MY LOVER 〜トクベツナヒト〜(一話完結・旧作)(返信 ( No.0 ) |
- 日時: 2015/04/07 23:11
- 名前: 明日の明後日
- 明日の明後日です、こんばんは。
きまぐれに旧作を投下。ほぼ原文そのまま、形式的なとことかちょっとだけ直しました。 久々に読み直してみて「俺ってすげぇな」って思いました(自画自賛 実は自分史上最高傑作ってこれなんじゃないかなって思ったり思わなかったり。 そんな訳でどうぞ、ハヤオリです。
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冬=寒い。つまり、息が白くなる。一般常識。 そんな当たり前の光景に目を輝かせる女の子が、僕の左に約一名。
「ほらほら見て見てハヤテくん。息がこんなに真っ白だよ」
そう言って彼女はもう一度大きく息を吸って、はぁ〜…と吐いてみせる。
もわぁ………
白くてもやもやっとした彼女の吐息は、外界の冷たい空気に触れるとすぐさまその湿った温もりを失って吸い込まれる様に消えてしまった。
「知らない内に、こんなに寒くなってたんだね」
隣を歩く彼女はそれを面白そうに見つめて、それこそ何度も何度も、飽きることなくせっせと口から白い煙を上げていた。ほら、また。
もわぁ………
あどけなく、それを見つめて彼女は顔を綻ばせる。そんな光景を見て思うことが一つ。
そういえば、あの人も彼女みたいに妙に子供っぽいところがあった。こんな風に息が白いのを面白がったりした訳ではないけれど、 例えば夏の暑い日、扇風機に向かって何をしてるかと思えば大きく口を開けて『あ゛〜〜〜』と声をしゃがらせて遊んでいたり。 僕がそれを子供っぽいと笑えば、顔を赤くして胸の辺りをポカポカ叩いてきたり。そんな様子がどうしようもなく可愛らしかったから、 可愛いですね、って言ったら途端に動きを止めてそっぽを向いて頬を膨らませて、しばらくしてから『ベーッ』と舌を突き出したり。
空高く風が吹いて、電線を揺らす。それに停まっていたスズメだのカラスだのは振り落とされるのを嫌って慌てて飛び立った。 なんか一羽だけ妙にぎこちない飛び方をしてるのがいるな。ひょっとしたら怪我でもしてるんだろうか。
「あ!ハヤテくん大変!!」 「えっ、どうしたん」 「えいっ」 「ムグッ…………ちょっ、あっ、熱っ…ハフ……あっつ……」
不意に響いた彼女の叫び声に、慌ててそちらを振り向けば、口の中に熱い何かが突っ込まれる。 予想だにしない彼女からの攻撃を、僕は舌を火傷しそうな思いをしながらなんとか咀嚼して飲み下した。
「ふぅ、ふぅ」
胸が熱い。比喩とかでなく、物理的に。
「美味しかった?」
まだ喉に熱が残って焼けそうな感覚を味わっているというのに、彼女は反省の色も心配する様子も見せず訊ねてくる。
「『美味しかった?』じゃないですよ!!なんですかいきなり!!ちなみに味は熱くて分かりませんでした!!」
何か腹立たしくて、思わず怒鳴ってしまう。質問には一応、答えておいた。
「ごめんごめん。そんな怒んないでよ。ちょっと熱々のたこ焼き口ン中に押し込んだくらいで」
そう言って彼女は、左手の上に置かれたたこ焼きのパックの上に目を落とす。「あ〜あ、勿体無いことしちゃったな〜」と ぼやいているけれど、そんなことは僕の知ったことじゃない。何故なら僕は、被害者だから。というより、いつの間にたこ焼きなんて買ったんだろうか。
「そうは言いますけどね……ホント熱かったんですから。もう二度とやらないでくださいよ」 「りょうか〜いっ。でもハヤテくんも悪いんだよ。私の話ちっとも聞いてくれないから」 「えっと………何か話してましたっけ?」
