Re:第三話『炎上ライター』 ( No.6 ) |
- 日時: 2012/10/24 18:12
- 名前: 迅風
- 水曜日。発売されたサンデーをぺらぺらと読み上げて。
水繋がりの水蓮寺さんが全キャラ中でとんでもなく大胆な事を成し遂げた辺り、「ああ、この子は今までの子らと違って素直ロードまっしぐらだにゃー」と感想を抱きながら。
アニメはアニメで水蓮寺は今何処にいるのかねと推測しつつ。
さぁ波乱万丈そいやそいやな気分の私!!
というわけで第三話どっぞいっ!!←
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第三話『炎上ライター』
1
広大に広がる水の大陸。激しく響く断続的なモーター音が無粋に思えるのが本来で。この磯の香りを出来得る事ならばじっくりと楽しみたいと言う感情も湧き上がる空間。
黒塗りの漁船(※に見える)は大海を群雄闊歩する次第。
弾ける水飛沫を後ろへ後ろへと噴出しながら白い波立て進んでゆく。
諸君は『海』は好きだろうか?
青い海、眩く太陽、白い雲。なんていう常套句を考える様に、海は大人気だ。夏場と言う季節に於いて、それらは実に凄まじい魅力を発揮している。海岸に於いては暑苦しい日差しすら心地よく思える程に海は輝く。
そんな魅力を感じうるのだろう海は雄大だ。
ただただ伸び伸びと広大に広がる海辺へ思い切り飛び込んでみれば一瞬の浮遊感を突き抜けて冷たい世界が眼下に広がり行く。天上世界に広々と広がる雲を突き抜ける瞬間の心地よさと果たしてどちらが素晴らしいのか等と想像は膨らんでゆく。
潜った世界から息を吐き出す様に大きく息を吐き出す瞬間に味わう塩辛さもこれまた一興、乙と言うものだろうか。
燦々と降り注ぐ陽光の下さっと手をかざしてみれば、ああ夏だ……と感慨深く青春謳歌するも良い話。
諸君、海は好きかい?
綾崎ハヤテはそんな事を誰とも知れぬ人々へ問いかける。
そんな彼としては一つ言っておきたい。
海はね――夜はすっごく怖いよ。
とんでもないや。穏やかで尚且つ爽快な蒼海を眺める真昼と違いて夜中に於ける海原の恐ろしさたるや。漁師の皆さんが『キェエエエ!! サイレンが鳴ったら外に出てはならぬぅっ!! サイレンが鳴ったら外に出てはならぬぅっ!!!』と言う発言をするのも納得得心行く話である。
何故かってさ。どこまでも黒いんだ、と呟く綾崎。
現在の海はまさしく暗く黒く、意義こそ違えど黒海と呼んでしまいたくなる光景としか思えなかった。青々とした海は何故こうもここまで黒く染まるのか。
理屈的にはわかる。海は本来無色透明ほどほど近く。
光の関係性に於いて蒼く見えると言うだけで。当然ながら光が途絶えれば、夜の闇をなお色濃く映す存在と化すだけの話。
昼夜。
単語にしてみればたった二文字だと言うのに、世界がまるっきり逆転する様な現象を内包する辺りに改めて驚きを隠せないものだ。
だがまぁそれはいいのだ。
それはよしとして――、
「…………風が冷たいですね……五十嵐君」
「……そっさなこんちきしょー……。潮風が肌に痛いぜ……」
濁りきり死んだかの様な瞳でぽけーっと黒い海を眺めている、風に身を吹き付けられる二人は覇気のない声で小さく呟きを零した。
何故、こんな事になったんだろうねー、と思いながら。
「……せめて中に入れてもらいたいねー……」
「暖房器具何か求めねーから、室内を求めたいぜー……」
この現状――。
表せば『ロープで漁船のマストに括り付けられる』と言う状況。何ですかコレはと最大級のツッコミを果たしたいが、生憎な話そんな余裕無いんですよな話だ。
吹き抜く風の冷たさ。厳しさ。
そして逆さ宙吊りにぶら下げられて、すでに頭に血は上り放題だ。
「……僕ら死にませんかね、五十嵐君」
