Re: 群青(紅クロス) 第三話『麗しの姫君』更新 ( No.5 ) |
- 日時: 2015/03/04 22:00
- 名前: S●NY
- 早朝の学校は、ハヤテが一番好きな時間だ。
ハヤテの通う白皇学院は日本有数の私立名門校であり、大富豪の子女や、天才的な才能を持った生徒が多数所属している。 広大な敷地を持ち、住所は『東京都杉並区ほぼ全部』という異例の学校。 桂家に養子として迎えられていなければ、自分が関わることなど絶対にありえなかった世界。そこが、白皇学院だった。 自分にとってあまりにも場違いな空気に、普段のハヤテは意識していなくても萎縮してしまう。が、今は早朝の7時。 大きなグランドの遥か向こうに数人の運動部員を見かけただけで、下駄箱から廊下まで、ほとんど人気はない。 大きく伸びをすると、真新しい空気で満たされているような清涼感を味わった。 ハヤテはしかし、教室のある校舎には向かわずそのまま北へ。 行き先は学院の中央。そこにそびえ立つのは、時計塔。 ハヤテはその最上階に用があった。 重々しい扉を開け、エレベータに乗る。ごうんごうんという一定のリズムを刻みながら、一瞬の浮遊感と重力に引っ張られるのを感じていると、目的地でゆっくり停止。 着いた。 白皇学院の時計塔。その最上階である、『天球の間』。 開けられた窓からは澄んだ空気が入ってきて、白いカーテンを天使の羽のように揺らしていた。 白皇学院で最も高くそびえ立つこの塔には、昇ったばかりの日の光がきらきらと雪のように舞っている。 ハヤテが初めてこの場所に来たとき、天国があったらこういう場所なのだろうなと思ったほど。 その光に照らされた場所で、彼女は待っていた。 「おはよう」
ティーカップをソーサーに置いて、一言。 一挙手一投足。これほど絵になる女性は、ハヤテは数えるほどしか知らない。
「おはようございます。ヒナギクさん」
桂ヒナギク。白皇学院の生徒会長にして雪路の妹。 辞書で『大和撫子』の意味を引いたら『桂ヒナギクのこと』と書いてある、とは男子たちの彼女に対する評価。 清楚で慎み深く、いつも穏やかに微笑み、それでいて堅苦しくない。 容姿と性格が完璧な彼女は常に男子の注目の的であり、女子からも絶大な人気を誇っている。 が、ハヤテは知っている。彼女は怒ると物凄く怖い。 彼女と初めて会ってからどれだけ彼女を怒らせてきただろうか。 まず、出会った初日に3回怒られた。うち2回引っぱたかれた。 確かに、他の生徒に対してのやさしい姿も凛々しい姿も幾度となく見たことはある。 しかし、ハヤテの前だと常に怒っているイメージしかない。 そして今現在も彼女は確実に怒っていた。 これ以上機嫌を損ねないように、びくびくしながら此処に来た目的を話してみる。
「そのぅ。昨日の電話でも言いましたように……」 「ハヤテくん」 「はいっ」
無理だ。もう怖い。 今の彼女の目はアレだと思う。なんといったか。 そう、養豚場のブタでもみるかのように冷たい目だ。残酷な目だ。
「私が何を言いたいか分かる?」 「……はい」 「分かってないっ!!」
ヒナギクはばたんと机を叩くと声を荒げた。立ち上がった拍子に椅子はがたんと揺れ、ティーカップはかちゃかちゃと音を鳴らす。 そのままつかつかとハヤテの前へ。 胸倉を掴み挙げた。
「なんでそんな危ない真似ばかりするのっ。だから言ったじゃない揉め事処理屋なんてするなって!家を出て行くなって!」
ヒナギクの眉尻が下がる。それでも目は怒っていた。
「制服もボロボロになって。傷だって増えていくし。……知ってる?人間の身体は脆いの。簡単に壊れるの。でも大事に使えば一生使えるわ。私はね、あなたと一緒に。ずっと一緒に……」
そういって、ハヤテの胸にぽさりと頭をつけた。 ヒナギクの肩は震えている。ハヤテを掴む腕も、足も。 ハヤテからは彼女の表情は見えない。
