言う世間一般に素敵な日々に自分は化け物と海中決戦なんかするんだろうと考えて嫌になる。

 だけど友人が変貌した原因は明らかに自分で。

 自分が突き刺してしまった白桜の切っ先なのだから。彼があのまま戻らなかったりしたらどうしようか、とか嘆きたくなるだろうから。

(どうにかして白桜を抜き出すしかない)

 スッと拳を構えた。

 あんな化け物に敵うわけもないだろうけれど。この拳が通じる何て全く思ってはいないけれど。何もせずにいるわけになんていられないから。

(海の藻屑になってあげますよ!!)

 毅然とした顔つきで鋭い眼差しで相手を睨みつけた。三体の化け物。中央で自分を睨みつけている五十嵐雷、ヒレを雄大に静かに動かしながら唸り声を発している橙色のドラゴン、そして双子少女を足で絡め取っているクラーケン。

(…………)

 双子少女を足で掴んでいるクラーケン。

(……人質出来てるぅっ!?)

 何で事態が悪化してるの!? と頭を抱えたくなった。被害が及ばない様に一度、上空へ放り投げた。水面に浮く程度の力加減で。ただ、攻撃に失敗し、その後五十嵐が化け物の姿に変貌した事に気を取られていた綾崎は己の失態に嘆いた。

 あの後即座に双子の子を引っ掴んで逃げるべきだったのかもしれない。

 せめて二人だけは逃がすべきだったのかもしれない。

(相変わらず僕はダメダメな……!!)

 自分のミスに歯を食い縛る。

 気落ちしそうになる。けれど、そんな自分を振い起し、

(いや、ダメだ。落ち込んでる暇があるなら残り時間全開で現状を打破するしかないんですから)

 超人的な身体のおかげで水中でも比較的長く息を行える。

 とはいえそんな数分以上費やす事も土台不可能になってきた。体に虚脱感がじわじわとやってきているのを感じている。持って二分もないだろうか。だが、その時間帯でどうにかやり切るしかない。

 剣を抜いて、五十嵐君を救出して、双子少女を助けて、化け物から離脱。

 大まかに計画を練ったら思わず項垂れそうになった。なにこのハードスケジュール……、と呻きたくなった。だがやるしかないのだ。

 綾崎は全身に力を込めた。速く疾く駆け抜ける速度をイメージする。

 全身の躍動を限界まで引き上げて五十嵐雷の身体からどうにか剣を抜くしかない。生憎と抜く方法なんて全く知らないが。だがまぁ、構わない。

(なんせ――、玉砕覚悟、海の藻屑になろうが結構ですからね)

 そう思いながら綾崎はドンッと水中を蹴った。まるで鋼鉄の壁を蹴って突き進んだかの様な疾風の様な速度で猪突猛進に水中を翔けた。

 そして次の瞬間に肋骨が一〇本近くへし折られたのを感じた。

 メギメギ……ィ、と音を立てて腹部に強い衝撃が走っているのを何の感慨も抱かず無意識で見守っていた。酷くくの字に折り曲がる体躯に、自分の姿におかしさすら覚えて苦笑を浮かべる。

 そして水を何層も突き抜けて綾崎の身体は血を噴出しながら吹き飛んだ。

 とはいえ海中。衝撃は幾重にも拡散されて四散し、霧散した事で攻撃以上の威力を発揮せずに、出来ずに終わった形だった。その結果、海中にだらんと浮かびながら綾崎は何となしに思った。

 ああ、生きてるんだ、と。

(死んだと思ったのにな……)

 最高速で背後に回って、そこからどうにか出来やしないかと考えての無謀な突進だったのだからダメダメだ、と言われたらそこまでだが。

(武器も無し知識も無し時間も無しの戦闘じゃあこんなものか僕なんて)

 自嘲の笑みを浮かべた。

 今ので体の中の空気もほとんど吐き出してしまった様で体が徐々に沈んでゆくのがわかる。わかってしまう。

(って言うか一撃強すぎるでしょ、アレ)

 沈みゆく中で全身の虚脱感を感じながら綾崎は死に際に文句垂れる様に内心呟いた。

 覚えている限り、と言うか自分を襲った衝撃を思い出す限りはアレは腕だった。化け物の大きな腕がズンと腹部に減り込んだ。それだけ。ただのフック。ただ振り払う様なだけの攻撃で完全にノックダウンだ。