「どだろうなー……。臓器提供の事を考えるといっそ死んだ方が楽かもしれなくね、とか末期な事を考えたりするぜ、こんちきしょー……」
「最後まで希望を捨てちゃダメですよ五十嵐君……」
「悪いな綾崎。希望なんて気泡のごとく弾け散ってしまいそうだぜー……」
少年二人。
すっかり夜も更け黒き海原と化した水の大陸を突き進む漁船(に見える)の中、一本支柱のマストのずーっと上部、最上部に於いて彼らは太いロープにより自由と言う名の尊い特権を剥脱されて不自由と言う名の浮遊状態にある次第であった。
何故こうなったのか。
あの逃亡の後に――逃げ切れるんじゃないかな、と抱いた一縷の望み。得てして、そんなもの淡い幻想に過ぎないと言う過去を思い起こしながら。
それは今から数時間前に遡る話である。
2
「はっ、はっ、はっ……!!」
口から断続的に吐き出される吐息。一二月何ていう肌寒い何て具合じゃなく実際、寒いと形容出来て止まない赤と白の衣装を身に纏ったおじいさんが次々に住居不法侵入をしていると有名な月。
生憎と『悪ガキの相手はワシもこの歳になると体がもたんでのう』と言ってはいい子悪い子を選別するプロフェッショナルさんとは綾崎は縁遠い話だ。
そもそも過去に『お前の家は貧乏だから行かないよ』と告げたサンタ等に彼自身も今後一切会いたいと言う感情は得てして湧かず。
今現在は赤いサンタさんの到来を失って黒い三人に追われる始末。
神様、クリスマスイブって何でしたっけと問いかけたい。
(……何で僕は世間一般には素敵な日に擦った揉んだの末に敵作られてるんですか……!!)
アルバイト帰りにとんだ現実を突き付けられたものである。
とはいえ、件のアルバイトも親の首尾よく首となって、出費一七万円、親の趣味にて奴隷出展、挙句にはすっ飛んだ逃走劇である。良い事等何一つありはしない後半戦だ。
「ひょっとして僕、前半に運とか使い果たしてるんじゃ……?」
逃亡を続行しながら黙考に入る綾崎。
「今日は客観的に見ていい事したから、いい一日にくらいはなるんじゃないかな〜……くらいに淡い期待をしてたんですけどね……」
むしろ先程などいい一日どころか女の子とぶつかって半ば押し倒す様な体勢なってしまい謝罪の繰り返しを行った程だ。自分よりも若干、薄い色合いのふわりと外側へ広がる髪型をした真紅の瞳の可愛い女の子だったか。顔は焦っていて良く見えてないが。
「良かった……。本当、良かった……『平気だから気にしないで』って言ってもらえて……」
痴漢、犯罪者に思われなくて救いである。
彼、個人としてはむしろ顔を伏せたまま何か悲壮な程の覚悟を認めて銀世界の地面に落ちていた握りしめた様な一枚の用紙を持って、そのまま静かに歩いて行ってしまうというやけに印象に残る光景に他人事ながら心配になってしまいもしたが。
その他人に構う余裕も無いので声が聴こえたが同時逃走再開と言う格好悪さに嘆きを感じたのが無性に悔しくもあったが仕方がない。
それとは別に、と呟いて。
綾崎は先の一件とは多少事情の異なる記憶を思い出しながら、
「……ったなぁ……」
思わずこぼれ出た様な感嘆の息を零しだす。
極論告げれば、その件の話は綾崎の自転車便が成し得た功績の途中経過並びにその前の事になる話だが些か長くなる故割愛する話である。
今日一日の美しき思い出浸るも芳しいのだが現在の綾崎にその余裕は許されなかった。
『待てや綾崎ぃいいいいい―――――――――――――――――!!!』
単純明快。追い掛けられている現状で甘酸っぱい過去に浸る暇などない。
何処の世界に『今日とっても可愛い女の子に逢って何かテンション上がるな〜』と言う事を考えながら人生の一大事から必死で逃げる若人がいるものか。
そんな事を内心吐露しながら綾崎は駆ける。ただただ全力での疾走だ!!
