Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.16 )
日時: 2013/03/04 19:22
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは、第十二話…です。
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 第十二話 農作業と猪狩り


「こんな感じですか、マリアさん?」

「そうですわね。こんな感じで良いと思いますよ♪」

修一郎は目を丸くしていた。
この土地の材質はとても良いとは言えない。
むしろ粘土状の土ばかりで石も多く、耕しにくい農地なのだ。

それをこんな若者達が。
今までにどんな生活をしていたのか、と疑問になるほどだった。

縦十メートル、横五メートルの畑が作られていた。
荒れ果てた耕地が、耕され、さらにどこからともなく良質の土を運んできたようで
立派な畑になっているのだ。
しかもわずか半日で。

「……うむ。ご苦労だったな」

その畑が作られている光景を見ていた男達はあんぐり口を開けていた。
逆に女達はハヤテ達を褒め称えていた。

さらに料理。
どこで学んだのかは知らないが、マリア、ハヤテ、ヒナギクの料理の腕前はただ者ではなかった。
ただ一人、ナギだけが「私にも手伝わせろ!」とか叫んでいたが、
ハヤテが「お嬢さまは今日、いっぱい働きましたから、ここは僕らに任せてください」と
笑顔で言うと、顔を赤くしながらしぶしぶ去って行った。
後で三人がほっとしたように溜め息をついていたのはどうしてなのだろうか。
正直言って、志織は何をしているのかさっぱり分からない。
奇妙なものを見つめて、難しい顔をしているばかりだ。

だが、彼らを村に迎え入れることができて良かった、と思っていた。
一般の男達が耕せる三倍以上の耕地をハヤテは耕すし、
料理についても、ハヤテ、マリア、ヒナギクの三人は村の料理自慢の女が負けを認めて、聞きに来るほどの腕前だ。
しかもそれを惜しみなく教える。
今やハヤテ達は村の人気者になっていて、あちらこちらで引っ張りだこ状態である。

村は以前よりも賑やかになっていた。
それが修一郎にとって最も幸せなことだった。
民が平和に暮らせる場所。修一郎が作りたかったのはそれなのだ。




修一郎は元々帝である倉臼平八郎の側近である。
しかし五十を越えたのを境に引退を申し出た。
惜しまれながらもそれは受理され、修一郎はそれまで溜めていた金で村を作った。

場所をこの静岡の御前崎にしたのは黒影に勧められたからである。
黒影とは彼が九歳の時に宮中(宮殿の中)で出会った。
初めて出会った時、彼は怪我を負っていた。
いや、怪我を負う過程を見ていたと言った方が良い。
彼は現在近衛軍総帥である佐伯修造の息子良助とその供回りたちに殴られていたのだ。
不思議なことに、彼は一切の抵抗をしなかった。
それを見かねて修一郎は間に入ったのだ。

良助らを追い払った後、修一郎は言った。

「少しは抵抗したらどうだ?」

黒影はこちらのことなど見えてなく、自分に言い聞かせるように呟いた。

「俺は謀反人の子ですから」

そうか、この子が、と思った。
謀反人神崎彰馬の息子、黒影。
彼の謀反には不可解な点がいくつかあった。
彼は自分と同じ帝の側近だった。
気心知れた仲であり、謀反など起こす人柄には見えなかった。
だが、密告によって彰馬の家が調べられ、謀反の証拠が発見されたのだという。
黒影にも罪が及びかけたが、
帝は『何も知らない子供にどんな罪があろうか?』と言い、
処刑せよ、と進言してくる臣の意見を退けたのだ。

修一郎は黒影に笑いかけた。

「気にするな。たとえ怪我を負わせたとしても子供の喧嘩だったのだと私がとりなしてやる」

黒影は黙って頭を下げた。

それから数日後。
良助ら七人が医者に運び込まれたということを聞いて、修一郎は驚いた。
せいぜい倒すとしても良助の一人だと思っていたのだ。

佐伯修造は激昂し、黒影を処分するように帝に進言していたが、
修一郎は黒影との約束通り帝に状況を説明し、
逆に修造や良助が恥をかいた格好となった。

それからは少しずつ黒影が自分に心を開いたような気がしていた。
自分のことをぽつりぽつりとだが、話すようになったのだ。

母は知らないらしい。
生まれた時に死んでしまったのだ、と言っていた。
ある程度親しくなった時、父のことを憎んでいるか?と尋ねたことがある。
その時、憎む気はない、と答えていた。
また、憎まれるのは自分だけで十分だ、と言っていたことがある。
聞いたとき、思わず耳を疑った。
わずか九歳の子供が、である。
何でそういうことを言うのか理解できなかったが、聞くのは憚られた。
もっと大きな暗い影が黒影には纏わりついていて、
容易く聞いてはいけないことに思えたのだ。

