Re:第一話『運命ビギニング』 ( No.2 ) |
- 日時: 2012/10/21 23:29
- 名前: 迅風
- 速ェよ第一話。とかそんな声が聴こえる……と無様に呟いてみる私。
どうせ少し書いてたんだろテメーと言う声が聴こえる次第。まぁ二話分しか書いてないんだけどねリメイクもとい文章修正中々手ごわいよ、うん。
兎にも角にも第一話。
原作基準です。正し原作キャラにも勝手に名前付ける辺りが私はブレイカー。
ちなみにほぼ原作沿いなのはとりあえず第三話辺りまで変わらない事でしょう。
それでは一話目、どうぞーっ♪
__________________________________________________________________________________
第一話『運命ビギニング』
1
一二月二十四日。クリスマスイヴ。
そんな日の出来事から物語は始まりを継げた。
『破れかぶれ』何て言う言葉がある。辞書で手際よく調べれば意義は『自棄を起こし、自暴自棄であるさま』等と言う実に末期な言葉だ。
彼の人生は多分、限りなくそれに近いもので。
何時諦めたって、挫折したって、この世の誰にも咎められないくらいに理不尽な星の元に生まれた――そう告げて過言は無いと思う。そんな風に考える理由は明確に『あんな親元で良く生きてこられたものだ』という話な訳で。
この世の誰より不幸等と言える程ではないが、一般的に見て不幸と相違ない様な家庭環境で生きてきた――それだけは誰にも否定出来ない。
彼の両親がどんな人か――それは追々語る話。
思考を分断する一番の理由は簡明素朴。
余所見は許されない現状に身を投じているからと言えるだろう。視界に映る景色を機械的に判断しより明確な道筋を検証し、ただ足で漕ぐだけの簡単なお仕事――などではなく。
目に映る景色は次から次へ後ろへ流れてゆく。その速度、常人では軽く酔い痴れる様な速度である。顔を流れる汗に風になびく水色の頭髪。混凝土で出来た地面がゴム製のタイヤに悲鳴を上げるのではないかと思う程の激しさが縦一直線に駆け抜ける。
体中に叩き付ける疾風を身に感じながらハンドルを握りしめ、脚をひたすら漕ぎ続ける彼の耳元へ響くのは一つの男性の声。
「あっ!! 来ました!!」
焦る様子の男性三人。その顔が彼の到着間近を目撃した瞬間に焦りにプラスアルファ驚愕めいたものが加わった。ゴッ!! と烈風を連想する速さで迫る彼の姿にメガネをかけた男性は「あれです!!」と大声で指し示す。
ならば答えよう。
彼らの焦りを払拭する様に盛大に。自らの仕事を誇るごとく雄大に。
「おまたせ……ッ」一拍置いて「しましたァ――――!!!」
声が吹き飛ぶ様に彼らの耳へと届く!!
体が吹き飛ぶ、まさしく自転車ごと少年の身体が前方へ転げる様に自転車ごと《ドガラガシャ――――ン!!》という音を響かせてぶっ飛んだ!! 前車輪が小石に蹴躓き前転するという異様をこなして!!
『…………』
しばしの静寂。むなしいまでの静寂。そんな中で良識ある大人達は『……え?』と言わんばかりの表情で眼前に引き起こった光景にしばし膠着を余儀なくされる。その心情が驚愕から移行し『救急車ぁああああ!!』と叫ぶ寸前。
スクッ、と少年は立ち上がりヘルメットを脱いだ。
(おお!! 立った!?)(立ったぞ!?)