現状を有利不利で告げるならば答えは明白。
『学館組』の三人が如何に追い掛けて来ようとも追い付ける道理はない。単純な足の速さに於いて戸原らに勝算は無いと言って過言では無い。借金取りうんぬんから長年闘争を続けて結果逃走に至り続けた親子は舐められないものだ。特に命までかかればなおの事。
――が。
その理屈道理な言い分も些か力不足と言う事が存在する。
世の中にはこういった諺があるのだから。
『勝負は時の運』。
意義は明白であり、勝ち負けは、その時の運、不運によるもので、力の強い方が必ず勝つとは限らないということ。即ち『人生何があるかわからない』話なわけで。
しっかりと整備された歩道を走り抜き、いざ雲隠れよろしく上手く逃げ遂せようと考えている少年の前に中々に無慈悲な現実は突きつけられる。
「誰かっ、誰かっ、助けてっ!! 娘がっ!! 娘がまだ中に――――――――!!!」
「…………」
そんじょそこらの無慈悲じゃあなかった。
綾崎は内心で叫ぶ。
(何でだぁよぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 何で目の前で今まさに家一棟、火災に見舞われてんですかぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)
眼前に広がる光景はいやはや中々に野次馬集いそうな光景ではある。
相応に立派な家宅。玄関付近に見える『〜野家』と言う高級感溢れる黒い表札があるのだが生憎と何故か文字部分が壊れていて見えない。しかし火の回りは異様に早かった。業火とも形容して遜色ない様に思える程に火の手はメラメラと家屋を包み込もうとする。
(何でこんな時間に火事になってるの!? って言うか何この降って湧いた様な急ピンチ!? ああ、お母さん号泣してるしっ!! 火煙の中から娘さんと思しき女の子の母親呼ぶ声も聞こえてくるしっ!! 何これ、どうしたらいいの!?)
綾崎の脳内は混乱に至る。
バチバチと何かを焼き尽くす炎の調べ。辺り一面、冷え切った世界と真白い銀世界が包み込むにも関わらず、此処だけ異様な熱気に包まれていた――物理的に。しかし、彼の身体もまた異様な熱気にすでに包まれている――命のピンチと言う名の。
そして追手はすぐそこまで近づいているのが事実。
第一、燃え盛る炎相手に――ここまで燃え盛る炎相手に何が出来るのだと内心で呟きながら綾崎は路上の雪に体を埋めては物凄く寒い想いをしてみたりする。
そう――こんなの消防士か誰かに任せる話だ。
少なくとも現在進行形で『こっちも命の危機張ってるんですよ』な状況でそんな事にかまけている余裕等あるはずもない。
「よーし、分かりました。余裕ないもんね!! もういっそ二つ三つ追い込まれても大差ないですもんね!! 余裕綽々にムシャクシャしながら行動サクサクと頑張って、最後はくしゃくしゃに顔歪めて捕まってやらぁいっ!! うわーん!!」
という事で家宅侵入です。
赤い白髭老人ならまだしも、水色の髪した一般少年が家宅侵入は犯罪だや、あっはっは、と壊れた笑いを零しながら雪で濡れた体を必死に動かして内装の見た目にもはっきりとしている豪華な室内を懸命に走って声する方へと走る。
自分の家とは違う何LDKなのかわからない家の廊下を走りながら、壁に立てかけられた家族写真と思しきものが悲しい哉、火の手に蝕まれる姿に他人事とわかりながらも無性な虚しさを感じ入る。写真に写るおそらくは白衣来たお父さんの顔に落書きがされていて『やくそくまもらないバカだでぃー』と言うのにどう反応すべきか悩みながら走る。
そんな事を考えながら綾崎の足は階段を一気に駆け上り、子供部屋へと侵入する。