二秒後、彼女は今交わしたばかりの約束を早速破ってくれた。舌の根の乾かぬ内から、というのはこのことだろう。味はやっぱり、分からなかった。
「っていうかさ。ハヤテくんって、ホントに私のことスキなの?」
そろそろ昼食にしよう、ということで入ったファミレスの中。僕の向かいの席で、ホットのミルクティを啜りながら彼女は言う。 僕は口の中に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになるのをなんとか堪え、しっかりと飲み込んでから答えた。 ああ、また喉が熱い。なんだか今日は、熱い物に難があるみたいだ。
「な、何言ってるんですか ! ! スキに決まってますよ ! ! 」 「ホントかな〜〜?だって付き合い始めてからもう二年経ってるのに敬語のままだし。私がせっかく、口下手なハヤテくんの為に話題を 提供してあげようと一生懸命話してるっていうのにこれっぽっちも聞いてないし。誕生日に時計あげたのに着けて来たことないし」 「いやだって…敬語はクセですし。時計はその…開けるの勿体無くて」 「ふぅ〜〜〜ん。つまり、まだ箱開けてすらいないんだ〜〜」
あ…………… マズイ。余計なこと言っちゃった。 彼女は「はぁ〜あ」とわざとらしく溜息を吐いて、頬杖を突きながらどこか遠くを見つめる。
「ショックだなぁ〜。ハヤテくんの為に三時間も掛けて選んだっていうのに。まだ開けてすらいないなんて。 不安だなぁ〜、私、このままハヤテくんと付き合ってていいのかなぁ〜〜〜。私が一方的にスキなだけっていうのは ちょっと空しいよなぁ〜〜〜。恋人同士なのに片想いかぁ〜〜〜。あ〜あヤダヤダ」
僕の頭の丁度三十センチ上を漂う彼女の言葉に、僕は言い返すことが出来ない。
うん、分かってる。僕が悪いっていうのは分かってるんだ。だからこそ、何も言えない訳で。 謝ったりするのもなんだか違う気がするし。だからって、ここで『スキです』と連呼したって意味はない。 どうせ『じゃぁ証拠見せてよ』と言われて、どうにも出来なくて、今みたいな状況に戻ってくるのは目に見えている。 言葉攻めに飽きたのか、次第に彼女は机の上に突っ伏してわざとらしく肩を上下させ始めた。
あ〜あ、またこのパターンか。どうして毎度毎度、こうなるんだろう。とは言え、今日は鼻を啜ってないだけまだマシか。 彼女の泣き真似、妙にリアルだからなぁ。そうなった日には、周りからの視線がこの上なく痛い。 さて、どうしよう。ここで下手に慰めに入ったりすると「あれ、もしかして泣いてると思った?」とか言われて なんとなく負けた気になって、そのとき彼女が見せる得意気で悪戯な笑顔に頬を染めた後、「何々?見惚れちゃった?」と質問されることになるだろう。 「そーかそーか。やっぱり私のことスキなんだ」、或いは「そんなに見詰められたら照れちゃうよ」。 僕の答えを待つことなく、彼女はそんなことを言って席を立って、どこか上機嫌で。でもちゃっかり支払いは僕に押し付けて。 機嫌が直るのなら別にいいんだけど、最近ちょっと大きいお金使っちゃったから財布の中が寂しいんだよなぁ。
そういえば、彼女は機嫌のいいときに限って僕に奢らせたがるんだけれど、それは一体どうしてだろう。機嫌が悪いと「ココ、私が払うから」と言って足早に席を立つのだけれど、普通逆じゃないだろうか。 ちなみに平常時は常に割り勘、お互いが会計の半分ずつを出し合う。たとえ合計料金2800円の内、2000円以上が彼女の注文したものだったとしても。