男性らの『何で立てるの!?』という視線を余所に水色の髪をなびかせ、男性と言うには些か女性的な面貌をくるりと向けると、鍛え上げし営業用スマイルをニコッと浮かべて彼は伝票を片手に明瞭な声で告げた。
「自転車便の綾崎ハヤテです。伝票にサインを」
綾崎(アヤサキ)ハヤテ。それが紛う事なき彼の名前。
年齢一六歳。誕生日は一一月一一日、一が一杯で覚えれば結構。血液型はA型。体重57Kgにして体脂肪率は一パーセント台と言う驚異の進退性能。水色の髪、髪より少し濃い色の瞳に女性的な顔立ちが特徴だ。
ジャージに身を包み、背中にリュックサック、彼の走行に耐えられるだけの性能を持った自転車――からなる自転車便の職業。それが現在の彼である。
仕事終了の証と言うべきシャチハタの印を『坪内たかし』と言う名前の横に記されたのを確認した後に「はい。どうもありがとうございました」と言葉を述べる。
そんな綾崎の様子を見ながら容態を案じたのだろう男性は「しかし君……。本当に大丈夫かね?」と声かけるとも、返る返答は「御心配なく」に次いで「毎日ちゃんと鍛えてますから♪」である。
いったい、あの事故を起こして於いて無事とはどういった鍛え方をしているのか。そもそもあの事故で無傷で済むのはどういった事なのか問い掛けたい次第だ。
しかしそんな疑問を投げかけるよりも先に綾崎は颯爽と、自転車に跨って「またのご利用、お待ちしてます!!」と去ろうとする姿を見て男性は『拙い!!』と感じて彼へ停止する様に声を投げかけた。
「僕の事なら本当に大丈夫ですから――」
違うのだ少年。そう叫びたい。
男性が停止を促す意味は総じてそれとは違う。その疑問を投げかけたいわけでないと言ったら嘘になるが――現在はそれではない。彼は気付いていない事だろうが、その先にあるものの危険性について停止を促すのだ――!!
「どわぁああああああああああああああああああああああ!!?」
――が。遅いだろうな、とは予測つく話。
実にけたたましい音を上げて少年と自転車が道路から地下の駅へと通じる道筋へ落ちてゆく光景が目に映る。しばし止まる気配なく連打する音響。道行く通行人も『え? 大丈夫!?』と言う表情をして止まない。
「や……」ポチョーンと汗を垂らしつつ「その先には……階段が、ね……」
老齢の男性の声は行く場を失いただ虚空に彷徨うごとしであった。
都会のビル、店が立ち並ぶ光景から遠のけば場所は実に住宅地と呼ぶ様な光景が立ち並ぶ場所。夕日の暮れる頃合い、立ち並ぶ家々の横の歩行者道路を自転車横に転がしながら、若干ぼろぼろになった綾崎は歩いていた。
「あいでで……」
何で毎度毎度、こういった不幸に遭遇するかな、と内心呟きながら「まったく……」僕って奴は、と言う言葉を濁して胸の中に秘める毎日。
自転車便――そんな仕事をしているが彼は社会人には些か速い。
年齢一六歳。迷う事無く高校一年生である。女子高生一六歳、花も恥じらう――には該当しえないまでも彼は明確に言えば『子供』である。だと言うのにこのような仕事に携わる理由はあるもので。
(イブの日なんかにも働かざるを得ないって言うつまらない話だけど……)
本当につまらない。苦笑いしそうになる気持ちを抑えながら歩みを進める。
そんな彼の背中に聞こえる声があった。
「お――――!? ハヤテじゃん!! ハヤテだよな――――!?」
「え?」
耳に届いた訊きなれた声にふっと振り返れば快活な印象の好男子(※不遇)であり水泳界の最速スイマーと名高き南野宗谷(ミナミノ ソウヤ)、一番初めに声を発した黒髪の元気のいい青年、忠生松技(タダオ マツギ)、ロングストレートにメガネを掛けた知的な少女は絹ヶ丘東風(キヌガオカ アユ)、ショートボブのハツラツとした印象の少女は西久保聖(ニシクボ ヒジリ)と言う少年少女達。
総じて。
「や。これはこれは平凡な公立高校へ通う僕のクラスメート達じゃないか」
「説明乙、と言っておこうか」
「悪かったな平凡で」と忠生君が誰に説明してんだよ……と呟く。
しかしこの時間にクラスメート四人と逢う事になるとはいささか意外であった。
「どうしたの? 皆、揃って?」
そう問いかける中で一つ答えがピンとくる。
「あ!! もしかして……クリスマスパーティーとかっ?!」
この時期に数人となると思い当たる答えは比較的簡単に引き出せた。その発言を訊くや否や忠生君はピッと自分を指し示しながら「おうよ!!」と肯定を示す。