部屋の隅っこでけほけほと咳込みながら涙を浮かべるポニーテールの髪型した少女を見つけるや早く「もう大丈夫だよ!!」と告げて駆け寄る。近づいた瞬間に「……だれ? ひんそうな顔のおねーちゃん……?」と言う不思議そうな顔を浮かべる少女に対して綾崎は物凄く、本当に物凄く複雑な感情を抱きながらも「……あ、うん……。助けにきたよー……」と覇気のない声を洩らす。
何だろう助けに来たのにむしろ助けられたいのは自分に思えて来たりする。
等と不毛な事を考えながらも綾崎は少女を背中に抱き上げると一目散に走り出す。彼が急く理由は明白で。外部から見た時も火の手の回りが速い、と言うのは認識していたのだが本当に異様に早い為にこれ以上留まるのはキケンと判断する。
どうにかしてでも逃げ遂せねばならない。
特に女の子に火傷でも残ったら大変だ、と内心で呟きながら走る綾崎の眼前を岩石が転がり落ちるかの様な音を響かせて上から焼かれて支えを失った天井が落ちてくる。
「くっ」と言う短い呻きを零しながら流石にまずいと意識する。
こうも四方八方炎に包まれるとか自分の不幸を嘆きたくもなる話だ。
このままだと自分も危ないが、この子をどうしようもないのではないか――そう考えた時であった。
「綾崎っ!! おい、無事かっ!!」
「なんと……!!」驚きに目を見張りながら「『学館組』の皆さん何故ここに!?」
救いの手何だかわからない三人が現れる。
「うっせい。売り物が焼死体になるとか貸した金どうする気だこの野郎めが」
「それが目的!?」
「当初から目的はそれだっつの、なー兄貴!! 女の子がうんぬんって言われてわき目もふらずに駆けつけたのは事実ですが!!」
「黙れい!! 普通、駆けつけるだろ、こういう時は!!」
「綾崎はどうすんですかい、と言う五城目を叱り飛ばしてどっからか水調達してきて自分が被って突撃した際は何時の時代だと思いましたがね……」
「黙るんだ柏木!!」
「へーい。まぁいい、綾崎体が無事なようで何よりだ」
「売る気満々心配の部分に凄く喜べませんが一応感謝しときます。絶対捕まりませんが」
「御託はいい。お前ひとりならどうにかなるだろうが、その子いたらマトモに動けねぇだろう。こっちに渡せ、必ず傷一つなく外に出す」
そう告げて燃える木材によって阻まれた前方、空白の上部分から手渡しを要求する戸原。綾崎もそれに相違ない。自分一人なら『窓を割ってトゥと離脱』は簡単な事だが、この子を抱いた状態ではそれも難しい。ここは三人に任せようと判断した綾崎はすぐさま「気を付けてくださいね……」と慎重かつ迅速に女の子を抱き抱えて渡そうとする。
「よし受け取れ柏木」
「……え? ……あの、何で俺……?」
「「俺達二人だと泣くだろう絶対」」
「いや、俺も顔に傷付きですし泣くと思うんですが……」
「「じゃああの子に顔が怖いって泣かれて、俺達は心で泣いてもいいってのか!!?」」
「そんな鬼の形相で言わなくても!?」
確かに厳つい。兄貴分の戸原。舎弟の五城目。この二人はヤクザ、と感じる程にそれ相応の顔立ちをしており、確かに小さい女の子泣くだろうコレと言いたくなる。対して柏木は顔立ちは整っておりイケメンな為にまだマシなのではないかと思えてくる。
顔の傷もむしろ格好よさ誇張ではないか。
わかりましたよ……、と呟きながら柏木は渋々といった様子で「ほれ、綾崎。こっちだ」と呟いて少女の小さな体を両腕に抱く。そうしてなるべく心配させまい、と出来るだけ優しい笑みを浮かべて「もう大丈夫だぞ、嬢ちゃん」と呟くと。
「…………」少女はぽけーっとしながら「……カッコいい……」
瞬間溢れる殺意!!!
