Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.13 )
日時: 2013/03/04 18:37
名前: 絶影

どうも、絶影です。
それでは第九話です。
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 第九話 任務を放棄することが最善策だとしよう、ただし「覚悟」という言葉の意味が、解っていればの話だ


夜が明け、陽の光がヒナギク達を照らし出す。
ヒナギクは伸びをし、それからハヤテを見つめた。
まだ起きてはいないようだ。

周りを見渡すと壮馬は殴られて崩れ落ちたままの状態で倒れており、
絢奈はもうすでに起きていた。

「起きたの?おはよう」

「お、おはよう、ございます」

絢奈が声をかけてきたので、ヒナギクはどもりながらも挨拶を返した。

「壮馬の馬鹿も起こさないとね」

転がっている壮馬に近づき、軽く笑うと、
絢奈は壮馬の頬をびしびし引っ叩いた。

「ほら起きなさい、壮馬!」

「痛っ!痛いですって絢奈殿!」

壮馬がよろよろと起き上がった。
顔が赤く膨れ上がっている。

「いつも起こしてもらってしまってすみません。
 ここ三日四日いつの間にか寝ちゃっているんですよね〜」

壮馬はさも不思議そうに首を傾げている。
言葉から察するに、この四日間あのような感じで寝かしつけられていたようだ。
本当に覚えていないのだろうか。

「ふ〜ん。疲れてるんじゃない?」

絢奈は事も無げに言う。

「それに頭も痛くて……って、うわ!何か腫れ上がってるし!」

壮馬は腫れ上がっている頭に触れ、飛び上がった。
うん、本当に覚えていないのだろう、ヒナギクは確信した。

「寝てる時にどっかに頭ぶつけたんじゃない?」

「そうですか?そんなに寝相は悪くないはずなのになぁ〜」

頭をさすりながら壮馬は納得したようだ。
ちなみに周りには頭をぶつけて腫れ上がるものなど何一つとして、ない。

「……」

ヒナギクはただひたすら黙っていた。




「う……?」

「ハヤテ君!」

ハヤテが起き上がりかけた。
 
「あれ?ヒナギクさん?ここは……?」

「ハヤテ君!」

「うわ!痛たたた……」

ヒナギクはそんなハヤテに飛びつき、抱きしめる。
壮馬が慌てて間に入ってヒナギクをハヤテから引き離した。

「怪我に響きますから!」

「ごめんなさい……」

ヒナギクはしゅん、となってしまう。
ハヤテは困惑していたが、思い出したように問いかけた。

「どうしてお二人はここに?
 それに僕は刺されて……」

「そう。あんたは一回死んだのよ」

絢奈が落ち着いた口調でハヤテに告げた。

「死んだ?」

ハヤテは、いやいや僕生きてますよね?とばかりに自分の体を見ている。

「まぁ死んだっていうのは言いすぎですよ、絢奈殿。
 ほら、火事場の馬鹿力っていうのがあるじゃないですか」

ヒナギクはハヤテと共に壮馬の説明に耳を傾けた。

「綾崎殿はあいつらに刺されてその状態になったんですよ」

壮馬はその状態を死域と言った。
その域に入ると、どれほど激しく動いても、苦しくなく、思った通りに体が動き、
一時間位で動くのをやめれば、普通の状態のままだが、
二時間以上動き続けると間違いなく死んでしまうという状態なのだという。

「じゃああの時ハヤテ君を殴り倒したのは……?」

「あのままの状態で放っておいたら綾崎殿は死んでしまいましたから。
 あの状態は死んではいませんが死んでいる状態とも言えますからね」

訳の分からないことを言われているような気がした。
死にかければ分かるものなのだろうか?

だが、壮馬はその状態になることこそが武術の極みの一つでもあると言った。
その状態になるには強固な意志の力が必要ならしい。

「ところで……あの人たちはお二人が倒してくれたんですか?」

言葉から察するにハヤテにはその死域という状態の時の記憶がないようだ。

ヒナギクは言うべきか迷った。
だが絢奈はお構いなしに口を開く。

「何言ってんの?あんたが殺したのよ」

「……え?……僕……が?」

ハヤテの顔は衝撃で歪んでいる。
壮馬がとりなすように絢奈に向かって言った。

「絢奈殿。何と言うか、もう少し柔らかい表現を……」

「うるさいわね。黒影だって元々そのつもりで送り出したんだし、
 今更何言っているのよ」

「「え?」」

絢奈が次に言ったのは驚くべき言葉だった。

「黒影はあんた達に盗賊を殺させるためにこんな旅なんてさせたのよ」






「だいたい多すぎるとは思わなかった?あの路銀」

「で、でも……」

戸惑うハヤテに絢奈は黒影の真の目的を淡々と告げる。

「あれだけの金を持っていたら、たとえ武器を持っていたとしても盗賊の馬鹿共は襲ってくるわよ。
 私達に与えられた任務はあんた達がしっかり殺してくるかどうかの見届け、
 もしくは本当に殺されそうになった時に助けに入ること。そうでしょ、壮馬?」