「どう? ハヤテ君も来る?」と絹ヶ丘さんが微笑みを浮かべながら問いかけ「なんとっ。たった三千円で飲み放題の食べ放題だよ!!」
と提案してくるが綾崎ハヤテは正直困った。
「ん〜〜〜〜……」
結論、無理なのだ。一晩の為に三〇〇〇円の出費というものは。
一か月一万円の某番組よろしく、三〇〇〇円ともなれば一体彼ならば何日を生き永らえられる話なのか。それを一晩――、そんな贅沢はとても出来なかった。
綾崎は少し申し訳無さそうにしながら、
「けどお金ないし、バイトも途中だから……さ」
「バイトって自転車便?」と綾崎の自転車をじっと見ながら西久保さんが問いかける声に綾崎は「……うん」と弱弱しい声で返答すると、件の男二人――南野が「なんだよ。相変わらず付き合い悪いぞ〜〜……」と少し不貞腐れながら苦言を発し、ちぇーと言わんばかりの表情で忠生が「友情より……金かよハヤテ!!」と声を発する。
八方塞ならぬ四方塞がりの状況の綾崎に名案、の様に西久保さんが、
「ねぇねぇ、ハヤテ君。ハヤテ君さ。運動神経いいんだし……バイトばっかりじゃあなくてサッカー部とかにも入部してみたらどうかな?」
バイト三昧を否定こそしないが少しは学校絡みがいいのではないか、と言う感じか。確かに綾崎自身もとてもそうなりたい気持ちはあるのだが……。
部活に入ったとしよう。
自分で言うのも何だが身体能力は綾崎は高い。そうなると何が起きるか。間違いなくレギュラーの枠を一つ勝ち取ると断言出来ると思う。しかしバイトもあれば、別事情もある。間違いなく待っているのは部活を蔑ろにする自分への嫌味と嫉妬の妬みが待ち受けるに違いはない。
とはいえ、そもそも。
「部活に入ると……。バイトの時間減るからさ……」
そしてこの目である。
『またバイトですか。ああ、そうですかバイトですか。バイトバイトバイト。いつもいっつもバイトで精が出ますね、飽きませんね』とでも言いたげな視線の後にびしっとと一斉に四方から指さされる格好の的足る綾崎である。
「ええい!! バイトバイトってお前は金の亡者か!!」「そーだそーだ、そんなに金が欲しいか!!」「大体何でそんなに金がいるんだよ!!!」と言う矢継ぎ早に迫る言葉。
そんな発言に対して綾崎の言葉は決まりきっている。
悲しい程に!!
「………………。……ウチの親……」
無職だから……と小声で零す。
後半の声の聞こえなさたるや。涙が零れそうになるほどに現実味は強かった。そして一斉に訪れる沈黙の嵐。説明乙な皆々様はしばしの黙祷の末。
「何かごめんな……。何か俺達はしゃぎ過ぎたよ……」
「いや、そんな別に……」
その後に残る空気。一言で言えば『気まずい』に尽きる話。
「じゃあパーティー楽しんできてねーっ!!」という元気いい声を背に『若干楽しみ辛くなったけどな!!』と言わんばかりの空気を発しつつ四人は「お、おう……!!」「お前も頑張れよ……!!」とエールを送りながら去ってゆく。
そんな背中に手を振りながら綾崎は少し羨ましげに、
(パーティー……楽しそうだな……)
高校生一年生が抱くには切ない気持ちを胸に秘めながら虚空を仰ぎ見、自問自答の言葉を発する。例えば無職の理由が不況によるリストラならば、理不尽な事故ならばどうなっていただろうか、と。ならば同情の余地はある。
――けれど。
彼の父――ダメ親父を限りなくこなす天才、綾崎瞬(アヤサキ シュン)は言った。
『父さんにはもっと……自分に相応しい有意義な仕事があるんだ!!』
等と夢見がちな事を言っては定職に就かず、やっている事は軽犯罪として法に底触する事ばかりであるし。
母親であるダメな父親を支えるダメな母親、綾崎晄(アヤサキ ヒカリ)は言った。
『母さんは馬券を買っているんじゃないの。夢を買っているのよ♪』
等とのたまっては家事などせず、下手糞な舵を切るばかり。
有名な慣用句がある――『働かざる者食うべからず』。
原点を遡れば新約聖書の一書でテサロニケの信徒への手紙二という使徒パウロの書簡といわれるもののなかの第三章一〇節にある『働きたくない者は、食べてはならない』が元になった慣用句であり、かつての社会主義国ソビエト社会主義共和国連邦の労働基準法一二条に盛り込まれた内容である。
その慣用句が示す通りになってしまえばいい。
彼が親に抱く感想は大概そんなものだ。
あのようにふざけた行いをする者が最後までへらへら笑っていていいはずがない。だから綾崎は確信的に信じている。そう、
(最後に笑うのはきっと……ひたむきで真面目な奴なのだと!!)