柏木はぞくっと震える背筋を感じたらーっと冷や汗を流しながら殺意を込めて柏木を見つめる戸原、五城目、何故だか綾崎の視線を背中で受け止めながら、
「……まだ子供ですし……」と呟く。
「憧れのお兄さん的立ち位置を確立したであろう男が何を……」「イケメン爆ぜろ……」「僕なんかひんそうな顔のお姉ちゃんなのに……」
あれ? 何か味方いなくなってね? と柏木は思った。
何か凄く理不尽な流れで味方の見方が変わった様子でアウェーな状況と化したと悟った柏木はしばし「ふむ」と唸った後に「あ。じゃあ火の手も忙しいんで俺はこれで」と呟いて猛然と玄関向けて走った。
そんな柏木を「待て柏木!! 話はまだ終わってねぇぞゴルァ!!」「俺にもモテオーラを分けてくだせぇ!!」と言う叫びで追い掛ける。
何だろうコレ、と思いながら綾崎は火中の真っただ中何となく考える。
「綾崎!! お前も話まだなんだからさっさと脱出したら捕縛に来い、いいな!!」
「それはヤですよ!!」
と言う不毛な会話をした後に「よし、僕も急いで逃げなくちゃ……!!」とくるりと振り向くと部屋の一角。窓部分を一瞥する。よし、あそこから飛び出せば、と考えて走り出した綾崎だった。
その時だ。
彼が崩落した天井の瓦礫に押しつぶされたのは。
――気付いた時はすでに体に軋みを感じた。
火の手は記憶の時と左程変わっていない。瓦礫が増えた以外は。恐らくは意識を失っていたのは二、三秒の世界だとはわかるが、それがわかったところでどうしようもない。
「ぐっ!! つぅっ!!」
ぐっぐっと懸命に足を引っ張る。しかし抜け出せる気配は感じられなかった。
崩れ落ちた天井の重圧とその上の階に於いてあったスポーツトレーニング用品、鉄アレイ含めてマッサージチェアまで諸々圧し掛かっているのだから。
「何さこの最後ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」
爆笑でもしたらいいのか。
何故にピンポイントに重いものばかりが押し寄せるのだろうか。人並み外れて腕力もある綾崎だが如何せん重量が重すぎる。そもそも足が押し潰されていない頑強さの時点で褒めるべきだろう。
しかし足を止められては綾崎に脱出の術は無くなった――それが事実だった。
燃え盛る炎の中で外からの声が聴こえる。微か。本当に微かだが『綾崎』という単語に含まれて『あの中に男の子が一人』と言う声も聞こえる。今度は自分がピンチの子か。そう考えると(何やってるんだろうな、僕は……)という情けなさが若干押し寄せてくる。
「本当。助けに来た奴がむしろ要救助とか色々感慨深いよね」
その声が聴こえたのは突然だった。
先程まで誰の気配も感じなかったのに、その高い少年と思しき声は唐突に響いた。それと同時に体にぐんっと自由が戻る。脚を抑え付けていた重量が途端、一気に消し飛んだ。何事だろうか、と内心で凄まじい速度で混乱が駆け巡りながらも足が自由になった綾崎はふっと立ち上がれば背後を振り向いた。
「……誰……?」
そこにいたのは一人の少年と思しき人物だった。
年齢は自分と同じくらいだろうか。印象は全体的にすっごい暗い。どよんという印象ではないのだが惹き込まれる様な暗さを感じる。服装はパーカーで長髪。深くパーカーのフードを被っている為だろう、目元は見えない。
そんな少年は綾崎に対してこう告げた。
「良くあるよね」
「……え?」
「良くあるよね」と呟いて「川なんかでさ。子供が溺れて助けようとする側が死んでしまうっていう話。父とか通りがかりの男性とかさ。悲しい話だけど」
「え、あ、うん……」
