Re: 漆黒の原野 白銀の騎士編 ( No.11 )
日時: 2013/03/04 18:06
名前: 絶影

どうも、絶影です。

それでは第七話です。
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 第七話 襲撃


ハヤテ達はその後、特に何事も無く山梨の領主がいるという甲府に辿り着いた。

地図を見て、日野吾郎の館を訪ねた。
黒影の館よりもずっと豪奢な館だった。
おそらく五十人は何一つ不自由なく暮らせるだろう。

屋敷の前には明らかに強そうな衛兵が五人程立っている。
ハヤテは彼らに話しかけた。

「黒影さんから日野吾郎さんへの手紙を届けに来ました」

衛兵達は怪訝な顔をしたが、手紙を見せると
そのうちの一人が先導して歩き始めた。

衛兵は一番奥の部屋の前で止まった。

「神崎殿からの使者が現れました」

「そうか。入らせろ」

年は三十ぐらいだろうか。
長身で頬には刃傷があり、いかめしい顔をした、いかにも軍人らしい男が立っていた。
第一印象は恐いという感じであったが、話してみると意外とそうでもないということが分かった。
彼は優しい笑みを浮かべて尋ねてきた。

「見ない顔だな。名はなんと言う?」

「綾崎ハヤテと言います」

「桂ヒナギクです」

「私は山梨の領主、日野吾郎だ。
 漆黒竜殿はお変わりないかな?」

「ない、と思います」

「それはなによりだ。なんせ彼がいなければこの国は戦もできん。
 もっと近衛軍を強化しなければと私は常々言っているのだが
 近衛軍の将軍共は全く訓練を厳しくしようとしないからな。
 その時に踏ん張らせられるのが我々地方軍だから困ったものだ」

そう言って彼は笑った。
ちなみに近衛軍とは帝直属の軍ことらしい。

話によると、この国には首都である東京に近衛軍十五万がいて、
鴎国などへの遠征や大規模に侵略された際などに使われる軍なのだそうだ。

東京以外には黒影や日野吾郎などが率いる地方軍と呼ばれる軍がいて、
小規模の侵略を防ぎ、任地の治安を守ることが彼らの仕事で、
また、近衛軍に従って動くことも多いらしい。

つまり近衛軍が遠征軍で、地方軍が治安維持みたいな感じである。

必然的に近衛軍の方が強力でなければならないのだが、
実際は、実戦をよく重ねている地方軍の方が強く、
近衛軍は惰弱なのだそうだ。

「それで?黒影殿からの用件とは何なのかな?」

ハヤテは手紙を吾郎に差し出した。
吾郎は手紙を受け取り、頷いた。

「……戦は近し、油断するな、か。分かった。
 この日野吾郎、常に戦の心構えは出来ている。
 とりあえず我が軍の主力一万は早川の辺りに置いておく、と伝えてくれ」

注意)早川とは山梨領の中でも一番戦場に近いところです。
  つまりすぐに対応できるということです。

「分かりました」

再び衛兵に先導されハヤテ達は館を出た。
任務を終えることができたのでほっと一息つく。

「帰りましょうか」

「そうね」

予期していたとはいえ、三日もかかってしまった。
ナギやマリアが心配しているだろう、と思ったが
ハヤテにとってそれはそれで嬉しいことだった。







もう四日目だろうか。
壮馬は絢奈と共にハヤテ達に気付かれないように尾行していた。

現在彼らがいる場所は市川三郷の太平山と呼ばれる山の中である。
ハヤテ達は野営(野宿のこと)の準備をしているのを遠目で確認したので
自分達もそうすることに決め、薪を集めた。

ぱちぱちと音を立てて燃える薪を見つめながら壮馬は
何とか絢奈に話しかけようとしていた。

「あ、あの!」

彼女はこちらに目を向け一言。

「何?」

「いえ!……特に何も」

「用がないなら話しかけないでよ」

「……すみません」

確かに絢奈と共にいることは嬉しかったが、話す話題がない。
今まで喋ったことと言えば……

『ここで野営するわよ』

『了解』


『薪、集めてきて』

『了解』

……あれ?俺から話しかけたことって無くね?
自己嫌悪に陥った。
自分から話しかけようとするとさっきのような会話になってしまう。

壮馬は溜め息をついた。
絢奈はそれにすら反応してくれない。
自分に興味がないからだろうと思うとさらに落ち込む。


壮馬は自分が絢奈のことを好きになった時のことをぼんやりと思い出した。


二年前、神奈川で討伐軍を何度も追い返しているという賊徒の知らせが入った。
三年ほど前からその近辺の村を荒らしまわっていたらしい。
数は五百ほどだが、道が狭く、見通しも悪く、曲がりくねっている上に、
方々に岩が突き出している山に拠っていた。
つまり大軍では攻めづらい場所に本拠地を置いていたのだ。