自転車ですっかり冷え切った寒空の下を直向に疾走しながら、そんな思いを抱く。
もしも仮に笑えないとしても――、寒空の下で綾崎は心の奥でずっと願っていた事が存在している。
(……あの日の事と……)
せめて、と呟いて。
「もう一度だけ……あの丘の上で……逢いたいですよ……」
悴む手の寂しさと冷たい空気が何処までも辛く当たる様な気がして。
そんなもどかしさを振り払う様に綾崎は車輪を転がした。
最後に微笑むのは、きっと報われる価値があるものだと信じて。
2
最後に報われる者は真面目な奴だと思っていた時期が彼にもあった。
一文で表せば実に明朗なのだが、生憎な話、この件は数年後とかそういった話ではなく先程から三〇分と経過していないに関わらず彼の心情だから実に驚きと言えよう。
新聞紙を読み耽りながらなんの悪びれの様子もなく、さも何気ない口調で告げた綾崎の自転車便として働いている場所の上司は告げた。
「綾崎君。君はクビだ」
「…………」
何と言うさも当然さであろうか。無言にもなると言うもの。
帰還したら即座にコレである。笑えもしない。とんだ就職氷河期だ。特にミスもなく、自画自賛するほどではないが業界一位を誇れる程になったというのに、だ。
当然反論もしようと言うもの。
「な、何でですか笹塚(ササヅカ)さん……!? 仕事はキチンとこなしてますし……!!」
「確かに」と語気を強めて呟き「確かにね。君はウチの中では最も速く、尚且つ優秀な自転車便だ」
「だったらなんで!?」
「優秀だ。それは認めている。だけれどね、綾崎君」心底失望した口調で「綾崎君。君は年齢を偽っているな?」
「ぐっ」
思わず零れる呻き声。
そこを突かれては綾崎に反論する術は何一つ無かった。このクビの発言でも一番怖かったのはそれが露見される事であったからだ。この会社の募集規定は『年齢一八歳以上』であるにも関わらず、自分は『一六歳』だ。
笹塚の「君はまだ一六歳だそうじゃないか」と言う発言に全てを奪われる。
――が。
気になる事は一つ。なぜ、どうして、それを彼が知っているのだ。バレない様に務めてきたにも関わらず――。『あ、自分童顔なんです〜♪』が何故にバレた!!
「何故、それを……!?」
思わず零れた声に返された答えは正直な話、彼としては耳が痛いではなく、耳がおかしくなりそうな内容であった。笹塚は綾崎を見ながら一言。
「先程ね。君のご両親が来てそう告げられた」
「え……!?」
何でウチの親が? という疑惑が生まれる。
働けば給料も生まれるのにそれを破棄する様な事をするのか。当然、渡すつもりもないし金銭はこちらで工面するのだが。
動揺する綾崎の横では笹塚が、
「まったく……真面目で優秀な若者と思っていたのに……一六歳でこういった事をしては後々に面倒事が増える事になるし、ご両親も心配すると言うもの――」
その発言はまだいい。
だがその後の発言が綾崎を動揺の世界から現実へ引き戻す。
「とりあえず給料はしっかり払うよ。今月分――きっかり一七万円はご両親に渡して置いたから――「はっ!?」……どうかしたかね、そんなに驚いて……?」
若干、虚を突かれた様子で驚きに目を開く笹塚に食って掛かる様に質問を発した。
「渡した? 渡したんですか? 渡したって……!? え? え!? あの親に給料を全額渡したんですか笹塚さん!?」
「そりゃあ君は高校生だからね。……親に渡すのは当然だろう?」
「あの親に一七万も渡したら、全額パチスロに消えるに決まってるじゃないですか!? 諭吉さんが一七人も鉄の玉になって消えていきますよ!?」
「何をバカな……、そんな親がどこに……」
「いるから年齢を偽って僕がバイトなんかしているんですよ!!!」
そう叫ぶ様に告げて綾崎はコートを右手に鷲掴み大急ぎで駆けだした。
その切迫した様子の後姿を見ながら笹塚は新聞紙の紙面『またまた発生!! 最低な親による児童虐待!!』という文面を目で追った後に、ダボダボと汗を流す次第であった。
――駆けた。
その身に市場にて安値で購入した安価なコートを纏って一目散に綾崎は走った。
「使ってるなよ……!! 絶対に無下にしてるなよな、本当……!! ウチにはもう文字通り一銭だってお金がないってのに……!!」
自分の先の発言通り両親はパチスロでお金をスる可能性が高い。
だが同時に僅かな希望を投げかけた。
わかっているはずだ。あのお金が食い扶持繋ぎ、来年へと繋げる大事な金銭であるという事を理解しているはずだ。いくらダメでダメでどうしようもない両親と言えど――、
(アレが大事に使わなくちゃいけないお金って事くらいなら……!!)