確かにそう言ったニュースを街中のテレビで何度か聞いた事はある。
助けようとした側が助けたはいいが死んでしまった。または助けられず、そのまま皆死んでしまった。子供だけが自力で助かった、というのを訊いた事がある。
「それと似たり寄ったりだぞ」少年は淡々と「助けに来た事は称讃しよう。喝采しよう。拍手しよう。しかしだ。助けに来て挙句、自分の方が死にかけるなんて阿呆め」
「うぐっ……!!」
「近くを僕が通りかからなかったらどうなってると推察する。判別する。断定する。全く持って危険な話だ」
「それは本当に……あ、ありがとうございます……」
それで、と呟いて。
「……結局、貴方誰なんでしょうか……?」
「通りすがりの少年A」
「すっごい適当な自己紹介ですね……」
「ここで真面目に自己紹介する気かお前? 頭から欠落したか。消失したか。忘却したか。お前……ここどこだと考えてる」呆れた様子で呟きながら「もう窮地ここに極まれりだぞ」
周囲はメラメラ燃えていた。以上。
「逃げ場なぁああああああああああああああああああああああああああい!!!!」
「長話したからだな」
「すいませんでしたねっ!!」
「ちなみに僕が入った後に玄関炎上激しいから出られないぞ」
「ご指摘どうもっ!!」
「そこの窓もあまりの高熱に金属部分が凄く熱いだろうし」
「ちょっと触れただけで指が火傷寸前ですよっ!!」
「床からもメキメキ鳴っているな」
「多分、二階そのものがもう持たないんでしょうねっ!!」
「どうする気だ?」
「僕としては君自身もピンチなのにそんなに落ち着いているのが不思議ですがね!!」
「安堵していい。僕は自力で脱出するから気にするな。作戦無用に飛び込んで死にかける奴らとは違うと自負する。さらばだ」
そう言うとフードを着た少年は名前も顔も示す事なくスタスタと歩いて行って、どうやったかは知らないが出入り口扉にあった瓦礫をどかしたであろう――そこから廊下へと出て行ってしまった。
そんな彼を綾崎は「ちょ!? 方法があるのなら僕も一緒にお願いできません!?」と叫ぶも「何でも他人に頼っていては成長は出来ないぞ」と大人な返しをし「今はそういう状況ではないん気がしますが!?」と声を上げるも「生憎、一人様だ。お一人様限りなんだ」という声を最後に少年との会話が無くなる。
まさか本当にさくっと脱出したのか、と冷や汗流しながら考えつつ。
ガラガラーっと崩れ落ちる瓦礫。燃える周辺。
その光景を何となしに見守りながら綾崎はふぅ、とため息を吐き出して。
「けっきょくっ、コレかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
絶叫を放ちながらまさしく言葉通り。
『窓を突き破って脱出』を果たすのだった。壊れるガラスの破片が数個肌を切り裂く感覚を身に浴びながら肌を切り裂く痛みに堪えながら『てへっ☆』と言って全部無かった事にしたい衝動を抑えながら――綾崎ハヤテは火を掻き分け風を切って大地へと転がり落ちた。
そんな綾崎の転がり落ちる姿を見て、すぐさま駆けつける面々がいる。
恐らくは服装から察するに珍しい事にレスキュー隊のものと思える。こう一般火災の時は消防隊じゃないですか、とか何となくどうでもいい事を考えながら、綾崎は複数のレスキュー隊員達の応対の的となった。
体が大丈夫かどうかを確認してくれている様子だ。
一人の隊員の「驫木(トドロキ)隊長。少年は脚部を少し怪我しており、また……」と細かな事を隊長と呼ばれた男性に伝えているのが聞こえてくる。
その声を訊きながら何だかんだ助かったんだな……と夢見心地で呟く。