(タフさには自信あったんですけどねー……)

 何発かなら耐えられるかな、とかそんな無謀な事を考えていた。

 海の藻屑覚悟だったが、本当にそうなりそうな現状に可笑しそうに自嘲を零す。同時にああ、これで死ぬんだな、という諦めも。海に沈んで水死した自分に誰か気付いてくれるだろうかな、と言う悲しい事を思い描きながら少年は優しい温もりに抱かれながら下へ下へと沈んでゆく。

 そんな少年の途絶えそうな視界にふっと映る光景。

 それは五十嵐の、化け物の拳を振り上げて迫る巨躯の姿であった。

 友人に殺されるとか嫌だな、と思った。

 どうせ死ぬなら水死の方がまだありがたいのに。どうやらあの化け物に息の根を止められる事になってしまいそうで。友人に殺されそうで。綾崎は混じり合った水滴にふっと悲しそうな表情を浮かべた。

 そして目を閉じる。

 死ぬのなら痛いのは嫌だった、もう。このまま水の冷たさで何も感じないまま逝ってしまいたかった。死にたくはなかった。でも、生への望みもこんな状況じゃすでに絶たれ隔たれているから希望も無い。

 なら、最後は安らかに逝けたらな、と内心で小さく呟いた。

 だが簡単にいかないらしい。水で身を包まれている中で痛みが痛すぎてわからなくなっていたはずなのに少しずつタフな肉体が回復していくのか、痛みは戻ってきて安らかに眠れそうもなかった。昔からどうにもタフで、

(死ぬに死ねないから嫌になりますよ、もう)

 不死身なんてわけじゃないタフな身体と言うだけだけど、

(生きている限り、もがくしかない……!!)

 少しでも動ける様になった体をもがいて足掻いて叩き起こして、綾崎は今一度目を見開いた。そして希望を見た。目を開いても絶望しかないんじゃないかとか思っていたけれど、

(何だかんだ、前を見据えるものですよね……!!)

 その光景に感謝する。

 彼の視界の中。映る光景は三体の鍔迫り合いだった。クラーケンもドラゴンも怪物五十嵐君も三体全員が互いに攻撃をし合っている。いや、むしろ途中で急に出現した五十嵐の存在が一番危ういと悟ったのかクラーケンとドラゴンの攻撃は五十嵐へ集中していた。

 クラーケンは数本の足を使って鞭の様に五十嵐の巨躯を叩いている。ドラゴンの方も方で水中でも怪しく鋭く煌めく牙を用いて巨体の腕に噛みついていた。そのダメージか大きな唸り声を上げて五十嵐が叫んでいる。

 三つ巴の戦いになってくれていたのはありがたい。実にありがたい。

(後は五十嵐君が致命傷になる前に元に戻さないと……!!)

 だが、どうやって。

 どの様にしたなら白桜は彼の体躯から抜け出てくれるのだろうか。だが何をやるにせよ、何をどうするにせよ、まずは彼の元へ辿り着かねばならない。そう、辿り着いてまずは白桜を抜き出せる可能性を判断しなくてはならないのだ。

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

「ぷにゅうううううううううううううううううううううううううううっ!!!!」

「キバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 ドラゴンが牙を剥き、クラーケンが足を打ち震わせ、五十嵐が拳でタコ殴る。

 そんな三つ巴の怪物大決戦の中に男一匹、突撃して五十嵐を元に戻さなくてはならないのである。傍目どう見ても話なんか通じ無さそうなあの雰囲気の中に、

(……ダメだ、何度見ても無謀としか思えない……!!)

 何が悲しくてあんな怪物だらけの海域に突貫しなくてはならないのだろうか。

 それを言えば羊の着ぐるみ着ている時点で最早色々とシュールの一言に尽きる話ではあるのだけれど。自分の身なりの良し悪しにしばしがっくりと項垂れながらも綾崎は仮面の奥から現状を見つめた。

 突貫のチャンスは一つ。

 三体が戦っている最中、必ず五十嵐はこちらを気に掛ける事が出来ない程に追い込まれる瞬間があるはずだ。その時の背後に一気に差し迫る。それしかない。

 ボロボロの身体ながらも振り絞った。残ってる微力な力を。

 待つ。待つ。待つ。チャンスを睨みつける様に待った。

 そして、二体の攻撃により五十嵐が両腕の動きを取られた瞬間、

(今ッ!!)