理不尽で、でもそれが愛しくて。僕をイジッて遊ぶのが好きで、僕を困らせるのが好きで。泣き虫で。 まぁ、今目の前にいる女の子がしてるのは単なる泣き真似なんだけど。なんでもないこと――映画とかドラマとか、そういう僕に何一つ責任がない場面で!!――でいきなり泣き出したりするのもザラだし。そんな彼女が僕はスキで、やっぱりあの人に似てるなぁと思ってしまう。 今頃、何をしているのだろう。僕の様に新しい恋人と幸せな日々を送っているのだろうか。出来ることなら、そうであってほしい。
「いい加減にしてください!!」
三年前のことだ。「私のこと好きじゃないの?」と訊ねてきた彼女に、とうとう僕は怒り――或いはそれに酷似した感情――を爆発させてしまった。
付き合い始めてから一年と少し、一体幾度訊かれたか分からない。もう慣れっこだと思っていたのだけれど、どうやらそうでもなかったらしい。 当初は愛情表現の一つだと受け取って快く応じていたが、二ヶ月程前から顔を合わせる度にその質問をしてくる彼女のことを少し鬱陶しく思う様になっていた。 好きじゃなくなった、という訳ではないのだけれど。多分。
「いい加減にって何よ!!ハヤテ君がハッキリ言わないから訊いてるんでしょ!?」
僕の目の前、同じ様に声を張り上げる彼女。肩を怒らせ、威嚇する様に僕を睨む、その姿。長く伸びた、桃色の髪。
「もう何度も言ってるじゃないですか!!一体どれだけ言わせれば気が済むんですか貴女は!!」 「だってハヤテ君からは言ってくれないじゃない!!好きな人に好きって言って貰いたいと思うことの何が悪いっていうのよ!!」
人目の無い場所でよかった。脳みその端っこの方に残った冷静な部分が考える。もし、ここが一般教室やエントランスの様な人通りの多い所だったらどうなっていただろう。放課後、彼女が僕を生徒会室に呼んだというその点にだけは感謝しておきたい。
「悪いとは言いません、ただ度が過ぎると言っているんです!」 「度が過ぎるって何!?ハヤテ君の鈍感さ加減の方がよっぽど常軌を逸してるわ!!」 「なっ」
思わぬ角度からの反撃。言い返せないと見たのか、彼女は声量を上げて一気に捲し立てる。
「いつでもどこでも八方美人で!!誰彼なく優しさバラ撒いて、誰にだって差し障りの無いように接して!! ハヤテ君、女の子達がどんな目で自分のこと見てるか分かってるの!?それ見て不安になる私の気持ち考えたことあるの!? 私に対する優しさも、実は周りにバラ撒いてるものと同じなんじゃないかって思う私の気持ち分かるの!? 自分はハヤテ君の恋人なんだって、ハヤテ君にとって特別な存在なんだって必死に確かめようとしてる気持ちが分からないの!?」 「八方美人ってなんですか!ただ、僕は皆平等に…」 「私はその平等の中に含まれるって訳!?違うでしょ!?私はハヤテ君の恋人なんでしょ、特別なんでしょ!?恋人ってそういうことでしょ!?だったらそれを証明してよ!!」
息を切らし、肩を激しく上下させる彼女。暖房が点いてない所為で冷え切ってしまった室内に、白い吐息が漏れる。
特別。特別って、なんだ?特別な人なんて、いくらだっている。恋人がそれだなんて、簡単に定義することはできない筈じゃないのか。 お嬢様も、マリアさんも、クラウスさんも、ワタル君もサキさんも咲夜さんも伊澄さんも瀬川さんも花菱さんも朝風さんも桂先生も、後ちょっと認めたくないけど どこかの変態ホモ執事だって、皆特別だ。じゃぁ、目の前で僕を睨む彼女は?決まってる、特別な人だ。じゃぁ、それの証明って?一体何をすればいい?