「ハヤテくんに……、言っておきたいことがあるんだけど……」 「な、なんでしょう」 「私のために……、毎朝朝食を作ってくれない……?」
それは突然すぎた。 一世一代の告白。それもアメリカ定番のプロポーズ。 誰もいない生徒会室。美しい朝日に照らされたこの場所で、いきおい任せとはいえ、ヒナギクは今しかないと思った。告白するならここしかないと。 ヒナギクは以前からラブ師匠なる人物に恋愛の教授を受けていた。それはもちろん鈍感で、ひ弱そうで、情けなさそうな男に想いの丈を告げるため。 攻めるなら、洋風でおしゃれな台詞で押しまくれとは、ラブ師匠談。
「ヒナギクさん」 「……はい」
ヒナギクの肩にゆっくりハヤテの手が置かれる。 潤んだ瞳でハヤテの顔を見上げた。そこには、満面の笑みのハヤテ。
「そんなに僕のご飯気に入ってくれたのですかっ。だから家から出るのも反対していたんですね。そうだっ、今度ごはん作りに行きますよっ。お義母さんにも会いたいしっ」 「ばーか!!」
瞬間、ハヤテの目の前がチカチカと点滅したと思ったら、真後ろにあったはずの出口が目の前に迫っていた。 同時に貫くような痛みが頬に走る。空中で半回転しながら壁まで吹っ飛ばされた。
「もう知らないっ。換えの制服なら用意しといたからさっさと着替えなさいっ。生徒会の備品なんだから、早く新しい制服買いなさいよっ」
そういって地面とキスするハヤテの上にパサリと制服が落ちてくる。 ヒナギクはぷりぷりと怒りながら、定位置である会長の椅子に腰掛けた。
「で、今回の仕事はどうだったの?」
昨日の一件でボロボロになった制服を脱ぎ、カーテンの陰に隠れるようにして着替えるハヤテにヒナギクの質問。 制服に袖を通しつつ、ヒナギクに事の顛末を伝えると彼女は渋い顔で頭を抱えた。
「なんでそうなっちゃうの」
ハヤテは何かまずいことをしたかなと、ヒナギクの顔色を伺う。
「なんでそんな中途半端なことをしたのよ。ハヤテくん」
どうやら料金を受け取らなかった事に、ヒナギクは酷く不満があるらしい。
「仮にもプロなんだから、そんなことは絶対にしちゃいけないわ」 「……いや、でも」 「聞きなさいっ」
はい……。と力なく頷いた。やっぱり彼女は恐ろしい。
「報酬を受け取らなかったってことは、あなたが仕事に自信を持ってなかったって事でしょ。過程はどうであれ、報酬は報酬として受け取らないと、安易に値下げしたり受け取らないのは、プロとして誰からも信用されなくなるわよ」
確かに正論だと思った。あの仕事はハヤテ自身あまり誇れたものではないと思う。 そんな中途半端な仕事を続けていたら、揉め事処理屋としての評判は確実に落ちていくだろう。 常に全力で、気を引き締めてかからなければならないと思う。 前から思っていたが、ヒナギクの言うことは常に正しい。知識も経験も彼女の方が上なのだと、ハヤテは常々思っている。 だから別に説教されても、怒りもしないし、ヒナギクを嫌いになったこともない。 彼女の言葉からは、確かな愛情も感じられたから。 しばし説教を聴いた後、ヒナギクが先ほど飲んでいたティーカップに口をつけている間に、時計を盗み見る。 時刻は7時半をまわったところ。目的の制服は手に入れたし、ヒナギクの言うことを肝に銘じてさっさと教室に戻ろう。 ヒナギクの怒りが収まったのを見計らって別れの挨拶をすると、ハヤテはエスカレータへ。
「あ、ハヤテくん」 「なんでしょう」
帰り際にもう一度呼び止められる。 ボロボロになった制服はヒナギクが処分してくれるらしい。 ここは大人しく行為に甘えておこうと思う。
「それと、ご飯作りに来てくれるの待ってるからね」 「はいっ」