「ただいまっ!!」
安いボロアパート。その一室が彼ら親子の住居であった。
何もない――本当に何もない畳の室内を視界に収めるべく、部屋の扉をあけ放つ。両親の名前を呼んだ後に「僕の給料――――!!」と切実な叫びを零して部屋を見れば。
あった。給料と達筆で書かれた封筒がそっとテーブルの上に放置されている。
「良かった……!! やっぱり、まだ……使ってなかったんだね!!」
喜び勇んで封を切って中を覗く。
ひらりと一枚の紙幣ではなく唯の紙が舞い降りた。一文が実に可愛らしい文面で飾られている。
『ごっめ〜んっ☆ 一七万円、競馬で大儲けしようと思ったけど失敗しちった☆ てへりんこ☆ byママ♪』
「…………」
無言。静寂。絶望。その三単語が実に的確に表現を行う現在。
ちゃりん♪(←封筒の中から零れ落ちた残金一二円)
「…………」(←絶望の表情)
零れ落ちた一枚の銅貨。二枚のアルミ。三枚の金銭を見ながら彼は思った。
「一二円で……」止め処無い怒りを感じながら(一二円でどうやって年を越すんだよ、母さん……!!!!)
笑えない。幾らなんでも状況が笑えなさすぎる。
そんな事を思っていた綾崎の視界にふと映るものがあった。何気なく視線を移した先、窓ガラスに張り付けられているものがあった。サンタの絵とクラッカーの絵が描かれるセロハンテープに張り付けられた紙には『ハヤテ君へ♪ クリスマスプレゼントだよ♪』と。
「…………」
しばし唖然として、意味も無く部屋をきょろきょろと見渡した後に、また茫然と直線状にじっと見つめる。やがて恐る恐ると言った様子で手を伸ばして自分の名前が書かれた封筒を受け取ると、
「なんだこれ……?」と呟きつつ(「ハヤテ君へ」……?)
クリスマスプレゼント? あの親が? まさか? そんな到底信じられない気持ちを胸に抱きながらガサガサと音を立てながら封筒の中身を確認する。そもそもこんな中に入るプレゼントとはいったいなんだろうか――?
あったのは一枚の紙だ。
しかし先程出てきたムカつく文章と違い、偉く律義に形式的に整えられた。正規の文章といった具合か。そしてその中身を読み進めながら綾崎はしばし事態を正しく把握できずにいたのが事実だ。
中身は一通の手紙。そして――一通の借用書。どちらもハヤテ当てだ。
「何さコレ……? 借、用書……?」
やけにゼロの多い借用書だと他人事の様にそう思いながら数を数える。
「一、十、百、千、万、一億……」
『ハヤテ君へ♪ 後は任せた♪ byパパ&ママ☆』の文章に偉く『死ね』と言ってやりたい気持ちを感じながら拝見した借用書の額は――、
「一、億……一億五千万……!!?」
え? え? 何これ? 何だよこれ? と戸惑いと動揺を隠せないままに『後は任せた』の一文を元に文面を辿る。まさか、と思いたい気持ちを懇願する様に祈りながら。
『頑張って返済してくれ!! むぁっかせたぁ!!』
「はぁ!!?」
まるで『如何ですか綾崎君!! こんなに多額の金銭見られてクリスマスイブ様様っしょ!!』とでも言いたげな金額であった。ふざけるなと叫びたい。
(何故ですかサンタさん……!! 何故、僕に借金プレゼントフォーユーなのですか……!!)