黒影はその賊徒を討伐することを決めた。
彼には気まぐれに管轄外の賊徒でも討伐することがあった。

壮馬は百の兵を率いて黒影に従った。
総勢で三百の兵である。
明らかに今までの討伐軍よりは規模が小さかったのだが黒影には気にした様子はなかった。

数が少ないために移動は迅速だった。
賊徒はおそらくその存在にすら気付かなかったはずだ。

山の麓に着くと、黒影は躊躇せず山を駆け上った。
罠は仕掛けてあったようだが全く引っかからなかった。

「どうして分かるんですか?」

「鼻で見分ける」

あんたは犬かよ、とは思ったが、当然口には出さない。

山頂近辺まで行くと、声が上がっていた。
何だ、と思って見上げると一人の少女が何十人もの賊徒を相手取って戦っているところが見えた。
少女の年齢は自分と同じくらいだろうか。
両手には剣。それを巧みに扱い、賊徒を次々と倒している。
だが、もうすぐ体力が尽きるのは目に見えていた。

黒影が馬腹を蹴り、疾駆(馬で速く走らせること)し始めた。
遮る者を蹴散らし、一番奥に居た男、
賊徒の首領を槍で突き上げた。
それを呆然と少女や賊徒達は見ていた。

生き残っていた賊徒に縄が打たれる。
少女は魂が抜けたような顔をしていた。
壮馬が気になって見ていると、腕に怪我を負っているのがわかった。
戦っている間に負ったのだろう。

近づいて声をかけた。

「腕の怪我、治療しますよ」

「……いらない」

「……」

それから菌が入ったら酷くなるとか色々なことを言って、治療を受けさせた。
おそらく彼女も諦めたのだろう。相当しつこく言った気がするし……。

治療が終わった後だった。

「あなた、名前は?」

彼女が問いかけてきたのだ。

「え?……俺は倉敷って言います」

名前は言いたくなかった。
あの親がつけた名前だ、と思うと苛立ちと罪悪感のようなものがこみ上げてくるからだ。

「だから名前は?」

彼女はそんなことには構わずまた名を尋ねてきた。

「……言いたくないんですよ」

「よっぽど酷い名前なのね。悪魔、とか?」

そこまで言われて黙っているわけにはいかなかった。

「違います。……俺の名前は壮馬です。
 ですが名前で呼ばれたくはないので倉敷と呼んで下さい」

「何で?」

「……親がつけた名前、だからです」

「ふ〜ん。分かった」

彼女に笑いかけられた。
思っていた以上に可愛らしい顔だった。
心が揺さぶられた。
その笑顔に見とれていた自分にはっとする。

「私は佐々木絢奈。
 怪我の治療、ありがと壮馬♪」

「……」

分かって無いじゃん……。
それでも……彼女になら名前で呼ばれてもいいか、と思った。

それから……

「壮馬、今日はお前が巡回して来い」

「おう、壮馬じゃねえか」
 
何故か他の人まで名前で呼ぶようになったのだが……。


壮馬は何かの気配を感じたため思考を中断させられた。
獣か、と思ったが違う。
隣を見ると、絢奈も顔をしかめていた。
強い殺気を感じる。
しかしその殺気はこちらには向いていなかった。

何かが影のようにハヤテ達に近づいていった。



ハヤテは火の傍で休んでいた。
あと二日でナギ達の元へ帰れる。
そう思うとどこか嬉しくなった。

ハヤテはヒナギクの方に顔を向けた。
ヒナギクは穏やかな顔で寝ていた。
疲れていたのだろう。
決して寝心地が良いとは言えない枯れ葉を集めた即席の布団でも
今の彼女には十分なようだ。

ハヤテもまた眠くなってきた。
少しだけ、と思い目を閉じた。



何かが五感に触れてきた。
ハヤテは元々気配に気付きやすい性質(?)を持っている。
しかし疲れていたためかそれが少し鈍くなっていたのだろう。

近い、と思い、目を開いた時には一つの影が何かを振り上げていた。
避けなければ、思ったがうまく体が動かない。
腹に衝撃を感じた。

「っ!!」

激痛が走る。声が出せない。

起き上がろうとしたが起き上がれない。
ヒナギクに注意するよう呼びかけたかったが
口から出るのは呻き声だけだ。

「お前はそこで俺たちがこの女を殺るところを黙って見てろ」

ハヤテはヒナギクの方に目を向けた。
彼女は複数の男に取り押さえられていた。
その眼は当然であるが、彼女にしては珍しく、怯えている。

「よぉ、久しぶりだな綾崎ハヤテ」

この声は!とハヤテはその男を見つめた。
その男は最初に会った時と同じ下卑た笑みを浮かべていた。

そう、甲府に行く途中で襲ってきた、
そしてハヤテが黒影から渡された金を与えた男だったのだ。

「俺はお前みたいに綺麗事を言う奴が大嫌いなんだよ」

怒りが湧き上がるのを感じていた。
騙し討ちしてきたこの男にだろうか。それとも騙された自分自身になのか。
とにかく許せない。だが体は動かない。

このまま死ぬのかだろうか。
ナギの顔が浮かぶ。
マリアやヒナギク、歩やアテネの顔も。
今までお世話になってきた人々の顔が次々と浮かんでは消えていく。
自分は走馬灯を見ているのだろうか。

そんなわけにはいかない。
目の前の女の子を助けずに死にたくない。
死んではならない、と体が言っている。

立ち上がろうとした。
でも出来ない。

ハヤテは自分の意識が意志に反して遠のいていくのを感じた。

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第七話終了です。
それではまた。