(二人から)愛され体質のいいんちょさん ( No.1 )
日時: 2012/12/02 02:47
名前: 餅ぬ。

 『放課後の教室。西日が差しこみオレンジ色に染まったその空間に、一組の男女が佇んでいた。
  少女のほうは頬を赤く染め、何やら恥ずかしそうに俯きながら少年に話しかけていた。
  少年のほうは彼女が頬を赤く染めていることに気づいているのかいないのか、優しげな微笑みを浮かべたまま、彼女をじっと見つめている』

  「……。ハ、ハヤ太君、いきなり呼び出してごめんね」
  「いいんですよ、瀬川さん。それより大事な話とは?」
  「あ! その、あー……えっとぉ。その、そんなに大事な話じゃないんだけどね、あの、ね……」
  「どうしたんですか? なんだか妙に落ち着かないみたいですけど……」
   「えっ、あ、その! だからね、私はその、ハヤ太君のことが、んと、そのぉ……」

 『……はっきりしない少女の態度に、少年はやきもきしていた。
   彼だってお年頃の男子。こんな可愛い子に放課後の教室に呼び出され、わくわくドキドキムラムラしないわけがないのだ』

  「えっ!? ちょっ、何そのナレーショ……」
  「瀬川さん! はっきりしてください!」

 『少年は叫んだ!』

  「あなたらしくないですよ!
   嫌いなものが嫌いで、好きなものが好き! そんなはっきりした思考を持っているのに、その一言がなぜ言えない!」

 『少年が少女の肩をつかむ! 顔が近い、顔が近いぞ!!』

  「さあ! 僕の後に続いて! 恥ずかしがらずに! 心の底から! りぴーとあふたーみー!
   いっせーので!


 『「愛してる!!!」』



「……あーーー! もう! 二人とももうるさーい!!
 美希ちゃん、ナレーションやるならちゃんと雰囲気作って!
 理沙ちんも暴走しないで! やるならちゃんとハヤ太君やって!
 第一ハヤ太君的な要素が何一つない理沙ちんを、ハヤ太君だと思えっていうほうが無理なの!
 せめてカツラ被るとか執事服着るとか優しく微笑むとか! 似せる努力をしてよ、理沙ちん!」

 『少女が怒った……』

「美希ちゃん! もうナレーション終わり!」
「瀬川さん……怒らないで。笑顔の君が素敵だよ☆」
「理沙ちんも! ハヤ太君終わり! というかそんなセリフ言わないよ!」

 泉の渾身のツッコミを受け、三人組の寸劇は終わりを告げた。
 






【曖昧me!】








 なぜ三人組が放課後の教室に残り、妙な寸劇をやるに至ったのか。その原因は、皮肉にもこの寸劇の被害者とも言える泉の一言であった。

「……告白、ってどうやるのかなぁ」

 それは純粋な疑問だった。
 昨日見たドラマでは主人公が涼しい顔でヒロインにスラスラと愛の言葉を告げていたけれど、果たして現実ではそう上手くいくのか。絶対照れるし、噛むだろう。
 美希と理沙はどう思う? と泉は問いたかった。要はドラマの話がしたかったのだが、いかんせん言葉が足りなかった。
 間違いしか弾き出さない勘を働かせた美希と理沙には、こう聞こえたのだという。

「ハヤ太君に告白したいけど、やり方がわからないよぉ。お願い、教えて。美希ちゃん、理沙ちん」

 可愛い親友にこんなにも頼まれては、一肌脱がずには居られませんなぁ! と、二人が変な気合いを出した結果がこの寸劇だった。
 何故か自分の話したかったこととは全く違う方向へ進んでいく話に乗り切れず、泉は流されるがまま、告白の練習をする羽目になったのである。

 そして怒涛のショートコントを経て、現在に至る。


「大体ね、なんで私がその……ハ、ハヤ太君に告白する設定になるの!」

 頬を膨らませて怒る泉を見て、床に正座させられている二人は驚いたように顔を見合わせた。

「え? だって泉、ハヤ太君のこと好きだろ?」
「……んにゃ!? 理沙ちん! 何言ってるの!?」

 しどろもどろと目を泳がせる泉を見て、美希も理沙もにやりと同じ顔で笑う。寸劇を終えても、二人の悪ふざけが果てることはない。
 先の美希のナレーションの如く、頬を赤く染めて俯いた泉に向かって、美希が問いかける。