『(´・ω・`)ダメ?』
「無意味に顔文字使うな、可愛いとか思わないぞ!! って言うか、そんなの任されても無理だっての!! それに大体……何時の間にこんな凄い金額拵えてんだよぉおおおおおおお!!!!」
『(´・ω・`)ゴメン……。ついつい博打に熱が入って……』
「アホぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
『(`・ω・´)キリッ しかし仕方が無かったのです』
「いや、仕方がないって博打じゃないか!?」
『(ゝω・)まーでも出来ちゃったものは仕方ないし☆』
「開き直ってるんじゃない!!」
『(。+・`ω・´)キリッ けど働いて返すのはダルいし、ハヤテ君の給料も少ないし貯金も無い』
「格好よく決めるな!!」
『(゜ロ゜;). ハッ!! 困り果てたママ達はあれこれ考えた結果……ふと名案を思い付きましたのです!!』
「名案……?」
『そうだっ!! 一七万円よろしく一七一七(ドナドナ)と息子を売ろう!!』
「母さぁああああああああああああああああああああああああん!!?」
僕は家畜か何かですか!? と言う絶叫を発する。
ドナドナ――。世界の多くの国で歌われているイディッシュ――即ち中東欧ユダヤ文化の歌に当たる。牧場から市場へ売られていくかわいそうな子牛を歌っており、人間の子供を子牛に見立てた反戦歌という説もある一曲。あるいは特にユダヤ人がナチスによって強制収容所に連行されていくときの様子を歌った歌という説もある。まさしく悲壮感溢れる作詞と言えよう。
一七万円よろしく、綾崎の状況は正しくそれとなっていた。
そして悲しいかな。その現実に動じる、慌てる、錯乱するといった状況下へ落ちるよりも先に、数分の余裕もなく狙いすました様に運命の扉は叩かれた。
『ゴルァ綾崎ぃっ!! 息子貰いに来たぞ――――!!』『出てこいやゴルァ!!!』
ドゴン!! と鳴り響く轟音。タイミング良過ぎじゃないかという想いを喉の奥へ押し込みながら、綾崎が目にするのは『売る』とは何を指す事なのか。その事に関して労働力として雇われるとかだったらなーという微かな希望的観測をしていたのだが、背後から響く声と一枚の用紙に裏切られる結果となったのはある種必然なわけで。
『ヽ(*′ω`)ノ゛。:+.゜これくらいで買ってっくれるてさっ☆』と言う文章の後に続くのは『大公開☆ 裏ルート丸秘。臓器販売価格』と言う人体の臓器価格。脳味噌五〇〇万円。目一五〇万円。心臓一二〇〇万円etc……。を見ては無言になる綾崎。
破り捨てたい。
しかし破った所で被った借金は消え去る事は無い。
とんだ破れかぶれだ、とぼやきつつ。
その無念を一蹴する様に背後から聞こえる『おらぁ!! とっとと息子の臓器売らんかいゴルァ!!』と言う声が実に現実的な緊迫感とリアルを知らしめて――綾崎は(ちょっと……あの、マジですかあの親……!?)という感情を抱かずにはいられない。
だがしかし、仮にもあの両親の下で生きてきた綾崎。
予想斜め上を行く結果であれど、対処できない程のメンタル弱くも無く。とにかく逃亡を決意する。
(殺される前に逃げないと……!!)
内心で呟きながら、綾崎は即座に窓に手を駆けると横へスライドさせる。
高さは二階程度。とはいえ落下は危ないのではないか、という心配ならば無用である。彼の名は綾崎ハヤテ。この程度の高さであれば無傷で軽く着地も御手のもの。有無も言わさず言いもせず、綾崎は柵の足場を蹴って高さ二階相当の場所から外へと身を乗り出す。
「オラァ!! ようやく開きやがった!!」
その過程とほぼ同時――綾崎家の扉がいよいよもって破錠され三人組の黒スーツを着用した天然パーマの男性、角刈りの男性、加えて日本刀を持った顔に傷のある二枚目男性が現れたと同時に「やべぇ、逃げるぞ!!」と言う声と共に安全装置の外された銃口を向けて弾丸が即座に放たれる。
「甘いですよ」
しかし綾崎の防衛策も侮れない。こんな時の為に用意して置いた対銃撃用窓ガラス――防弾ガラスを閉める事で簡易の盾の完成。親の目を盗んでこっそり改築した労力が無駄ではないとしみじみ思いながら綾崎は地面へ着地する。
「くそっ……!! 窓から逃げやがった……!!」
と言う声を背に綾崎は一目散に逃走を開始するのであった。