考え込むばかりでなんのアクションも示さない僕を見て、彼女は小さく嘆息を漏らす。次いで一言。
「もういい」
先程までの烈火の口調はどこへやら。そう言った彼女の声は雪より冷たかった。
「別れよ」
氷でできた大きなハンマーで頭を殴られた様な気がした。頭蓋骨と一緒に、ハンマーが砕ける。 何か言わなきゃいけない気がしたけれど、何を言えばいいか分からなくて、口を突いたのはこんな言葉。
「ど、どうして、ですか…?」 「だって。ハヤテ君は私の特別だったけど、私はハヤテ君の特別じゃないんだもん」 「そんなこと…」
ない、と言うことは出来なかった。彼女の瞳の奥の光が、冷たい何かを僕の心のどこかに突き刺したから。 無理して作った彼女の笑顔も、僕の心を氷点下まで下げようとする彼女の視線も、これまで積み上げてきた暖かかった筈の彼女との思い出も。 何もかもが冷たくて。僕の体温は段々と床に奪われて、更にさっきのハンマーの破片に吸収されてゆっくりと氷を溶かしていく。部屋の中がまた、寒くなる。
「明日からはもう、訊かないから。じゃぁね」
そう言って彼女は僕のすぐ横を通り抜けてエレベーターに向かう。桃色の髪が放ついい香りが、鼻をくすぐる。
「ま、待ってください!!ヒナギ」
呼び止めようと、振り向いた先。早くもエレベーターは到着したらしい。扉は開いている。 彼女は、これから地上数十メートルを一気に駆け降りようとしている四角い箱に足を踏み入れる。
やめなよ、ねぇ。だってほら、高いところは苦手だったじゃないか。今からものすごいスピードで下に落ちるんだよそれ。そんな怖い乗り物に乗ったら…
彼女が乗ったその箱と、僕が佇むこの部屋は、幅二メートル高さ三メートルという小さい長方形で繋がれていて、しかしその両端から段々と隔絶されていく。長方形はどんどん小さくなる。 残り一メートル。僕は駆け出した。エレベーターまで、四メートル。 残り七十センチ。彼女が振り向く。エレベーターまで、二メートル半。 残り三十センチ。ああ、もう間に合わ……………
「バイバイ―――綾崎君」
残り、零センチ。エレベーターまで、十センチ。 エレベーターは下り始める。まだ同じ建物にいるはずなのに、もう二度と会えないような気がして、それが妙に寂しかった。
特別って、なんなんだろう。恋人って、なんなんだろう。その二つって、絶対にイコールで結ばれるものなんだろうか。 特別な人を一人失った僕は、エレベーターが地上に着くのを待ってからボタンを押した。数分してから扉が開く。もしかしたら急に別れが惜しくなって、 乗りっぱなしだった彼女がそこにいるかもしれないなんていう的外れで都合のいい期待は、案の定打ち砕かれてしまった。
手元のカップの中身を啜る。すっかり冷めてしまったコーヒーの苦みと、入れ過ぎてしまったらしい砂糖の甘味が、分離してるのに混ざってる様な味が口の中に広がってなんとも気持ちが悪い。もう少し甘さ控えめにするべきだったかな。
「桜さん」
そんな風に自分で味の調整をしたコーヒーに評価を下しながら、僕はまだ泣き真似を続ける彼女の名前を呼ぶ。 返事がないので、少し声を大きくする。それでもやっぱり返事がないので、肩を揺すってみた。そうすると漸く気付いたのか、彼女はゆっくりと身を起こす。
「ん〜?」
なんだかすごく眠たそうな目をしているのは僕の気のせいだろうか。
「ん〜……おはよ、ハヤテくん」
どうやら気のせいではないらしい。彼女は大きく伸びをしてから目元を擦ると、僕に向かって朝の挨拶をくれた。ちなみにただいま十三時十二分。
「あ〜。もぉ最悪。変な夢見ちゃった」
そう言って彼女は手元のティカップに手を伸ばす。きっとそのミルクティも冷め切っていて、なんともいえない気持ち悪い甘さをしているはず。 案の定、彼女はそれを口に含んですぐ「あっまぁ〜」と不満丸出し。次いで「ハヤテくん要る?」となぜか僕に勧めてきた。 僕はとりあえずそれを断りながら、もう一度コーヒーを啜る。
