Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.20 ) |
- 日時: 2013/03/04 20:17
- 名前: 絶影
- どうも、絶影です。
それでは、第十六話です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
第十六話 正義
夢、を見た。いや、夢というにははっきりし過ぎている。 傷を負い、倒れている自分。数人の男に押さえつけられている少女。 自分の中で何かが切れた。男達が、何かを叫んでいる。 持っていた剣を構えた。対し、槍を構える男。 まるでコマ送りされた動画のように男の動きが見える。 自分の動きも、どこか鈍い。だが、近づいてくる男よりは格段に速い。 気がつくと、男は倒れていた。 少女を放し、二人の男が向かってくる。 遅い。即座に斬り倒した。 残った二人は、逃げ出した。特に何も考えず、 二人を追い、一人斬り倒し、もう一人には逃げられた。 自分は、何という夢を見ているのだろう。 悪趣味だ。そう思ったとき、これが夢ではなく、記憶であることに気がついた。
目を開けると、盗賊の体があちこちに転がっており、 もう戦闘が終わっていることが分かる。 どのくらいの時間が経ったのだろうか。 周囲には誰も居らず、少し離れた場所に人々は集まっていた。 ハヤテはそこに近づいた。壮馬が誰かの手当てをしている。 その時ようやく、修一郎が刺されていたことを思い出した。
「おい、壮馬」
黒影の声。壮馬が微かに首を振った。
「ふん。神医の名が泣くぞ」
「倉敷殿を、責めるでない。これも、天運であろう」
途切れ途切れになっているが、しっかりとした口調のその言葉を聞いたとき、 不意に絶望が襲ってくるのを感じた。 親しくなった者が死ぬ。 これが、この世界での現実だった。 修一郎の眼が誰かを探すかのように、動いている。 誰を探しているのだろうか、と思ったとき自分の所で止まった。
「綾崎殿」
自分が呼ばれたことに少なからず驚いた。 壮馬を、そして黒影を見つめると、頷かれた。
「何でしょう?」
「黒影を、救ってやってくれないか?」
「え?」
「頼んだぞ」
意味が、わからなかった。黒影を?何から? 修一郎が、目を閉じた。 呼吸も感じ取れなくなっていることに気がついた。 何か理不尽なものに修一郎は連れ去られたのだということがわかる。 これが死なのだ。死んだ者は、もう帰ってくることはない。
「埋めろ」
黒影が言い、踵を返して去っていく。 特に取り乱しているようには見えない。 その黒影を追う、ヒナギクの姿が見える。 自分はこれからどうするべきなのか。 ハヤテはそれを考え始めた。
修一郎が死んでしまったというのに大した動揺も見せない黒影をヒナギクは追いかけた。 黒影にとって、修一郎は大切な人ではなかったのか。
「何の用だ?」
突然声をかけられて驚いたが、その動揺を見せず、答えた。
「少し、聞きたいことがあります」
「何をだ?」
「あなたにとって、修一郎さんは大切な人じゃなかったんですか? それなのに、悲しみもしないなんておかしいと私は思います」
「悲しむ?何を、悲しまなければならないのだ?」
「は?」
意味がわからなかった。 大切な人がいなくなったら悲しむ。 それは人間として当然のことではないか。
「修一郎さんはあなたにとって大切な人ですよね?」
「そうだな。だが、悲しんだところで修一郎殿は帰ってこないというのも事実だろう?」
「……」
「いいか、桂ヒナギク。死んだ者を惜しんで悲しむことは死んだ者のためではない。 生きている者が自分を慰めるために悲しむのだ。私にはそんなものは必要ない」
言っていることは、わかる。 悲しい時に涙を流すように、感情を表に出すとすっきりすることがある。 自分の中で、決着をつけることができるのだ。 ただ、黒影の言っていることは、どこか違うという気もする。 そのどこかがわからず、俯いた。
黒影が、ふと呟くように言った。
「死ぬのが恐いか?桂ヒナギク」
震えていて、戦えなかったことをあざ笑うつもりなのか。 だが、隠すつもりは起きなかった。死ぬことが恐いというのは当たり前のことだろう。 ヒナギクは黙って頷いた。
「だが、人は誰しも死ぬ。私もお前も、例外ではない」
「……何が言いたいの?」
予想とは違う答えが返ってきて、 話の流れが見えなくなっていると思った。
「さあな。ただ俺は、見苦しく死に方はしたくないと思っている」
もし、あのまま黒影が来なかったら。 ハヤテや壮馬の体力が尽き、盗賊が自分に向かってきていたら。 自分は戦えず、黒影の言う見苦しい死に方になったのかもしれない。
「だったら、どうしろっていうのよ!」
苛立った。黒影が自分に伝えようとしていることは間違いなくある。 だが、核心をついてこない。 色々な怒りが増幅され、溢れ出しそうだった。 黒影は暫くこちらを見つめ、息を吐き、言った。
「私は、お前が今、迷っていると判断した。 だから、迷いを取る指針として一つ教えてやろう。自らの信じる正義を貫け」
「私の信じる、正義?」 「もしお前が、隅で震えていることを正義だと思うであればそうすればいい。 私を憎み、殺すことが正義だというのならば、喜んで相手をしよう。 私が言いたいことは、それだけだ」
黒影は背を向けた。 ヒナギクは自分の信じる正義について考え始めた。 黒影を殺すこと。それは少し違う。 隅で震えることなど論外だ。 ハヤテを、自分の大切な人を守りたい。 それが自分の、桂ヒナギクの正義ではないのか。 心の奥にあった、訳の分からなかった感情が少しだけ分かったような気がした。
「あ……あの、すみませんでした」
それがヒナギクの、今までの余計な分まで怒りをぶつけたことに対する詫びだった。 突然謝ってきたヒナギクを見て黒影は驚いたような表情をした。
「何故お前が謝る?」
「あなたがハヤテ君にさせたことは許せないけれど、 でも……とりあえず」
「まぁ……なんだ。怨まれたり憎まれたりするのは慣れているから気にするな」
黒影は少し戸惑いながら答え、それから苦笑する。 どうしてこの人はこんなに冷ややかに笑うのだろう。 ハヤテのように優しく、人を安心させるような笑みではない。 それなのに二人にはどこか同じような感じがあるのだ。
「重要なのはお前なのかもしれないな」
黒影は突然呟いた。
「え?」
「自分を救ってくれた者ならば奴にも私にもいる。 ただ、奴にはお前がいて私にはいない。 それが奴と私との違いなのかもしれん」
ヒナギクにその言葉の意味は分からなかった。
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第十六話終了です。 それでは、また。
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