Re: 新世界への神話 ( No.60 )
日時: 2010/05/10 18:04
名前: RIDE

更新します
少し長いかもしれません


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「ハヤテ君・・・・」

 なんとかそれを打開しようと、ヒナギクが気遣わしげに声をかけようとするが、それをハヤテが遮った。

「なんで・・・・」
「え?」
「なんで逃げなかったんですか!?」

 普段のハヤテとは違い、苛立ちをぶつけるような調子でどなる。その迫力に、ヒナギクは思わず身を竦ませてしまう。

「この場にい続けていたら間違いなく死んでいたんですよ!なのになんで僕を置いていかなかったんですか!?」
「けど私は、ハヤテ君が心配で・・・・」
「それも、生徒会長として義務だって言うんでしょう!?」

 それを聞いたヒナギクは、ひどく傷ついた。自分がここにいるのは、ただハヤテのことを思ってのことである。それを、自分の不本意ではない、仕事だから仕方ないというように言われ、余計なことだと切り捨てられ。普段のヒナギクなら負けず嫌いな性格から言い返しただろうが、真剣にハヤテのことを考えていただけに、それができないほどショックは大きかった。

「わ、私はただ、本当にハヤテ君のことが心配だったんだよ。生徒会長とかそんなの関係ない。ただあなたのことを心配していただけなのに・・・・」

 人前では決して弱みを見せないヒナギクは、完全に余裕を失っており、細々と零してしまう。

 と、それまで二人のことを見守っていたダイは、まっすぐにハヤテの元へと歩き出した。そして、近くに落ちていた氷の欠片を拾い、それをハヤテの頭に思い切り叩きつけた。

「えっ!?」

 殴られたハヤテだけではなく、ヒナギクも氷狩も遠慮のない一撃に唖然としてしまう。

「氷で殴られたんだ。これで頭の方も冷えただろう」

 そういう理屈ではないのだが、それを突っ込める空気ではない。

「よく見てみな、桂の顔を」

 言われたとおり顔を見上げたハヤテは、ヒナギクが切なそうな表情をし、それが真摯なものであるということにやっと気がついた。

「桂をこんな顔にしたのは、おまえなんだぞ」

 ダイはハヤテに厳しい言葉を投げかけた。

「おまえは兄貴のことにとらわれるあまり、周囲が見えていなかったんだ」

 ハヤテは図星を刺され、ピクッと身を震わす。

「それは今に限ってのことじゃない。おまえはいつも借金があるからとか運がないからとかで自分を過小している。だから、相手が抱いているおまえに対する気持ちがわからなくて、勝手に自分の中で完結しているんだ」

 ダイは俯いているハヤテを掴み、乱暴に自分の方へと向けさせる。

「自分の殻に閉じこもっているから、相手のことがわからない。つもりおまえは、自分のことしか考えられない、執事として、増しては人間としても最低だということだ!」

 そして、ハヤテの身体を地に叩きつけるように投げ捨てた。

「そんなおまえが、一人前のような口をきく資格はない!」

 ハヤテは痛みを感じていた。投げられたことによる体の痛みではなく、心の痛みだ。ダイの言葉の全てが染み渡っていた。

 彼の言うとおりであった。自分は周囲の人たちとは違う。ろくでもない両親のもとで育ち、大切な人を傷つけ、誘拐を企んだという罪を犯した人間なんだと。そう言い聞かせ、温情をかけられるべきではないと自分ひとりで頑張ろうとした。ナギの執事となってからでもそういった心境でいて、金持ちの人たちと自分は違うものだと自分勝手にそう決め込んでいた。だがそれは、相手を見くびっているということをハヤテは理解する。

 幼いころからの思い出の少女、天王洲アテネに対しても、自分が力をつけたと思いこんでは調子に乗って、うまくいかなかったからというだけで相手につらく当たり、相手の心中は何なのか再会するまでわからなかった。それらもすべて、自分の思い上がりによる事であったのだ。

 自分がとても卑しい存在に見えたハヤテは苦しみ、泣きそうな表情で自らの体を抱きしめた。

「高杉君、言い過ぎよ!」

 ヒナギクはそれまで黙っていたが、さすがにダイの言葉は酷だと感じ、ハヤテを擁護しよ
うとした。ダイはそんな彼女にそっと囁いた。

「おまえもいつまで自分の気持ちを抱え込んだままにしてんだ?腹の中にためこんだままに
しておくから余計に悩むんだろ」
「なっ・・・・!」

 なんでそんなことをとか、今は関係ないこととか言おうとしたが、反論を許さないようなダイの眼差しの圧力に負けたヒナギクは口を閉ざした。

「あの五人の陰鬱の使者たちは、雷矢に召集されたと言っていた」

 彼らから離れたところで様子を眺めていた氷狩が二人に話しかけてきた。

「奴らの実力を見る限り、陰鬱の中でも最強クラスだろう。雷矢は戦闘態勢を完璧に整えたというわけだ」
「だから、おまえたちにも協力してもらうぞ。戦いまでは、そう時間もないだろうからな」

 沈んでいるハヤテとヒナギクにそう告げるダイ。一般的にみれば過酷なようで、そこまでの仕打ちを行う必要があるのかとも思われるが、ダイはこれでよいと思っていた。これは単なる説教のためではない。あの雷矢と戦うには、より一層強い心でなければ勝てないどころか、二人では死んでしまうかもしれないという恐れがあった。

 二人にとってはここからが試練であった。乗り越えられるかどうかはわからないが、あとは自分たち次第だということで、ダイは氷狩を促し、暗く落ち込んでいるハヤテとヒナギクを残してこの場から去って行った。

 二人、とくに絶望に打ちひしがれたハヤテは意気消沈としてしまっていた。何をすべきなのか、これからどうするか行動さえ思い浮かばず、しばらくはただそこでじっと動かずに留まっていたのだった。