「……ええ、まぁ……」

壮馬の方は言い難そうに答えていた。
ヒナギクはハヤテの方を見る。
ハヤテの顔はショックと自分の犯してしまった罪によってなのか歪んでいた。
同時にヒナギクの中では激しく、抑えようのない怒りが湧き上がった。

許さない。今のヒナギクの中にあるのはそれだけだった。


四人は二日後、静岡に着いた。
ナギ達が出迎えてきたがヒナギクは軽く挨拶しただけで黒影がいるという大広間に向かった。
ハヤテ達がついてくる気配がする。
だが、ヒナギクは足を止めなかった。

黒影。居た。琉海と話している。
こちらの姿を認めると立ち上がり、近寄ってきた。

「ご苦労だったな」

冷たい笑みを浮かべている。
ヒナギクは白桜を取り出し、突きつけた。
琉海が慌てて黒影の前に出てくる。

「下がってろ」

黒影が琉海を制して前に出てきた。
ヒナギクは黒影に向かって剣を振り上げた。

「ヒナギクさん!」

ハヤテの叫ぶ声。
ナギ達の息を飲む気配を感じた。

ヒナギクは剣を……




振り下ろせなかった。

「どうして……?」

「何がだ?」

黒影の声は落ち着いていた。

「どうして避けようともしないのよ!」

そう、黒影はヒナギクが今にも剣を振り下ろそうとしているにも関わらず
腕一本、いや表情一つ動かそうとしなかった。

気がつくとヒナギクの眼からは涙が溢れていた。
それを見て、黒影は苦笑する。

「もう既に無かったはずの命だから、とも言えるが……
 お前が私を殺すことはない、と分かっていたからだな」

涙を流したままヒナギクは殺気を込めた眼で黒影を睨んだ。

「あなたのせいでハヤテ君が死にかけた。
 そして人を……。
 私はあなたを絶対に許さない!」

もう一度ヒナギクは剣を振り上げた。
だが、黒影はまたしても表情一つ変えない。

しばらくするとヒナギクの手からガランと音を立て、白桜は床に落ちた。

「どんなに激情に駆られようとも、今のお前には覚悟がない」

黒影はヒナギクにそう告げ、ハヤテをちらっと見た。

「銀髪にはその覚悟があった。
 誰かを守るためなら自分の命ですら厭わないという覚悟が。
 死ぬ覚悟があるから相手も殺せるんだ。……少なくとも私達はそうだ」

ヒナギクは俯いた。
確かに自分には死ぬ覚悟も殺す覚悟もない。が、納得できないものがある。

「どうして私達にこんなことをさせたの?」

「お前達がどんな平和なところにいたのかは知らないが、ここで生きていく以上
 やらなければやられるということをわからせただけさ。
 それにお前は銀髪のしたことを気にしているがそれがなんだというのだ?」

「人を殺すなんて絶対にしてはいけないことよ!」

ヒナギクは顔を上げ、再び黒影を睨み付けて言い返した。
黒影は溜め息をついて、頷くだけだった。

「だがそれによって銀髪が穢れたと思うか?」

「え……?」

予想外の言葉にヒナギクは黙り込んだ。
確かにハヤテは以前のままの優しいハヤテだった。
精神が崩壊した訳でも、殺人鬼のようになってしまった訳でもない。
自分のしたことを悔やんでこそいるがハヤテ自体は何も変わっていない。
自分が好きなハヤテのままだ。

ヒナギクが何も言わなくなったのを見て、黒影は今度はハヤテに向かって問いかけた。

「それで?麾下に入る気にはなったか?」

ハヤテは無表情だった。
ハヤテにだって黒影に対する怒りはあるはずだ、とヒナギクは思った。

「すみませんが、お断りします」

黒影はまた苦笑する。

「それは残念だな。今日は泊めてやるが、明日には全員出て行ってもらう。いいな?」

黒影はそう言うと大広間から出て行った。
後に残ったのは静寂と自分の心の奥にある訳の分からない感情だけだった。





夜、ハヤテは起き出した。
何となく眠れなかったのだ。
すると、隣で寝ているはずの壮馬の声が聞こえた。

「う……首は……絞めないで……ください……絢奈ど……の」

「……」

寝言のようだ。
一体何の夢を見ているのだろうか?
壮馬はさらに、ああ……腕が……。と苦しそうに呻いていた。
何にしてもこれ以上壮馬の寝言を聞いているのはどこか、辛い。