そうしてその彼の背中を見据えながら白木作りの日本刀の鍔鳴をさせつつ二枚目男性――世に指定暴力団『学館組』の一員、柏木眇(カシワギ スガメ)は小さく「追いますか?」と語りかければ彼の上司であるチワワを何故だか抱く厳つい顔の男性、戸原睨(トバル ニラミ)は「当然だ。この家の物も全部差し押さえろ。大家には気の毒だが軽く威して借金も全部回収だ」と言う声に舎弟である角刈り男性、五城目五分(ゴジョウメ ゴブ)は即座に了承の意を示した。
そんな『学館組』三人の背後――そこには二人の男性が佇んでいた。
ニット帽を被った男性と黒のサングラスをかけた黒髪男性。両名、三人に対して警護を用いて、どこか恐れている雰囲気が見て取れる。その二人に対して戸原が「そっちの二人」と声かけると「あ、は、はいぃ!!」と怯えた声で返答を寄越す。
「お前らもな。今回渡された金銭だけじゃ全然足りねぇからよ。明日までに全額払ってもらわねぇと体で払う事になるぜ……」とすごみの訊いた声で呟いた。
誘拐でも、強盗でも、何をしてでも金を返してもらわなければ、と言い放つ。
彼らはとても慈善事業とは言い難く。二人との関係も金を貸した側、貸してもらった側と言う事は実に容易に識別できる話であった。
「いいな」
チワワを用いて舌で相手の顔をペロペロと舐めると言う威圧を用いながら戸原は一言そう告げた。
3
その頃、逃げ延びた少年、綾崎ハヤテは全力で走り続けていた。
何とかと言った様子で逃げ続けているが、長年培ってきたヤクザの性質を見分けるスキル『認鏡洞(ギャングスナップ)』と言う一生目覚める必要はないスキルにより、彼らが『取り立てると言ったら警察であろうが取り立てる』と言う一本気通ってしまったタイプである事を見抜いた以上は逃げ続ける。
それも一億五千万。何があろうと見逃す額ではない。
どうしたら全額返済出来るのか。自分の命を救う方法ばかり考えるが、真面目な方法で一億五千万などは到底不可能で、金銭一二円では何一つままならない。ギャンブルすら不可能な話だ。
綾崎には頼れる親戚等いない。そもそも親戚すら知らない。
友人だから迷惑を――と言う理屈もあるが、額が額。金額的に到底迷惑をかけられる話でもなく。ともすれば強盗かあるいは身代金目的の誘拐くらい――、
そこまで考えた段階でぶんぶんと首を振る。
「それだけはダメだ」
仮に人生の分岐点が此処なのだとしたら、ここで綾崎ハヤテの人生は如実に変わっていた。
生きたい。しかし、犯罪はいけない。
成る程、理論としては称讃に値すべき考えだろう。しかし現実はどこまでも非情で理不尽で否応なく蝕む悪魔の様で――綾崎の未来は閉ざされた結果しか生むべくもなく。けれど、自分の考えを無理に押しのける事も出来ずにただ終焉を待つばかり。
――にはなりたくない。
最後まで足掻いてやる!! その一念で綾崎は兎にも角にも、何の策も理も無くしても、ただひたすらに寒空の中、降り行く白雪を身に浴びながら夜の街道をひたすらに走り続ける。
脳裏に断続的に映る光景の数々。
黄金の城の出会い。記憶の奥の美しい丘の風景。木々の上での語り合い。果ては見覚えのない幻想的な光景、その数々――。走馬灯じみた光景で、記憶の妄想の様な光景を脳裏に走らせながら。
「僕は」しっかりと声を噛み締める。
――生きなくちゃいけないんだっ!!
人生逆境上等と言うかの如く。
身に降りかかる数々の不幸を両肩に背負いながらも、綾崎ハヤテは想いの叶うその日を願いながら生き続けた毎日、今更諦める意義も無く――ひたすらに誰も手を差し伸べぬ漆黒の夜の景色に溶けるかの様に消えて行く。
一般には肌身が冷えども心温まる一二月二十四日クリスマスイブの、そんな光景であった。
【続】
__________________________________________________________________________________
以上、原作沿いっつーかまんまじゃねぇかで有名な第一話です。
当時を思い起こします……原作まんまだねーと書いていた当時。そして思い出したくもない文章力、失笑自嘲もしたくなると言うもの。
現在はまだマシになってきましたが……。
さて、それでは借金まみれになった綾崎君の運命は如何に。
二話目に続く次第です。それでは!!
……ちなみにヤクザ探知スキルはネタだよ?
|
|