黒影が十歳の時、黒影が異様に強いという噂を聞きつけた帝が
近衛軍の中で一番の武勇を誇っていた兵士と立ち合いをさせた。
立ち合いの前、帝はお前が勝ったら五百の兵を指揮させよう、と言った。
実際は戯れのようなもので、黒影が勝つことを考えている者はいなかっただろう。
だが、結果は黒影の圧勝だった。
相手に武器でさえ触れさせることなく相手の喉元に剣を突きつけたのだ。
約束通り、帝は黒影に五百の騎兵を与えた。

黒影の訓練は激烈なものだった。
三日に一度は死者がでてしまうほどで、
当時から配下にいた陸斗などは反発心を抱いていた。

それから三年後。
畏国は鴎国の将軍、宇佐美天竜によって滅亡の危機を迎える。
数々の防衛線が突破され、鴎軍が東京八王子まで迫ってきたのだ。
向かい合っていたのは日野吾郎の軍一万と、近衛軍三万で他の軍は壊滅状態だった。
対する鴎軍は十万。畏国の滅亡は避けられぬものに思えた。

畏軍四万と鴎軍十万はぶつかり、途端に近衛軍が崩れた。
日野吾郎の軍もあまり耐えることが出来ず、潰走をし始めた時、
一筋の土煙が舞い上がった。それは鴎軍の放つ土煙に比べると明らかに小さい。
だがそれはまったく怯むことなく真っ直ぐに敵の本陣、宇佐美天竜に向かっていた。

土煙が晴れた時、目を疑った。
風に靡く『黒』の旗。その旗に合わせるかのように黒で統一された騎兵。
一糸乱れぬ動き。それは小さな一頭の竜のようにさえ見えた。
黒い竜は敵に突っ込み、姿が見えなくなった。
暫くすると、敵の動きが止まり、それから崩れた。
黒影が宇佐美天竜を討ったのだ、と分かった。
絶対的優勢の中で大将が討たれたのである。
敵の兵の動揺は凄まじいだろう。
なんとか兵をまとめようとする将軍もいたようだが、
黒影はその将軍を狙って動いたらしく、
結局、鴎軍はまとまることが出来ず、潰走した。

信じ難いような勝利だった。
それから黒影の名は知れ渡った。
また、その時の光景を見ていた人々が『漆黒竜』と呼び始めた。

黒影はその後、各地で数々の武功を上げ、
十六歳という異例の若さで鴎国との最前線である静岡の領主に任じられたのだ。

引退を申し出た時に黒影に会ったのは偶然だった。
これからどこで暮らすのか、と尋ねられた。

「村でも作ろうかと思ってな」

「村を?」

「ああ。民が安心して暮らせるような村だ」

「それは、いいですね」

黒影は少し考え込み、そして言った。
自分の領地に村を作ってくれないか、と。

「ほう、何故だ?」

「私の領地は鴎国との前線です。
 民はいつ鴎軍が攻めてくるか気にかけながら生活しています。
 そんな所でも民が安心して暮らせるような村を作ってもらえませんか?」

断る理由はなかった。前線の地域では民の心も荒んでいるところが多いと聞いていたからだ。
黒影がそこまで考えるようになったのか、と感慨深くもなった。

だから驚いたのだ。ハヤテ達にあんな危険な旅をさせたことを。そして怒りもした。
今は少し落ち着き、何か理由が有ったのではないか、と思っている。というか思いたい。




ハヤテは村の男達とともに食料の調達に向かっていた。
近くの森で猪が取れる、というのだ。
猪と聞くと、微妙な気持ちのなったが、村の人々の話を聞くと美味しいらしい。
村の人が地面に張り付き何かを見ていた。
尋ねると、猪の足跡を探しているとのこと。
こればかりはやったことがなかったのでハヤテは黙ってついていく他ない。

男の一人が見つけたぞ、と叫んだ。
どうやら近くに猪がいるらしい。
不意に後ろでガサッという音が聞こえた気がした。
振り向くと一匹の猪が突っ込んでくるところだった。

「え?……うわ!」

突然の出来事にハヤテはうまく対応できず、吹っ飛ばされてしまった。
なんとか牙の直撃は避けていたので、怪我をしたわけではなかったが
衝撃ですぐに起き上がることが出来なかった。

ふと、森の奥を見つめた。一人の男が呆然とこちらを見つめ、立っていた。
顔に見覚えがある、と思った。
どこで見たのか。思い出す前に男は腰を抜かしたように座り込んだ。

「大丈夫ですか?」

ハヤテが近寄って行くと、男は慌てて立ち上がり、そのまま逃げるように立ち去っていった。

「どこかで見たような……?」

背後からハヤテを心配する声が聞こえる。
ハヤテはその男のことをとりあえず忘れ、村の人々がいるところに向かった。

村人達の下に戻ると、数匹の猪が縛り上げられていた。

「すみません。役に立てずに」

「いいってことよ。これもお前にやられちゃ俺達のいる意味がなくなっちまうからな」

村人達は笑いながら答えた。

「じゃ、帰ろうぜ」

ハヤテは村人の男達に従って村へ続く道を歩き始めた。

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十二話終了です。
それではまた。