secret nightmare【4】 ( No.6 )
日時: 2013/07/03 16:44
名前: 春樹咲良

monthly


時々,全てを見透かされているのではないかという気になって,恐ろしくなる。
あなたの眼差しは,いつも優しく,いつも平等で――
だからいつも,私は苦しい。
――私には,眩しすぎる光。





朝から身体は明らかな不調を訴えていたが,昼を過ぎてからは体調は悪化の一途を辿り,放課後,時計塔に着いた時には,ほとんど倒れこむようにしてソファに横になった。
体が重い。腹の底に鉛を溜め込んだみたいな鈍痛が,全身の倦怠感につながっているようだ。
不調の原因ははっきりしているが,それにしても今日は例になく症状が重たい。そして間の悪いことに,こんな時に限って薬も切らしていた。
今朝から言ってみれば気力だけでここまで何とか乗り切ってきたが,まだ残っている仕事の山を見ると,いい加減音を上げたくなってくる頃合いだった。

ふと耳を澄ますと,こちらに近づいてくる足音がした。
むくり,と起き上がり,乱れた髪を整えながら,今は誰にも会いたくないんだけどな,と思っていた。
会いたくない,会いたくないと思っている時に限って――
「ヒナギクさん,居ますかー?」
――やって来るのは,出来れば今は一番会いたくない人だ。
「何度も言ってるけど,ノックしてから入りなさいよ」
振り向かずに無愛想に答えると,ハヤテ君は申し訳なさそうに
「すみません,いつも気をつけようとは思っているのですが」
と言った。この人がノックもせずに扉を開けるせいで,一体何度着替えの最中を目撃されてしまったか分からない。
「いつも気をつけて私の着替え中にドアを開けているのかと思ったわ」
「そんな,人聞きの悪い。ピーピングトムの趣味はないですよ」
「『着替え中の生徒会長』を白皇学院の名物扱いしようとした人が言うセリフとは思えないわね」
この辺りで止めておかないと,今日は皮肉に歯止めが効きそうにない。
「まぁ,いいわ。ところで……」
と口にしたところで,思いとどまった。「頭痛薬とか持ってない?」などと聞いてしまっては,自分の窮状を知らせることになってしまう。変に勘がよく,そして絶望的にデリカシーのないハヤテ君のことだ,どんな天然無神経が発動するか分かったものじゃない。
場合によっては殴り飛ばすどころか絞め殺したくなっても不思議ではない気がする。
「……何でもないわ」
ハヤテ君は一瞬怪訝そうな顔をしたが,すぐに用件を済ませて出て行った。途中からいつもの机に頬杖をついて対応していたが,ハヤテ君が出て行くと同時に,机に突っ伏した。

やはり今日はいつも以上に重い。原因として真っ先に思い浮かぶのはストレスだが……まぁ,確かに環境は随分変わった。自分ではうまくやり過ごしているつもりでも,少しずつ溜まったストレスが,こんな形で自分に降りかかってくるとは思っていなかった。
弱気になりそうな自分を,なけなしの気力で奮い立たせようとする。まだこんなに仕事が残っている。少しだけ休めば,何とか動ける。月の障りごときで執務不能に陥るようでは,由緒ある白皇の生徒会長の名折れだ。
そんなことを考えているところへ,ノックの音が舞い込んだ。
どうぞ,と答えたのとほぼ同時に開いたドアのところに立っていたのは,帰ったはずのハヤテ君だった。
「何よ,まだ用事?」
露骨に嫌な顔をしてしまった気がする。ああ,嫌だな。こんな自分は,本当に嫌だな。
「いえ……すみません。ここのところ少しお疲れのようでしたので,差し入れでもと思って。ここに置いておきますね。お邪魔してすみません」
それでは,とハヤテ君は私に返事をする暇も与えずに,部屋を辞した。
一人取り残された私は,「何なのよ,一体」と悪態をつきながらハヤテ君が置いていった「差し入れ」を確認する。
「差し入れ」はドラッグストアの袋に入れられていた。最寄りの店舗でも,白皇から割と距離のあるところではなかったか。このわずかな時間で往復したというのだろうか。相変わらず,常人離れした身体能力だ。
袋の中身は,夏みかんのゼリーとお茶,そして――頭痛薬だった。
やっぱり,気づかれていたのだろうか。人に対する気配りにかけては右に出るものが居ないと言っていいハヤテ君のことだ,私の不調に目敏く気づいたのは,そこまで驚きではない。私も,余裕が無さすぎていつも通りに振舞えていなかった。
私の不調を頭痛によるものと考えて買ってきたのか,或いは――
どちらにしても,この状況では有り難いに違いない。ただ,それでもなお貰った薬を服用するのをしばらく躊躇った。ここでこの厚意に甘えてしまっていいのか?
厚意と好意を都合よく取り違えようとしているわけではない。元々の性格からくる意地っ張りだ。

「女の子らしさ」と無縁,とは言わないまでも,それをほとんど意識することのないまま,長く過ごしてきた。生来の負けず嫌いで,小さい頃から随分男勝りに育ってきたし,大抵のことでは男に負けることもなかった。ほとんどのことは努力でどうにかできることだったし,そのために自分を高めるのが楽しかった。
それでも,いや,だからこそだろうか,自分が女に生まれたことを疎ましく思ったことは,一度や二度ではない。自分ではどうにもできないところで,私は女という性を生きなければならないのだということを,そのたびに受け止めなければならなかった。
年齢を重ねるに連れて,少しずつ折り合いを付けられるようになってきた。今の自分の性格は,性差を特別意識してのことではないつもりだ。
それでも,自分が弱っているところは,出来れば誰にも見られたくない。ある意味,着替えを覗かれるよりもずっと恥ずかしい。

頼ってしまったら,引き返せなくなりそうだと思った。
弱い自分を認めてしまうのが怖かった。他の誰でもなく,ハヤテ君に守ってもらいたいと思っている私が,どうしようもなく悔しかった。
「……本当に」
ビニール袋を胸に抱き寄せて,自分に言い聞かせるように呟いた。

本当に,素直じゃない。


-------------------------------
横滑りしつつある作風を更に迷走させるなど。ややネタ切れ気味です。
リアルの都合で,次はあるとしても週明け以降になりそうです。
感想への返信は極力させていただくつもりですが。

ここの読者層を考えると,少し躊躇うようなテーマで書いてしまいましたが。
コメントしづらい。ヒナギクってどんな子どもだったんでしょう。