ハヤテが返事を返すと、ヒナギクは満足そうに笑った。同時にエスカレータの扉が開く。 自分の料理が褒められるのはやはり嬉しい。 養子として引き取られてすぐの頃、どうにか義母の手伝いが出来ないかと勉強したのだが。 一人暮らしをするようになってからも、自炊が出来るというのは非常に活躍してくれた。 桂家に引き取られて自分の人生はまったく変わったと、そう思う。 何をしても、どう生きても自分には何か恐ろしいことが付きまとっていた。そんな人生。 でも、桂家の人々との生活は自分にかけがえのない幸せと安心をくれた。 そうだ、あの場所はやさしすぎた。それがハヤテにはこの世のものとは思えないほどの恐怖にすら思えた。 だからハヤテは……。
「おお、そこに居るのはハヤ太くんじゃないか」 「今日も薄幸そうな顔だな、ハヤ太くん」
教室に向かう廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。 振り返ると、花菱美希、朝風理沙、瀬川泉の生徒会三人組の姿がある。
「皆さんおはようございます。泉さんも、おはようございます」 「ハヤ太くんおはよー」
ハヤテの言葉に小さく手を振りながら、泉は答える。
「おやおやおやー、ハヤ太くんは私と美希は一纏めにするのに、泉にだけは挨拶するらしいですな」 「疚しいなハヤ太くん。そのようなラブラブな行為は2人っきりの時にしてもらいたいものだ」 「ちょっと、美希ちゃん理沙ちん!ハヤ太くんはそういうつもりで言ったんじゃないよぉ」
三人組はいつも通り忙しない。 なぜ2人が泉をからかっているのは、ハヤテにはいまいち分からないが、そういえば泉には用事があった。 始業にはまだ時間があるので、今のうちにお願いしておこうと思う。
「あの、瀬川さん。ちょっと用事があるんですけど、今いいですか?」 「「「!?」」」
その言葉に三者三様のリアクションが返ってきた。 美希は口を大きく開け、理沙は目を大きく見開いた。泉はなぜか顔を真っ赤にしている。 時が止まったように動かなかった三人だが、はじめに口を開いたのは理沙だった。
「な、なんだよそれ、大切な話か!?甘酸っぱいやつかっ!!そういう話かっ!!いやいやいや、ハヤ太くん。ダメだよ。うちの泉はそんな簡単にはあげられないねっ!!」
その言葉を聞いて、泉が慌てて理沙の前に立つ。その顔はお湯でも沸かせそうなほど赤い。
「な、ななな、何いってんのー!理沙ちんちがうって、そういうのじゃないからっ!!」 「でもこいつぅ今の話の流れ聞いてたんだろ!そういうことだとモゴモゴ」
なおも暴れる理沙の口を塞いだのは、美希だった。 困惑した顔はそのままに、ハヤテと泉を交互に見る。
「あ、ああ。分かったよハヤ太くん。ほら、行きなよ泉」 「モゴゴ!?」
う、うん、と泉は呟く。 暴れる理沙と、それを制止する美希を見ながら泉はそろそろとハヤテの傍に。
「それじゃ、行こうかハヤ太くん」 「え、いいんですか?朝風さん暴れてますけど」 「いいから、いいから」
どういうことかまったく分からないハヤテの背中を、ぐいっと押して先を急がせる。 ハヤテと泉は、階段へと消えていった。
「ぷぅはぁ!なんで素直に行かせたんだ?あそこはもっと泉をいじるとこだろ?」 「まぁ待てよ。私にも考えがあるんだ」
いつもの美希らしくない態度に、理沙は首をかしげる。 考えとはなんだ。
「お前も泉がハヤ太くんの事を憎からず想っていることは気づいているだろ?」 「そりゃぁなぁ」
普段の泉の態度を見ていれば、余程の朴念仁でなければ気づいて当たり前だ。
「私も泉の友だ。いい加減あの二人をくっつけても良いのではないかと思っている」 「まじかよ」
美希は煮え切らない二人の関係に、いい加減うんざりしているようだ。 たしかに理沙も、二人を見ていると下手なラブコメかよとツッコミたくなる時もあった。 しかし、それにしても美希の意見は突然すぎる。
「そして泉とハヤ太くんがくっつけば、ヒナもあの朴念仁のことを諦めるだろう!!」 「そっちが本音か」