外に出てみようか、と思った。
ずっと闇の中にいたせいか、辺りがよく見える。

外に通じる扉を開けようとした時、いきなり誰かに声をかけられた。

「どうしたんだ、こんな夜更けに?」

「!?」

後ろに立っていたのは黒影だった。
全く、と言っていいほど気配を感じなかった。

「ちょっと、眠れなくて」

「ならば少し話さないか?」

断る理由は特になかった。

館の門までは行かず、木が何本かまばらにあるだけの庭で黒影は立ち止まった。
彼はまたあの冷たい笑みを浮かべる。

「人を殺した気分はどうだ?」

無神経なのだろうか。
それともあえて神経を逆撫でしているのだろうか。
ハヤテは思ったことだけを言った。

「特に覚えていないんですよ」

自分は人を殺めてしまったらしい。が、記憶にないため実感は沸いていなかった。
そんなハヤテの眼を黒影はじっと見つめてきた。

「私を恨んでいるか?」

「ええ」

同意すると黒影は苦笑しだした。

「まぁいい。私はお前に好かれるために生きているのではないしな」

ハヤテはその言葉の中に自嘲にも似た響きがあるのを感じ取った。

「一つ、聞いて良いですか?」

「何だ?」

実はハヤテは黒影に対して一点でしか怨んでいなかった。

それは……

「どうしてあなたはヒナギクさんと一緒に行かせたんですか?」

そう、ヒナギクを連れて行かせた、その一点だけだった。
命を危険に晒されたことなどは、もう過ぎてしまっていることであるし、
人を殺めたことは記憶に残っていないので怨みようがない。

しかし、自分はともかく何故ヒナギクを一緒に行かせたのか。
黒影が実際に用があったのは自分だけだったはずなのに、だ。

「お前だけが行ったら帰って来ない気がしたから、かな」

黒影は自分がナギ達を見捨てて一人で逃げるとでも思っていたのだろうか。
ハヤテは若干の怒気を含ませた声で答えた。

「僕は帰ってきましたよ」

「そういう意味ではない。あの赤毛がいなかったらお前はたぶん死んでいただろう、ということだ」

「……?」

ハヤテはぼんやりとあの状態(壮馬曰く死域)になったときのことを思い出した。
確かあの状態になるには強固な意志の力が必要だと言っていた。
そしてあの時の自分の想いは?
ヒナギクを助けたい。それではなかったか?

「どうしてそう思うんですか?」

「一回死を覚悟すると再び追い詰められた時に自分のために生きようとは思わなくなる、と言えばわかるか?」

それは衝動的な自殺願望ではないものだ、と黒影は付け加える。

ハヤテには何となくわかった。
自分はナギに拾ってもらわなければ死んでいた身であるからだ。
実際死を覚悟したし、もう失くした命だと思って、ナギのために命をかけることができる。

それより何故黒影は自分が死にかけたことがあると分かるのだろうか。
それを聞くと、何となくだ、と一蹴されてしまった。

「あなたも死にかけたことがあるんですか?」

ハヤテは先程ヒナギクが斬りかかった時に黒影が言った言葉を思い出しながら言った。

「そうらしい。私は覚えていないが」

一度言葉を切り、黒影は同意を求めるような口調で言った。

「それにしても、お前と私は似ているとは思わないか?」

「……どこがですか?」

ハヤテにはさっぱり分からなかった。
自分は彼のように冷酷でも超然としているつもりもない。

「いや、正確には『執事』という仕事と『軍人』という仕事が、かな」

ナギ達に自分が執事であることを聞いたのだろう。

「そうですか?」

執事は主を守る仕事であり、軍人は敵を殺す仕事。
そうハヤテは思っていた。

「互いに主のために命を懸ける。違うか?」

ハヤテは妙に納得させられた。
それでも、と口を開く。

「僕は軍人にはなりませんよ?」

黒影はまた苦笑する。

「分かっている。だから勿体無いと思っているのだ。
 お前ならば有能な軍人になれるのにな」

そう言って黒影はまた笑った。
今までの冷たい笑みとは違い、少しの温かさが感じられる笑みだった。
思わず、言っていた。

「普段からそうやって笑ったらどうですか?」

「何……だと?」

黒影の表情に戸惑いが浮ぶ。

「だから、何でいつもそんな冷たい笑い方をするんですか?
 今みたいに笑った方が相手も安心――」

不意に黒影の体から殺気が放たれてくるのを感じた。
その威圧感にハヤテの足は竦んだ。
ハヤテの様子を見て、黒影は苦笑する。

「すまない」

「い、いえ。僕はその、提案を……」

「ああ。だが、もう……遅い」

消え入りそうな声だった。
何が遅いのかは気になったが、
容易く触れてはいけないような気がしたので聞くことは出来なかった。

黒影は暫く黙っていたが、ハヤテを見つめると軽く笑った。

「私のようになりたくなければ、あの赤毛を離すなよ?」

「え?」

「私がお前に言いたいことはそれだけだ。
 じゃあな、私はもう寝る」

「あ、お休みなさい……」

ハヤテは黒影が言った言葉の意味を考えたが、よく分からなかった。



翌朝


「おはようございます、ヒナギクさん」

「ハヤテ君?どうしたのこんな朝から?」


ヒナギクが起床し、顔を洗いに行くため、部屋から出るとそこにはハヤテの姿が。
ハヤテはヒナギクに笑いかけるとその手を掴んだ。

「い、いきなり何!?」

ヒナギクの顔はもう完熟トマトのように真っ赤だ。

「いえ、一晩考えたんですが……。これしか思いつかなくて」

「何の話よぉぉおおお!」




「そういう意味ではないのだがな」

陰で見ていた黒影は密かに呟いた。


その後、ナギに見つかり、こっぴどく怒られたらしい。

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第九話終了です。

それではまた。