「じゃ、嫌いなのか」
「嫌いじゃないよ! ハヤ太君、面白いし、優しいし……。あと、強いでしょ、ちょっとカッコいいし、それに」

 ハヤテの良いところを指折り数える泉の顔は、心なしか輝いていた。嬉しそうな照れくさそうなその表情は、まさに恋する乙女のそれと違いない。
 そんな泉を見つめる二人は、ニヤニヤと笑いながらも心なしか満足げである。無自覚な恋をする美少女ほど可愛らしいものはないだろ、と後に理沙は語る。

「なんだ、大好きじゃないか」
「ち、違うもん! ほかの男の子より少し好きなだけだよ!」
「ほうほう、仄かな恋心ってやつですかな?」
「恋心なんてないもん! 理沙ちんのいじわる! ラブじゃなくてその、あっちのです!」
「likeか」
「そう! それ! 美希ちゃん頭いい!」
「それどういう意味だ?」
「馬鹿だな理沙」
「理沙ちんおばかー」
「なんだとー!」

 口々に馬鹿だと罵倒され、我を忘れかけた理沙だったが、泉のどこかしら安心したような笑顔を見て自分のすべきことを思い出した。

「で、泉。話を戻すが。ハヤ太君、好きなんだろ?」
「うぅっ……せっかく話が逸れたと思ったのに……」

 泉は困ったように眉をひそめ、苦笑いを浮かべた。
 そして今までの調子とは少し違う、落ち着いた口調でこう言った。

「私って本当にハヤ太君のこと、好きなのかな」

 先ほどまでとは打って変わった泉の雰囲気に、美希と理沙のニヤけ顔も影を潜めた。
 そして美希が諭すような口調で泉に言う。

「まあ、私たちの目から見る分には、ね」

 美希の言葉を聞いて、泉はまた苦笑する。にはは、と笑いながら照れくさそうに頭を掻いた。
 そして理沙の意見も求めるように、視線を美希の隣に移した。そして理沙もいつもの不敵な笑みを軽く浮かべながらこう言った。

「美希と同じく。私たちの見る目は確かだぞ」
 
 だよなー? と美希と理沙はお互いの顔を見合って、自信満々に微笑んだ。そんな二人を見て、泉は小さなため息をついた。

「美希ちゃんと理沙ちんがそこまで言うなら、そうなのかなぁ……」

 よく分かんないや、と照れくさそうに微笑む泉。けれどその頬は確かにほんのりと赤く染まっていた。
 分からないと言いながらも、少なからず自分がそういった目でハヤテを見ていることに気付いたのだろう。
 
「好きなのかなぁ……。えへへ、なんだか照れますなぁ」

 恋心を意識しだしたせいか急にしおらしくなったなった泉を見て、美希も理沙も再びニヤニヤと笑い出した。
 そして理沙が正座したままの体勢で踏ん反り返って、ふふん、と鼻を鳴らした。

「まあ、泉がハヤ太君のこと好きっていうなら仕方ない。ハヤ太君を譲ってやろうかな」

 その発言に泉がぎょっと目を丸くする。そしてもしかしたら、と考えてチクリと心を痛めた。けれどそれは要らぬ心配というもので。
 
「生憎ハヤ太君は私にゾッコンなわけだが、まあ、ハヤ太君に言って聞かせてやろう!」
「そんなわけないだろ」
「それはないねぇ」

 全否定は酷いだろ! と喚く理沙を無視して、美希は少し難しい顔をして泉に言った。

「まあ、理沙は全く心配ないとしてもだ。意外とハヤ太君の競争率は高いぞ? 天然ジゴロは伊達じゃないからな」

 それを聞いても泉は笑顔を絶やさず、元気よく親指をグッと立ててみせた。

「だいじょーぶ! そんなとこも含めてハヤ太君だしね!」  

 その答えに安心したのか美希はホッと胸を撫で下ろした。同時に美希がハヤテを小憎たらしく思ったのは内緒である。
 可愛い幼馴染の親友に恋心を植え付け、もう一人の憧れの親友にも愛情を抱かれている。羨ましいじゃあないか、と美希は心の中で呟いた。