なんというまどろっこしい作戦だ。 しかしそれを口に出してしまうあたり、美希もそこまで嫌な考えを持っているわけでもないのだろう。 純粋に泉を応援したいという気持ちもあるに違いない。
「まぁ、良いんだけどさぁ」 「どうした?」
煮え切らない理沙の態度に美希はどうしたのだろうと思う。
「なんでもない」
理沙は、そう言って美希と並んで教室へ。 自分でもよく分かっていなかった。なぜこんなにモヤモヤとするのだろうか。 泉は親友だ。その気持ちを叶えてあげたいと思う。けれど……。 消化不良な気持ちをぐぃっと腹の奥へ押し込んで、自分の机に向かう。 自分はどうしたのだろう。 思い浮かぶのは、泉とハヤテの後ろ姿。その光景が網膜から離れない。 知らぬ間に生まれ始めたその気持ちに気づくのは、理沙にはもうしばらくの時間が掛かる。
泉はハヤテを階段の踊り場まで連れてくると、少し怒った様な顔をした。
「あとで理沙ちん達に説明するの大変なんだからね。少しは気をつけてよぉ」 「あ、すいません」
その言葉を聞いてため息が出た。ハヤテは自分の仕出かした事を絶対に分かっていない。
「もう。それで、話ってなぁに?」 「仕事の依頼なんです」 「あーあ、やっぱりねー。そーだと思った」 「え?」 「なんでもないの。つづけてー」
一瞬がっかりしたように見えたのだが、なんでもないというのならそうなのだろう。 ハヤテは、女性にあまり深いことを詮索しないほうが良いだろうと思い、それ以上追求しない。 さっそく本題に入る。
「三千院の情報を集めてください。真偽不確かなものまでありったけ」 「……三千院?」
大財閥である三千院とハヤテがまったく結びつかないのだろう。珍しく怪訝な顔でハヤテを見つめた。 ハヤテは事情を簡潔に説明する。念のため、三千院家の人間の護衛を頼まれるかもしれない、という曖昧な言い方に留めておく。 相手が泉とはいえ、有名企業のご令嬢に迂闊な話は出来ない。何処から情報が漏れるか分かったものではないからだ。 しかし、泉の兄はプロの情報屋として活動している。 個人的な理由で泉の兄には会いたくないハヤテは、泉を通して仕事の依頼をしているのだ。 それに毎回付き合ってくれる泉は、ハヤテにとって非常にありがたい存在だった。
「ふえー。でもその話ちょっと変だねー」
話を聞いた泉は、顎にひとさし指を当てて首をかしげる。 泉はこう見えて勘が鋭い。普段なにも考えてなさそうで、物事の確信を突いてくる。 ハヤテは真剣な顔で、泉に次の言葉を促した。
「なぜですか?」 「三千院を守るのは近衛隊の仕事だからだよ」
泉いわく、公にはその存在が認められていないが、三千院財閥には近衛隊と呼ばれる集団がいるらしい。 彼らは一族の護衛を全て取り仕切っていて、重火器の使用すら許可され、戦力は自衛隊に次ぐほどのものだと言う。
「そんなマンガみたいなのがあるんですか……」
お抱えの軍隊とは恐れ入った。これが世界屈指の大財閥というものなのだろうか。 そう感心しながらもハヤテは考える。 近衛隊の事情に関しては泉の言うことに間違いないのだろう。泉の兄に任せればある程度の情報は手に入るはずだ。 表社会の情報を手に入れることに関して、彼ほど信頼に足る人物は他に居ない。 しかし、それなら尚のことナギの護衛を外部に任せるのはおかしい。不自然だ。
「誰から聞いた仕事なの?」 「大和さん」 「…………」
大和の名前が出たとたん、泉は口を噤んだ。 泉は大和にあまり良い印象を持っていない。それどころか以前、「私、あの人苦手かなー」と珍しく距離をとった事がある。 兄の職業柄、彼の噂を耳にしているからだろう。活躍すればそれだけ多くの恨みを買う。 悪評がゼロなどありえない。良い噂より悪い噂のほうが広がるのは、どこも同じ。
