#1 ( No.1 ) |
- 日時: 2014/06/21 21:36
- 名前: 春樹咲良
- 参照: http://soukensi.net/perch/hayate/myself/patio.cgi
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9月9日17時30分(日本時間23時30分)
「なぁ明智君、スウェーデンってどの辺なんだ?」 大きな窓の向こうで、まさに離陸して行く飛行機が見える。 美希はコーヒーを啜りながら、向かいの席で手帳に目を落とす秘書に声をかけた。 男女共同参画担当大臣として初めての外遊先であるスウェーデンに向かう途中、乗り換えのために降り立った某国の空港。 当初は短時間で乗り換えを行うはずだったのだが、乗る予定の飛行機にトラブルが見つかったらしく、ここでしばらく足止めを食らっていた。 もう小一時間ほどは、このトランジットルームで待たされている。 明智は顔を上げると、先ほどの美希の質問に対して、極めて事務的に、そして実にふざけたことを言い放った。 「幸いにも地球上ですよ」 この男の一足飛びの冗談のテンポに、美希もいい加減に慣れてきた。 仕事の点ではほとんど非の打ち所がないほどに頼りになる秘書だが、それ以外の会話では基本的に美希をからかうことに生き甲斐を見出しているとしか思えない軽口ぶりで、美希は毎回いいように言いくるめられている。 「そりゃ大臣の外遊先が宇宙だったら凄いけどさ」 呆れたように美希が答えると、明智はなおもふざけた話を続ける。 「天空の城的な意味で言っても、残念ながら地上にある国ですね」 「飛行機で行くからには海底ではないだろうと思っていたけど、そうか、地上か。安心したよ。地上のつもりで荷物を準備してきたから」 最近は同じノリで冗談に冗談を言い返せるようになってきた。 しかし、真面目な顔で放たれる明智の冗談に付き合っていると、いつまで経っても本題に入らない。 「で、この地上のどの辺に位置する国なんだ」 「ヨーロッパの北の方です。首都はストックホルム。面積はおよそ45万平方キロメートルで、日本よりちょっと広いくらいですかね。 どの辺に位置するかについてもう少し詳細に知りたければ、緯度と経度まで細かくお伝えしましょうか」 手帳を開いてページをめくり始めた明智を制して、美希は言った。 「どうせ聞いても分からないから、結構だよ」 いつも彼が開くのは何の変哲もない普通のスケジュール帳のはずだが、明智の手帳なら何でも書いてありそうな気がする。聞けば何でも答えが返ってきそうな、魔法の手帳。 「まぁそう言うと思って、僕もそんな細かいところまで調べていないんですけど」 「おい」 思ったそばから台無しにされてしまった。
冷めかけているコーヒーを一口含んでから、美希は再び窓を見やる。 駐機している機体を見るたびに、どうしてこんな鉄の塊が空を飛べるのかが疑問に思えてくる。 美希が知らないだけで、実は反重力エネルギーのようなものが既に実用化されているのではないか。 しばらく飛行機の行方を見守ってから、腕時計を見つめていた明智にそんな疑問をぶつけてみた。すると明智は呆れた声で 「飛行機が落ちない理由ですか? ――お客様の笑顔に支えられているからですよ」 などとぬかした。 ――明智がふざけた答えを返すのはいつものことだ。しかし美希はそんな明智の様子から、いつもと違う、いつもよりも僅かに投げやりな空気を、敏感に感じ取った。 問いに答えるまでの僅かな間。 美希をからかうつもりで言っているだけではない声のトーン。 他者に向けた侮蔑的なニュアンスをも含ませるような物言い。 しばらくすれば忘れてしまうような、些細なことだったかも知れない。 しかし、顔を上げずに答えた明智の言葉は、妙なしこりとなって美希の心の隅に残った。
それからさらにしばらくの時間が過ぎた。飛行機のトラブルは相変わらず解消の目処が立たないようで、結局代替便を用意する方向で話がまとまりそうだという。 一日目の到着が大幅に遅れることは確実になったため、夕食を摂りながら、以降の日程の調整を同行のスタッフを交えて話し合った。 今後のスケジュールが決まり、スタッフが席を外してから、二人だけになった部屋で明智が再び端的に説明してくれる。 食事をしながら重要な打ち合わせをするのは苦手なのだ。 「というわけで、元々そんなに多くなかったので、一日目の予定はほとんど次の日やその次の日に振り替えができました」 「その分、二日目以降が結構忙しそうだけどな。予定のキャンセルが無いのは良かったな」 「いえ、正確に言うと一日目夜の夕食会はキャンセルですね」 明智によると、飛行機の遅れで宿泊先への到着が夜遅くになるため、二日目の朝からの予定が詰まっていることを考慮した、やむを得ない判断らしい。 先方の大臣夫妻との会食が予定されていたそうだが、経済や外交のように国際協力関係の構築が大きな重要性を持つ分野というわけでもないので、実害はないだろうと美希は考えた。 どのみち、向こうの大臣とは翌日も会うことになっている。 「まぁ、確かにそうですね。夕食会のごちそうを食べ損なったくらいですかね、残念なこととしては」 「スウェーデンの料理って何か美味しいものはあるのか?」 明智がまた手帳を開きながら澱みなく答える。 「基本的には色々なスープが重要な位置を占めるらしいですよ。ニッポンソッパとか」 事前のリサーチが万全なことには感心しか覚えないが、いよいよ何が書いてあるのか分からない手帳である。 それにしても聞いたことのない妙な料理の名前だ。 「何だそれ。日本蕎麦?」 「ニッポンソッパ(Nyponsoppa)です。ローズヒップのスープですよ」 明智によると、北欧の言葉は独特の響きで、日本語に近い発音の単語も多数あるらしい。 「スウェーデンまで行って蕎麦を出されるのかと思ったよ」 「まぁ、いずれにせよ夕食会は中止なのでその心配は無用でしたが」 手帳を鞄にしまうと、明智が話を切り上げて立ち上がった。それに合わせて美希も荷物をまとめる。そろそろ代替便の搭乗準備が始まる。 「せっかくですから、二日目のお昼にでも取り寄せて食べてみますか?」 「何だっけ、ニッポンソッパ?」 「いえ、日本の蕎麦を」 「何でだよ」
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今回はここまで。
ちなみに、この物語の設定は2025年です。
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