武装執事 ( No.1 ) |
- 日時: 2012/10/21 19:17
- 名前: 蒼紫
- 敷布団の上で目が覚める。覚醒しきってない頭を強引に動かし、今自分が置かれている状況を把握しようと努力する。
起き上がり周りを見渡すと、障子と畳の風景が目に飛び込んだ。ここは自分の部屋ではないことを確認する一方、この和室の伝統的な造りで富豪の類が住んでいることは判断できた。
時間と場所を判断するために部屋の障子を開けた。そこには大きな日本庭園が構えられていた。素人の目で見ても素晴らしいものだと分かる。 風が吹き、水は流れ、石は唄い、草木は踊る。
その現実離れした風景に平成ではない他の時代にタイムスリップした気分になる。
「ハヤテさま、お体の方は大丈夫ですか」
和服の少女が静かに告げる。僕の目の前に現れたのは鷺ノ宮伊澄さん、お嬢さまの数少ない友人であり、よくお嬢様とは遊んでいる間柄だ。
伊澄さんを見て、ここは鷺ノ宮家の屋敷だということにようやく気がついた。
僕はあまり伊澄さんの家にはお邪魔したことがなかったけど、昼と夜ではこんなにも雰囲気が違うものなんですかね。
「お体の方って」
唐突な問いかけに少し戸惑いながらも、思い出した。先ほどのことを。あの白い化け物のことを。
「伊澄さん! どうして僕はここに!? それにあの化け物は!!」
僕は思わず声を荒くする。さっきまでいた公園での出来事がフラッシュバックする、鮮明に。
確かに僕は襲われていたはずだ、間違いなく。あの白い化け物によって。
しかし、どうしてだ。今はこの鷺ノ宮の邸宅にいる。それにあの化け物がまだ生き残っているとするならば――。
「落ち着いてくださいハヤテさま。今から一つずつ説明します」
動揺し、声を荒くする僕とは対照的にやさしい声でゆっくりと話した。
「これを聞いても慌てないでくださいね。ハヤテさまあなたは狙われてます」
「狙われてる!! どうして!?」
「だから、落ち着いてくださいって言ってるじゃないですかー」
伊澄さんが和服を袖を握り締めながら、ポコポコと困り顔で叩いてくる。
僕は思わず吹き出してしまい、すこし安心した気持ちを取り戻せた。
「ごめんなさい。伊澄さんお願いします」
少し恥ずかしくなる気持ちを抑え、伊澄さんの話を聞くことにした。
「王玉――。簡単に言ってしまえば、ハヤテさまはそれが原因で今日襲われました」
「王玉――? もしかして、この石のことですか」
僕は胸倉から石を取り出す。楕円状に磨かれた青い石は僕の姿をはっきりと映し出していた。
「はい。ですが、私の方からは詳しいことは言えません。ただ、それをハヤテさまが持つ限り今日のような化け物が襲ってこないとは言い切ることはできません。今日みたいに助けることができるとも限れません」
「助ける……? もしかして、伊澄さんがあの化け物を?」
助けると言った。たぶんそういうことでしょう。伊澄さんならあの化け物を倒したといっても何ら不思議はない。
「はい。ご明察です。私の力ならばハヤテさまを襲った化け物を倒すことが可能です。そして今日、同じくワタル君と愛歌さんを鷺ノ宮家で『保護』いたしました。ハヤテさま、あなたと同じように」
「保護……? どういうことですか」
「その言葉通りの意味です。もう一度言います、あなたは狙われています。とても危険な状況なのです」
先程までの優しい声色は消えた。そのことに僕は思わず鳥肌が立ってしまった、伊澄さんなのに。
いつものお嬢さまと遊んでいる伊澄さんとは違う――まるで別の世界の住人のようだ。僕は迷い込んではいけない世界にしまったのかと思ってしまった。
「ただ、おとなしくしていただければ、それで構わないのです。先ほど、マリアさんにお電話をいれましたのでナギの方は心配しなくても大丈夫ですよ。マリアさんもすぐに解ってくれましたから」
ただ怯え、心を揺さぶられた僕は言葉を聞くことしかできなかった。
* * *
どれだけの時間が過ぎただろうか。先程まで敷布団で寝ていた部屋で携帯の画面を覗くと、液晶は12:00という数字を刻んでいる。
全く、今日はとんでもない一日だったなーと素直に思う。朝っぱらからお嬢様は誘拐されるし、買い物に行ったら1時間も待ち惚け、しかもその後に化け物に襲われるなんて我ながら不幸バリバリって感じですねー。
しかし、あの化け物は一体なんなんだ……? 僕がいくら殴ろうとも蹴ろうともしても一切攻撃が通らないどころか、再生した……。まるで不老不死みたいだ。