「変な夢見ちゃったって、デート中にどんだけ熟睡してんですか。それで、どんな夢だったんです?」 「ん〜、えっとね。ハヤテくんが爆弾処理に失敗して木っ端微塵に吹っ飛んじゃう夢」
コーヒーを吹き出しそうになる。今のは危なかった。さっきより三割増しで危なかった。
「な、なんて夢見てるんですか!」 「いや〜、夢でよかったよホント。妙にリアルだったから現実かと思っちゃった。いや〜よかったよかった。ホントよかった」
何を呑気な。っていうかデート中に眠りこけてた上に見た夢がそれって一体貴女何を考えてるんですか。
そう言おうと思ったけれど、叶わなかった。僕が口を開きかけた瞬間、彼女が遮る様に言ったからだ。
「いやもぉ、アレ現実だったら私死んでたね。ハヤテくんいないと生きてけないもん。ホンット、夢でよかったよ」
何も恥じらうことなく、彼女は言ってのけた。
「そんな大袈裟な」 「え、ヤダな、大袈裟じゃないよ。ホントのことだもん」 「いやいや。だって、僕と会う前だってちゃんと生きてきたじゃないですか」 「それはそうなんだけど。そういう問題じゃなくてさ。っていうか何、私にそんな風に思われるの嫌な訳もしかして?」 「いやいや、そんな訳ないですよ!嬉しいです!!ただ、どうして僕なんかにそこまでって思うだけで」
慌てて弁解する僕の言葉に、彼女は顎に手を当てて「どうして、か…」と少し考え始めた。 そんな様子を僕は、冷めてしまってやっぱり不味いコーヒーを啜りながら眺めている。やがて、彼女が口を開く。
「んーとね。上手く説明できないんだけど。一言で言うなら、ハヤテくんは特別な人だから、かな」 「特別、ですか?」
特別。あの人が言っていたこと。ハッとした。僕の問い掛けに答える彼女に、あの人の面影が被る。
「そう、特別なの。スキだとか、そういうんじゃなくて。あ、もちろんハヤテくんのことはスキだから安心して。…だからね、スキなんだけど、それだけじゃない感じ。 ずっと一緒にいたいとか、喜ばせたいとか、ちょっとだけ困らせたいとか。…ん〜、それじゃスキと同じだなぁ…だから、つまりアレだよアレ。 この人じゃなきゃダメー!みたいな。この人がいれば後は何も要らないーっ、みたいな。そんな感じかな」 「はぁ」 「何その分かったんだか分かってないんだかよく分かんない返事は」 「いやだって、かなり抽象的でしたし」 「もーっ、せっかく一生懸命説明してあげたのに!!とにかく、ハヤテくんは私の特別な人で、私にはハヤテくんが必要なの!!分かった!?」
バンッ、と机を叩いて立ち上がる彼女。こんな人目がある場所で、大声でそんな恥ずかしいことを言うのはやめてほしい。嬉しいけど。
「わ、分かりました。分かりましたから。とりあえず落ち着いてください桜さん、周りに人がいるんですから」 「何、人がいちゃハヤテくんにスキって言っちゃいけないの?っていうか今名前で呼んだよね?」 「え?あ、す、すみません日奈野さん。でも一応二回目なんですけど」 「あーもーバカなんで戻しちゃうのそのままでいいのにそれより二回目ってどういうこと今までずっと名字だったじゃん!?」 「説明するから座ってください。後ボリューム下げて。さっきから僕達店中の注目の的ですよ」
それと文と文の境目ハッキリしてください。
十分後、どうにか桜さんを落ち着けることに成功。今は店を出て、腹ごなしにその辺の大通りをブラブラ歩いている最中。
「まったく。一回目が寝てるときだなんて」
ぼやく彼女。
「そんなこと言われても…だってファミレスで食事中なのに寝てるだなんて普通思わないじゃないですか」 「だってさ。ハヤテくん、私が迫真の演技で泣き真似してるっていうのに完全無視なんだもん。だからって私から顔上げるのだってなんか悔しいじゃん。それでずっと突っ伏してたら眠くなっちゃって。昨日寝るの遅かったし」 「遅くって、どれくらいに?」 「二時半」
けろっと答えて、彼女はどうしてか得意気に鼻を鳴らす。いや、そんな風に胸を張られても。
「そんな遅くまで、何してたんですか一体」
僕の問いに、彼女の声が一オクターブ上がる。
「へっ!?」
何、変なこと訊いた?
