Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.22 )
日時: 2013/03/04 20:25
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは第十八話です。
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 第十八話 人の死ぬ戦場で生きる覚悟を

その言葉を言われた時、ハヤテやナギは怪訝な顔をしたが、
ヒナギクには黒影の言いたいことが良く分かった。
つまり、さっきまでのただ震えていただけの自分との決別。
それをしない限り、自分はハヤテと共に戦うことなど出来はしないと自分でも分かっていた。

「具体的には何をするのかしら?」

「簡単なこと。絢奈と戦ってもらうだけだ」

絢奈の強さはさっき見た。
剣はほとんど見えないような速度で動き、
冷静な動きは迷わず敵の急所を捕らえる。(一部冷静じゃないところもあったが)
勝てるのだろうか。
いつもの自分ならば、勝てるのか、ではなく、勝つと言える。
だが、今の自分は、恐怖を知ってしまった。
明確な殺意。この世界で戦う者は全て、それを備えている。
しかし、同じではないか、と思い直す。
ハヤテと共に戦う以上、その殺意とも戦わずにはいられない。

「いいわよ。やってやろうじゃない」

絢奈がヒナギクの前に出てきた。
黙って二振りの剣を抜き放つ。
ヒナギクもまた、剣を構えた。

「一回だけ言っておくけど、やめた方がいいわよ?」

絢奈の体から、おぞましいとまで言えるほどの殺気が噴き出してくる。
足が竦みそうになる自分を叱咤し、耐える。
絢奈の右腕が動く。剣。凄まじい圧力。
抗えたのは一瞬だった。
剣が弾き飛ばされた。
目の前に、剣が突きつけられる。
絢奈はくすくすと笑っていた。

「ほらね」

ヒナギクは何も言わず、再び剣を取り、構える。
地を蹴り、絢奈に飛び掛った。
絢奈はひらりとかわし、そのまま剣を振ってくる。
ヒナギクもそれをかわしたがもう一本の剣が迫っていた。

「くっ!」

かわせなかった。再び剣を突きつけられる。
凄まじいスピード。冷静な対処。巧みな剣の扱い。
どれも自分を上回るものだった。

それでも剣を振り続けた。
絢奈はヒナギクの攻撃を軽く受け流し、
斬撃を寸止めで繰り出してくる。
彼女にはまだ余力があることが明白だった。

「ほら、どうしたの?」

どんなに打ち込んでも避けられたり、剣で受け止められたりしてしまう。
息が上がっていた。胸が苦しい。
ふっと視界が白くなるのを感じた。
ほんの一瞬だけだったが、絢奈が攻撃するのには十分な時間だった。
また剣を突きつけられている。

「これであんたが死んだのは何回目かしらね?」

ハヤテの力になりたかった。
あの時のように足手まといになるのは嫌だったのだ。
生徒会長だからとかそんなちっぽけな理由ではなく、
一人の人間として、桂ヒナギクとしてハヤテを助けたかった。

「人を殺したこともないあんたがこの私に勝てるはずが無いのよ」

本当にそうなのだろうか。
人を殺したら強くなる。そんなことはない。
実際、人を殺したことのある盗賊と戦っても自分は負けることはない、という気がする。
だとしたら、自分と絢奈の間にはどんな差があるのだろうか。
覚悟。相手を殺すという覚悟。そして、自分が死ぬ覚悟。おそらくそれなのではないだろうか。
しかし、と思う。

「そんなの、覚悟でも何でもない……」

「一体、何を……?」

「私は死ぬ覚悟なんてしない」

ヒナギクはゆっくりと剣を構える。

「私は『生きる』覚悟をする」

その体には、今までとは違う気が立ち昇っていた。


「ふん。それじゃ私には勝てないわよ」

絢奈の鋭い斬撃。だが、今度は何故かはっきり見えた。
かわした。そして剣を振る。
自分の動きがどこかゆっくりとしていて、じれったい。
そこまで考えて、さっきまで荒くなっていた息が楽になっていることに気がついた。
どこかおかしい。絢奈の剣も、自分の剣も速度が遅く感じる。
激しく、打ち合った。渡り合っている。
周りのもの全てがはっきりと見える。
生えている草の一本一本。
絢奈の動き。額に浮かぶ汗すらも。
疑問に思った。本当に自分は戦っているのだろうかと。
頭の中だけで戦っている。そんな気さえした。