「ハヤ太くん。気をつけてね」 「大和さんのことですか?」
泉はこくりと頷いた。
「あの人に付き合っていたらいつか大変な目にあっちゃうかも、そうなったら私嫌だよ。今回の仕事だって、きっと凄く危ない気がする」
泉の勘はよくあたる。それは間違いない。 いままで泉が危ないと思った仕事は、ハヤテ自身回避してきた。そのおかげで首の皮一枚繋がったことも、すでに何回もある。 が、今回はあの大和からの依頼。受けないわけには行かなかった。 それでも、不安そうな泉の顔を見ていると決心も鈍る。 やっぱり受けなければ良かったかなぁと考えながら、ちょうど昨日の出来事を思い出した。
昨日はあれから大変だった。 ナギが言うには目薬は大和の指示だという。ハヤテが台所に立って背を向けた隙に、目にさしたのだ。 さらに、ハヤテの返事を聞いて驚いた顔をしたのは「こいつ単純だなぁ」という類のもので、俯いたのは笑いを堪えるため。 携帯ゲーム機を弄るナギの横で、ハヤテは頭を抱えていた。 騙された。完全に大和の策略にはまったのだ。しかし、いまさら断るわけにもいかない。 ハヤテは不満たらたらのナギに六畳一間の存在を説明した。
「ふぅむ。庶民とはすごいのだな。こんな狭いところで暮らしができるのか……」
物凄いカルチャーショックを受けているようだ。 ハヤテはこの少女と暮らすという無謀さをようやく実感していたが、後悔してももう遅い。 これからの同居人に再び自己紹介。
「僕は綾崎ハヤテ。よろしくね」 「その笑顔はやめるのだ。気色悪い」
まったく可愛げのない反応だった。 ナギはゲーム機を置いてハヤテのほうを向く。偉そうに腕を組んだ。
「私は三千院ナギだ。私のことはお嬢様と呼ぶのだぞ」
やっぱりか、とハヤテは思った。 そりゃそうだ。仮にも三千院の人間、使用人にも当たり前のようにお嬢様と呼ばれ育てられてきたのだろう。
「分かりました。お嬢様」 「む、やけにものわかりが良いではないか。なんというか、そう言われるのは慣れてなく……まぁいいっ。とりあえずそう呼ぶのだ」
ハヤテとしては、そう呼ばなければ話が進みそうになかったのでしたことだが、ナギは満足そうだ。
「さて、ハヤテ。もう私は疲れたのだ。用意をしてくれ」
用意って、寝床ということだろうか。 これからのことを思うと少し気が重たくなったが、ハヤテは彼女の希望に従う。 客用の布団などないので、ハヤテは押入れから自分の布団を引っ張り出し畳に敷いた。
「床で寝るのか……」
ベッド以外で寝るのは初めてなのか、ナギは苦虫を潰したような顔になる。 しばらく嫌そうにしていたが、眠気の方が勝ったのだろうか。 「まぁ許してやるか」と横柄にいい、口に手を当てて上品に欠伸をしてから布団にもぐる。 ハヤテはそれを確認したあと電気を消す。しばらくして、彼女の寝息が聞こえてきた。 なんと物怖じしない子なのだろう。ハヤテは本気で感心する。 初めての部屋。初対面の人間の目の前でこうも自然に振舞えるのかと、その豪胆さは自分の幼い頃とは比べ物にもならない。 ところで、一枚しかない布団は彼女に取られてしまった。自分は制服でも羽織って寝ることにしよう。そう思ってあることに気づく。 ボロボロだったんだ。 明日までに何とかしなければと考えて、ハヤテはヒナギクに連絡することを思いついた。 生徒会室に備品として制服があったはずだ。それを借りることができないだろうか。 ハヤテはナギを起さないように部屋の外にゆっくりでる。 立て付けが悪いドアは、それでもみしみしと大きな音を鳴らしたが、ナギは起きなかった。 ハヤテはホッとする。余程疲れていたのだろう。 結局、朝になってもナギは目を覚まさず、ハヤテはこっそりと部屋を抜け出し学校に来たのだった。
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