 水中を掻っ切った。グングンと絡みつく水を横へ横へと掻っ切った。このままの勢いで一気に背後へ迫る。遠目ではわからない、けれど近場まで行ければ勝機が見えるかもしれないという不確定な一筋の希望を願う。

 このまま近づければ、そんな想いを胸に綾崎は五十嵐の元へ迫ってゆく。

 だが次の瞬間だ。

 何と言う事だろうか。五十嵐は機敏にその行動に反応した形で眼光を綾崎の方へ振りまいた。なんて察知力だろうかと綾崎は嘆きたくなる気持ちになった。そんな気持ちを更に重ねるかの様に五十嵐は言葉とも取れぬ雄叫びを挙げながら拳を振った。

 思わず身が強張る。

 先程の激痛が脳裏を過る。思わず目を強くつむった。すぐに襲いくるであろう痛みに備えて腕をクロスし防御に転じる。無意味な行為だとわかっていても。

 だが痛みはやってこなかった。

 むしろ五十嵐の驚いた様な叫びと共に何か弾かれる様な音が耳に届く。何だ、と疑問に思いながら僅かに目を開いた。誰かが助けに来てくれたわけではない。

 何かがそこにあるわけでもない。

 けれど綾崎の目は僅かに捉えた。螺旋状に渦巻いていた様な痕跡を。渦潮か何かか? と唖然とする意識の中で呟いた。何が自分を守ったのかはわからない。まるでわからない。

 しかしチャンスだ。

 疑問は後。今はただ突っ切るしかない。何かに跳ね返された様でぐらりと揺れる五十嵐の巨体目掛けて綾崎は水を突き抜けて遂に到達した。

 トッ、と五十嵐の筋骨隆々とした巨体に手が触れた。

 やっと辿り着いた。そして同時に綾崎はこうも思った。

(……さて、どうしようか)

 着いたは着いたけどやはりどうしたら白桜が出てくるのか良くわからない。無策と言われれば仕方ないのだが逆にどんな策があるのさと愚痴を言いたい気持ちにもなった。

(ダメだ。少しくらい姿形が出ていやしないかって思ったけど……ないっ)

 柄が飛び出ていたりしてはいないか。そんな淡い希望を抱いての突貫だったが、近場で見ても影も形もない。完全に五十嵐の中に存在するのだろう。

 つまり抜けない。

(どうしたらいいってのさ……!!)

 生憎と綾崎ハヤテには術が無かった。一流の霊媒師とかなら何か術があったりするのだろうか。だとしても一般人の綾崎にそう言った不可思議な現象を起こす術は欠片も無かった。

 だから、

(……すいませんね、五十嵐君)

 パキポキと指を鳴らす。

 術がない。手段がない。方法がない。そんな現実に行き着いたものが結果として用いる方法など何時の世も一つしかなかった。

 そう。

(力尽くでやるまでだぁああああああああああああああああああああああああああ!!!)

 渾身の力を込めた拳を背中へ叩き込んだ。

「キバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ――――!!?」

 五十嵐の化け物、通称イガラシが身体を仰け反らせて悲鳴じみた叫びを放った。そんな叫び声もとりあえず水の泡のごとく周囲へ聴き流して、綾崎は渾身の拳こと着ぐるみの為に蹄状で地味に痛い拳を叩きいれながら願った。

 と言うよりも脅迫じみた程に切迫の懇願だ。

(出てこい……、白桜ァ……!!)

 こんな事を願っても何も変わらないってわかっている。

 力尽くのこんな無策なだけの行動に価値は無いってわかっている。

 けれども手段も術もこの手にない綾崎に最後に出来る事なんて。

 事態が良くなってくれ、と願う。

 祈る事しかないじゃないか。

 たとえ、ダメとわかっていても、

(五十嵐君の身体からさっさと出てこい……白桜ッ!!)

 その願いが果たして通じたのか否か。何故なのかは今の綾崎に知るべくもない。けれど引き起こった結果は綾崎の願ったもの。それ以外足り得なかった現実だ。

 ズ、と這いずる様な音と共に五十嵐の胸から発光した物体が姿を見せ始める。

 純白の刀身。正義を成す白桜の神々しい姿である。

(え!? 出てきた!?)