「じゃ、泉。もう一回練習と行こうか!」
「ふえ? 練習って?」

 美希が悶々としているうちに、誰にも相手にしてもらえず喚き飽きた理沙が行動を開始していた。
 練習の意味がイマイチ分からず首をかしげる泉に、理沙が先ほどの泉のように親指を立てて元気よく言った。

「告白の練習だ!」
「えええっ! まだやるのー?」
「もちろん! さっきのあれじゃ、鈍感執事には伝わらんぞ! 曖昧なのは厳禁だ!
 ほら! あいつを思い出せ! あれだけの変態極まりない愛情表現ができる兄がいるんだから、泉にだって!」
「虎鉄君と比べないでよー! 私あんな変態じゃないよ!」

 キャッキャと元気に騒ぎ出した二人を見ているうちに、落ち着いていた美希のボルテージも上がり、騒いでいる泉の肩を掴んで自分のほうに向けた。
 そして出来るだけあの小憎たらしい執事の笑顔を思い浮かべながら、泉に優しく微笑みかけた。

「さあ! 泉、私をハヤ太君だと思うがいい! そして愛の言葉を告げるんだ!」
「む、無理だってば! 恥ずかしいよぉ! っていうか美希ちゃんそんな笑顔出来たんだ!?」
「ハヤ太君にできて私にできないことはない。さあ、言え! 愛していると!」
「ああっ! 美希ずるい!」
「うっさい! 陰湿なニヤけ顔しかできないやつは黙ってなさい!」
「酷っ!」

 ギャーギャーと叫びあう美希と理沙を横目で見ながら、泉は何か覚悟を決めるようにふう、と深く息をついた。
 そして美希を心の中でハヤテに変換しながら、大声で彼の名前を呼んだ。

「ハヤ太君!!」

 その声に喚きあっていた美希と理沙も黙り込み、耳まで真っ赤に染めた泉をじっと見つめる。

「えっと、私ね! ハヤ太君が……!」

 ほんの一瞬の躊躇いの後、泉はとうとうその言葉を口にした。




「ハヤ太君が好k」
「あ、瀬川さん! 何か呼びましたか?」




 泉が言葉を言い終える直前、見計らったかのようなタイミングで教室のドアが開き、話題の人物がひょっこりと現れた。
 一瞬のうちに静寂と化した教室内で、事情を知らないハヤテだけがニコニコと微笑んでいる。

「えっと、呼ばれたような気がしたんですけど……」

 なんだか妙な雰囲気に包まれていることに気付いたのか、ハヤテの笑顔が少しだけ引き攣る。
 そして自分を呼んだ張本人である泉に、事情を聴こうと歩み寄った。

「瀬川さん、今、呼びましたよね?」

 少し困ったような笑顔で首をかしげるハヤテの向こうで、いつの間にか泉から離れていた美希と理沙が「言っちまえ!」とけしかけてくる。
 あまりにも急すぎるタイミングで到来したチャンスに、泉は完全にパニックに陥っていた。
 そして色々考えに考えすぎた挙句、こう言った。


「ま、まだはっきりしないので、後日……」


 急に名前を呼ばれて駆けつけた挙句、何とも言えない雰囲気で迎えられ、呼んだ張本人からは何故か涙目で丁重に頭を下げられた。
 そのうえ「このフラグクラッシャーが!」だの「察しろよ鈍感執事!」だのと罵られて、両サイドからクラスメイトにローキックを入れられた。
 なんだったんだ、と呟きながら薄暗い道を心身ともに傷を負って歩く彼の姿に、幸あれと思わずにはいられない。





「……泉」
「……理沙、何にも言うな」
「……えっと……どんまい」
「うん……」
「……でもな、気持ちはわかるけど曖昧なのは良くないと思うぞ」
「うん……でも、なんか、うん。いいのかなって思っちゃって……。
 やっぱまだよく分かんないや……」
「そっか……」
「うん……ごめんね、理沙ちん、美希ちゃん……」

 泉の恋心は不幸にも想い人の手によって再び潜められたという。
 泉の言う後日というのは、いつなのか。それは彼女の想いのように曖昧なのである。