「 べ、別にいいじゃんそんなのどうだってっ。い、言っとくけどハヤテくんのクリスマスプレゼントにマフラー編んでたとかじゃないからね」
早口で捲し立て、彼女はぷいっとそっぽを向く。
…どうしよう。
ここはツッコムべきだろうか。いやでも、本人ちょろっと答え言っちゃったこと気付いてないみたいだしこのままスルーしてもいい気がする。 ううん、でもちょっと気になるし。それとなく誘導尋問でもしてみるか。
「そ、そういえばもうすぐクリスマスですよね。イブは休み取れると思うんですけど。桜さん、何かプレゼントしてほしいものとかあります?」
「え?」と裏返った彼女の声。少し考えてから、
「ハヤテくんがくれるものならなんでもいいや。今言っちゃったら貰うときの楽しみ減っちゃうし」
僕はもう減っちゃってますけどね。
「ハヤテくんは?何か欲しいものあるの?」 「僕ですか?そうですねぇ、僕も桜さんがくれるものだったらなんでもいいですけど…あ、マフラーとかいいですね。出来れば桜さんの手編みで」
彼女はギョッとして、目を見開く。「バレてる?」と言いたそう。どうやら本格的に自分から答えを暴露したことに気付いていないらしい。あえて言おう、バレてます。
「わ、分かった。頑張る」
小さくガッツポーズ。自分のセレクトが間違ってなかったことが嬉しいんだろうか。いやまぁ僕答え知ってたんだけど。 そんな彼女が可愛くて、ちょっとだけ意地悪。
「それで、今はどのくらい出来上がってるんですか?」 「えーと。七割位かな大体。後一週間だからちょっと急がないと厳しいかも…ってハヤテくんなんで知ってるのっ」 「いや、かまかけてみただけです」
それは嘘なんだけれど。彼女は顔を真っ赤にして「―――ッ」と声にならない叫びをあげてまたも僕をポカポカ殴る。特に痛くないはないんだけれど。
「ふんっ、いいもん。こうなったら売り物と区別つかないくらい上手いマフラー編んでハヤテくん驚かせてあげるから。楽しみにしてなさいよ」
ベーッ、と舌を突き出して彼女は言う。 本当に売り物買ってきたりしないでくださいね、と嫌味ったらしく言おうかと思ったけど本気で怒らせることになりそうだったからやめておいた。
「あー、もうホントに今日は最悪。変な夢見るしハヤテくんにはからかわれるしお昼代押しつけられるし。おまけに映画の席はこんな端っこで観難いし」
彼女の提案で訪れた映画館。椅子に腰を下ろし、足元に荷物を置きながらぼやく彼女。上映まで、十五分。
「押しつけるって…人聞きの悪い言い方しないでくださいよ」 「だって普通ああいうのは男の子が持つところでしょ。なんで彼女に払わせたりするの」 「だから言ったじゃないですか。今月は財布がピンチだって」
僕はポケットに手を突っ込んで財布を取り出す。小銭でパンパンに膨らんだそれを彼女に手渡そうとしたところでもぎ取られた。 自慢出来たことではないけれど、その中には紙幣は一枚たりとも入っていない。さっき払った映画のチケット代でついに底を尽きたのだ。 金色にも似た輝きを放つ径の大きな硬貨すらその中には存在しない。 銅とニッケルの混ざったくすんだ輝きでさえ数枚程度。やばい、自分で言ってて空しくなってきた。
「…ごめん、なんか」 「…いえ」 「っていうか何にそんな使ったの?お嬢様からお小遣い貰ってるんでしょ?えっと、ナギちゃんだったっけ?」 「ええまあ、一応。でもその、先日ちょっと大きいお金使ってしまって」 「大きいお金?何々、もしかしてそれって私へのクリスマスプレゼントとか?」
声が少し高くなったかと思えば、彼女は急に目をキラキラと輝かせる。そのいかにも「楽しみにしてます」的な笑顔はやめてくれないだろうか。プレッシャー感じるから。
「まぁ、そんなところです」 「何買ったの?」 「ダメです、教えません」 「いいじゃん、教えてよ」 「楽しみが無くなっちゃうんでしょ?ほら、もうすぐ始りますよ。」