 情けない様な話だが、自分でやっておきながら抱いた感想はその通りであった。やっといて何だが驚きの意外な結果に綾崎はびっくりする。

 だがこれで五十嵐は元に戻る。

 そう考えたら嬉しい気持ちがふわっと湧き上がった。

 その時だ。

 隙を見せた綾崎の身体を巨大な手の平が全身くまなく叩き付けたのは。ごぽっと言う良くない響きと共に綾崎の口内から血が零れた。そして全身は水を掻き分けて後方へ軽く吹き飛ばされる。白桜は徐々に抜け出ているが変身は抜き切れないと戻らないのか、と認識して歯を食い縛る。

 しかし変身が終わるのであればそれでいい。

 水中で動きをどうにか押し止めた綾崎はそのままバタ足で大急ぎで騒ぎの最中に足から抜け出ている双子少女の元へ泳いでゆく。しばし放っておいた間に徐々に沈み始めていた。何故か『いやっはー!!』とでも言っていそうな程の元気満々な表情のまま沈んでゆく。

(だから何で君達、そんなに余裕綽々みたいな風なの!?)

 若干文句垂れながらも綾崎はもこもこの両腕にがしっと双子を抱き抱えて再度のバタ足でジタバタと海面へ上昇してゆく。その後を即座にイガラシの巨躯が雄叫びを上げて迫ってくる。白桜はすでにかなり抜け出ていた。

 そしてそれでいい。

 後は後方に見えるクラーケン、そしてドラゴンから距離を取り、この海面から一気に飛び出る為に、

(塵芥にならない事だけ願います!!)

 この自分へ迫る渾身の拳を全身で喰らえばいいだけだ。

 鈍い衝撃が駆け抜けた。体中の骨がミシミシ鳴り響いて意識が飛び退きそうになる。だが飛び出るのは意識だけではない。体全身、双子の少女を抱き抱える形で綾崎の身体は海中から一気に浮上し、そのまま海上へ水飛沫と共に飛び出た。

 がはっと息を吐き出して清涼な空気を一瞬だけ体内に取り込んだ。

 だが束の間、追う形でイガラシもまた飛び出てくると、追撃。空中へ浮遊した状態で綾崎の身体を一発の拳が再び襲った。その威力たるや凄まじく綾崎は右腕がへし折れたのを何となしに理解した。

 そして吹っ飛ぶ。暗く沈んだ海を果てに綾崎の体躯は向こう岸、港付近の道路へと叩き付けられてダメージそのままにゴロゴロと路地を転げまわった。その折に抱きしめていた双子の少女が『><』な表情浮かべたまま愉快そうに転がってゆくのに空気読んで欲しいなぁとか場違いな事を考えながら。

 どんだけの距離吹っ飛ばすんですか、と小さく言葉を発する。

 しかし良く見てみれば意外な事に距離は一〇メートルかそこらだった。どうやらドラゴンとクラーケンとの海中決戦の際にどんどん港の方へ近づいていた様だ。

 何にしても良かった、と掠れた声で呟いた。

(やっと……陸地に……)

 逃げ切れた、のかな? と可笑しそうに内心思う。

 逃げ切るにしては体中疲労困憊なんてレベルじゃなく瀕死の重傷みたいなものだ。良く生きているなぁ、と自分の頑丈さに感謝する。それと同時にズン、と大きな地響きを訊いた。イガラシだ。綾崎を追う形でイガラシもまた港へ降り立った。

(次、喰らったら流石に死ぬ……)

 頭に手を当ててヤバイ、と意識する。こんな状態で更に追撃されれば。しかもダメージを拡散する水場じゃないここで受けたら本当に死ぬと怯えた。

 しかしそれは杞憂に終わった。

「キババッババババァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!!」

 暴れ狂う様な雄叫びが響いていた。同時に月光を背に佇む化け物の巨躯がどんどん縮こまってゆくではないか。陰になっていて判別は難しかったが、綾崎はその理由に気付いた。

 無いのだ。

 彼の胸から飛び出ていた白桜の姿が何処にも。つまり抜け落ちた。

(海の何処かに抜け落ちて、波に呑まれて、水の泡の様に消えちゃいましたか)

