Re: Bitter Milk(短編集) ( No.3 )
日時: 2014/10/01 23:11
名前: 明日の明後日





「朝風、どうだ、今日」
「さすが先輩、どうもご馳走様です」

 仕事上がりの、そんな遣り取り。















           〜 甘いお酒を、もう一杯 〜















 行き付けの店に二人連れ立つ。奥の方のテーブル席へと案内されて、そのまま飲み放題を二人分オーダーする。
 まずは揃って生ビール。退勤後の一杯目にはキンッキンに冷えたコイツと相場が決まっている。
 運ばれてきたジョッキはどうやら冷凍庫から出されたばかりのようで、霜を立てながらも汗をかき始めていた。
 カチン。乾杯、とジョッキを交わして一気に呷る。麦の苦味と喉を刺激する強めの炭酸を勢いで嚥下する。
 杯が乾くと書いて、乾杯。文字通り、一杯目を一息に飲み干してゴトンと勢いよくジョッキを机に叩き付けた。
 その衝撃を感じ取ってか、一度胃に収めた炭酸が膨張し、逃げ場を求めてのど元へとこみ上げる。

「げふぅ〜」

 品のない音とともに、外へ吐き出す私を見て、先輩が何やらクドクド説教を垂れているが、そんな様子はどこ吹く風。
 次の一杯はどうするものかと考えながら私はメニューに目を走らせていた。

「そんなんだから彼氏できないんだよ」

 先輩は私に話を聴く気がないことを察したらしくどうにも呆れた様子で、余計な一言を添えて項垂れる。

「大きなお世話です」

 大体、自分だって彼女いないだろうが。





 課長が頭でっかちで企画が通らないだとか、パートのおばちゃんが偉そうで気に食わないだとか。
 どこにでもありそうな職場の愚痴を肴に酒も適度に進んで、おでん鍋を摘みながらそろそろ熱燗でも、というところで丁度話題が打ち切られ。
 数瞬の沈黙の後、先に口を開いたのは相手の方だった。

「なんでお前、彼氏作んねぇの」

 またその話題か、と思いつつも、慣れた質問でもあるので、いつも通りに返すことにした。

「周りを見てると、別にいいかな、と思っちゃって」

 周り、というのは旧来の友人たちのことで、ぼやかす必要はないんだけれども、そこはまぁ、なんとなく。
 ふーん、と興味無げな返答を返しながら先輩は大根に端を伸ばす。根堀葉堀、聞き出そうとしてくるよりは有難かった。

「あ、それ私がとろうと思ってたのに」
「奢ってやるんだからそれくらい構わんだろ」

 そんなんだから彼女ができないんだよ。





 その後、熱燗を二人でチビチビ頂いて、三合目が底を尽こうかという頃合。酒の席というのは時間の経つのが早いもので、店員がラストオーダーをとりに来た。
 何にしようか、最後だしソフトドリンクってのもありかもしれない。メニューと睨めっこする私を余所に、先輩は早くも注文を決めたらしく、

「カルーアミルクで」

 女子か。

「うるせ」

 お前はどうすんだ、と急かしてくるので、

「じゃぁ、私も同じので」

 カルーアミルクを頼むことにした。色々と吟味するのも面倒だし、たまには甘いお酒ってのも悪くない。

「なんだ、お前もか」

 馬鹿にしてたくせに、とこぼす先輩。

「私はいいんです、女子ですから」
「女子って年でもねぇだろ」

 悪戯な笑みを湛えながら指摘する先輩に少しばかり腹が立つものの、まったくもって反論の余地がなく。

「セクハラってことで、人事のほうに伝えときますねー」

 仕方がないので社会的立場を利用して優位に立たせてもらうことにした。
 とは言えども先輩の言も正論ではあって、いい加減、恋人、いやそれどころか結婚相手の一人や二人、見繕わねばならないところに来ているのかもしれない。
 やいのやいのとやかましく抗議する先輩を適当にいなしている内に、カルーアミルクが運ばれてきたのでグラスを受け取って一口呷る。

 甘いお酒はやっぱり少ししつこくて、口の中に残る気持ち悪さがあったけれど。
 たまにはいいんじゃないか、と。そう思えた。