あのパーカーの少年の姿は何処にも見えない。もう帰ったのかな、と考えながらレスキュー隊員が渡してくれた飲み物を感謝しながら口に含む。
「んじゃ、喉が満たされた所で病院行くぞ綾崎」
「あ、はい。お手数かけま――……」
厳つい声に反応する綾崎の声が止まる。自分の肩に手を乗せた男性の顔を見ながら「は、ははは……」という乾いた声がこぼれ出る。
そんな彼の表情を見ながら、
「脱出ご苦労さん」
「それほどでもありません」
「だが生憎と別の場所が待ってるんだな、これが」
「脱出率はここより低そうですね、何となく」
「わかってるなら話は速いな」
「今、件の病院へ搬送するのは人目に付き過ぎるとか考えません?」
「安心しろ、知り合いで病院へ連れてく的な事を柏木に言わせたから」
「便利ですね柏木さん」
「現在は『お嫁さんになる〜♪』と言う無邪気な声と格闘中だがな」
「イケメンですし仕方ないんじゃないですか?」
「分かってるな綾崎」
さて、と呟いて。
「時間(お前の命運もここまで)だな」
「すいません。括弧内の言葉に物凄い恐怖を感じるのでちょっと病院行ってきます」
「安心しろ、寒気なんて今から行く病院へ絶望に塗り替えてやるから」
「全く安心出来ませんねぇ!!」
「はっはっは。まぁ諦めろい、綾崎。それにお前だけじゃなく、お前と同じく体で支払う事になった五十嵐って野郎と可愛い双子の女の子等々、いるからな。寂しい想いだけはせずに済むぞ終焉の時まで」
「最後の一言が凄い嫌だぁっ!!」
「ああ、そうそう。現在、助けた女の子はお袋さんと柏木と一緒に病院で診てもらってるから安心しろ」
「僕も診てもらって来ていいですか? ちょっと火傷したかも……!!」
「大丈夫だ、火傷なんか気にならなくなるくらい向こうでズタズタに裂かれるっての」
「大丈夫じゃなぁいっ!! それ全然大丈夫じゃあないですよねぇ!?」
「ウダウダ言ってねぇで観念しろ、綾崎」
そう言いながら戸原はポン、と綾崎の肩に手を置いてぐいぐいと近くに用意したであろう黒塗りの車両へ無理矢理乗せると「おいおい、綾崎、自分は大丈夫なんて強がり言ってないでしっかり病院行くぞ!!」的な芝居をして救急隊を欺きつつ「誰か助けっむぐっ」と綾崎の口をさり気無く制止つつ。
さぁて、と呟いて。
「楽しい船旅でも満喫するんだな」
その一言にどれ程悪魔じみたものを感じたのだろうか。
戸原の次の一言を訊いて綾崎は「さようなら……」と誰に発したでもなく涙ぐましい切実な泣き叫びの悲哀の籠った悲壮感漂う言葉を零した。
「まぁ……海原じゃなく三途の川を渡ると思うがな」
人生終了。
そんな四文字が頭に浮かびざるを得なかった綾崎は静かに絶望の表情でぐてっと車の座席にもたれかかる他なかった。
そうして車は無慈悲にも彼の想いを轢き殺して颯爽と『病院』へ走るのだった。
【続】
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もう原型なくね? との声が聴こえるとか一人ごちる私。
ええ、私もびっくりでさぁ。リメイク前に全く無かった話を書く事になっていて私も驚きを隠せませんとも。何ですかこの展開、繋がるのかマイソング。
って言うか柏木さんの立ち位置どうなるの!?
そして火事の最中に現れた全体的に暗い雰囲気の少年は誰にゃ!! という疑問を適度に適当に抱かせつつ。
次回は窮地の綾崎と五十嵐のお話。
とく御覧ぜよ、にゃっ!! それでは次回〜♪
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