 紛失したと言う事にかつてのあの子はどう思うかな、と少し申し訳なく思いながらも、綾崎は良かった、と言う感情で埋め尽くされていた。

 雄叫びが化け物のソレから人間のソレへと変わってゆく。

 戻ってゆく。

 化け物から五十嵐雷へ。そして人間の姿に戻った五十嵐はふらふらとした後にどさっと地面に崩れ伏した。すぐさま駆け寄ってその姿を確認する。

 仮面も無ければ服も着ていない全裸の姿。

 けれど化け物ではない。終わった、と感じたと同時に良かったと頷いた。あのまま化け物の姿のままだったならどうしようかと怖くて仕方がなかったのだから。

 だが何にしても言える事は一つ。

 綾崎は全裸でびしょ濡れで横たわる少年一人。びしょびしょで傍に横たわる双子の少女を一瞥した後に、血にまみれている白いもこもこした自分を見ながら(はぁ)と力が抜ける様なため息一つ零した後に内心でこう呟いた。

(びっくりしましたよ……もう……!!)

 綾崎ハヤテの人生でも上位クラスの驚愕の夜の出来事。

 その一つがようやく幕を下ろした。けれど当然ながらこれは夜の出来事の一つにしか過ぎない話であった。彼はこの後数刻の後、知る事になる。

 出会う事になる。

 この夜最大の衝撃に。

 そしてもう一つの衝撃に気付くのもまた……そう遅い話ではない。

 夜は続く。嘆きと共に。



        2



 同時刻。ギリシャアテネ市の一棟の巨大な屋敷に於いて。

 コツコツと高いヒールの小高い音を小さく響かせ、漆黒のドレスを軽くたなびかせながら一人の小柄な体躯の、美しい金髪を揺らす少女が廊下を歩いていた。

 そんな少女の歩く先で一人の執事服を着用した老人が小さくお辞儀をした。

 お嬢様、こんな夜更けにどちらへ、と靄染とした声で語りかける。

 少女はくすっと微笑んだ後に逆に問い掛けた。

 貴方こそこんな夜中に起きていてよろしいのかしら、バトラー? と呟きかける。

 老人は応えた。

 主が起きている限りは何時でも起きるのが執事の務めです、と。

 眠っていて結構ですわよ、と少女は呆れた風な笑みを浮かべた。

 そしてそのまま老人の横をすっと通り抜け廊下を静かに歩いてゆく。

 少女は小さいが確かに聞こえる声で言葉を発した。

 ――少し夜風に吹かれたくなっただけですから

 老執事はそうですか、と頷く。

 ――では何かありましたら何時でもお声掛けくだされますよう

 そう呟いて老執事は足音も無く奥へと去って行った。

 少女は何か、か、と小さく呟いた。

 そして祈る様に窓の向こうに見える月へ語りかけた。その言葉を訊いた者は誰一人この場にはいない。少女は儚げに微笑みを浮かべると。

 漆黒のドレスを小さく揺らしながら歩き去って行った。


【続】

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おかしい。さくっと進むはずが五十嵐君に大半以上を持ってかれた何故だ。

五十嵐「いや、そんな事言われてもな……」

何で五十嵐君の救出に丸々一話使うみたいになってしまったのだ……!! 本来、もっと進んでいるわけなのに……!!

と言うか今回は完全にバトル要素が大半やぁ……。

もうちょい内容を濃くしたかったにゃあ……。でも五十嵐君救出含めて、これが区切り良かったからここで区切った感じですねー。今回は若干短いです普段よりも。

まぁでも最後、ようやく彼女をちらっと出せたからよしと思おう!!

白桜、海に流されてどっか消えたけどね!!←

綾崎「いや、そこどうする気なんですかねぇ!?」

まぁ、流されて消えたなら消えたでいいかにゃって!!

綾崎「良くないですよ!?」

クラーケンとドラゴンはご苦労様。次回の出番まで休むのです!!

五十嵐「また出てくるの!?」

そして最後、出てきた彼女……そこらへんは多分次回!! 出てきた老執事うんぬんも次回!! リメイク舐めるな……、色々ぶち壊すのさ私は……♪

綾崎「なにこの厄介な作者」

それでは次回です!! さらばっ!!