だけど、伊澄さんの言っていることを信じるとすれば伊澄さんによって、あの化け物は倒されたのだろう。伊澄さんは霊的なことに関してはエキスパートだ。それは僕も重々承知している。
しかし、今までの経験。いや、本能的に感じた――あれは霊的な類ではない。完全な化け物であると。
でも伊澄さんはその化け物について何も話そうとしない。説明もあまりに曖昧で強引だ。頑固っぽい伊澄さんらしいといえばそうだけど。
それでも今回は異常――な気がする。あまりに異質で何かを隠そうとしている――気がする。あの伊澄さんの異様な雰囲気には、身がすくむ思いだ。
それにしても。僕はこうして鷺ノ宮家の元で保護されているという形になっているけれど、この石が原因で保護されているとなるとワタルくんと愛歌さんも同じ理由だろうか。
正直、やっかいな物を渡してくれたことにため息を吐かざるを得ない。と、僕が憂鬱ぎみに少し落ち込んでいると、僕のいる和室には似合わない定期的な電子音が流れた。
マリアさんから電話だ。僕は液晶から電話主を判断すると通話ボタンを押した。
「もしもし、ハヤテです。マリアさんどうかしましたか」
今回の自分が陥っている状況を考えると、マリアさんに申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。そう考えながら僕は電話の定型句を言った。
「ハヤテ君。体調の方は大丈夫ですか?」
マリアさんの気立てのよい言葉を聞くと、心休まる気持ちになる。もしかして、マリアさん心配して電話をしてくれたのかな……?
「はい。伊澄さんのおかげで怪我もありませんでした」
「本当によかったです……無事で。伊澄さんからハヤテ君が頬に傷がある剣客に襲われたって聞いたときは心臓が止まるかと思いましたよ〜」
……。よく分からないことをマリアさんが言ったけど、きっと伊澄さんがマリアさんに配慮して事実を捏造したんだ。きっと! ここは話を合わせておくべきだ。
「え、ええ。そうですね、それは凄腕の剣客で絶対絶命って感じでしたよ〜」
「ボソッ」
あれっ? 今、「ハヤテ君がよくわからないUMA的な物に襲われて、またアレな感じに……」って聞こえた気がするんですけど!! ボケだったのかよ、あれは!!
マリアさん、勘違いしないでくださいよ! 僕が襲われたのは飛天なんとか流を使う剣客でも、UMAでもありませんからね!?
まあ、ツッコミたいことはありますけど、話の論点がずれる前に謝ることにしましょう。
「それでですね。しばらくは伊澄さんの家の方にお世話になることになりましたので、マリアさんにはご迷惑をおかけすることになってスミマセン」
「そうですね〜。別に私一人でも問題はありませんが、ハヤテ君が帰って来た時には「ぬわああああ!! 何をするのだお前ーー!! ハヤテーー!!」
マリアさんの言葉に甲高い声が上書きされる。もしかして……と嫌な予感がひしひしと迫り来る。
耳に不愉快な音が響き渡る。マリアさんが受話器を放り投げて、お嬢さまの様子を見に行ったのであろう。
この叫び声、朝の件からして大体予想がついてしまうのですが――。
「どうしましょう、ハヤテ君。ナギが誘拐されました」
マリアさんのあたふたとした声が聞こえる。“誘拐”そういうことでしょう。ここまで分かりやすいと驚きも少ないです。
「分かりましたよ。僕が行きます」
「え!? でも、ハヤテくんは鷺ノ宮家で――」
「大丈夫ですよ。伝説の剣客とUMAが僕の命を狙っていたとしても、お嬢さまが危機に陥って助けを求めている。ここで動かなくちゃ執事失格ですよ。では、行ってきます!」
通話終了ボタンを押し、軽く執事服の身なりを整えた。
待っていてくださいよ、お嬢さま! ――と意気込むのはいいのですが、まずは伊澄さんの監視の目を逃れなくては。
部屋の障子をゆっくりと開け、左右に伊澄さんがいないことを確認して忍び足で廊下を歩いていく。
さすがに正門から出るのはまずいと考え、一気に助走をつけて日本庭園を飛び、塀から脱出した。
胸の王玉を握る。この石が僕に危険をもたらすとしても、それ以上に守りたい人がいる。そういうものでしょう。
「…………」
伊澄は静かな目でハヤテの後ろ姿を見つめていた。
黒く澄んだ目には青髪の執事は消え、ただ風が流れた――。
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