「やめ」

黒影の声。何を言っているのか。
まだ自分は戦える。そう言おうとした。

「お前の勝ちだ。桂ヒナギク」

次の瞬間ヒナギクは自分が意識を失うのを感じた。


目が覚めたとき、ヒナギクは布団の上だった。

「私は……一体?」

「あんたは死域に入ったのよ」

ヒナギクの疑問に答えたのは絢奈だった。
どうやら小屋の中にいたらしい。
それに、死域。一度聞いたことがある。
いつぞやのハヤテがその状態になったと壮馬が言っていた。
簡単に言うと、火事場の馬鹿力。
死んではいないが、生きているとも言えない状態。
それに武術の極みとも言っていた。

「生きる覚悟、ね」

絢奈が呟いた。
たしか、その死域とかいう状態になる前にそんなことを言った気がした。

「それがどうしたんですか?」

「いや、そんな覚悟をする奴なんてめったにいないから」

「どうしてですか?」

絢奈はヒナギクをじっと見つめ、一回溜め息をついて、言った。

「戦場では、敵も味方も次々に死んでいく。
 次は自分かもしれない。そういう恐怖を抱えながら私達は戦う。
 だから、恐怖を感じないようにするために、『死ぬ』覚悟をするのよ。
 でも、あんたは違う」

戸惑うヒナギクを他所に、絢奈は言葉を続ける。

「『生きる』覚悟はどんな窮地に陥っても生き抜くという覚悟。
 でも、本当に強い想いがないとただの腰抜け」

「絢奈さんは、どうなんですか?」

「私?家族を見殺しにしたこの私が、生きる覚悟なんてする訳ないじゃない」

そう言って、絢奈は自嘲するように笑った。
笑い終わった後、そういえばと、思い出したように言った。

「綾崎があんたをこの部屋まで運んだの。呼んで来るから、お礼でも言っておきなさい」

小屋の前にでも立っていたのだろうか。
絢奈が部屋を出てすぐにハヤテを連れて来た。

「ヒナギクさん」

そう言ってハヤテは黙り込んだ。
ヒナギクもすぐに言葉が出てこなかった。
沈黙を破ったのは絢奈だった。

「えっと、私は邪魔みたいだから、出て行くわね。
 あんた達の用意が出来しだい出発よ」

それだけ言って、絢奈は出て行ってしまい、
部屋の中は気まずい空気が漂う。

先に声を上げたのはハヤテだった。

「じゃ!じゃあ僕もこれで……!」

「あ、待って!」

足早に去ろうとするハヤテを思わず引き留めてしまった。
ハヤテがじっと見つめてくる。
ヒナギクは激しく後悔した。
何か、言わなくては。その思いが支配する。

「あ、あの。……これからよろしくお願いします」

「え?あ、いや。こ、こちらこそ……」

何をだよ!
まるで新婚初夜のような挨拶。
穴があったら入りたいとはこのことだ。

「わ、私!もう大丈夫だから」

「あ、ダメですよ!」

起き上がろうとしたヒナギクをハヤテが押さえる。
慌てていたため、体がよろめいて、布団の上に倒れた。

「痛っ!」

目を開けると、前にはハヤテの顔があった。
今の状態を確認すると、ハヤテが自分を押し倒しているという状態になる訳で……。
ハヤテは慌てて離れると、叫ぶように言った。

「い!今のはなんというかあの……!ふ!不可抗力というかその!」

「いえ!こちらこそお構いもせず……!」

「……へ?」

「あ……」

再びの沈黙。
暫く黙り込んだ後、ハヤテが立ち上がった。

「そろそろ行きましょうか……?」

「そ、そうね」

外に出た。
村の中は火を熾している為明るかったが、村の外はもう真っ暗だった。
ナギ達は出かける準備が終わっている。
暗くなったからといって、ここに留まる気はないようだ。
自分も同じだ、と思った。
この先の道は真っ暗でほとんど何も見えない中を突き進むことになる。
道案内はこの、闇に溶け込むような漆黒の男だ。

「行くぞ」

これから全てが始まる。
そう、思った。

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第十八話終了です。

それではまた。