「む〜っ」と唸る彼女にも、その姿が可愛くてついつい頭を撫でてしまいたくなる僕にもお構いなしに、ブザーが鳴って照明が落とされた。 数十センチ先の彼女の顔さえ見えなくなる。
「ふんっ、もういい。ハヤテくんのケチンボ」
そう言って彼女は前に向き直る。思わず僕は苦笑い。それからまた五分程が経って轟音と共に新作予告が始まる。 それだけで映画の中に引っ張り込まれてしまった僕は、上映中ずっと右手の上に重なった温もりに気付かないでいた。
「んー」
日が沈み、冷たい風が僕らの周りを駆け抜ける。もう辺りはすっかり暗くなり、道端の街灯が薄明るく夜道を照らす中、僕の背中で眠りこけていた彼女は目を覚ました。
「あ、起きましたか桜さん」 「あれ、映画は?っていうかここどこ?なんで私ハヤテくんにおんぶされてんの?」
寝起きで意識がハッキリとしていないせいか、彼女はいまひとつ状況を上手く把握出来ていないらしい。
「上映中、寝ちゃってたみたいです。終わった後、起こそうかとも思ったんですけどあんまりぐっすり寝てたので」 「あ、そうなんだ…ゴメン、自分から映画行こうって言ったのに」
ぐったりとして、なんだか彼女は元気がない。そんなに疲れてるのだろうか。そりゃそうか、二時寝だもんな。
「いえ、僕は別に構いませんよ。桜さん、疲れてるんでしょ?」 「うん、まぁ。最近寝るの遅いし。大学の講義中もポーッとしちゃってさぁ。頭入んなくて大変だよ」 「まさか、だからって勉強までしてるなんて言いませんよね?」 「ははは、そんな訳ないって。私、そこまで真面目じゃないもん。まぁ、クリスマス終わったらちゃんと復習しとかないとなぁ、とは思うけど」 「あんまり無理しないでくださいよ。体調崩したら元も子もないんですから」 「このぉ、誰のためにやってると思ってんだー」
彼女は僕の首に回した腕に力を込める。
「ちょっ、やめてください桜さん。苦しいですから…ってなんでそこでちょっと力強くするんですか」 「ええい、ここでハヤテくんを殺して私も死んでやるー」 「いやいやいや、そういう冗談よしてくださいよホントに、笑えないですから」
そんな馬鹿なやり取りがもう少しだけ続いて二人の笑い声が夜道に響く、ただいま十八時三十二分。 その三分後、妙にクリアに響いた彼女の声。
「ねぇ、ハヤテくん」
その声は冷えた空気を心地良く震わせる。なんだか眠たそうにも聞こえたけれど。
「はい」 「もう少し、このままでいい?」
もう少しって、どのくらいだろう。どれだけ長くたっていいんだけれど。そんなことを思って、
「いいですよ。送っていきますから」 「ありがと」
何十秒か経って、こてん、と彼女の頭が僕のすぐ横に転がり落ちる。 真っ直ぐな栗色の髪が頬にくすぐったい。すぅすぅ、とかすかに聞こえる彼女の寝息を聞きながら、僕は歩を進めた。 やがて、分かれ道に差し掛かる。遮る物を失くした左側から、夜の冷たい風が吹き付ける。少し、悩んで。
――ちょっとだけ、遠回りしてこうかな。
交差点を右に曲がった。不意に、あの言葉が脳裏を過る。
――私はハヤテ君の恋人なんでしょ、特別なんでしょ!?恋人ってそういうことでしょ!?―― ――ハヤテくんは私の特別な人で、私にはハヤテくんが必要なの ! ! ――
特別って、なんなんだろう。恋人って、なんなんだろう。その二つって、絶対にイコールで結ばれるものなんだろうか。
まだ、分からないけれど。とりあえず、一つだけ言えること。
背中から伝わる体温が嬉しい。冬の寒さも消し飛ばしてくれる。そんな彼女はきっと、
僕の、特別な人。
貴女はもう、見つけましたか?―――――ヒナギクさん。
〜 f i n 〜
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